説明

匍匐性動物の移動制御施設用部材及びこれを用いた移動制御施設

【課題】海底の対象区画の内外間でのウニ、アワビなどの匍匐性動物の移動を制御するための移動制御施設およびこれを構築するための部材を提供する。
【解決手段】匍匐性動物の移動制御施設を構築するための部材であって、鉛直方向に立設された障壁部と、障壁部の片面または両面から箱状に張り出したポケット部とを有し、ポケット部が下面のみが開放された空気充填空間を形成し、空気充填空間を複数の小空間に仕切るべくポケット部のスパン方向に対して垂直な1または複数の仕切り壁を空気充填空間内に設け、仕切り壁の両面の各々に対し当接して鉛直方向に延在する移動防止具を取り付ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウニ、アワビなどの匍匐性動物の移動制御施設を構築するための部材、並びに、その部材を用いて構築された匍匐性動物の移動制御施設に関する。
【背景技術】
【0002】
ウニ、アワビなどの匍匐性動物による食圧により海藻群落が損なわれ磯焼け海域となる問題が知られている。磯焼け海域における海藻群落再生のため、その区画に匍匐性動物が侵入しないように匍匐性動物の移動を制御する施設(以下、「移動制御施設」と称する)で囲むことが行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、障壁物に対して下側が開放された下向きの樋状の空気溜部を横設した匍匐性動物の移動制御装置が開示されている。また、特許文献2には、網地を引張った棒網とチェーンにより形成した匍匐性動物の移動制御装置が開示されている。これらの移動制御装置で水底の一定区画を囲むことにより、その区画の内外間の匍匐性動物の移動を抑制する効果が得られる。特許文献1では、匍匐性動物が水中から空気のある空気充填空間へは自ら侵入しない習性を利用している。特許文献2では、匍匐性動物が移動するために必要な掴み所の得られないような材料(一般的に、剛性がなく柔軟な線状の材料)を利用している。
【0004】
このような移動制御装置を用いて構築した移動制御施設で磯焼け海域を囲むことによって、区画外から区画内への匍匐性動物の侵入を完全に防止できれば、海藻群落を回復することができる。
【0005】
また、このような移動制御施設は、海藻群落をエサとするウニ、アワビなどの身入り改善施設とすることもできる。この場合は主として、身入り改善されたウニ、アワビなどが区画内から区画外への逸散することを抑制することになる。加えて、区画外から区画内への移動も抑制されるため、身入り改善されていないウニ、アワビなどの侵入も阻止でき、身入り改善されたウニ、アワビ等のみを効率良く漁獲することができる。
【特許文献1】特公平3−32968号公報
【特許文献2】特許2805612号公報
【非特許文献1】海岸工学論文集、第48巻、pp.1261-1265(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2などに開示された従来技術には、以下のような問題点がある。
特許文献1では、移動制御施設が外洋などに設置された場合、空気溜部が波と平行方向に設置された場合、波により空気が揺動し、空気溜部から空気が漏出してしまい、匍匐性動物の移動抑制効果が得られなくなる。このため、ダイバーなどにより空気を補充するメンテナンスの回数が多くなる。また、空気溜部の両端の壁面は海水と接するか、もしくは海水で満たされるため、匍匐性動物の移動が可能となるが、この部分からの侵入対策を考慮していない。
【0007】
また、空気漏出を防止するために、空気溜部のスパン長を調整することも提案されているが、空気溜部の下端部近傍は空気がわずかに減少し、空気で満たされない部分(すなわち水で充填された部分)ができ、この部分は匍匐性動物が移動可能となるため、移動制御効果が得られなくなる。
【0008】
さらに、特許文献2では、匍匐性動物が棒網などの材料を忌避するという利点はあるものの、静穏な海域ではサンゴモなどが棒網へ付着して匍匐性動物が侵入し易くなることがある。また、保護しようとする区画の四隅についてはアンカーなどで固定するが、区画の辺上において棒網を固定するチェーンは波浪によって移動してしまうため、区画内に着生した海藻類を削り取ったり、さらにはアンカーに負荷がかかって外れ、保護区画を維持できないおそれがあった。
【0009】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑み、匍匐性動物の移動制御施設およびこれを構築するための部材において、空気溜部からの空気の漏出を抑制する構造とすると共に、空気漏出抑制のための構造を設けたことによって匍匐性動物の移動制御効果が損なわれず、さらに移動制御効果を向上できる手段を講じることを目的とする。それにより、磯焼け海域の回復及び身入り改善のための施設の改善、並びにそれらの施設のメンテナンス作業の軽減などを図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するべく、本発明は、以下の構成を提供する。
(1)請求項1に係る匍匐性動物の移動制御施設用部材は、匍匐性動物の移動制御施設を構築するための部材であって、鉛直方向に立設された障壁部と、前記障壁部の片面または両面から箱状に張り出したポケット部とを有し、前記ポケット部が下面のみが開放された空気充填空間を形成する匍匐性動物の移動制御施設用部材において、
前記空気充填空間を複数の小空間に仕切るべく前記ポケット部のスパン方向に対して垂直な1または複数の仕切り壁を該空気充填空間内に設けたことを特徴とする。
(2)請求項2に係る匍匐性動物の移動制御施設用部材は、請求項1において、匍匐性動物による乗り越えを困難とするための移動防止具をさらに有し、該移動防止具が、前記仕切り壁の両面の各々に対し当接して鉛直方向に延在しかつ該移動防止具の下端が該仕切り壁の下端より下方に突出するよう取り付けられたことを特徴とする。
(3)請求項3に係る匍匐性動物の移動制御施設用部材は、請求項2において、前記ポケット部がスパン方向において端部壁を有する場合、前記移動防止具が該端部壁に取り付けられ、該端部壁に対し当接して鉛直方向に延在しかつ該移動防止具の下端が該端部壁の下端より下方に突出するよう取り付けられたことを特徴とする。
(4)請求項4に係る匍匐性動物の移動制御施設は、海底の所定の区画を隔離するべく、該区画の境界上に請求項1〜3のいずれかに記載の匍匐性動物の移動制御施設用部材を連設することにより構築したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
(A)請求項1に係る匍匐性動物の移動制御施設用部材は、匍匐性動物の移動制御施設を構築するための部材であって、鉛直方向に立設される障壁部と、障壁部のスパン方向全体に延在して障壁部の片面または両面から箱状に張り出したポケット部とを有している。ポケット部は空気充填空間を形成しており、その下面のみが開放されている。さらに、空気充填空間を複数の小空間に仕切るべくポケット部のスパン方向に対して垂直な1または複数の仕切り壁を設けている。
【0012】
このような構成によれば、匍匐性動物が空気充填空間への侵入を忌避するため、障壁部とポケット部外壁との間の匍匐性動物の移動を抑制できる。
【0013】
また、ポケット部内部に仕切り壁を設けたことにより空気充填空間が縦割りされ小さくなるため、仕切り壁がない場合に比べて空気の大きな揺動を抑制できる。この結果、空気の漏出を防止することができる。これにより、空気充填空間による匍匐性動物の移動制御効果が損なわれない。また、空気充填のためのメンテナンス作業の負担が軽減される。
【0014】
(B)請求項2に係る匍匐性動物の移動制御施設用部材は、請求項1の構成に加えて、匍匐性動物による乗り越えを困難にするための移動防止具をさらに有している。この移動防止具は、仕切り壁の両面の各々に対し当接して鉛直方向に延在しかつ移動防止具の下端が仕切り壁の下端より下方に位置するよう取り付けられている。
【0015】
空気充填空間内に仕切り壁を設けた場合、仕切り壁の下端近傍部分は水面下に没することになるため、この部分を伝って匍匐性動物が移動する可能性がある。移動防止具を上記のように仕切り壁に取り付けることにより、匍匐性動物はこれを乗り越え難くなり、その移動を抑制することができる。因みに、匍匐性動物による乗り越えを困難とするための材料としては、例えば、フワフワとした形状であって匍匐性動物が管足で掴んでもたわんでしまうようなものが知られている。移動防止具は、ポケット部の空気充填空間との相乗効果により、匍匐性動物の移動を抑制することができる。
【0016】
また、移動防止具はポケット部内部の仕切り壁に取り付けられるため、移動防止具が波力を受け難く、波浪によって破損し難いという効果も得られる。さらにまた、移動防止具をポケット部内部の仕切り壁に取り付けることにより、直射日光を受けないことから動物及び/または植物の付着が少ないという効果も得られる。また、移動防止具に付着物が付いた場合にも、移動防止具のみを取り外し交換できるためメンテナンスが容易である。
【0017】
(C)請求項3に係る匍匐性動物の移動制御施設用部材は、請求項2の構成に加えて、ポケット部のスパン方向における端部壁にも移動防止具を取り付ける。ポケット部の端部壁もまた、仕切り壁と同様に障壁部とポケット部外壁との間を連結している壁であるので匍匐性動物の通路となる可能性がある。従って、移動防止具を取り付けることにより匍匐性動物の移動を抑制することができる。
【0018】
(D)請求項4に係る匍匐性動物の移動制御施設は、請求項1〜3のいずれかに記載の匍匐性動物の移動制御施設用部材を連設することにより構築され、海底の所定の区画を隔離するべくこの区画の境界上に設けられる。例えば、この区画は、匍匐性動物の食圧による被害を受けた磯焼け海域である。本発明による移動制御施設によって磯焼け海域の周囲を囲ったり仕切ったりすることで、匍匐性動物の侵入を防ぎ、海藻を再び繁茂させることができる。なお、逆にこの移動制御施設によって周囲を囲ったり仕切ったりすることで、内部に生息する匍匐性動物の外部への逸散を防止することもできる。
【0019】
また例えば、ウニの食圧を利用して、コンブの遊走子が沈着する前に、ウニにより雑海藻を摂餌させると、コンブの遊走子が沈着しやすくなる。よって必要な海藻の遊走子や胞子が放出される前に、本発明による移動制御施設により対象区画を囲ったり仕切ったりして区画内においてウニによる雑海藻駆除を行わせると、海藻類を選択的に繁茂させることができる。
【0020】
また例えば、本発明による移動制御施設により対象区画を囲ったり仕切ったりして海藻群落を形成した後に、ウニ、アワビなどの匍匐性の水産有用種をその区画内に放流し、成長や身入り改善させることで、漁獲対象とならなかったウニ、アワビなどを漁獲することが可能となり、漁業の活性化につながる。
【0021】
また例えば、ウニの食圧による磯焼け海域において本発明による移動制御施設を構築し、食圧の原因となるウニをその移動制御施設周辺から収集して移動制御施設内へ放流し、外部への散逸を阻止する。これにより、移動制御施設周辺ではウニの個体数が減少し、海藻群落を形成することが可能となる。このように移動制御施設の内部及び外部のいずれの磯焼け対策にも、自在に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明による匍匐性動物の移動制御施設の第1の実施形態を示す一部切り欠き外観斜視図である。移動制御施設1は、複数の移動制御施設用部材10を連設することにより構築された枠体(上方から見て円形、方形、多角形などの任意の形状)であって、海底30の対象区画31の境界上に立設されてこの対象区画31の全周囲を囲っている。図1に示した適用形態は、対象区画31内の海藻群落40を保護するために外部からのウニなどの匍匐性動物50の侵入を防止するものである。
【0023】
図1を参照して概略を説明すると、移動制御施設1は、海底30の対象区画31の境界上に適宜の基礎捨石2を配設した上に構築されている。なお、図1では、個々の移動制御施設用部材10同士の接合部(実質的には、個々のポケット部12を形成する部材同士の接合部)はあえて示しておらず、移動制御施設1全体を連続的な1つの枠体として示している。
移動制御施設用部材10は、基礎捨石2上に鉛直方向に立設された壁状の障壁部11と、障壁部11の片面から箱状に張り出したポケット部12とを備えている。図1の適用形態では、匍匐性動物50の外部から内部への侵入を防止するので障壁部11の外側の面のみにポケット部12を設けている。
【0024】
なお、本明細書では、1つのポケット部12のスパン長に相当する部分を1つの移動制御施設用部材10とみなすこととする。障壁部11については、その施工上、移動制御施設1全体を一体的に構築する場合もあるためである。例えば、障壁部11を水中コンクリート製とする場合は、移動制御施設1全体の型枠に水中コンクリートを打設して構築する。
上記の定義に従えば、例えば、図1のように移動制御施設1の各辺が1つの移動制御施設用部材10で構成され、それらを四隅で接合してもよい。また、移動制御施設1の各辺が、複数の移動制御施設用部材10を直線状に接合して構成されていてもよい。対象区画31の形状及び大きさは、用途によって多様に設定され、また、1つの移動制御施設用部材10の寸法も多様に設計可能である。
【0025】
図2は、図1に示した移動制御施設1の一部(すなわち移動制御施設用部材10の一部)を示す断面を含む拡大斜視図である。対象区画の境界において海底30上に基礎捨石2が配設され、移動制御施設を構成する移動制御施設用部材10が設置される。移動制御施設用部材10は、壁状の障壁部11を鉛直方向に立設し、その外面の上端近傍から箱状のポケット部12を張り出させている。ポケット部12の内部には下方のみを開放した空気充填空間12cが形成されている。空気充填空間12cは複数の仕切り壁13により小空間に仕切られており、各仕切り壁13には、移動制御対象とする匍匐性動物の乗り越えを困難とする移動防止具14が取り付けられている。以下、各構成要素について詳細に説明する。
【0026】
障壁部11は、その壁を貫通する隙間があってもよいが移動制御対象である匍匐性動物が通過できない程度の隙間とする必要がある。その限りにおいてブロックでもよいが、水中コンクリート製とすることが好適である。水中コンクリートは海底地盤の不陸に対して隙間無く作製することが可能であり、また基礎捨石2上にブロックを設置するよりも底面摩擦係数が大きくなる。また経済的でもある。障壁部11の高さ及び厚さは、設置箇所の条件(想定される波の条件等)によって適宜設定される。また、基礎捨石2も含め、障壁部11の下端と海底30の間には、対象とする匍匐性動物が通過できるような隙間は全くない。
【0027】
ポケット部12は、この実施形態では障壁部11の外面にのみ設けられている。ポケット部12は、外観形状が箱状であり、障壁部11の上端または上端近傍から水平方向に張り出した上壁12aと上壁12aの先端縁から鉛直下方に垂下する外壁12bとから形成される。すなわち、ポケット部12の上面及び側面は閉鎖され下面のみが開放されている。図示の例では、上壁12aと外壁12bとは断面L字状をなす角形であるが、この断面形状に限られず、上壁12aおよび外壁12bが断面円弧状であってもよく、上壁12aと外壁12bの角部に丸みがあってもよい。
【0028】
ポケット部12の内部は、空気充填空間12cを形成し、予め適量の空気16が充填され、過剰に漏出した場合は必要に応じて補充される。この空気充填空間12cは、移動制御対象である匍匐性動物が水中から空気中へ自ら侵入しない習性を利用したものであり、障壁部11とポケット部12の外壁12bとの間における匍匐性動物の移動を困難とするべく設けられている。通常、空気充填空間12cの下方部分には、周囲の水または海水が入り込んでおりその水面33が障壁部11と外壁12bの間に延在する。この水面33は、周囲の水または海水の動き(波浪)によって上下前後左右に揺動する可能性がある。
【0029】
ポケット部12の外壁12bの下端は、障壁部11の下端より上方に位置するように設定されるが、外壁12bの長さ(すなわちポケット部12の高さ)は、設置箇所の条件によって適宜設定される。また、ポケット部12の障壁部11からの張り出し幅、並びに1つのポケット部12のスパン方向の長さもまた適宜設定される。
【0030】
設置箇所の波浪の条件に合わせてポケット部12の高さを設定すると、空気16の漏出防止効果だけでなく、逆に空気16が外部から入り込む充填効果も期待される。これにより、ダイバーによるメンテナンスは少なくて済む。
【0031】
ポケット部12は、例えばコンクリ−トやFRP、鉄板で作製できる。波浪による水面33の揺動によって空気16が漏出しないようにするためには、衝撃に対して損傷し難いように外力に対してある程度の弾力性をもった材料の方が有利である。加えて、経済性及び施工性を考慮すると、鉄板が好適である。鉄板の厚さを決定する際には、腐食厚を考慮し、決定する。なお、ポケット部12の内部に空気充填空間12cが形成されることから腐食の進行速度が早いので飛沫帯の設計要領に従う。
【0032】
なお、障壁部11を水中コンクリート製とし、その打設後に型枠を除去しないでそのまま用いる場合は、この型枠とポケット部12とを連結することにより、ポケット部12の固定強度を確保できる。
【0033】
さらに本発明では、ポケット部12内部の空気充填空間12cを複数の小空間に仕切るべく、ポケット部12のスパン方向に対して垂直な仕切り壁13を設けている。仕切り壁13を設けたことにより、波浪による水面33の揺動が抑制されて空気の漏出が低減される。仕切り壁13の上端及び両側端の3辺は、上壁12a、障壁部11及び外壁12bと接合され、下端のみがいずれとも接合されていない。仕切り壁13の下端は、ポケット部12の外壁12bの下端とほぼ同じ位置とする。
【0034】
1つのポケット部12のスパン方向の両端間に1または複数の仕切り壁13が適宜の間隔で配置される。その間隔は設置箇所の条件によって適宜設定される。なお、仕切り壁13は、ポケット部12を陸上にて作製する際に同時に取り付けてもよく、ポケット部12と同じ材料で形成してもよい。例えば、鉄板の場合、仕切り壁13の上端及び一方の側端を、ポケット部12の上壁12a及び外壁12bとそれぞれ溶接する。
【0035】
ところで、仕切り壁13の下部は水面33より下方に位置するため、移動制御対象である匍匐性動物が仕切り壁13を伝って障壁部11とポケット部12の外壁12bとの間で移動する可能性がある。そこで、本発明では、仕切り壁13に対し匍匐性動物の移動防止具14を取り付け、匍匐性動物がこれを乗り越えることが困難であるように構成している。
【0036】
図3は、図1及び図2に示した移動制御施設用部材10の断面図である。図4は、図3の部分拡大図であり、移動防止具14により匍匐性動物の移動を阻止する様子を示している。図5(A)(B)は、移動防止具14の取り付け例を示しており、図6は、移動防止具14の取り付け方法の一例を示している。
【0037】
図3及び図4に示すように、移動防止具14は、仕切り壁13の両面の各々に当接して鉛直方向に延在し、その上端14dは、水面33より上方の空気充填空間12cに露出している。移動防止具14の空気充填空間12cへの露出部分は、水面33が最大に揺動しても移動防止具14の上端14dが水没しないように十分な長さを確保する。さらに、移動防止具14の下端14aが、仕切り壁13の下端13aより下方に位置するように設けられている。図4に示す移動防止具14の下端14aの、仕切り壁13の下端13aからの突出長さdは、対象とする匍匐性動物の条件によって適宜設定する。
【0038】
ここで、「匍匐性動物が乗り越えることが困難な材料」とは、匍匐性動物が移動するために必要な掴み所の得られないような材料を意味し、一般的に、剛性がなく柔軟な線状の材料である。その柔軟性の程度や線材の形状、太さ、長さ及び密集度などは、匍匐性動物の生態に依存して設定される。例えばウニは管足で周囲の物体に吸着し、そこを支点として自らを引き寄せるように移動するが、この支点が確固としていなければ掴み所が得られず移動することができない。従って、図4に示すように、ウニなどの匍匐性動物が障壁部11の下端から登ってきて仕切り壁13を伝ってポケット部12の外壁12bの方へ移動しようとすると、この移動経路を横断するように移動防止具14が設けられているため、匍匐性動物は移動防止具14を乗り越えられずに落下してしまったり、乗り越えるのをやめたりする。この結果、匍匐性動物は、ポケット部12の外壁12bへ到達することができない。
【0039】
移動防止具14の形状としては、円柱状のブラシであって中心軸から放射状に毛が延びているもの、あるいは刺し網を引張って棒網としたものが好適である。円柱状のブラシとしては、例えば、人工産卵礁用のポリブラシ、木の皮でできたシュロブラシなどである。またプラスチック製の刺し網も好適である。これらは、剛性がなくフワフワとした風合いの細い線状素材である。例えば、人工産卵礁用のポリブラシは、ブラシの長さが18cm程度のもので、ブラシの硬さはウニが管足を吸い付けた場合に容易にたわむものがよい。
【0040】
図5(A)の実施例(左図が仕切り壁13の一方の面13b側から見た図であり、右図が仕切り壁13の一方の側端から見た図である)では、1本の円柱状ブラシからなる移動防止具14をU字状に折り曲げて仕切り壁13を挟持するように取り付けている。移動防止具14の下端14aは、折り曲げ部分に当たっているため半円状にブラシの毛が拡がって仕切り壁13の下端13aの一部を覆っている。移動防止具14の一方の柱状部分14bは仕切り壁13の一方の面13bに当接して上方に延在し、他方の柱状部分14cは仕切り壁13の他方の面13cに当接して上方に延在している。
【0041】
図5(B)の実施例(左図が仕切り壁13の一方の面13b側から見た図であり、右図が仕切り壁13の一方の側端から見た図である)では、2本の円柱状ブラシからなる移動防止具14を互いに平行として仕切り壁13を挟持するように取り付けている。それぞれのブラシの下端14a1、14a2は、仕切り壁13の下端13aより下方に突出している。
【0042】
なお、図5(A)(B)では、移動防止具14を仕切り壁13の幅方向において1箇所にだけ設けているが、必要に応じて、複数箇所に設けてもよい。
【0043】
図6に示すように、移動防止具14を仕切り壁13の両面に当接して取り付けられるように、仕切り壁13に予め孔13dを穿設しておく。この孔13dは、例えば、水平方向に並んだ一対の孔を鉛直方向に適宜の間隔で複数対設ける。そして、適宜の紐状部材(鉄製、プラスチック製等)15を一対の孔に通し、仕切り壁13の各面上において移動防止具14の外側を通過させ、移動防止具14を仕切り壁13の各面に当接させた状態で、水中接着剤等または適宜の固着具を用いて紐状部材15をリング状に固定する。紐状部材15の位置及び数は、移動防止具14が脱落しない程度に適宜設定する。なお、移動防止具14を交換可能であるように、紐状部材15もまたリピートタイなどの着脱し易い素材とすることが好適である。
【0044】
なお、移動防止具14は、ポケット部内部の仕切り壁13に取り付けられるため、外部の波力を受けにくい。従って、図6に示すような取り付け方法でも堅固に固定可能である。
【0045】
図7は、本発明による匍匐性動物の移動制御施設の第2の実施形態を示す一部切り欠き外観斜視図である。なお、図1と同じ構成要素については同じ符号を用いている。図7に示す移動制御施設1Aは、複数の移動制御施設用部材10Aを連設することにより構築された枠体であって、海底30の対象区画31の境界上に立設されてこの対象区画31を囲っている。図7の適用形態は、例えば、対象区画31内の海藻群落40を餌としてウニなどの匍匐性動物51の身入りを改善してその外部への逸散を防止すると共に、外部から身入りの少ない匍匐性動物50が侵入するのを防止するものである。こうして、身入りの改善された匍匐性動物51のみを漁獲することができる。
【0046】
対象区画31の内部から外部へおよび外部から内部への双方の移動を防止するために、図7の移動制御施設用部材10Aは、障壁部11の外側の面と内側の面の双方にポケット部12A、12Bを設けている。
【0047】
図8は、図7に示す移動制御施設1Aを構成する移動制御施設用部材10Aの断面図である。ポケット部12Aと12Bとは、図8の断面図において障壁部11を中心として左右対称的な構造となっており、各々の構造は図1〜図6に示した第1の実施形態におけるポケット部12と同様である。
【0048】
従って、対象区画31の内部にいるウニなどの匍匐性動物51が障壁部11の下端から登ってきて仕切り壁13Bを伝ってポケット部12Bの外壁の方へ移動しようとすると、途中に設けられた移動防止具14Bを乗り越えられないために落下してしまったり、乗り越えるのをやめたりする。また、対象区画31の外部にいる匍匐性動物50が障壁部11の下端から登ってきて仕切り壁13Aを伝ってポケット部12Aの外壁の方へ移動しようとすると、途中に設けられた移動防止具14Aを乗り越えられないために落下してしまったり、乗り越えるのをやめたりする。
【0049】
なお、図示しないが、本発明の移動制御施設用部材10、10Aにおけるポケット部12、12A、12Bは、そのスパン方向の両端にそれぞれ端部壁を設けられる。この端部壁は、基本的に上記の仕切り壁13、13A、13Bと同じ形状であり仕切り壁と平行に取り付けられている。例えば、移動制御施設1、1Aを構築する際、直線部分においては隣り合うポケット部の端部壁同士を対向させて適宜の手段で接合する。あるいは、移動制御施設1、1Aの隅部においては、隣り合うポケット部の端部同士が直角に(必要に応じて任意の角度で)接合される。従って、このようなポケット部の端部壁もまた、障壁部11とポケット部の外壁との間を連結し、その下部が水没していると、上記の仕切り壁13、13A,13Bと同様に匍匐性動物の移動経路となり得る。
ポケット部の端部壁が匍匐性動物の移動経路となり得る場合は、端部壁に対しても仕切り壁と同様に移動防止具14、14A、14Bを取り付け、それにより匍匐性動物の移動を抑制するようにする。すなわち、移動防止具が端部壁の面に対し当接して鉛直方向に延在し、移動防止具の下端が端部壁の下端より下方に位置するように取り付ける。
【実施例1】
【0050】
ここで、上記の本発明の実施形態で用いた移動防止具14、14A、14Bによる匍匐性動物の移動制御機能の有効性について検証するための確認実験を行ったので、以下にその手順などと共に結果を示す。
【0051】
実験では、水深60cmの大型水槽の中にアクリル製の長さ70cm、幅40cm、高さ40cmの実験水槽を設置した。実験水槽は仕切り板によって前室と後室に分け、前室の幅は30cm、後室は10cmとした。仕切り板の上部中央に縦22cm、横11cmの開口部を設け、実験水槽の上面が水面になるように高さ20cmの架台の上に設置した。前室にキタムラサキウニを30個体入れ、後室にはウニの誘引物質としてコンブを入れた。仕切り板の開口部の周囲に試験基質(移動防止具の材料)を取り付け、ウニの挙動をビデオカメラとタイムラプスビデオレコーダーを用いて3日間、録画した。実験水温は12℃で、実験に用いたウニの殻径は38.8mm〜65.0mm(平均48.5mm)であった。
【0052】
試験基質としては、材質がシュロ製(木の皮)で径170mmのブラシと、材質がポリエステル製で径が180mmのブラシと、刺し網とを用いた。
【0053】
この3日間でウニが侵入しようとした回数は80回から100回程度であるが、侵入したウニの個体数は、シュロ製ブラシで0回、ポリエステル製ブラシで1回、刺し網で1回だった。
【0054】
より長い期間においては、この試験基質を乗り越える数が増加することが推測されるものの、ウニの侵入が問題となる時期および期間を考えると、さほど問題ではない。これは大きく分けて次の2つの時期に対して検討できる。
【0055】
1つはコンブの生育に対してウニの食圧が影響するものである。磯焼けの主原因となっているのは北日本ではウニの食圧によるものである。ウニはコンブの遊走子が沈着し、幼体が発芽した時点で食べ尽くしてしまう。しかし、本発明の移動制御施設を用いた身入り改善システムにおいては、当該海域を移動制御施設で囲み、その内部に存在するウニを除去するため、コンブの幼体は保護される。この期間はおおよそ11月から12月中旬頃までであり、水温が10℃以下まで低下する頃にコンブの遊走子は放出される。この水温ではウニの活性が低いため、施設を乗り越えるウニの個体数はほとんどなく、また縦50m、横50m程度で囲んだ海域すなわち対象区画に数個体のウニが侵入したとしても、コンブの成長に影響を及ぼすものではない。
【0056】
影響が懸念されるもう1つの要因は身入り改善を行っている際の侵入である。ウニの身入り改善に必要な期間は2ヶ月程度である。この2ヶ月間に侵入するウニの個体数を実験結果から算出すると、3日間の平均侵入個体数は0.5個体であるから、2ヶ月間では10個体となる。ウニが侵入できる箇所は仕切り壁を設置した箇所のみであり、施設の大きさが50m×50mの場合、2.5mピッチで仕切り壁を設置するので、周辺には80箇所が対象となる。この場合、ポケット部は内側・外側の両側にあるため、10個体×80箇所/2/(2,500m2)=0.16個体/mとなる。従って、身入り改善期間内に10mで1、2個体程度しか侵入しないこととなり、このシステムでは何ら問題ない。これはコンブが4kg/m成長した場合、身入り改善させるウニの個体数は20個体/m。従って、ここに0.16個体/m程度の侵入や逃亡が生じても、ウニの身入り改善システムとしては何ら問題ない。
【0057】
また、ウニは壁面部を好む習性があるので、完全に阻止できず一部が対象区画の内部へ侵入したとしても、移動制御施設の内側の壁面部分に着生している。そして、摂餌の際はこの壁面部分周辺のコンブなどの海藻類を対象とする傾向がある。従って、何らかの方法で内部に侵入したウニは対象区画の中央部まで到達せず、周辺部に偏って生息する。つまり、移動制御施設は漁獲対象区域が若干狭まるだけであり、機能は問題ない。
【実施例2】
【0058】
空気の漏出対策として、二次元水槽を用いて室内実験を行い、効果を確認した。波の諸元によって必要なポケット部の高さおよび仕切り壁の間隔は異なるが、その実施例を示す。周期は6.8s、9.8s、12.8sの三種類、波高を4mとした。海底勾配は1/30、作用時間は約4時間である。実験縮尺は1/25とし、水深3.0〜5.0mで行ったところ、空気が残るためには波と垂直な方向においてはポケット部の高さが90cm必要であることが分かった。また、波と平行な方向においては、ポケット部の高さを90cm、仕切り壁の間隔を2.5m以下に狭くする必要があることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明による匍匐性動物の移動制御施設の第1の実施形態を示す一部切り欠き外観斜視図である。
【図2】図1に示した移動制御施設の一部を示す断面を含む拡大斜視図である。
【図3】図1に示した移動制御施設用部材の断面図である。
【図4】図3の部分拡大図である。
【図5】(A)、(B)はそれぞれ移動防止具の取り付け例を示す図である。
【図6】移動防止具の取り付け方法の一例を示す図である。
【図7】本発明による匍匐性動物の移動制御施設の第2の実施形態を示す一部切り欠き外観斜視図である。
【図8】図7に示す移動制御施設を構成する移動制御施設用部材の断面図である。
【符号の説明】
【0060】
1、1A 移動制御施設
2 基礎捨石
10、10A 移動制御施設用部材
11 障壁部
12 ポケット部
13 仕切り壁
14 移動防止具
30 海底(水底)
31 海底(水底)の対象区画
33 ポケット部内の水面
35 外洋などの海面(水面)
40 海藻群落
50、51 匍匐性動物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
匍匐性動物の移動制御施設を構築するための部材であって、鉛直方向に立設された障壁部と、前記障壁部の片面または両面から箱状に張り出したポケット部とを有し、前記ポケット部が下面のみが開放された空気充填空間を形成する匍匐性動物の移動制御施設用部材において、
前記空気充填空間を複数の小空間に仕切るべく前記ポケット部のスパン方向に対して垂直な1または複数の仕切り壁を該空気充填空間内に設けたことを特徴とする匍匐性動物の移動制御施設用部材。
【請求項2】
匍匐性動物による乗り越えを困難とするための移動防止具をさらに有し、該移動防止具が、前記仕切り壁の両面の各々に対し当接して鉛直方向に延在しかつ該移動防止具の下端が該仕切り壁の下端より下方に位置するよう取り付けられたことを特徴とする請求項1に記載の匍匐性動物の移動制御施設用部材。
【請求項3】
前記ポケット部がスパン方向において端部壁を有する場合、前記移動防止具が該端部壁に取り付けられ、該端部壁に対し当接して鉛直方向に延在しかつ該移動防止具の下端が該端部壁の下端より下方に突出するよう取り付けられたことを特徴とする請求項2に記載の匍匐性動物の移動制御施設用部材。
【請求項4】
海底の所定の区画を隔離するべく、該区画の境界上に請求項1〜3のいずれかに記載の匍匐性動物の移動制御施設用部材を連設することにより構築したことを特徴とする匍匐性動物の移動制御施設。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−5716(P2008−5716A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−176872(P2006−176872)
【出願日】平成18年6月27日(2006.6.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年6月10日 日本水産工学会発行の「平成18年度 日本水産工学会 学術講演会 講演論文集」に発表
【出願人】(594066280)株式会社西村組 (2)
【Fターム(参考)】