説明

半結晶性ポリマーの構造物の貯蔵寿命を延長する方法

本発明は、ポリマーの結晶化度を増大することによって、半結晶性ポリマーを含む構造物、特に生体吸収性ステントの貯蔵寿命を延長する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー化学および材料科学の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマーは一般に、引張強度、降伏応力、モジュラス、硬度、剛性、伸び、ガス透過性などのバルク特性を特徴とする。特定のポリマーが特定の適用例に適しているかどうかを決定するために製造者が考慮に入れるのはこれらの特性である。したがって、製造者が、たとえばオートバイ用ヘルメットで用いる硬質かつ耐衝撃性の材料を必要とする場合、製造者はそれらのバルク特性を示すポリマーの種類を選択することになるが、意図される使用目的が、拡張型冠動脈ステントの場合のように、可撓性、靭性、および伸びを必要とする場合、製造者は異なる種類のポリマーを選択することになる。しかしながら、ポリマーのバルク特性は時間と共に変化することがあり、これはエージングとして知られる過程である。エージングはポリマーを本来意図された目的にはもはや適さないものにすることがあり、そのポリマーを含む構造物は潜在的に悲惨な結果を伴い使用できなくなる可能性がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そのポリマーからなる構成物の貯蔵寿命を含む有用寿命を延長するように、ポリマーのエージング過程を軽減する方法が求められている。本発明は、半結晶性ポリマーの物理的エージングに関してそのような方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0004】
したがって、本発明の一態様は、半結晶性ポリマー、1種または複数の半結晶性ポリマーを含む非相溶性ブレンド、あるいはそのようなポリマーまたはポリマーブレンドの構造物の物理的エージングを軽減する方法であって、
それぞれのポリマーのガラス転移温度(T)を求める工程と、
それぞれのポリマーの溶融温度(T)を求める工程と、
前記半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはそのようなポリマーまたはポリマーブレンドの構造物を、その半結晶性ポリマー、あるいはポリマーの非相溶性ブレンドの1種または複数のポリマーのTとTの間の温度に加熱する工程と、
前記半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはそのような半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドの構造物を、1種または複数の半結晶性ポリマーが独立して結晶性約25%超となるまでその温度で保持すること、および
ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはそのようなポリマーまたはポリマーブレンドの構造物を、熱源から除去する工程と、を含む方法である。
【0005】
本発明の一態様において、前記TとTの間の温度は、約T+0.05(T−T)から約T+0.4(T−T)である。
【0006】
本発明の一態様において、前記TとTの間の温度は、約T+0.17(T−T)から約T+0.21(T−T)である。
【0007】
本発明の一態様において、前記半結晶性ポリマー、または少なくとも1種の非相溶性ブレンドのポリマー、または構造物を構成する少なくとも1種の半結晶性ポリマーが結晶性約40%から約60%となるまで、前記半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはその半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドの構造物は前記TとTの間の温度に保持される。
【0008】
本発明の一態様において、前記半結晶性ポリマー、または少なくとも1種の非相溶性ブレンドのポリマー、または構造物を構成する少なくとも1種の半結晶性ポリマーが結晶性約45%から約55%となるまで、半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはその半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドの構造物は前記TとTの間の温度に保持される。
【0009】
本発明の一態様において、前記半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドのポリマーは、ポリ(乳酸)である。
【0010】
本発明の一態様において、前記ポリ(乳酸)は、約70℃から約100℃で加熱される。
【0011】
本発明の一態様において、前記ポリ(乳酸)は、約75℃から約95℃で加熱される。
【0012】
本発明の一態様において、前記ポリ(乳酸)は、約5分間から約15分間、選択された温度で保持される。
【0013】
本発明の一態様において、前記ポリ(乳酸)は、約4分間から約7分間、選択された温度で保持される。
【0014】
本発明の一態様において、前記ポリ(L−乳酸)は、選択された時間、選択された温度で加熱された後、結晶性約40%から約45%である。
【0015】
本発明の一態様において、前記構造物は、医療デバイスである。
【0016】
本発明の一態様において、前記医療デバイスは、埋め込み型医療デバイスである。
【0017】
本発明の一態様において、前記埋め込み型医療デバイスは、ステントである。
【0018】
本発明の一態様において、前記埋め込み型医療デバイスは、ポリ(乳酸)の層を含む。
【0019】
本発明の一態様において、前記ステントは、ポリ(乳酸)の層を含む。
【0020】
本発明の一態様において、結晶化度は、示差走査熱量測定によって求められる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
定義
本明細書では、「構造物」とは、半結晶性ポリマー、またはその少なくとも1種が半結晶性であるポリマーの非相溶性ブレンドで製造された任意の有用な製品、あるいは半結晶性ポリマー、またはその少なくとも1種が半結晶性であるポリマーブレンドの非相溶性ブレンドでコーティングされている任意の材料で製造された任意の有用な製品を指す。
【0022】
本明細書では、「半結晶性」とは、そのポリマーの融点より低い温度で、非晶質領域と結晶領域の両方を含有することができ、ほとんどの条件下でその両方を含有するポリマーを指す。非晶質領域は、ポリマー鎖が本質的にランダム配向の状態にある領域である。結晶領域は、ポリマー鎖が規則正しい配向をとり、別の鎖または同じ鎖のセグメントが本質的に互いに平行となって、ラメラとして知られる構造を形成する領域である。ラメラは、通常は液体ポリマーの一片の不純物である核形成点から始まり、その後、核形成点から外側に成長し、結晶子として知られるより大きな、本質的に球状の結晶構造を形成する。明示的に別段の記載のないかぎり、本明細書に記載の方法においてポリマーへの言及はいずれも半結晶性ポリマーを指す。
【0023】
本明細書では、「非相溶性ブレンド」とは、ポリマーが個々の相を形成するポリマーの混合物を指す。ブレンドが1つより多い半結晶性ポリマーを構成する場合、本明細書に記載の方法を依然として適用することができ、温度がブレンド中のそれぞれの半結晶性ポリマー、またはできるだけ多くの半結晶性ポリマーに関して本方法の上記パラメータ内であることが見出され得る場合にもっとも有益である。さらに、ポリマーのブレンドが処理される場合、本明細書に記載の方法が適用される少なくとも1種の半結晶性ポリマーがブレンドの連続相を含むことが現時点で好ましい。
【0024】
本明細書では、「軽減する」とは、半結晶性ポリマーの非晶質領域の緻密化による物理的エージングを排除する、その作用を低減する、再発を排除する、または再発までの時間を延ばすことを意味する。
【0025】
本明細書では、「貯蔵寿命」とは、構造物が意図された目的に不適当となるのに十分な物理的エージングがその構造物を構成しているポリマーに起こるまで、構造物を室温で貯蔵できる期間の長さを指す。
【0026】
(考察)
ポリマーは、物理的、化学的、および/または電気的過程によってエージングする。化学的エージングは、空気(酸素)、湿気、溶媒、放射線、熱、および光などの外部要因に対するポリマーの暴露に起因する。電気的エージングは、通常約3キロボルトを超える電圧量で起こる電圧誘起による応力に起因する。本発明の主たる焦点である物理的エージングは、残留応力および作用応力に起因する。本明細書では、「残留応力」には非限定的に、非平衡熱力学状態にあるバルクポリマーの応力が含まれる。
【0027】
本発明の目的では室温、すなわち約15℃から約35℃である標準の貯蔵温度を超えるガラス転移温度(T)を有する半結晶性ポリマーの物理的エージングは、主として緻密化として知られる現象によって起こる。
【0028】
緻密化は、半結晶性ポリマーがそのTを超える温度からTより低い温度に非平衡速度で冷却されるときに起こる。平衡冷却は非常に遅く、経済的に非実用的であるとみなされる大抵の産業現場で、そのようなことは実際に通常起こる。非平衡冷却速度は、温度がTより低くなるときに形成されるガラス状態において非最適分離距離で捕捉されている非晶質領域のランダムに配向されたポリマー鎖をもたらす。その後、鎖は協調的な局在的鎖運動によって最適分離を得ようとする。鎖間の平均距離が減少するにつれて、ポリマーの自由体積の減少が起こり、すなわちポリマー鎖の部分が物理的に存在していないバルクポリマー内部の空間が減少する。自由体積の減少は、単位体積当たりのポリマー密度の増加、したがって用語「緻密化」をもたらす。ポリマーが緻密化するにつれて、非共有結合鎖−鎖分子相互作用が増大する。これらの相互作用は鎖の秩序化、すなわち結晶化を構成するラメラおよび結晶子の形成をもたらさないが、ポリマーのバルク特性への影響は、結晶化が生じるときに得られるものと類似しており、ポリマーのモジュラスは増大し、付随してポリマーはより脆性となる。したがって、靭性および弾性のために初めに選択されたポリマーの緻密化は、そのポリマーがエージングまたは緻密化し、脆性となったとき、そのポリマーで製造またはコーティングされた構造物の破損をもたらし得る。緻密化は半結晶性ポリマーを含む構造物の所望の貯蔵寿命に関して比較的急速に起こることがあり、そのため緻密化の制御は、そのような構造物の貯蔵寿命に著しい延長をもたらし得る。
【0029】
ポリマーの緻密化は、示差走査熱量測定(DSC)によって観察し、定性的に追跡することができる。簡潔には、DSCはポリマーが加熱によって経る熱転移を測定する。半結晶性ポリマーの場合、通常3つのそのような熱転移が存在し、それらはガラス転移T、結晶化潜熱T、および溶融Tである。結果として得られるプロットとして典型的なDSCサーモグラムを、T、T、およびTを標識して図1Aに示す。DSCの基本的な使用目的の1つは、半結晶性ポリマーの結晶化度百分率を求めることである。簡潔には、これは最初にピークT下の面積を算出することによって達成される。溶融は吸熱過程であり、すなわちポリマーの結晶領域を溶融するためには系に熱を加えなければならない。次いで、この面積を加熱速度で除して、サンプルが融点に達したとき、サンプルのすべての結晶領域を溶融するのに必要とされた、サンプルのグラム当たりのジュール数を得る。グラム当たりのジュール数にサンプルの大きさのグラム数を掛けて、それらの結晶領域を溶融するのに必要とされた熱の総量Hを得る。ピークTに関してもこの手法を繰り返して、結晶化が起こったときに系から放出された熱量Hを得るが、この結晶化潜熱は発熱である。(H−H)によって、Tを超える温度にポリマーを加熱する前に存在した結晶領域を溶融するのに必要とした熱量Hを得る。ポリマーの溶融比熱Hsmは、多くが当分野で知られているため、一般に文献で調べることができるが、知られていない場合、正確に1グラムのポリマーを用いて、上記の実験を繰り返すことによって、実験的に得ることができる。HをHsmで除して、Tを超える温度にポリマーを加熱する前に結晶性であったサンプルのグラム数を得る。(H/Hsm)×100によって、T未満であったときのポリマーの結晶化度百分率を得る。
【0030】
図1Bは、エージングした半結晶性ポリマーに見られる一般的なサーモグラムを示すものである。T領域において、より高い熱容量への平坦な発熱転移とは対照的に、T(T−下付き文字−densification(緻密化))で示される明確なピークが認められる。このピークがポリマーのエージングを表すと現在考えられている。下記の例に見出されるように、このことは1回目のDSCの完了後、すなわちポリマーが溶融し、完全に非晶質となり、結果として、時間的履歴に起因するいずれの特性も失われた後、ポリマーサンプルを2回目のDSC実験に供したとき、このピークが消失するという事実によって支持されている。すなわち、ピークTの消失は、このピークがポリマーの時間的履歴の結果であり、したがって、合理的にエージングに帰せられることを示唆している。
【0031】
図2は、室温で3カ月間貯蔵した半結晶性ポリ(乳酸)(PLA)のサンプルのDSCサーモグラムである。このサーモグラムは、3つではなく5つの熱転移を示している。図1に関して記載したT、T、およびTを標識する。Tc2はその正確な起源がしっかりと確定されておらず、Tでの初期結晶化中に作られるより規則正しく配列された構造への、結晶領域の不完全構造の再配列によるものであると現在考えられている。より興味深いのは、T近傍に見られるピークTであり、それはこのピークがサンプルのポリマーの緻密化によるものであると現在考えられているためである。そのとおりであるのか調べるために、1回目のDSCの直後に、そのサンプルで2回目のDSCを行った。1回目のDSC実験中にサンプルがTに達すると、サンプルのすべての熱履歴が削除された。すなわち、サンプルは結晶化も緻密化も存在しない液体非晶質状態に戻った。実際にTが緻密化または物理的エージングに関連するのであれば、Tはそのポリマーの再実験サーモグラムで認められるはずではない。まさにそのとおりのことが観察される。冷却したばかりのサンプルのサーモグラムでは、T、T、Tc2、およびTはすべて依然として明白であったが、Tは消失していた。
【0032】
、およびTに対するポリマーの様々な物理的特性の影響、すなわちTに対する延伸比、径方向膨張、および初期結晶化度の影響を探るさらなるDSCを図3〜8に見出すことができる。
【0033】
図3では、PLAが3カ月ではなく14日間エージングされたことを除いて、図2のサーモグラムを作製するために用いたものと同じサンプルのDSCを示す。図からわかるように、Tは明白であるが、そのピークは図2より小さい。これは図2のサンプルが図3のサンプルと比べてより緻密化されており、したがってよりエージングしていることを示唆しており、これはまさにそのとおりであり、サンプルの物理的エージングに対するTの役割をさらに確固たるものにする。
【0034】
図4は、溶融からPLAを冷却した直後にDSCを実行したこと、すなわちまったくエージングしていないことを除いて、図2および3のサーモグラムを得るために用いたものと同じサンプルのDSCである。図からわかるように、ピークTが存在せず、このピークが実際に緻密化および物理的エージングを示すものであることをさらに裏付けている。
【0035】
図5は、高い延伸比(3.4)を経ており、それによって高い結晶化度(46%)を示したPLAサンプルのサーモグラムを示すものである。室温で1カ月後、最初のサーモグラムおよび直後に再実験したサーモグラムは、TおよびTを示すが、いずれもTを示さない。最初のサーモグラムにおけるTの不在は、高い延伸比がサンプルの最大結晶化度を誘発し、そのためTとTの間でさらなる結晶化が起こらなかったという事実に起因する可能性がある。再実験サーモグラムでのTc2の出現は、Tにより2回目の実験中に結晶欠陥が導入されたことを示唆している。
【0036】
図6は、低い延伸比(1.0)を経ており、比較的低い結晶化度(25%)を有するPLAから製造した2週間が経過したステントのサンプルで実験したサーモグラムを示すものである。図からわかるように、上のプロットはT、T、T、Tc2、およびTを示し、2回目の実験のプロットはTを除く上記のそれぞれのピークを示している。したがって、DSCは、サンプルがわずか2週間でかなりの物理的エージングを受けたことを示している。
【0037】
図7は、図6でプロットを作製するために用いたものと同じステントのサンプルのサーモグラムを示すものである。ここでは、DSCを行う前に、サンプルを約1時間、約60℃に加熱した。Tはプロットから完全に欠如している。したがって、緻密化による物理的エージングは、ポリマーをT(PLAでは約58℃)とTの間の温度に加熱することによって逆転でき、すなわちポリマーを完全に溶融する必要はないと考えられる。
【0038】
緻密化を逆転するためにポリマーを溶融する必要がないため、半結晶性ポリマーで製造またはコーティングされた構造物における物理的エージングは、構造物またはコーティングを損傷することなく逆転でき、したがってそのような構造物の貯蔵寿命を含む有用寿命を延長する手段が提供されるはずである。化学的エージングを悪化させ、構造物の崩壊を加速する可能性のある、加熱および冷却の繰り返しに構造物を供する必要がないように、再緻密化の速度を制御する方法はあるのだろうか、という疑問が生じる。その答えは、緻密化の速度は結晶化度に関連するという事実のなかにある。
【0039】
前に指摘したように、緻密化は、鎖の分離距離に関して鎖が熱力学的平衡を得ようとすることによる、Tより低い温度でのポリマーの非晶質領域におけるポリマー鎖の局在的なセグメント運動に起因する。T未満のガラス状態では、鎖運動をもたらすために利用可能な熱エネルギーがほとんどないため、これは進行の遅い過程である。ポリマー鎖がさらに鎖間または鎖内結晶構造、すなわち溶融時にのみ分散可能であるラメラおよび球晶(spherulite)にかかわる場合、依然として動くことのできる非晶質領域での鎖長が減少し、鎖が緻密化する能力が相応して低減される。そのような例が、約1カ月間貯蔵した結晶性50%のPLAサンプルのサーモグラムを示す図8に見出される。図からわかるように、1回目と2回目のDSC実験はT領域が実質的に同一であると考えられ、すなわちTの不在が示すとおり、緻密化の証拠はない。したがって、ポリマーの結晶化度の増大により、物理的エージングが低減されるか、さらには排除されるはずであることが予期される。しかしながら、結晶化度はポリマーにモジュラスの増大と脆性をもたらすため、結晶化自体はその有用性に関してポリマーの靭性、耐久性、可撓性、および伸びに依存する構造物を製造するために用いられるポリマーにとって望ましくない特性である。したがって、緻密化、すなわち物理的エージングを軽減するためにより結晶性であるが、結晶化度の増大に伴うバルク特性の変化は回避されるポリマーを用いることが望ましい。この難問の答えは結晶化の熱力学にある。
【0040】
半結晶性ポリマーの温度がTから上昇するにつれて、温度がTに達するまで結晶化速度は対数的に増加し、T時点で結晶領域は溶融し、ポリマー鎖は再び非晶質の完全にランダムな配向をとる。温度が変化する間に、いくつかの過程が起こる。ポリマーの結晶化が核形成によって始まり、非晶質液体ポリマーのなかで不純物の小片周囲に小さな結晶領域が形成される。核形成はTに近い温度でもっとも効率的に起こる。これに反して、結晶の成長、ラメラおよび結晶子の形成は、Tに近い温度でもっとも急速に起こる。したがって、TとTの間の様々な温度で、核形成度と関連する結晶の成長との関係を制御することが可能なはずであり、Tより高いが、Tに近い温度で、最小量の結晶の成長を伴う最大量の核形成が起こる。多数の小さい結晶領域の形成は、残存するポリマーの非晶質領域においてポリマー鎖の運動を大幅に限定する作用を有するが、ポリマーの望ましいバルク特性には実質的に影響を及ぼさないはずである。さらに、ポリマー鎖の限定された運動は、ポリマーの緻密化、したがって物理的エージングを低減、さらには排除するはずである。
【0041】
比較的短い時間、典型的には約1分間から約20分間、好ましくは約3分間から約10分間、TとTとの差異の約5%から約40%、好ましくは約17%から約21%Tを超える温度に半結晶性ポリマーを加熱し、その後、ポリマーを室温に冷却することによって(これには強制冷却、または単にポリマーを熱源から除去し、周囲条件下でポリマーを自然に室温に冷ますことを含むことができる)、比較的高い結晶化度、好ましくは約40%から約60%、現時点でより好ましくは約45%から約55%の結晶化度を有し、その結晶化度が数は少ないがより大きい結晶子含有領域ではなくて、主として多数の小さい結晶領域によるものであるポリマーが得られることがわかった。緻密化する傾向は実質的に排除されないとしても、大幅に削減されるが、依然としてその特定の用途に求められるバルク特性は保持しているポリマーが得られる。
【0042】
上述の温度は、等式T=T+X(T−T)(式中、Xは約0.05から約0.4、より好ましくは約0.17から約0.21である)を用いて算出することができる。非限定的な例として、約60℃のTおよび約180℃のTを有するPLAの場合、加熱される温度Tは、60+0.05(180−60)から60+0.4(180−60)、すなわち66℃から約108℃、好ましくは60+0.17(180−60)から60+0.21(180−60)、すなわち約80℃から約85℃である。
【0043】
上述の方法は、そのポリマーまたはブレンドが構造物に用いられる前に、半結晶性ポリマー、または少なくとも1種のポリマーが半結晶性である非相溶性ブレンドに適用することができる。したがって、非限定的な例として、本明細書に記載の方法を用いて押し出しPLAを処理し、冷却し、バルーン拡張型ステントにレーザー切断することができる。
【0044】
構造物を製造する前に、半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドを処理することに加えて、本明細書に記載の方法は、完全に形成された構造物に適用することもできる。唯一の注意点は、本方法で必要とされる温度において有害な影響を受ける可能性のある薬物などの任意の物質を構造物が含有できないことである。このようにして、現存する構造物の物理的エージングを逆転することができ、得られた構造物は、本明細書に記載の方法によって付与された再エージングに対する耐性のため、実質的に延長された貯蔵寿命を含む、はるかに長い有用寿命を有することが予期される。
【0045】
本発明の方法は、任意の半結晶性ポリマー、あるいはそのようなポリマーまたはポリマーブレンドの任意の構造物に適用することができるが、現時点で好ましい本発明の実施形態では、埋め込み型医療デバイスの製造に用いられるか、またはそのような埋め込み型医療デバイスにコーティングされるポリマーに適用される。埋め込み型医療デバイスは高価であり、それらに必要とされる性能特性は厳密である傾向にある。物理的エージングは、比較的短い期間でそのようなデバイスを使用に適さないものにして、潜在的に多額の支出を招くことがある。したがって、本明細書に記載の方法は、そのようなデバイスを製造またはコーティングするために用いられるポリマーの処理として、さらにすでに現存し、使用されるまでの期間貯蔵されているデバイスの処理として、その両方に特定の適用を見出すことが予期される。
【0046】
埋め込み型医療デバイスとは、外科的または医療的に患者の体内に、あるいは医療介入によって開口部に、全体的または部分的に導入されており、その手技の後、その場所に残存することが意図される任意の種類の装置を指す。埋め込みの持続期間は本質的に永久である可能性があり、すなわちその患者の残存する寿命の間、デバイスが生分解するまで、またはデバイスが物理的に除去されるまで、適所に残存することが意図される。埋め込み型医療デバイスの例には、非限定的に、埋め込み型心臓ペースメーカおよび除細動器、先導用リードおよび電極、埋め込み型器官刺激装置、たとえば神経、膀胱、括約筋、および横隔膜刺激装置、移植蝸牛刺激装置など、プロテーゼ、自己拡張型ステント、バルーン拡張型ステント、ステント−グラフト、グラフト、人工心臓弁、ならびに脳脊髄液シャントが含まれる。特に、本明細書に記載の方法は、それらの貯蔵寿命を延長するために、ステントの製造および保守において有用であるはずである。
【0047】
ステントの主たる使用目的は、非限定的に腫瘍(たとえば胆管、食道、気管/気管支など)、良性膵疾患、冠動脈疾患、頚動脈疾患、ならびに末梢動脈疾患、たとえばアテローム性動脈硬化症、再狭窄、および不安定プラークなどを含む疾患または障害のために、脈管が狭窄または閉塞しているとき、患者の体内において脈管の開通性を維持することである。不安定プラーク(VP)は、炎症に起因すると考えられる、動脈における脂肪蓄積の1種である。VPは薄い線維性被膜に覆われており、これは破綻して、血栓の形成を引き起こすことがあり、ステントはそのような破綻のシールドの役目を果たす。しかしながら、ステントはさらに、患者の体内の選択された処置部位に生物活性剤を局所送達するために用いることもできる。
【0048】
ステントは、自己拡張型またはバルーン拡張型であることができる。当業者に現在知られているか、またはそのようなものとして知られるようになる可能性のある任意の種類のステントを、本明細書に記載の方法に供した半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドで製造またはコーティングすることができる。別法では、すでに起こっている緻密化を排除するために、ならびにその再発を防止または排除するために、すでにそのように製造またはコーティングされたステントを本明細書に記載の方法に供することができる。
【0049】
半結晶性ポリマー、または少なくとも1種が半結晶性であるポリマーの非相溶性ブレンドですでにコーティングされているか、またはコーティングされる埋め込み型医療デバイスの場合、現在では特にステントの場合、そのデバイスはそのようなコーティングに適している実質的にどのような材料でも製造することができる。そのような材料の非限定的な例には、生体適合性金属または合金、たとえばこれに限定されるものではないが、コバルトクロム合金(ELGILOY)、316Lステンレス鋼、高窒素ステンレス鋼、たとえばBIODUR108、ニッケル−チタン合金(NITINOL)、タンタル、白金、白金−イリジウム合金、金、およびそれらの組み合わせが含まれる。
【0050】
あるいは、埋め込み型医療デバイスまたはステントは、1種または複数の生体適合性の比較的非生分解性であるポリマーで製造することができ、これに限定されるものではないが、ポリアクリラート、ポリメタクリラート、ポリ尿素、ポリウレタン、ポリオレフィン、ポリビニルハライド、ポリビニリデンハライド、ポリビニルエーテル、ポリビニル芳香族化合物、ポリビニルエステル、ポリアクリロニトリル、アルキド樹脂、ポリシロキサン、およびエポキシ樹脂が含まれる。半結晶性であるこれらの任意のポリマーを、当然ながら本明細書に記載の方法に供し、緻密化による物理的エージングに関して本明細書に記載の方法による利益を期待することができる。貯蔵寿命を延長するために、本発明の方法を生体吸収性半結晶性ポリマーで製造されたステントに適用することが、現時点で好ましい。
【0051】
上述のとおり、ステントは生物活性剤を局所送達するために用いることができる。本明細書では、生物活性剤とは、医学または獣医学的に治療、予防、または診断的有用性である任意の物質を指す。治療的使用とは、患者に投与されたとき、疾患または障害を治癒する、あるいはその1つまたは複数の症状をある程度、少なくとも緩和する生物活性剤を指す。予防的使用とは、患者に投与されたとき、疾患または障害の発生を防ぐか、あるいは治療剤に続いて投与された場合、疾患または障害の再発を防ぐか、または遅らせる生物活性剤を指す。本方法の条件がその薬剤に悪影響を及ぼさないかぎり、本発明の目的のために、物理的エージングの作用を軽減する方法に供される構成物にそのような任意の薬剤を含ませることができる。
【0052】
本発明をある種の適用例に関して、特に半結晶性PLAを含む構造物の適用性に関して説明した。これらの例はどのような形でも本発明を限定することを意図するものではなく、そのように解釈されるべきではない。当業者は本明細書の開示に基づいて、本明細書に記載の発明を適用できる他のポリマーおよび他の構造物を認める。そのようなポリマーおよび構造物はすべて、本発明の範囲内である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1A】エージングしていない半結晶性ポリマーのサーモグラムに通常見られる3つの標準の熱転移を示す一般的な代表的DSCサーモグラムである。
【図1B】半結晶性ポリマーのエージングを示すピークを示す一般的な代表的DSCサーモグラムである。
【図2】室温で約3カ月間貯蔵したPLAサンプルのDSCサーモグラムである。
【図3】室温で14日間貯蔵後の上記サンプルのDSCサーモグラムである。
【図4】実験前にサンプルがまったくエージングしていないことを除いて、図2および3と同じサンプルのDSCサーモグラムである。
【図5】室温で1カ月後のPLAチューブ、結晶化度46%、延伸比3.4のサンプルのDSCサーモグラムである。
【図6】室温で2週間後の結晶性25%PLAステントのDSCサーモグラムである。
【図7】約1時間60℃に加熱した後の図6のステントのDSCサーモグラムである。
【図8】室温で約1カ月貯蔵した後の結晶性50%PLAサンプルのDSCサーモグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半結晶性ポリマーの物理的エージングの速度を遅らせる、および/またはその量を減じることで、前記半結晶性ポリマーの脆化を低減することにより、前記半結晶性ポリマー、あるいはその少なくとも1種が半結晶性ポリマーである2種以上のポリマーの非相溶性ブレンドを含む構造物の貯蔵寿命を延長する方法であって、
それぞれのポリマーのガラス転移温度(T)を求める工程と、
それぞれのポリマーの溶融温度(T)を求める工程と、
前記半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはそのようなポリマーまたはポリマーブレンドの構造物を、その半結晶性ポリマー、あるいはポリマーの非相溶性ブレンドの1種または複数のポリマーのTとTの間の温度に加熱する工程と、
前記半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはそのような半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドの構造物を、1種または複数の半結晶性ポリマーが独立して結晶性約25%超となるまでその温度で保持する工程と、
前記半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはそのような半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドの構造物を、熱源から除去する工程と、を含む方法。
【請求項2】
前記TとTの間の温度が、約T+0.05(T−T)から約T+0.4(T−T)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記TとTの間の温度が、約T+0.17(T−T)から約T+0.21(T−T)である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記半結晶性ポリマー、または少なくとも1種の非相溶性ブレンドのポリマー、または構造物を構成する少なくとも1種の半結晶性ポリマーが結晶性約40%から約60%となるまで、前記半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはその半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドの構造物が前記TとTの間の温度に保持される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記半結晶性ポリマー、または少なくとも1種の非相溶性ブレンドのポリマー、または構造物を構成する少なくとも1種の半結晶性ポリマーが結晶性約45%から約55%となるまで、半結晶性ポリマー、ポリマーの非相溶性ブレンド、あるいはその半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドの構造物が前記TとTの間の温度に保持される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記半結晶性ポリマーまたはポリマーブレンドのポリマーが、ポリ(乳酸)である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記ポリ(乳酸)が、約70℃から約100℃で加熱される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ポリ(乳酸)が、約75℃から約95℃で加熱される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記ポリ(乳酸)が、約5分間から約15分間、選択された温度で保持される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記ポリ(乳酸)が、約4分間から約7分間、選択された温度で保持される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記ポリ(L−乳酸)が、選択された時間、選択された温度で加熱された後、結晶性約40%から約45%である、請求項9または請求項10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記構造物が、医療デバイスである、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記医療デバイスが、埋め込み型医療デバイスである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記埋め込み型医療デバイスが、ステントである、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記埋め込み型医療デバイスが、ポリ(乳酸)の層を含む請求項13に記載の方法。
【請求項16】
前記ステントが、ポリ(乳酸)の層を含む請求項14に記載の方法。
【請求項17】
結晶化度が、示差走査熱量測定によって求められる、請求項1に記載の方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2009−503232(P2009−503232A)
【公表日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−525001(P2008−525001)
【出願日】平成18年7月21日(2006.7.21)
【国際出願番号】PCT/US2006/028309
【国際公開番号】WO2007/019011
【国際公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【出願人】(507135788)アボット カーディオヴァスキュラー システムズ インコーポレイテッド (92)
【Fターム(参考)】