説明

単糖の製造方法

【課題】糖化酵素によってセルロース系バイオマスから単糖を製造するための効率良い処理方法を開発する。
【解決手段】セルロース系バイオマスを第1の加圧熱水によって加熱処理する第1の水熱処理工程、第1の水熱処理工程にて得られた第1の水熱処理物を、可溶画分と固形残渣とに分離する固液分離工程、該固形残渣を第2の加圧熱水によって加熱処理する第2の水熱処理工程、ならびに該可溶画分、および第2の水熱処理工程にて得られた第2の水熱処理物を酵素によって糖化する酵素糖化工程を包含し、第2の加圧熱水の温度が、セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を向上させる温度である、セルロース系バイオマスから単糖を製造する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘミセルロースおよびリグニンを含むセルロース系バイオマスから酵素処理によって単糖を得る方法に関するものであり、より詳細には、セルロース系バイオマスを酵素糖化する前段階として水熱処理を行う単糖の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化防止の観点から、バイオエタノール生産のための研究開発が盛んに進められている。特に、その原料として食糧と競合しないセルロース系バイオマスの糖化/発酵技術の開発が求められている。
【0003】
セルロース系バイオマスの糖化方法としては、硫酸を用いてバイオマス中のヘミセルロースおよびセルロースを加水分解して単糖化する方法が主流であったが、反応器材料の耐食性、糖の過分解、そして硫酸を用いることによる環境負荷が大きいことなどの理由から、近年、非硫酸法として、何らかの前処理を行ってから酵素によって加水分解して単糖を得る方法に関する研究が進められている。
【0004】
前処理法としては、(1)微粉砕処理によってバイオマスの表面積を増大させ、かつセルロースの結晶化度を低下させる方法、(2)蒸煮/爆砕処理または水熱処理によってヘミセルロースおよびリグニンを分解し、セルロースに対する酵素の親和性を高める方法、(3)希硫酸処理によってヘミセルロースを可溶化しかつ除去する方法、(4)アルカリ処理によって主にリグニンを除去し、かつセルロース繊維を膨潤させて酵素の接触性を高める方法、(5)有機溶媒(エタノールなど)または有機酸(酢酸など)の水溶液中にてバイオマスを高温高圧下で処理し、脱リグニンするオルガノソルブ法、あるいは(6)白色腐朽菌によってリグニンを分解する生物学的前処理法、などが知られている(非特許文献1参照)。
【0005】
また、これらの処理を組み合わせた前処理方法、例えば、水熱処理後に微粉砕処理を行う方法(特許文献1参照)、オゾンによる脱リグニン処理の後に水熱処理する方法(特許文献2参照)、酸素存在下、アルコール溶媒中にてバイオマスを加熱処理し、リグニンの大部分を酸化分解してヘミセルロースとセルロースを固形分として残す方法(特許文献3参照)、バイオマスを希硫酸によって加水分解した後、残渣を過酸化水素とアルカリ水溶液の混合液中にて脱リグニンする前処理方法(特許文献4参照)などが提案されている。さらに、水熱処理によって、セルロースを、オリゴ糖を主体とする水可溶化成分にまで低分子化し、その後の酵素糖化によって単糖化を進行させる方法が開示されている(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−136263号公報(平成18(2006)年6月1日公開)
【特許文献2】特開2006−141244号公報(平成18(2006)年6月8日公開)
【特許文献3】特開2008−5832号公報(平成20(2008)年1月17日公開)
【特許文献4】特開2008−43328号公報(平成20(2008)年2月28日公開)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「稲わら等バイオマスからのエタノール生産」、五十嵐泰夫および斉木隆監修、地域資源循環技術センター発行、pp.61-64 (2008)
【非特許文献2】Journal of the Japan Institute of Energy 86: pp.712-717 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、酵素糖化の収率、前処理に要するエネルギー、コストおよび時間、ならびに使用する薬品の後処理などのような改善されるべき事項が多く残されており、これらの事項の全てを満足し得る前処理方法は未だ開発されていない。
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、糖化酵素によってセルロース系バイオマスから単糖を製造するための効率良い処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
水熱処理法は、薬品を使うことなく、数分〜数十分という短い時間にてヘミセルロースおよびリグニンの一部を分解除去し得る環境低負荷型の有望な前処理法である。水熱処理温度の上昇とともにヘミセルロースの可溶化が進行することは知られていたが、水熱処理温度の上昇とともに可溶化物の過分解が進行すること、そして、処理温度が240℃以上になるとセルロースが分解することもまた知られていた。よって、酵素糖化の前処理法としての水熱処理法は通常230℃以下にて検討されている。このような水熱処理法は、ソフトバイオマス(稲わら、麦わらなど)に対しては酵素糖化収率の点において有効であったが、木質バイオマス、特に針葉樹に対しては効果が小さかった(非特許文献2参照)。
【0011】
本発明者らは、セルロース系バイオマスから単糖を効率良く製造するために、酵素糖化の前処理法としての水熱処理法をさらに鋭意検討した結果、水熱処理による残渣のセルロース画分の酵素糖化性が、可溶化物の過分解が顕著になる時点から急激に向上することを見出し、そしてその酵素糖化性が向上する条件としては、水熱処理時間よりも水熱処理温度が極めて重要であり、また、高温水熱処理であっても短時間であれば、セルロースの過分解による損失も少なく、効率良い前処理法を構築し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明に係る単糖製造方法は、セルロース系バイオマスを第1の加圧熱水によって加熱処理する第1の水熱処理工程、第1の水熱処理工程にて得られた第1の水熱処理物を、可溶画分と固形残渣とに分離する固液分離工程、該固形残渣を第2の加圧熱水によって加熱処理する第2の水熱処理工程、ならびに該可溶画分、および第2の水熱処理工程にて得られた第2の水熱処理物を酵素によって糖化する酵素糖化工程を包含し、第2の加圧熱水の温度が、セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を向上させる温度であることを特徴としている。
【0013】
本発明に係る単糖製造方法において、第2の加圧熱水の温度は240〜270℃であることが好ましい。また、本発明に係る単糖製造方法において、第1の加圧熱水の温度は210〜220℃であることが好ましい。
【0014】
なお、固液分離工程に供される第1の水熱処理物は、水熱処理完了後、急速に冷却されることが好ましい。また、酵素糖化工程に供される第2の水熱処理物は、水熱処理完了後、急速に冷却されることが好ましい。
【0015】
本発明に係る単糖製造方法の上記酵素糖化工程において、上記可溶画分および第2の水熱処理物の糖化は別個独立して行われても一緒に混合して行われてもよい。
【0016】
本発明に係る単糖製造方法において、上記セルロース系バイオマスは木質系バイオマスであることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明を用いれば、セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を著しく向上させ、また、ヘミセルロース成分も可溶化されて糖化酵素と効率良く接触し得るため、全体として高い収率にて単糖を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る単糖製造方法における処理工程のフローを示す図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る単糖製造方法における処理工程のフローを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施形態について図1〜2に基づいて説明すると以下の通りである。
【0020】
本発明は、セルロース系バイオマスから単糖を製造する方法を提供する。本発明に係る単糖製造方法は、セルロース系バイオマスを水熱処理し、得られた水熱処理物を可溶画分と残渣とに分離し、該可溶画分を酵素処理することに加えて、該残渣をさらに高温にて水熱処理し、得られた水熱処理物を酵素処理することを特徴としている。すなわち、本発明に係る単糖製造方法は、セルロース系バイオマスを第1の加圧熱水によって加熱処理する第1の水熱処理工程、第1の水熱処理工程にて得られた第1の水熱処理物を、可溶画分と固形残渣とに分離する固液分離工程、該固形残渣を第2の加圧熱水によって加熱処理する第2の水熱処理工程、ならびに該可溶画分、および第2の水熱処理工程にて得られた第2の水熱処理物を酵素によって糖化する酵素糖化工程を包含し、第2の加圧熱水の温度が、セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を向上させる温度であることを特徴としている。
【0021】
上述したように、本発明者らは、可溶化物の過分解が顕著になる時点以降に、水熱処理による残渣のセルロース画分の酵素糖化性が急激に向上することを見出し、二段階の水熱処理法を採用する本発明を完成させた。セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を向上させる温度とは、従来の水熱処理によって得られた可溶化物の過分解が顕著になる温度である。すなわち、第2の加圧熱水は第1の加圧熱水よりも高温である。よって、図1および2に示すように、第1の水熱処理工程および第2の水熱処理工程をそれぞれ低温水熱処理工程および高温水熱処理工程とも称し、各工程による生成物(すなわち、第1の水熱処理物および第2の水熱処理物)をそれぞれ低温水熱処理物および高温水熱処理物とも称する。なお、本発明の第1および第2の加圧熱水に好適な温度は、本明細書中において後述する。
【0022】
水熱処理温度の上昇とともに可溶化物の過分解が進行してしまうこと、および水熱処理の温度が240℃以上になるとセルロースが分解してしまうことを十分認識している当業者にとって、酵素糖化の前処理法としての二段階の水熱処理法を採用することや、第1の水熱処理よりも高温での水熱処理を第2の水熱処理として採用することは容易になし得ることではない。本発明は、このような二段階の水熱処理を採用することによって、セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を著しく向上させ、単糖の収率を向上させる。
【0023】
本発明に用いられる原料であるセルロース系バイオマスの代表的なものとしては、木質系バイオマス(木材、間伐材など(例えば、ユーカリ、ベイマツ、スギなど))および草本系バイオマス(例えば、稲わら、麦わら、バガス、竹など)が挙げられる。これらは乾燥状態であっても湿潤状態であっても良いが、水熱工程における操作を簡便にするために、5mm以下程度に予め粉砕しておくことが好ましい。
【0024】
「加圧熱水」は、飽和蒸気圧以上に加圧されて液体状態を保った熱水であり、本明細書中において使用される場合、100℃以上、臨界点以下の高温高圧の水が意図される。反応系の圧力をその温度における蒸気圧以上に保持することによって、水は液体状態で存在し得ることを、当業者は容易に理解する。加圧熱水を用いる処理方法としては、回分式処理およびスラリー流通式(連続式)処理が挙げられるが、特に限定されない。水は温度が高くなるとイオン積が増加する(250〜300℃付近で最大となる)性質を有しており、加水分解反応に有効に作用すると考えられる。
【0025】
セルロース系バイオマスからヘミセルロースを可溶化する低温水熱処理工程においては、上記原料に対して乾燥重量基準で3〜10倍の加圧熱水(第1の加圧熱水)を、2〜20分間、好ましくは4〜10分間、原料と接触させる。これによって、ヘミセルロースおよびリグニンの一部が可溶化する。処理時間が上記よりも短いと所望の効果が著しく低下するので好ましくない。処理時間が上記よりも長いとヘミセルロースの過分解が多くなるので好ましくない。第1の加圧熱水の温度は、180〜230℃であることが好ましく、210〜220℃であることがさらに好ましい。処理温度が上記よりも低いと所望の効果が著しく低下するので好ましくない。処理温度が上記よりも高いとヘミセルロースの過分解が多くなるので好ましくない。また、第1の加圧熱水の圧力は、飽和蒸気圧の2倍以下であることが好ましい。飽和蒸気圧の2倍よりも圧力をさらに高い場合、反応容器の肉厚が必要以上に厚くなるにもかかわらず圧力を高くすることによる効果はなく、装置コストの点からも好ましくない。また、反応器を加熱するための熱量が大きくなり、エネルギーの観点からも好ましくない。圧力が飽和蒸気圧以下の場合は水が蒸気となり、加水分解能力が著しく低下する。
【0026】
低温水熱処理工程による低温水熱処理物を、ヘミセルロース系糖を含む可溶画分とセルロースが濃縮された固形残渣とに分離する固液分離工程においては、低温水熱処理工程にて得られた低温水熱処理物を濾過または遠心分離などの方法によって可溶画分と固形残渣とに分離する。可溶画分は、単糖からオリゴ糖の形にて可溶化しているヘミセルロース系の糖類を含んでおり、固形残渣には、セルロースが濃縮されている。
【0027】
なお、固液分離工程に供される低温水熱処理物は、水熱処理完了後、急速に冷却されることが好ましい。
【0028】
固液分離工程において得られた固形残渣をさらに高温の加圧熱水によって処理する高温水熱処理工程においては、固液分離工程にて得られた固形残渣に対して乾燥重量基準で3〜10倍の加圧熱水(第2の加圧熱水)を、固形残渣と1〜10分間、好ましくは2〜6分間接触させる。これによって、残存リグニンが分解され、引き続く酵素糖化工程における酵素とセルロースとの親和性が高められる。処理時間が上記よりも短いと所望の効果が著しく低下するので好ましくない。処理時間が上記よりも長いとセルロースの過分解が多くなるので好ましくない。第2の加圧熱水の温度は、セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を向上させる温度であればよく、本明細書中において使用される場合、230℃より高く280℃未満であることが意図されるが、240〜270℃がさらに好ましい。処理温度が上記よりも低いと所望の効果が著しく低下するので好ましくない。処理温度が上記よりも高いとセルロースの過分解が多くなるので好ましくない。また、第2の加圧熱水の圧力は、飽和蒸気圧の2倍以下であることが好ましい。飽和蒸気圧の2倍よりも圧力をさらに高い場合、反応容器の肉厚が必要以上に厚くなるにもかかわらず圧力を高くすることによる効果はなく、装置コストの点からも好ましくない。また、反応器を加熱するための熱量が大きくなり、エネルギーの観点からも好ましくない。圧力が飽和蒸気圧以下の場合は水が蒸気となり、加水分解能力が著しく低下する。
【0029】
引き続く酵素糖化工程は、固液分離工程にて得られる可溶画分、および高温水熱処理工程にて得られる高温水熱処理物を、酵素によって糖化して単糖にまで加水分解する工程である。上記可溶画分および高温水熱処理物の酵素処理は、一緒に行っても別々に行ってもよい(それぞれ図1および図2)。
【0030】
なお、酵素糖化工程に供される高温水熱処理物は、水熱処理完了後、急速に冷却されることが好ましい。
【0031】
固液分離工程にて得られる可溶画分は、ヘミセルロース由来のオリゴ糖および/または単糖であり、その構成糖は用いる原料によって異なる。例えば、稲わら、麦わらおよび大部分の広葉樹材からは、五炭糖のキシロース、アラビノースを単位糖とするオリゴ糖および/または単糖の水溶液が得られる。また、針葉樹材からは、マンノース、グルコース、ガラクトースなどの六炭糖を構成糖とするオリゴ糖および/または単糖、ならびにキシロースやアラビノースなどの五炭糖を構成糖とするオリゴ糖および/または単糖が混合している水溶液が得られる。他方、高温水熱処理工程にて得られる高温水熱処理物は、グルコースを構成糖とするセルロースとリグニンの分解物との懸濁物である。従って、図1に示すように、上記可溶画分および高温水熱処理物を酵素によって一緒に加水分解して単糖化処理する場合は、ヘミセルロースおよびセルロースを同時に糖化するためにヘミセルラーゼおよびセルラーゼの両方を混合したものを糖化処理において加える必要がある。また、図2に示すように、上記可溶画分および高温水熱処理物を酵素によって別々に糖化処理する場合は、可溶画分に対してヘミセルラーゼを、高温水熱処理物に対してセルラーゼを加える必要がある。図1および図2に示される酵素糖化処理においては、原料のヘミセルロースの成分を勘案し、それらを効果的に分解するヘミセルラーゼを大量に含む酵素製剤などを適宜選択して用いることが肝要である。具体的には、稲わら、麦わらおよび大部分の広葉樹に由来する可溶画分の糖化にはキシラナーゼ、キシロシダーゼ、アラビノフラノシダーゼなどが含まれているヘミセルラーゼ製剤を用いることが望ましい。また、針葉樹に由来する可溶画分の糖化には、マンナナーゼ、マンノシダーゼなどが含まれているヘミセルラーゼ製剤を用いることが望ましい。
【実施例】
【0032】
[実施例1]
広葉樹の1種であるユーカリを用いて、本発明に従う二段階の水熱処理および酵素糖化試験を行った。
【0033】
内容積20mLのステンレス製反応器(外径19.05mm×内径15.75mm×長さ100mm、横型、熱電対、圧力センサー、バルブ付)に、2mm以下に粉砕したユーカリ粉末1.6gおよび蒸留水14.4gを仕込み、窒素ガスによって反応器内の空気を置換した後、窒素ガスを用いて0.5MPaの初圧をかけ、バルブを閉じて反応器を密閉し、低温水熱処理に供した。215℃に加熱された油浴中に反応器を投入し、水平方向に振とうさせながら5分間加熱処理し、その後直ちに反応器を水浴中に移し、急冷した。この間の反応器内の温度は、約2〜3分間で210℃に達し、その後は210℃を維持した後、水冷によって約30秒間で100℃以下まで低下した。さらに30℃以下まで冷却した後、系内のガスを抜き、反応器の内容物、すなわち低温水熱処理物を蒸留水によって全て洗い出し、ガラスフィルターによって減圧濾過して可溶液と残渣に分離した。反応液と残渣はそれぞれ凍結乾燥し、その収率を求めるとともに、可溶画分は酵素糖化に、残渣は次の高温水熱処理に供した。
【0034】
高温水熱処理工程においては、上記乾燥残渣1gと蒸留水9gを内容積14mLのステンレス製反応器(外径19.05mm×内径14.83mm×長さ80mm,縦型、熱電対、圧力センサー、バルブ付)に仕込み、系内の空気を窒素ガスによって置換した後、窒素ガスを用いて0.5MPaの初圧をかけ、バルブを閉じて反応器を密閉した。高温水熱処理においては反応器内温度がそれぞれ240、250および260℃になるよう予め加熱しておいた塩浴中に反応器を投入し、5分間上下方向に反応器を振とうさせながら加熱処理を行い、その後直ちに反応器を水浴に移し、急冷させた。この間の反応器内温度は、約1〜2分間で目的温度に達し、その後その温度を維持した後、水冷によって約30秒間で100℃以下まで低下した。反応器内温度が30℃以下まで低下した後、ガス抜きを行い、反応器の内容物を全て蒸留水によって洗い出し、その後凍結乾燥させて、240℃/5分間、250℃/5分間、260℃/5分間の高温水熱処理物をそれぞれ回収した。
【0035】
210℃/5分間の低温水熱処理にて得られた可溶画分は、ユーカリ中のヘミセルロースおよび一部のリグニンを含むが、これを45℃で48時間の酵素糖化に供し、糖液中の主成分であるキシロース、そしてアラビノースやガラクトースなどのその他の単糖量を定量した。酵素糖化条件としては、市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼ(明治製菓)およびキシランを分解するための市販ヘミセルラーゼ製剤Optimash BG(ジェネンコア社)を基質1gあたりそれぞれ0.03g(10FPU/g基質相当)および40μL加え、pH5.0にて反応を行った。
【0036】
210℃/5分間の低温水熱処理にて得られた水熱処理残渣を240℃、250℃および260℃にてそれぞれ5分間の高温水熱処理を行って得た高温水熱処理物は、45℃で72時間の酵素糖化に供し、糖液中の主成分であるグルコース、そしてキシロースなどのその他の単糖量を定量した。酵素糖化条件としては、上記可溶画分に対すると同じ条件、すなわち市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼおよび市販ヘミセルラーゼ製剤Optimash BGを基質1gあたりそれぞれ0.03gおよび40μL加え、pH5.0にて反応を行った。
【0037】
【表1】

【0038】
結果を表1に示す。ユーカリの210℃/5分間の低温水熱処理において、可溶画分から、100gの乾燥仕込原料基準で、10.5gのキシロースを含む12.4gの単糖が得られ、さらにその時の水熱処理残渣を240℃/5分の高温水熱処理することによって、その水熱処理物の酵素糖化において36.0gのグルコースを含む36.9gの単糖が得られ、両者を合わせて49.3gの単糖が得られることが確認し得た。
【0039】
[実施例2]
実施例2は、セルラーゼ添加量を40FPU/g基質に増やして単糖化した場合の例である。2mm以下に粉砕したユーカリ原料に対し、実施例1と全く同じ低温水熱処理、固液分離、そして高温水熱処理を行った後、可溶画分および高温水熱処理物に対する酵素糖化条件として、市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼおよび市販ヘミセルラーゼ製剤Optimash BGを基質1gあたりそれぞれ0.12gおよび40μL加えてpH5.0にて反応を行った。その他の酵素糖化条件は実施例1と同じである。
【0040】
【表2】

【0041】
結果を表2に示すが、この場合は、210℃/5分間の低温水熱処理と250℃/5分間の高温水熱処理の組み合わせの時に、総単糖収率としては最大の52.9g/100g原料が得られた事が確認し得た。
【0042】
[比較例1]
0.2mm以下に粉砕したユーカリ粉末1.0gと蒸留水9.0gを、前記実施例において用いた内容積14mLのステンレス製反応器に仕込み、前記実施例1および2の高温水熱処理と同じ要領で、220℃、240℃、250℃および260℃にてそれぞれ5分間の水熱処理を行った。それぞれの内容物をガラスフィルター上に移し、減圧濾過して可溶液と残渣を得た。残渣はさらに十分水洗浄してから凍結乾燥し、収率を求めるとともに45℃で72時間の酵素糖化に供した。また可溶液は、ユーカリ中のヘミセルロースおよび一部のリグニンやセルロースの低分子化物が溶出している原液であるが、これを45℃で48時間の酵素糖化に供した。可溶液の酵素糖化条件としては、市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼおよび市販ヘミセルラーゼ製剤Optimash BGを基質10mLあたりそれぞれ78mgおよび25μL加えてpH5.0にて反応を行った。
【0043】
水熱処理残渣に対する酵素添加量および糖化反応条件を実施例1と同じ、すなわち、アクレモニウムセルラーゼおよびOptimash BGを基質1gあたり0.03gおよび40μL加え、pH5.0とした時の結果を比較例1として表3に示した。
【0044】
【表3】

【0045】
総単糖量としては、240℃/5分間の水熱前処理が最も多く、35.7g/100g原料となった。しかし、この水熱処理条件では可溶画分からの単糖量が少なく、実施例1と比較すると、総単糖量は実施例1の約70%に留まり、一段階の水熱前処理では単糖収率としては不十分であることがわかった。
【0046】
[比較例2]
ユーカリ粉末を比較例1と全く同じ方法に従って一段階の水熱前処理を行い、可溶液と残渣の酵素糖化を行った。ただし残渣に対するセルラーゼ添加量を40FPU/g基質とした時の結果を比較例2として表4に示す。
【0047】
【表4】

【0048】
酵素添加量を増やすことによって、残渣からの単糖生成量が増加し、250℃/5分間の水熱前処理によって、総単糖量としては最大37.8g/100g原料が得られたが、同じ酵素添加量の実施例2と比較すると、総単糖量は実施例2の約70%であった。
【0049】
[実施例3]
次に、針葉樹の1種であるベイマツの2mm以下粉末を用いて、本発明に従って二段階の水熱前処理および酵素糖化試験を行った。
【0050】
その試験方法は実施例1と同じ要領であるが、ただ一段階目の低温水熱処理を220℃/5分間とした。また、酵素糖化条件についても、Optimash BGの代わりにグルコマンナンを分解するための市販ヘミセルラーゼ製剤セルロシンGM5(HBI社)を基質1g辺り10mg加えた以外は、実施例1と同じ要領に従った。
【0051】
高温水熱処理物に対するセルラーゼ添加量を10FPU/g基質とした時の結果を実施例3として表5に示す。
【0052】
【表5】

【0053】
ベイマツの場合、低温水熱処理にて得られる可溶画分からの単糖としては、マンノースが主成分であり、その他、グルコース、キシロース、ガラクトース、アラビノースが含まれ、その量も一般に広葉樹よりも多い。そして、220℃/5分間の低温水熱処理によって、可溶画分から9.5g/100g原料のマンノースを含む17.2g/100g原料の単糖が得られることが確認された。また、この時得られる低温水熱処理残渣を、240℃、250℃、260℃、270℃および280℃にてそれぞれ5分間の高温水熱処理を行い、さらに10FPU/g基質の酵素によって糖化した結果、260℃/5分間の高温水熱処理の時に100gの乾燥原料基準で16.9gのグルコースを含む最大17.0gの単糖が得られ、可溶画分からの単糖も合わせた総単糖量として34.2g/100g原料の単糖が生産されたことが確認し得た。
【0054】
[実施例4]
同じベイマツ試料を用い、実施例3とまったく同じ方法に従って二段階水熱前処理を行った。ただし、可溶画分および高温水熱処理物の酵素糖化において、セルラーゼ添加量を40FPU/g基質とした時の結果を実施例4として表6に示した。
【0055】
【表6】

【0056】
ベイマツの場合、酵素添加量を増やすことによって、高温水熱処理物からの単糖生成量は大きく増加し、220℃/5分間の低温水熱処理と260℃/5分間の高温水熱処理の組み合わせで44.6g/100g原料の単糖が生産されることが確認し得た。
【0057】
[比較例3]
0.2mm以下に粉砕したベイマツ粉末1.0gと蒸留水9.0gを、前記実施例において用いた内容積14mLのステンレス製反応器に仕込み、前記比較例1および2と同じ要領で、220℃、240℃、250℃および260℃にてそれぞれ5分の水熱処理を行った。それぞれの内容物をガラスフィルター上に移し、減圧濾過して可溶液と残渣を得た。残渣はさらに十分水洗浄してから凍結乾燥し、収率を求めるとともに45℃で72時間の酵素糖化に供した。また可溶液は、ベイマツ中のヘミセルロースおよび一部のリグニンやセルロースの低分子化物が溶出している原液であるが、これを45℃で48時間の酵素糖化に供した。酵素糖化条件としてはそれぞれ、Optimash BGの代わりにグルコマンナンを分解するための市販ヘミセルラーゼ製剤セルロシンGM5を基質10mLあたり6.25mg加えた以外は、比較例1と同じである。
【0058】
水熱処理残渣に対するセルラーゼ添加量を10FPU/g基質とした時の結果を比較例3として表7に示した。
【0059】
【表7】

【0060】
総単糖量としては、可溶画分からの単糖生成量が多い220℃/5分間の水熱前処理が最も多かったが、その値は20g/100g原料以下であり、実施例3と比較すると、一段階の水熱前処理では単糖収率としては不十分であることがわかった。
【0061】
[比較例4]
ベイマツ粉末を比較例3と全く同じ方法に従って一段階の水熱前処理を行い、可溶液と残渣の酵素糖化を行った。ただし残渣に対するセルラーゼ添加量を40FPU/g基質とした時の結果を比較例4として表8に示す。
【0062】
【表8】

【0063】
酵素添加量を増やすことによって、残渣からの単糖生成量が増加し、260℃/5分間の水熱前処理によって、総単糖量としては最大28.8g/100g原料が得られたが、同じ酵素添加量の実施例4と比較すると、総単糖量は実施例4の約65%であった。
【0064】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明を用いれば、セルロース系バイオマスから高収率にて単糖を製造することができるので、化石燃料に替わるバイオマスエネルギーの提供に大いに貢献し、農業、アグリビジネスに非常に有用であるとともに、単糖を出発物質とする石油化学製品の製造にも寄与し得る。さらに、本発明は、木質系バイオマスの糖化にも利用可能であるので、林業の活性化にも有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース系バイオマスから単糖を製造する方法であって、
セルロース系バイオマスを第1の加圧熱水によって加熱処理する第1の水熱処理工程、
第1の水熱処理工程にて得られた第1の水熱処理物を、可溶画分と固形残渣とに分離する固液分離工程、
該固形残渣を第2の加圧熱水によって加熱処理する第2の水熱処理工程、ならびに
該可溶画分、および第2の水熱処理工程にて得られた第2の水熱処理物を酵素によって糖化する酵素糖化工程
を包含し、
第2の加圧熱水の温度が、セルロース系バイオマス中のセルロース成分の酵素糖化性を向上させる温度であることを特徴とする単糖製造方法。
【請求項2】
第2の加圧熱水の温度が240〜270℃であることを特徴とする請求項1に記載の単糖製造方法。
【請求項3】
第1の加圧熱水の温度が210〜220℃であることを特徴とする請求項1または2に記載の単糖製造方法。
【請求項4】
上記酵素糖化工程において、上記可溶画分および第2の水熱処理物が独立して糖化されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の単糖製造方法。
【請求項5】
上記酵素糖化工程において、上記可溶画分および第2の水熱処理物が一緒に糖化されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の単糖製造方法。
【請求項6】
上記セルロース系バイオマスが木質系バイオマスであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の単糖製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate