説明

卵蛋白の変性防止方法

【課題】卵白の殺菌による加熱変性や冷凍による変性、卵黄の冷凍における変性を防止する方法等を提供する。
【解決手段】冷凍卵黄又は卵白あるいは冷凍ゆで卵を製造するに際し、卵黄又は卵白あるいはゆで卵にイヌリンオリゴ糖を添加して冷凍させる方法、また卵白の加熱処理に際し卵白にイヌリンオリゴ糖を添加して加熱殺菌処理を行う方法。これらの方法により得られた卵製品。これらの方法に使用する処理剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵類の加熱又は冷凍処理における卵蛋白の変性を防止する方法及びかかる方法により得られる卵類を提供することである。
【背景技術】
【0002】
国民一人当たりの卵の消費量は日本が世界中で最も多く、卵は様々な料理に用いられている。しかし、これら卵類について近年サルモネラ菌の問題やアレルギーの問題が提起されており、一方、殺菌や保存、調理の仕方など消費者は卵に対してより厳しい安全性を求めている。現在日本では年間250-260万トンの鶏卵が消費されているが、その約6割は殻付卵のまま「テーブルエッグ」として食卓に上り、残りの4割は外食業務用あるいは加工品として消費されている。外食業務用あるいは加工品として消費される場合には、簡便性からあらかじめ割卵し、殺菌された液卵として使用される場合が多い。さらに用途によっては液卵だけではなく、貯蔵・運搬の効率化を目的とした凍結卵や乾燥卵などの「加工卵」の需要も多く、製菓、製パン、乳製品、肉製品など多くの分野で使用されるなどその役割は大きい。
【0003】
割卵された卵は、割卵機で卵黄と卵白に自動的に分けることも可能であり、目的に応じて液状の全卵、卵白、卵黄として処理される。液卵は冷却タンク内で混合均一化され、必要に応じて卵殻小片やカラザ、卵黄膜などを取り除くためにろ過される。ろ過後液卵は殺菌工程に入る。殺菌はサルモネラ菌や大腸菌を対象としたものであるが、液卵は加熱により変性凝固する蛋白質を含むものであるから、一般に低温条件化で殺菌が行われている。そして、この殺菌は卵黄の場合61℃程度で5分、卵白の場合は56℃程度で5分行われるのが一般的であり、これらの条件によりサルモネラ菌は完全に死滅するといわれている。
【0004】
卵黄は凍結するとゲル化する性質があるため、あらかじめ卵黄に糖、グリセリン、食塩などを5〜10重量パーセント程度加えて凍結させ、ゲル化防止を行っている。しかし、これらのゲル化防止剤は充分なゲル化防止効果を有しておらず、解凍後の粘度上昇が大きく、未凍結の液卵に比べて取り扱いが悪くなるといった不都合が生じ、さらに、卵に添加剤由来の味が付与され、本来の風味を損ねてしまうといった問題があった(特許文献1,特許文献2,特許文献3)。
【0005】
一方卵白は変性凝固を起こしやすい性質があるため、殺菌温度が56℃程度に抑えられており、汚染状況によっては殺菌が不充分になる恐れがある。この殺菌条件においてはサルモネラ菌は効率よく殺菌されるものの、セレウス菌のような耐熱性菌までは殺菌することはできない。そこで、長期の流通期間において微生物的安全性を確保するため、殺菌後に凍結卵として流通させるケースも多い。しかしながらこのような加熱・凍結といった処理が卵白の起泡性や安定性を著しく低下させている。したがって、卵蛋白質の変性に基づく品質の低下を引き起こすことなしに、充分な殺菌効率を与えるより優れた殺菌方法や、冷凍に対する変性防止剤が待ち望まれてきた。
【0006】
また、卵の加工品であるゆで卵も外食業務用として汎用性の高い食材であり、各種調理品のトッピングとして使用されている。しかし、このゆで卵の利便性や貯蔵の問題から冷凍状態での流通が行なわれており、そして、その際その変性防止の目的で糖質などが添加されてはいるが、充分に満足できるものではなく、いまだ変性を防ぐ有効な方法は知られてはいない。(特許文献4,特許文献5)
【0007】
【特許文献1】特開2001−346507号公報
【特許文献2】特開2001−231440号公報
【特許文献3】特開平7−59544号公報
【特許文献4】特開平7−327639号公報
【特許文献5】特開平9−154539号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、卵類の加熱殺菌や凍結による変性を防止する方法及びそれら処理した卵類並びに卵類の処理剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、卵黄又は卵白あるいはゆで卵にイヌリンオリゴ糖を添加して冷凍、或いは加熱処理を行うことにより、それら卵類の蛋白質の冷凍及び加熱による変性が効果的に防止できることを見出し本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、次のとおりである。
(1)卵類にイヌリンオリゴ糖を添加して処理することを特徴とする卵類の処理方法。
(2)卵類が卵白であり、処理が加熱殺菌であることを特徴とする(1)記載の卵類の処理方法。
(3)卵類が卵黄であり、処理が凍結であることを特徴とする(1)記載の卵類の処理方法。
(4)卵類がゆで卵であり、処理が凍結であることを特徴とする(1)記載の卵類の処理方法。
(5)イヌリンオリゴ糖が酵素合成された低鎖長イヌリン、又は高等植物から抽出して得られたイヌリンのうち低鎖長部分を集めたもの、あるいは高等植物から抽出して得られたイヌリンを加水分解して低鎖長化したものであり、重合度が20以下であってその平均重合度が10以下のイヌリンであることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の卵類の処理方法。
(6)(2)の方法により製造された加熱殺菌卵白。
(7)(3)の方法により製造された凍結卵黄。
(8)(4)の方法により製造された凍結ゆで卵。
(9)イヌリンオリゴ糖を有効成分とする卵類の処理剤。
(10)卵類の処理剤が卵白の加熱殺菌処理剤であることを特徴とする(9)記載の卵類の処理剤。
(11)卵類の処理剤が卵黄の凍結処理剤である(9)記載の卵類の処理剤。
(12)卵類の処理剤がゆで卵の凍結処理剤である(9)記載の卵類の処理剤。
(13)イヌリンオリゴ糖が酵素合成された低鎖長イヌリン、又は高等植物から抽出して得られたイヌリンのうち低鎖長部分を集めたもの、あるいは高等植物から抽出して得られたイヌリンを加水分解して低鎖長化したものであり、重合度が20以下であってその平均重合度が10以下のイヌリンであることを特徴とする(9)乃至(12)のいずれかに記載の卵類の処理剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法により、卵白あるいは卵黄等卵加工品やゆで卵あるいは目玉焼き等の卵調理品の、本来の風味を損なうことなく、解凍後の変性を防止することができる。さらに、卵白においては熱に対する安定性も付与される結果、加熱殺菌時間を長くすることができ、卵加工業にとって非常に有益性が大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明における卵蛋白質とは、割卵した卵の卵黄部および/または卵白に含まれる生の蛋白質と、ゆで卵などのように加熱調理した変性蛋白質の双方を指す。具体的には液状卵、凍結卵、乾燥卵、濃縮卵などの加工卵が含まれる。また、ここでいう卵とはニワトリ、うずら、アヒルなど鳥類の卵のほか、筋子やいくらなど魚類の卵も含まれる。
【0013】
卵蛋白質の加熱および冷凍によって引き起こされる変性を防止あるいはゆで卵の冷凍保存における変性を防止するのに添加されるイヌリンオリゴ糖は、異なる鎖長の集合体であるイヌリンのうちの低鎖長部分のイヌリンのことをいう。重合度は好ましくは20以下のイヌリンであって、さらに好ましくはその平均重合度が10以下のイヌリンが使用される。イヌリンあるいはイヌリンオリゴ糖はチコリやキクイモなどの植物由来のものでも、スクロースからフラクトシルトランスフェラーゼのような糖転移酵素を用いて合成されたものでもよい。本発明ではイヌリンオリゴ糖を45%程度含んだBx70のFF-シロップ(商品名:フジ日本精糖(株)社製)を用いた。
【0014】
本発明に使用するイヌリンオリゴ糖の製法はWO03/027304に記載しているとおりであるが、その要点を次に説明する。
【0015】
本発明のイヌリンオリゴ糖は、イヌリン合成酵素をスクロースに接触させることにより製造される。
【0016】
なお、ここで、イヌリンとは、スクロースのフラクトース側にD-フラクトフラノースがβ-(2→1)結合で順次脱水重合した多糖類であって、グルコースに2分子以上のフラクトースが重合したものを意味し、2〜4分子のフラクトースが重合した低重合度のフラクトオリゴ糖をも含む。
【0017】
上記において、イヌリン合成酵素を「スクロースに接触させる」とは、スクロースを炭素源として含有する培地等にイヌリン合成酵素を添加し、これらが反応液中でスクロースを基質としてイヌリンを生成し得る条件下で反応させることを意味する。
【0018】
ここで、イヌリン合成酵素は、スクロースをイヌリンに変換することができる基質特異性を有する酵素であればいずれの酵素をも使用することができる。その一例として、スクロースに作用してイヌリンを生成するが、ケストース、マルトース、ラクトース、トレハロース、セロビオースには作用しない作用及び基質特異性を有するイヌリン合成酵素が挙げられる。
【0019】
また、イヌリン合成酵素としては、該酵素を産生する微生物の培養液若しくは培養菌体、又はその処理物も含まれる。
【0020】
上記酵素としては、具体的には、WO02/00865に記載されているバチラスsp.217C-11株(FERM BP-7450)の培養液若しくは培養菌体又はその処理物から得られるものを用いることができる。
【0021】
このバチラス(Bacillus)sp.217C-11株の培養及び酵素の調整方法について、以下に簡単に説明する。
【0022】
培地に添加する炭素源としては、通常使用されるものを適当な濃度で使用すればよい。例えば、スクロース、グルコース、フラクトース、マルトースなどの糖質を単独又は混合して用いることができる。本菌を用いて、スクロースを基質としてイヌリンを生成させる酵素を調製する上で、最も好ましい炭素源はスクロースであり、これを主炭素源とした液体培地を用いて培養を行うことにより該酵素活性は向上する。当然のことながら、粗糖、廃糖蜜等のスクロース含有物を用いてもよい。窒素源としては、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーン・スティープ・リカー等の有機窒素源のほか、硫酸、硝酸、リン酸のアンモニウム塩などの無機窒素源を単独又は混合して用いることができる。無機塩類としては、カリウム、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、マンガン、鉄等の硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩、硝酸塩、リン酸塩等をそれぞれ単独で又は組み合わせて用いることができる。さらに必要に応じて、アミノ酸、ビタミンなど通常の培養に用いられる栄養源なども適宜用いることができる。具体的培地としては、スクロース0.5〜2%(w/v)、ペプトン1%、酵母エキス0.5%、リン酸2カリウム0.2%を含むpH7〜8の液体培地を用いることができる。
【0023】
培養は、振とう培養又はジャー・ファーメンターを用いて通気条件下で行うことができる。培地のpHは6〜9の範囲が好ましく、培養温度は25℃〜37℃の範囲が好ましく、培養時間は微生物が増殖し得る以上の時間であればよく、5〜96時間、好ましくは15〜72時間である。
【0024】
バチラス(Bacillus)sp.217C-11株を先に示した培地で培養後、遠心分離により除菌し、その後培養上清を分画分子量30000の限外濾過膜を用いて濃縮し、反応用の酵素液として使用することができる。
【0025】
なお、バチラス(Bacillus)sp.217C-11株由来の酵素を含む、スクロースに作用してイヌリンを生成するが、ケストース、マルトース、ラクトース、トレハロース、セロビオースには作用しない作用及び基質特異性を有するイヌリン合成酵素は、以下の理化学的性質を有するものである。
【0026】
分子量:45,000〜50,000
至適温度:40〜50℃
熱安定性:45℃を越えると徐々に失活し始め、50℃で70%、60℃
で40%の残存活性を示す。
至適pH:7〜8(45℃)
pH安定性:pH6以上で安定。
【0027】
イヌリン合成酵素の濃度は、反応液中のスクロース(基質)を十分に利用し得る濃度であればよく、例えば、スクロース40〜60%(w/w)の場合、イヌリン合成酵素の活性が0.4 unit/ml 反応液となる濃度とするのが好ましい。
【0028】
スクロースの基質としてイヌリンオリゴ糖を生成するのに適切なpHは、pH 6〜8の範囲の反応液を用いるのが好ましい。さらに該反応液のpHを保つためにリン酸緩衝液を用いることもできる。反応時間は、イヌリン合成酵素の使用量等により適宜変更することができるが、通常、0.1〜100時間、好ましくは、0.5〜72時間である。
【0029】
得られるイヌリンの平均重合度の分析は、以下のようにして行うことができる。なお、重合度とは、イヌリンオリゴ糖中のサッカライド単位(フルクトース及びグルコース単位)の数であり、平均重合度は、例えば、以下のようにして、HPLC、GC、HPAEC等の通常の分析法によって求めた分析結果のピークのトップを平均重合度とすることができる。カラムとして、例えば、信和化工製のULTRON PS-80N(8×300mm)(溶媒;水、流速;0.5ml/min、温度;50℃)、あるいは、TOSOH製のTSK-GEL G3000PWXL(7.8×300mm)(溶媒;水、流速;0.5ml/min、温度;50℃)を用い、検出器として示差屈折計を使用することによって確認された生成イヌリンの重合度を、標準物質として、例えば、植物由来のイヌリンであるオラフティ社のラフテリンST(平均重合度11)とラフテリンHP(平均重合度22)を用いて作成した検量線により求めることができる。なお、イヌリンの重合度の分析に関しては、Critical Reviews in Food Science and Nutrition, 35(6), 525-552 (1995)等の文献を参考にして実施することができる。
【0030】
上記イヌリンの製造法において、1)スクロース濃度の調整、2)イヌリン合成酵素をスクロースに接触させる際の温度の調整、3)スクロースの追添加、を行うことによって、生成されるイヌリンオリゴ糖の平均重合度を調節することができる。
【0031】
上記1)について更に説明すると、スクロース濃度の調整は、イヌリン合成酵素をスクロースに接触させてイヌリンを合成するに際し、スクロースの濃度を調整することによってイヌリンの平均重合度を調節することによって行なわれる。
【0032】
具体的なスクロース濃度は、例えば、3〜68%(w/w)、好ましくは10〜60%(w/w)の範囲であるが、スクロース濃度を上記範囲内で低く設定することによって、得られるイヌリンの平均重合度を高めることができる。例えば、反応温度が15℃の場合、原料のスクロース濃度が50%のときに得られるイヌリンの平均重合度は10であるのに対し、原料のスクロース濃度が20%のときに得られるイヌリンの平均重合度は18である。また、反応温度が37℃の場合、原料のスクロース濃度が60%のときに得られるイヌリンの平均重合度は9であるのに対し、原料のスクロース濃度が20%のときに得られるイヌリンの平均重合度は20である。従って、スクロース濃度を適宜設定することによって、所望の平均重合度のイヌリンを得ることができる。
【0033】
使用するイヌリンオリゴ糖において、その平均重合度が10より大きい場合、粉末で用いた際には低温条件化での溶解性に難があり、それに起因する攪拌の長期化、発泡による蛋白質変性の助長という問題と、冷凍条件化ではそれ自身が不溶化/白濁するため冷凍変性防止用途には不向きである。このことから冷凍下でも不溶化しないシロップ状のイヌリンオリゴ糖を使用するのが望ましい。
【0034】
本発明におけるイヌリンオリゴ糖の使用量は卵種、卵の鮮度、水分、凍結及び解凍の温度および時間、凍結貯蔵の温度および期間などのほか、安定化のために併用する食品や食品添加物の種類、卵を用いて製造しようとする食品によって異なるが、一般的には0.1〜20重量%、好ましくは1〜5重量%、さらに好ましくは5重量%前後から適宜選択される。また、20重量%以上だと卵の変性防止効果があっても卵が甘味を呈してしまい、甘味を呈しない食品の製造には不向きとなる。
【0035】
本発明で使用する卵類の処理剤は、例えばイヌリンオリゴ糖にぶどう糖、スクロース、フラクトース等を適宜配合して調製できる。
【0036】
次に本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
[実施例1]卵白の加熱変性防止効果
(1) 卵白蛋白質の加熱変性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果
新鮮な鶏卵(L玉)の卵白を集め、卵白30mlに5重量%となるように各種試験物質を溶解させた。試験物質としては、スクロース、トレハロース(溶解しやすいように乳鉢で磨砕)、イヌリンオリゴ液糖(Bx70)は固形分で5%となるように添加した(粉末は1.5g、液糖は2.14g添加)。これを卵白の通常殺菌温度である61℃の条件下に20分間放置して性状を観察するとともにその変性に基づく濁りの強度を660nmの濁度を比色計で測定することによって調べた。
【0038】
61℃の恒温水層に放置すると12分で品温は57℃に達して平衡となり、8分間その状態が続いたことになる(計20分)。なお、未処理卵白の水に対する吸光度は0.055であり、これをゼロとして測定を行った。その結果を図1に示した。
【0039】
61℃の恒温水層に5分以上放置すると品温は54℃となっており、無添加の卵白はゲル化し、その後、濁りが増していった。しかしながらトレハロースやスクロースを添加したものはゲル化を遅延させ、濁りも無添加に比べて弱かった。イヌリンオリゴ液糖を使用した場合、卵白の変性は最も抑えられ、その効果はトレハロースを上回った。
【0040】
(2) イヌリンオリゴ液糖の使用量について
卵白の熱安定性についてはイヌリンオリゴ液糖が最も効果的であることがわかったため、その用量と効果との関係を調べた。方法は(1)に準じた。表1にその結果を示したが、イヌリンオリゴ液糖の量を増すにつれて卵白の熱安定性は向上し、5重量%の場合が試験した中でもっとも優れた効果を示した。
【0041】
【表1】

【0042】
(3) 殺菌条件の効率化について
30mlの卵白溶液にイヌリンオリゴ液糖(Bx70)2.14g加えて混合後、60℃にセットした恒温水層に入れ、品温56℃として(品温到達12分)5〜30分放置して経時的にサンプリングしてA660を測定した。非加熱卵白溶液を0として測定した。
【0043】
その結果を図2に示した。通常、卵白の殺菌時間は55.5℃で3.5分間であるが、イヌリンオリゴ液糖を加えることにより15分に伸ばしても大丈夫であることがわかった。60℃の水層に入れてから品温が56℃に到達後15分間の熱処理なので通算時間は27分と長い。実際の処理工程ではもっと速やかに温度が殺菌温度に到達するものと考えられるため、15分以上殺菌できる可能性も考えられる。殺菌温度については品温60℃に上げて実施したが、品温到達直後に白濁変性したため、殺菌温度は上げられないと判断した。しかし、55℃での殺菌時間を従来の4倍近く長くしても変性を受けないため、殺菌効率は従来よりも向上するものと推察され、卵白製品の品質保持上非常に有益な手段を提供するものであることがわかった。
【0044】
[実施例2]卵白の冷凍変性防止効果
(1)卵白蛋白質の冷凍耐性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果
新鮮な鶏卵(L玉)の卵白を集め、卵白30mlに5重量%となるように各種試験物質を溶解させた。試験物質として、スクロース、トレハロース、ポリデキストロース、難消化デキストリン、イヌリンオリゴ液糖(Bx70)を添加した(粉末は1.5g、液糖は2.14g添加)。その後、-20℃で凍結させ凍結解凍を3回繰り返すことによって変性負荷をかけた後に、660nmの濁度を比色計で測定することによって変性に基づく濁りの強度を調べた。その結果を図3に示したが、イヌリンオリゴ液糖は試験した添加剤の中でもっとも卵白の冷凍耐性を高める素材であることが明らかとなった。
【0045】
(2)卵白蛋白質希薄部分の冷凍耐性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果
新鮮な鶏卵(L玉)の卵白を集め、ぬめりの大きな濃厚蛋白質の部分をざるで越し取り、粘度の低い卵白の希薄な蛋白質部分を集め、卵白30mlに5重量%となるように各種試験物質を溶解させた。試験物質として、スクロース、トレハロース、イヌリンオリゴ液糖(Bx70)を添加した(粉末は1.5g、液糖は2.14g添加)。その後、−20℃で凍結させ凍結解凍を3回繰り返すことによって変性負荷をかけた後に660nmの濁度を比色計で測定することによって変性に基づく濁りの強度を調べた。無添加における濁度を変性率100%とし相対的に変性率を算出した。その結果を図4に示した。卵白の希薄蛋白質部分は冷凍に対する耐性が低いが、その中でもイヌリンオリゴ液糖が冷凍耐性を付与するにのにもっともふさわしい食品素材であることが明らかとなった。
【0046】
[実施例3]卵黄の冷凍変性防止効果
卵黄蛋白質の冷凍耐性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果
新鮮な鶏卵(L玉)の卵黄を集め、一応に溶いた後50mlを秤量し、トレハロース、スクロース、イヌリンオリゴ液糖(Bx70)をそれぞれ2.5g、2.5g、3.6g加えて溶解後-20℃で凍結させた。
4日間の冷凍保管後に解凍し25℃での粘度をDVM-B2粘度計(TOKIMEC社)を用いて測定した。その結果を図5に示した。無添加の卵黄は冷凍により速やかに変性を受けゲル化しており、粘度は高かった。イヌリンオリゴ液糖あるいはトレハロースを添加した卵黄はまったくゲル化しておらず、冷凍前のように流動性が残されていた。卵黄においてもイヌリンオリゴ液糖が最も優れた冷凍変性防止のための食品素材であることが明らかとなった。
【0047】
[実施例4]ゆで卵の冷凍変性防止効果
生鶏卵あるいは鶉の卵を水に浸し、2〜3回水を交換したのち、鶏卵は10分間、鶉は5分間煮沸し、殻をむいた。引き続き10%イヌリンオリゴ糖を溶解した液に殻をむいた卵を1:1の比率で入れ、加熱処理したのち浸漬後液を切って冷凍させ、解凍した後外観の観察及び試食を行い、冷凍耐性の程度を評価した。なお、対照としてトレハロース、難消化デキストリン、ポリデキストロース、チコリイヌリンを用いた。その結果を表2に示したが、解凍後の外観においてはイヌリンオリゴ糖、難消化デキストリン、ポリデキストロース、トレハロースは無添加に比べてつやがあったが、難消化デキストリン、ポリデキストロースの場合、褐変と思われる着色が認められた。解凍時における変性の程度については、難消化デキストリン、ポリデキストロース、チコリ由来イヌリン、トレハロースの場合は、すべて白身の部分がスポンジ状であり冷凍に基づく組織の崩壊が認められた。また、トレハロースの場合はさらに冷凍変性に基づく離水も認められた。しかしながら、イヌリンオリゴ糖の場合はそうした冷凍による劣化がまったく認められなかった。一方、食感に関してはイヌリンオリゴ糖が最もよく、次いで難消化デキストリン、ポリデキストロースの順であったが、難消化デキストリンとポリデキストロースの場合は冷凍変性を受けているためか、その食感としては、ざらつきがあったり水っぽさが認められた。従って、イヌリンオリゴ糖はゆで卵の冷凍変性を防ぐ上で非常に有効な素材であることが明らかとなった。
【0048】
【表2】

【0049】
[実施例5]冷凍液卵用の処理剤
卵を割卵して得られる卵白100mlに対して以下の組成からなる冷凍変性防止剤を添加した後に冷凍させ1ヶ月間経過後、解凍し変性度合いを観察した。
製剤1 液製剤
イヌリンオリゴ糖シロップ(Bx70) 7.14g (固形分組成:イヌリンオリゴ糖47%, ぶどう
糖40%, スクロース10%, フラクトース3%)
製剤2 粉末製剤
配合粉末 5g(イヌリンオリゴ糖 64%, スクロース36% )
製剤1,2とも良好なる冷凍前と変化のないものであった。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】卵白蛋白質の加熱変性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果を示す図
【図2】殺菌条件の効率化を示す図
【図3】卵白蛋白質の冷凍耐性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果を示す図
【図4】卵白蛋白質希薄部分の冷凍耐性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果を示す図
【図5】卵黄蛋白質の冷凍耐性に及ぼすイヌリンオリゴ液糖の効果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
卵類にイヌリンオリゴ糖を添加して処理することを特徴とする卵類の処理方法。
【請求項2】
卵類が卵白であり、処理が加熱殺菌であることを特徴とする請求項1記載の卵類の処理方法。
【請求項3】
卵類が卵黄であり、処理が凍結であることを特徴とする請求項1記載の卵類の処理方法。
【請求項4】
卵類がゆで卵であり、処理が凍結であることを特徴とする請求項1記載の卵類の処理方法。
【請求項5】
イヌリンオリゴ糖が酵素合成された低鎖長イヌリン、又は高等植物から抽出して得られたイヌリンのうち低鎖長部分を集めたもの、あるいは高等植物から抽出して得られたイヌリンを加水分解して低鎖長化したものであり、重合度が20以下であってその平均重合度が10以下のイヌリンであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の卵類の処理方法。
【請求項6】
請求項2の方法により製造された加熱殺菌卵白。
【請求項7】
請求項3の方法により製造された凍結卵黄。
【請求項8】
請求項4の方法により製造された凍結ゆで卵。
【請求項9】
イヌリンオリゴ糖を有効成分とする卵類の処理剤。
【請求項10】
卵類の処理剤が卵白の加熱殺菌処理剤であることを特徴とする請求項9記載の卵類の処理剤。
【請求項11】
卵類の処理剤が卵黄の凍結処理剤である請求項9記載の卵類の処理剤。
【請求項12】
卵類の処理剤がゆで卵の凍結処理剤である請求項9記載の卵類の処理剤。
【請求項13】
イヌリンオリゴ糖が酵素合成された低鎖長イヌリン、又は高等植物から抽出して得られたイヌリンのうち低鎖長部分を集めたもの、あるいは高等植物から抽出して得られたイヌリンを加水分解して低鎖長化したものであり、重合度が20以下であってその平均重合度が10以下のイヌリンであることを特徴とする請求項9乃至12のいずれかに記載の卵類の処理剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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