原子内包フラーレンの精製方法、及び、原子内包フラーレン薄膜
【課題】アルカリ元素等の電子供与性金属元素内包によるフラーレンの電子状態改質は非常に有効で興味深いが、金属内包フラーレンの合成と単離は一般的に困難である。特にC60への金属内包ドーピングは、実現例が極めて少ない。本発明では、Li@C60塩を原料として用いて、Li@C60薄膜の作製することを目的とする。
【解決手段】本願発明の膜は、Li@C60塩を昇華させた生成物をCu(111)面上に堆積させることによる形成されたことを特徴とする。
【解決手段】本願発明の膜は、Li@C60塩を昇華させた生成物をCu(111)面上に堆積させることによる形成されたことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン分子の内部に原子を内包させた原子内包フラーレンに関し、特に、原子内包フラーレンの精製方法、及び、原子内包フラーレン薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】WO2007/123208号公報
【特許文献2】特開2008-217289号公報
【特許文献3】特開2011-73887号公報
【0003】
フラーレンは、直径約0.7〜1.0nmの特異な立体構造(ケージ構造)をとる炭素の新しい分子構造体であり、一般式C2n(2n≧60)で表わされる炭素分子の総称である。具体例としては、C60、C70、C76、C82、C90、C96などがある。
フラーレンはケージの内側に原子を数個程度入れることが可能な空間をもっており、不安定な原子でさえ安定に保持するカプセルの役割を担うことができる。
フラーレンの内部空洞に原子(以下Mで表わす)を内包したものは、原子内包フラーレンと呼ばれ、一般式M@C2n(2n≧60)で表わされる分子の総称である。ここでMは、単一もしくは複数の原子またはそれらを含む原子団であり、かならずしも単一の原子でなくてもよい。
前記の原子内包フラーレンのうちで、内包原子が金属原子であるものが金属内包フラーレンである。
内部の原子もしくは金属から炭素ケージへの電子移動に伴って、新しい電気的特性を発現することが期待されるため、この分野の研究は近年著しい進展を見せている。
【0004】
アルカリ金属の内包フラーレンは、周期表1族のアルカリ金属が1価の陽イオンとなりやすいため、電子をフラーレンケージに与え、電子を得たフラーレンが負の電荷を帯び、内包金属原子が正の電荷を有することで、新たな物性を創出することが期待されている。
その中でもとりわけ、非常に反応性に富み、酸化数が常に+1価であり、アルカリ金属の中で最小径であるリチウム原子が内包されたリチウム原子内包フラーレンは、新規な応用が期待され、応用開発のための合成・分離技術の検討が進められている。
応用面では特に、クリーンな太陽エネルギーを利用する有機薄膜太陽電池の光電変換効率向上に寄与する材料として注目を集めている。
【0005】
内包フラーレンの合成は、レーザー蒸着法、アーク放電法、イオン注入法、プラズマ照射法などによる方法が報告されている。例えば、特許文献1には、フラーレンが堆積された基板にリチウムイオンを含むプラズマを連続的に照射し、プラズマ照射と同時にフラーレン蒸気を基板に導入することで、リチウム原子内包フラーレンを合成する技術が開示されている。
合成された生成物の中には、この金属原子内包フラーレン以外に、空のフラーレンや内包されなかった金属原子などの不純物が含有されている。
このため、電子材料としての利用を目的として高純度の内包フラーレンを製造するためには、合成された生成物から内包フラーレンとその他の不純物を分離・精製する必要がある。
【0006】
特許文献1には、以下のプロセスフローによる溶媒抽出による精製方法が開示されている。まず、内包フラーレン合成後の未精製物を用意する(ステップ1)。次に、内包フラーレン未精製物から溶媒を用いて未反応の内包対象原子を除去し、残査物を回収する(ステップ2)。ステップ2では、溶媒として、例えば、水系溶媒や酸性溶液を用いる。次に、ステップ2で得た残査物を溶媒で洗浄し、この溶媒に溶解する成分を除去して不溶の残渣物中に濃縮された内包フラーレンを含む生成物を得る(ステップ3)。ステップ3では、溶媒として、例えば、トルエンを用いる。空のフラーレンがトルエンに溶解し、不溶の内包フラーレンが残査物中に濃縮される。次に、ステップ3で得た残査物を溶媒に溶かし、溶媒に内包フラーレンを抽出する(ステップ4)。ステップ4では、溶媒として、例えば、クロロナフタレンを用いる。次に、内包フラーレン抽出溶媒を内包フラーレンが溶けにくい溶媒(貧溶媒)中に滴下して、残査物中に内包フラーレンを濃縮して回収する(再沈法)。ステップ4の溶媒としては、例えば、トルエンを用いる。
【0007】
特許文献1には、Li@C60の内包率データが記載されている。
Li@C60の試料に対する内包率(以下、単にLi内包率という)を、Li内包率=[Li@C60の重量]/[試料の初期重量]で定義する。ここで、試料は、上述ステップ2において得られた内包フラーレン未精製物を水系の溶媒や酸性溶液で処理して、未反応のリチウム原子を除去した残渣物を回収し、これを乾燥した粉末に相当する。
内包フラーレン生成過程ではリチウム原子(質量7)1個に対してLi@C60(質量727)が1個対応し、リチウム1モルがLi@C60の1モルに対応するので、重量比では、[Li@C60の重量]/[リチウム重量]=727/7で、Li@C60の重量は、リチウム重量の約104倍として換算する。
従って、
Li内包率=((727/7)×[リチウム重量]/[試料の初期重量])×100 (%)
である。
【0008】
特許文献1の図4には、内包率の原料供給比依存性が示されており、上記ステップ1の“合成時内包率”と濃縮ステップ4で得られた析出物に対する“抽出後内包率”についてのLi内包率を、リチウム(Li)とC60フラーレンの重量換算での供給比(Li/C60)に対して求めたものである。
合成時内包率は、ばらついているが概ね右肩上がりで供給比が大になると飽和の傾向があり、抽出後内包率は、供給比0.4〜0.5で極大値をもっている。つまり、供給比を例えば0.6以上としても抽出後の内包率は向上しないだけでなく、抽出できない内包フラーレンの割合が多くなる。また、極大値は内包率7〜8%のところにあり、抽出方法を変えてもほぼ同様の内包率となった。
すなわち、溶媒抽出による内包フラーレンの含有量は、試料の重量の多くても7〜8%である。
【0009】
特許文献2には、HPLCによるLi@C60の精製についても、複数回繰り返し試行したが、それにもかかわらず、内包率を7〜8%以上とすることはできなかった。つまり、空のフラーレンを除去するには限度があることが分かったと記載されている。さらに、これらのデータから、溶媒抽出した内包フラーレンは単独の分子として存在するのではなく、内包フラーレンの周りに複数の空のフラーレンが集合して取り囲み結合したクラスター構造をなしているものと考えられると記載されている。
特許文献2には、係るクラスター構造を分解し、より高い内包率を得ることが可能な方法として、以下のプロセスフローによる精製方法が開示されている。
(a)内包フラーレンと、その周囲を取り囲んでなる複数の空のフラーレンとからなるクラスター構造を有する材料を、分解試薬を含む溶媒に導入する工程、
(b)この溶媒中で材料のクラスター構造を分解するとともに内包フラーレンカチオンを形成する工程、
(c)内包フラーレンカチオンの塩を析出させる工程、
(d)析出した内包フラーレンカチオンの塩から内包フラーレンを単離する工程
特許文献2では、内包フラーレンカチオンの塩から内包フラーレンを単離する方法として、還元剤を含む溶媒に導入する方法が記載されている。具体的には、カチオン塩であるLi@C60・SbCl6に還元剤としてビス-ペンタメチル-シクロペンタジエニル鉄(Fe(Cp*)2)を添加したODCB溶液を加えることで還元反応を進行させ、反応が十分進んだ溶液をヘキサン溶媒に導入し、溶液に不溶の沈殿物をアセトニトリル溶媒に導入することで、Li@C60とFe(Cp*)2を分離し、その沈殿物に濃縮されたLi@C60を回収する方法が記載されている。
しかし、係る溶媒抽出による内包フラーレンの精製方法は、溶媒に対する相対的な溶解度の差を利用するものであり、回収する沈殿物中の不純物を十分に除去できず、同時に、溶媒側にも相当量の内包フラーレンが残るため、精製効率の向上が困難であるという問題があった。
【0010】
特許文献3には、特許文献2に記載されたカチオン塩Li@C60・SbCl6に対し、電解質を添加した溶液を移動相として用いる新規なHPLC法を適用し、Li@C60の精製効率を高める技術が開示されている。しかし、HPLCは、処理能力に限界があり、電子材料を試作あるいは量産するための精製方法としては適当ではないという問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、精製効率と処理能力の向上が可能な原子内包フラーレンの精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明(1)は、真空容器中で原子内包フラーレンカチオンとアニオンが結合した原子内包フラーレンカチオン塩を加熱して昇華させ堆積基板上に薄膜を堆積する原子内包フラーレンの精製方法であり、前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンの昇華温度の差を利用して前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンを分離することにより、前記薄膜中に原子内包フラーレンを濃縮することを特徴とする原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(2)は、前記原子内包フラーレンがLi@C60であることを特徴とする前記発明(1)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(3)は、前記原子内包フラーレンカチオン塩がLi@C60SbCl6又はLi@C60PF6であることを特徴とする前記発明(1)又は前記発明(2)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(4)は、前記加熱を第一の温度で行った後、前記第一の温度よりも高温の第二の温度で行うことを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(3)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(5)は、前記第一の温度が200〜400℃の範囲であり、前記第二の温度が450〜600℃の範囲であることを特徴とする前記発明(4)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(6)は、前記発明(1)乃至前記発明(5)の原子内包フラーレンの精製方法により製造された原子内包フラーレン薄膜である。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る原子内包フラーレンの精製方法によれば、精製効率を向上し、高い純度の原子内包フラーレンを製造することができる。また、高い処理能力が得られるので、新規な電子材料の試作あるいは量産への適用が可能であり、製造コストの低減も可能である。
本発明に係る原子内包フラーレン薄膜は、新規な電子材料膜であり、有機薄膜太陽電池の材料膜等の新規で有用な応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)は本発明に係る内包フラーレンの精製装置の概略図である。(b)、(c)は、それぞれ、精製装置の準備室の試料ホルダーと探針ホルダー保管機構である。(d)は、内包フレーレンの蒸着源の写真である。
【図2】(a)は、LEED装置の概略図である。(b)は、STMの定電流モードのブロック図である。
【図3】(a)は、STMヘッドの模式図である。(b)は、チューブスキャナーの模式図である。
【図4】X線光電子分光装置の概略図である。
【図5】[Li@C60](PF6)の加熱時の水晶振動子の振動数変化と電流変化のグラフである。
【図6】(a)は、昇華物(1)、昇華物(2)、水晶振動子のみのXPSスペクトルであり、(b)、(c)は、それぞれ、F 1s, C 1sのスペクトルである。
【図7】Cu(111)表面のLEED像である。
【図8】Cu(111)表面のSTM像、及び、ラインプロファイルである。
【図9】昇華物(2)/Cu(111)のSTM像、及び、ラインプロファイルである。
【図10】(a)は、熱処理後のLi@C60/Cu(111)のLEED像、及びSTM像である。(b)は、熱処理後の通常のC60/Cu(111)のLEED像、及びSTM像である。
【図11】熱処理後のLi@C60/Cu(111)のLEED、及びSTM像像である。
【図12】Li@C60単分子層のp(4x4)アイランドのSTM像、及び、ラインプロファイルである。
【図13】Li@C60単分子層のp(4x4)領域内のSTM像である。
【図14】試料バイアス変化によるLi@C60単分子層のp(4x4)領域内のSTM像の変化、及び、ラインプロファイルである。
【図15】コントラストに差異の現れたLi@C60単分子層のSTM像、及び、dI/dV像である。
【図16】STM像によるフラーレンAとフラーレンBの内部構造である。
【図17】Li@C60単分子層のp(4x4)領域内のSTM像である。
【図18】Li@C60単分子層のp(4x4)領域内のdI/dV像である。
【図19】(a)、(b)は、Li@C60のp(4x4) 単分子層アイランドのdI/dVスペクトルである。
【図20】(a)は、Li@C60のdI/dVスペクトルである。(b)は、熱処理後の通常のC60/Cu(111)のdI/dVスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本願発明者等は、内包フラーレンカチオン塩から内包フラーレンを単離する方法について鋭意検討した結果、内包フラーレンカチオン塩を昇華させ、その際、加熱温度を制御することにより、内包フラーレンとアニオンを分離させることが可能なことを見出した。加熱温度を常温から徐々に上げていくと、最初に昇華温度の低いアニオンが昇華する。さらに加熱温度を上げると内包フラーレンが昇華する。アニオンを十分に昇華させて除去してから内包フラーレンを昇華させ、堆積基板上に成膜することにより、高純度の内包フラーレンを精製することが可能になった。
【0016】
以下、用語について説明する。上述したものについても必要に応じ再掲した。
(フラーレン、原子内包フラーレン)
フラーレンとは、12個の五員環と2個以上の六員環からなる、実際上C60以上のサイズの球殻状に閉じた一般式C2n(2n≧60)で表わされる一群の炭素分子の総称である。具体例としては、C60、C70、C76、C82、C90、C96などがあるがこれらに限定されるものではない。
フラーレンは炭素原子の五員環と六員環からなる三次元の閉じた球形分子である。
原子内包フラーレンは、フラーレンの球殻内に原子(以下Mで表わす)を閉じ込めた構造の、一般式M@C2n(2n≧60)で表わされる分子の総称である。 ここでMは、単一もしくは複数の原子またはそれらを含む原子団であり、かならずしも単一の原子でなくてもよい。
【0017】
(原子内包フラーレン塩)
一般的に塩(えん)とは、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)とがイオン結合した化合物のことである。 身近な代表例としては食塩(化学記号NaCl、イオン結合した化合物つまり塩であることを強調してNa+Cl-とも記す)がある。
原子内包フラーレン塩とは、原子内包フラーレンのカチオン(陽イオン)もしくはアニオン(陰イオン)を含む塩である。イオンの価数は1もしくは1以上である。 Li@C60PF6(塩であることを強調してLi@C60+PF6-とも記す)、Li@C60SbCl6などが具体的な代表例であるが、これらに限定されるものではない。
カチオンである内包フラーレンの正イオンと結合するアニオンの具体例として、ハロゲンアニオン( Cl-、Br-、I-)、その他の無機アニオン ( SCN-、NO3-、ClO4- )、含ホウ素アニオン( B(C4H9)4-、B(C6H5)4- )、アルキルスルホン酸( CH3SO3- )、アリルスルホン酸 ( p-CH3C6H4SO3-)、含フッ素アニオン ( BF4-、PF6-、AsF6-、SbF6-、CF3SO3-、C4H9SO3-、N(CF3SO2)2-、C(CF3SO2)3- )、含塩素アニオン( SbCl6-、PCl6- )、その他の有機アニオン ( CH3CO2-、CH3CO3-、C2H5CO3-、C2H5O- )が挙げられる。
【0018】
以下、本発明に係る原子内包フラーレンの精製方法について説明する。
【0019】
以下に示す工程に従ってLi@C60の合成・分離・精製を行った。Li@C60カチオン塩の生成については、具体例として、Li@C60SbCl6を生成する場合について記載した。Li@C60SbCl6と同様の方法でLi@C60PF6の生成も可能である。昇華による内包フラーレンの単離に関しては、具体例として、Li@C60PF6を用いる場合について記載した。
【0020】
S1:合成
(S11:クラスター材料の合成)
Liを内包した内包フラーレンの製造に、円筒形状のステンレス製容器の周囲に電磁コイルを配した構造の製造装置を用いた。
使用原料であるLiは、アルドリッチ社製の同位体に関し未精製のLiを用い、また、使用原料であるC60は、フロンティアカーボン社製のC60を用いた。
(i)真空容器を真空度4.2×10−4Paに排気し、電磁コイルにより、磁場強度0.044Tの磁界を発生させた。
(ii)内包原子昇華オーブンに固体状のLiを充填し、400〜600℃の温度に加熱してLiを昇華させ、Liガスを発生させた。
(iii)発生したLiガスを500℃に加熱したガス導入管を通して導入し、2500℃に加熱した熱電離プレートに噴射した。
(iv)Li蒸気が熱電離プレート表面で電離し、Liの正イオンと電子からなるプラズマ流が発生した。
(v)さらに、発生したプラズマ流に、チムニー型のフラーレンオーブンで610℃に加熱、昇華させたC60蒸気を導入した。
(vi)プラズマ流と接触するカップ状の堆積基板に−30Vのバイアス電圧を印加し、堆積基板表面に内包フラーレンを含む薄膜を堆積した。
原料供給比(Liイオン/C60)は0.5とした。
(vii)約2時間の堆積を行い、厚さ0.8〜1.4μmの薄膜が堆積した。
【0021】
(S12:合成物回収)
次に、次の手順で合成物の採取・回収を行った。
(i)合成装置の堆積基板装着取り出し口に設けたグローブバッグ内を嫌気雰囲気(アルゴンガス)に置換するとともに、装置内の堆積基板装着部を嫌気ガスにより大気圧に復帰させる(グローブバッグ内には、予めコックなどで内部空間を開放したデシケータを入れておき、デシケータ内部を含めての嫌気雰囲気置換を、グローブバッグの真空排気後にアルゴンガスを導入して行った)。
(ii)グローブバッグの内側から装置内の堆積基板装着部を開け、中の基板を取り出しデシケータに入れ蓋をし、コックを閉じ外気と遮断するとともに、装置の基板装着取り出し口を閉じた。
(iii)グローブバッグから、アルゴンによる嫌気ガス中に外気と遮断された状態で堆積基板が収容されたデシケータを取り出した。
(iv)アルゴンガスによる嫌気雰囲気とした回収用グローブボックスに、堆積基板入りデシケータを入れ、スパチュラで基板上の合成物を削り落とし、アルミニウム箔上に回収した。
(v)次に、グローブボックス内で回収物をメノウ乳鉢ですり潰した。
(vi)そして、グローブボックス内で回収物を電子天秤で秤量した。
この組成物である回収した回収物(すす)を出発材料とし、この材料を5.66g、5.60g、5.62g、5.63gの4Lot分用意し、それぞれについて以下の処理(S2〜S3)を行った。
嫌気下での回収により、回収作業での溶媒への不溶化やクラスター分解効率の低減などの大気中の酸素や水分による組成物への影響を抑制することができる。
【0022】
S2:酸化
S2〜S3は処理法を示すため、代表して回収物5.66gを用いた場合について記述する。
【0023】
(S21:クラスター分解(酸化))
本工程は、クラスター構造をなすLi@C60と複数の空フラーレンとを含む組成物である回収物(すす)を、酸化試薬とともに溶媒(第1と第2の溶媒による混合溶媒)に投入し、脱電子酸化の化学反応によりLi@C60と空フラーレンそのほかの成分が、溶液中で遊離して存在する状態にする工程である。
(i)アルゴンガスにより嫌気雰囲気としたグローブボックス内で、容量1Lのナス型フラスコに、回収物と酸化試薬であるアミニウム塩42.45gを投入した。
ここで、アミニウム塩の投入量は、算出される予想含有Li@C60の量に対するよりも多くし、組成物に含まれているC60フラーレンと外接したり内包されたりしていないリチウム原子(遊離リチウム)も除去するようにした。
なお、使用したグローブボックスは、内容積6m3の美和製作所製のもので、水分量は2ppm(露点−75℃相当)、酸素量は60ppmであった。
以下では、酸化試薬であるアミニウム塩を、次に示す化学式による「アミニウムA」とし説明する。
すなわち、本例での「アミニウムA」は、化合物名:ヘキサクロロアンチモン酸トリス(4−ブロモフェニル)アミニウム、示性式:(4−BrC6H4)3NSbCl6なるものである。
このアミニウムAとして、Aldrich社製試薬を用いた。
【0024】
(ii)引き続きグローブボックス内で、前記の材料入りナス型フラスコに、第1の溶媒で無極性溶媒であるo−ジクロロベンゼン(以下、ODCBと記す)283ml、第2の溶媒で極性溶媒であるアセトニトリル(以下、ANとも記す)142mlを投入した。
前記溶媒としてそれぞれ、脱水o−ジクロロベンゼン(Aldrich製)、脱水アセトニトリル(和光純薬工業株式会社製)を用いた。
(iii)前記ナス型フラスコを超音波洗浄機の槽に載置し、超音波エネルギーを10分間印加し、回収物およびアミニウムAを溶媒へ分散もしくは溶解した。
この結果、容量1Lのなす型フラスコの内容物は、やや青みがかった濃黒色の懸濁液となった。
(iv)前記懸濁液入りナス型フラスコをグローブボックス内で室温下(特に温度管理は行っていないが、内部温度は30℃)磁気攪拌しながら23.5時間分解反応を行った。
【0025】
(S22:AN留去)
前記した酸化反応終了後の懸濁液からANを留去することによってLi@C60カチオン類を次工程S31で、析出しやすくすることを目的に行った。
前記懸濁液入りナス型フラスコをグローブボックス内より取り出し、エバポレーターに接続した。70℃に保持した高温水槽にナス型フラスコを浸け、ダイアフラムポンプで75hPa以下に減圧してANを留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなる時点とした。
【0026】
S3:洗浄・抽出工程
【0027】
(S31:再沈ろ過)
前記AN留去後のODCBを主成分とする溶液に、この溶液内溶解全成分の貧溶媒であるヘキサンとトルエン(第3の溶媒)を添加することで、Li@C60カチオン類を含む全溶質を沈殿させ固形分として得るための工程である。
(i)黒褐色を呈している上記懸濁溶液中のヘキサン、トルエン不溶成分の沈殿を促すため、ナス型フラスコにヘキサンを611ml、トルエンを306ml加え溶解量を落とした。
(ii)前記の“溶液とヘキサン、トルエン”入り三角フラスコに共栓をし、手に持ち十分振り混ぜた。
(iii)十分な沈殿物を生成するため、懸濁液が入った三角フラスコをさらにそのあと冷暗所に1時間静置した。
(iv)静置後の懸濁液を、加圧ろ過器でろ過した。
ろ過フィルターには、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
この結果、フィルター上に第1の組成体である黒色の過残渣を得た。
【0028】
(S32:塩類除去(AN洗浄))
ろ過残渣(第1の組成体)から酸化剤であるアミニウム塩の未反応物及び反応物を溶媒(第4の溶媒)で溶解し除去するための工程である。
なお、ここで、第4の溶媒としてアミニウム塩の未反応物及び反応物に対する良溶媒で、Li@C60カチオン類とC60フラーレンの貧溶媒であるANを用いる。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、ろ過残渣とフィルターとを入れ、第4の溶媒であるAN300mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。
(ii)この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しAN中にろ過残渣が分散した懸濁液とした。
【0029】
(iii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iv)前記「ろ過1」処理で使用し未だ少し固形分が固着している容量500mlのナス型フラスコにAN300mlを入れ、ろ過1の残渣をフィルターごとナス型フラスコに入れた。超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(v)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過2」処理)。
【0030】
(vi)前記「ろ過2」処理で使用し未だわずかに固形分が固着している容量500mlのナス型フラスコにAN150ml入れ、ろ過2の残渣をフィルターごとナス型フラスコに入れた。超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(vii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過3」処理)。以上により、容量500mlのナス型フラスコに残っていた固形分中のアミニウム塩の未反応物及び反応物を溶出させた。
(viii)「ろ過3」までの繰り返しろ過により得られた残渣固形分が第2の組成体であるろ過残渣固形分である。
なお、この塩類除去処理でのANの使用量は、「ろ過1」で300ml、「ろ過2」で300ml、「ろ過3」で150mlの計750mlであった。
【0031】
(S33:空フラーレン除去(トルエン洗浄))
本工程では、第2の組成体であるろ過残渣固形分から、第5の溶媒(トルエン)を用いて空フラーレン(C60)を溶解除去する。第5の溶媒は、空フラーレンの良溶媒、かつ内包フラーレンカチオン類を実質的に溶解しないものが選択される。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、第2の組成体のろ過残渣固形物とフィルターとを入れ、第5の溶媒であるトルエン300mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。
この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しトルエン中に第2組成体ろ過残渣固形物が分散した懸濁液とした。
(ii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
トルエンは特級トルエン(和光純薬工業製)、ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iii)「ろ過1」処理により得られた固形分が第3の組成体であるろ過残渣固形分である。
【0032】
(S34:再溶解(Li@C60カチオン抽出))
本工程では、第3の組成体であるろ過残渣固形分から、第6の溶媒(ODCBとAN)を用いて内包フラーレンカチオンを溶解抽出する。第6の溶媒は、内包フラーレンカチオンの良溶媒が選択される。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、前記の第3組成体ろ過残渣固形物とフィルターとを入れ、第6の溶媒であるODCB40mlとAN40mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。 この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しODCB、AN中に第3組成体ろ過残渣固形物が分散した懸濁液とした。
(ii)加圧ろ過器で懸濁液を、容量200mlのろ液受けナス型フラスコ中にろ過した。 ODCBは、特級ODCB(Aldrich製)、ANは、特級AN(和光純薬工業株式会社製)ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
【0033】
(S35:固体析出)
本工程では、ろ液から内包フラーレンカチオンを固形分として析出させる。ANを留去し、ろ液を冷却することでカチオンの溶解量を低減させる。
(i)ロータリーポンプに液体窒素冷却トラップをつけ、ナス型フラスコを接続し減圧留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなってから30分後とした。
(ii)ナス型フラスコに共栓をし、クランプをはめて5℃に設定した冷蔵庫に入れ68時間静置した。冷蔵庫は、日本フリーザ(株)製 型式KT−1744を用いた。
(iii)冷温静置後、ナス型フラスコのろ液中に黒色粉状固体(OxAm−Cと呼ぶ)の析出が確認できた。
【0034】
(S36:固体回収)
本工程では、析出した黒色粉状固体OxAm−Cの洗浄を行い、不用物を除去し必要な固体を回収する。
(i)冷温静置後、ナス型フラスコのろ液の上澄み液を吸引ろ過装置のフィルターホルダーに注いでろ過した(デカンテーションろ過)。上澄み液とともに流れ出たわずかの黒色粉状固体がフィルター上に残った。
(ii)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにトルエン2mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。
(iii)続いて、デカンテーションろ過実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からナス型フラスコの上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「トルエンデカンテーション」処理)。
【0035】
(iv)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにAN3mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。続いて、「トルエンデカンテーション」実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からナス型フラスコ内の上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「ANデカンテーション」処理)。これを三回繰り返した。
(v)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにODCB500μlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した後、マイクロピペットでナス型フラスコ内の内容物をできるだけ吸引し、それをANデカンテーション実施後のろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方から注ぎ吸引ろ過した。(「ODCBデカンテーション」)
【0036】
(vi)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにヘキサン1mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した後、マイクロピペットでナス型フラスコ内の内容物をできるだけ吸引し、それをODCBデカンテーション実施後のろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方から注ぎ吸引ろ過した。これを三回繰り返した。(「ヘキサンデカンテーション」)
(vii)得られた黒色の残渣ろ過固形分をフィルターとともにアルミニウム箔上に取り出し、これを真空デシケータに入れダイアフラムポンプで乾燥した。
(viii)乾燥後の黒色粉状固体は、目的物である内包フラーレンカチオンLi@C60カチオン類を含み、OxAm−Cと称することにする。 ここで得られたOxAm−Cの重量は26.9mgであった。
【0037】
(S41:昇華による内包フラーレンの単離)
Li@C60純度が高い、PF6との塩([Li@C60](PF6); Li@C60 純度85%以上)を昇華し、原子内包フラーレン薄膜を成膜した。単分子層は[Li@C60](PF6)を超高真空中で加熱し、昇華物をCu(111)基板に堆積させることで作製した。真空昇華にはTa製坩堝を用い、昇華物の蒸着量は水晶振動子によりモニターした。堆積した単分子層は走査トンネル顕微鏡(STM)、X線光電子分光(XPS)により評価した。
図5に、[Li@C60](PF6)の昇華に伴う水晶振動子の周波数変化を示す。坩堝温度約240℃のときにわずかな昇華(1)が見られ、さらに約470℃で新たな昇華(2)が始まることが確認された。
XPS計測の結果、昇華物(1)からはF 1sのピークが観察され、昇華物(2)からはC 1sのピークの顕著な増大が見られた。この結果により、[Li@C60](PF6)の真空昇華では蒸気圧の高いPF6が先に昇華し、その後、Li@C60が昇華することが示された。これを利用し、[Li@C60](PF6)を第一の温度として300℃程度で十分加熱した後、第二の温度として500℃程度で蒸着を行う事でPF6が分離されたC60薄膜を得られることがわかった。
第一の温度での加熱時間は、1分〜1時間程度とすることが好ましい。第一の温度は、200〜400℃の範囲とするのが好ましく、第二の温度は450〜600℃とするのが好ましい。
【0038】
(成膜装置)
図1(a)に本発明で用いた成膜装置の概略図を示す。装置は超高真空に保たれ、準備室、処理室、観測室の3つの真空槽から構成されている。以下にそれぞれの真空槽に備え付けられている装置について述べる。
【0039】
(準備室)
準備室はロータリーポンプ、ターボ分子ポンプにより排気され、蒸着源、STMの探針加熱装置を備えている。この準備室では、大気から真空槽内に試料や探針の導入を行うだけではなく、探針の清浄化と試料上への蒸着も行う。準備室には、図1(b)に示す移動機構先端に試料ホルダーを合計で4個(No.A〜D)、探針を8本(No.1〜8)保管することが出来る。
【0040】
(処理室)
処理室はイオンポンプ及びチタンサブリメーションポンプにより排気される。試料の加熱はこの処理室で行う。また試料清浄化に使用するAr+スパッタ装置や、表面構造分析に用いるLEED/AES装置が備え付けられている。
【0041】
(観測室)
観測室はイオンポンプ及びチタンサブリメーションポンプにより排気され、この観測室にSTM装置が備え付けられており、試料表面の微視的観測を行う。また、試料を3個、探針を4本保管することが出来る。
【0042】
(試料ホルダー)
本実験で用いたCu試料は図1(c)に示す試料ホルダーに取り付けられる。試料ホルダーは3つの電極を有し、そのうち2つは試料加熱フィラメントに接続され、もう一つは試料と同電位である。
【0043】
([Li@C60](PF6)蒸着源)
図1(d)にLi@C60蒸着源の写真を示す。Li@C60蒸着源は電流導入端子と熱電対、そしてTa製の蒸着源からなり、通電加熱法によってLi@C60の蒸着を試みた。また、熱電対はセラミック被覆アルメル/クロメルを用い、蒸着源内に挿入し、温度測定を行えるようにした。
【0044】
(分析装置)
(LEED装置)
装置概略図を図2(a)に示す。電子銃はフィラメントと電極により構成されており、電子は最大3keV収束加速され試料表面に照射される。試料表面の原子と弾性散乱をした電子は半球型スクリーンの蛍光体に衝突し、回折パターンを示す。散乱電子がスクリーンに到達する前には、図中にあるような3枚のメッシュを通過するが、このうちMesh1には阻止電圧が印加され、試料で非弾性散乱する電子の通過を阻止している。また、Mesh2とMesh3は接地しており、試料とメッシュの間に電界が作られることを防いでいる。スクリーンには5keVの電圧が印加され、3枚のMeshを通過した電子を加速して発光体スクリーンに衝突させ発光させる。
【0045】
(STM装置)
STMの定電流モードのブック図を図2(b)に示す。STM装置はSTMヘッド、制御部分、データ処理部分、除振装置から構成されている。トンネル電流はプリアンプを通してSPMコントローラーに出力され、その際のフィードバックを画像化することで表面形状像を得ることが出来る。
【0046】
(STMヘッド)
STMヘッドの模式図を図3(a)に示す。STMヘッドは探針ホルダーマウントが取り付けられたチューブスキャナー(ピエゾ素子)、サンプルホルダーのマウント、及びチューブスキャナーの粗動機構からなる。探針のアプローチは、粗動機構の回転導入機をコンピューター制御のステッピングモーターで回転させることにより行う。探針の走査はチューブスキャナーの6電極に印加することにより行う。トンネル電流は探針側により検出し、フィールドスルーを通してチェンバー外のプリアンプに出力される。バイアス電圧はサンプルホルダーのマウントの電極より試料に印加される。
【0047】
図3(b)に、用いたチューブスキャナーの模式図を示す。円筒形のピエゾ素子の内面及び外面に6つの電極が取り付けられている。XY方向の動きは、外周4分割電極の対向する電極に逆極性の電圧±VX(±VY)を印加することにより行う。VX(VY)はコンピューターにより制御される。Z方向の動きは外周ZFB電極と内周Z電極に電圧を印加することにより行う。
【0048】
外周 電極にはフィードバック回路からの電圧VFBが印加され、内周電極に印加される電圧はコンピューターにより制御される電圧VCが印加される。したがって方向の動きは、フィードバック回路及びコンピューターの双方による制御が可能である。
【0049】
(制御部分)
探針側で検出したトンネル電流(IT)は、プリアンプ(pre-amp)によって電流−電圧変換が行われ、ログアンプ(log-amp)に入力される。ログアンプでは、指数関数的なトンネル電流(IT)の対数をとり、距離に対して線形な信号量に変換する。対数化された電流値は差動アンプ(different-amp)によって基準値(Iref)との差が出力され、この差をPID(Proportional Integral Differential)制御のフィードバック回路に入力する。この回路は、電流値が基準値(Iref)より大きな値ならピエゾ素子がZ方向に縮む向きに印加電圧を変化させ、基準値より小さな値なら、Z方向に伸びる向きに電圧を印加させる。適当なフィードバック定数(増幅率、応答時間)を選ぶことでトンネル電流(IT)を基準値(Iref)と等しい値に保つことが出来る。
【0050】
(データ処理部分)
コンピューターにより、探針をトンネル電流が検出されるまで試料表面に近づける粗動機構制御や、ピエゾ素子にかける電圧制御、データの取り込み及び処理等を行う。
【0051】
(除振装置)
トンネル電流は探針−試料間の距離が変動すると大きく変化するので、外部からの振動伝播も十分に抑制しなくてはならない。本実験装置では空気バネ式除振装置の上にSTMを含めたすべての装置を設定することで床から伝達される振動を減衰させている。さらに、音響による振動を減衰させるために、STMの試料固定ステージとそれを支える3本の柱の間に固有振動数の高いOリング(材質:バイトン)を挿入している。これにより、外部からの大きな低周波振動が伝わってきたとしても、その振動に共鳴することを防いでいる。
【0052】
(X線光電子分光)
図4にX線光電子分光装置の概略図を示す。試料にX線を照射することにより、試料から光電子が放出される。光電子をインプットレンズにより減速且つ集束させてアナライザに入射させ、光電子のエネルギーを測定した。
【0053】
本発明では[Li@C60](PF6)を超高真空中(UHV)で昇華することでLi@C60の単離を試みた。[Li@C60](PF6)はTa製の坩堝に導入し、超高真空中で坩堝を通電加熱することで昇華を行った。このとき、昇華量は水晶振動子により計測した。図4に[Li@C60](PF6)の昇華に伴う水晶振動子の振動数変化と、坩堝に印加した電流値の変化を示す。図中の赤線が振動数、青線が電流値である。電流値を上昇させていくと、電流値が約5.5Aになったところで水晶振動子の振動数が大きく減少した。このとき、坩堝の温度は240℃であった。ここでの変化は何らかの分子の昇華であると考えられる。さらに上昇させると、水晶振動子の振動数の減少はゆるやかになっていき、分子の昇華は終了したように見える。しかし、さらに電流値を上昇させ、約6.5Aになると再び振動数が大きく減少した。この時坩堝の温度は480℃であり、この変化は別の分子の昇華に対応する。このように[Li@C60](PF6)はUHVで加熱すると、分子の昇華は2段階にわたって見られる。以後240℃付近の昇華を(1)、480℃付近の昇華を昇華(2)とする。ただし、昇華(1)の昇華温度以上に加熱した試料を、再度加熱しても昇華(1)は現れない。
【0054】
(X線光電子分光による測定)
ここでは、昇華(1)と昇華(2)で飛び出した分子種(昇華(1)および昇華(2)で放出された分子種をそれぞれ昇華物(1)、昇華物(2)とする)を、X線光電子分光(XPS)による分析を行った。昇華物(1)と(2)はそれぞれ水晶振動子に蒸着させ、XPS測定を行った。比較のため、何も蒸着させていない水晶振動子のXPS測定も行った。図6(a) に水晶振動子、昇華物(1)、昇華物(2)のXPSスペクトルを示す。
【0055】
(i)XPS測定結果1 水晶振動子
水晶振動子は表面が金薄膜で覆われており、検出されたピークは金やその不純物として含まれる炭素、酸素によるものであった。それぞれを図中に示す。これ以外に試料ホルダーに起因すると思われるNiのピークが観察された。810eVのピークは水晶振動子表面の何らかの成分に起因すると思われるが、今回特定は出来なかった。
【0056】
(ii)XPS 測定結果2 昇華物(1)
昇華物(1)のスペクトルでは、Ni2p軌道を除く上記のピークに加えて、新たに686eV付近と600eVにピークが見られた(図6(b))。これはF 1s軌道とF KLLオージェ電子のピークに相当する。
【0057】
(iii)XPS 測定結果3 昇華物(2)
昇華物(2)のスペクトルでは、Ni 2p軌道を除く水晶振動子のスペクトルと同様のピークが見られた。昇華物(2)では昇華物(1)とは異なり、F 1sとF KLLのピークは現れなかった。また、C 1sのピークの強度が昇華(1)と水晶振動子のC 1sのピーク強度より増大していることが分かった(図6(c))。
【0058】
XPS測定の結果より昇華(1)ではフッ素を含む分子が昇華していると考えられ、昇華(2)ではC 1sピーク強度の増大から、炭素を含む分子が昇華していると考えられる。[Li@C60](PF6)の昇華を行っている事から、まずは、昇華物(1)がPF6、昇華物(2)がLi@C60と見なすことが出来る。しかし、XPS測定ではLiに対する感度が低い為、Liは検出できなかった。
【実施例】
【0059】
以下に、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0060】
(実施例1)
上記した昇華物(2)において実際にC60分子が昇華しているか確認するため、昇華物(2)のSTM測定を行った。
【0061】
(STMによる昇華物の測定)
STM測定は、昇華物(2)をCu(111)基板に蒸着させることにより行った。以下にCu(111)基板の清浄化処理について示す。
【0062】
(Cu(111)表面の清浄化処理)
Cu単結晶は面心立方構造であり、(111)表面における最近接原子間距離は2.55Åである。Cu(111)基板の清浄化はAr+スパッタ(基板温度:700K,圧力:1×10−6Torr, 加速電圧1.8KeV)とアニール(基板温度:700K)をそれぞれ30分間ずつ、数回繰り返すことにより行った。基板の清浄化はLEEDおよびSTMで確認した。図7に清浄化後のCu(111)のLEED像を示す。LEED像においてCu(111)面に起因する1×1の回折スポットが確認出来た。
【0063】
清浄化後のCu(111)表面のSTM像を図8に示す。80nm程度の幅を持つテラスと複数のステップが観察できる。このステップの高さは2.4Å程であり、Cu(111)の面間距離に対応することから、これらのステップは単原子ステップである事が分かる。
【0064】
以上のように清浄化を行ったCu(111)表面に昇華物(2)を約0.3ML蒸着し、STM計測を行った。
【0065】
(昇華物(2)/Cu(111)のSTM測定)
図9にCu(111)上の昇華物(2)のSTM像を示す。吸着した球状の分子はステップ付近にアイランドを形成している事が分かる。球状の分子の直径は約1nm程であった。これはC60分子のπ電子雲を含むサイズと一致する。また、分子の見かけのアイランドの高さは約7Åであり、Cu(111)基板表面上のC60分子のそれと一致していた。これらの特徴から昇華物(2)はC60分子であると言える。しかし、このC60分子がLiを内包しているとは判断できない。但し、ここでは通常のC60と区別するため昇華物(2)は、便宜上Li@C60と記述する。
【0066】
また、通常のC60分子は、約380℃でC60の昇華が確認されているのに対し、Li@C60の昇華温度は480℃で確認された。この事から[Li@C60](PF6)のLi@C60分子の昇華温度の方が通常C60の昇華温度より高い。これは、Li@C60とPF6が強固に結合していることによる。
【0067】
次に、このLi@C60が実際にLiを内包しているかどうか、引き続きSTMにより測定した。
【0068】
(Li@C60のSTM測定)
Cu(111)上の 単分子層は室温では多様な吸着構造をとることが知られている。ドメインごとでCu(111)基板に対する単分子層の配向や高さ及び分子方位は異なり、分子の吸着によって生じる基板再構成もドメインで異なることが報告されている。ここでも同様のSTM像が観測されたが、そのような像からC60分子内のLiの有無を判断することは困難である。一方、Cu(111)上の単分子層は熱処理を加えることで、吸着構造は全てp(4×4)構造に再構成することが知られている。したがって本発明では熱処理後のLi@C60単分子層を観察した。
【0069】
(熱処理後のLi@C60単分子層の吸着構造)
ここでは、Cu(111)基板上に約0.3MLのLi@C60を蒸着させた後、730Kで10minの熱処理を行った表面に注目する。図10(a)に、熱処理後のLi@C60単分子層のLEED像とSTM像を示す。LEED像においてC60単分子層の4×4超構造に起因する回折スポットが確認出来た。STM像からも、p構造を形成しているC60単分子層のアイランドが観察された。しかし、アイランドの周囲やステップ付近にp(4×4)構造ではないディスオーダーのC60も存在していた。これは図10(b)に示す通常のC60単分子層とは異なる傾向である。
【0070】
このLi@C60の単分子層を、さらに730Kで30min加熱し、形態変化を調べた。図11に熱処理後のLi@C60のLEED像とSTM像を示す。この結果、LEEDにおいて4×4の回折ピークの強度は減少し、STMにおいてディスオーダー領域の増加が確認された。通常のC60単分子層は同条件での加熱処理より、p(4×4)構造になることが知られている。今回観察された熱処理によるディスオーダー領域の増加は、Li@C60が存在している事による。Li@C60の影響により、熱処理中に不純物がp(4×4)領域へ混在し、ディスオーダー領域が増加した。
【0071】
このようなディスオーダー領域では、Li内包の有無をSTM計測から議論することは困難である。このため、本発明では、Li@C60単分子層のp(4×4)アイランドに注目して計測を行った。
【0072】
(Li@C60のp(4×4)単分子層アイランド)
図12にLi@C60単分子層のp(4×4)アイランドのSTM像とラインプロファイルを示す。熱処理後のp(4×4)アイランドは、基板再構成によりC60分子がCu基板に沈み込み、熱処理前に比べ単分子層の高さが約2Å低くなる事が知られている。図3−7に示すラインプロファイルから、Li@C60のp(4×4)単分子層アイランド高さは約5Åであった。これは熱処理前のLi@C60単分子層高さと比較すると2Å低くなっている。この事からLi@C60のp(4×4)アイランドでも通常のC60の場合と同様に基板再構成が起こっていることが分かった。
【0073】
(Li@C60のp(4×4)単分子層の試料バイアス依存性)
図13にLi@C60単分子層のp(4×4)アイランドを拡大したSTM像を示す。測定範囲は280Å×280Å、測定条件はIT=0.25nA,Vs=−2.5VでSTM計測を行った。この条件においては、ほぼ全てのC60は均一なコントラストを示した。
C60とLi@C60は電子状態が異なると考えられるため、ここでは試料バイアスを変化させてSTM計測を行い、電子状態の差異を観察する事を試みた。
【0074】
図14に同じ領域で、試料バイアスを−3.0V、−2.5V、−2.0V、−1.5V、−1.0V、+1.5V、+2.0V、+2.5V、+3.5Vと変化させたSTM像を示す。試料バイアス+2.0V以上で、いくつかのC60分子の見かけの高さが高く観察された。高く観察されたC60分子の数の方が、他のC60分子より少なく、その数の比は25:1であった。このような現象は通常のC60のp(4×4)アイランドでは見られない。この明るさの異なる2種類のC60分子はどちらかがLiを内包したものである可能性がある。この2種類のC60分子のうち、明るく見えたC60をフラーレンAとし、もう一方をフラーレンBとする。また、正バイアス側でSTM像に変化が見られたという事は、フラーレンAとフラーレンB間ではLUMO側の電子状態が主に変化しているという事を示す。
【0075】
次に、図14で得られたコントラストの差異は、電子状態を反映しているのかを次のように確認した。図15にコントラストに差異の現れるバイアスで得られたLi@C60単分子層のSTM像(左)とdI/dV像(右)を示す。STM像から、他の分子よりも明るく見えるフラーレンAが点在している事が確認できる。図中に赤枠で囲まれているのはフラーレンAである。また、緑枠で囲まれている分子は、分子内に黒い線が確認できる。これは何らかの理由により基板上で回転しているフラーレンBであると考えられる。一般に固体中ではC60分子は回転しているが、Cu(111)上に吸着したC60は基板との強い相互作用により、室温でも回転が停止することが知られている。但し、ドメイン境界付近等、一部のC60はCu(111)でも回転しており、図のSTM像のように周囲のC60分子と異なっているように見えることがある。しかし、dI/dV像において、回転しているフラーレンBと静止しているフラーレンBの間にコントラストの差異は無かった。一方赤枠で囲まれたフラーレンAはdI/dV像においてもフラーレンBとのコントラストは異なっていた。この事からフラーレンA、B間で電子状態が異なっていることが示された。
【0076】
(Li@C60の分子方位)
フラーレンAとフラーレンBのいずれかが、Liを内包したことによりCu(111)への吸着形態が変化しているか調べるために、分子軌道がよく見えるバイアス条件で、詳細なSTM計測を行った。図16に+2.0Vのバイアス電圧で取得された、Li@CC60単分子層のSTM像を示す。C60分子が3つ葉のクローバー状のコントラストを示している。ここで、図中に丸で示すフラーレンAも、フラーレンBと同じ構造をしている事が確認できる。この事から、どちらの分子も同じ分子方位でCu(111)に吸着していることが分かる。また、これはフラーレンAのLUMO軌道の状態密度の方が、フラーレンBのLUMO軌道の状態密度より大きいが、軌道の形状は大きく変化していない事を示している。このような3つ葉のコントラストはC60分子の六員環が基板と水平に吸着している際に現れることが知られている。
【0077】
(Li@C60の電子状態)
(Li@C60のdI/dV計測)
これまでSTM像において、正の試料バイアスでフラーレンA,Bの間にコントラストの差異が確認された。これは、Li@C60は通常C60と比較してLUMO側に変化が起きている事を示している。ここではフラーレンA,B間の詳細な電子状態の差を理解するため、dI/dV像の測定を行った。
【0078】
図17にLi@C60単分子層のp(4×4)領域内のSTM像を示す。フラーレンAとフラーレンBの存在が確認できる。この両方の分子の存在する領域でdI/dV像の計測を行った。
【0079】
図18にサンプルバイアスを、+3.0V、+2.5V、+2.0V、+1.5V、−1.0V、−1.5V、−2.0V、−2.5Vと変化させた時のdI/dV像を示す。dI/dV像によると正バイアス側だけではなく、負バイアス側においてもフラーレンAとフラーレンB間でコントラストの差が確認された。この事からLi@C60は通常C60と比較してHOMO側の電子状態も変化している事が分かる。STM像において負バイアス側でコントラストに差異が現れなかったのは、LUMO側の変化に比べ、HOMO側の変化がわずかであったためと考えられる。
【0080】
負バイアス側の変化として、−1.5Vと−2.0VではフラーレンAが明るく見えている。これはフラーレンAのHOMOのピークが−1.5Vと−2.0V間に存在している可能性を示唆している。
【0081】
正バイアス側の変化として、+1.5Vと+3.0VではフラーレンAが明るく見え、+2.5V、+1.0Vではコントラストは反転し、フラーレンAは暗く見えた。これは、フラーレンAのLUMOのピークが+1.5Vと+3.0Vに存在し、ピークの谷間が+2.5V、+1.0Vにあたるという可能性が考えられる。
【0082】
(Li@C60のdI/dVスペクトル)
ここまでのSTM、dI/dV計測において、異なるコントラストを示す2種類のC60分子が確認された。しかし、STMやdI/dV像から、フラーレンA,BのどちらがLi@C60かを判断することは困難である。このため、ここでは各分子上でdI/dVスペクトルの計測を試みた。しかし、現時点では熱ドリフトの影響により、点在するフラーレンAのdI/dVスペクトルを取得するのは困難である。このため本発明では、決定的な実験を行うことは出来なかった。ここでは現状で得られているデータを示して議論する。
【0083】
フラーレンA、Bが混在する表面において、dI/dVスペクトル測定を12回行ったところ、得られたスペクトルはそのピーク位置により2種類に分類できることが分かった。図19(a)にそのうち11回現れたdI/dVスペクトルを示す。また、図19(b)に一度だけ現れたdI/dVスペクトルを示す。フラーレンAとフラーレンBの割合から、図19(b)のスペクトルがフラーレンAに、図19(a)のスペクトルがフラーレンBに相当すると考えられる。この一度だけ現れたdI/dVスペクトルは、熱処理後の通常C60/Cu(111)のそれ(図20)と類似している。すなわち、STM像で明るく見えていたフラーレンAが通常C60である事も考えられる。一方、図19(a)のdI/dVスペクトルは、電子照射を受けた一部ポリマー化したC60分子のdI/dVスペクトルと共通していた。C60分子がLiの内包したことにより、同様の変化が起こったという可能性も考えられる。しかし、XPS測定においてLiが検出出来なかった事はLi@C60は少量であるということも考えられる。
【0084】
ここで、Cu(111)上のC60分子は基板と強く結合し、既に基板から多量の電子を受け取っている事に注意が必要である。このため、Li内包によるC60への電荷移動と基板からの電子移動が混在する。
【0085】
本発明ではLi@C60を[Li@C60](PF6)から単離することを目的とした。
[Li@C60](PF6)を超高真空中で昇華することにより、Li@C60の単離を試みた。[Li@C60](PF6)の昇華は二段階にわたって見られた。一段階目の昇華は約240℃で起こり、二段階目の昇華は約480℃で起こった。一段階目の昇華温度以上に加熱した試料は、再度加熱を行うと二段階目の昇華しか見られなかった。これは一段階目に昇華する分子が、試料中から全て昇華したためと考えられる。次に、昇華した分子種の特定をXPS測定により行った。一段階目の昇華はPF6の昇華である事が確認された。STM二段階目の昇華からはLi@C60と予想されるC60分子が確認された。しかし、実際にLiを含んでいるかどうか、XPSから判断を行う事は出来なかった。そこでSTMによる詳細な観察を行った。
【0086】
Cu(111)上の熱処理後のLi@C60単分子層では、p(4×4)構造とディスオーダーな領域が現れた。熱処理後の通常C60/Cu(111)では一様なp(4×4)構造になることから、Li@C60が存在しているためディスオーダー領域が現れたと考えられる。Li@C60のp(4×4)アイランドでは、+2.0V以上の試料バイアスでコントラストに差異が現れ、二種類のC60分子が確認された。この二種類のC60分子の数の比は25:1であった。このような現象は通常C60のp(4×4)アイランドにおいて見られないことから、どちらかのC60分子がLiを内包していると考えられる。また、正バイアスでSTM像に変化が見られたことから、この二種類のC60分子はLUMO側の電子状態が互いに異なることが分かった。これはLi@C60は通常C60と比較して、LUMO側に変化が起きていることを示す。この二種類のC60分子の内部構造から、LUMO軌道の電子状態密度の大きさはお互いで異なるが、軌道の形状に大きな変化は無い事が観察された。次に、どちらのC60分子がLiを内包しているか明らかにするために、ぞれぞれの詳細な電子状態を調べた。
【0087】
dI/dV像から、二種類のC60分子間でHOMO側の電子状態も異なる事が観察された。但しSTM像において負バイアス側では変化は見られなかったことから、Li@C60のHOMO側電子状態の変化は、LUMO側の変化と比較してわずかである。
【0088】
dI/dVスペクトル計測からは、数の少ないC60分子のdI/dVスペクトルと思われるスペクトルが、熱処理後通常C60/Cu(111)のそれと類似している結果となった。この事から数の少ないC60分子が通常C60であることも考えられる。また、数の多いC60分子のdI/dVスペクトルと思われるスペクトルは電子照射を受け、一部ポリマー化したC60分子のそれと共通していた。これはC60がLiの内包により、同様の変化が起こったとも考えられる。しかし、Cu(111)上のC60分子は基板と強く結合し、既に基板から大量の電子を受け取っている。このため、Li内包によるC60への電荷移動と基板からの電子移動が混在している。
【産業上の利用可能性】
【0089】
以上詳述したように、本発明に係る原子内包フラーレンの精製方法は、精製効率を向上し、高い純度の原子内包フラーレンを高い処理能力で製造することが可能であり、エレクトロニクスの分野で大きく貢献する。
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン分子の内部に原子を内包させた原子内包フラーレンに関し、特に、原子内包フラーレンの精製方法、及び、原子内包フラーレン薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】WO2007/123208号公報
【特許文献2】特開2008-217289号公報
【特許文献3】特開2011-73887号公報
【0003】
フラーレンは、直径約0.7〜1.0nmの特異な立体構造(ケージ構造)をとる炭素の新しい分子構造体であり、一般式C2n(2n≧60)で表わされる炭素分子の総称である。具体例としては、C60、C70、C76、C82、C90、C96などがある。
フラーレンはケージの内側に原子を数個程度入れることが可能な空間をもっており、不安定な原子でさえ安定に保持するカプセルの役割を担うことができる。
フラーレンの内部空洞に原子(以下Mで表わす)を内包したものは、原子内包フラーレンと呼ばれ、一般式M@C2n(2n≧60)で表わされる分子の総称である。ここでMは、単一もしくは複数の原子またはそれらを含む原子団であり、かならずしも単一の原子でなくてもよい。
前記の原子内包フラーレンのうちで、内包原子が金属原子であるものが金属内包フラーレンである。
内部の原子もしくは金属から炭素ケージへの電子移動に伴って、新しい電気的特性を発現することが期待されるため、この分野の研究は近年著しい進展を見せている。
【0004】
アルカリ金属の内包フラーレンは、周期表1族のアルカリ金属が1価の陽イオンとなりやすいため、電子をフラーレンケージに与え、電子を得たフラーレンが負の電荷を帯び、内包金属原子が正の電荷を有することで、新たな物性を創出することが期待されている。
その中でもとりわけ、非常に反応性に富み、酸化数が常に+1価であり、アルカリ金属の中で最小径であるリチウム原子が内包されたリチウム原子内包フラーレンは、新規な応用が期待され、応用開発のための合成・分離技術の検討が進められている。
応用面では特に、クリーンな太陽エネルギーを利用する有機薄膜太陽電池の光電変換効率向上に寄与する材料として注目を集めている。
【0005】
内包フラーレンの合成は、レーザー蒸着法、アーク放電法、イオン注入法、プラズマ照射法などによる方法が報告されている。例えば、特許文献1には、フラーレンが堆積された基板にリチウムイオンを含むプラズマを連続的に照射し、プラズマ照射と同時にフラーレン蒸気を基板に導入することで、リチウム原子内包フラーレンを合成する技術が開示されている。
合成された生成物の中には、この金属原子内包フラーレン以外に、空のフラーレンや内包されなかった金属原子などの不純物が含有されている。
このため、電子材料としての利用を目的として高純度の内包フラーレンを製造するためには、合成された生成物から内包フラーレンとその他の不純物を分離・精製する必要がある。
【0006】
特許文献1には、以下のプロセスフローによる溶媒抽出による精製方法が開示されている。まず、内包フラーレン合成後の未精製物を用意する(ステップ1)。次に、内包フラーレン未精製物から溶媒を用いて未反応の内包対象原子を除去し、残査物を回収する(ステップ2)。ステップ2では、溶媒として、例えば、水系溶媒や酸性溶液を用いる。次に、ステップ2で得た残査物を溶媒で洗浄し、この溶媒に溶解する成分を除去して不溶の残渣物中に濃縮された内包フラーレンを含む生成物を得る(ステップ3)。ステップ3では、溶媒として、例えば、トルエンを用いる。空のフラーレンがトルエンに溶解し、不溶の内包フラーレンが残査物中に濃縮される。次に、ステップ3で得た残査物を溶媒に溶かし、溶媒に内包フラーレンを抽出する(ステップ4)。ステップ4では、溶媒として、例えば、クロロナフタレンを用いる。次に、内包フラーレン抽出溶媒を内包フラーレンが溶けにくい溶媒(貧溶媒)中に滴下して、残査物中に内包フラーレンを濃縮して回収する(再沈法)。ステップ4の溶媒としては、例えば、トルエンを用いる。
【0007】
特許文献1には、Li@C60の内包率データが記載されている。
Li@C60の試料に対する内包率(以下、単にLi内包率という)を、Li内包率=[Li@C60の重量]/[試料の初期重量]で定義する。ここで、試料は、上述ステップ2において得られた内包フラーレン未精製物を水系の溶媒や酸性溶液で処理して、未反応のリチウム原子を除去した残渣物を回収し、これを乾燥した粉末に相当する。
内包フラーレン生成過程ではリチウム原子(質量7)1個に対してLi@C60(質量727)が1個対応し、リチウム1モルがLi@C60の1モルに対応するので、重量比では、[Li@C60の重量]/[リチウム重量]=727/7で、Li@C60の重量は、リチウム重量の約104倍として換算する。
従って、
Li内包率=((727/7)×[リチウム重量]/[試料の初期重量])×100 (%)
である。
【0008】
特許文献1の図4には、内包率の原料供給比依存性が示されており、上記ステップ1の“合成時内包率”と濃縮ステップ4で得られた析出物に対する“抽出後内包率”についてのLi内包率を、リチウム(Li)とC60フラーレンの重量換算での供給比(Li/C60)に対して求めたものである。
合成時内包率は、ばらついているが概ね右肩上がりで供給比が大になると飽和の傾向があり、抽出後内包率は、供給比0.4〜0.5で極大値をもっている。つまり、供給比を例えば0.6以上としても抽出後の内包率は向上しないだけでなく、抽出できない内包フラーレンの割合が多くなる。また、極大値は内包率7〜8%のところにあり、抽出方法を変えてもほぼ同様の内包率となった。
すなわち、溶媒抽出による内包フラーレンの含有量は、試料の重量の多くても7〜8%である。
【0009】
特許文献2には、HPLCによるLi@C60の精製についても、複数回繰り返し試行したが、それにもかかわらず、内包率を7〜8%以上とすることはできなかった。つまり、空のフラーレンを除去するには限度があることが分かったと記載されている。さらに、これらのデータから、溶媒抽出した内包フラーレンは単独の分子として存在するのではなく、内包フラーレンの周りに複数の空のフラーレンが集合して取り囲み結合したクラスター構造をなしているものと考えられると記載されている。
特許文献2には、係るクラスター構造を分解し、より高い内包率を得ることが可能な方法として、以下のプロセスフローによる精製方法が開示されている。
(a)内包フラーレンと、その周囲を取り囲んでなる複数の空のフラーレンとからなるクラスター構造を有する材料を、分解試薬を含む溶媒に導入する工程、
(b)この溶媒中で材料のクラスター構造を分解するとともに内包フラーレンカチオンを形成する工程、
(c)内包フラーレンカチオンの塩を析出させる工程、
(d)析出した内包フラーレンカチオンの塩から内包フラーレンを単離する工程
特許文献2では、内包フラーレンカチオンの塩から内包フラーレンを単離する方法として、還元剤を含む溶媒に導入する方法が記載されている。具体的には、カチオン塩であるLi@C60・SbCl6に還元剤としてビス-ペンタメチル-シクロペンタジエニル鉄(Fe(Cp*)2)を添加したODCB溶液を加えることで還元反応を進行させ、反応が十分進んだ溶液をヘキサン溶媒に導入し、溶液に不溶の沈殿物をアセトニトリル溶媒に導入することで、Li@C60とFe(Cp*)2を分離し、その沈殿物に濃縮されたLi@C60を回収する方法が記載されている。
しかし、係る溶媒抽出による内包フラーレンの精製方法は、溶媒に対する相対的な溶解度の差を利用するものであり、回収する沈殿物中の不純物を十分に除去できず、同時に、溶媒側にも相当量の内包フラーレンが残るため、精製効率の向上が困難であるという問題があった。
【0010】
特許文献3には、特許文献2に記載されたカチオン塩Li@C60・SbCl6に対し、電解質を添加した溶液を移動相として用いる新規なHPLC法を適用し、Li@C60の精製効率を高める技術が開示されている。しかし、HPLCは、処理能力に限界があり、電子材料を試作あるいは量産するための精製方法としては適当ではないという問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、精製効率と処理能力の向上が可能な原子内包フラーレンの精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明(1)は、真空容器中で原子内包フラーレンカチオンとアニオンが結合した原子内包フラーレンカチオン塩を加熱して昇華させ堆積基板上に薄膜を堆積する原子内包フラーレンの精製方法であり、前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンの昇華温度の差を利用して前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンを分離することにより、前記薄膜中に原子内包フラーレンを濃縮することを特徴とする原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(2)は、前記原子内包フラーレンがLi@C60であることを特徴とする前記発明(1)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(3)は、前記原子内包フラーレンカチオン塩がLi@C60SbCl6又はLi@C60PF6であることを特徴とする前記発明(1)又は前記発明(2)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(4)は、前記加熱を第一の温度で行った後、前記第一の温度よりも高温の第二の温度で行うことを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(3)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(5)は、前記第一の温度が200〜400℃の範囲であり、前記第二の温度が450〜600℃の範囲であることを特徴とする前記発明(4)の原子内包フラーレンの精製方法である。
本発明(6)は、前記発明(1)乃至前記発明(5)の原子内包フラーレンの精製方法により製造された原子内包フラーレン薄膜である。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る原子内包フラーレンの精製方法によれば、精製効率を向上し、高い純度の原子内包フラーレンを製造することができる。また、高い処理能力が得られるので、新規な電子材料の試作あるいは量産への適用が可能であり、製造コストの低減も可能である。
本発明に係る原子内包フラーレン薄膜は、新規な電子材料膜であり、有機薄膜太陽電池の材料膜等の新規で有用な応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)は本発明に係る内包フラーレンの精製装置の概略図である。(b)、(c)は、それぞれ、精製装置の準備室の試料ホルダーと探針ホルダー保管機構である。(d)は、内包フレーレンの蒸着源の写真である。
【図2】(a)は、LEED装置の概略図である。(b)は、STMの定電流モードのブロック図である。
【図3】(a)は、STMヘッドの模式図である。(b)は、チューブスキャナーの模式図である。
【図4】X線光電子分光装置の概略図である。
【図5】[Li@C60](PF6)の加熱時の水晶振動子の振動数変化と電流変化のグラフである。
【図6】(a)は、昇華物(1)、昇華物(2)、水晶振動子のみのXPSスペクトルであり、(b)、(c)は、それぞれ、F 1s, C 1sのスペクトルである。
【図7】Cu(111)表面のLEED像である。
【図8】Cu(111)表面のSTM像、及び、ラインプロファイルである。
【図9】昇華物(2)/Cu(111)のSTM像、及び、ラインプロファイルである。
【図10】(a)は、熱処理後のLi@C60/Cu(111)のLEED像、及びSTM像である。(b)は、熱処理後の通常のC60/Cu(111)のLEED像、及びSTM像である。
【図11】熱処理後のLi@C60/Cu(111)のLEED、及びSTM像像である。
【図12】Li@C60単分子層のp(4x4)アイランドのSTM像、及び、ラインプロファイルである。
【図13】Li@C60単分子層のp(4x4)領域内のSTM像である。
【図14】試料バイアス変化によるLi@C60単分子層のp(4x4)領域内のSTM像の変化、及び、ラインプロファイルである。
【図15】コントラストに差異の現れたLi@C60単分子層のSTM像、及び、dI/dV像である。
【図16】STM像によるフラーレンAとフラーレンBの内部構造である。
【図17】Li@C60単分子層のp(4x4)領域内のSTM像である。
【図18】Li@C60単分子層のp(4x4)領域内のdI/dV像である。
【図19】(a)、(b)は、Li@C60のp(4x4) 単分子層アイランドのdI/dVスペクトルである。
【図20】(a)は、Li@C60のdI/dVスペクトルである。(b)は、熱処理後の通常のC60/Cu(111)のdI/dVスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本願発明者等は、内包フラーレンカチオン塩から内包フラーレンを単離する方法について鋭意検討した結果、内包フラーレンカチオン塩を昇華させ、その際、加熱温度を制御することにより、内包フラーレンとアニオンを分離させることが可能なことを見出した。加熱温度を常温から徐々に上げていくと、最初に昇華温度の低いアニオンが昇華する。さらに加熱温度を上げると内包フラーレンが昇華する。アニオンを十分に昇華させて除去してから内包フラーレンを昇華させ、堆積基板上に成膜することにより、高純度の内包フラーレンを精製することが可能になった。
【0016】
以下、用語について説明する。上述したものについても必要に応じ再掲した。
(フラーレン、原子内包フラーレン)
フラーレンとは、12個の五員環と2個以上の六員環からなる、実際上C60以上のサイズの球殻状に閉じた一般式C2n(2n≧60)で表わされる一群の炭素分子の総称である。具体例としては、C60、C70、C76、C82、C90、C96などがあるがこれらに限定されるものではない。
フラーレンは炭素原子の五員環と六員環からなる三次元の閉じた球形分子である。
原子内包フラーレンは、フラーレンの球殻内に原子(以下Mで表わす)を閉じ込めた構造の、一般式M@C2n(2n≧60)で表わされる分子の総称である。 ここでMは、単一もしくは複数の原子またはそれらを含む原子団であり、かならずしも単一の原子でなくてもよい。
【0017】
(原子内包フラーレン塩)
一般的に塩(えん)とは、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)とがイオン結合した化合物のことである。 身近な代表例としては食塩(化学記号NaCl、イオン結合した化合物つまり塩であることを強調してNa+Cl-とも記す)がある。
原子内包フラーレン塩とは、原子内包フラーレンのカチオン(陽イオン)もしくはアニオン(陰イオン)を含む塩である。イオンの価数は1もしくは1以上である。 Li@C60PF6(塩であることを強調してLi@C60+PF6-とも記す)、Li@C60SbCl6などが具体的な代表例であるが、これらに限定されるものではない。
カチオンである内包フラーレンの正イオンと結合するアニオンの具体例として、ハロゲンアニオン( Cl-、Br-、I-)、その他の無機アニオン ( SCN-、NO3-、ClO4- )、含ホウ素アニオン( B(C4H9)4-、B(C6H5)4- )、アルキルスルホン酸( CH3SO3- )、アリルスルホン酸 ( p-CH3C6H4SO3-)、含フッ素アニオン ( BF4-、PF6-、AsF6-、SbF6-、CF3SO3-、C4H9SO3-、N(CF3SO2)2-、C(CF3SO2)3- )、含塩素アニオン( SbCl6-、PCl6- )、その他の有機アニオン ( CH3CO2-、CH3CO3-、C2H5CO3-、C2H5O- )が挙げられる。
【0018】
以下、本発明に係る原子内包フラーレンの精製方法について説明する。
【0019】
以下に示す工程に従ってLi@C60の合成・分離・精製を行った。Li@C60カチオン塩の生成については、具体例として、Li@C60SbCl6を生成する場合について記載した。Li@C60SbCl6と同様の方法でLi@C60PF6の生成も可能である。昇華による内包フラーレンの単離に関しては、具体例として、Li@C60PF6を用いる場合について記載した。
【0020】
S1:合成
(S11:クラスター材料の合成)
Liを内包した内包フラーレンの製造に、円筒形状のステンレス製容器の周囲に電磁コイルを配した構造の製造装置を用いた。
使用原料であるLiは、アルドリッチ社製の同位体に関し未精製のLiを用い、また、使用原料であるC60は、フロンティアカーボン社製のC60を用いた。
(i)真空容器を真空度4.2×10−4Paに排気し、電磁コイルにより、磁場強度0.044Tの磁界を発生させた。
(ii)内包原子昇華オーブンに固体状のLiを充填し、400〜600℃の温度に加熱してLiを昇華させ、Liガスを発生させた。
(iii)発生したLiガスを500℃に加熱したガス導入管を通して導入し、2500℃に加熱した熱電離プレートに噴射した。
(iv)Li蒸気が熱電離プレート表面で電離し、Liの正イオンと電子からなるプラズマ流が発生した。
(v)さらに、発生したプラズマ流に、チムニー型のフラーレンオーブンで610℃に加熱、昇華させたC60蒸気を導入した。
(vi)プラズマ流と接触するカップ状の堆積基板に−30Vのバイアス電圧を印加し、堆積基板表面に内包フラーレンを含む薄膜を堆積した。
原料供給比(Liイオン/C60)は0.5とした。
(vii)約2時間の堆積を行い、厚さ0.8〜1.4μmの薄膜が堆積した。
【0021】
(S12:合成物回収)
次に、次の手順で合成物の採取・回収を行った。
(i)合成装置の堆積基板装着取り出し口に設けたグローブバッグ内を嫌気雰囲気(アルゴンガス)に置換するとともに、装置内の堆積基板装着部を嫌気ガスにより大気圧に復帰させる(グローブバッグ内には、予めコックなどで内部空間を開放したデシケータを入れておき、デシケータ内部を含めての嫌気雰囲気置換を、グローブバッグの真空排気後にアルゴンガスを導入して行った)。
(ii)グローブバッグの内側から装置内の堆積基板装着部を開け、中の基板を取り出しデシケータに入れ蓋をし、コックを閉じ外気と遮断するとともに、装置の基板装着取り出し口を閉じた。
(iii)グローブバッグから、アルゴンによる嫌気ガス中に外気と遮断された状態で堆積基板が収容されたデシケータを取り出した。
(iv)アルゴンガスによる嫌気雰囲気とした回収用グローブボックスに、堆積基板入りデシケータを入れ、スパチュラで基板上の合成物を削り落とし、アルミニウム箔上に回収した。
(v)次に、グローブボックス内で回収物をメノウ乳鉢ですり潰した。
(vi)そして、グローブボックス内で回収物を電子天秤で秤量した。
この組成物である回収した回収物(すす)を出発材料とし、この材料を5.66g、5.60g、5.62g、5.63gの4Lot分用意し、それぞれについて以下の処理(S2〜S3)を行った。
嫌気下での回収により、回収作業での溶媒への不溶化やクラスター分解効率の低減などの大気中の酸素や水分による組成物への影響を抑制することができる。
【0022】
S2:酸化
S2〜S3は処理法を示すため、代表して回収物5.66gを用いた場合について記述する。
【0023】
(S21:クラスター分解(酸化))
本工程は、クラスター構造をなすLi@C60と複数の空フラーレンとを含む組成物である回収物(すす)を、酸化試薬とともに溶媒(第1と第2の溶媒による混合溶媒)に投入し、脱電子酸化の化学反応によりLi@C60と空フラーレンそのほかの成分が、溶液中で遊離して存在する状態にする工程である。
(i)アルゴンガスにより嫌気雰囲気としたグローブボックス内で、容量1Lのナス型フラスコに、回収物と酸化試薬であるアミニウム塩42.45gを投入した。
ここで、アミニウム塩の投入量は、算出される予想含有Li@C60の量に対するよりも多くし、組成物に含まれているC60フラーレンと外接したり内包されたりしていないリチウム原子(遊離リチウム)も除去するようにした。
なお、使用したグローブボックスは、内容積6m3の美和製作所製のもので、水分量は2ppm(露点−75℃相当)、酸素量は60ppmであった。
以下では、酸化試薬であるアミニウム塩を、次に示す化学式による「アミニウムA」とし説明する。
すなわち、本例での「アミニウムA」は、化合物名:ヘキサクロロアンチモン酸トリス(4−ブロモフェニル)アミニウム、示性式:(4−BrC6H4)3NSbCl6なるものである。
このアミニウムAとして、Aldrich社製試薬を用いた。
【0024】
(ii)引き続きグローブボックス内で、前記の材料入りナス型フラスコに、第1の溶媒で無極性溶媒であるo−ジクロロベンゼン(以下、ODCBと記す)283ml、第2の溶媒で極性溶媒であるアセトニトリル(以下、ANとも記す)142mlを投入した。
前記溶媒としてそれぞれ、脱水o−ジクロロベンゼン(Aldrich製)、脱水アセトニトリル(和光純薬工業株式会社製)を用いた。
(iii)前記ナス型フラスコを超音波洗浄機の槽に載置し、超音波エネルギーを10分間印加し、回収物およびアミニウムAを溶媒へ分散もしくは溶解した。
この結果、容量1Lのなす型フラスコの内容物は、やや青みがかった濃黒色の懸濁液となった。
(iv)前記懸濁液入りナス型フラスコをグローブボックス内で室温下(特に温度管理は行っていないが、内部温度は30℃)磁気攪拌しながら23.5時間分解反応を行った。
【0025】
(S22:AN留去)
前記した酸化反応終了後の懸濁液からANを留去することによってLi@C60カチオン類を次工程S31で、析出しやすくすることを目的に行った。
前記懸濁液入りナス型フラスコをグローブボックス内より取り出し、エバポレーターに接続した。70℃に保持した高温水槽にナス型フラスコを浸け、ダイアフラムポンプで75hPa以下に減圧してANを留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなる時点とした。
【0026】
S3:洗浄・抽出工程
【0027】
(S31:再沈ろ過)
前記AN留去後のODCBを主成分とする溶液に、この溶液内溶解全成分の貧溶媒であるヘキサンとトルエン(第3の溶媒)を添加することで、Li@C60カチオン類を含む全溶質を沈殿させ固形分として得るための工程である。
(i)黒褐色を呈している上記懸濁溶液中のヘキサン、トルエン不溶成分の沈殿を促すため、ナス型フラスコにヘキサンを611ml、トルエンを306ml加え溶解量を落とした。
(ii)前記の“溶液とヘキサン、トルエン”入り三角フラスコに共栓をし、手に持ち十分振り混ぜた。
(iii)十分な沈殿物を生成するため、懸濁液が入った三角フラスコをさらにそのあと冷暗所に1時間静置した。
(iv)静置後の懸濁液を、加圧ろ過器でろ過した。
ろ過フィルターには、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
この結果、フィルター上に第1の組成体である黒色の過残渣を得た。
【0028】
(S32:塩類除去(AN洗浄))
ろ過残渣(第1の組成体)から酸化剤であるアミニウム塩の未反応物及び反応物を溶媒(第4の溶媒)で溶解し除去するための工程である。
なお、ここで、第4の溶媒としてアミニウム塩の未反応物及び反応物に対する良溶媒で、Li@C60カチオン類とC60フラーレンの貧溶媒であるANを用いる。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、ろ過残渣とフィルターとを入れ、第4の溶媒であるAN300mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。
(ii)この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しAN中にろ過残渣が分散した懸濁液とした。
【0029】
(iii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iv)前記「ろ過1」処理で使用し未だ少し固形分が固着している容量500mlのナス型フラスコにAN300mlを入れ、ろ過1の残渣をフィルターごとナス型フラスコに入れた。超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(v)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過2」処理)。
【0030】
(vi)前記「ろ過2」処理で使用し未だわずかに固形分が固着している容量500mlのナス型フラスコにAN150ml入れ、ろ過2の残渣をフィルターごとナス型フラスコに入れた。超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(vii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過3」処理)。以上により、容量500mlのナス型フラスコに残っていた固形分中のアミニウム塩の未反応物及び反応物を溶出させた。
(viii)「ろ過3」までの繰り返しろ過により得られた残渣固形分が第2の組成体であるろ過残渣固形分である。
なお、この塩類除去処理でのANの使用量は、「ろ過1」で300ml、「ろ過2」で300ml、「ろ過3」で150mlの計750mlであった。
【0031】
(S33:空フラーレン除去(トルエン洗浄))
本工程では、第2の組成体であるろ過残渣固形分から、第5の溶媒(トルエン)を用いて空フラーレン(C60)を溶解除去する。第5の溶媒は、空フラーレンの良溶媒、かつ内包フラーレンカチオン類を実質的に溶解しないものが選択される。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、第2の組成体のろ過残渣固形物とフィルターとを入れ、第5の溶媒であるトルエン300mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。
この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しトルエン中に第2組成体ろ過残渣固形物が分散した懸濁液とした。
(ii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
トルエンは特級トルエン(和光純薬工業製)、ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iii)「ろ過1」処理により得られた固形分が第3の組成体であるろ過残渣固形分である。
【0032】
(S34:再溶解(Li@C60カチオン抽出))
本工程では、第3の組成体であるろ過残渣固形分から、第6の溶媒(ODCBとAN)を用いて内包フラーレンカチオンを溶解抽出する。第6の溶媒は、内包フラーレンカチオンの良溶媒が選択される。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、前記の第3組成体ろ過残渣固形物とフィルターとを入れ、第6の溶媒であるODCB40mlとAN40mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。 この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しODCB、AN中に第3組成体ろ過残渣固形物が分散した懸濁液とした。
(ii)加圧ろ過器で懸濁液を、容量200mlのろ液受けナス型フラスコ中にろ過した。 ODCBは、特級ODCB(Aldrich製)、ANは、特級AN(和光純薬工業株式会社製)ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
【0033】
(S35:固体析出)
本工程では、ろ液から内包フラーレンカチオンを固形分として析出させる。ANを留去し、ろ液を冷却することでカチオンの溶解量を低減させる。
(i)ロータリーポンプに液体窒素冷却トラップをつけ、ナス型フラスコを接続し減圧留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなってから30分後とした。
(ii)ナス型フラスコに共栓をし、クランプをはめて5℃に設定した冷蔵庫に入れ68時間静置した。冷蔵庫は、日本フリーザ(株)製 型式KT−1744を用いた。
(iii)冷温静置後、ナス型フラスコのろ液中に黒色粉状固体(OxAm−Cと呼ぶ)の析出が確認できた。
【0034】
(S36:固体回収)
本工程では、析出した黒色粉状固体OxAm−Cの洗浄を行い、不用物を除去し必要な固体を回収する。
(i)冷温静置後、ナス型フラスコのろ液の上澄み液を吸引ろ過装置のフィルターホルダーに注いでろ過した(デカンテーションろ過)。上澄み液とともに流れ出たわずかの黒色粉状固体がフィルター上に残った。
(ii)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにトルエン2mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。
(iii)続いて、デカンテーションろ過実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からナス型フラスコの上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「トルエンデカンテーション」処理)。
【0035】
(iv)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにAN3mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。続いて、「トルエンデカンテーション」実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からナス型フラスコ内の上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「ANデカンテーション」処理)。これを三回繰り返した。
(v)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにODCB500μlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した後、マイクロピペットでナス型フラスコ内の内容物をできるだけ吸引し、それをANデカンテーション実施後のろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方から注ぎ吸引ろ過した。(「ODCBデカンテーション」)
【0036】
(vi)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにヘキサン1mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した後、マイクロピペットでナス型フラスコ内の内容物をできるだけ吸引し、それをODCBデカンテーション実施後のろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方から注ぎ吸引ろ過した。これを三回繰り返した。(「ヘキサンデカンテーション」)
(vii)得られた黒色の残渣ろ過固形分をフィルターとともにアルミニウム箔上に取り出し、これを真空デシケータに入れダイアフラムポンプで乾燥した。
(viii)乾燥後の黒色粉状固体は、目的物である内包フラーレンカチオンLi@C60カチオン類を含み、OxAm−Cと称することにする。 ここで得られたOxAm−Cの重量は26.9mgであった。
【0037】
(S41:昇華による内包フラーレンの単離)
Li@C60純度が高い、PF6との塩([Li@C60](PF6); Li@C60 純度85%以上)を昇華し、原子内包フラーレン薄膜を成膜した。単分子層は[Li@C60](PF6)を超高真空中で加熱し、昇華物をCu(111)基板に堆積させることで作製した。真空昇華にはTa製坩堝を用い、昇華物の蒸着量は水晶振動子によりモニターした。堆積した単分子層は走査トンネル顕微鏡(STM)、X線光電子分光(XPS)により評価した。
図5に、[Li@C60](PF6)の昇華に伴う水晶振動子の周波数変化を示す。坩堝温度約240℃のときにわずかな昇華(1)が見られ、さらに約470℃で新たな昇華(2)が始まることが確認された。
XPS計測の結果、昇華物(1)からはF 1sのピークが観察され、昇華物(2)からはC 1sのピークの顕著な増大が見られた。この結果により、[Li@C60](PF6)の真空昇華では蒸気圧の高いPF6が先に昇華し、その後、Li@C60が昇華することが示された。これを利用し、[Li@C60](PF6)を第一の温度として300℃程度で十分加熱した後、第二の温度として500℃程度で蒸着を行う事でPF6が分離されたC60薄膜を得られることがわかった。
第一の温度での加熱時間は、1分〜1時間程度とすることが好ましい。第一の温度は、200〜400℃の範囲とするのが好ましく、第二の温度は450〜600℃とするのが好ましい。
【0038】
(成膜装置)
図1(a)に本発明で用いた成膜装置の概略図を示す。装置は超高真空に保たれ、準備室、処理室、観測室の3つの真空槽から構成されている。以下にそれぞれの真空槽に備え付けられている装置について述べる。
【0039】
(準備室)
準備室はロータリーポンプ、ターボ分子ポンプにより排気され、蒸着源、STMの探針加熱装置を備えている。この準備室では、大気から真空槽内に試料や探針の導入を行うだけではなく、探針の清浄化と試料上への蒸着も行う。準備室には、図1(b)に示す移動機構先端に試料ホルダーを合計で4個(No.A〜D)、探針を8本(No.1〜8)保管することが出来る。
【0040】
(処理室)
処理室はイオンポンプ及びチタンサブリメーションポンプにより排気される。試料の加熱はこの処理室で行う。また試料清浄化に使用するAr+スパッタ装置や、表面構造分析に用いるLEED/AES装置が備え付けられている。
【0041】
(観測室)
観測室はイオンポンプ及びチタンサブリメーションポンプにより排気され、この観測室にSTM装置が備え付けられており、試料表面の微視的観測を行う。また、試料を3個、探針を4本保管することが出来る。
【0042】
(試料ホルダー)
本実験で用いたCu試料は図1(c)に示す試料ホルダーに取り付けられる。試料ホルダーは3つの電極を有し、そのうち2つは試料加熱フィラメントに接続され、もう一つは試料と同電位である。
【0043】
([Li@C60](PF6)蒸着源)
図1(d)にLi@C60蒸着源の写真を示す。Li@C60蒸着源は電流導入端子と熱電対、そしてTa製の蒸着源からなり、通電加熱法によってLi@C60の蒸着を試みた。また、熱電対はセラミック被覆アルメル/クロメルを用い、蒸着源内に挿入し、温度測定を行えるようにした。
【0044】
(分析装置)
(LEED装置)
装置概略図を図2(a)に示す。電子銃はフィラメントと電極により構成されており、電子は最大3keV収束加速され試料表面に照射される。試料表面の原子と弾性散乱をした電子は半球型スクリーンの蛍光体に衝突し、回折パターンを示す。散乱電子がスクリーンに到達する前には、図中にあるような3枚のメッシュを通過するが、このうちMesh1には阻止電圧が印加され、試料で非弾性散乱する電子の通過を阻止している。また、Mesh2とMesh3は接地しており、試料とメッシュの間に電界が作られることを防いでいる。スクリーンには5keVの電圧が印加され、3枚のMeshを通過した電子を加速して発光体スクリーンに衝突させ発光させる。
【0045】
(STM装置)
STMの定電流モードのブック図を図2(b)に示す。STM装置はSTMヘッド、制御部分、データ処理部分、除振装置から構成されている。トンネル電流はプリアンプを通してSPMコントローラーに出力され、その際のフィードバックを画像化することで表面形状像を得ることが出来る。
【0046】
(STMヘッド)
STMヘッドの模式図を図3(a)に示す。STMヘッドは探針ホルダーマウントが取り付けられたチューブスキャナー(ピエゾ素子)、サンプルホルダーのマウント、及びチューブスキャナーの粗動機構からなる。探針のアプローチは、粗動機構の回転導入機をコンピューター制御のステッピングモーターで回転させることにより行う。探針の走査はチューブスキャナーの6電極に印加することにより行う。トンネル電流は探針側により検出し、フィールドスルーを通してチェンバー外のプリアンプに出力される。バイアス電圧はサンプルホルダーのマウントの電極より試料に印加される。
【0047】
図3(b)に、用いたチューブスキャナーの模式図を示す。円筒形のピエゾ素子の内面及び外面に6つの電極が取り付けられている。XY方向の動きは、外周4分割電極の対向する電極に逆極性の電圧±VX(±VY)を印加することにより行う。VX(VY)はコンピューターにより制御される。Z方向の動きは外周ZFB電極と内周Z電極に電圧を印加することにより行う。
【0048】
外周 電極にはフィードバック回路からの電圧VFBが印加され、内周電極に印加される電圧はコンピューターにより制御される電圧VCが印加される。したがって方向の動きは、フィードバック回路及びコンピューターの双方による制御が可能である。
【0049】
(制御部分)
探針側で検出したトンネル電流(IT)は、プリアンプ(pre-amp)によって電流−電圧変換が行われ、ログアンプ(log-amp)に入力される。ログアンプでは、指数関数的なトンネル電流(IT)の対数をとり、距離に対して線形な信号量に変換する。対数化された電流値は差動アンプ(different-amp)によって基準値(Iref)との差が出力され、この差をPID(Proportional Integral Differential)制御のフィードバック回路に入力する。この回路は、電流値が基準値(Iref)より大きな値ならピエゾ素子がZ方向に縮む向きに印加電圧を変化させ、基準値より小さな値なら、Z方向に伸びる向きに電圧を印加させる。適当なフィードバック定数(増幅率、応答時間)を選ぶことでトンネル電流(IT)を基準値(Iref)と等しい値に保つことが出来る。
【0050】
(データ処理部分)
コンピューターにより、探針をトンネル電流が検出されるまで試料表面に近づける粗動機構制御や、ピエゾ素子にかける電圧制御、データの取り込み及び処理等を行う。
【0051】
(除振装置)
トンネル電流は探針−試料間の距離が変動すると大きく変化するので、外部からの振動伝播も十分に抑制しなくてはならない。本実験装置では空気バネ式除振装置の上にSTMを含めたすべての装置を設定することで床から伝達される振動を減衰させている。さらに、音響による振動を減衰させるために、STMの試料固定ステージとそれを支える3本の柱の間に固有振動数の高いOリング(材質:バイトン)を挿入している。これにより、外部からの大きな低周波振動が伝わってきたとしても、その振動に共鳴することを防いでいる。
【0052】
(X線光電子分光)
図4にX線光電子分光装置の概略図を示す。試料にX線を照射することにより、試料から光電子が放出される。光電子をインプットレンズにより減速且つ集束させてアナライザに入射させ、光電子のエネルギーを測定した。
【0053】
本発明では[Li@C60](PF6)を超高真空中(UHV)で昇華することでLi@C60の単離を試みた。[Li@C60](PF6)はTa製の坩堝に導入し、超高真空中で坩堝を通電加熱することで昇華を行った。このとき、昇華量は水晶振動子により計測した。図4に[Li@C60](PF6)の昇華に伴う水晶振動子の振動数変化と、坩堝に印加した電流値の変化を示す。図中の赤線が振動数、青線が電流値である。電流値を上昇させていくと、電流値が約5.5Aになったところで水晶振動子の振動数が大きく減少した。このとき、坩堝の温度は240℃であった。ここでの変化は何らかの分子の昇華であると考えられる。さらに上昇させると、水晶振動子の振動数の減少はゆるやかになっていき、分子の昇華は終了したように見える。しかし、さらに電流値を上昇させ、約6.5Aになると再び振動数が大きく減少した。この時坩堝の温度は480℃であり、この変化は別の分子の昇華に対応する。このように[Li@C60](PF6)はUHVで加熱すると、分子の昇華は2段階にわたって見られる。以後240℃付近の昇華を(1)、480℃付近の昇華を昇華(2)とする。ただし、昇華(1)の昇華温度以上に加熱した試料を、再度加熱しても昇華(1)は現れない。
【0054】
(X線光電子分光による測定)
ここでは、昇華(1)と昇華(2)で飛び出した分子種(昇華(1)および昇華(2)で放出された分子種をそれぞれ昇華物(1)、昇華物(2)とする)を、X線光電子分光(XPS)による分析を行った。昇華物(1)と(2)はそれぞれ水晶振動子に蒸着させ、XPS測定を行った。比較のため、何も蒸着させていない水晶振動子のXPS測定も行った。図6(a) に水晶振動子、昇華物(1)、昇華物(2)のXPSスペクトルを示す。
【0055】
(i)XPS測定結果1 水晶振動子
水晶振動子は表面が金薄膜で覆われており、検出されたピークは金やその不純物として含まれる炭素、酸素によるものであった。それぞれを図中に示す。これ以外に試料ホルダーに起因すると思われるNiのピークが観察された。810eVのピークは水晶振動子表面の何らかの成分に起因すると思われるが、今回特定は出来なかった。
【0056】
(ii)XPS 測定結果2 昇華物(1)
昇華物(1)のスペクトルでは、Ni2p軌道を除く上記のピークに加えて、新たに686eV付近と600eVにピークが見られた(図6(b))。これはF 1s軌道とF KLLオージェ電子のピークに相当する。
【0057】
(iii)XPS 測定結果3 昇華物(2)
昇華物(2)のスペクトルでは、Ni 2p軌道を除く水晶振動子のスペクトルと同様のピークが見られた。昇華物(2)では昇華物(1)とは異なり、F 1sとF KLLのピークは現れなかった。また、C 1sのピークの強度が昇華(1)と水晶振動子のC 1sのピーク強度より増大していることが分かった(図6(c))。
【0058】
XPS測定の結果より昇華(1)ではフッ素を含む分子が昇華していると考えられ、昇華(2)ではC 1sピーク強度の増大から、炭素を含む分子が昇華していると考えられる。[Li@C60](PF6)の昇華を行っている事から、まずは、昇華物(1)がPF6、昇華物(2)がLi@C60と見なすことが出来る。しかし、XPS測定ではLiに対する感度が低い為、Liは検出できなかった。
【実施例】
【0059】
以下に、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0060】
(実施例1)
上記した昇華物(2)において実際にC60分子が昇華しているか確認するため、昇華物(2)のSTM測定を行った。
【0061】
(STMによる昇華物の測定)
STM測定は、昇華物(2)をCu(111)基板に蒸着させることにより行った。以下にCu(111)基板の清浄化処理について示す。
【0062】
(Cu(111)表面の清浄化処理)
Cu単結晶は面心立方構造であり、(111)表面における最近接原子間距離は2.55Åである。Cu(111)基板の清浄化はAr+スパッタ(基板温度:700K,圧力:1×10−6Torr, 加速電圧1.8KeV)とアニール(基板温度:700K)をそれぞれ30分間ずつ、数回繰り返すことにより行った。基板の清浄化はLEEDおよびSTMで確認した。図7に清浄化後のCu(111)のLEED像を示す。LEED像においてCu(111)面に起因する1×1の回折スポットが確認出来た。
【0063】
清浄化後のCu(111)表面のSTM像を図8に示す。80nm程度の幅を持つテラスと複数のステップが観察できる。このステップの高さは2.4Å程であり、Cu(111)の面間距離に対応することから、これらのステップは単原子ステップである事が分かる。
【0064】
以上のように清浄化を行ったCu(111)表面に昇華物(2)を約0.3ML蒸着し、STM計測を行った。
【0065】
(昇華物(2)/Cu(111)のSTM測定)
図9にCu(111)上の昇華物(2)のSTM像を示す。吸着した球状の分子はステップ付近にアイランドを形成している事が分かる。球状の分子の直径は約1nm程であった。これはC60分子のπ電子雲を含むサイズと一致する。また、分子の見かけのアイランドの高さは約7Åであり、Cu(111)基板表面上のC60分子のそれと一致していた。これらの特徴から昇華物(2)はC60分子であると言える。しかし、このC60分子がLiを内包しているとは判断できない。但し、ここでは通常のC60と区別するため昇華物(2)は、便宜上Li@C60と記述する。
【0066】
また、通常のC60分子は、約380℃でC60の昇華が確認されているのに対し、Li@C60の昇華温度は480℃で確認された。この事から[Li@C60](PF6)のLi@C60分子の昇華温度の方が通常C60の昇華温度より高い。これは、Li@C60とPF6が強固に結合していることによる。
【0067】
次に、このLi@C60が実際にLiを内包しているかどうか、引き続きSTMにより測定した。
【0068】
(Li@C60のSTM測定)
Cu(111)上の 単分子層は室温では多様な吸着構造をとることが知られている。ドメインごとでCu(111)基板に対する単分子層の配向や高さ及び分子方位は異なり、分子の吸着によって生じる基板再構成もドメインで異なることが報告されている。ここでも同様のSTM像が観測されたが、そのような像からC60分子内のLiの有無を判断することは困難である。一方、Cu(111)上の単分子層は熱処理を加えることで、吸着構造は全てp(4×4)構造に再構成することが知られている。したがって本発明では熱処理後のLi@C60単分子層を観察した。
【0069】
(熱処理後のLi@C60単分子層の吸着構造)
ここでは、Cu(111)基板上に約0.3MLのLi@C60を蒸着させた後、730Kで10minの熱処理を行った表面に注目する。図10(a)に、熱処理後のLi@C60単分子層のLEED像とSTM像を示す。LEED像においてC60単分子層の4×4超構造に起因する回折スポットが確認出来た。STM像からも、p構造を形成しているC60単分子層のアイランドが観察された。しかし、アイランドの周囲やステップ付近にp(4×4)構造ではないディスオーダーのC60も存在していた。これは図10(b)に示す通常のC60単分子層とは異なる傾向である。
【0070】
このLi@C60の単分子層を、さらに730Kで30min加熱し、形態変化を調べた。図11に熱処理後のLi@C60のLEED像とSTM像を示す。この結果、LEEDにおいて4×4の回折ピークの強度は減少し、STMにおいてディスオーダー領域の増加が確認された。通常のC60単分子層は同条件での加熱処理より、p(4×4)構造になることが知られている。今回観察された熱処理によるディスオーダー領域の増加は、Li@C60が存在している事による。Li@C60の影響により、熱処理中に不純物がp(4×4)領域へ混在し、ディスオーダー領域が増加した。
【0071】
このようなディスオーダー領域では、Li内包の有無をSTM計測から議論することは困難である。このため、本発明では、Li@C60単分子層のp(4×4)アイランドに注目して計測を行った。
【0072】
(Li@C60のp(4×4)単分子層アイランド)
図12にLi@C60単分子層のp(4×4)アイランドのSTM像とラインプロファイルを示す。熱処理後のp(4×4)アイランドは、基板再構成によりC60分子がCu基板に沈み込み、熱処理前に比べ単分子層の高さが約2Å低くなる事が知られている。図3−7に示すラインプロファイルから、Li@C60のp(4×4)単分子層アイランド高さは約5Åであった。これは熱処理前のLi@C60単分子層高さと比較すると2Å低くなっている。この事からLi@C60のp(4×4)アイランドでも通常のC60の場合と同様に基板再構成が起こっていることが分かった。
【0073】
(Li@C60のp(4×4)単分子層の試料バイアス依存性)
図13にLi@C60単分子層のp(4×4)アイランドを拡大したSTM像を示す。測定範囲は280Å×280Å、測定条件はIT=0.25nA,Vs=−2.5VでSTM計測を行った。この条件においては、ほぼ全てのC60は均一なコントラストを示した。
C60とLi@C60は電子状態が異なると考えられるため、ここでは試料バイアスを変化させてSTM計測を行い、電子状態の差異を観察する事を試みた。
【0074】
図14に同じ領域で、試料バイアスを−3.0V、−2.5V、−2.0V、−1.5V、−1.0V、+1.5V、+2.0V、+2.5V、+3.5Vと変化させたSTM像を示す。試料バイアス+2.0V以上で、いくつかのC60分子の見かけの高さが高く観察された。高く観察されたC60分子の数の方が、他のC60分子より少なく、その数の比は25:1であった。このような現象は通常のC60のp(4×4)アイランドでは見られない。この明るさの異なる2種類のC60分子はどちらかがLiを内包したものである可能性がある。この2種類のC60分子のうち、明るく見えたC60をフラーレンAとし、もう一方をフラーレンBとする。また、正バイアス側でSTM像に変化が見られたという事は、フラーレンAとフラーレンB間ではLUMO側の電子状態が主に変化しているという事を示す。
【0075】
次に、図14で得られたコントラストの差異は、電子状態を反映しているのかを次のように確認した。図15にコントラストに差異の現れるバイアスで得られたLi@C60単分子層のSTM像(左)とdI/dV像(右)を示す。STM像から、他の分子よりも明るく見えるフラーレンAが点在している事が確認できる。図中に赤枠で囲まれているのはフラーレンAである。また、緑枠で囲まれている分子は、分子内に黒い線が確認できる。これは何らかの理由により基板上で回転しているフラーレンBであると考えられる。一般に固体中ではC60分子は回転しているが、Cu(111)上に吸着したC60は基板との強い相互作用により、室温でも回転が停止することが知られている。但し、ドメイン境界付近等、一部のC60はCu(111)でも回転しており、図のSTM像のように周囲のC60分子と異なっているように見えることがある。しかし、dI/dV像において、回転しているフラーレンBと静止しているフラーレンBの間にコントラストの差異は無かった。一方赤枠で囲まれたフラーレンAはdI/dV像においてもフラーレンBとのコントラストは異なっていた。この事からフラーレンA、B間で電子状態が異なっていることが示された。
【0076】
(Li@C60の分子方位)
フラーレンAとフラーレンBのいずれかが、Liを内包したことによりCu(111)への吸着形態が変化しているか調べるために、分子軌道がよく見えるバイアス条件で、詳細なSTM計測を行った。図16に+2.0Vのバイアス電圧で取得された、Li@CC60単分子層のSTM像を示す。C60分子が3つ葉のクローバー状のコントラストを示している。ここで、図中に丸で示すフラーレンAも、フラーレンBと同じ構造をしている事が確認できる。この事から、どちらの分子も同じ分子方位でCu(111)に吸着していることが分かる。また、これはフラーレンAのLUMO軌道の状態密度の方が、フラーレンBのLUMO軌道の状態密度より大きいが、軌道の形状は大きく変化していない事を示している。このような3つ葉のコントラストはC60分子の六員環が基板と水平に吸着している際に現れることが知られている。
【0077】
(Li@C60の電子状態)
(Li@C60のdI/dV計測)
これまでSTM像において、正の試料バイアスでフラーレンA,Bの間にコントラストの差異が確認された。これは、Li@C60は通常C60と比較してLUMO側に変化が起きている事を示している。ここではフラーレンA,B間の詳細な電子状態の差を理解するため、dI/dV像の測定を行った。
【0078】
図17にLi@C60単分子層のp(4×4)領域内のSTM像を示す。フラーレンAとフラーレンBの存在が確認できる。この両方の分子の存在する領域でdI/dV像の計測を行った。
【0079】
図18にサンプルバイアスを、+3.0V、+2.5V、+2.0V、+1.5V、−1.0V、−1.5V、−2.0V、−2.5Vと変化させた時のdI/dV像を示す。dI/dV像によると正バイアス側だけではなく、負バイアス側においてもフラーレンAとフラーレンB間でコントラストの差が確認された。この事からLi@C60は通常C60と比較してHOMO側の電子状態も変化している事が分かる。STM像において負バイアス側でコントラストに差異が現れなかったのは、LUMO側の変化に比べ、HOMO側の変化がわずかであったためと考えられる。
【0080】
負バイアス側の変化として、−1.5Vと−2.0VではフラーレンAが明るく見えている。これはフラーレンAのHOMOのピークが−1.5Vと−2.0V間に存在している可能性を示唆している。
【0081】
正バイアス側の変化として、+1.5Vと+3.0VではフラーレンAが明るく見え、+2.5V、+1.0Vではコントラストは反転し、フラーレンAは暗く見えた。これは、フラーレンAのLUMOのピークが+1.5Vと+3.0Vに存在し、ピークの谷間が+2.5V、+1.0Vにあたるという可能性が考えられる。
【0082】
(Li@C60のdI/dVスペクトル)
ここまでのSTM、dI/dV計測において、異なるコントラストを示す2種類のC60分子が確認された。しかし、STMやdI/dV像から、フラーレンA,BのどちらがLi@C60かを判断することは困難である。このため、ここでは各分子上でdI/dVスペクトルの計測を試みた。しかし、現時点では熱ドリフトの影響により、点在するフラーレンAのdI/dVスペクトルを取得するのは困難である。このため本発明では、決定的な実験を行うことは出来なかった。ここでは現状で得られているデータを示して議論する。
【0083】
フラーレンA、Bが混在する表面において、dI/dVスペクトル測定を12回行ったところ、得られたスペクトルはそのピーク位置により2種類に分類できることが分かった。図19(a)にそのうち11回現れたdI/dVスペクトルを示す。また、図19(b)に一度だけ現れたdI/dVスペクトルを示す。フラーレンAとフラーレンBの割合から、図19(b)のスペクトルがフラーレンAに、図19(a)のスペクトルがフラーレンBに相当すると考えられる。この一度だけ現れたdI/dVスペクトルは、熱処理後の通常C60/Cu(111)のそれ(図20)と類似している。すなわち、STM像で明るく見えていたフラーレンAが通常C60である事も考えられる。一方、図19(a)のdI/dVスペクトルは、電子照射を受けた一部ポリマー化したC60分子のdI/dVスペクトルと共通していた。C60分子がLiの内包したことにより、同様の変化が起こったという可能性も考えられる。しかし、XPS測定においてLiが検出出来なかった事はLi@C60は少量であるということも考えられる。
【0084】
ここで、Cu(111)上のC60分子は基板と強く結合し、既に基板から多量の電子を受け取っている事に注意が必要である。このため、Li内包によるC60への電荷移動と基板からの電子移動が混在する。
【0085】
本発明ではLi@C60を[Li@C60](PF6)から単離することを目的とした。
[Li@C60](PF6)を超高真空中で昇華することにより、Li@C60の単離を試みた。[Li@C60](PF6)の昇華は二段階にわたって見られた。一段階目の昇華は約240℃で起こり、二段階目の昇華は約480℃で起こった。一段階目の昇華温度以上に加熱した試料は、再度加熱を行うと二段階目の昇華しか見られなかった。これは一段階目に昇華する分子が、試料中から全て昇華したためと考えられる。次に、昇華した分子種の特定をXPS測定により行った。一段階目の昇華はPF6の昇華である事が確認された。STM二段階目の昇華からはLi@C60と予想されるC60分子が確認された。しかし、実際にLiを含んでいるかどうか、XPSから判断を行う事は出来なかった。そこでSTMによる詳細な観察を行った。
【0086】
Cu(111)上の熱処理後のLi@C60単分子層では、p(4×4)構造とディスオーダーな領域が現れた。熱処理後の通常C60/Cu(111)では一様なp(4×4)構造になることから、Li@C60が存在しているためディスオーダー領域が現れたと考えられる。Li@C60のp(4×4)アイランドでは、+2.0V以上の試料バイアスでコントラストに差異が現れ、二種類のC60分子が確認された。この二種類のC60分子の数の比は25:1であった。このような現象は通常C60のp(4×4)アイランドにおいて見られないことから、どちらかのC60分子がLiを内包していると考えられる。また、正バイアスでSTM像に変化が見られたことから、この二種類のC60分子はLUMO側の電子状態が互いに異なることが分かった。これはLi@C60は通常C60と比較して、LUMO側に変化が起きていることを示す。この二種類のC60分子の内部構造から、LUMO軌道の電子状態密度の大きさはお互いで異なるが、軌道の形状に大きな変化は無い事が観察された。次に、どちらのC60分子がLiを内包しているか明らかにするために、ぞれぞれの詳細な電子状態を調べた。
【0087】
dI/dV像から、二種類のC60分子間でHOMO側の電子状態も異なる事が観察された。但しSTM像において負バイアス側では変化は見られなかったことから、Li@C60のHOMO側電子状態の変化は、LUMO側の変化と比較してわずかである。
【0088】
dI/dVスペクトル計測からは、数の少ないC60分子のdI/dVスペクトルと思われるスペクトルが、熱処理後通常C60/Cu(111)のそれと類似している結果となった。この事から数の少ないC60分子が通常C60であることも考えられる。また、数の多いC60分子のdI/dVスペクトルと思われるスペクトルは電子照射を受け、一部ポリマー化したC60分子のそれと共通していた。これはC60がLiの内包により、同様の変化が起こったとも考えられる。しかし、Cu(111)上のC60分子は基板と強く結合し、既に基板から大量の電子を受け取っている。このため、Li内包によるC60への電荷移動と基板からの電子移動が混在している。
【産業上の利用可能性】
【0089】
以上詳述したように、本発明に係る原子内包フラーレンの精製方法は、精製効率を向上し、高い純度の原子内包フラーレンを高い処理能力で製造することが可能であり、エレクトロニクスの分野で大きく貢献する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器中で原子内包フラーレンカチオンとアニオンが結合した原子内包フラーレンカチオン塩を加熱して昇華させ堆積基板上に薄膜を堆積する原子内包フラーレンの精製方法であり、前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンの昇華温度の差を利用して前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンを分離することにより、前記薄膜中に原子内包フラーレンを濃縮することを特徴とする原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項2】
前記原子内包フラーレンがLi@C60であることを特徴とする請求項1記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項3】
前記原子内包フラーレンカチオン塩がLi@C60SbCl6又はLi@C60PF6であることを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項4】
前記加熱を第一の温度で行った後、前記第一の温度よりも高温の第二の温度で行うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項5】
前記第一の温度が200〜400℃の範囲であり、前記第二の温度が450〜600℃の範囲であることを特徴とする請求項4記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項記載の原子内包フラーレンの精製方法により製造された原子内包フラーレン薄膜。
【請求項1】
真空容器中で原子内包フラーレンカチオンとアニオンが結合した原子内包フラーレンカチオン塩を加熱して昇華させ堆積基板上に薄膜を堆積する原子内包フラーレンの精製方法であり、前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンの昇華温度の差を利用して前記原子内包フラーレンカチオンと前記アニオンを分離することにより、前記薄膜中に原子内包フラーレンを濃縮することを特徴とする原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項2】
前記原子内包フラーレンがLi@C60であることを特徴とする請求項1記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項3】
前記原子内包フラーレンカチオン塩がLi@C60SbCl6又はLi@C60PF6であることを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項4】
前記加熱を第一の温度で行った後、前記第一の温度よりも高温の第二の温度で行うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項5】
前記第一の温度が200〜400℃の範囲であり、前記第二の温度が450〜600℃の範囲であることを特徴とする請求項4記載の原子内包フラーレンの精製方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項記載の原子内包フラーレンの精製方法により製造された原子内包フラーレン薄膜。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
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【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2013−67550(P2013−67550A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−180676(P2012−180676)
【出願日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【出願人】(511121872)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【出願人】(511121872)
【Fターム(参考)】
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