説明

原子力発電施設における水素爆発防止方法および設備

【課題】原子力発電施設における建屋での水素爆発を防止し得る有効適切な方法およびそのための設備を提供する。
【解決手段】原子力発電施設における建屋(特に原子炉建屋1の上部のオペレーティングフロア2)における水素濃度を水素検知器3により監視して、水素を検知した際には不活性気体噴出装置4により建屋内に不活性気体を噴出させ、建屋内に水素/空気/不活性気体の混合気体を充満せしめるとともに、混合気体における水素濃度を爆発限界以下の安全濃度に保持するように制御しつつ混合気体を排気管11により大気中に放出する。大気中に放出する直前の混合気体における水素濃度を監視して、水素濃度が安全濃度を超えていることを検知した際には混合気体中に不活性気体をさらに噴出させて水素濃度を安全濃度以下としたうえで放出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力発電施設において発生することが想定される水素による爆発を防止するための方法および設備に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように原子力発電施設では原子炉や使用済み燃料貯蔵プールから水素が発生すること自体は想定されるが、従来の原子力発電施設では水素が発生したとしても直ちに重大事故に至るような事態にはならないことから、水素発生を想定した安全対策、特に最悪の事態である建屋内での水素爆発の発生を防止するための対策は取られていないのが実状であり、したがって原子力発電施設での水素爆発を防止するための技術は確率していないし特に提案もされていない。
【0003】
なお、原子力関連技術の分野において水素爆発を防止するための手法としては、特許文献1に示されるように核燃料製造用のマッフル炉を対象とする破損検知システムが提案されているが、これは原子力発電施設における建屋内で発生する水素による爆発を防止する場合に適用できるようなものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−333277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
絶対的な安全性と信頼性が要求される原子力発電施設における万一の水素発生とそれによる最悪の事態としての水素爆発の可能性を敢えて想定すれば、当然にそのような事態に対する安全対策を考慮する必要があり、そのためには原子力発電施設における建屋での水素爆発を確実に防止し得る万全の防止技術の開発が不可欠でありかつ急務とであると考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載の発明は、原子力発電施設における建屋内で発生する水素による爆発を防止するための方法であって、前記建屋内における水素濃度を監視して水素を検知した際には該建屋内に不活性気体を噴出させることにより、該建屋内に水素/空気/不活性気体の混合気体を充満せしめるとともに、該混合気体における水素濃度を爆発限界以下の安全濃度に保持するように制御しつつ該混合気体を大気中に放出することを特徴とする。
【0007】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の原子力発電施設における水素爆発防止方法であって、大気中に放出する混合気体における水素濃度を監視して、該水素濃度が前記安全濃度を超えていることを検知した際には該混合気体中に前記不活性気体を噴出させて水素濃度を安全濃度以下としたうえで放出することを特徴とする。
【0008】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の原子力発電施設における水素爆発防止方法であって、前記不活性気体として二酸化炭素を使用し、前記混合気体における二酸化炭素と空気の分圧に対する二酸化炭素の分圧を75%超とし、かつ二酸化炭素の分圧と水素の分圧に対する二酸化炭素の分圧を90%以上となるように制御することを特徴とする。
【0009】
請求項4記載の発明は、原子力発電施設における建屋内で発生する水素による爆発を防止するための設備であって、前記建屋内における水素濃度を監視する水素検知器と、前記水素検知器により水素を検知した際に該建屋内に不活性気体を噴出させることにより、該建屋内に水素/空気/不活性気体の混合気体を充満せしめるとともに、該混合気体における水素濃度を爆発限界以下の安全濃度に保持するように制御可能な不活性気体噴出装置と、前記建屋の上部に設けられて前記混合気体を該建屋内から大気中に放出するための排気管と、前記排気管に常時閉状態で設置されるとともに非常時に開とされて該排気管を開放する遮蔽板を具備してなることを特徴とする。
【0010】
請求項5記載の発明は、請求項4記載の原子力発電施設における水素爆発防止設備であって、前記水素検知器は前記建屋内および前記排気管内にそれぞれ設けられ、前記不活性気体噴出装置は前記不活性気体を前記建屋内および前記排気管内にそれぞれ噴出可能とされていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の水素爆発防止方法および設備によれば、原子力発電施設における建屋内において万が一にも水素爆発が生じ得るような異常事態が発生した際には、そのような事態の発生を水素検知器により速やかに検知して直ちに不活性気体を建屋内に噴出せしめ、それにより建屋内における水素濃度を爆発を生じ得ないような安全濃度以下に自ずと保持し、かつ同時に排気管を開いて水素を含む混合気体を大気中に速やかに放出することにより、建屋が水素爆発により破壊されるといった最悪の事態に至ることを未然に防止することができる。
また、排気管内にも水素検知器を設置して排気管内に対しても不活性気体を噴出可能とすることにより、建屋内での爆発のみならず放出時や放出後の爆発をも確実に防止できるものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態である水素爆発防止設備の概要を示す系統図である。
【図2】同、水素/空気/不活性気体の混合気体における安全濃度についての説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は本発明の実施形態である水素爆発防止設備の全体概略構成を示す系統図である。本実施形態の水素爆発防止設備は、原子炉建屋1内の上部に設けられるオペレーティングフロア2において水素爆発が生じるような重大事態を万が一にも防止するためのものである。
すなわち、原子炉建屋1において重大事故が発生して原子炉や使用済み燃料プールから水素が発生することを想定した場合、発生した水素が原子炉建屋1内の上部に設置されているオペレーティングフロア2に漏入してそこに充満してしまい、最悪の場合には空気中の酸素と反応して水素爆発が生じる可能性も完全には否定できないことから、本実施形態の水素爆発防止設備はそのような事態を万が一にも防止するためにオペレーティングフロア2に設置されるものである。
【0014】
本実施形態の水素爆発防止設備は、オペレーティングフロア2内の各部に設置された水素検知器3と、オペレーティングフロア2内に不活性気体を噴出する不活性気体噴出装置4とを主体として構成され、オペレーティングフロア2内における水素濃度が水素検知器3により常時監視され、その検出値が予め設定した許容限度を超えた際には異常信号が受信盤9から制御盤10に出力され、制御盤10によって上記の不活性気体噴出装置4を瞬時に作動せしめて不活性気体をオペレーティングフロア2内に噴出させることにより、オペレーティングフロア2内の水素が爆発に至らないように不活性化することを主眼とするものである。
【0015】
上記の不活性気体としては水素を不活性化し得るものであれば良く、たとえば窒素ガスも使用可能であるが、本実施形態では不活性気体として二酸化炭素(炭酸ガス)を使用しており、液化二酸化炭素を貯蔵しているボンベ5から管路6を通してオペレーティングフロア内2の各所に設置したノズル7に二酸化炭素を供給して噴出させるように構成されている。
すなわち、この不活性気体噴出装置4は、上記の異常事態発生時には制御盤10からの操作信号により管路6の基部に設けられているバルブ8が開放されることで各ノズル7から一斉に二酸化炭素を噴出せしめて、オペレーティングフロア2内に水素/空気/不活性気体(本実施形態では二酸化炭素)の混合気体を充満せしめ、かつその混合気体における水素濃度を爆発限界以下の安全濃度(これについては後述する)に保持するように制御することにより、水素が万が一にも爆発し得ないように不活性化するものである。
【0016】
加えて、本実施形態の水素爆発防止設備では、オペレーティングフロア2の頂部に遮蔽板12により開閉可能な排気管11が設置されている。
図示例では排気管11内に遮蔽板12が二重に設置されていて、それら遮蔽板12により通常時においては排気管11は完全気密裡に閉じられているが、上記の異常事態発生時には不活性気体噴出装置4の作動に連動して、あるいは他の監視装置からの操作によって遮蔽板12が速やかに開放されることにより、オペレーティングフロア2内に充満せしめた上記の混合気体を排気管11を通して大気中に放出可能とされている。
さらに、排気管11内にも水素検知器3およびノズル7が設置されていて、この排気管11を通して放出される直前の混合気体中の水素濃度がここで監視され、そこでの水素濃度が上記の安全濃度を超えていることが検知された場合にはその信号が制御盤10に出力されてバルブ8が操作されることにより、排気管11内にも不活性気体が噴出せしめられるようになっている。
なお、排気管11を開放することによる放射性物質の大気中への万一の放出を防止するためには、排気管11に放射性物質を吸着し除去するためのフィルタを装着しておくと良い。
【0017】
ここで、本発明の水素爆発防止設備4によって維持するべき安全濃度(水素が爆発を生じ得ないように不活性化するための必要となる限界濃度)について図2を参照して説明する。
図2において点A,B,Cはそれぞれ水素、空気(単成分として扱う)、不活性気体(本実施形態では二酸化炭素)が100%の状態を表し、辺AB、BC、CA上の点はそれぞれ水素/空気、空気/不活性気体、不活性気体/水素の混合気体を表す。また、三角形内部の点、たとえば点Qは、直線CQの延長と辺ABの交点をSとすると、水素:空気の濃度比がBS:ASである。同様に、直線AQの延長と辺BCの交点をR、直線BQの延長と辺CAの交点をTとすると、空気:不活性気体、不活性気体:水素の濃度比が、それぞれCR:BR、AT:CTである混合気体を表す。
空気中における水素の可燃範囲は、一般に、水素濃度が燃焼の下限界(4%)から上限界(75%)と言われているので、それぞれの点をL,Hで表すと、点L,Hは辺AB上に存在し、BL/AB=0.04、BH/AB=0.75になる。
【0018】
不活性気体が混合されると燃焼温度が低下するために可燃範囲は減少してLpからHpの範囲になる。空気に注入する不活性気体の割合を上げると可燃範囲は狭まり、ある点Qで消滅する。したがって、三角形LQHの内部が可燃範囲であり、この三角形内の組成の混合気が形成されないようにすれば着火の危険性が排除できる。一般に点Qは、点Aを通る直線AR上で燃焼温度が最も高くなる組成付近に現れるので、点Qにおける水素:空気の濃度比は当量に近い値(BS:AS≒1:1.881)になる
そこで、予め空気中の不活性気体の濃度をBR/BC以上にしておけば、水素と如何なる比率で混合してもその組成は三角形ARCの内部にあり、可燃範囲にならないことになる。
【0019】
一方、点Bを通る直線BQT上では不活性気体と水素の濃度比がAT:CTで一定であるので、この直線上の点は水素濃度がCT/ACである混合気体が空気中に放出された状態を示す。したがって、水素が不活性気体でCT/AC以下の濃度に希釈されれば、空気と混合した後の組成は三角形BTCの内部にあり、着火の危険性がなくなる。
そこで、本発明の水素爆発防止設備4では、オペレーティングフロア2内に水素が発生しても、その水素濃度に応じて不活性気体の濃度を調整して混合気体における不活性気体の濃度を常にBR/BC以上に保ち、混合気体の組成を四角形QRCT内に維持した状態で排気管11から大気中に放出することによって、水素がオペレーティングフロア2内で着火し爆発に至ることを防止できるばかりでなく放出中や放出後に大気と如何なる比率で混合しても爆発の危険性を排除できるのである。
【0020】
特に、不活性気体として二酸化炭素を用いる場合には、混合気体での二酸化炭素の分圧を以下のように制御することが好ましい。
すなわち、水素/空気/二酸化炭素の混合気体についての着火実験において、二酸化炭素の注入量の指標として
Y=二酸化炭素の分圧/(二酸化炭素の分圧+空気の分圧)
を用いて表すと、水素濃度が13%の混合気体ではY=75%までは部分燃焼が見られるが、Y>75%では点火源近くに小さな火炎球が形成されるだけで安定した伝播には至らないことが確認できることから、混合気体における上記Yの値(つまり二酸化炭素と空気の分圧に対する二酸化炭素の分圧の比)をY>75%とすれば着火や爆発を確実に防止できて安全性を十分に保証し得ると考えられる。
【0021】
また、水素を二酸化炭素で十分に希釈すれば大気中に放出しても安全な二酸化炭素濃度になるが、その濃度については
Z=二酸化炭素の分圧/(二酸化炭素の分圧+水素の分圧)
が指標となり、Z≧90%であれば水素は着火に至らないことが確認されている。したがって、混合気体における上記Zの値(つまり二酸化炭素と水素の分圧に対する二酸化炭素の分圧の比)をZ≧90%とすれば着火や爆発を確実に防止できて安全性を十分に保証し得ると考えられる。
【0022】
上記構成の水素爆発防止設備をオペレーティングフロア2に設置することにより、オペレーティングフロア2内において水素爆発が生じ得るような異常事態が発生した際には、そのことが水素検知器3により速やかに検知されて直ちに不活性気体が噴出せしめられ、それによりオペレーティングフロア2内全体が混合気体により充満せしめられて水素濃度が爆発限界以下の安全濃度に自ずと保持され(換言すれば水素が爆発し得ないように不活性化され)、以て、原子炉建屋1が水素爆発により破壊されるといった最悪の事態に至ることを未然に防止することができる。
【0023】
加えて、そのような異常事態においては同時に遮蔽板12が開かれて排気管11から混合気体が大気中に速やかに放出されることにより、多量の水素がオペレーティングフロア2内に長時間にわたって滞留してしまうような状況を回避し得るし、その際に排気管11内にも不活性気体を噴出することにより放出時や放出後の爆発をも確実に防止できるものである。
【0024】
すなわち、上記のようにオペレーティングフロア2内に混合気体を充満させて水素を不活性化したとしても、水素発生が長時間にわたって継続したような場合には多量の水素がオペレーティングフロア2内に長時間にわたって滞留してしまうことになるから、そのままでは直ちに爆発が生じることは防止できるとはいえども予断を許さない状況が継続してしまう。そこで、その際には同時に遮蔽板12を開放して混合気体を排気管11により大気中に放出することにより、オペレーティングフロア2内での水素の絶対量を低減せしめて安全状態を速やかに回復させるようにしている。
但し、その場合において高濃度の水素が万一そのまま大気中に放出されてしまうと、排気管11内において爆発を生じたり、あるいは放出後に大気中で爆発してしまう事態も想定されることから、本実施形態ではそのような事態をも防止するべく、排気管11内に設置した水素検知器3により放出直前の水素濃度を検知し、それが安全濃度を超えている場合には排気管11内に設置したノズル8から不活性気体を噴出することにより、確実に安全濃度以下としてから放出するようにしている。
これにより、排気管11から大気中に放出される混合気体中の水素は確実に不活性化され、放出中や放出後に仮に静電気等の火種に触れたとしても着火や爆発に至ることはないから、万全の爆発防止対策となって安全性を十分に保証し得るものとなっている。
【0025】
以上で本発明の一実施形態について説明したが、上記実施形態はあくまで好適な一例であって本発明は上記実施形態に限定されるものでは勿論なく、たとえば不活性気体噴出装置の構成や、排気管およびそれを開閉するための遮蔽板の具体的な構成その他の細部については、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で適宜の設計的変更や応用が可能である。
特に、上記実施形態は本発明を原子炉建屋に適用した場合の一例であるが、本発明はタービン建屋をはじめとして水素爆発が生じる可能性が想定される他の建屋に対しても同様に適用できることはいうまでもないから、対象とする建屋の規模やその形態、想定される水素爆発の状況その他の諸条件も考慮して各部の具体的な構成については最適設計を行えば良い。
【符号の説明】
【0026】
1 原子炉建屋
2 オペレーティングフロア
3 水素検知器
4 不活性気体噴出装置
5 ボンベ
6 管路
7 ノズル
8 バルブ
9 受信盤
10 制御盤
11 排気管
12 遮蔽板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子力発電施設における建屋内で発生する水素による爆発を防止するための方法であって、
前記建屋内における水素濃度を監視して水素を検知した際には該建屋内に不活性気体を噴出させることにより、該建屋内に水素/空気/不活性気体の混合気体を充満せしめるとともに、該混合気体における水素濃度を爆発限界以下の安全濃度に保持するように制御しつつ該混合気体を大気中に放出することを特徴とする原子力発電施設における水素爆発防止方法。
【請求項2】
請求項1記載の原子力発電施設における水素爆発防止方法であって、
大気中に放出する混合気体における水素濃度を監視して、該水素濃度が前記安全濃度を超えていることを検知した際には該混合気体中に前記不活性気体を噴出させて水素濃度を安全濃度以下としたうえで放出することを特徴とする原子力発電施設における水素爆発防止方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の原子力発電施設における水素爆発防止方法であって、
前記不活性気体として二酸化炭素を使用し、前記混合気体における二酸化炭素と空気の分圧に対する二酸化炭素の分圧を75%超とし、かつ二酸化炭素と水素の分圧に対する二酸化炭素の分圧を90%以上となるように制御することを特徴とする原子力発電施設における水素爆発防止方法。
【請求項4】
原子力発電施設における建屋内で発生する水素による爆発を防止するための設備であって、
前記建屋内における水素濃度を監視する水素検知器と、
前記水素検知器により水素を検知した際に該建屋内に不活性気体を噴出させることにより、該建屋内に水素/空気/不活性気体の混合気体を充満せしめるとともに、該混合気体における水素濃度を爆発限界以下の安全濃度に保持するように制御可能な不活性気体噴出装置と、
前記建屋の上部に設けられて前記混合気体を該建屋内から大気中に放出するための排気管と、
前記排気管に常時閉状態で設置されるとともに非常時に開とされて該排気管を開放する遮蔽板を具備してなることを特徴とする原子力発電施設における水素爆発防止設備。
【請求項5】
請求項4記載の原子力発電施設における水素爆発防止設備であって、
前記水素検知器は前記建屋内および前記排気管内にそれぞれ設けられ、前記不活性気体噴出装置は前記不活性気体を前記建屋内および前記排気管内にそれぞれ噴出可能とされていることを特徴とする原子力発電施設における水素爆発防止設備。

【図1】
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【図2】
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