反射防止膜製造方法、反射防止膜、及び光学素子
【課題】高精度の性能が要求される光学素子に用いる光学機能膜を、わずかなヤケ層にもほとんど影響されず、容易に、かつ、歩留まり良く製造する。
【解決手段】マッチングAR膜を成膜するときに、表面反射率測定ステップS11、ヤケ層特性推定ステップS12、成膜ステップS13の工程を行う。表面反射率測定ステップS11では、光学機能面として使用できるように、予め鏡面に仕上げられたガラス基板Aの表面反射率を測定する。ヤケ層特性推定ステップS12では、ヤケ層の屈折率を仮定し、このヤケ層の屈折率と測定した表面反射率とヤケ層の屈折率に基づいて、ガラス基板Aの表面に生じたヤケ層の物理膜厚を推定する。成膜ステップS13では、ヤケ層の屈折率及び物理膜厚に基づいて、この特性のヤケ層を第1層目として設定し、この第1層目とその上に形成する誘電体多層膜とで反射防止膜として機能するように、誘電体多層膜を成膜する。
【解決手段】マッチングAR膜を成膜するときに、表面反射率測定ステップS11、ヤケ層特性推定ステップS12、成膜ステップS13の工程を行う。表面反射率測定ステップS11では、光学機能面として使用できるように、予め鏡面に仕上げられたガラス基板Aの表面反射率を測定する。ヤケ層特性推定ステップS12では、ヤケ層の屈折率を仮定し、このヤケ層の屈折率と測定した表面反射率とヤケ層の屈折率に基づいて、ガラス基板Aの表面に生じたヤケ層の物理膜厚を推定する。成膜ステップS13では、ヤケ層の屈折率及び物理膜厚に基づいて、この特性のヤケ層を第1層目として設定し、この第1層目とその上に形成する誘電体多層膜とで反射防止膜として機能するように、誘電体多層膜を成膜する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学材料の接合面に設けられ、光学材料と接着剤の界面等、界面における屈折率差に基づいた反射を低減させる反射防止膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
反射防止膜や防眩膜等がコーティングされたレンズやプリズム、特定の波長帯の光を透過(または反射)するダイクロイックミラー等、硝材の表面に光学機能膜が成膜されて形成される光学素子が知られている。また、界面に色分離膜や偏光分離膜が介在するように、2つのプリズムを接合して形成されるビームスプリッタ等、界面に光学機能膜を介在させて硝材を接合した光学素子が知られている。
【0003】
こうした光学素子の基礎となる硝材は、ケイ酸等を主成分とする無機金属酸化物の溶融固化体であり、硬く、変質しにくい材料である。しかし、空気中に含まれる水蒸気や、酸に長時間さらされると、表面が経時的に風化されることがある。このようなガラスの風化現象として、白ヤケや青ヤケ(虹ヤケ)といった、ヤケと呼ばれる現象が知られている。
【0004】
白ヤケは、硝材の表面に付着した水分と硝材中の可溶性成分が反応して、炭酸水素ナトリウムや炭酸カルシウム等が析出し、硝材の表面が白く曇る現象である。白ヤケは、比較的水分が少ない空気中に硝材を保管した場合に発生する。また、炭酸水素ナトリウムや炭酸カルシウム等の析出物が生成される過程で、硝材表面は粗面化されてしまうため、硝材表面を研磨し、清浄な表面を露呈させる以外に白ヤケを回復する方法はない。
【0005】
青ヤケは、硝材の表面に付着した水分や、この水分に空気中の二酸化炭素等が溶け込んで生成される酸によって、硝材表面が侵食され、干渉色の反射光が観察されるようになる現象である。青ヤケは、比較的水分が多い環境で硝材を保管した場合に発生する。また、青ヤケは、ヒドロニウムイオンと硝材中の金属イオンとがイオン交換反応を起こして、硝材表面に低屈折率の薄層が形成されることが原因とされる。このため、白ヤケの場合と同様に、硝材表面を研磨して低屈折率の薄層を除去し、清浄な表面を露呈させる以外に青ヤケを回復する方法はない。
【0006】
したがって、上述のようなヤケが生じてしまった硝材は、通常、光学素子には利用されず、利用するにしても表面を研磨し、ヤケを除去してから利用される。しかし、ヤケを除去する研磨工程の導入は、光学素子のコストアップにつながるため、通常ならば使用に耐えない程のヤケが生じてしまった硝材であっても、成分や層構造が工夫された光学機能膜を成膜することによってヤケを目立たなくする技術が知られている。例えば、SiO2リッチの層を硝材側の第1層とし、その上に、成分や屈折率、光学膜厚が特定の誘電体層を数層設けた反射防止膜によって、ヤケを目立たなくする技術が知られている(特許文献1)。また、同様に、SiO2を硝材側の第1層とし、かつ、このSiO2層の光学膜厚をλ/4以上にした反射防止膜によってヤケを目立たなくする技術が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−82208号公報
【特許文献2】特開平5−85778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ヤケは硝材の保管環境や保管期間に応じて経時的に生じるので、目視検査等の一般的な表面検査では全くヤケが生じていないと判断される硝材であっても、わずかながらヤケは生じる。したがって、例えば特許文献1,2に記載された基準で、ヤケが全く生じていない(外観評価「1」)と判定されるような硝材であっても、わずかながらヤケは生じている。このようなわずかなヤケ(明確に現れた巨視的な“ヤケ”と区別するために、以下では“ヤケ層”という)は、目視検査等の光学素子の製造工程で行われる一般的な検査では検出が難しい。また、こうしたヤケ層は、より精密な検査によって検出したとしても、硝材の化学的性質によってはほぼ全てにヤケ層が生じているため、ヤケ層もないような理想的表面状態の硝材を選りすぐることは極めて難しい。
【0009】
上述のようなヤケ層は、従来の多くの光学素子においては性能にほとんど影響しないが、近年普及している青色光ディスク用の光ピックアップに用いられる光学素子等、上述のようなわずかなヤケも許容されない程、より精密な光学性能が求められる光学素子もある。また、一般的な光学素子では、明確に現れた巨視的なヤケだけでなく、わずかなヤケ層すらないことを前提に光学機能膜等の構成が定められるが、前述のような特に高精度の性能が要求される光学素子では、わずかなヤケ層によって、設計上の性能に対して深刻な劣化が生じてしまうことがあり、製造が難しく、歩留まりも悪いという問題がある。
【0010】
本発明は上述の問題点に鑑みてなされたものであり、極めて高精度の性能が要求される光学素子に用いる光学機能膜を、わずかなヤケにもほとんど影響されず、容易に、かつ、歩留まり良く製造することを目的とする。また、わずかなヤケが生じた硝材を基材として用いても、設計通りの高精度な性能を発揮する光学機能膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の反射防止膜製造方法は、予め鏡面に仕上げられた硝材表面の反射率を測定する表面反射率測定ステップと、前記硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうちの一方を仮定した仮定値と、前記表面反射率測定ステップで測定した前記表面反射率とに基づいて、前記硝材の表面に生じたヤケ層の他方の特性を推定するヤケ層特性推定ステップと、前記ヤケ層特性推定ステップで推定した特性を有する前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能するように前記複数の誘電体薄膜を成膜する成膜ステップと、を備えることを特徴とする。
【0012】
また、前記表面反射率は前記硝材の表面にほぼ垂直に測定光を入射させて測定し、前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率または前記ヤケ層の物理膜厚のうちの一方の値を仮定し、前記表面反射率をR、前記硝材の屈折率をNs、前記ヤケ層の屈折率をN、前記ヤケ層の物理膜厚をD、参照波長をλ、δ=2πND/λとして表される下記の式に基づいて、前記ヤケ層の屈折率Nまたは物理膜厚Dのうちの他方の値を推定することが好ましい。
式:
【0013】
前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率を前記硝材の屈折率よりも小さい値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することが好ましい。
【0014】
前記ヤケ層特性推定ステップは、前記ヤケ層の屈折率をSiO2の値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することが好ましい。
【0015】
前記反射防止膜が設けられた第1の硝材と、第2の硝材とを接着剤によって接合する接合ステップを備え、前記反射防止膜は、前記第1の硝材と前記接着剤との間に設けられることが好ましい。
【0016】
前記第2の硝材は、前記接着剤との間に一部の光を選択的に反射または透過する光学機能膜を備えることが好ましい。
【0017】
本発明の反射防止膜は、予め鏡面に仕上げられた硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうち一方を仮定した仮定値と、測定した前記硝材の表面反射率とに基づいて、他方の特性が推定された前記ヤケ層と、前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能する前記複数の誘電体薄膜層と、を備えることを特徴とする。
【0018】
本発明の光学素子は、前記反射防止膜を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、極めて高精度の性能が要求される光学素子に用いられる光学機能膜を、硝材のわずかなヤケ層にもほとんど影響されず、容易かつ歩留まり良く製造することができる。また、わずかなヤケ層が生じた硝材を基材として用いても、設計通りの高精度な性能を発揮する光学機能膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】光ピックアップの構成を示す説明図である。
【図2】PBSの構成を示す説明図である。
【図3】PBSの製造工程を示すフローチャートである。
【図4】反射率Rからヤケ層の物理膜厚を推定する様態を示すグラフである。
【図5】ヤケ層の屈折率を他の値に推定する場合に、反射率Rからヤケ層の物理膜厚を推定する様態を示すグラフである。
【図6】偏光分離膜の特性を示すグラフである。
【図7】マッチングAR膜を介さない場合に生じるリンギングを示すグラフである。
【図8】マッチングAR膜の性能を示すグラフである。
【図9】マッチングAR膜によってリンギングが低減される様子を示すグラフである。
【図10】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、マッチングAR膜の性能(Rp)に及ぶ影響を示すグラフである。
【図11】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、マッチングAR膜の性能(Rs)に及ぶ影響を示すグラフである。
【図12】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、PBSのリンギング性能に及ぶ影響(Rp)を示すグラフである。
【図13】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、PBSのリンギング性能に及ぶ影響(Rs)を示すグラフである。
【図14】物理膜厚の推定に用いたヤケ層の屈折率が実際と異なっていた場合に、マッチングAR膜の性能に及ぶ影響(Rp,Rs)を示すグラフである。
【図15】推定したヤケ層の屈折率が実際と異なっていた場合に、PBSのリンギング性能に及ぶ影響(Rp,Rs)を示すグラフである。
【図16】入射角度に応じたマッチングARの性能(Rp,Rs)を示すグラフである。
【図17】入射角度に応じたPBSのリンギング性能(Rp,Rs)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に示すように、光ピックアップ11は、光ディスク12のデータを読み出したり、光ディスク12にデータを記録する光学系であり、レーザーダイオード(LD)13、偏光ビームスプリッタ(以下、PBSという)14、オートマチックパワーコントール(APC)16、コリメートレンズ17、1/4波長板18、対物レンズ19、フォトダイオード(PD)21等から構成される。
【0022】
光ディスク12は、波長405nmの青色光を利用してデータの読み出しや書き込みが行われる青色光ディスクである。LD13は、光ディスク12からのデータの読み出しや光ディスク12へのデータの書き込みに用いるレーザー光を発するレーザーダイオードであり、波長405nmの青色光を発する。また、LD13から発せられた青色のレーザー光は、図示しない1/2波長板を透過することによって、後述する偏光分離面26に対してS偏光光となるように調節される。なお、LD13が発するレーザー光は、中心波長405nmであるが、実際に出力される青色光の波長には10nm程度(405±5nm)の幅がある。また、レーザー光の光軸方向から10度(±5度)程度の使用角度幅がある。
【0023】
PBS14は、偏光の状態に応じてLD13から入射するレーザー光を偏光の状態に応じて透過または反射する光学素子であり、2個の三角柱状のプリズム23,24を接合して立方体形状に形成される。プリズム23,24の接合面には、後述するように偏光分離膜33(図2参照)等の光学機能膜が設けられ、偏光分離面26が形成される。偏光分離面26は、LD13から光ディスク12への光軸Lに対して45度傾斜するように配置され、偏光分離膜33の作用によってS偏光光を約90%反射し、約10%を透過する。また、偏光分離面26は、P偏光光をほぼ100%透過する。
【0024】
LD13からPBS14に入射し、偏光分離面26を透過した約10%のS偏光光は、APC16に入射される。APC16は、PBS14から入射するS偏光成分の光量を検出し、これに基づいてLD13をフィードバック制御する。これにより、LD13から出射するレーザー光のパワーが調節される。
【0025】
一方、偏光分離面26で反射された約90%のS偏光光は、コリメートレンズ17、立ち上げミラー27、1/4波長板18、対物レンズ19等を介して光ディスク12に入射する。コリメートレンズ17は、PBS14で反射されたS偏光の発散光を平行光線に整える。こうしてコリメートレンズ17によって平行光線に整えられたレーザー光は、立ち上げミラー27によって光ディスク12に垂直な方向に光軸を折り曲げられた後、1/4波長板18によって円偏光に変換される。その後、対物レンズ19によって光ディスク12の記録面に集光される。
【0026】
光ディスク12からの反射光は、光ディスク12への入射時と同じ向きに偏光方向が回転するが、進行方向が入射時とは逆向きになる。このため、光ディスク12から反射光が、1/4波長板18を透過するとP偏光光に変換される。こうしてP偏光光に変換された反射光がPBS14に入射すると、偏光分離面26を透過し、レンズ28を介してPD21に入射する。
【0027】
PD21は、PBS14から入射する青色光の光量やスポット形状等を検出する。光ピックアップ11を搭載した光ディスクドライブは、PD21で検出された光ディスク12からの反射光の情報に基づいて,トラッキングやフォーカシング等の制御を行うとともに、光ディスク12からのデータの読み取りや、光ディスク12へのデータの書き込みを行う。
【0028】
図2に示すように、偏光分離面26は、プリズム23側から順に、マッチングAR膜31、接着剤32、偏光分離膜33からなる。
【0029】
マッチングAR膜31は、プリズム23の表面に設けられる薄膜であり、プリズム23と接着剤32との屈折率差に基づく反射を低減する。同時に、マッチングAR膜31は、PBS14のリンギング(詳細は後述する)を抑える。
【0030】
マッチングAR膜31は、プリズム23の接合面に成膜された複数種類の誘電体薄膜層の積層体(以下、誘電体多層膜という)と、プリズム23の接合面に生じたヤケ層からなる。したがって、マッチングAR膜31を構成する誘電体多層膜の各層の屈折率や膜厚等は、プリズム23のヤケ層の屈折率や膜厚に応じて定められる。なお、後述するように、ヤケ層の屈折率は所定範囲内の値に仮定され、ヤケ層の膜厚は、PBS14の製造時にプリズム23となるガラス基板A(図3参照)の表面反射率から推定される。
【0031】
偏光分離膜33は、誘電体多層膜からなり、プリズム24の表面に設けられる。また、偏光分離膜33を構成する誘電体多層膜は、ヤケ層がない理想的な表面状態のプリズム24と接着剤32とが両端に配置されることを前提として、P偏光光をほぼ100%透過し、S偏光光の約90%を反射し、S偏光光の約10%を透過するように、各層の屈折率や膜厚が定められる。
【0032】
接着剤32は、例えば紫外線硬化型接着剤であり、マッチングAR膜31と誘電体多層膜33を介してプリズム23,24を接合する。また、接着剤32は、硬化後にマッチングAR膜31(,偏光分離膜33)上に塗布される。
【0033】
上述のように構成されるPBS14は、図3に示すように、2枚のガラス基板A,Bから製造される。ガラス基板Aは、プリズム23に対応する基板であり、ガラス基板Bはプリズム24に対応する基板である。なお、ガラス基板A,Bは、その表面を光学機能面として使用できるように、予め鏡面に仕上げられている。また、これらのガラス基板A,Bの組成や屈折率,アッベ数等の光学的性質、PBS14の製造に用いるまでの保管環境や保管期間は同じである。また、ガラス基板A,Bは、所定基準の目視検査によって、表面にキズや白ヤケ,青ヤケ等の明確で巨視的なヤケがないことが予め検査される。
【0034】
PBS14を製造するときには、まず、マッチングAR膜31を成膜する直前に、ガラス基板Aの表面反射率Rを測定する(表面反射率測定ステップS11)。そして、表面反射率Rの値と、所定範囲内の値に仮定されたヤケ層の屈折率Nに基づいてヤケ層の物理膜厚Dを推定する(ヤケ層特性推定ステップS12)。次に、ヤケ層の屈折率N及び物理膜厚Dに応じて、ヤケ層をガラス基板A表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31を、ガラス基板Aの表面に成膜する(成膜ステップS13)。また、ここで成膜されるマッチングAR膜31の層構成は、その表面に所定屈折率の接着剤32が塗布されることを前提に設定される。したがって、マッチングAR膜31は、三角柱状部材(ガラス基板A)の表面に屈折率Nかつ物理膜厚Dのヤケ層があり、マッチングAR膜31の表面に特定の接着剤32が塗布されたときに、ガラス基板Aと接着剤32の屈折率差に基づく反射を低減する効果が最も良好な層構成である。
【0035】
その後、マッチングAR膜31が成膜されたガラス基板Aは、複数の四角柱状の部材に切り分けられ、さらに三角柱状の部材(以下、三角柱状部材という)に加工される(ステップS14)。四角柱状の部材は、PBS14のサイズに合わせた所定幅で平行にガラス基板Aを切断したものである。また、三角柱部材は、ガラス基板Aを切断して得られた四角柱状の部材を、マッチングAR膜31が成膜された側面を残すように、この側面に対して45度の角度で切断,研磨して形成される。このため、三角柱部材は、端面が直角三角形状となっており、その斜辺はマッチングAR膜31が成膜された側面に対応する。こうして形成された三角柱部材を作製することによって新たに露呈した2つの側面(マッチングAR膜31が設けられた側面以外の2つの側面)は、PBS14の外周面に対応するため、鏡面に研磨される。
【0036】
一方、ガラス基板Bは、まず、その表面に偏光分離膜33が成膜される(ステップS23)。ここで成膜される偏光分離膜33は、ヤケ層がない理想的なガラス基板Bの表面と接着剤32とに接することを前提として設定された層構造となっている。次に、偏光分離膜33が成膜されたガラス基板Bは、四角柱状の部材に切り分けられた後、さらに三角柱部材に加工される(ステップS24)。ここで形成される四角柱状の部材及び三角柱部材は、偏光分離膜33が成膜されたガラス基板Bから形成される点を除けば、前述のガラス基板Aの加工工程で形成されるものと同様である。なお、こうしたガラス基板Bの各加工工程は、前述のガラス基板Aの各加工工程と並行して行われる。
【0037】
上述のようにして形成されたマッチングAR膜31が設けられた三角柱部材と、偏光分離膜33が設けられた三角柱部材は、マッチングAR膜31と偏光分離膜33を向かい合わせるようにして、接着剤32によって接合される(ステップS31)。こうして形成された接合体は、端面が正方形状になっており、その対角線上に偏光分離面26が形成される。また、PBS14複数個分の長さを有する棒状となっている。このため、2つの三角柱状部材を接合した接合体は、長手方向に所定間隔で立方体状に切り分けられ、複数のPBS14が作製される(ステップS32)。
【0038】
上述の表面反射率測定ステップS11で測定する表面反射率Rは、マッチングAR膜31が成膜される一方の表面における反射率であり、空気中でガラス基板Aの表面に対して波長405nmの青色光(測定光)をほぼ垂直に入射させることにより測定される。ガラス基板Aは明確で巨視的なヤケがないことが予め目視検査された基板であるが、前述のように、ガラス基板Aの表面には保管環境や保管期間によって目視検査の基準では検出され難いわずかなヤケ層(主として青ヤケであるが、白やけを含むこともある)が表面全体に一様に生じている。このヤケ層は、ガラス基板Aの屈折率よりも低屈折率である。したがって、ヤケ層があることによって、実際に測定した表面反射率Rは、ヤケ層がない理想的な表面状態の表面反射率R0よりも小さくなる(R0>R)。
【0039】
空気の屈折率N0を1、ガラス基板Aの屈折率をNsとすると、理想的な表面状態の表面反射率R0は、測定光の波長λ(=405nm)に応じてR0=(1−Ns)2/(1+Ns)2で表される。一方、ヤケ層がある場合の実際の表面反射率Rは、ヤケ層の屈折率をN、物理膜厚をD、δ=2πND/λとして、下記数1の式で表される。このため、ヤケ層の屈折率Nを仮定すると、数1の式から表面反射率Rからヤケ層の物理膜厚Dが算出される。
【0040】
【数1】
【0041】
例えば、ガラス基板Aとして屈折率Ns≒1.68(波長λ≒405nm)のガラス基板を用い、ヤケ層の屈折率Nを1.47とする場合、ヤケ層の物理膜厚Dに対する表面反射率Rは、数1の式に従って図4に示すように表せる。このため、例えば、表面反射率測定ステップS11で測定した表面反射率Rが6.42%であった場合には、ヤケ層の物理膜厚Dは3.37nmに推定される(◇)。また、表面反射率Rが6.38%であった場合には、ヤケ層の物理膜厚Dは5.29nmに推定される(○)。
【0042】
なお、図5に示すように、Ns≒1.68のガラス基板Aを用いる場合に、仮定したヤケ層の屈折率Nによって表面反射率Rのグラフが変化する。前述のように、ヤケ層がある場合には、測定した表面反射率RはR0≒6.43(D=0.0nmでの値)よりも小さくなるが、図5から分かる通り、ガラス基板Aの屈折率Nsよりも大きな値に仮定すると、表面反射率Rのグラフと実測値(例えばR=6.42)のラインとの交点はなく、物理膜厚Dを推定できない。このため、表面反射率測定ステップS11で仮定するヤケ層の屈折率Nは、ガラス基板Aの屈折率Nsよりも小さい範囲内で仮定しなければならない。
【0043】
また、ガラス基板Aの屈折率Nsよりも小さい範囲内であれば、物理膜厚Dが厚すぎず薄すぎないように実際的な値に仮定すれば良く、経験的に最良の値が選択される。例えば、ヤケ層の屈折率Nや物理膜厚Dの推定値と実際の値との差による影響を抑え、良好な特性のマッチングAR膜31をより容易に得るためには、Ns≒1.68のガラス基板を用いる場合、ヤケ層の屈折率Nは1.40以上1.67以下の範囲内の値に推定することが好ましく、1.45以上1.60以下の範囲内に推定することがより好ましい。さらに、こうした好ましい範囲内で、ヤケ層の屈折率は、マッチングAR膜31の誘電体多層膜の何れかの層またはガラス基板Aの主な成分と同じ屈折率に推定することが好ましい。例えば、SiO2とほぼ同じ屈折率(N≒1.47)に推定することが特に好ましい。
【0044】
上述のように、ヤケ層をプリズム23(ガラス基板A)表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31を用いることによって、マッチングAR膜を用いない場合やヤケ層が全くない理想状態を前提に設計されたマッチングAR膜を用いる場合と比較して、ガラス基板A,B表面のわずかなヤケ層にもほとんど影響されず、偏光分離膜33をほぼ設計通りに機能させることができる。このため、極めて高精度の性能が要求されるPBS14を容易かつ歩留まり良く製造することができる。
【0045】
以下、このマッチングAR膜31の作用について、より具体的なマッチングAR膜31や偏光分離膜33の例を挙げて説明する。なお、特に断らない限り、プリズム23,24(ガラス基板A,B)は、波長λ≒405nmで屈折率Ns≒1.68のガラス基板とし、ヤケ層の屈折率Nは1.47に仮定する。また、表面反射率Rの実測値は6.42%であり、これに基づいて推定したヤケ層の物理膜厚Dは3.37nmであるとする。
【0046】
さらに、上述の構成ではPBS14は、偏光分離膜33はP偏光光を100%透過するとともに、S偏光光を約90%反射し、約10%反射する例を説明したが、マッチングAR膜31の特性にはP偏光光とS偏光光で差異がある。このため、偏光分離膜33の代わりに、図6に示すように、P偏光光とS偏光光をともに約10%反射する偏光分離膜を例に説明する。この偏光分離膜は、図6から分かる通り、LD13から発せられるレーザー光の中心波長近傍の範囲404.6〜405.4nmで、P偏光光の反射率Rp、S偏光光の反射率Rsともに変化が無いように構成されている。なお、特に断らない限り、図6を含め、偏光分離面26へのレーザー光の入射角度θは45度である。
【0047】
図7に示すように、マッチングAR膜31等の反射防止膜を用いず、上述の説明用の偏光分離膜を用いて、接着剤32とプリズム23を直接接触させて接合したPBSは、レーザー光の中心波長近傍のごく狭い範囲(404.6〜405.4nm)で、反射率Rp,Rsに周期的な変化(以下、リンギングという)が生じる。図7からわかるように、マッチングAR膜31等の反射防止膜を用いない場合、リンギングの振幅は、P偏光光よりもS偏光光について特に顕著であり、この偏光分離膜の場合にはP偏光光の反射率Rpで約1.1%、S偏光光の反射率Rsで約11%である。こうしたリンギングは、光ディスク12からのデータの読み出しやデータの書き込み、APC16によるレーザー光のパワーコントロール、フォーカシングやトラッキング等、光ピックアップ11のあらゆる動作にエラーを引き起こす要因となるため、できるだけ小さく抑える必要がある。
【0048】
また、PBSのリンギング振幅は、主としてプリズム23と接着剤32との界面における反射率に応じて変化し、プリズム23‐接着剤32界面における反射率が小さいほどリンギングの振幅も小さくなる。このため、プリズム23と接着剤32の間に設けられるマッチングAR膜は、前述のようにプリズム23と接着剤32の界面での屈折率差に基づく反射を抑えることによって、上述のリンギングを抑制する。特に、ヤケ層をプリズム23表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31は、リンギングの抑制に特に効果的である。
【0049】
ヤケ層をプリズム23表面の第1層目として設定して層構成を定めたマッチングAR膜31の例を表1に示す。また、比較のために、ヤケ層を考慮せず、理想的な表面状態のプリズム23上に設けることを前提として層構成を定めたマッチングAR膜の例を表2に示す。なお、表2ではガラス基板Aのヤケ層を記載していないが、実際に表2のマッチングAR膜を設ける場合にも、ガラス基板Aの表面には表1層番号7と同様のヤケ層がある。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
表1に示すヤケ層を層構成に含むマッチングAR膜31(以下、ヤケ層ありマッチングAR膜という)を用いたサンプルを作製し、ヤケ層ありマッチングAR膜31に対して波長405nm、入射角度θ=45度でレーザー光を入射させて測定した反射率Rp,Rsを図8(A)に示す。同様に、マッチングAR膜31の代わりに、表2に示すマッチングAR膜(以下、ヤケ層なしマッチングAR膜という)を用いたサンプルを作製して測定した反射率Rp,Rsを図8(B)に示す。
【0053】
図8(A)及び(B)に示すように、ヤケ層ありマッチングAR膜31とヤケ層なしマッチングAR膜は、何れもガラス基板A‐接着剤32界面における反射率Rp,Rsを0.05%以下に抑える。
【0054】
また、これらを比較すれば分かる通り、P偏光光の反射率Rpについては、ヤケ層なしマッチングAR膜よりもヤケ層ありマッチングAR膜31の方が若干上昇する。しかし、どちらのマッチングAR膜でも、反射率Rpはほぼ0%である。特に、PBSを用いる波長405nmで比較すれば、ヤケ層なしマッチングAR膜の反射率Rpは0.000384%、ヤケ層ありマッチングAR膜の反射率Rpは0.001987%、その差は0.001603%であり、0.01%にも満たない。
【0055】
一方、S偏光光については、ヤケ層なしマッチングAR膜よりも、ヤケ層ありマッチングAR膜31の方が、反射率Rsが顕著に低減される。特に波長405nmで比較すれば、ヤケ層なしマッチングAR膜の反射率Rsは0.031525%、ヤケ層ありマッチングAR膜の反射率Rsは0.001101%、その差は0.03042%であり、約0.03%にも及ぶ。このS偏光光の反射率Rsの差0.03%は、偏光分離膜の反射率(約10%)と比較すれば極めて小さい値であるが、以下に説明するようにPBSのリンギング振幅に及ぼす影響は極めて大きい。
【0056】
上述のよう構成されるヤケ層ありマッチングAR膜31とヤケ層なしマッチングAR膜とをそれぞれ用いてPBSを形成した場合の反射率Rp,Rsを図9に示す。
【0057】
図9(A)に示すように、レーザー光の中心波長近傍の範囲における反射率Rpのリンギング振幅は、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合に約0.51%、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合に約0.22%であり、どちらも1%未満である。このため、反射率Rpのリンギングは、偏光分離膜の反射率10%と比較して十分に小さく、光ピックアップの動作にほぼ影響しない程度に抑えられる。
【0058】
一方、図9(B)に示すように、レーザー光の中心波長近傍の範囲における反射率Rsのリンギング振幅は、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合に約0.38%、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合に約2.02%である。このため、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合には、反射率Rsのリンギングは、偏光分離膜の反射率10%と比較して十分に小さく、光ピックアップの動作にほぼ影響しない程度に抑えられる。しかし、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合の反射率Rsのリンギングは、マッチングAR膜を用いない場合(図7参照)と比較すれば改善されているものの、偏光分離膜の反射率10%と比較すると、無視できない大きさである。前述のようにLD13が出力するレーザー光には10nm程度の幅があるため、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合には、こうしたわずかな波長の変化に応じてPBSの特性が無視できない程に変動してしまい、光ピックアップ11の動作にエラーを生じる。
【0059】
以上のことから、ガラス基板A上にマッチングAR膜を成膜するときに、ガラス基板Aの表面反射率Rを測定し、その値からヤケ層の物理膜厚を推定し、ヤケ層をガラス基板A(プリズム23)表面の第1層目に設定したマッチングAR膜31を成膜することによって、偏光分離膜33をほぼ設計通りに高精度に機能させることができる。また、ヤケ層ありマッチングAR膜31は、ガラス基板Aに実際に生じたヤケ層を層構成に含むので、目視検査等では検出し難いようなわずかなヤケ層にも影響されない高精度なPBSを、容易かつ歩留まり良く製造することができる。
【0060】
なお、上述の実施形態では、ヤケ層の屈折率Nを1.47に仮定するとともに、ガラス基板Aの実際の表面反射率R=6.42%に基づいて、ヤケ層の物理膜厚Dを3.37nmに推定する例を説明したが、これはあくまでも推定値なので実際のヤケ層の物理膜厚と異なる場合がある。以下、ヤケ層の屈折率Nは仮定値(1.47)にほぼ等しいが、推定したヤケ層の物理膜厚Dが実際のものと異なる場合の影響について説明する。
【0061】
まず、上述の実施形態で説明したものと同じヤケ層ありマッチングAR膜31(表1参照)をガラス基板A上に設け、接着剤32を塗布した状態のガラス基板A‐接着剤32界面におけるP偏光光の反射率Rpを図10(A)に示す。図10(A)から分かる通り、ヤケ層の物理膜厚Dの推定値3.37nmを基準(×1.0)として、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも小さい場合(×0.8〜×0.0)には、実際の物理膜厚が推定した物理膜厚Dと比べて小さいほど反射率Rpが上昇する。但し、波長405nm近傍で見れば、ヤケ層が全くない場合(×0.0)の最も大きい反射率Rpで、約0.004%であり、ヤケ層の物理膜厚が実際と等しい場合の反射率Rp=0.001987%(上述の実施形態と同じ値)と同様、ほぼ0%である。また、図10(B)に示すように、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも大きい場合(×1.2〜×2.0)には、反射率Rpはさらに小さくなる。
【0062】
同様に、図11(A)に示すように、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも小さい場合(×0.8〜×0.0)、S偏光光の反射率Rsは、概ね上昇する傾向にある。波長405nm近傍で見れば、ヤケ層が全くない場合(x0.0)の最も大きい反射率Rsで約0.013%であり、ほぼ0%である。一方、図11(B)に示すように、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも大きい場合(×1.2〜×2.0)、反射率Rsは上昇する。このとき、波長405nm近傍で見れば、ヤケ層が推定値の2倍(×2.0)の最も大きい反射率Rsで約0.03%になるが、この値は、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合の反射率Rsとほぼ同じ値である。
【0063】
このようにヤケ層の推定物理膜厚Dが実際のものと異なっていた場合、図12及び図13に示すように、PBSのリンギングは、マッチングAR膜31を用いたガラス基板A‐接着剤32界面における反射率特性に応じて変化する。図12(A),(B)と図10(A),(B)とからわかるように、P偏光光の反射率Rpの場合、実際のヤケ層の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも大きくなるほど、PBSのリンギング振幅は大きくなり、実際のヤケ層の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも小さくなるほど、PBSのリンギング振幅は小さくなる。同様に、図13(A),(B)と図11(A),(B)からわかるように、S偏光光の反射率Rsの場合、実際のヤケ層の物理膜厚と推定物理膜Dとの差が大きくなるほど、PBSのリンギング振幅は大きくなる。
【0064】
しかし、図12,図13を、上述の実施形態のヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合(図9,図11)と比較すれば分かるように、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合、ヤケ層の実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dの0.0〜2.0倍程度の間であれば、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合と同程度かそれ以下のリンギング振幅に抑えられる。また、ここではヤケ層の実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dの0.0〜2.0倍もの大きな幅で変動する例を説明したが、ヤケ層の屈折率N(=1.47)が実際のものと大きく異ならない場合、ヤケ層の実際の物理膜厚は、推定物理膜厚Dの0.5〜1.5倍程度の範囲に十分に収まる。したがって、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いることによって、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合よりも、高精度なPBSを歩留まり良く製造することができる。
【0065】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板Aに生じたヤケ層の屈折率Nを1.47に仮定する例を説明したが、これに限らず、前述のように、ヤケ層の屈折率Nはガラス基板Aの屈折率Nsよりも小さく、ヤケ層の物理膜厚Dを現実的な値に推定することが可能な範囲内で任意に仮定することができる。したがって、ヤケ層の物理膜厚を推定する前に仮定したヤケ層の屈折率Nが、実際のヤケ層の屈折率Nと異なる場合がある。以下、ヤケ層の実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dとほぼ等しいが、ヤケ層の屈折率Nが実際と異なっていた場合の影響について説明する。
【0066】
上述の実施形態で説明したものと同じヤケ層ありマッチングAR膜31(表1参照)をガラス基板A上に設けた場合のガラス基板A‐接着剤32界面におけるP偏光光の反射率Rpを図14(A)に示す。図14(A)から分かる通り、ヤケ層の実際の屈折率Nが、ヤケ層の屈折率Nの仮定値(1.47)に比べて大きくなるほど、反射率Rpは上昇する。同様に、図14(B)に示すように、ガラス基板A‐接着剤32界面におけるS偏光光の反射率Rsは、ヤケ層の実際の屈折率が物理膜厚Dの推定のために仮定した屈折率Nと比べて大きくなるほど概ね上昇する傾向にある。但し、波長405nm近傍では、ヤケ層の実際の屈折率がN=1.52〜1.57の方が反射率Rsの値がよりも小さくなる。
【0067】
図15に示すように、ヤケ層の屈折率が物理膜厚の推定のために仮定した屈折率Nと異なる場合にも、前述と同様、PBSのリンギングは上述のガラス基板A‐接着剤32界面における反射率特性に応じて変化する。図15(A)に示すように、反射率Rpの場合、リンギング振幅は、実際の屈折率が大きいほど増大する。また、図15(B)に示すように、反射率Rsの場合、リンギング振幅は、実際の屈折率N≒1.57の近傍で最小になり、実際の屈折率Nがさらに大きい場合には増大する。しかし、図15(A),(B)を、上述の持し形態のヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合(図9,図10)と比較すればわかるように、ヤケ層ありマッチングAR膜を用いた場合、ヤケ層の実際の屈折率が、物理膜厚Dの推定のために仮定した屈折率Nと異なっていても、リンギング振幅を小さく抑えることができる。したがって、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いることにより、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合よりも、高精度なPBSを歩留まり良く製造することができる。
【0068】
なお、上述の実施形態では、LD13からPBS14へのレーザー光の入射角度が45度である例を説明したが、LD13から出射されるレーザー光には、10度(±5度)程度の角度幅がある。また、PBS14等の配置角度等によってPBS4への入射角度がずれてしまうこともある。以下、ヤケ層の屈折率Nや物理膜厚Dが実際のヤケ層の値とほぼ同じであるときに、レーザー光のPBSへの入射角度が45度からずれた場合の影響について説明する。
【0069】
図16(A)に示すように、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合、ガラス基板A‐接着剤32界面におけるP偏光光の反射率Rpは、入射角度θが45よりも大きくなると増大し(θ=49.16度)、入射角度θが小さくなると減少する(θ=40.84度)。また、図16(B)に示すように、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合、ガラス基板A‐接着剤32界面におけるS偏光光の反射率Rsは、入射角度θが大きい場合(θ=49.16度)、波長帯によらずほとんど平坦な特性となり、入射角度θが小さい場合(θ=40.84度)、概ね増大する傾向にある。但し、波長405nm近傍では、θ=49.16度の時に反射率Rsは小さく、θ=40.84度のときに反射率Rsは大きくなる。
【0070】
図17に示すように、入射角度θが45度からずれた場合にも前述と同様、PBSのリンギングは、上述のガラス基板A‐接着剤32界面における反射率特性に応じて変化する。図17(A)に示すように、反射率Rpの場合、PBSのリンギングは、入射角度θの変化に応じて、リンギングのピーク(ディップ)位置が比較的敏感に変動する。しかし、リンギング振幅は、入射角度θが大きくなると増大し、入射角度θが小さくなると減少する傾向にあるが、入射角度θ=45±5度程度の範囲ではほぼ一定である。また、図17(B)に示すように、反射率Rsの場合も同様に、PBSのリンギングは、入射角度θの変化に応じてピーク位置が比較的敏感に変動するものの、リンギング振幅は入射角度θ=45±5度程度の範囲ではほぼ一定である。したがって、入射角度θは、LD13からのレーザー光の角度幅程度の範囲内であれば、PBSの特性にはほとんど影響がない。
【0071】
なお、上述の実施形態では、PBS14を製造するときに、表面反射率測定ステップS11及びヤケ層特性推定ステップS12を行うことにより、ヤケ層をガラス基板A表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31を成膜する例を説明したが、偏光分離膜33をガラス基板B上に成膜する場合にも同様に、ヤケ層をガラス基板B表面の第1層目として設定した偏光分離膜33を成膜しても良い。但し、前述のように、PBSのリンギングは、主としてプリズム23(ガラス基板A)‐接着剤32界面における反射率の影響が大きいので、偏光分離膜33をプリズム24(ガラス基板B)のヤケ層を含むようにしただけではPBSのリンギングを十分に抑えることは難しい。したがって、高精度なPBSを製造するときには、偏光分離膜33をプリズム24(ガラス基板B)のヤケ層を考慮した膜とする場合であっても、上述の実施形態で説明したマッチングAR膜31を設ける必要がある。
【0072】
また、上述の実施形態では、マッチングAR膜31及び偏光分離膜33を含むPBS14を例に説明したが、上述の実施形態で説明した製造方法はマッチングAR膜や偏光分離膜を用いるPBSの製造以外にも好適に用いることができ、こうしたPBS14以外の光学素子を製造するときには、上述と同様、光学機能膜の成膜前に、ガラス基板の表面に生じたヤケ層の物理膜厚を推定し、ヤケ層を含めて機能する光学機能膜を設けることが好ましい。
【0073】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板Aの表面反射率Rを測定した後、ヤケ層の屈折率Nを任意に仮定し、表面反射率Rと屈折率Nとに基づいてヤケ層の物理膜厚Dを推定する例を説明したが、ヤケ層の特性の推定方法はこれに限らない。例えば、表面反射率Rを測定した後、ヤケ層の物理膜厚Dを経験的に仮定し、表面反射率Rと物理膜厚Dとから数1式にしたがってヤケ層の屈折率Nを推定しても良い。この場合にも、マッチングAR膜の性能は、上述の実施形態と同様の性能のマッチングAR膜31と同様になる。
【0074】
なお、上述の実施形態で説明したように、マッチングAR膜31は、表面反射率R(及び仮定したヤケ層の屈折率N)に基づいて、ヤケ層を含むように構成が定められる例を説明したが、表面反射率Rの測定後にマッチングAR膜31の構成を設計するのでは生産効率が良いとは言えないので、マッチングAR膜31の構成パターンを予め定めておくことが好ましい。例えば、マッチングAR膜31の構成は、表面反射率Rと、ヤケ層の屈折率N及び物理膜厚Dの複数の組み合わせについて複数のパターンを予め定めておき、表面反射率Rを測定した後、これらの複数の構成パターンから選択することが好ましい。この場合、表面反射率R,屈折率N,物理膜厚Dの組み合わせが完全に一致するマッチングAR膜の構成パターンが用意されていないことがある。しかし、前述のように、ガラス基板の成分,保管環境,保管期間が同じならばヤケ層の特性がほぼ等しく、また、前述のように上述の実施形態で説明したマッチングAR膜31は、仮定した屈折率Nや推定した物理膜厚Dが実際の値と差があっても、この影響を受けにくい。したがって、予め用意した構成パターンの中から特性の近いものを選択してマッチングAR膜31としても、上述の実施形態とほぼ同様にヤケ層なしマッチングAR膜を用いるよりもリンギングを低減させることができる。
【0075】
なお、上述の実施形態では、マッチングAR膜31の成膜前にガラス基板Aの表面反射率Rを測定する例を説明したが、ガラス基板の成分やその保管環境,保管期間が同じならばヤケ層の屈折率Nや物理膜厚Dはほぼ同じである。このため、PBS14を量産するために複数のガラス基板Aが必要となる場合には、全てのガラス基板Aについて表面反射率Rを測定することが好ましいが、必ずしも全てのガラス基板Aについて測定する必要はなく、所定数量のガラス基板Aを抜き取って測定した表面反射率Rを代表して用いることができる。
【0076】
なお、上述の実施形態では、PBS14を例に説明したが、上述の実施形態で説明した製造方法は、他の光学素子にも好適に用いることができる。例えば、レンズ等の表面に反射防止膜を設ける場合、マッチングAR膜31と同様の反射防止膜を設けることが好ましい。また、例えば、複数のプリズムを接合し、これらの偏光分離面や反射膜、色分離膜等がそれぞれ設けられた複合光学素子にも、上述の実施形態で説明した製造方法を好適に用いることができる。また、こうした複合光学素子のように、複数の光学機能面がある場合、上述の実施形態で説明したマッチングAR膜31は、少なくとも、一部の光を透過(反射)する部分的透過特性(以下、透過率及び反射率の比率によらず、ハーフ特性という)を有する光学機能面(例えば、偏光分離面,ダイクロイック面,ハーフミラー面等)に設けることが好ましい。さらに、マッチングAR膜31は、少なくともS偏光光に対してハーフ特性を有する光学機能面に設ける場合に最も効果的である。したがって、ハーフ特性の光学機能面が複数ある場合には、少なくともS偏光光に対してハーフ特性を有する光学機能面にマッチングAR膜31を設けると、光学素子の特性改善に最も効果的であり、その他のハーフ特性の光学機能面もマッチングAR膜31を設けることでさらに光学素子の特性が良好になる。また、ハーフ特性のなかでも、反射率と透過率の差が小さいほどマッチングAR膜31による光学特性の改善効果が最も顕著になる。
【0077】
なお、上述の実施形態では、表1にヤケ層をガラス基板表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31の例を示したが、これに限らない。マッチングAR膜31に用いる誘電体材料や層構成は、製造する光学素子に応じて任意に定めることができる。但し、ヤケ層の屈折率N及び物理膜厚Dを推定した後、マッチングAR膜31として成膜する誘電体多層膜の材料及び層数だけを決めて、その構成を決定しようとすると、最終層(接着剤32に当接する層)の膜厚がほぼ0nmとなってしまい、現実的な製造に適さないケースが生じることがある。このため、現実的にマッチングAR膜31を精度良く作製するためには、最終層の厚さを予め定めた一定の厚さに制限してマッチングAR膜31の層構成を定めることが好ましい。例えば、マッチングAR膜31の層構成を定めるときに、最終層の物理膜厚を誘電体多層膜の1層目(ヤケ層の直上に成膜する層)と同じ物理膜厚Dとなるように制限して、マッチングAR膜31の層構成を定めれば良い。また、接合体の形成までの間に、マッチングAR膜31の表面にヤケ層が生じるとマッチングAR膜31の特性が変化してしまうので、少なくともマッチングAR膜31の最終層は、耐候性に優れた材料で形成することが好ましく、例えばSiO2で構成することが好ましい。
【0078】
なお、上述の実施形態では、青色光を用いることを前提としたPBS14の例を説明したが、DVD用やCD用等、青色光以外の波長帯で利用するPBSを製造する場合も上述の実施形態と同様のマッチングAR膜31を用いることが好ましい。
【0079】
なお、上述の実施形態では、屈折率Ns≒1.68のガラス基板を用いる例を説明したが、PBS14の製造に用いるガラス基板は求められる性能や使用様態に応じて任意の材料を用いることができる。
【0080】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板A上にマッチングAR膜31を設けた後、マッチングAR膜31の特性を確認せずに、偏光分離膜33が設けられたガラス基板Bと接合する例を説明したが、マッチングAR膜31の反射率(ガラス基板A‐接着剤32界面の反射率)等の光学特性を測定するステップを設け、ここで測定した反射率等に基づいてヤケ層特性(屈折率N,物理膜厚D)の推定値の良否や、ヤケ層特性に基づいて設定されたマッチングAR膜31の良否を判断することが好ましい。こうしたマッチングAR膜31の光学特性を測定するステップでは、PBS14に要求される性能にもよるが、例えば、PBS14のような特に高精度な光学素子の製造歩留まりを向上させるために、ガラス基板A‐接着剤32界面の反射率が0.03%以下の時に良と判断することが好ましく、0.025%以下の場合に良とすることがより好ましく、0.01%以下の場合に良とすることが特に好ましい。また、こうしたマッチングAR膜31の光学特性を測定するステップでは、製品としてのPBS14を製造するのではなく、PBS14の量産に移る前に、マッチングAR膜31の光学特性を測定するためのサンプルを別途作製することが好ましい。
【0081】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板A,Bの巨視的なヤケの有無を目視検査によって判断する例を説明したが、こうした目視検査等のヤケ検査の代わりに、実測した表面反射率Rに応じてヤケの有無及びこれよりもわずかなヤケ層の有無を検査するヤケ検査ステップを設けても良い。ヤケ検査ステップでは、表面反射率Rに基づき、一定の基準にしたがって(例えば、表面反射率Rの低下が1%以内の場合にガラス基板をPBSの製造に用いる等)、目視検査等で発見が難しいレベルのヤケ層の有無をも確認し、PBSの製造に利用するか否かを決定する。
【0082】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板A,BからPBS14を製造する例を説明したが、必ずしも板状の材料を基材とする必要はなく、予め形成されたプリズムやレンズ等を基材として、PBS14等の光学素子を製造しても良い。
【0083】
なお、上述の実施形態では、光ピックアップ11に用いるPBS14を例に説明したが、マッチングAR膜31を用いたPBS14の用途は光ピックアップ11に限らず、他の周知の光学系に好適に用いることができる。
【0084】
なお、上述の実施形態で説明したように、ヤケ層の屈折率Nは、マッチングAR膜31やガラス基板Aに含まれる物質の屈折率、特にSiO2の屈折率に仮定することが好ましいが、ヤケ層の屈折率Nは、マッチングAR膜31やガラス基板Aに含まれない材料(例えばMgF2)等の屈折率に仮定しても良く、実際にはない仮想的な屈折率に仮定しても良い。
【符号の説明】
【0085】
11 光ピックアップ
12 光ディスク
13 LD
14 偏光ビームスプリッタ(PBS)
16 オートマチックパワーコントローラ(APC)
17 コリメートレンズ
18 1/4波長板
19 対物レンズ
21 フォトダイオード(PD)
23,24 プリズム
26 偏光分離面
27 立ち上げミラー
28 レンズ
31 マッチングAR膜
32 接着剤
33 偏光分離膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学材料の接合面に設けられ、光学材料と接着剤の界面等、界面における屈折率差に基づいた反射を低減させる反射防止膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
反射防止膜や防眩膜等がコーティングされたレンズやプリズム、特定の波長帯の光を透過(または反射)するダイクロイックミラー等、硝材の表面に光学機能膜が成膜されて形成される光学素子が知られている。また、界面に色分離膜や偏光分離膜が介在するように、2つのプリズムを接合して形成されるビームスプリッタ等、界面に光学機能膜を介在させて硝材を接合した光学素子が知られている。
【0003】
こうした光学素子の基礎となる硝材は、ケイ酸等を主成分とする無機金属酸化物の溶融固化体であり、硬く、変質しにくい材料である。しかし、空気中に含まれる水蒸気や、酸に長時間さらされると、表面が経時的に風化されることがある。このようなガラスの風化現象として、白ヤケや青ヤケ(虹ヤケ)といった、ヤケと呼ばれる現象が知られている。
【0004】
白ヤケは、硝材の表面に付着した水分と硝材中の可溶性成分が反応して、炭酸水素ナトリウムや炭酸カルシウム等が析出し、硝材の表面が白く曇る現象である。白ヤケは、比較的水分が少ない空気中に硝材を保管した場合に発生する。また、炭酸水素ナトリウムや炭酸カルシウム等の析出物が生成される過程で、硝材表面は粗面化されてしまうため、硝材表面を研磨し、清浄な表面を露呈させる以外に白ヤケを回復する方法はない。
【0005】
青ヤケは、硝材の表面に付着した水分や、この水分に空気中の二酸化炭素等が溶け込んで生成される酸によって、硝材表面が侵食され、干渉色の反射光が観察されるようになる現象である。青ヤケは、比較的水分が多い環境で硝材を保管した場合に発生する。また、青ヤケは、ヒドロニウムイオンと硝材中の金属イオンとがイオン交換反応を起こして、硝材表面に低屈折率の薄層が形成されることが原因とされる。このため、白ヤケの場合と同様に、硝材表面を研磨して低屈折率の薄層を除去し、清浄な表面を露呈させる以外に青ヤケを回復する方法はない。
【0006】
したがって、上述のようなヤケが生じてしまった硝材は、通常、光学素子には利用されず、利用するにしても表面を研磨し、ヤケを除去してから利用される。しかし、ヤケを除去する研磨工程の導入は、光学素子のコストアップにつながるため、通常ならば使用に耐えない程のヤケが生じてしまった硝材であっても、成分や層構造が工夫された光学機能膜を成膜することによってヤケを目立たなくする技術が知られている。例えば、SiO2リッチの層を硝材側の第1層とし、その上に、成分や屈折率、光学膜厚が特定の誘電体層を数層設けた反射防止膜によって、ヤケを目立たなくする技術が知られている(特許文献1)。また、同様に、SiO2を硝材側の第1層とし、かつ、このSiO2層の光学膜厚をλ/4以上にした反射防止膜によってヤケを目立たなくする技術が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−82208号公報
【特許文献2】特開平5−85778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ヤケは硝材の保管環境や保管期間に応じて経時的に生じるので、目視検査等の一般的な表面検査では全くヤケが生じていないと判断される硝材であっても、わずかながらヤケは生じる。したがって、例えば特許文献1,2に記載された基準で、ヤケが全く生じていない(外観評価「1」)と判定されるような硝材であっても、わずかながらヤケは生じている。このようなわずかなヤケ(明確に現れた巨視的な“ヤケ”と区別するために、以下では“ヤケ層”という)は、目視検査等の光学素子の製造工程で行われる一般的な検査では検出が難しい。また、こうしたヤケ層は、より精密な検査によって検出したとしても、硝材の化学的性質によってはほぼ全てにヤケ層が生じているため、ヤケ層もないような理想的表面状態の硝材を選りすぐることは極めて難しい。
【0009】
上述のようなヤケ層は、従来の多くの光学素子においては性能にほとんど影響しないが、近年普及している青色光ディスク用の光ピックアップに用いられる光学素子等、上述のようなわずかなヤケも許容されない程、より精密な光学性能が求められる光学素子もある。また、一般的な光学素子では、明確に現れた巨視的なヤケだけでなく、わずかなヤケ層すらないことを前提に光学機能膜等の構成が定められるが、前述のような特に高精度の性能が要求される光学素子では、わずかなヤケ層によって、設計上の性能に対して深刻な劣化が生じてしまうことがあり、製造が難しく、歩留まりも悪いという問題がある。
【0010】
本発明は上述の問題点に鑑みてなされたものであり、極めて高精度の性能が要求される光学素子に用いる光学機能膜を、わずかなヤケにもほとんど影響されず、容易に、かつ、歩留まり良く製造することを目的とする。また、わずかなヤケが生じた硝材を基材として用いても、設計通りの高精度な性能を発揮する光学機能膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の反射防止膜製造方法は、予め鏡面に仕上げられた硝材表面の反射率を測定する表面反射率測定ステップと、前記硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうちの一方を仮定した仮定値と、前記表面反射率測定ステップで測定した前記表面反射率とに基づいて、前記硝材の表面に生じたヤケ層の他方の特性を推定するヤケ層特性推定ステップと、前記ヤケ層特性推定ステップで推定した特性を有する前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能するように前記複数の誘電体薄膜を成膜する成膜ステップと、を備えることを特徴とする。
【0012】
また、前記表面反射率は前記硝材の表面にほぼ垂直に測定光を入射させて測定し、前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率または前記ヤケ層の物理膜厚のうちの一方の値を仮定し、前記表面反射率をR、前記硝材の屈折率をNs、前記ヤケ層の屈折率をN、前記ヤケ層の物理膜厚をD、参照波長をλ、δ=2πND/λとして表される下記の式に基づいて、前記ヤケ層の屈折率Nまたは物理膜厚Dのうちの他方の値を推定することが好ましい。
式:
【0013】
前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率を前記硝材の屈折率よりも小さい値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することが好ましい。
【0014】
前記ヤケ層特性推定ステップは、前記ヤケ層の屈折率をSiO2の値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することが好ましい。
【0015】
前記反射防止膜が設けられた第1の硝材と、第2の硝材とを接着剤によって接合する接合ステップを備え、前記反射防止膜は、前記第1の硝材と前記接着剤との間に設けられることが好ましい。
【0016】
前記第2の硝材は、前記接着剤との間に一部の光を選択的に反射または透過する光学機能膜を備えることが好ましい。
【0017】
本発明の反射防止膜は、予め鏡面に仕上げられた硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうち一方を仮定した仮定値と、測定した前記硝材の表面反射率とに基づいて、他方の特性が推定された前記ヤケ層と、前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能する前記複数の誘電体薄膜層と、を備えることを特徴とする。
【0018】
本発明の光学素子は、前記反射防止膜を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、極めて高精度の性能が要求される光学素子に用いられる光学機能膜を、硝材のわずかなヤケ層にもほとんど影響されず、容易かつ歩留まり良く製造することができる。また、わずかなヤケ層が生じた硝材を基材として用いても、設計通りの高精度な性能を発揮する光学機能膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】光ピックアップの構成を示す説明図である。
【図2】PBSの構成を示す説明図である。
【図3】PBSの製造工程を示すフローチャートである。
【図4】反射率Rからヤケ層の物理膜厚を推定する様態を示すグラフである。
【図5】ヤケ層の屈折率を他の値に推定する場合に、反射率Rからヤケ層の物理膜厚を推定する様態を示すグラフである。
【図6】偏光分離膜の特性を示すグラフである。
【図7】マッチングAR膜を介さない場合に生じるリンギングを示すグラフである。
【図8】マッチングAR膜の性能を示すグラフである。
【図9】マッチングAR膜によってリンギングが低減される様子を示すグラフである。
【図10】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、マッチングAR膜の性能(Rp)に及ぶ影響を示すグラフである。
【図11】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、マッチングAR膜の性能(Rs)に及ぶ影響を示すグラフである。
【図12】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、PBSのリンギング性能に及ぶ影響(Rp)を示すグラフである。
【図13】推定したヤケ層の物理膜厚が実際と異なっていた場合に、PBSのリンギング性能に及ぶ影響(Rs)を示すグラフである。
【図14】物理膜厚の推定に用いたヤケ層の屈折率が実際と異なっていた場合に、マッチングAR膜の性能に及ぶ影響(Rp,Rs)を示すグラフである。
【図15】推定したヤケ層の屈折率が実際と異なっていた場合に、PBSのリンギング性能に及ぶ影響(Rp,Rs)を示すグラフである。
【図16】入射角度に応じたマッチングARの性能(Rp,Rs)を示すグラフである。
【図17】入射角度に応じたPBSのリンギング性能(Rp,Rs)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に示すように、光ピックアップ11は、光ディスク12のデータを読み出したり、光ディスク12にデータを記録する光学系であり、レーザーダイオード(LD)13、偏光ビームスプリッタ(以下、PBSという)14、オートマチックパワーコントール(APC)16、コリメートレンズ17、1/4波長板18、対物レンズ19、フォトダイオード(PD)21等から構成される。
【0022】
光ディスク12は、波長405nmの青色光を利用してデータの読み出しや書き込みが行われる青色光ディスクである。LD13は、光ディスク12からのデータの読み出しや光ディスク12へのデータの書き込みに用いるレーザー光を発するレーザーダイオードであり、波長405nmの青色光を発する。また、LD13から発せられた青色のレーザー光は、図示しない1/2波長板を透過することによって、後述する偏光分離面26に対してS偏光光となるように調節される。なお、LD13が発するレーザー光は、中心波長405nmであるが、実際に出力される青色光の波長には10nm程度(405±5nm)の幅がある。また、レーザー光の光軸方向から10度(±5度)程度の使用角度幅がある。
【0023】
PBS14は、偏光の状態に応じてLD13から入射するレーザー光を偏光の状態に応じて透過または反射する光学素子であり、2個の三角柱状のプリズム23,24を接合して立方体形状に形成される。プリズム23,24の接合面には、後述するように偏光分離膜33(図2参照)等の光学機能膜が設けられ、偏光分離面26が形成される。偏光分離面26は、LD13から光ディスク12への光軸Lに対して45度傾斜するように配置され、偏光分離膜33の作用によってS偏光光を約90%反射し、約10%を透過する。また、偏光分離面26は、P偏光光をほぼ100%透過する。
【0024】
LD13からPBS14に入射し、偏光分離面26を透過した約10%のS偏光光は、APC16に入射される。APC16は、PBS14から入射するS偏光成分の光量を検出し、これに基づいてLD13をフィードバック制御する。これにより、LD13から出射するレーザー光のパワーが調節される。
【0025】
一方、偏光分離面26で反射された約90%のS偏光光は、コリメートレンズ17、立ち上げミラー27、1/4波長板18、対物レンズ19等を介して光ディスク12に入射する。コリメートレンズ17は、PBS14で反射されたS偏光の発散光を平行光線に整える。こうしてコリメートレンズ17によって平行光線に整えられたレーザー光は、立ち上げミラー27によって光ディスク12に垂直な方向に光軸を折り曲げられた後、1/4波長板18によって円偏光に変換される。その後、対物レンズ19によって光ディスク12の記録面に集光される。
【0026】
光ディスク12からの反射光は、光ディスク12への入射時と同じ向きに偏光方向が回転するが、進行方向が入射時とは逆向きになる。このため、光ディスク12から反射光が、1/4波長板18を透過するとP偏光光に変換される。こうしてP偏光光に変換された反射光がPBS14に入射すると、偏光分離面26を透過し、レンズ28を介してPD21に入射する。
【0027】
PD21は、PBS14から入射する青色光の光量やスポット形状等を検出する。光ピックアップ11を搭載した光ディスクドライブは、PD21で検出された光ディスク12からの反射光の情報に基づいて,トラッキングやフォーカシング等の制御を行うとともに、光ディスク12からのデータの読み取りや、光ディスク12へのデータの書き込みを行う。
【0028】
図2に示すように、偏光分離面26は、プリズム23側から順に、マッチングAR膜31、接着剤32、偏光分離膜33からなる。
【0029】
マッチングAR膜31は、プリズム23の表面に設けられる薄膜であり、プリズム23と接着剤32との屈折率差に基づく反射を低減する。同時に、マッチングAR膜31は、PBS14のリンギング(詳細は後述する)を抑える。
【0030】
マッチングAR膜31は、プリズム23の接合面に成膜された複数種類の誘電体薄膜層の積層体(以下、誘電体多層膜という)と、プリズム23の接合面に生じたヤケ層からなる。したがって、マッチングAR膜31を構成する誘電体多層膜の各層の屈折率や膜厚等は、プリズム23のヤケ層の屈折率や膜厚に応じて定められる。なお、後述するように、ヤケ層の屈折率は所定範囲内の値に仮定され、ヤケ層の膜厚は、PBS14の製造時にプリズム23となるガラス基板A(図3参照)の表面反射率から推定される。
【0031】
偏光分離膜33は、誘電体多層膜からなり、プリズム24の表面に設けられる。また、偏光分離膜33を構成する誘電体多層膜は、ヤケ層がない理想的な表面状態のプリズム24と接着剤32とが両端に配置されることを前提として、P偏光光をほぼ100%透過し、S偏光光の約90%を反射し、S偏光光の約10%を透過するように、各層の屈折率や膜厚が定められる。
【0032】
接着剤32は、例えば紫外線硬化型接着剤であり、マッチングAR膜31と誘電体多層膜33を介してプリズム23,24を接合する。また、接着剤32は、硬化後にマッチングAR膜31(,偏光分離膜33)上に塗布される。
【0033】
上述のように構成されるPBS14は、図3に示すように、2枚のガラス基板A,Bから製造される。ガラス基板Aは、プリズム23に対応する基板であり、ガラス基板Bはプリズム24に対応する基板である。なお、ガラス基板A,Bは、その表面を光学機能面として使用できるように、予め鏡面に仕上げられている。また、これらのガラス基板A,Bの組成や屈折率,アッベ数等の光学的性質、PBS14の製造に用いるまでの保管環境や保管期間は同じである。また、ガラス基板A,Bは、所定基準の目視検査によって、表面にキズや白ヤケ,青ヤケ等の明確で巨視的なヤケがないことが予め検査される。
【0034】
PBS14を製造するときには、まず、マッチングAR膜31を成膜する直前に、ガラス基板Aの表面反射率Rを測定する(表面反射率測定ステップS11)。そして、表面反射率Rの値と、所定範囲内の値に仮定されたヤケ層の屈折率Nに基づいてヤケ層の物理膜厚Dを推定する(ヤケ層特性推定ステップS12)。次に、ヤケ層の屈折率N及び物理膜厚Dに応じて、ヤケ層をガラス基板A表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31を、ガラス基板Aの表面に成膜する(成膜ステップS13)。また、ここで成膜されるマッチングAR膜31の層構成は、その表面に所定屈折率の接着剤32が塗布されることを前提に設定される。したがって、マッチングAR膜31は、三角柱状部材(ガラス基板A)の表面に屈折率Nかつ物理膜厚Dのヤケ層があり、マッチングAR膜31の表面に特定の接着剤32が塗布されたときに、ガラス基板Aと接着剤32の屈折率差に基づく反射を低減する効果が最も良好な層構成である。
【0035】
その後、マッチングAR膜31が成膜されたガラス基板Aは、複数の四角柱状の部材に切り分けられ、さらに三角柱状の部材(以下、三角柱状部材という)に加工される(ステップS14)。四角柱状の部材は、PBS14のサイズに合わせた所定幅で平行にガラス基板Aを切断したものである。また、三角柱部材は、ガラス基板Aを切断して得られた四角柱状の部材を、マッチングAR膜31が成膜された側面を残すように、この側面に対して45度の角度で切断,研磨して形成される。このため、三角柱部材は、端面が直角三角形状となっており、その斜辺はマッチングAR膜31が成膜された側面に対応する。こうして形成された三角柱部材を作製することによって新たに露呈した2つの側面(マッチングAR膜31が設けられた側面以外の2つの側面)は、PBS14の外周面に対応するため、鏡面に研磨される。
【0036】
一方、ガラス基板Bは、まず、その表面に偏光分離膜33が成膜される(ステップS23)。ここで成膜される偏光分離膜33は、ヤケ層がない理想的なガラス基板Bの表面と接着剤32とに接することを前提として設定された層構造となっている。次に、偏光分離膜33が成膜されたガラス基板Bは、四角柱状の部材に切り分けられた後、さらに三角柱部材に加工される(ステップS24)。ここで形成される四角柱状の部材及び三角柱部材は、偏光分離膜33が成膜されたガラス基板Bから形成される点を除けば、前述のガラス基板Aの加工工程で形成されるものと同様である。なお、こうしたガラス基板Bの各加工工程は、前述のガラス基板Aの各加工工程と並行して行われる。
【0037】
上述のようにして形成されたマッチングAR膜31が設けられた三角柱部材と、偏光分離膜33が設けられた三角柱部材は、マッチングAR膜31と偏光分離膜33を向かい合わせるようにして、接着剤32によって接合される(ステップS31)。こうして形成された接合体は、端面が正方形状になっており、その対角線上に偏光分離面26が形成される。また、PBS14複数個分の長さを有する棒状となっている。このため、2つの三角柱状部材を接合した接合体は、長手方向に所定間隔で立方体状に切り分けられ、複数のPBS14が作製される(ステップS32)。
【0038】
上述の表面反射率測定ステップS11で測定する表面反射率Rは、マッチングAR膜31が成膜される一方の表面における反射率であり、空気中でガラス基板Aの表面に対して波長405nmの青色光(測定光)をほぼ垂直に入射させることにより測定される。ガラス基板Aは明確で巨視的なヤケがないことが予め目視検査された基板であるが、前述のように、ガラス基板Aの表面には保管環境や保管期間によって目視検査の基準では検出され難いわずかなヤケ層(主として青ヤケであるが、白やけを含むこともある)が表面全体に一様に生じている。このヤケ層は、ガラス基板Aの屈折率よりも低屈折率である。したがって、ヤケ層があることによって、実際に測定した表面反射率Rは、ヤケ層がない理想的な表面状態の表面反射率R0よりも小さくなる(R0>R)。
【0039】
空気の屈折率N0を1、ガラス基板Aの屈折率をNsとすると、理想的な表面状態の表面反射率R0は、測定光の波長λ(=405nm)に応じてR0=(1−Ns)2/(1+Ns)2で表される。一方、ヤケ層がある場合の実際の表面反射率Rは、ヤケ層の屈折率をN、物理膜厚をD、δ=2πND/λとして、下記数1の式で表される。このため、ヤケ層の屈折率Nを仮定すると、数1の式から表面反射率Rからヤケ層の物理膜厚Dが算出される。
【0040】
【数1】
【0041】
例えば、ガラス基板Aとして屈折率Ns≒1.68(波長λ≒405nm)のガラス基板を用い、ヤケ層の屈折率Nを1.47とする場合、ヤケ層の物理膜厚Dに対する表面反射率Rは、数1の式に従って図4に示すように表せる。このため、例えば、表面反射率測定ステップS11で測定した表面反射率Rが6.42%であった場合には、ヤケ層の物理膜厚Dは3.37nmに推定される(◇)。また、表面反射率Rが6.38%であった場合には、ヤケ層の物理膜厚Dは5.29nmに推定される(○)。
【0042】
なお、図5に示すように、Ns≒1.68のガラス基板Aを用いる場合に、仮定したヤケ層の屈折率Nによって表面反射率Rのグラフが変化する。前述のように、ヤケ層がある場合には、測定した表面反射率RはR0≒6.43(D=0.0nmでの値)よりも小さくなるが、図5から分かる通り、ガラス基板Aの屈折率Nsよりも大きな値に仮定すると、表面反射率Rのグラフと実測値(例えばR=6.42)のラインとの交点はなく、物理膜厚Dを推定できない。このため、表面反射率測定ステップS11で仮定するヤケ層の屈折率Nは、ガラス基板Aの屈折率Nsよりも小さい範囲内で仮定しなければならない。
【0043】
また、ガラス基板Aの屈折率Nsよりも小さい範囲内であれば、物理膜厚Dが厚すぎず薄すぎないように実際的な値に仮定すれば良く、経験的に最良の値が選択される。例えば、ヤケ層の屈折率Nや物理膜厚Dの推定値と実際の値との差による影響を抑え、良好な特性のマッチングAR膜31をより容易に得るためには、Ns≒1.68のガラス基板を用いる場合、ヤケ層の屈折率Nは1.40以上1.67以下の範囲内の値に推定することが好ましく、1.45以上1.60以下の範囲内に推定することがより好ましい。さらに、こうした好ましい範囲内で、ヤケ層の屈折率は、マッチングAR膜31の誘電体多層膜の何れかの層またはガラス基板Aの主な成分と同じ屈折率に推定することが好ましい。例えば、SiO2とほぼ同じ屈折率(N≒1.47)に推定することが特に好ましい。
【0044】
上述のように、ヤケ層をプリズム23(ガラス基板A)表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31を用いることによって、マッチングAR膜を用いない場合やヤケ層が全くない理想状態を前提に設計されたマッチングAR膜を用いる場合と比較して、ガラス基板A,B表面のわずかなヤケ層にもほとんど影響されず、偏光分離膜33をほぼ設計通りに機能させることができる。このため、極めて高精度の性能が要求されるPBS14を容易かつ歩留まり良く製造することができる。
【0045】
以下、このマッチングAR膜31の作用について、より具体的なマッチングAR膜31や偏光分離膜33の例を挙げて説明する。なお、特に断らない限り、プリズム23,24(ガラス基板A,B)は、波長λ≒405nmで屈折率Ns≒1.68のガラス基板とし、ヤケ層の屈折率Nは1.47に仮定する。また、表面反射率Rの実測値は6.42%であり、これに基づいて推定したヤケ層の物理膜厚Dは3.37nmであるとする。
【0046】
さらに、上述の構成ではPBS14は、偏光分離膜33はP偏光光を100%透過するとともに、S偏光光を約90%反射し、約10%反射する例を説明したが、マッチングAR膜31の特性にはP偏光光とS偏光光で差異がある。このため、偏光分離膜33の代わりに、図6に示すように、P偏光光とS偏光光をともに約10%反射する偏光分離膜を例に説明する。この偏光分離膜は、図6から分かる通り、LD13から発せられるレーザー光の中心波長近傍の範囲404.6〜405.4nmで、P偏光光の反射率Rp、S偏光光の反射率Rsともに変化が無いように構成されている。なお、特に断らない限り、図6を含め、偏光分離面26へのレーザー光の入射角度θは45度である。
【0047】
図7に示すように、マッチングAR膜31等の反射防止膜を用いず、上述の説明用の偏光分離膜を用いて、接着剤32とプリズム23を直接接触させて接合したPBSは、レーザー光の中心波長近傍のごく狭い範囲(404.6〜405.4nm)で、反射率Rp,Rsに周期的な変化(以下、リンギングという)が生じる。図7からわかるように、マッチングAR膜31等の反射防止膜を用いない場合、リンギングの振幅は、P偏光光よりもS偏光光について特に顕著であり、この偏光分離膜の場合にはP偏光光の反射率Rpで約1.1%、S偏光光の反射率Rsで約11%である。こうしたリンギングは、光ディスク12からのデータの読み出しやデータの書き込み、APC16によるレーザー光のパワーコントロール、フォーカシングやトラッキング等、光ピックアップ11のあらゆる動作にエラーを引き起こす要因となるため、できるだけ小さく抑える必要がある。
【0048】
また、PBSのリンギング振幅は、主としてプリズム23と接着剤32との界面における反射率に応じて変化し、プリズム23‐接着剤32界面における反射率が小さいほどリンギングの振幅も小さくなる。このため、プリズム23と接着剤32の間に設けられるマッチングAR膜は、前述のようにプリズム23と接着剤32の界面での屈折率差に基づく反射を抑えることによって、上述のリンギングを抑制する。特に、ヤケ層をプリズム23表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31は、リンギングの抑制に特に効果的である。
【0049】
ヤケ層をプリズム23表面の第1層目として設定して層構成を定めたマッチングAR膜31の例を表1に示す。また、比較のために、ヤケ層を考慮せず、理想的な表面状態のプリズム23上に設けることを前提として層構成を定めたマッチングAR膜の例を表2に示す。なお、表2ではガラス基板Aのヤケ層を記載していないが、実際に表2のマッチングAR膜を設ける場合にも、ガラス基板Aの表面には表1層番号7と同様のヤケ層がある。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
表1に示すヤケ層を層構成に含むマッチングAR膜31(以下、ヤケ層ありマッチングAR膜という)を用いたサンプルを作製し、ヤケ層ありマッチングAR膜31に対して波長405nm、入射角度θ=45度でレーザー光を入射させて測定した反射率Rp,Rsを図8(A)に示す。同様に、マッチングAR膜31の代わりに、表2に示すマッチングAR膜(以下、ヤケ層なしマッチングAR膜という)を用いたサンプルを作製して測定した反射率Rp,Rsを図8(B)に示す。
【0053】
図8(A)及び(B)に示すように、ヤケ層ありマッチングAR膜31とヤケ層なしマッチングAR膜は、何れもガラス基板A‐接着剤32界面における反射率Rp,Rsを0.05%以下に抑える。
【0054】
また、これらを比較すれば分かる通り、P偏光光の反射率Rpについては、ヤケ層なしマッチングAR膜よりもヤケ層ありマッチングAR膜31の方が若干上昇する。しかし、どちらのマッチングAR膜でも、反射率Rpはほぼ0%である。特に、PBSを用いる波長405nmで比較すれば、ヤケ層なしマッチングAR膜の反射率Rpは0.000384%、ヤケ層ありマッチングAR膜の反射率Rpは0.001987%、その差は0.001603%であり、0.01%にも満たない。
【0055】
一方、S偏光光については、ヤケ層なしマッチングAR膜よりも、ヤケ層ありマッチングAR膜31の方が、反射率Rsが顕著に低減される。特に波長405nmで比較すれば、ヤケ層なしマッチングAR膜の反射率Rsは0.031525%、ヤケ層ありマッチングAR膜の反射率Rsは0.001101%、その差は0.03042%であり、約0.03%にも及ぶ。このS偏光光の反射率Rsの差0.03%は、偏光分離膜の反射率(約10%)と比較すれば極めて小さい値であるが、以下に説明するようにPBSのリンギング振幅に及ぼす影響は極めて大きい。
【0056】
上述のよう構成されるヤケ層ありマッチングAR膜31とヤケ層なしマッチングAR膜とをそれぞれ用いてPBSを形成した場合の反射率Rp,Rsを図9に示す。
【0057】
図9(A)に示すように、レーザー光の中心波長近傍の範囲における反射率Rpのリンギング振幅は、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合に約0.51%、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合に約0.22%であり、どちらも1%未満である。このため、反射率Rpのリンギングは、偏光分離膜の反射率10%と比較して十分に小さく、光ピックアップの動作にほぼ影響しない程度に抑えられる。
【0058】
一方、図9(B)に示すように、レーザー光の中心波長近傍の範囲における反射率Rsのリンギング振幅は、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合に約0.38%、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合に約2.02%である。このため、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合には、反射率Rsのリンギングは、偏光分離膜の反射率10%と比較して十分に小さく、光ピックアップの動作にほぼ影響しない程度に抑えられる。しかし、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合の反射率Rsのリンギングは、マッチングAR膜を用いない場合(図7参照)と比較すれば改善されているものの、偏光分離膜の反射率10%と比較すると、無視できない大きさである。前述のようにLD13が出力するレーザー光には10nm程度の幅があるため、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合には、こうしたわずかな波長の変化に応じてPBSの特性が無視できない程に変動してしまい、光ピックアップ11の動作にエラーを生じる。
【0059】
以上のことから、ガラス基板A上にマッチングAR膜を成膜するときに、ガラス基板Aの表面反射率Rを測定し、その値からヤケ層の物理膜厚を推定し、ヤケ層をガラス基板A(プリズム23)表面の第1層目に設定したマッチングAR膜31を成膜することによって、偏光分離膜33をほぼ設計通りに高精度に機能させることができる。また、ヤケ層ありマッチングAR膜31は、ガラス基板Aに実際に生じたヤケ層を層構成に含むので、目視検査等では検出し難いようなわずかなヤケ層にも影響されない高精度なPBSを、容易かつ歩留まり良く製造することができる。
【0060】
なお、上述の実施形態では、ヤケ層の屈折率Nを1.47に仮定するとともに、ガラス基板Aの実際の表面反射率R=6.42%に基づいて、ヤケ層の物理膜厚Dを3.37nmに推定する例を説明したが、これはあくまでも推定値なので実際のヤケ層の物理膜厚と異なる場合がある。以下、ヤケ層の屈折率Nは仮定値(1.47)にほぼ等しいが、推定したヤケ層の物理膜厚Dが実際のものと異なる場合の影響について説明する。
【0061】
まず、上述の実施形態で説明したものと同じヤケ層ありマッチングAR膜31(表1参照)をガラス基板A上に設け、接着剤32を塗布した状態のガラス基板A‐接着剤32界面におけるP偏光光の反射率Rpを図10(A)に示す。図10(A)から分かる通り、ヤケ層の物理膜厚Dの推定値3.37nmを基準(×1.0)として、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも小さい場合(×0.8〜×0.0)には、実際の物理膜厚が推定した物理膜厚Dと比べて小さいほど反射率Rpが上昇する。但し、波長405nm近傍で見れば、ヤケ層が全くない場合(×0.0)の最も大きい反射率Rpで、約0.004%であり、ヤケ層の物理膜厚が実際と等しい場合の反射率Rp=0.001987%(上述の実施形態と同じ値)と同様、ほぼ0%である。また、図10(B)に示すように、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも大きい場合(×1.2〜×2.0)には、反射率Rpはさらに小さくなる。
【0062】
同様に、図11(A)に示すように、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも小さい場合(×0.8〜×0.0)、S偏光光の反射率Rsは、概ね上昇する傾向にある。波長405nm近傍で見れば、ヤケ層が全くない場合(x0.0)の最も大きい反射率Rsで約0.013%であり、ほぼ0%である。一方、図11(B)に示すように、実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも大きい場合(×1.2〜×2.0)、反射率Rsは上昇する。このとき、波長405nm近傍で見れば、ヤケ層が推定値の2倍(×2.0)の最も大きい反射率Rsで約0.03%になるが、この値は、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合の反射率Rsとほぼ同じ値である。
【0063】
このようにヤケ層の推定物理膜厚Dが実際のものと異なっていた場合、図12及び図13に示すように、PBSのリンギングは、マッチングAR膜31を用いたガラス基板A‐接着剤32界面における反射率特性に応じて変化する。図12(A),(B)と図10(A),(B)とからわかるように、P偏光光の反射率Rpの場合、実際のヤケ層の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも大きくなるほど、PBSのリンギング振幅は大きくなり、実際のヤケ層の物理膜厚が推定物理膜厚Dよりも小さくなるほど、PBSのリンギング振幅は小さくなる。同様に、図13(A),(B)と図11(A),(B)からわかるように、S偏光光の反射率Rsの場合、実際のヤケ層の物理膜厚と推定物理膜Dとの差が大きくなるほど、PBSのリンギング振幅は大きくなる。
【0064】
しかし、図12,図13を、上述の実施形態のヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合(図9,図11)と比較すれば分かるように、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合、ヤケ層の実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dの0.0〜2.0倍程度の間であれば、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合と同程度かそれ以下のリンギング振幅に抑えられる。また、ここではヤケ層の実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dの0.0〜2.0倍もの大きな幅で変動する例を説明したが、ヤケ層の屈折率N(=1.47)が実際のものと大きく異ならない場合、ヤケ層の実際の物理膜厚は、推定物理膜厚Dの0.5〜1.5倍程度の範囲に十分に収まる。したがって、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いることによって、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合よりも、高精度なPBSを歩留まり良く製造することができる。
【0065】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板Aに生じたヤケ層の屈折率Nを1.47に仮定する例を説明したが、これに限らず、前述のように、ヤケ層の屈折率Nはガラス基板Aの屈折率Nsよりも小さく、ヤケ層の物理膜厚Dを現実的な値に推定することが可能な範囲内で任意に仮定することができる。したがって、ヤケ層の物理膜厚を推定する前に仮定したヤケ層の屈折率Nが、実際のヤケ層の屈折率Nと異なる場合がある。以下、ヤケ層の実際の物理膜厚が推定物理膜厚Dとほぼ等しいが、ヤケ層の屈折率Nが実際と異なっていた場合の影響について説明する。
【0066】
上述の実施形態で説明したものと同じヤケ層ありマッチングAR膜31(表1参照)をガラス基板A上に設けた場合のガラス基板A‐接着剤32界面におけるP偏光光の反射率Rpを図14(A)に示す。図14(A)から分かる通り、ヤケ層の実際の屈折率Nが、ヤケ層の屈折率Nの仮定値(1.47)に比べて大きくなるほど、反射率Rpは上昇する。同様に、図14(B)に示すように、ガラス基板A‐接着剤32界面におけるS偏光光の反射率Rsは、ヤケ層の実際の屈折率が物理膜厚Dの推定のために仮定した屈折率Nと比べて大きくなるほど概ね上昇する傾向にある。但し、波長405nm近傍では、ヤケ層の実際の屈折率がN=1.52〜1.57の方が反射率Rsの値がよりも小さくなる。
【0067】
図15に示すように、ヤケ層の屈折率が物理膜厚の推定のために仮定した屈折率Nと異なる場合にも、前述と同様、PBSのリンギングは上述のガラス基板A‐接着剤32界面における反射率特性に応じて変化する。図15(A)に示すように、反射率Rpの場合、リンギング振幅は、実際の屈折率が大きいほど増大する。また、図15(B)に示すように、反射率Rsの場合、リンギング振幅は、実際の屈折率N≒1.57の近傍で最小になり、実際の屈折率Nがさらに大きい場合には増大する。しかし、図15(A),(B)を、上述の持し形態のヤケ層なしマッチングAR膜を用いた場合(図9,図10)と比較すればわかるように、ヤケ層ありマッチングAR膜を用いた場合、ヤケ層の実際の屈折率が、物理膜厚Dの推定のために仮定した屈折率Nと異なっていても、リンギング振幅を小さく抑えることができる。したがって、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いることにより、ヤケ層なしマッチングAR膜を用いる場合よりも、高精度なPBSを歩留まり良く製造することができる。
【0068】
なお、上述の実施形態では、LD13からPBS14へのレーザー光の入射角度が45度である例を説明したが、LD13から出射されるレーザー光には、10度(±5度)程度の角度幅がある。また、PBS14等の配置角度等によってPBS4への入射角度がずれてしまうこともある。以下、ヤケ層の屈折率Nや物理膜厚Dが実際のヤケ層の値とほぼ同じであるときに、レーザー光のPBSへの入射角度が45度からずれた場合の影響について説明する。
【0069】
図16(A)に示すように、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合、ガラス基板A‐接着剤32界面におけるP偏光光の反射率Rpは、入射角度θが45よりも大きくなると増大し(θ=49.16度)、入射角度θが小さくなると減少する(θ=40.84度)。また、図16(B)に示すように、ヤケ層ありマッチングAR膜31を用いた場合、ガラス基板A‐接着剤32界面におけるS偏光光の反射率Rsは、入射角度θが大きい場合(θ=49.16度)、波長帯によらずほとんど平坦な特性となり、入射角度θが小さい場合(θ=40.84度)、概ね増大する傾向にある。但し、波長405nm近傍では、θ=49.16度の時に反射率Rsは小さく、θ=40.84度のときに反射率Rsは大きくなる。
【0070】
図17に示すように、入射角度θが45度からずれた場合にも前述と同様、PBSのリンギングは、上述のガラス基板A‐接着剤32界面における反射率特性に応じて変化する。図17(A)に示すように、反射率Rpの場合、PBSのリンギングは、入射角度θの変化に応じて、リンギングのピーク(ディップ)位置が比較的敏感に変動する。しかし、リンギング振幅は、入射角度θが大きくなると増大し、入射角度θが小さくなると減少する傾向にあるが、入射角度θ=45±5度程度の範囲ではほぼ一定である。また、図17(B)に示すように、反射率Rsの場合も同様に、PBSのリンギングは、入射角度θの変化に応じてピーク位置が比較的敏感に変動するものの、リンギング振幅は入射角度θ=45±5度程度の範囲ではほぼ一定である。したがって、入射角度θは、LD13からのレーザー光の角度幅程度の範囲内であれば、PBSの特性にはほとんど影響がない。
【0071】
なお、上述の実施形態では、PBS14を製造するときに、表面反射率測定ステップS11及びヤケ層特性推定ステップS12を行うことにより、ヤケ層をガラス基板A表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31を成膜する例を説明したが、偏光分離膜33をガラス基板B上に成膜する場合にも同様に、ヤケ層をガラス基板B表面の第1層目として設定した偏光分離膜33を成膜しても良い。但し、前述のように、PBSのリンギングは、主としてプリズム23(ガラス基板A)‐接着剤32界面における反射率の影響が大きいので、偏光分離膜33をプリズム24(ガラス基板B)のヤケ層を含むようにしただけではPBSのリンギングを十分に抑えることは難しい。したがって、高精度なPBSを製造するときには、偏光分離膜33をプリズム24(ガラス基板B)のヤケ層を考慮した膜とする場合であっても、上述の実施形態で説明したマッチングAR膜31を設ける必要がある。
【0072】
また、上述の実施形態では、マッチングAR膜31及び偏光分離膜33を含むPBS14を例に説明したが、上述の実施形態で説明した製造方法はマッチングAR膜や偏光分離膜を用いるPBSの製造以外にも好適に用いることができ、こうしたPBS14以外の光学素子を製造するときには、上述と同様、光学機能膜の成膜前に、ガラス基板の表面に生じたヤケ層の物理膜厚を推定し、ヤケ層を含めて機能する光学機能膜を設けることが好ましい。
【0073】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板Aの表面反射率Rを測定した後、ヤケ層の屈折率Nを任意に仮定し、表面反射率Rと屈折率Nとに基づいてヤケ層の物理膜厚Dを推定する例を説明したが、ヤケ層の特性の推定方法はこれに限らない。例えば、表面反射率Rを測定した後、ヤケ層の物理膜厚Dを経験的に仮定し、表面反射率Rと物理膜厚Dとから数1式にしたがってヤケ層の屈折率Nを推定しても良い。この場合にも、マッチングAR膜の性能は、上述の実施形態と同様の性能のマッチングAR膜31と同様になる。
【0074】
なお、上述の実施形態で説明したように、マッチングAR膜31は、表面反射率R(及び仮定したヤケ層の屈折率N)に基づいて、ヤケ層を含むように構成が定められる例を説明したが、表面反射率Rの測定後にマッチングAR膜31の構成を設計するのでは生産効率が良いとは言えないので、マッチングAR膜31の構成パターンを予め定めておくことが好ましい。例えば、マッチングAR膜31の構成は、表面反射率Rと、ヤケ層の屈折率N及び物理膜厚Dの複数の組み合わせについて複数のパターンを予め定めておき、表面反射率Rを測定した後、これらの複数の構成パターンから選択することが好ましい。この場合、表面反射率R,屈折率N,物理膜厚Dの組み合わせが完全に一致するマッチングAR膜の構成パターンが用意されていないことがある。しかし、前述のように、ガラス基板の成分,保管環境,保管期間が同じならばヤケ層の特性がほぼ等しく、また、前述のように上述の実施形態で説明したマッチングAR膜31は、仮定した屈折率Nや推定した物理膜厚Dが実際の値と差があっても、この影響を受けにくい。したがって、予め用意した構成パターンの中から特性の近いものを選択してマッチングAR膜31としても、上述の実施形態とほぼ同様にヤケ層なしマッチングAR膜を用いるよりもリンギングを低減させることができる。
【0075】
なお、上述の実施形態では、マッチングAR膜31の成膜前にガラス基板Aの表面反射率Rを測定する例を説明したが、ガラス基板の成分やその保管環境,保管期間が同じならばヤケ層の屈折率Nや物理膜厚Dはほぼ同じである。このため、PBS14を量産するために複数のガラス基板Aが必要となる場合には、全てのガラス基板Aについて表面反射率Rを測定することが好ましいが、必ずしも全てのガラス基板Aについて測定する必要はなく、所定数量のガラス基板Aを抜き取って測定した表面反射率Rを代表して用いることができる。
【0076】
なお、上述の実施形態では、PBS14を例に説明したが、上述の実施形態で説明した製造方法は、他の光学素子にも好適に用いることができる。例えば、レンズ等の表面に反射防止膜を設ける場合、マッチングAR膜31と同様の反射防止膜を設けることが好ましい。また、例えば、複数のプリズムを接合し、これらの偏光分離面や反射膜、色分離膜等がそれぞれ設けられた複合光学素子にも、上述の実施形態で説明した製造方法を好適に用いることができる。また、こうした複合光学素子のように、複数の光学機能面がある場合、上述の実施形態で説明したマッチングAR膜31は、少なくとも、一部の光を透過(反射)する部分的透過特性(以下、透過率及び反射率の比率によらず、ハーフ特性という)を有する光学機能面(例えば、偏光分離面,ダイクロイック面,ハーフミラー面等)に設けることが好ましい。さらに、マッチングAR膜31は、少なくともS偏光光に対してハーフ特性を有する光学機能面に設ける場合に最も効果的である。したがって、ハーフ特性の光学機能面が複数ある場合には、少なくともS偏光光に対してハーフ特性を有する光学機能面にマッチングAR膜31を設けると、光学素子の特性改善に最も効果的であり、その他のハーフ特性の光学機能面もマッチングAR膜31を設けることでさらに光学素子の特性が良好になる。また、ハーフ特性のなかでも、反射率と透過率の差が小さいほどマッチングAR膜31による光学特性の改善効果が最も顕著になる。
【0077】
なお、上述の実施形態では、表1にヤケ層をガラス基板表面の第1層目として設定したマッチングAR膜31の例を示したが、これに限らない。マッチングAR膜31に用いる誘電体材料や層構成は、製造する光学素子に応じて任意に定めることができる。但し、ヤケ層の屈折率N及び物理膜厚Dを推定した後、マッチングAR膜31として成膜する誘電体多層膜の材料及び層数だけを決めて、その構成を決定しようとすると、最終層(接着剤32に当接する層)の膜厚がほぼ0nmとなってしまい、現実的な製造に適さないケースが生じることがある。このため、現実的にマッチングAR膜31を精度良く作製するためには、最終層の厚さを予め定めた一定の厚さに制限してマッチングAR膜31の層構成を定めることが好ましい。例えば、マッチングAR膜31の層構成を定めるときに、最終層の物理膜厚を誘電体多層膜の1層目(ヤケ層の直上に成膜する層)と同じ物理膜厚Dとなるように制限して、マッチングAR膜31の層構成を定めれば良い。また、接合体の形成までの間に、マッチングAR膜31の表面にヤケ層が生じるとマッチングAR膜31の特性が変化してしまうので、少なくともマッチングAR膜31の最終層は、耐候性に優れた材料で形成することが好ましく、例えばSiO2で構成することが好ましい。
【0078】
なお、上述の実施形態では、青色光を用いることを前提としたPBS14の例を説明したが、DVD用やCD用等、青色光以外の波長帯で利用するPBSを製造する場合も上述の実施形態と同様のマッチングAR膜31を用いることが好ましい。
【0079】
なお、上述の実施形態では、屈折率Ns≒1.68のガラス基板を用いる例を説明したが、PBS14の製造に用いるガラス基板は求められる性能や使用様態に応じて任意の材料を用いることができる。
【0080】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板A上にマッチングAR膜31を設けた後、マッチングAR膜31の特性を確認せずに、偏光分離膜33が設けられたガラス基板Bと接合する例を説明したが、マッチングAR膜31の反射率(ガラス基板A‐接着剤32界面の反射率)等の光学特性を測定するステップを設け、ここで測定した反射率等に基づいてヤケ層特性(屈折率N,物理膜厚D)の推定値の良否や、ヤケ層特性に基づいて設定されたマッチングAR膜31の良否を判断することが好ましい。こうしたマッチングAR膜31の光学特性を測定するステップでは、PBS14に要求される性能にもよるが、例えば、PBS14のような特に高精度な光学素子の製造歩留まりを向上させるために、ガラス基板A‐接着剤32界面の反射率が0.03%以下の時に良と判断することが好ましく、0.025%以下の場合に良とすることがより好ましく、0.01%以下の場合に良とすることが特に好ましい。また、こうしたマッチングAR膜31の光学特性を測定するステップでは、製品としてのPBS14を製造するのではなく、PBS14の量産に移る前に、マッチングAR膜31の光学特性を測定するためのサンプルを別途作製することが好ましい。
【0081】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板A,Bの巨視的なヤケの有無を目視検査によって判断する例を説明したが、こうした目視検査等のヤケ検査の代わりに、実測した表面反射率Rに応じてヤケの有無及びこれよりもわずかなヤケ層の有無を検査するヤケ検査ステップを設けても良い。ヤケ検査ステップでは、表面反射率Rに基づき、一定の基準にしたがって(例えば、表面反射率Rの低下が1%以内の場合にガラス基板をPBSの製造に用いる等)、目視検査等で発見が難しいレベルのヤケ層の有無をも確認し、PBSの製造に利用するか否かを決定する。
【0082】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板A,BからPBS14を製造する例を説明したが、必ずしも板状の材料を基材とする必要はなく、予め形成されたプリズムやレンズ等を基材として、PBS14等の光学素子を製造しても良い。
【0083】
なお、上述の実施形態では、光ピックアップ11に用いるPBS14を例に説明したが、マッチングAR膜31を用いたPBS14の用途は光ピックアップ11に限らず、他の周知の光学系に好適に用いることができる。
【0084】
なお、上述の実施形態で説明したように、ヤケ層の屈折率Nは、マッチングAR膜31やガラス基板Aに含まれる物質の屈折率、特にSiO2の屈折率に仮定することが好ましいが、ヤケ層の屈折率Nは、マッチングAR膜31やガラス基板Aに含まれない材料(例えばMgF2)等の屈折率に仮定しても良く、実際にはない仮想的な屈折率に仮定しても良い。
【符号の説明】
【0085】
11 光ピックアップ
12 光ディスク
13 LD
14 偏光ビームスプリッタ(PBS)
16 オートマチックパワーコントローラ(APC)
17 コリメートレンズ
18 1/4波長板
19 対物レンズ
21 フォトダイオード(PD)
23,24 プリズム
26 偏光分離面
27 立ち上げミラー
28 レンズ
31 マッチングAR膜
32 接着剤
33 偏光分離膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め鏡面に仕上げられた硝材表面の反射率を測定する表面反射率測定ステップと、
前記硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうちの一方を仮定した仮定値と、前記表面反射率測定ステップで測定した前記表面反射率とに基づいて、前記硝材の表面に生じたヤケ層の他方の特性を推定するヤケ層特性推定ステップと、
前記ヤケ層特性推定ステップで推定した特性を有する前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能するように前記複数の誘電体薄膜層を成膜する成膜ステップと、
を備えることを特徴とする反射防止膜製造方法。
【請求項2】
前記表面反射率は前記硝材の表面にほぼ垂直に測定光を入射させて測定し、
前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率または前記ヤケ層の物理膜厚のうちの一方の値を仮定し、前記表面反射率をR、前記硝材の屈折率をNs、前記ヤケ層の屈折率をN、前記ヤケ層の物理膜厚をD、前記測定光の波長をλ、δ=2πND/λとして表される下記の式に基づいて、前記ヤケ層の屈折率Nまたは物理膜厚Dのうちの他方の値を推定することを特徴とする請求項1記載の反射防止膜製造方法。
式:
【請求項3】
前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率を前記硝材の屈折率よりも小さい値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することを特徴とする請求項1または2記載の反射防止膜製造方法。
【請求項4】
前記ヤケ層特性推定ステップは、前記ヤケ層の屈折率をSiO2の値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することを特徴とする請求項1または2記載の反射防止膜製造方法。
【請求項5】
前記反射防止膜が設けられた第1の硝材と、第2の硝材とを接着剤によって接合する接合ステップを備え、
前記反射防止膜は、前記第1の硝材と前記接着剤との間に設けられることを特徴とする請求項1ないし4いずれかに記載の反射防止膜製造方法。
【請求項6】
前記第2の硝材は、前記接着剤との間に一部の光を選択的に反射または透過する光学機能膜を備えることを特徴とする請求項5記載の反射防止膜製造方法。
【請求項7】
予め鏡面に仕上げられた硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうち一方を仮定した仮定値と、測定した前記硝材の表面反射率とに基づいて、他方の特性が推定された前記ヤケ層と、
前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能する前記複数の誘電体薄膜層と、
を備えることを特徴とする反射防止膜。
【請求項8】
請求項7記載の反射防止膜を備えることを特徴とする光学素子。
【請求項1】
予め鏡面に仕上げられた硝材表面の反射率を測定する表面反射率測定ステップと、
前記硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうちの一方を仮定した仮定値と、前記表面反射率測定ステップで測定した前記表面反射率とに基づいて、前記硝材の表面に生じたヤケ層の他方の特性を推定するヤケ層特性推定ステップと、
前記ヤケ層特性推定ステップで推定した特性を有する前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能するように前記複数の誘電体薄膜層を成膜する成膜ステップと、
を備えることを特徴とする反射防止膜製造方法。
【請求項2】
前記表面反射率は前記硝材の表面にほぼ垂直に測定光を入射させて測定し、
前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率または前記ヤケ層の物理膜厚のうちの一方の値を仮定し、前記表面反射率をR、前記硝材の屈折率をNs、前記ヤケ層の屈折率をN、前記ヤケ層の物理膜厚をD、前記測定光の波長をλ、δ=2πND/λとして表される下記の式に基づいて、前記ヤケ層の屈折率Nまたは物理膜厚Dのうちの他方の値を推定することを特徴とする請求項1記載の反射防止膜製造方法。
式:
【請求項3】
前記ヤケ層特性推定ステップでは、前記ヤケ層の屈折率を前記硝材の屈折率よりも小さい値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することを特徴とする請求項1または2記載の反射防止膜製造方法。
【請求項4】
前記ヤケ層特性推定ステップは、前記ヤケ層の屈折率をSiO2の値に仮定し、前記ヤケ層の物理膜厚を推定することを特徴とする請求項1または2記載の反射防止膜製造方法。
【請求項5】
前記反射防止膜が設けられた第1の硝材と、第2の硝材とを接着剤によって接合する接合ステップを備え、
前記反射防止膜は、前記第1の硝材と前記接着剤との間に設けられることを特徴とする請求項1ないし4いずれかに記載の反射防止膜製造方法。
【請求項6】
前記第2の硝材は、前記接着剤との間に一部の光を選択的に反射または透過する光学機能膜を備えることを特徴とする請求項5記載の反射防止膜製造方法。
【請求項7】
予め鏡面に仕上げられた硝材の表面に生じたヤケ層の特性として屈折率及び物理膜厚のうち一方を仮定した仮定値と、測定した前記硝材の表面反射率とに基づいて、他方の特性が推定された前記ヤケ層と、
前記ヤケ層を前記硝材表面の第1層目として設定し、当該第1層目と、その上に形成する複数の誘電体薄膜層とによって反射防止膜として機能する前記複数の誘電体薄膜層と、
を備えることを特徴とする反射防止膜。
【請求項8】
請求項7記載の反射防止膜を備えることを特徴とする光学素子。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2011−186325(P2011−186325A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53508(P2010−53508)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】
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