説明

受精を促進するための組成物

【課題】高い確率で哺乳動物の卵子受精を行うことを可能とする組成物の提供。
【解決手段】哺乳動物の卵子受精を促進するための組成物であって、アンギオテンシン変換酵素2阻害剤を含んでなる組成物が開示される。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、哺乳動物における妊娠の促進および不妊治療に関するものであり、より詳細には、受精を促進するための組成物に関するものである。
【0002】
背景技術
アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)は、血圧や細胞外容量の調節に関わるレニン−アンギオテンシン系(Renin-Angiotensin System; RAS)の一部として広く知られている。レニンは血中のアンギオテンシノーゲンに作用し、アンギオテンシンI(1−10)(AI)を遊離する。AIは血管内皮細胞膜にあるアンギオテンシン変換酵素(ACE)によりアンギオテンシンII(1−8)(AII)に変換される。一方で、ACE2の作用により、AIはアンギオテンシン(1−9)に変換され、AIIはアンギオテンシン(1−7)に変換される。AIIは強力な血管収縮作用を有し、この作用により血圧を上昇させる。また、AIIは副腎にも作用してアルドステロンの生成・分泌を促進させ、血圧を上昇させる。この作用を標的として、ACE阻害剤やアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が高血圧や心臓病の治療薬として用いられている。ACE阻害剤は、ACEを阻害し、ACE2の作用を優勢とするため、AIIの存在量よりも血管拡張をもたらすアンギオテンシン(1−7)の存在量が多くなり、結果として血圧が降下する。
【0003】
レニン−アンギオテンシン系の生殖能への関与が、最近いくつか報告されている。アンギオテンシンIIは、精子の運動性の向上ならびに受精能の獲得を刺激することが知られている(特許文献1:国際公開第01/013932号パンフレット;特許文献2:国際公開第2005/051412号パンフレット;特許文献3:国際公開第95/32725号パンフレット;非特許文献1:Regul Pept, 3; 67(2), 131-5 (1996);非特許文献2:Journal of Reproduction and Fertility, 120, 135-142 (2000))。
【0004】
国際公開第01/013932号パンフレット(特許文献1)では、アンギオテンシンIIを添加した培地中において、精子添加の75分後に55.2%もの卵細胞を受精させている。コントロールの未添加区では卵細胞の19.5%しか受精しなかったことから、アンギオテンシンIIによって有意に精子運動性が向上し、高い確率で受精卵を得られることが証明されている。国際公開第2005/051412号パンフレット(特許文献2)では、フィブロネクチンを精子運動性低下に伴う非受精能獲得状態での精子の保存添加物として用い、アンギオテンシンIIを精子運動性の強化による受精能獲得に用いることができると報告している。国際公開第95/32725号パンフレット(特許文献3)では、アンギオテンシンIIは、ヒト精子の運動力および線形運動速度も増加させると報告されている。
【0005】
アンギオテンシン変換酵素(ACE)については、精巣型ACEが生殖に関与していることが報告されている(非特許文献3:Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 95: 2552-2557 (1998))。この報告では、精巣型ACEをノックアウトしたststノックアウトマウスにおいて、精子数、精子運動性、先体反応などには問題はないが、出産数の極端な低下および精子の透明帯へ結合能の低下が報告され、さらにはstst精子が雌生殖器官(卵管)へほとんど到達出来なかったと報告されている。さらに、2005年には、精巣型ACEがグルコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー型タンパク質遊離活性(GPIアーゼ活性)を有し、TESP5およびPH−20などのGPIアンカー型タンパク質を精子細胞表面から遊離させることが報告されている。さらに、ACEノックアウトマウスの精子については透明帯への結合不全による雄性不妊が知られているが、この精子をペプチダーゼ不活性型ACEで処理したところ、受精能が回復したことが報告されている。このことからACEはin vivoでGPIアンカー型タンパク質遊離活性を有し、受精の際に重要な役割を果たしていることが示された(非特許文献4:Nature medicine, 11, 160-166 (2005);特許文献4:国際公開第2004/039396号パンフレット)。
【0006】
【特許文献1】国際公開第01/013932号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2005/051412号パンフレット
【特許文献3】国際公開第95/32725号パンフレット
【特許文献4】国際公開第2004/039396号パンフレット
【非特許文献1】Regul Pept, 3; 67(2), 131-5 (1996)
【非特許文献2】Journal of Reproduction and Fertility, 120, 135-142 (2000)
【非特許文献3】Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 95: 2552-2557 (1998)
【非特許文献4】Nature medicine, 11, 160-166 (2005)
【発明の概要】
【0007】
本発明者らは、哺乳動物精子の卵子透明帯への結合ならびに受精にACE2活性が関与すること、さらには、ACE2活性の阻害により受精を促進させることが可能となることを見出した。本発明は、これら知見に基づくものである。
【0008】
従って、本発明は、高い確率で哺乳動物の卵子受精を行うことを可能とする組成物を提供することを目的とする。
【0009】
そして、本発明による組成物は、哺乳動物の卵子受精を促進するための組成物であって、アンギオテンシン変換酵素2阻害剤を含んでなるものである。
【0010】
本発明によれば、哺乳動物の卵子受精を高い確率で行うことができる。これにより、不妊症、特に雄性不妊の病態を有する哺乳動物において、妊娠の確率を増加させることが可能となる。また、本発明によれば、凍結保存精子を用いた卵子受精も可能となる。
【発明の具体的説明】
【0011】
哺乳動物の精子は、精巣で形成され、精巣上体を通過する間に運動性を獲得し、成熟する。精子は雌性生殖路内で卵母細胞を受精させるために必要な先体反応と受精能獲得とよばれる成熟変化を遂げる。先体反応は脊椎動物および無脊椎動物に広く見られる現象であり、一方で、受精能獲得は哺乳動物のみに見られる現象である。先体反応とは、精子頭部の先体内に含まれる各種の加水分解酵素が放出され、これら酵素の作用により卵丘細胞の遊離ならびに透明帯への結合を可能とする現象である。
【0012】
本明細書では、ACE2を過剰発現するマウスにおいて、産仔数の極端な低下と体外受精率の低下、さらには卵子透明帯への結合能の低下が見出されている。さらに、本明細書では、ACE2阻害剤を用いることにより、ACE2を過剰発現するマウスおよび通常のマウスからの精子、ならびに通常は低受精率を示す凍結処理を施したマウス精子のいずれを用いた場合にも、これら精子の卵子透明帯への結合能および体外受精率が改善されることが実証されている。
【0013】
従って、本発明の一つの態様によれば、哺乳動物の卵子受精を促進するための組成物が提供され、該組成物はACE2阻害剤を含んでなる。さらに、本発明の他の態様によれば、哺乳動物の卵子受精を促進するための薬剤の製造における、ACE2阻害剤の使用が提供される。これらの組成物および薬剤は、不妊症、特に雄性不妊の治療用医薬組成物または治療薬としても使用することができる。
【0014】
本発明において機能阻害の標的とする「アンギオテンシン変換酵素2」または「ACE2」は、本発明の対象とする哺乳動物に由来するアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)とすることができる。ACE2遺伝子の配列およびこれによりコードされるアミノ酸配列は当技術分野において周知であり、例えば、配列番号1および配列番号2(NCBIアクセス番号:NM_021804)に示されるヒト由来ACE2の配列が挙げられる。ヒト以外の哺乳動物についても、ヒト由来ACE2に対応する同様の遺伝子およびタンパク質を利用することが可能である。例えば、マウス由来ACE2遺伝子の配列およびこれによりコードされるアミノ酸配列は、配列番号3および配列番号4(NCBIアクセス番号:NM_027286)に示される。
【0015】
本発明の対象とする哺乳動物は、ヒトであってもよいし、非ヒト哺乳動物であってもよい。非ヒト哺乳動物としては、家畜動物、ペット動物、実験用動物、野生動物などが挙げられ、より具体的には、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、サル等が挙げられる。特に、本発明は、パンダなどの絶滅危惧種、その他の希少動物にも適用可能である。
【0016】
本発明の対象とする哺乳動物個体(雄性動物および雌性動物のペア)は、好ましくは雄性動物の精子中でACE2が過剰発現している個体(ペア)とされる。精子中におけるACE2の過剰発現は当技術分野において公知の方法によって検出することができ、例えば、雄性動物から得られた精子サンプルにおけるACE2の発現量を測定し、その発現量が正常な精子のものよりも多い場合に、その精子サンプルにおけるACE2の過剰発現が検出される。ACE2の発現量は、例えば、ACE2のmRNA量またはタンパク質量を指標として測定することができる。ACE2遺伝子の配列およびこれによりコードされるアミノ酸配列については上述した通りであり、当業者であれば、これらの配列を参照することにより、標準的な方法を用いてACE2遺伝子の発現量を測定することができる。比較対照となる正常な精子としては、同種の動物の異なる個体からの正常な精子が用いられる。また、異なる複数の個体からの正常な精子についてACE2遺伝子の発現量を測定し、その平均値を比較対照としてもよい。さらに、予め測定された複数の正常な精子における発現量のデータから、平均値+標準偏差などの適正値を設定しておき、被験精子の発現量がその適正値よりも高い場合にACE2遺伝子の過剰発現があるものと判断してもよい。
【0017】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACE2阻害剤は薬物などの小分子とされる。このような小分子は、ACE2の阻害活性を指標として、当技術分野において公知の方法によりスクリーニングすることによって得ることができる。ACE2の阻害活性は、例えば、候補化合物の存在下でACE2とアンギオテンシンI(1−10)を反応させて生成するアンギオテンシン(1−9)を定量し、その定量値が、候補化合物の不在下で得られる定量値よりも低いことを確認することにより確認することができる。あるいは、ACE2の阻害活性は、候補化合物の存在下でACE2とアンギオテンシンII(1−8)を反応させて生成するアンギオテンシン(1−7)を定量し、その定量値が、候補化合物の不在下で得られる定量値よりも低いことを確認することにより確認することができる。ACE2阻害活性を有する小分子としては、例えば、DX600(PHOENIX PHARMACEUTICAL, INC.)として市販されているペプチド(Ac-Gly-Asp-Tyr-Ser-His-Cys-Ser-Pro-Leu-Arg-Tyr-Tyr-Pro-Trp-Trp-Lys-Cys-Thr-Tyr-Pro-Asp-Pro-Glu-Gly-Gly-Gly-NH2:配列番号5)が好適に用いられる。
【0018】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACE2阻害剤は、ACE2タンパク質に特異的に結合する抗体とされる。抗体はポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよいが、好ましくはモノクローナル抗体とされる。このような抗体のACE2の阻害活性は、上述のように、当技術分野において公知の方法により確認することができる。
【0019】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACE2阻害剤は、ACE2遺伝子の発現を特異的に抑制するアンチセンス核酸分子とされる。アンチセンス法は、特定の遺伝子の発現を抑制するための周知の技術である。一つの具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、ACE2遺伝子の5’コード領域の配列に基づいて設計された、約10〜40塩基長のアンチセンスRNAとされる。他の具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、ACE2遺伝子の転写に関与する領域の配列に相補的となるように設計されたDNAオリゴヌクレオチドとされる。このようなアンチセンス核酸分子は、配列番号1に示されるようなACE2遺伝子の配列に基づいて、容易に設計することができる。
【0020】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACE2阻害剤は、ACE2遺伝子の発現を特異的に抑制するsiRNA核酸分子とされる。本明細書において、「siRNA核酸分子」とは、siRNAそのものだけでなく、標的細胞中にsiRNAを導入しうる、より長い二本鎖RNA分子をも意味する。siRNA核酸分子は、RNA干渉(RNAi)によって特定遺伝子の発現を抑制することができる、周知のツールである(Elbashir, S.M. et al., Nature 411, 494-498, 2001)。siRNAは、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同な、19〜21塩基対のヌクレオチド配列を含んでなる。上記の二本鎖RNA分子は、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同な、より長いヌクレオチド配列を含んでなる。このようなsiRNA核酸分子は、配列番号1に示されるようなACE2遺伝子の配列に基づいて、容易に設計することができる。さらに、前記siRNA核酸分子は、細胞中に送達された適切なベクターによって発現させることもできる。従って、ACE2阻害剤は、ACE2遺伝子の発現を特異的に抑制するsiRNA核酸分子を発現するベクターとしてもよい。このようなベクターは、当技術分野において周知の標準的な手順により、容易に構築することができる(Bass, B.L., Cell 101, 235-238, 2000;Tavernarakis, N. et al., Nat. Genet. 24, 180-183, 2000;Malagon, F. et al., Mol. Gen. Genet. 259, 639-644, 1998;Parrish, S. et al., Mol. Cell 6, 1077-1087, 2000)。
【0021】
本明細書では、上述のように、精子におけるACE2活性を阻害することにより、該精子の授精能が増強され、卵子の受精率が増加することが実証されている。従って、本発明の他の態様によれば、ACE2阻害剤を用いることによる、哺乳動物の精子の授精能を増強する方法、ならびに人工授精および体外受精のための方法が提供される。
【0022】
さらに、本明細書では、上述のように、凍結保存されていた精子を用いた場合においても、精子におけるACE2活性を阻害することにより卵子の受精率が増加することが実証されている。従って、上記の方法において用いられる精子は、凍結保存されていた精子であってもよい。これは本発明の特に望ましい利点であり、よって、凍結保存精子を用いる上記の方法は本発明の好ましい実施態様を構成する。凍結保存精子を用いる場合には、使用前にこれを融解させればよい。
【0023】
本発明の一つの実施態様によれば、哺乳動物の精子の授精能を増強する方法であって、該精子を、本発明による組成物とともにインキュベートする工程を含んでなる方法が提供される。インキュベーションに用いられる培地は、精子の培養に一般的に用いられる培地であってよく、例えば、HTF培地が挙げられる。本発明による組成物の使用量は特に制限されるものではなく、組成物中に含まれるACE2阻害剤の性質(例えば阻害活性および哺乳動物に対する毒性)に応じて、当業者であれば適宜決定することができる。例えば、ACE2阻害剤がDX600などの小分子である場合には、培地中におけるACE2阻害剤の濃度が0.1〜10.0μM、より好ましくは0.5〜5.0μM、最も好ましくは約1.0μMとなるように、本発明による組成物を培地に添加することができる。インキュベーションの温度条件は、精子の培養に一般的に用いられる温度であればよく、例えば、その哺乳動物の平均的な体温またはこれに近い温度とすることができる。インキュベーションの時間は特に制限されないが、好ましくは1.5時間以上とされる。
【0024】
本発明の一つの実施態様によれば、哺乳動物の卵子をin vitroで受精させる方法であって、本発明による組成物の存在下において、精子と卵子を接触させる工程を含んでなる方法が提供される。精子と卵子の接触は適切な培地中で行ってもよい。この目的に用いられる培地は、体外受精用の培地として一般的に用いられる培地であってよく、例えば、HTF培地が挙げられる。本発明による組成物の使用量は特に制限されるものではなく、組成物中に含まれるACE2阻害剤の性質(例えば阻害活性および哺乳動物に対する毒性)に応じて、当業者であれば適宜決定することができる。例えば、ACE2阻害剤がDX600などの小分子である場合には、培地中におけるACE2阻害剤の濃度が0.1〜10.0μM、より好ましくは0.5〜5.0μM、最も好ましくは約1.0μMとなるように、本発明による組成物を培地に添加することができる。精子と卵子を接触させるときの温度条件は、体外受精に一般的に用いられる温度であればよく、例えば、その哺乳動物の平均的な体温またはこれに近い温度とすることができる。精子と卵子を接触させる時間は体外受精に一般的に必要とされる時間であればよく、特に制限されないが、好ましくは6〜7時間とされる。
【0025】
本発明の好ましい実施態様によれば、上記のin vitro受精法は、上述の精子と卵子を接触させる工程の前に、該精子を前記組成物とともにインキュベートする工程をさらに含んでなる。このインキュベーション工程は、上記の精子の授精能を増強する方法について記載した通りに行うことができる。
【0026】
本発明の一つの実施態様によれば、哺乳動物(例えば非ヒト哺乳動物)の卵子をin vivoで受精させる方法であって、雄性動物からの精子を、本発明による組成物とともに、排卵期にある雌性動物の子宮内に注入する工程を含んでなる方法が提供される。注入される精子としては、適切な液体中に保持されているものを用いてもよい。この目的に用いられる液体は、人工授精用の媒体として一般的に用いられるものであればよい。その場合には、精子を保持している液体中に本発明による組成物を添加し、得られる混合液を子宮内に注入することができる。本発明による組成物の使用量は特に制限されるものではなく、組成物中に含まれるACE2阻害剤の性質(例えば阻害活性および哺乳動物に対する毒性)に応じて、当業者であれば適宜決定することができる。例えば、ACE2阻害剤がDX600などの小分子である場合には、精子液中におけるACE2阻害剤の濃度が0.1〜10.0μM、より好ましくは0.5〜5.0μM、最も好ましくは約1.0μMとなるように、本発明による組成物を液体に添加することができる。注入される精子または精子液の温度は、人工授精に一般的に用いられる温度であればよく、例えば、その哺乳動物の平均的な体温またはこれに近い温度とすることができる。
【0027】
本発明の好ましい実施態様によれば、上記のin vivo受精法は、上述の精子を子宮内に注入する工程の前に、該精子を前記組成物とともにインキュベートする工程をさらに含んでなる。このインキュベーション工程は、上記の精子の授精能を増強する方法について記載した通りに行うことができる。
【0028】
本発明による組成物は、交尾の前に、対象となる哺乳動物の雌性個体の子宮口または子宮内部に塗布することもできる。従って、本発明の他の態様によれば、哺乳動物(例えば非ヒト哺乳動物)の卵子がin vivoで受精する確率を増加させる方法であって、交尾前に、本発明による組成物を、雌性動物の子宮の入口または内部に塗布する工程を含んでなる方法が提供される。
【0029】
子宮の入口または内部に塗布するための本発明による組成物は、当業者であれば適宜製造することができる。また、組成物中のACE2阻害剤を精子に十分に作用させるためには、本発明による組成物は、クリーム、ゼリーまたはペッサリーの形態とすることが好ましい。このような形態の組成物を製造するために用いられる担体、例えば、ベヒクル、賦形剤、希釈剤等は、医薬上許容される各種材料から、当業者により適宜選択される。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0031】
以下の実験において、雄マウスとしては、C57BL/6 Crマウス(日本SLC)、およびラットclara cell-10kDa protein遺伝子プロモーターの制御下にヒトアンギオテンシン変換酵素(hACE2)を発現するrCC10-hACE2トランスジェニックマウス(以下「rCC10-hACE2 Tgマウス」または「ACE2トランスジェニックマウス」という。)を使用した。このrCC10-hACE2 Tgマウスに含まれるヒトアンギオテンシン変換酵素(hACE2)の発現カセットは図1に示される構造を有し、その全配列は配列番号6に示される通りである。配列番号6に示されるヌクレオチド配列において、第8〜2395番残基はラットCC10プロモーターの配列であり、第2412〜4829番残基はヒトACE2のコード配列であり、第4838〜5375番残基はウサギβ−グロビンポリAシグナル配列である。雌マウスとしては、C57BL/6 Crマウス(日本SLC)およびICRマウス(日本SLC)を使用した。
【0032】
実施例1:ACE2活性の産仔率への影響
成熟rCC10-hACE2 Tg雄マウスと成熟C57BL/6雌マウスの5ペアを、各ペアごとに同一ケージで飼育し、出産した産仔数をカウントした。コントロールとして、成熟C57BL/6雄マウスと成熟C57BL/6雌マウスのペアも同様に飼育し、出産した産仔数をカウントした。結果を下記の表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
rCC10-hACE2 Tg雄マウスの交配による産仔数は3.1±1.2匹であり、C57BL/6雄マウスによる6.9±1.8匹と比較して有意に低い値を示した(P<0.0001)。よって、ACE2を過剰発現する雄マウスによる産仔数は顕著に少ないことが明らかとなった。
【0035】
実施例2:ACE2活性の精子−卵結合への影響
成熟雄マウスから精巣上体尾部を摘出し、精子を採取した。採取した精子は、250μlの精子前培養培地(HTF培地)中で、少なくとも1時間半、前培養した。
【0036】
卵細胞は、過排卵処置を施した成熟雌マウスの卵管膨大部より採取し、卵丘細胞を除去するために1mg/mlヒアルロニダーゼ(Sigma)を含む100μlのHTF培地中に導入した。
【0037】
上記の精子前培養培地ならびに卵細胞用のHTF培地としては、1.0μM ACE2阻害剤(DX600;PHOENIX PHARMACEUTICAL, INC.)を添加した培地、およびこれを添加していない培地を用いた。
【0038】
卵丘細胞を除去した卵細胞に、培養した精子を5×10精子/mlずつ添加し、2〜2.5時間培養した。培養後、卵細胞より一回り大きい硝子キャピラリーを用い、卵細胞を洗浄し、2%ホルマリンで固定した。精子−卵結合能測定は、倒立顕微鏡下で固定した卵細胞を観察し、卵細胞の透明帯に結合している精子の数をカウントすることにより行った。結果を下記の表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
添加剤を添加しない未処理区では、rCC10-hACE2 Tgマウス精子の卵透明帯への結合能は、C57BL/6マウス精子と比較して顕著に低い値を示した。C57BL/6マウス精子の透明帯結合能は、ACE2阻害剤の添加により増加した。また、rCC10-hACE2 Tgマウス精子の透明帯結合能はACE2阻害剤により増加しており、その測定値はC57BL/6マウス精子により得られる測定値に匹敵するものであった。
【0041】
以上の結果から、rCC10-hACE2 Tgマウス(ACE2を過剰発現する雄マウス)およびC57BL/6雄マウスの双方について、各マウスからの精子の透明体結合能がACE2の阻害により増強されることが明らかとなった。よって、ACE2阻害剤は、ACE2過剰発現の有無にかかわらず、精子−卵透明帯の結合を促進することが明らかとなった。
【0042】
実施例3:ACE2活性の精子−卵融合への影響
実施例2と同様の方法で卵細胞から卵丘細胞を除き、その後、酸性耐ロード液中で卵細胞の透明帯を除去した。得られた卵細胞をHTF培地中に導入し、培養した精子を5×10精子/mlずつ添加し、6〜7時間培養した。培養後、卵細胞より一回り大きい硝子キャピラリーを用い、卵細胞を洗浄し、2%ホルマリンで固定した。精子−卵融合能測定は、倒立顕微鏡下で固定した卵細胞を観察し、卵細胞中に2つ以上の核を観察することによって行なった。結果を下記の表3に示す。
【0043】
【表3】

【0044】
C57BL/6マウス精子およびrCC10-hACE2 Tgマウス精子の双方ともが、95%以上という高い融合率を示した。よって、rCC10-hACE2 Tgマウス精子は正常な卵細胞融合能を有し、従って、ACE2は精子の卵細胞膜への融合には関与しないことが明らかとなった。
【0045】
実施例4:ACE2活性の体外受精率への影響
成熟雄マウスから精巣上体尾部を摘出し、精子を採取した。採取した精子は、250μlの精子前培養培地(HTF培地)中で、少なくとも1時間半、前培養した。
【0046】
卵細胞は、過排卵処置を施した成熟C57BL/6雌マウスの卵管膨大部より採取し、200μlの受精培地(HTF培地)中に導入した。
【0047】
上記の精子前培養培地ならびに受精培地としては、1.0μM ACE2阻害剤(DX600;PHOENIX PHARMACEUTICAL, INC.)を添加した培地、およびこれを添加していない培地を用いた。
【0048】
培養した精子を1×10精子/ml精子ずつ上記の受精培地に添加した。精子添加の6〜7時間後に受精卵をHTF培地中で洗浄し、翌日までHTF培地中で培養した。翌日、2細胞期胚をカウントすることにより、受精率を算出した。結果を下記の表4に示す。
【0049】
【表4】

【0050】
以上の結果から、rCC10-hACE2 Tgマウス(ACE2を過剰発現する雄マウス)およびC57BL/6雄マウスの双方について、各マウスからの精子による受精率が、ACE2の阻害により増加することが明らかとなった。この傾向は、rCC10-hACE2 Tgマウスの精子について特に顕著であった。よって、ACE2阻害剤は体外受精率を増加させ、特にACE2を過剰発現する雄性動物からの精子による体外受精率を顕著に増加させることが明らかとなった。
【0051】
実施例5:ACE2活性の凍結保存精子−卵結合への影響
成熟雄マウスから精巣上体尾部を摘出し、これを用いて精子の凍結保存および融解を行った。凍結工程ではまず、1対の精巣上体尾部をR18S3精子保存液100μl中で細切し、室温に3分間静置した後、得られる精子懸濁液を10μlずつ取り、0.25mlストローへ充填し、該ストローの両端をポリシーラーで封入した。続いて精子凍結用フロートにストローを入れ、液体窒素気相下に15分間静置した後、液体窒素中に浸漬した。融解は、液体窒素タンクから取り出した精子ストローを37℃温水中に15分間静置することによって行った。
【0052】
次に、実施例2に記載の手順に従って、融解した精子の卵結合能を調べた。結果を下記の表5に示す。
【0053】
【表5】

【0054】
凍結・融解処理したC57BL/6マウス精子の卵透明帯への結合は、ACE2阻害剤を添加しない未処理区と比較して、ACE2阻害剤(DX600)処理区において顕著に増加していた(P<0.0001)。よって、ACE2阻害剤は、凍結処理していない新鮮精子だけでなく、凍結保存精子の卵透明帯結合能を増強することが明らかとなった。
【0055】
実施例6:凍結保存精子による体外受精率へのACE2活性の影響
複数系統のマウスに由来する凍結保存精子を、実施例5に記載の手順による凍結・融解処理によって調製した。
【0056】
未受精卵子は、実施例4と同様に、過排卵処置した雌のC57BL/6マウスの卵管膨大部から採取し、受精培地(HTF培地)90μl中に導入した。
【0057】
次いで、融解精子懸濁液10μlを、精子前培養培地(HTF培地)90μl中に移し、60分間前培養後、その10μlを未受精卵子を含むHTFドロップに導入した。
【0058】
なお、上記の精子前培養培地ならびに受精培地としては、1.0μM ACE2阻害剤(DX600;PHOENIX PHARMACEUTICAL, INC.)を添加した培地、ならびにこれを添加していない培地を用いた。受精率の算出は、実施例4と同様に、2細胞期胚をカウントすることによって行った。結果を下記の表6に示す。
【0059】
【表6】

【0060】
凍結・融解処理した2系統のマウス精子による体外受精率は、ACE2阻害剤を添加しない未処理区と比較して、ACE2阻害剤(DX600)処理区において増加していた。よって、ACE2阻害剤は、凍結処理していない新鮮精子だけでなく、凍結保存精子の受精率を増加させることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】図1は、rCC10-hACE2トランスジェニックマウスに含まれるヒトアンギオテンシン変換酵素(hACE2)の発現カセットの模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の卵子受精を促進するための組成物であって、アンギオテンシン変換酵素2阻害剤を含んでなる、組成物。
【請求項2】
アンギオテンシン変換酵素2阻害剤が小分子である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
アンギオテンシン変換酵素2阻害剤が、アンギオテンシン変換酵素2タンパク質に特異的に結合する抗体である、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
アンギオテンシン変換酵素2阻害剤が、アンギオテンシン変換酵素2遺伝子の発現を特異的に抑制するアンチセンス核酸分子である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項5】
アンギオテンシン変換酵素2阻害剤が、アンギオテンシン変換酵素2遺伝子の発現を特異的に抑制するsiRNA核酸分子、または該siRNA核酸分子を発現するベクターである、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
哺乳動物の精子の授精能を増強する方法であって、該精子を、請求項1〜5のいずれか一項に記載の組成物とともにインキュベートする工程を含んでなる、方法。
【請求項7】
前記精子が凍結保存されていた精子である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
哺乳動物の卵子をin vitroで受精させる方法であって、請求項1〜5のいずれか一項に記載の組成物の存在下において、精子と卵子を接触させる工程を含んでなる、方法。
【請求項9】
精子と卵子を接触させる工程の前に、該精子を前記組成物とともにインキュベートする工程をさらに含んでなる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記精子が凍結保存されていた精子である、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
非ヒト哺乳動物の卵子をin vivoで受精させる方法であって、雄性動物からの精子を、請求項1〜5のいずれか一項に記載の組成物とともに、排卵期にある雌性動物の子宮内に注入する工程を含んでなる、方法。
【請求項12】
精子を子宮内に注入する工程の前に、該精子を前記組成物とともにインキュベートする工程をさらに含んでなる、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記精子が凍結保存されていた精子である、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
非ヒト哺乳動物の卵子がin vivoで受精する確率を増加させる方法であって、交尾前に、請求項1〜5のいずれか一項に記載の組成物を、雌性動物の子宮の入口または内部に塗布する工程を含んでなる、方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−150162(P2010−150162A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−328105(P2008−328105)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】