口腔常在菌叢調整剤およびこれを用いた口腔常在菌叢調整方法
【課題】 歯周病菌、う蝕原因菌、日和見感染症原因菌に対する高い抗菌活性を示し、口腔内常在菌叢に対しては抗菌活性を示さず、よって菌叢バランスを崩すことが無い、優れた高い口腔常在菌叢調整能を有する組成物を提供する。また、簡便かつ有効な方法で口腔ケアを行うことができる方法を提供する。
【解決手段】 所定の粘性を有する口腔常在菌叢調整剤で、歯周病菌、う蝕原因菌、日和見感染症原因菌の少なくとも一種に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、かつ保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤である。有効量のカテキンとキサンタンガムを含有していることが好ましい。特にジェル剤であることが好ましい。また、上記口腔常在菌叢調整剤を口腔内に、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食の少なくとも一つの手法にて適用することを特徴とする口腔常在菌叢調整方法である。
【解決手段】 所定の粘性を有する口腔常在菌叢調整剤で、歯周病菌、う蝕原因菌、日和見感染症原因菌の少なくとも一種に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、かつ保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤である。有効量のカテキンとキサンタンガムを含有していることが好ましい。特にジェル剤であることが好ましい。また、上記口腔常在菌叢調整剤を口腔内に、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食の少なくとも一つの手法にて適用することを特徴とする口腔常在菌叢調整方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口腔常在菌叢調整剤に関し、特に、保湿効果を有する口腔ケア用のジェル化剤としてキサンタンガムを用いることで、抗菌作用を有するカテキンを口腔常在菌叢の状態を良好に保つように調整することを可能とした口腔常在菌叢調整剤に関する。また、本発明は、これを用いた口腔常在菌叢調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの口腔内では700種を超える極めて多種類の細菌が見出されており、また、その数も多く、粘膜面に恒常的に集合体、すなわち菌叢を形成している。この口腔内菌叢は、複雑な相互作用により、そのバランスが保たれており、外来性細菌に拮抗することで、その侵入感染を防止し、すなわち抵抗性を付与する機能なども担っている。しかし、この菌叢中には日和見菌と呼ばれる細菌も少なくない。この細菌は健康体に対しては通常病原性を発揮しないが、宿主の免疫低下などにより感染症の原因となってしまう。特に、口腔内における常在細菌の増加と遷移は、う蝕や歯周病などの口腔内感染症の原因となるばかりではなく、感染性心内膜炎、心筋梗塞、肺炎、早産や低体重児出産などの全身性疾患を起こす可能性についても報告されている。
【0003】
さらに、近年の高齢者の増加と共に、高齢者の口腔感染症の予防及び口腔衛生の向上は、極めて重要な課題となっている。特に要介護高齢者等では、自立高齢者に比べ口腔内にCandida albicansなどの日和見菌が検出される割合が増えてくることが知られている(非特許文献1)。その様な高齢者において嚥下障害が起こると、日和見菌を含む口腔内細菌が呼吸器系に侵入する機会が増え、肺炎を発症する可能性が危惧されている。従って、口腔内を日和見菌の少ない健康的な口腔細菌叢にすることが重要である。
【0004】
口腔内の状態で、特に、う蝕や歯周病の予防については、これまで多数の研究が行われている。また、個別の細菌や口腔細菌叢全体に対する対策としても、これまで様々な研究が行われている。
【0005】
例えば特許文献1には、歯周病の原因菌となるポリフィロモナス・ジンジバリスの頬粘膜上皮細胞表層への付着を阻害することを目的として(−)−エピガロカテキンガレート、(−)−エピカテキンガレート、(−)−ガロカテキンガレートの少なくとも一つを含む歯周病原因菌付着阻害用組成物が開示されている。特許文献1に開示の組成物は、特定の細菌を付着させないことで感染を防止しており、所謂抗菌作用とは若干異なるアプローチを取っている。
【0006】
特許文献2には、う蝕及び歯周病の予防に有効な組成物としてカテキン類緑体化合物を含有することが開示されており、特に口腔内細菌であるストレプトコッカス・ミュータンスに対する抗菌性試験において優れた結果を示している。この特許文献2においては、一般論として抗生物質や殺菌剤が口腔内細菌を非選択的に死滅させて常在菌叢の均衡を崩し、菌交代症を引き起こすことを従来の問題として記載しているが、実際の技術としては特定の細菌に対する抗菌性を示す組成物を提案しているため、口腔細菌叢に対する影響やこの調整能については検討も示唆もしていない。
【0007】
一方、非病原性の口腔内常在菌の生育に影響を与えることなく、う蝕や歯周病原因菌に対して有効な組成物も多々研究されている。例えば、特許文献3に開示の漢方薬抽出エキスを含有する口腔用組成物、特許文献4に開示のココア分を有効成分とする抗歯周病菌組成物、特許文献5に開示のガングリオシドを有効成分とする口腔内細菌叢改善剤などが提案されている。これらでは、有用菌である非病原性口腔内常在菌に対する影響試験が、ある程度で示され検討されているが、実際に口腔内でも同様の効果を得られるか否かについては不明である。
【0008】
さらに、特許文献6には、口腔衛生に有用な物質、例えば植物ポリフェノールやバクテリオシンといった抗菌作用を有する物質と、粘性を発現する物質、例えばキサンタンガムなどを含有し、その粘性を加水量により調節できる口腔ケア組成物に関する発明が開示されている。そして、抗菌作用を有する物質として緑茶カテキンを開示している。この発明では、口腔衛生に有用な物質を口腔内にいかにして所定の時間で滞留させ、成分を徐放させることを目的としている。従って、その評価も溶出性、すなわち滞留性を評価するにとどまり、有効成分や組成物についての実際の抗菌活性や口腔内常在菌叢についての影響、すなわち調整能については検討されていない。
【0009】
【非特許文献1】高田将成、佐藤勉、泉福英信、花田信弘、「自立生活高齢者と要介護高齢者の口腔微生物叢の比較」、口腔衛生学会雑誌,2004,54巻3号,178−188
【特許文献1】特開平5−944号公報
【特許文献2】特開平9−110687号公報
【特許文献3】特開平6−157259号公報
【特許文献4】国際公開WO03/099304パンフレット
【特許文献5】特開2005―320275号公報
【特許文献6】特開2007−16021号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のように、非病原性の口腔内常在菌叢に影響を与えることなく、う蝕原因菌や歯周病原因菌に対して有効な組成物の開発が求められていた。また、高齢者においては、唾液分泌量が少なくなる場合が多く、これは口腔衛生上、重大な問題となっていた。また一般的に、口腔の清掃は歯ブラシを使用するが、介護士の助けが必要な要介護高齢者等の場合、完全な口腔の清掃は非常に困難であり、口腔清掃が不十分になることが多くなる。そのため、一般的な歯ブラシによる口腔清浄を補助するための短時間で効率のよい口腔ケア法の開発が求められていた。
【0011】
そこで、本発明の目的は、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌に対して高い抗菌活性を示す一方、口腔内常在菌叢に対して、特に有用菌に対して抗菌活性を示さず、よって大きな影響を与えないことで菌叢バランスを崩すこと無く、すなわち、極めて優れた口腔常在菌叢調整能を有し、簡便かつ有効な方法で用いることができ、さらに、保湿効果をも付与することができる組成物を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の従来の問題点に鑑み、本発明者らは鋭意研究を進めたところ、抗菌作用を有するカテキンを保湿作用物質であるキサンタンガムによってジェル化することにより、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌には高い抗菌活性を示すが、口腔内の正常常在菌叢には影響を与えず、菌叢バランスを崩すことがないこと、かつ、これが高い保湿作用を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明の一態様は、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性及び保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤である。
【0014】
本発明による口腔常在菌叢調整剤には、有効量のカテキンを含有していることが好ましく、その含有量としては好ましくは0.05重量%〜0.5重量%である。
【0015】
そして、本発明による口腔常在菌叢調整剤には、有効量の保湿作用物質を含有していることが好ましい。この時、前記保湿作用物質としては、キサンタンガム、カラギーナン及びヒアルロン酸からなる群から選ばれる少なくとも一つの物質であることが好ましく、キサンタンガムが最も好ましい。この場合に、キサンタンガムの含有量としては、好ましくは1.0重量%〜5.0重量%である。
【0016】
一方、本発明による口腔常在菌叢調整剤は、20〜25℃におけるB型粘度計による粘度が2300〜8000mPa・sであることを特徴とする。そして、その剤型としては、ジェル剤であることが好ましい。
【0017】
本発明による口腔常在菌叢調整剤では、特に、歯周病菌である、Porphyromonas gingivalis、Aggregatibacter actinomycetemcomitans、Prevotella intermedia、及びFusobacterium nucleatumの少なくとも一種、う蝕原因菌であるActinomyces naeslundii及びStreptococcus mutansの少なくとも一種及び/又は日和見感染症原因菌であるCandida albicans、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の少なくとも一種に抗菌活性を示す。
【0018】
また、本発明の他の一態様は、前記いずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤を口腔内に、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食の少なくとも一つの手法にて適用することを特徴とする口腔常在菌叢調整方法である。
【0019】
本発明による口腔常在菌叢調整方法においては、前記口腔常在菌叢調整剤にカテキンが含有され、当該口腔常在菌叢調整剤の1回の適用において含まれるカテキン量が10〜100mgの範囲であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明による口腔常在菌叢調整剤は、歯周病菌、う蝕原因菌や日和見感染症原因菌に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性を有し、かつ、高い保湿作用を有する。従って、所定の粘性を有するジェルとすることで、有効成分の口腔内での滞留時間が延長され、溶液の場合に比較して顕著に高い抗菌活性を提供できる。さらに、好ましいカテキンとキサンタンガムとの組合せにおいては、有用菌などを含む口腔内常在菌に対して抗菌性を示さず、すなわち、口腔常在菌叢に対する影響がなく、菌叢バランスを崩すことがない。従って、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌に対する抗菌活性と相まって、極めて優れた口腔常在菌叢調整能を示すことになる。その上、保湿作用物質、例えばキサンタンガムを適用することで、非常に高い保湿効果を提供することができる。
また、本発明の口腔常在菌叢調整方法では、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食などの簡便な手法により、本発明の口腔常在菌叢調整剤を適用するのみである。従って、非常に簡便な方法により、本発明の優れた口腔常在菌叢調整能を利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下に述べる個々の形態には限定されない。
【0022】
本発明は、歯周病菌、う蝕原因菌や日和見感染症原因菌に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性及び保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤であり、好ましくは、有効量のカテキンを含有し、また有効量のキサンタンガムを含有する。
【0023】
本発明による口腔常在菌叢調整剤においては、抗菌作用を有するカテキンを含有することが好ましい。本発明に用いられるカテキンはエピ体、ヒドロキシ体、没食子酸エステル体等を含むものであり、単独または混合物で用いることが出来る。なお本発明においては、入手が簡便であること、風味が好ましいこと等から、混合物としてのカテキンを用いることが好ましい。また、合成品、天然物からの抽出物等はこれを問わず用いることができる。
【0024】
本発明の口腔常在菌叢調整剤に含まれるカテキンの含有量は、0.05重量%〜0.5重量%が好ましく、0.1重量%〜0.3重量%がさらに好ましい。カテキン含量が0.5重量%を超えると、カテキン由来の苦味が発生し、風味の点で適さない。また、カテキン含量が0.05重量%未満だと、本発明で要求する口腔常在菌叢調整作用が発揮されない。
【0025】
本発明の口腔常在菌叢調整剤には、保湿作用物質を含有することが好ましい。保湿作用物質としてはキサンタンガム、カラギーナン、ヒアルロン酸などが例示され、単独または組み合わせて用いることができる。また、特にキサンタンガムが好ましい。これら保湿作用物質は、通常の食品添加用のものをそのまま用いることができる。
【0026】
本発明の口腔常在菌叢調整剤中に含まれる保湿作用物質、例えばキサンタンガムの含有量としては、1.0重量%〜5.0重量%が好ましく、2.0重量%〜4.0重量%がさらに好ましい。保湿作用を有する物質の含有量が5.0重量%を超えたり、1.0重量%未満だと、口腔内での滞留性や徐放性、保湿効果の観点から十分な効果を得られない。
【0027】
本発明の口腔常在菌叢調整剤には、上記の化合物以外にも、本発明の口腔常在菌叢調整剤の効果やその粘性の状態を阻害しない範囲で、一般的な口腔ケア用組成物に用いられている添加物や食品に添加される一般的な食品添加物を用いることができる。
【0028】
本発明の口腔常在菌叢調整剤は、一般的な口腔ケア用組成物を製造する工程にて適宜製造することができる。
本発明の口腔常在菌叢調整剤では、所定の粘性を有していることが必須であり、有効物質の滞留性や徐放性の観点から、B型粘度計(温度:20〜25℃)により測定した場合、好ましくは2300〜8000mPa・s、より好ましくは2400〜7000mPa・s、さらに好ましくは、2500〜6000mPa・sの粘度を有する。
【0029】
本発明の口腔常在菌叢調整剤では、上記の好ましい所定の粘性を有する必要があり、この粘性を有するものであれば、その剤型としては液剤、ジェル剤、クリーム剤、軟膏剤などの形態を取ることができる。ジェル剤は、投与、摂取、塗布などの取り扱い性や、口腔内での滞留性、徐放性の点からも最も好ましい。また、ジェル剤の場合、上記の好ましい範囲を満たすことからも好ましい剤型といえる。
【0030】
本発明の口腔常在菌叢調整剤の特徴として、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌には高い抗菌活性を示すが、口腔内正常常在菌叢には影響を与えず、よって菌叢バランスを崩すことがないことから口腔衛生状態を常に良い状態に調整しうることである。特に、本発明の口腔常在菌叢調整剤は、歯周病菌としてPorphyromonas gingivalis、Aggregatibacter actinomycetemcomitans、Prevotella intermedia、及びFusobacterium nucleatumの内の少なくとも一種に対して抗菌活性を示す。またう蝕原因菌としてActinomyces naeslundii及びStreptococcus mutansの少なくとも一種に対して抗菌活性を示す。またさらに日和見感染症原因菌として、Candida albicans、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の少なくとも一種に対して抗菌活性を示す。
【0031】
本発明の口腔常在菌叢調整剤は、口腔内への塗布、歯磨き、飲用(経口摂取)、喫食等の幅広い使用状態や使用場面に応じて適用することができる。例えば本発明の口腔常在菌叢調整剤を経口摂取する場合、この時の投与量としては、カテキンを基準にして10〜100mgが好ましい。本発明の調整剤中の成分濃度について、カテキンでは上記の濃度範囲となるものが好ましく、また、キサンタンガムでは所定の粘性の状態を維持することができる上記の濃度範囲のものが好ましい。
適用時期については、通常の食事後、あるいは就寝前が好ましい。特に好ましくは、夕食後就寝前に適用し、何も摂取せずに就寝することである。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。なお、本明細書において、%の表示は特に明示しない限り、重量%を示す。
【0033】
尚、実施例中、菌株名にATCCと記載された菌株は、American Type Culture Collectionから入手した基準株、菌株名にJCMと記載された菌株は、独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターの微生物材料開発室から入手した基準株、FDCは、Forsyth Dental Centernoの保有菌株、IFOは、The institute for Fermentation, Osakaの保有菌株、MTは、Osaka University Dental School Hospitalの保有菌株、NIDRは、The National Institute of Dental Researchの保有菌株、NUDは、Nihon University School of Dentistryの保有菌株、TIは、Tokai Universityの保有菌株、WVUは、West Virginia Universityの保有菌株である。また、Escherichia coliは、すべてNihon University School of Dentistryの保有菌株である。
【0034】
[実施例1]口腔微生物に対するカテキンジェルの抗菌活性
本発明による口腔常在菌叢調整剤として口腔ケア用ジェル(以下、他の実施例を含めて口腔常在菌叢調整ジェルと称する場合がある)の抗菌活性について試験を行った。対照にはカテキンを含まないジェルを用いた。
【0035】
具体的には、ジェル(商品名:トロメイク、明治乳業株式会社製)に対して抽出カテキン及び精製カテキン(商品名:サンフェノンBG3,太陽化学株式会社製)をそれぞれが2.75mg/mlとなるように配合した。また、(−)−エピガロカテキンガレート(和光純薬工業株式会社製)を同じ2.75mg/mlとなるようにジェルに配合した。
【0036】
被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、歯周病原菌、Candida、StaphylococcusおよびEscherichiaなどの表1に記載する計25菌株を用いた。
【0037】
【表1】
【0038】
抗菌作用の測定は、カップ法による寒天拡散法を改良して行った。
具体的には、まず10ml BHI寒天またはGAM寒天(1.5%)で平板培地を作成し、その上に200μl供試菌液/15ml BHI寒天またはGAM寒天(1%,55℃)を重層した。この上に滅菌金属ダボを6〜7ヶ所に静置し、培地硬化後、金属ダボを除去した。こうして出来た穴にそれぞれのジェル200μlを添加して、冷蔵庫に1時間保存した。なお、嫌気培養菌の場合には嫌気培養装置のエントランスボックスに30分間保存した。さらにこの培地を37℃で24時間、好気または嫌気培養を行い、発育後の阻止帯域の直径を測定した。
得られた結果について図1に示す。
【0039】
図1のグラフから判るように、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルはすべての病原性を有する菌に対して優れた発育阻止作用、すなわち抗菌効果を示した。また、多くの口腔細菌と共凝集能が高く、歯垢蓄積に重要なActinomycesおよびFusobacteriumに対して顕著な発育阻止作用が認められた。また、う蝕原因菌のStreptococcus mutans、歯周病原菌、CandidaおよびStaphylococcus、MRSAにおいても明確な発育阻止活性が見られた。さらに、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは、正常な口腔環境維持に極めて重要なS. sanguinis、S. oralis、S. gordoniiおよびS. mitisに対しては発育阻止活性は認められなかった。
従って、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは優れた抗菌効果を示す一方、正常常在菌叢には影響を与えないことが判った。即ち、う蝕、歯周病およびCandida症などの原因菌に対してのみ抗菌効果が認められ、優れた口腔常在菌叢調整能を示した。
【0040】
[実施例2]口腔微生物に対するカテキンジェルの経時的な抗菌活性
本発明による口腔常在菌叢調整ジェルが、口腔内に残った場合、その抗菌活性は持続しているか否かを検討するため、経時的な抗菌活性について試験を行った。口腔内に本発明の口腔常在菌叢調整ジェルが残存しても、そのままでは残存せずに唾液にカテキンが放出されることが想定される。そこで、カテキンが唾液へ放出されるモデルとして、PBSをジェルの上に添加し、これを試験試料とした。尚、陰性対照にはカテキンを含まないジェルを用いた。
【0041】
具体的には、ジェル(商品名:トロメイク、明治乳業株式会社製)に対して抽出カテキン及び精製カテキン(商品名:サンフェノンBG3,太陽化学株式会社製)を、それぞれが2.75mg/mlとなるように配合した。また、(−)−エピガロカテキンガレート(和光純薬工業株式会社製)を同じ2.75mg/mlとなるようにジェルに配合した。
【0042】
得られたジェル3mlを12穴のマクロタイタープレートのウェル(直径23mm)に入れ、さらに3mlのPBSを重層した。本発明の口腔常在菌叢調整ジェルについては、30、60、180及び360分後の上清(PBS層)を取り除いた残存ジェルのそれぞれを採取し試験に用いた。
【0043】
被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、歯周病原菌、Candida、StaphylococcusおよびEscherichiaなど、前述の表1に記載する計25菌株を用いた。
【0044】
抗菌作用の測定は、実施例1と同様にカップ法による改良寒天拡散法により行った。
【0045】
口腔微生物に対するカテキンジェルの抗菌効果は、いずれの時間においても実施例1と同様の発育阻止作用が見られた。また、口腔内にジェルが残り、唾液等でカテキンが放出されるのを模したPBS上清においては、360分間処理において抗菌効果が認められた。
【0046】
[実施例3]市販品との抗菌活性における比較試験
本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン濃度2.75mg/ml)及びカテキンを含有しないジェルのみ、並びに比較として市販品A(主な抗菌成分:ラクトペルオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、リゾチーム、ラクトフェリン)、市販品B(主な抗菌成分:セチルピリジニウムクロリド)とを用いて、抗菌活性試験を行った。
【0047】
被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、放線菌、歯周病原菌、Candida、及びStaphylococcusなどの表2に記載する計10菌株を用いた。
【0048】
【表2】
【0049】
抗菌作用の測定は、実施例1と同様のカップ法による改良寒天拡散法を用いて行った。
得られた結果を図2及び図3に示す。
【0050】
病原性を有する被験菌に対し、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは比較の市販品より強い発育阻止作用を示した。特に市販品AのC. albicans対する作用はまったく認められなかった。また、正常常在菌叢においては、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルによる発育阻止作用は認められなかったが、比較の市販品では発育阻止作用が認められた。従って、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは、市販品と比較して、う蝕、歯周病およびCandida症などの原因菌に対する抗菌作用が強く認められる一方、正常常在菌叢には抗菌活性を認めなかったことから、市販品よりも優れた口腔常在菌叢調整能を有することが判った。
【0051】
[実施例4]剤型の違いによる口腔内残留試験
口腔内における本発明の口腔常在菌叢調整ジェルの挙動を解析するためにジェル投与後の挙動(唾液による希釈、飲み込み、消失)を想定したモデル系残留試験を実施した。
【0052】
試料としては、本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン含量2.75mg/ml)と、比較のカテキン水溶液(カテキン含量2.75mg/ml)を用いた。
【0053】
24穴ウェルに本発明の口腔常在菌叢調整ジェルまたはカテキン溶液を充填(3.4ml/ウェル)した。この24穴ウェルプレートをプラスチックコンテナー内に静置し、周囲から人工唾液をプレート上面の1cm上まで注入(340ml)し、1分間静置後、プラスチックコンテナーの下部より人工唾液を排出し、排出液を回収した。この人工唾液の注入と排出を5回繰り返した後、このサンプルを希釈して、OD310nm値を測定(U−1100、日立)した。実験前の溶液およびジェルのカテキン濃度を100%とし、残留率を算出した。得られた結果を図4に示す。
【0054】
排出1回目において既に残存カテキン量に大幅な違いが認められた。5回の排出が終了した時点で、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルでは約90%のカテキンが残留していたが、比較のカテキン溶液ではほとんどカテキンの残留は認められなかった。したがって、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いることで、有効成分が長期に渡り残留することが明らかとなった。
【0055】
[実施例5]剤型の違いによる抗菌活性の比較試験
本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン含量2.75mg/ml)と、カテキン水溶液を摂取した場合を模した比較試験を実施した。比較のためのカテキン水溶液は、当該ジェルの4倍濃度(カテキン含量11mg/ml)の試料を用いて、実施例1と同様の試験を行い、それぞれの抗菌活性について測定を行った。カテキン水溶液の場合は、飲み込みを考慮して1分間の処理を行った。なお、被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、歯周病原菌、Candida、StaphylococcusおよびEscherichiaなどの表3に示す計6菌株を用いた。得られた結果を図5に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた場合、全ての被験菌株において発育阻止作用が認められた。特に比較であるカテキン4倍濃度溶液の1分間処理に対して、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルでは非常に顕著な発育阻止作用がすべての被験菌に認められた。
【0058】
[実施例6]カテキンジェルのヒトにおける有用性の検討
要介護高齢者32名の口腔内Candida量を調べ、Candidaが検出された8名と検出されなかった4名の計12名(男性1名、女性11名、平均年齢87.6±8.8歳)を対象者とした。
【0059】
被験者は、夕食後の日常の口腔ケア後、20mlの本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン濃度2.75mg/ml)の一部をスポンジブラシに取り、口腔内全体にまんべんなく塗り、残ったジェルは飲み込んでもらった。これを2ヶ月間行った。唾液サンプルについては、被験者1人あたり、唾液をシードスワブ1号(栄研化学)の2本にしみ込ませた。合計6回のサンプル採取を行った。また、試験2週間後に被験者の口腔状態について専門家(歯科衛生士)によるアンケートを実施した。アンケート内容は図10に示す。
【0060】
採取したサンプルの測定は、シードスワブのサンプルのしみ込んだ先端の綿部分を切り、滅菌PBS(リン酸緩衝液)2mlの入ったチューブに投入した。10秒間超音波処理後、滅菌PBSにて希釈された溶液50μlを、Brain Heart Infusion(BHI)培地、Mitis−Salivarius(MS)培地、0.5Mバシトラシンを含んだMitis−Salivarius(MSB)培地およびCHROM寒天培地にスパイラル装置を用いて接種した。MSおよびMSBは、5%CO2含有好気条件下にて、CHROM寒天培地は好気条件下で37℃、48時間培養後、コロニー数を計算した。BHIは総菌数、MSは総レンサ球菌数、MSBはMutansレンサ球菌数、CHROM寒天培地はCandida数の算定に用いた。
得られた結果を図6から図9に示す。
【0061】
アンケート調査は、各調査項目で最も良好なもののスコアを1点として、順次悪くなるに従ってスコアが1点づつ増えたものの平均値と標準偏差とを示した。アンケート結果を図11に示す。
【0062】
本発明の口腔常在菌叢調整ジェル使用後、早期にCandida数の急激な平均値の減少が認められた(12月26日、グラフ中「12/26」と表記する)。しかし、短時間で(1/9)回復するものの、初期値より減少傾向が維持された。減少傾向は維持される(2/5まで)が、本発明のジェルの使用停止後(3/4)、菌数は速やかに回復、そのレベルが4/1まで続いた。S. mutans数もCandida数と同様に、本発明の口腔常在菌叢調整ジェル使用後、短時間で(12/26)減少が認められたが、1/9には回復し、その後初期値に近づいた。総菌数および総レンサ球菌数において本発明の口腔常在菌叢調整ジェルによる影響は特に認められなかった。
【0063】
試験2週間後に実施したアンケート結果から、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは口腔内の常在菌の調整のみならず、本発明の口腔常在菌叢調整剤の保湿効果により、口腔内環境も改善していることが判明した。
これらのことから、本発明の口腔常在菌叢調整剤は高齢者の口腔ケアおよびQOLの向上に役立つことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明による口腔常在菌叢調整剤は、所定の粘性を有し、歯周病菌、う蝕原因菌、日和見感染症原因菌の少なくとも一種に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、かつ高い保湿作用を有するものである。したがって、本発明による口腔常在菌叢調整剤を塗布、歯磨き、経口摂取、喫食などの簡便な手法により適用するのみで、本発明の優れた口腔常在菌叢調整能を利用することができる。これを用いることで、特に介護を必要とするような高齢者の口腔清浄を補助するための短時間で効率のよい口腔ケア用ジェル及び口腔ケア法を提供することができ、さらに保湿効果も付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の口腔常在菌叢調整剤である口腔ケア用ジェルと比較のエピガロカテキンガレートジェルとを用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育阻止帯の直径で示すグラフ図である(実施例1)。
【図2】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルと比較の市販品を用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育阻止帯の直径で示すグラフ図である(実施例3,グラム陽性菌)。
【図3】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルと比較の市販品を用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育阻止帯の直径で示すグラフ図である(実施例3、グラム陰性菌)。
【図4】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルとカテキン溶液のモデル系内残留率を示すグラフ図である(実施例4)。
【図5】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルとカテキン溶液(4倍濃度)とを用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育素子帯の直径で示すグラフ図である(実施例5)。
【図6】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後のCandidaに対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図7】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後のS.mutansに対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図8】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後の総菌数に対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図9】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後の総レンサ球菌に対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図10】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア2週間後に実施したアンケート内容を示す図である(実施例6)。
【図11】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア2週間後に実施したアンケート結果を示す図である(実施例6)。各調査項目で最も良好なもののスコアを1点として、順次悪くなるに従ってスコアが1点づつ増えたものの平均値と標準偏差を示した。
【技術分野】
【0001】
本発明は、口腔常在菌叢調整剤に関し、特に、保湿効果を有する口腔ケア用のジェル化剤としてキサンタンガムを用いることで、抗菌作用を有するカテキンを口腔常在菌叢の状態を良好に保つように調整することを可能とした口腔常在菌叢調整剤に関する。また、本発明は、これを用いた口腔常在菌叢調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの口腔内では700種を超える極めて多種類の細菌が見出されており、また、その数も多く、粘膜面に恒常的に集合体、すなわち菌叢を形成している。この口腔内菌叢は、複雑な相互作用により、そのバランスが保たれており、外来性細菌に拮抗することで、その侵入感染を防止し、すなわち抵抗性を付与する機能なども担っている。しかし、この菌叢中には日和見菌と呼ばれる細菌も少なくない。この細菌は健康体に対しては通常病原性を発揮しないが、宿主の免疫低下などにより感染症の原因となってしまう。特に、口腔内における常在細菌の増加と遷移は、う蝕や歯周病などの口腔内感染症の原因となるばかりではなく、感染性心内膜炎、心筋梗塞、肺炎、早産や低体重児出産などの全身性疾患を起こす可能性についても報告されている。
【0003】
さらに、近年の高齢者の増加と共に、高齢者の口腔感染症の予防及び口腔衛生の向上は、極めて重要な課題となっている。特に要介護高齢者等では、自立高齢者に比べ口腔内にCandida albicansなどの日和見菌が検出される割合が増えてくることが知られている(非特許文献1)。その様な高齢者において嚥下障害が起こると、日和見菌を含む口腔内細菌が呼吸器系に侵入する機会が増え、肺炎を発症する可能性が危惧されている。従って、口腔内を日和見菌の少ない健康的な口腔細菌叢にすることが重要である。
【0004】
口腔内の状態で、特に、う蝕や歯周病の予防については、これまで多数の研究が行われている。また、個別の細菌や口腔細菌叢全体に対する対策としても、これまで様々な研究が行われている。
【0005】
例えば特許文献1には、歯周病の原因菌となるポリフィロモナス・ジンジバリスの頬粘膜上皮細胞表層への付着を阻害することを目的として(−)−エピガロカテキンガレート、(−)−エピカテキンガレート、(−)−ガロカテキンガレートの少なくとも一つを含む歯周病原因菌付着阻害用組成物が開示されている。特許文献1に開示の組成物は、特定の細菌を付着させないことで感染を防止しており、所謂抗菌作用とは若干異なるアプローチを取っている。
【0006】
特許文献2には、う蝕及び歯周病の予防に有効な組成物としてカテキン類緑体化合物を含有することが開示されており、特に口腔内細菌であるストレプトコッカス・ミュータンスに対する抗菌性試験において優れた結果を示している。この特許文献2においては、一般論として抗生物質や殺菌剤が口腔内細菌を非選択的に死滅させて常在菌叢の均衡を崩し、菌交代症を引き起こすことを従来の問題として記載しているが、実際の技術としては特定の細菌に対する抗菌性を示す組成物を提案しているため、口腔細菌叢に対する影響やこの調整能については検討も示唆もしていない。
【0007】
一方、非病原性の口腔内常在菌の生育に影響を与えることなく、う蝕や歯周病原因菌に対して有効な組成物も多々研究されている。例えば、特許文献3に開示の漢方薬抽出エキスを含有する口腔用組成物、特許文献4に開示のココア分を有効成分とする抗歯周病菌組成物、特許文献5に開示のガングリオシドを有効成分とする口腔内細菌叢改善剤などが提案されている。これらでは、有用菌である非病原性口腔内常在菌に対する影響試験が、ある程度で示され検討されているが、実際に口腔内でも同様の効果を得られるか否かについては不明である。
【0008】
さらに、特許文献6には、口腔衛生に有用な物質、例えば植物ポリフェノールやバクテリオシンといった抗菌作用を有する物質と、粘性を発現する物質、例えばキサンタンガムなどを含有し、その粘性を加水量により調節できる口腔ケア組成物に関する発明が開示されている。そして、抗菌作用を有する物質として緑茶カテキンを開示している。この発明では、口腔衛生に有用な物質を口腔内にいかにして所定の時間で滞留させ、成分を徐放させることを目的としている。従って、その評価も溶出性、すなわち滞留性を評価するにとどまり、有効成分や組成物についての実際の抗菌活性や口腔内常在菌叢についての影響、すなわち調整能については検討されていない。
【0009】
【非特許文献1】高田将成、佐藤勉、泉福英信、花田信弘、「自立生活高齢者と要介護高齢者の口腔微生物叢の比較」、口腔衛生学会雑誌,2004,54巻3号,178−188
【特許文献1】特開平5−944号公報
【特許文献2】特開平9−110687号公報
【特許文献3】特開平6−157259号公報
【特許文献4】国際公開WO03/099304パンフレット
【特許文献5】特開2005―320275号公報
【特許文献6】特開2007−16021号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のように、非病原性の口腔内常在菌叢に影響を与えることなく、う蝕原因菌や歯周病原因菌に対して有効な組成物の開発が求められていた。また、高齢者においては、唾液分泌量が少なくなる場合が多く、これは口腔衛生上、重大な問題となっていた。また一般的に、口腔の清掃は歯ブラシを使用するが、介護士の助けが必要な要介護高齢者等の場合、完全な口腔の清掃は非常に困難であり、口腔清掃が不十分になることが多くなる。そのため、一般的な歯ブラシによる口腔清浄を補助するための短時間で効率のよい口腔ケア法の開発が求められていた。
【0011】
そこで、本発明の目的は、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌に対して高い抗菌活性を示す一方、口腔内常在菌叢に対して、特に有用菌に対して抗菌活性を示さず、よって大きな影響を与えないことで菌叢バランスを崩すこと無く、すなわち、極めて優れた口腔常在菌叢調整能を有し、簡便かつ有効な方法で用いることができ、さらに、保湿効果をも付与することができる組成物を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の従来の問題点に鑑み、本発明者らは鋭意研究を進めたところ、抗菌作用を有するカテキンを保湿作用物質であるキサンタンガムによってジェル化することにより、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌には高い抗菌活性を示すが、口腔内の正常常在菌叢には影響を与えず、菌叢バランスを崩すことがないこと、かつ、これが高い保湿作用を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明の一態様は、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性及び保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤である。
【0014】
本発明による口腔常在菌叢調整剤には、有効量のカテキンを含有していることが好ましく、その含有量としては好ましくは0.05重量%〜0.5重量%である。
【0015】
そして、本発明による口腔常在菌叢調整剤には、有効量の保湿作用物質を含有していることが好ましい。この時、前記保湿作用物質としては、キサンタンガム、カラギーナン及びヒアルロン酸からなる群から選ばれる少なくとも一つの物質であることが好ましく、キサンタンガムが最も好ましい。この場合に、キサンタンガムの含有量としては、好ましくは1.0重量%〜5.0重量%である。
【0016】
一方、本発明による口腔常在菌叢調整剤は、20〜25℃におけるB型粘度計による粘度が2300〜8000mPa・sであることを特徴とする。そして、その剤型としては、ジェル剤であることが好ましい。
【0017】
本発明による口腔常在菌叢調整剤では、特に、歯周病菌である、Porphyromonas gingivalis、Aggregatibacter actinomycetemcomitans、Prevotella intermedia、及びFusobacterium nucleatumの少なくとも一種、う蝕原因菌であるActinomyces naeslundii及びStreptococcus mutansの少なくとも一種及び/又は日和見感染症原因菌であるCandida albicans、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の少なくとも一種に抗菌活性を示す。
【0018】
また、本発明の他の一態様は、前記いずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤を口腔内に、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食の少なくとも一つの手法にて適用することを特徴とする口腔常在菌叢調整方法である。
【0019】
本発明による口腔常在菌叢調整方法においては、前記口腔常在菌叢調整剤にカテキンが含有され、当該口腔常在菌叢調整剤の1回の適用において含まれるカテキン量が10〜100mgの範囲であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明による口腔常在菌叢調整剤は、歯周病菌、う蝕原因菌や日和見感染症原因菌に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性を有し、かつ、高い保湿作用を有する。従って、所定の粘性を有するジェルとすることで、有効成分の口腔内での滞留時間が延長され、溶液の場合に比較して顕著に高い抗菌活性を提供できる。さらに、好ましいカテキンとキサンタンガムとの組合せにおいては、有用菌などを含む口腔内常在菌に対して抗菌性を示さず、すなわち、口腔常在菌叢に対する影響がなく、菌叢バランスを崩すことがない。従って、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌に対する抗菌活性と相まって、極めて優れた口腔常在菌叢調整能を示すことになる。その上、保湿作用物質、例えばキサンタンガムを適用することで、非常に高い保湿効果を提供することができる。
また、本発明の口腔常在菌叢調整方法では、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食などの簡便な手法により、本発明の口腔常在菌叢調整剤を適用するのみである。従って、非常に簡便な方法により、本発明の優れた口腔常在菌叢調整能を利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下に述べる個々の形態には限定されない。
【0022】
本発明は、歯周病菌、う蝕原因菌や日和見感染症原因菌に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性及び保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤であり、好ましくは、有効量のカテキンを含有し、また有効量のキサンタンガムを含有する。
【0023】
本発明による口腔常在菌叢調整剤においては、抗菌作用を有するカテキンを含有することが好ましい。本発明に用いられるカテキンはエピ体、ヒドロキシ体、没食子酸エステル体等を含むものであり、単独または混合物で用いることが出来る。なお本発明においては、入手が簡便であること、風味が好ましいこと等から、混合物としてのカテキンを用いることが好ましい。また、合成品、天然物からの抽出物等はこれを問わず用いることができる。
【0024】
本発明の口腔常在菌叢調整剤に含まれるカテキンの含有量は、0.05重量%〜0.5重量%が好ましく、0.1重量%〜0.3重量%がさらに好ましい。カテキン含量が0.5重量%を超えると、カテキン由来の苦味が発生し、風味の点で適さない。また、カテキン含量が0.05重量%未満だと、本発明で要求する口腔常在菌叢調整作用が発揮されない。
【0025】
本発明の口腔常在菌叢調整剤には、保湿作用物質を含有することが好ましい。保湿作用物質としてはキサンタンガム、カラギーナン、ヒアルロン酸などが例示され、単独または組み合わせて用いることができる。また、特にキサンタンガムが好ましい。これら保湿作用物質は、通常の食品添加用のものをそのまま用いることができる。
【0026】
本発明の口腔常在菌叢調整剤中に含まれる保湿作用物質、例えばキサンタンガムの含有量としては、1.0重量%〜5.0重量%が好ましく、2.0重量%〜4.0重量%がさらに好ましい。保湿作用を有する物質の含有量が5.0重量%を超えたり、1.0重量%未満だと、口腔内での滞留性や徐放性、保湿効果の観点から十分な効果を得られない。
【0027】
本発明の口腔常在菌叢調整剤には、上記の化合物以外にも、本発明の口腔常在菌叢調整剤の効果やその粘性の状態を阻害しない範囲で、一般的な口腔ケア用組成物に用いられている添加物や食品に添加される一般的な食品添加物を用いることができる。
【0028】
本発明の口腔常在菌叢調整剤は、一般的な口腔ケア用組成物を製造する工程にて適宜製造することができる。
本発明の口腔常在菌叢調整剤では、所定の粘性を有していることが必須であり、有効物質の滞留性や徐放性の観点から、B型粘度計(温度:20〜25℃)により測定した場合、好ましくは2300〜8000mPa・s、より好ましくは2400〜7000mPa・s、さらに好ましくは、2500〜6000mPa・sの粘度を有する。
【0029】
本発明の口腔常在菌叢調整剤では、上記の好ましい所定の粘性を有する必要があり、この粘性を有するものであれば、その剤型としては液剤、ジェル剤、クリーム剤、軟膏剤などの形態を取ることができる。ジェル剤は、投与、摂取、塗布などの取り扱い性や、口腔内での滞留性、徐放性の点からも最も好ましい。また、ジェル剤の場合、上記の好ましい範囲を満たすことからも好ましい剤型といえる。
【0030】
本発明の口腔常在菌叢調整剤の特徴として、う蝕原因菌、歯周病原因菌や日和見感染症原因菌には高い抗菌活性を示すが、口腔内正常常在菌叢には影響を与えず、よって菌叢バランスを崩すことがないことから口腔衛生状態を常に良い状態に調整しうることである。特に、本発明の口腔常在菌叢調整剤は、歯周病菌としてPorphyromonas gingivalis、Aggregatibacter actinomycetemcomitans、Prevotella intermedia、及びFusobacterium nucleatumの内の少なくとも一種に対して抗菌活性を示す。またう蝕原因菌としてActinomyces naeslundii及びStreptococcus mutansの少なくとも一種に対して抗菌活性を示す。またさらに日和見感染症原因菌として、Candida albicans、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の少なくとも一種に対して抗菌活性を示す。
【0031】
本発明の口腔常在菌叢調整剤は、口腔内への塗布、歯磨き、飲用(経口摂取)、喫食等の幅広い使用状態や使用場面に応じて適用することができる。例えば本発明の口腔常在菌叢調整剤を経口摂取する場合、この時の投与量としては、カテキンを基準にして10〜100mgが好ましい。本発明の調整剤中の成分濃度について、カテキンでは上記の濃度範囲となるものが好ましく、また、キサンタンガムでは所定の粘性の状態を維持することができる上記の濃度範囲のものが好ましい。
適用時期については、通常の食事後、あるいは就寝前が好ましい。特に好ましくは、夕食後就寝前に適用し、何も摂取せずに就寝することである。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。なお、本明細書において、%の表示は特に明示しない限り、重量%を示す。
【0033】
尚、実施例中、菌株名にATCCと記載された菌株は、American Type Culture Collectionから入手した基準株、菌株名にJCMと記載された菌株は、独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターの微生物材料開発室から入手した基準株、FDCは、Forsyth Dental Centernoの保有菌株、IFOは、The institute for Fermentation, Osakaの保有菌株、MTは、Osaka University Dental School Hospitalの保有菌株、NIDRは、The National Institute of Dental Researchの保有菌株、NUDは、Nihon University School of Dentistryの保有菌株、TIは、Tokai Universityの保有菌株、WVUは、West Virginia Universityの保有菌株である。また、Escherichia coliは、すべてNihon University School of Dentistryの保有菌株である。
【0034】
[実施例1]口腔微生物に対するカテキンジェルの抗菌活性
本発明による口腔常在菌叢調整剤として口腔ケア用ジェル(以下、他の実施例を含めて口腔常在菌叢調整ジェルと称する場合がある)の抗菌活性について試験を行った。対照にはカテキンを含まないジェルを用いた。
【0035】
具体的には、ジェル(商品名:トロメイク、明治乳業株式会社製)に対して抽出カテキン及び精製カテキン(商品名:サンフェノンBG3,太陽化学株式会社製)をそれぞれが2.75mg/mlとなるように配合した。また、(−)−エピガロカテキンガレート(和光純薬工業株式会社製)を同じ2.75mg/mlとなるようにジェルに配合した。
【0036】
被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、歯周病原菌、Candida、StaphylococcusおよびEscherichiaなどの表1に記載する計25菌株を用いた。
【0037】
【表1】
【0038】
抗菌作用の測定は、カップ法による寒天拡散法を改良して行った。
具体的には、まず10ml BHI寒天またはGAM寒天(1.5%)で平板培地を作成し、その上に200μl供試菌液/15ml BHI寒天またはGAM寒天(1%,55℃)を重層した。この上に滅菌金属ダボを6〜7ヶ所に静置し、培地硬化後、金属ダボを除去した。こうして出来た穴にそれぞれのジェル200μlを添加して、冷蔵庫に1時間保存した。なお、嫌気培養菌の場合には嫌気培養装置のエントランスボックスに30分間保存した。さらにこの培地を37℃で24時間、好気または嫌気培養を行い、発育後の阻止帯域の直径を測定した。
得られた結果について図1に示す。
【0039】
図1のグラフから判るように、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルはすべての病原性を有する菌に対して優れた発育阻止作用、すなわち抗菌効果を示した。また、多くの口腔細菌と共凝集能が高く、歯垢蓄積に重要なActinomycesおよびFusobacteriumに対して顕著な発育阻止作用が認められた。また、う蝕原因菌のStreptococcus mutans、歯周病原菌、CandidaおよびStaphylococcus、MRSAにおいても明確な発育阻止活性が見られた。さらに、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは、正常な口腔環境維持に極めて重要なS. sanguinis、S. oralis、S. gordoniiおよびS. mitisに対しては発育阻止活性は認められなかった。
従って、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは優れた抗菌効果を示す一方、正常常在菌叢には影響を与えないことが判った。即ち、う蝕、歯周病およびCandida症などの原因菌に対してのみ抗菌効果が認められ、優れた口腔常在菌叢調整能を示した。
【0040】
[実施例2]口腔微生物に対するカテキンジェルの経時的な抗菌活性
本発明による口腔常在菌叢調整ジェルが、口腔内に残った場合、その抗菌活性は持続しているか否かを検討するため、経時的な抗菌活性について試験を行った。口腔内に本発明の口腔常在菌叢調整ジェルが残存しても、そのままでは残存せずに唾液にカテキンが放出されることが想定される。そこで、カテキンが唾液へ放出されるモデルとして、PBSをジェルの上に添加し、これを試験試料とした。尚、陰性対照にはカテキンを含まないジェルを用いた。
【0041】
具体的には、ジェル(商品名:トロメイク、明治乳業株式会社製)に対して抽出カテキン及び精製カテキン(商品名:サンフェノンBG3,太陽化学株式会社製)を、それぞれが2.75mg/mlとなるように配合した。また、(−)−エピガロカテキンガレート(和光純薬工業株式会社製)を同じ2.75mg/mlとなるようにジェルに配合した。
【0042】
得られたジェル3mlを12穴のマクロタイタープレートのウェル(直径23mm)に入れ、さらに3mlのPBSを重層した。本発明の口腔常在菌叢調整ジェルについては、30、60、180及び360分後の上清(PBS層)を取り除いた残存ジェルのそれぞれを採取し試験に用いた。
【0043】
被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、歯周病原菌、Candida、StaphylococcusおよびEscherichiaなど、前述の表1に記載する計25菌株を用いた。
【0044】
抗菌作用の測定は、実施例1と同様にカップ法による改良寒天拡散法により行った。
【0045】
口腔微生物に対するカテキンジェルの抗菌効果は、いずれの時間においても実施例1と同様の発育阻止作用が見られた。また、口腔内にジェルが残り、唾液等でカテキンが放出されるのを模したPBS上清においては、360分間処理において抗菌効果が認められた。
【0046】
[実施例3]市販品との抗菌活性における比較試験
本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン濃度2.75mg/ml)及びカテキンを含有しないジェルのみ、並びに比較として市販品A(主な抗菌成分:ラクトペルオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、リゾチーム、ラクトフェリン)、市販品B(主な抗菌成分:セチルピリジニウムクロリド)とを用いて、抗菌活性試験を行った。
【0047】
被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、放線菌、歯周病原菌、Candida、及びStaphylococcusなどの表2に記載する計10菌株を用いた。
【0048】
【表2】
【0049】
抗菌作用の測定は、実施例1と同様のカップ法による改良寒天拡散法を用いて行った。
得られた結果を図2及び図3に示す。
【0050】
病原性を有する被験菌に対し、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは比較の市販品より強い発育阻止作用を示した。特に市販品AのC. albicans対する作用はまったく認められなかった。また、正常常在菌叢においては、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルによる発育阻止作用は認められなかったが、比較の市販品では発育阻止作用が認められた。従って、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは、市販品と比較して、う蝕、歯周病およびCandida症などの原因菌に対する抗菌作用が強く認められる一方、正常常在菌叢には抗菌活性を認めなかったことから、市販品よりも優れた口腔常在菌叢調整能を有することが判った。
【0051】
[実施例4]剤型の違いによる口腔内残留試験
口腔内における本発明の口腔常在菌叢調整ジェルの挙動を解析するためにジェル投与後の挙動(唾液による希釈、飲み込み、消失)を想定したモデル系残留試験を実施した。
【0052】
試料としては、本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン含量2.75mg/ml)と、比較のカテキン水溶液(カテキン含量2.75mg/ml)を用いた。
【0053】
24穴ウェルに本発明の口腔常在菌叢調整ジェルまたはカテキン溶液を充填(3.4ml/ウェル)した。この24穴ウェルプレートをプラスチックコンテナー内に静置し、周囲から人工唾液をプレート上面の1cm上まで注入(340ml)し、1分間静置後、プラスチックコンテナーの下部より人工唾液を排出し、排出液を回収した。この人工唾液の注入と排出を5回繰り返した後、このサンプルを希釈して、OD310nm値を測定(U−1100、日立)した。実験前の溶液およびジェルのカテキン濃度を100%とし、残留率を算出した。得られた結果を図4に示す。
【0054】
排出1回目において既に残存カテキン量に大幅な違いが認められた。5回の排出が終了した時点で、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルでは約90%のカテキンが残留していたが、比較のカテキン溶液ではほとんどカテキンの残留は認められなかった。したがって、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いることで、有効成分が長期に渡り残留することが明らかとなった。
【0055】
[実施例5]剤型の違いによる抗菌活性の比較試験
本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン含量2.75mg/ml)と、カテキン水溶液を摂取した場合を模した比較試験を実施した。比較のためのカテキン水溶液は、当該ジェルの4倍濃度(カテキン含量11mg/ml)の試料を用いて、実施例1と同様の試験を行い、それぞれの抗菌活性について測定を行った。カテキン水溶液の場合は、飲み込みを考慮して1分間の処理を行った。なお、被験菌として、代表的口腔常在レンサ球菌、歯周病原菌、Candida、StaphylococcusおよびEscherichiaなどの表3に示す計6菌株を用いた。得られた結果を図5に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた場合、全ての被験菌株において発育阻止作用が認められた。特に比較であるカテキン4倍濃度溶液の1分間処理に対して、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルでは非常に顕著な発育阻止作用がすべての被験菌に認められた。
【0058】
[実施例6]カテキンジェルのヒトにおける有用性の検討
要介護高齢者32名の口腔内Candida量を調べ、Candidaが検出された8名と検出されなかった4名の計12名(男性1名、女性11名、平均年齢87.6±8.8歳)を対象者とした。
【0059】
被験者は、夕食後の日常の口腔ケア後、20mlの本発明の口腔常在菌叢調整ジェル(カテキン濃度2.75mg/ml)の一部をスポンジブラシに取り、口腔内全体にまんべんなく塗り、残ったジェルは飲み込んでもらった。これを2ヶ月間行った。唾液サンプルについては、被験者1人あたり、唾液をシードスワブ1号(栄研化学)の2本にしみ込ませた。合計6回のサンプル採取を行った。また、試験2週間後に被験者の口腔状態について専門家(歯科衛生士)によるアンケートを実施した。アンケート内容は図10に示す。
【0060】
採取したサンプルの測定は、シードスワブのサンプルのしみ込んだ先端の綿部分を切り、滅菌PBS(リン酸緩衝液)2mlの入ったチューブに投入した。10秒間超音波処理後、滅菌PBSにて希釈された溶液50μlを、Brain Heart Infusion(BHI)培地、Mitis−Salivarius(MS)培地、0.5Mバシトラシンを含んだMitis−Salivarius(MSB)培地およびCHROM寒天培地にスパイラル装置を用いて接種した。MSおよびMSBは、5%CO2含有好気条件下にて、CHROM寒天培地は好気条件下で37℃、48時間培養後、コロニー数を計算した。BHIは総菌数、MSは総レンサ球菌数、MSBはMutansレンサ球菌数、CHROM寒天培地はCandida数の算定に用いた。
得られた結果を図6から図9に示す。
【0061】
アンケート調査は、各調査項目で最も良好なもののスコアを1点として、順次悪くなるに従ってスコアが1点づつ増えたものの平均値と標準偏差とを示した。アンケート結果を図11に示す。
【0062】
本発明の口腔常在菌叢調整ジェル使用後、早期にCandida数の急激な平均値の減少が認められた(12月26日、グラフ中「12/26」と表記する)。しかし、短時間で(1/9)回復するものの、初期値より減少傾向が維持された。減少傾向は維持される(2/5まで)が、本発明のジェルの使用停止後(3/4)、菌数は速やかに回復、そのレベルが4/1まで続いた。S. mutans数もCandida数と同様に、本発明の口腔常在菌叢調整ジェル使用後、短時間で(12/26)減少が認められたが、1/9には回復し、その後初期値に近づいた。総菌数および総レンサ球菌数において本発明の口腔常在菌叢調整ジェルによる影響は特に認められなかった。
【0063】
試験2週間後に実施したアンケート結果から、本発明の口腔常在菌叢調整ジェルは口腔内の常在菌の調整のみならず、本発明の口腔常在菌叢調整剤の保湿効果により、口腔内環境も改善していることが判明した。
これらのことから、本発明の口腔常在菌叢調整剤は高齢者の口腔ケアおよびQOLの向上に役立つことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明による口腔常在菌叢調整剤は、所定の粘性を有し、歯周病菌、う蝕原因菌、日和見感染症原因菌の少なくとも一種に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、かつ高い保湿作用を有するものである。したがって、本発明による口腔常在菌叢調整剤を塗布、歯磨き、経口摂取、喫食などの簡便な手法により適用するのみで、本発明の優れた口腔常在菌叢調整能を利用することができる。これを用いることで、特に介護を必要とするような高齢者の口腔清浄を補助するための短時間で効率のよい口腔ケア用ジェル及び口腔ケア法を提供することができ、さらに保湿効果も付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の口腔常在菌叢調整剤である口腔ケア用ジェルと比較のエピガロカテキンガレートジェルとを用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育阻止帯の直径で示すグラフ図である(実施例1)。
【図2】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルと比較の市販品を用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育阻止帯の直径で示すグラフ図である(実施例3,グラム陽性菌)。
【図3】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルと比較の市販品を用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育阻止帯の直径で示すグラフ図である(実施例3、グラム陰性菌)。
【図4】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルとカテキン溶液のモデル系内残留率を示すグラフ図である(実施例4)。
【図5】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルとカテキン溶液(4倍濃度)とを用いた各種口腔細菌に対する抗菌活性を発育素子帯の直径で示すグラフ図である(実施例5)。
【図6】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後のCandidaに対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図7】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後のS.mutansに対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図8】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後の総菌数に対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図9】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア後の総レンサ球菌に対する効果を示すグラフ図である(実施例6)。
【図10】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア2週間後に実施したアンケート内容を示す図である(実施例6)。
【図11】本発明の口腔常在菌叢調整ジェルを用いた口腔ケア2週間後に実施したアンケート結果を示す図である(実施例6)。各調査項目で最も良好なもののスコアを1点として、順次悪くなるに従ってスコアが1点づつ増えたものの平均値と標準偏差を示した。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯周病菌、う蝕原因菌、日和見感染症原因菌の少なくとも一種に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性及び保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤。
【請求項2】
有効量のカテキンを含有してなる請求項1に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項3】
カテキンを0.05重量%〜0.5重量%含有してなる請求項2に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項4】
有効量の保湿作用物質を含有してなる請求項1〜3のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項5】
前記保湿作用物質が、キサンタンガム、カラギーナン及びヒアルロン酸からなる群から選ばれる少なくとも一つの物質である請求項4に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項6】
前記保湿作用物質がキサンタンガムである請求項4に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項7】
キサンタンガムを1.0重量%〜5.0重量%含有してなる請求項5又は6に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項8】
20〜25℃におけるB型粘度計による粘度が2300〜8000mPa・sである請求項1〜7のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項9】
剤型がジェル剤である請求項1〜8のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項10】
歯周病菌であるPorphyromonas gingivalis、Aggregatibacter actinomycetemcomitans、Prevotella intermedia、及びFusobacterium nucleatumの少なくとも一種に対して抗菌活性を示すことを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項11】
う蝕原因菌であるActinomyces naeslundii、Streptococcus mutansの少なくとも一種に対して抗菌活性を示すことを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項12】
日和見感染症原因菌であるCandida albicans、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の少なくとも一種に対して抗菌活性を示すことを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤を口腔内に、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食の少なくとも一つの手法にて適用することを特徴とする口腔常在菌叢調整方法。
【請求項14】
前記口腔常在菌叢調整剤にはカテキンが含有され、当該口腔常在菌叢調整剤の1回の適用において含まれるカテキン量が10〜100mgの範囲であることを特徴とする請求項13に記載の口腔常在菌叢調整方法。
【請求項1】
歯周病菌、う蝕原因菌、日和見感染症原因菌の少なくとも一種に対しては抗菌活性を示すが、口腔内常在菌には抗菌活性を示さず、所定の粘性及び保湿作用を有する口腔常在菌叢調整剤。
【請求項2】
有効量のカテキンを含有してなる請求項1に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項3】
カテキンを0.05重量%〜0.5重量%含有してなる請求項2に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項4】
有効量の保湿作用物質を含有してなる請求項1〜3のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項5】
前記保湿作用物質が、キサンタンガム、カラギーナン及びヒアルロン酸からなる群から選ばれる少なくとも一つの物質である請求項4に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項6】
前記保湿作用物質がキサンタンガムである請求項4に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項7】
キサンタンガムを1.0重量%〜5.0重量%含有してなる請求項5又は6に記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項8】
20〜25℃におけるB型粘度計による粘度が2300〜8000mPa・sである請求項1〜7のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項9】
剤型がジェル剤である請求項1〜8のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項10】
歯周病菌であるPorphyromonas gingivalis、Aggregatibacter actinomycetemcomitans、Prevotella intermedia、及びFusobacterium nucleatumの少なくとも一種に対して抗菌活性を示すことを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項11】
う蝕原因菌であるActinomyces naeslundii、Streptococcus mutansの少なくとも一種に対して抗菌活性を示すことを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項12】
日和見感染症原因菌であるCandida albicans、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の少なくとも一種に対して抗菌活性を示すことを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載の口腔常在菌叢調整剤を口腔内に、塗布、歯磨き、経口摂取、喫食の少なくとも一つの手法にて適用することを特徴とする口腔常在菌叢調整方法。
【請求項14】
前記口腔常在菌叢調整剤にはカテキンが含有され、当該口腔常在菌叢調整剤の1回の適用において含まれるカテキン量が10〜100mgの範囲であることを特徴とする請求項13に記載の口腔常在菌叢調整方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−64961(P2010−64961A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−230499(P2008−230499)
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月10日発行の「日本歯科医師会雑誌(第61巻第5号通巻718号)」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月12日 インターネットアドレス「http://www.congre.co.jp/jsdr2008/pdf/ippan_koen_1.pdf」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月13日 第14回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会 大会事務局発行の「第14回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会 プログラム・抄録集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月15日 インターネットアドレス「https://endai.umin.ac.jp/cgi−open−bin/hanyou/lookup/detail.cgi?parm=a00436−00010&cond=’A00436−00010−10039’&&」に発表
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月10日発行の「日本歯科医師会雑誌(第61巻第5号通巻718号)」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月12日 インターネットアドレス「http://www.congre.co.jp/jsdr2008/pdf/ippan_koen_1.pdf」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月13日 第14回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会 大会事務局発行の「第14回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会 プログラム・抄録集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月15日 インターネットアドレス「https://endai.umin.ac.jp/cgi−open−bin/hanyou/lookup/detail.cgi?parm=a00436−00010&cond=’A00436−00010−10039’&&」に発表
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】
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