説明

合成桁

【課題】曲げ耐荷力性能に優れた、鋼桁と、コンクリート床版あるいは鋼コンクリート合成床版とをずれ止めを用いて合成した合成桁を提供する。
【解決手段】ウェブとフランジを有する鋼桁と、コンクリート床版あるいは鋼コンクリート合成床版とをずれ止めを用いて合成し、Dp / Dt ≦0.4を満足する合成桁であって、前記鋼桁が、降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配が正で、かつ降伏応力σyに対する1.0%ひずみにおける応力σ1.0%の比である応力上昇率(σ1.0%/σy)が1.08以上である鋼材からなるウェブとフランジを具備する。但し、Dt:合成桁断面の全高、Dp :合成桁断面の床版上面から塑性中立軸までの距離

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼桁と、コンクリート床版あるいは鋼コンクリート合成床版とをずれ止めを用いて合成した合成桁に関し、特に曲げ耐荷力性能に優れた合成桁に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、我が国では、鋼材の降伏までの弾性域を対象とした許容応力度設計法による合成桁が主流となっている。しかしながら、更なる合理化、コストダウンを実現するため、鋼材降伏後の性能を考慮した設計法が模索されつつある。
【0003】
鋼材降伏後の性能を考慮した合成桁の曲げ耐荷力の算定方法として、塑性理論を用いる方法がある(非特許文献1)。この方法は、図8に示した3つの断面、すなわち、
a) コンパクト断面:全塑性曲げモーメントに到達することができる断面
b) ノンコンパクト断面:圧縮域の最縁端で降伏に到達することができるが、局部座屈の発生により、全塑性には至らない断面
c) スレンダー断面:局部座屈の発生により圧縮状態で降伏に至らない断面
のうち、a) コンパクト断面を対象とするもので、全塑性曲げモーメントが曲げ耐荷力に等しいとして曲げ耐荷力を算定する(図9、図においてbeffは床版の有効幅,f 'cdはコンクリートの圧縮強度,f ydは鋼部材の降伏強度,Muは合成桁の曲げ耐荷力,Mpは全塑性曲げモーメント,Nc,fは床版の塑性軸力,Npl (+)は鋼部材の塑性軸力(引張側)を表す)。
【0004】
一方、鋼材分野で、鋼材降伏後の性能を考慮したものとして、特許文献1に加工硬化を開始した後、6%までのひずみ範囲において、加工硬化指数が0.2以上で、降伏応力YPに対する一様ひずみにおける塑性変形応力YBの比である応力上昇率(YB/YP)が1.33以上である鋼材からなるフランジを具備した耐震性に優れたH形鋼が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、塑性理論を用いる方法では、コンパクト断面を採用しても、図10に示すように、破壊して床版の圧壊が生じ、全塑性曲げモーメントに到達しないケースのあることが問題となる。
【0006】
これに対し、Eurocode 4 (非特許文献2)では、図11に示すように、Dpを床版上面から塑性中立軸までの距離、Dtを合成桁断面の全高、Mpを全塑性曲げモーメント、Muを曲げ耐荷力、b を曲げ耐荷力の低減係数としたときに、0.15≦Dp / Dt ≦0.40の範囲において、合成桁の曲げ耐荷力MuをbMpに低減することとし、曲げ耐荷力が最大15%低減されるため、大きなディメリットとなる。なお、Eurocode 4ではDp / Dt > 0.40の場合には、弾性はり理論など他の方法により曲げ耐荷力を算定することとしており、鋼材の塑性化を許容しない領域となっている。
【0007】
特許文献1記載のH形鋼は、加工硬化を開始した後6%までの大きなひずみ範囲を対象として、地震時の耐座屈性および塑性変形能力を向上させるもので、H形鋼すなわち鋼部材が単独で塑性変形する現象を扱うが、一方、合成桁では、鋼桁と床版が一体となって変形するため、このような大きなひずみが生じない。
【0008】
合成桁の場合、最大でも3%程度のひずみに到達する前に床版が圧壊することになり、対象とする破壊モードやひずみレベルが異なる特許文献1の考え方を適用することはできない。
【0009】
本発明は、鋼材降伏後の性能を考慮した設計法に基づき製造された曲げ耐荷力性能に優れた合成桁を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の課題は以下の手段で達成可能である。
1.ウェブとフランジを有する鋼桁と、コンクリート床版あるいは鋼コンクリート合成床版とをずれ止めを用いて合成し、Dp / Dt ≦0.4を満足する合成桁であって、前記鋼桁が、降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配が正で、かつ降伏応力σyに対する1.0%ひずみにおける応力σ1.0%の比である応力上昇率(σ1.0%/σy)が1.08以上である鋼材からなるウェブとフランジを具備すること特徴とする合成桁。但し、Dt:合成桁断面の全高、Dp :合成桁断面の床版上面から塑性中立軸までの距離
2.橋軸方向において、全塑性曲げモーメントに到達することができる断面(コンパクト断面)として断面決定した領域に1記載の合成桁を用いたことを特徴とする合成桁。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、Eurocode 4の曲げ耐荷力低減領域(0.15<Dp / Dt ≦0.4)においても、全塑性曲げモーメントに到達可能な合成桁が得られ、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】合成桁の曲げ耐荷力特性を評価するための解析モデル例(非線形FEM解析モデル例)を示し(a)は斜視図、(b)は断面図。
【図2】鋼材モデルの応力−ひずみ関係を示す図。
【図3】Mu / MpとDp / Dt の関係を示す図。
【図4】Mu / Mpと鋼材の応力上昇率の関係(床版幅470mmでコンクリートの圧縮強度変化)で、(a)は応力上昇率(σ1.0%/σy)、(b)は応力上昇率(σ2.0%/σy)、(c)は応力上昇率(σ3.0%/σy)の場合を示す図。
【図5】Mu / Mpと鋼材の応力上昇率(σ1.0%/σy)の関係にDp / Dt = 0.4(推定値) 追加した図。
【図6】合成桁のフランジ、ウェブ、横桁への適用例図。
【図7】コンパクト断面への適用例図。
【図8】合成桁曲げモーメントと断面の分類(先行文献1)の関係を示す図。
【図9】コンパクト断面における全塑性モーメント時の応力分布の仮定および曲げ耐荷力の算定(先行文献1)を説明する図。
【図10】曲げモーメントの作用による床版の圧壊を説明する図。
【図11】曲げ耐荷力の低減図(Eurocode 4)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は合成桁の鋼桁に用いる鋼材の引張特性を規定して、Eurocode 4 (非特許文献2)で、合成桁の曲げ耐荷力MuをbMpに低減するとされてきた領域であってもMu / Mp ≧1.0とし、優れた曲げ耐荷力性能を備えた合成桁とすることを特徴とする。Mu / Mpは、曲げ耐荷力Muを全塑性曲げモーメントMpで無次元化した値で1.0以上であれば、全塑性曲げモーメントに到達、1.0未満であれば、全塑性曲げモーメントに未到達であることを意味している。
【0014】
以下の説明では、まず、非線形FEM解析により合成桁の曲げ耐荷力Muに及ぼす鋼材モデル、コンクリートの強度および合成桁の断面諸元の影響を明らかとする。その際、Dp / Dtを鋼材の応力−ひずみ関係、コンクリートの応力−ひずみ関係、床版の断面諸元を変化させることにより、0.067≦Dp / Dt ≦0.443の範囲とし、次に、Mu / MpとDp / Dt の関係を示す図を基に、Mu / Mpに及ぼす鋼材特性(鋼材の応力上昇率)の影響を求める。
[非線形FEM解析]
非線形FEM解析を行う合成桁の解析モデル例を図1に示す。対称性を考慮した1/2モデルとし、床版と支点部板材についてはソリッド要素でモデル化し、それ以外の上下フランジ、ウェブ、水平・垂直補剛材についてはシェル要素でモデル化した。支点部に関しては、上下から支点部板材で挟み込むようなモデルとした.載荷点に関しては、等分布荷重による載荷とした.床版と鋼桁は完全付着を想定し、剛体要素で連結した。
[鋼材モデル]
図2に鋼材モデルの応力−ひずみ関係を示す。土木学会 鋼構造新技術小委員会(非特許文献3)で提案された式(1)を用い、表1のパラメータを代入して求めた。
【0015】
【数1】

【0016】
【表1】

【0017】
図2においてSM570モデルはSM570鋼材を模擬したもの、鋼材A〜鋼材Cモデルは、基本スペックをSM570モデルに合わせて、σy = 450 N/mm2、 YR(降伏比)= 79%とし、降伏後の応力−ひずみ曲線を変化させたもので、降伏後の応力上昇が大きい順に鋼材A、鋼材B、鋼材Cとした。
【0018】
また、降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配を正とする。ここで、公称応力/公称ひずみの勾配を正とするひずみの範囲を降伏点から3.0%までとした理由は、複数の解析を実施した結果、鋼桁に生じるひずみの最大値が3%程度であったことに基づく。
【0019】
このように、SM570のスペックを満足するように同一の降伏強度で同一のYRとした場合でも、降伏後に様々な経路をたどることが可能である。なお、鋼材Aは、3.0%より大きいひずみ領域では公称応力/公称ひずみの勾配がほぼゼロとなるため、式(1)を用い、かつ降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配が正となる条件で、降伏後の応力上昇が最大限に大きいものとなっている。
【0020】
[コンクリートの強度]
合成桁の曲げ耐荷力は、コンクリートの強度の影響を受ける。ここでは、コンクリートの圧縮強度fcのパラメータとして、fc30:fc = 30 N/mm2、fc40:fc = 40 N/mm2、fc50:fc = 50 N/mm2、fc60:fc = 60 N/mm2の4種類とし、土木学会 コンクリート標準示方書(非特許文献4)に示される応力−ひずみ関係を適用した。
【0021】
[合成桁の断面諸元]
合成桁の曲げ耐荷力は、合成桁の断面諸元、とくに、床版と鋼桁の断面積の比の影響を受ける。ここでは、鋼桁断面を一定とし、床版幅bcを350 mm、470 mm、1340 mmに変化させた。合成桁断面の全高に対する床版上面から塑性中立軸までの距離の比であるDp / Dt は0.067≦Dp / Dt ≦0.443の範囲で解析を行なった。
【0022】
[解析結果(降伏後の応力−ひずみ曲線の勾配が合成桁の曲げ耐荷力Muに及ぼす影響)]
図3に解析結果をMu / MpとDp / Dt の関係で示す。図中にEurocode 4の低減図を合わせて示す。今回の解析では、破壊モードはすべて床版の圧壊となった。
【0023】
図3より、降伏後の応力上昇が大きい鋼材ほど、Mu / Mpは大きくなる。また、鋼材A、鋼材Bの場合には、Eurocode 4の曲げ耐荷力低減領域(0.15<Dp / Dt ≦0.4)でMu / Mp >1.0であり、全塑性曲げモーメントに到達している。
【0024】
また、鋼材Cの場合は、Dp / Dt = 0.4でMu / Mp ≒1.0であり、Eurocode 4の曲げ耐荷力低減領域のほぼ全域において、全塑性曲げモーメントに到達している。
【0025】
一方、SM570モデルの場合は、Dp / Dt > 0.17でMu / Mp < 1.0となり、全塑性曲げモーメント未到達となることが分かる。
【0026】
以上より、基本スペックをσy = 450 N/mm2、 YR(降伏比)= 79%でSM570モデルに合わせた場合でも、降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配が正で、かつ、降伏後の応力−ひずみ曲線の勾配が大きいほど合成桁の曲げ耐荷力が大きくなる。
[解析結果(降伏後の応力上昇が合成桁の曲げ耐荷力Muに及ぼす影響)]
次に、降伏後の応力上昇を数値化するための検討を行なった。図4にMu / Mpと降伏後の応力上昇率の関係を示す。図4において、縦軸は、Mu / Mp(FEM解析で得られた曲げ耐荷力Muを全塑性曲げモーメントMpで除して無次元化した値)、横軸は、各鋼材モデルから算出し、図4(a)は降伏応力σyに対する1.0%ひずみにおける応力σ1.0%の比である応力上昇率(σ1.0%/σy)、図4(b)は降伏応力σyに対する2.0%ひずみにおける応力σ2.0%の比である応力上昇率(σ2.0%/σy)、図4(c)は降伏応力σyに対する3.0%ひずみにおける応力σ3.0%の比である応力上昇率(σ3.0%/σy)である。各鋼材モデルの応力上昇率を表2に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
図4より、横軸にσ2.0%/σyおよびσ3.0%/σyを用いた場合には、fc30〜fc60のコンクリートの強度ごとにMu / Mpとの関係が非線形となるのに対し、横軸にσ1.0%/σyを用いた場合には、Mu / Mpとの関係がほぼ線形となり、Mu / Mpと応力上昇率との関係が明確となる。この結果より、各鋼材モデルの応力上昇率の指標としてσ1.0%/σyを用いる。
[解析結果(Mu / Mpと鋼材の応力上昇率(σ1.0%/σy)の関係 )]
図3において、各鋼材の曲線がDp / Dt = 0.4と交わる点を線形補間により算出し、図4のMu / Mpと鋼材の応力上昇率(σ1.0%/σy)の関係に追加したものを図5に示す.図5より、σ1.0%/σyが1.08以上であれば、Dp / Dt ≦0.4でMu / Mp ≧1.0となり、Eurocode 4の曲げ耐荷力低減領域(0.15<Dp / Dt ≦0.4)においても、全塑性曲げモーメントに到達可能となることが分かる。
【0029】
以上の結果より、本発明に係る合成桁は、鋼桁が、降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配が正で、かつ降伏応力σyに対する1.0%ひずみにおける応力σ1.0%の比である応力上昇率(σ1.0%/σy)が1.08以上である鋼材からなるウェブとフランジを具備し、その結果、Dp / Dt ≦0.4でMu / Mp ≧1.0を満足し、曲げ耐荷力性能に優れる。
【0030】
鋼材の応力上昇率(σ1.0%/σy)は、材料試験などにより算出すればよい.この際、降伏応力σyは、対象とする構造物に応じて、例えば、0.2%オフセットひずみの値とすればよい。図6、7に本発明に係る合成桁の具体的適用例を示す。
【0031】
図6は降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配が正で、かつ降伏応力σyに対する1.0%ひずみにおける応力σ1.0%の比である応力上昇率(σ1.0%/σy)が1.08以上である鋼材をフランジとウェブに適用した合成桁の一例を示す。必要に応じて、横桁や補剛材(図示せず)など他の部材に対して適用しても良い。
【0032】
図7は、本発明に係る合成桁を橋軸方向において、全塑性曲げモーメントに到達することができる断面(コンパクト断面)として断面決定した領域に用いた場合の一例を示す。
【0033】
曲げモーメントが正となる正曲げ域を全塑性曲げモーメントに到達することができる断面(コンパクト断面)として断面決定し、この領域に本発明に係る合成桁を用いる。これにより、Dp / Dt がEurocode 4の曲げ耐荷力低減領域(0.15<Dp / Dt ≦0.4)にある場合でも、全塑性曲げモーメントに到達可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0034】
【特許文献1】特開2002−88974号公報
【非特許文献】
【0035】
【非特許文献1】土木学会、「鋼・合成構造標準示方書 総則編・構造計画編・設計編」、P244−250、2007.3
【非特許文献2】European Committee for Standardization (CEN)(2003): Eurocode 4、 Design of composite steel and concrete structures、 1994-2
【非特許文献3】土木学会 鋼構造新技術小委員会 最終報告書(耐震設計研究)、pp.61-62、 1996.5
【非特許文献4】土木学会 コンクリート標準示方書[構造性能照査編]、 2002.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウェブとフランジを有する鋼桁と、コンクリート床版あるいは鋼コンクリート合成床版とをずれ止めを用いて合成し、Dp / Dt ≦0.4を満足する合成桁であって、前記鋼桁が、降伏点から3.0%ひずみまでのいずれのひずみにおいても公称応力/公称ひずみの勾配が正で、かつ降伏応力σyに対する1.0%ひずみにおける応力σ1.0%の比である応力上昇率(σ1.0%/σy)が1.08以上である鋼材からなるウェブとフランジを具備すること特徴とする合成桁。但し、Dt:合成桁断面の全高、Dp :合成桁断面の床版上面から塑性中立軸までの距離
【請求項2】
橋軸方向において、全塑性曲げモーメントに到達することができる断面(コンパクト断面)として断面決定した領域に請求項1記載の合成桁を用いたことを特徴とする合成桁。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図1】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−127078(P2012−127078A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−277901(P2010−277901)
【出願日】平成22年12月14日(2010.12.14)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】