説明

合成繊維マルチフィラメント糸及びその製造方法

【課題】任意の高い収縮率の再現と収縮率の経時安定性の両方を兼ね備えた、経済性に優れたマルチフィラメントとその製造法を提供する。
【解決手段】本発明によれば、ポリエステル等の熱可塑性ポリマーを主たる原料とし、乾熱収縮率が10〜45%で熱収縮率の経時安定性に優れ、乾熱収縮率[Kd(%)]が下記数式を満足する、混繊複合糸製造用原糸として好適な高収縮性のマルチフィラメント糸が提供される。該フィラメント糸は、イソフタル酸成分を共重合したポリエステルからなる未延伸糸又は部分配向糸を冷延伸することにより製造される。
0.0 ≦ Kd(%) < 5.0

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混繊複合糸製造用の原糸として好適な合成繊維マルチフィラメント糸及びその製造法に関するものである。さらに詳しくは、熱収縮率の経時変化が小さく、混繊時の工程安定性及び工程通過性が良好で、かつ生産性にも優れた新規な高収縮性合成繊維マルチフィラメント糸、並びに、特定の未延伸糸又は部分配向糸を熱セットすることなく冷延伸することにより上記合成繊維マルチフィラメント糸を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリエステルフィラメントで代表される合成繊維マルチフィラメント糸において、該マルチフィラメント糸を衣料用途に利用する場合には合成繊維独特の硬い風合いを改善すべく様々な改良が行われてきた。その代表的な一つの手法として、収縮率の異なる繊維を複数組み合わせて混繊複合糸とする方法が知られている。この複合糸は、以後の熱処理により糸条表面に出て手触りや風合いに大きく影響する熱収縮率の小さい低収縮繊維又は熱により自ら伸長する自己伸長繊維(以下、これらを「低収縮糸」と総称する)と該低収縮糸よりも大きな熱収縮率を有する高収縮繊維からなる糸(以下、「高収縮糸」と称する)とを組み合わせて形成され、布帛形成後に主に高収縮糸を熱収縮させることによって布帛にふくらみを発現させ、良好な風合いを与えるようにつくられている(例えば、下記特許文献1及び特許文献2参照)。
【0003】
このような複合糸を構成する低収縮糸としては、風合い、意匠性、染色性等多く面で優れた性質が求められ、今日に至るまで細繊度化、異染化、異型断面化、その他の外観改善等が行われてきた。一方、高収縮糸としては、布帛のハリ・コシといった布帛のドレープ性改善以外は、より多種類の低収縮糸との組み合わせを容易にする目的で、より汎用性、経済性のある糸が求められてきた。しかし、かかる高収縮糸において、より高い熱収縮率の実現と熱収縮率のコントロール性との両立は、過去実現されたことの無い要求特性であって、技術的難易度の高い課題とされてきた。
【0004】
これまでポリエステル等の汎用高分子重合体を原料とする高収縮糸の製造では、熱収縮率を高めるために熱セット温度を低目に調整する方法や、目的とする熱収縮率を得るために不完全延伸等の方法が採用されてきた。しかしながら、熱セット温度の低温化や不完全延伸の実施によって、得られる高収縮糸の品質がより不安定になり、製糸後に外因の影響を受けやすく、経時安定性が乏しいものとなる。このため、品質の良好な複合糸を得るには、高収縮糸の製糸後速やかに低収縮糸と複合化し熱セットしなければならず、高収縮糸を原糸の状態で、一定期間以上保管することや環境変化の激しい輸送方法を選択することができなかった。
【0005】
すなわち、従来の高収縮糸は、その収縮率が製糸後の時間経過により変化し収縮率の経時安定性に乏しいため、製糸から複合化までの時間を極力短くするか、あるいは、製糸から複合化までを常に一定の時間に保つ必要があり、保管時間の厳密な管理を行わなければならない。後者の保管時間の管理は煩雑なため、通常は、複合糸の品質管理上不良率を抑制する目的で、高収縮糸の製糸直後に複合化を行う方法が採られている。しかしながら、このような方法では複合化のつど高収縮糸を製造しなければならないという問題があり、生産上の大きな制約となっている。このように、高収縮糸は事前に作り置きができず、複合糸製造のたびに製糸する必要があるということは、特に経済性を求められる高収縮糸にとっては致命的な欠点である。
【0006】
また、従来は、複合化に際して必ず高収縮糸側が熱セットされるようにする必要があった。高収縮糸の製糸から複合化において熱セットを全く行わない場合には、布帛形成後に熱セットを実施する必要があり、事実上そのような布帛を安定して製造することは、微少量での生産を除き不可能であった。
【0007】
このように、高収縮糸においては、その性質から収縮率のバラツキに起因する複合糸使用布帛の品位上の多岐にわたる問題が存在する。例えば、製糸の時期が相違し収縮率のバラツキが存在する高収縮糸を用いて、同一条件で複合糸の製造を行うと、後の布帛形成後の熱セットにおいて収縮斑(筋斑)を生じ、製品品位の低下を招くという問題があった。また、この問題を避けるべく収縮率が一定値以下になるよう熱セットした糸を高収縮糸に用いた複合糸では、収縮率が不十分で、満足できる布帛のふくらみや質感を達成することができなかった。
【0008】
【特許文献1】特開平1−250425号公報
【特許文献2】特開平7−207540号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の主たる目的は、従来の技術が有する上述のような問題点に鑑み、高い収縮率を有するにもかかわらず、優れた収縮率の経時安定性を有し、混繊複合糸用の原糸として好適な合成繊維マルチフィラメント糸を提供することにあり、他の目的は、そのような合成繊維マルチフィラメント糸を工業的に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の主たる目的を達成するため、鋭意研究を重ねた結果、下記の要件を満たす新規な合成繊維マルチフィラメント糸によって、その目的が達成されることを見出し、本発明に到達した。
【0011】
すなわち、本発明の合成繊維マルチフィラメント糸は、熱可塑性ポリマーを主たる原料とするマルチフィラメントであって、乾熱収縮率が10〜45%、好ましくは20〜40%の範囲内であり、かつ乾熱収縮率の経時安定性に優れており、乾熱収縮率の変化率[Kd(%)]が下記数式(1)を満足する範囲内にあることを特徴とする合成繊維マルチフィラメント糸である。
【0012】
【数1】

【0013】
ここで、Kd(%)とは、乾熱収縮率の変化率を表わし、糸の熱収縮率経時安定性の指標としてみることができる数値である。このKd(%)は、乾熱収縮率の変化率を求める糸が、JIS Z-8703の標準温湿度状態2類の状態で120時間放置された前後での180℃における乾熱収縮率を、それぞれ、放置前の乾熱収縮率をHDSb、放置後の乾熱収縮率をHDSaとし、以下の式により求められる。この際、経時前後でのHBWSa、HWSbとも各々5本の平均値を用い、次の数式により変化率[Kd(%)]算出される。
【0014】
【数2】

【0015】
ここで、「乾熱収縮率」は以下のようにして求められる。すなわち、1dtex当たり110mgの荷重をかけたサンプルの原長(L0)を測定し、次いで無荷重で180℃の雰囲気中に30分間懸垂放置する。当該処理後、再度サンプルに1dtex当たり110mgの荷重をかけて処理後の長さ(L1)を測定する。乾熱収縮率はこれらの測定値から次式により算出される。
【0016】
【数3】

【0017】
かかる本発明の合成繊維マルチフィラメント糸において、該マルチフィラメント糸を構成する熱可塑性ポリマーは、繊維形成能を有するものであれば特に限定されないが、なかでも、エチレンテレフタレートを主たる繰り返し単位とするポリエステル、特に、これに第3成分としてイソフタル酸もしくはジメチルイソフタル酸又はこれらの両方(以下、これらを「イソフラル酸成分」と総称することがある)を共重合したコポリエステルであることが好ましい。
【0018】
この第3成分としてイソフタル酸成分を共重合したコポリエステルからなるマルチフィラメント糸としては、その沸水収縮率が10%以上で、かつ沸水収縮率の変化率[Kw(%)]が下記数式(2)を満足するものが好適である。
【0019】
【数4】

【0020】
ここで、Kw(%)とは、沸水収縮率の変化率を表わし、糸の沸水縮率経時安定性の指標としてみることができる数値である。このKw(%)は、沸水収縮率変化を求める糸がJIS Z-8703の標準温湿度状態2類の状態で120時間放置された前後での沸水収縮率を、それぞれ、放置前の沸水収縮率をBWSb、放置後の沸水収縮率をBWSaとし、以下の式により求められる。具体的には、測定する糸の小綛を沸水収縮率測定する時と同様に10本採取し、うち5本については初期沸水収縮率を測定しBWSaとし、残り5本については経時処理を行ってから沸水収縮率を測定し、BWSbとする。経時前後でのBWSa、BWSbとも各々5本の平均値を用い、次数式により変化率[Kw(%)]が算出される。
【0021】
【数5】

【0022】
ここで、「沸水収縮率」は以下のようにして求められる。すなわち、1dtex当たり110mgの荷重をかけたサンプルの原長(L0)を測定し、次いで無荷重で沸騰水中に15分間浸漬処理する。沸騰水中での浸漬処理後、再度サンプルに1dtex当たり110mgの荷重をかけて処理後の長さ(L2)を測定し、これらの測定値から、次式により沸水収縮率が算出される。
【0023】
【数6】

【0024】
これらのマルチフィラメント糸のフィラメント数及び繊度は、複合化する相手の低収縮糸フィラメント数及び繊度等に応じて適宜選択すべきであるが、通常、フィラメント数が10〜50本で、かつ全繊度が約30〜150dtexであるものが好ましい。また、フィラメント当りの繊度(単糸繊度)は、複合化する相手の低収縮糸のそれよりも大きいことが望ましく、一般に、1〜5dtexが好ましい。
【0025】
上記の如き本発明に係る新規な合成繊維マルチフィラメント糸は、次のような方法により、安定的かつ経済的に製造することができる。
すなわち、本発明によれば、好適な製造方法として、ポリマーを構成する主な繰り返し単位がエチレンテレフタレートであり、これに第3成分としてイソフタル酸もしくはジメチルイソフタル酸又はこれらの両方を、該ポリエステルを構成する全芳香族ジカルボン酸成分に対して1〜10モル%の割合で共重合したコポリエステルを溶融紡糸した、複屈折率(Δn)0.02〜0.05のポリエステルマルチフィラメント糸を冷延伸することにより、180℃における乾熱収縮率が10〜45%であり、かつ、乾熱収縮率の変化率[Kd(%)]及び沸水収縮率の変化率[Kw%]が下記数式(1)及び(2)を同時に満足するマルチフィラメント糸を得ることを特徴とする方法が提供される。
【0026】
【数7】

【0027】
この際、冷延伸されるポリエステルマルチフィラメント糸は、紡糸速度2500〜3500m/分で溶融紡糸した、複屈折率(Δn)0.02〜0.05の未延伸糸又は部分配向糸(POY)であることが好ましく、また、冷延伸における延伸倍率は、延伸後のフィラメントの複屈折率(Δn)が0.06〜0.15となる倍率で延伸することが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明の合成繊維マルチフィラメント糸は、熱収縮率が大きいにもかかわらず、熱収縮率の経時変化が非常に小さい。したがって、製糸の時期に関係なく、これを低収縮糸と組み合わせて、安定した品質の混繊複合糸を製造することができる。また、該マルチフィラメント糸を単独で他の糸と交織・交編する場合も、染斑や筋斑のない均一な布帛を得ることができる。
【0029】
特に、イソフタル酸を共重合したポリエステルからなる未延伸糸又は部分配向糸(POY)を冷延伸したマルチフィラメント糸は、延伸条件によって収縮率が任意に選択できるという格別の効果を有する。したがって、このマルチフィラメント糸を高収縮糸として用い、これと熱収縮率が10%以下の熱セットされた一般的なポリエステルマルチフィラメント糸からなる低収縮糸とを組み合わせて混繊複合糸を製造すると、従来のような経時による品質のバラツキを解消することができ、染色による筋感が無く、ふくらみと共に、良好な風合いと品位を兼ね備えた布帛とすることができる。
【0030】
また、この合成繊維マルチフィラメント糸を複合糸とせずに単独で使用する場合においても、後の布帛形成やその使用において、隣接する同類他糸又は布帛上での隣接素材に対して安定した熱収縮特性を提供し、収縮斑のない均一な組織を構成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
混繊複合糸の高収縮糸として好適に使用される本発明のマルチフィラメント糸を構成する原料ポリマーは、特に限定されるものではなく、従来から知られる熱可塑性合成繊維製造用ポリマーの中から適宜選択してよい。製織、製編による衣料用布帛形成を主たる目的とする場合には、好ましくはポリエステル、ナイロン等の汎用の合成繊維製造用の熱可塑性ポリマーが用いられる。しかしながら、なかでも結晶性に乏しいポリマー又は結晶性を阻害するような第3成分を添加したポリマー、特に結晶性のポリエチレンテレフタレートである場合には、第3成分としてイソフタル酸又はジメチルイソフタル酸を該ポリエステルの全芳香族ジカルボン酸成分に対して1〜10モル%、特に2〜6モル%、の割合で共重合せしめて結晶性を低下させたコポリエステルが好ましい。
【0032】
本発明のマルチフィラメント糸(高収縮糸)の繊度、フィラメントカウント、断面形状等についても特に制限はなく、目的とする熱収縮性能を妨げない形状であれば、何れの組み合わせを選択してもよいが、混繊複合糸製造用の原糸としては、既に述べたように、フィラメントカウントが10〜50本、特に15〜30本で、かつ延伸後の全繊度が30〜150dtex、特に50〜100dtex、単糸繊度1〜5dtexのものが好ましい。また、フィラメント当りの繊度(単糸繊度)は、複合化する相手の低収縮糸のそれよりも大きいことが望ましく、一般に、低収縮糸は単糸繊度が小さいものが用いられるので、高収縮糸として使用される本発明のマルチフィラメント糸の単糸繊度1〜5dtexが好ましい。
【0033】
本発明のマルチフィラメント糸にあっては、延伸後の乾熱収縮率が10〜40%の範囲内にあって、かつ変化率[Kd(%)]が上記数式(1)を満足することが必要である。
この[Kd(%)]が、上記範囲外では、マルチフィラメント糸を用いた複合糸を布帛にして精練・漂白、染色、仕上げ加工したとき段斑が発生するので、本発明の目的を達成できない。
【0034】
また、本発明のマルチフィラメント糸は、沸水収縮率についても、その変化率[Kw(%)]が上記数式(2)を満足することが好ましい。沸水収縮率の変化率[Kw(%)]が上記数式(2)の範囲外でも、上記の筋斑が発生し易い。
【0035】
従って、本発明のマルチフィラメント糸の好ましい態様は、ポリエチレンテレフタレートに第3成分としてイソフタル酸成分を該ポリエステルの全芳香族ジカルボン酸成分に対して上記のモル%で共重合せしめて結晶性を低下させたコポリマーからなるポリエステルマルチフィラメント糸であって、その乾熱収縮率が10〜40%で、しかも乾熱収縮率及び沸水収縮率の変化率、[Kd(%)]及び[Kw(%)]、が上記数式(1)(2)を同時に満足するものである。
【0036】
以下、上述のごとき本発明の合成繊維マルチフィラメント糸(高収縮糸)の好適な製造法について詳述する。
本発明では、原料となるポリマー及びポリマーから繊維化する際の具体的方法は、特に制限されるものではないが、製織、製編による衣料用布帛形成を主たる目的とする場合には、ポリエステル系等の汎用性熱可塑性ポリマーを用いるのが好ましい。なかでも、ポリマーを構成する主な繰り返し単位がエチレンテレフタレートであり、これに第3成分としてイソフタル酸成分を上記割合で共重合したコポリエステルが最適である。
【0037】
これを公知の方法で溶融紡糸してポリエステルマルチフィラメント糸を得た後、これを例えば1.3〜2.0倍に冷延伸することにより、延伸後のフィラメントの複屈折率(Δn)が0.06〜0.15の糸とするのが最適である。
【0038】
この際、溶融紡糸後のポリエステルマルチフィラメント糸は、紡糸速度2500〜3500m/分で溶融紡糸して得た複屈折率(Δn)0.02〜0.05の未延伸糸又は部分配向糸(POY)であることが好ましい。
【0039】
延伸工程では、糸条に熱を加えない冷延伸を行うことが必要である。ここで加熱すると収縮率が低下するので、好ましくない。同様の理由で、延伸後にも熱処理しないことが好ましい。
【0040】
本発明の合成繊維マルチフィラメント糸は、上記のごとき性質を有するため、低収縮糸と組み合わせて混繊複合糸とすることが出来る。この際、本発明のマルチフィラメント糸(高収縮糸)と組み合わせる低収縮糸としては、乾熱収縮率及び/又は沸水収縮率が、上記の高収縮糸よりも実質的に小さい糸が使用される。例えば、一般的なポリエステルフィラメント糸はその使用時に熱収縮率挙動が安定するよう乾熱及び沸水収縮率がほぼ10%以下になるよう熱セットが行われている。したがって、本発明によるマルチフィラメント糸を高収縮糸とし、一般的な延伸熱処理を施したポリエステルフィラメント糸を低収縮糸として使用し、これらを組み合わせて、良好な混繊複合糸とすることが出来る。また、低収縮糸として上記特許文献1に記載のごとき自己伸長糸を使用してもよい。
【0041】
これらの高収縮糸及び/又は低収縮糸には、必要に応じ、安定剤、艶消剤、着色剤フィラー、その他の添加剤を含んでもよい。また、これらの糸の一部又は全部の繊維断面が通常の円形(丸)断面以外の、楕円、扁平、トライローバル、マルチローバルあるいは中空等の異形断面であっても差し支えない。さらに、高収縮糸及び/又は低収縮糸が、それぞれの熱収縮特性が上記条件を満たす限り、複数種の糸条で構成されていても差し支えない。
【0042】
複合糸の製造に当っては、例えば、図1のような装置を用い、高収縮糸Aと低収縮糸Bとを合わせて圧縮空気撹乱流を利用した交絡装置3に導入し、該交絡装置3で互いの構成フィラメント(単繊維)同士を交絡させた後、1本の混繊複合糸として引き取る方法が採用される。
【0043】
この混繊複合糸は、織物、編物等の布帛とした後、精錬、染色、仕上げ等工程で熱が付与されることで、該複合糸中の高収縮フィラメントが収縮して芯糸となり、低収縮フィラメントが鞘糸となってふくらみのある風合いの良好な布帛を形成する。そして、高収縮糸の製糸時期が異なる糸を使用した場合でも染斑や筋斑のない品位の高い製品となるので、高収縮糸の作り置きも可能となり、生産性が格段に向上する。
【実施例】
【0044】
以下、本発明について実施例及び比較例でより具体的に説明する。ただし、本発明の範囲は、これらによって何ら限定されるものではない。
[実施例1〜2]
<高収縮糸の製造>
高収縮糸に使用したポリエステル重合体は、イソフタル酸を2.6モル%共重合したポリエチレンテレフタレート(オルトクロロフェノール中35℃の固有粘度0.61)を常法によって作製し、チップ状としたものを準備した。
【0045】
得られたチップを常法により乾燥し、溶融温度285℃で、それぞれ丸断面形状の吐出孔を15個配した紡糸口金と、丸断面形状の吐出孔を30個配した紡糸口金より押し出し、いずれも終端速度3000m/分にて引取って、それぞれ、繊度50dtex/15fil、複屈折率(Δn)0.031のマルチフィラメント糸及び繊度100dtex/30fil、複屈折率(Δn)0.033のマルチフィラメント糸として捲き取った。捲き取った各マルチフィラメント糸を、それぞれ延伸機にて原糸破断伸度よりも低い倍率、すなわち前者は1.35倍、後者は1.33倍、に設定して冷延伸を行って捲き取り、高収縮フィラメント糸(フィラメントA)を得た。それぞれのフィラメント糸の複屈折率(Δn)は0.11及び0.10であった。それら糸の熱収縮特性を、表1中に実施例1、実施例2のフィラメントA欄に示す。
【0046】
<複合糸の製造>
一方、これとは別に、延伸熱処理した繊度56dtex/72filと112dtex/144filの2種の完全配向ポリエステルフィラメント糸(フィラメントB)を用意した(これらの熱収縮特性も表1中に実施例1、2のフィラメントB欄に示す)。これと上記の高収縮フィラメントAの同繊度の糸同士を合糸し、混繊を行って複合糸を製造した。複合化は、図1に示す装置を用いて、常法により空気交絡装置を備えた混繊機にて行い、混繊複合糸の交絡個数について同一交絡数になるよう調整を行い、オーバーフィード率2%にて処理し、表1に示すような混繊複合糸を得た。すなわち、図1の装置において、Aは本発明の合成繊維マルチフィラメント糸からなる高収縮糸(芯糸)、Bは完全配向ポリエステル糸からなる低収縮糸(鞘糸)であり、原糸供給ローラー1から供給された両方の糸は予熱ローラー2を経て、圧縮空気交絡装置3で混繊され、引き取りローラー4で引き取られ製品の複合糸6として捲き取った。ただし、実施例1〜2及び比較例1〜2では、セットヒータ5は不使用とし、比較例3のみセットヒーター5(設定温度180℃)を使用した。
【0047】
<布帛の作製及び評価>
この際、後の筋斑評価を目的に、得られた混繊糸を基準として、別途同一の方法・条件で製糸し、冷延伸時後から混繊複合化までの経時時間を5日間延長した高収縮糸Aと上記低収縮糸Bを用いて混繊糸を作製し、上述の基準とする混繊糸と混用して布帛形成に用いた。
【0048】
ここでは、冷延伸後からの経時日数の異なる両方の糸を併用して常法により平織に製織し布帛を得た後、常法に従いボイルオフ、プレセット、染色及びファイナルセットを行うことにより、目的とする布帛を得た。なお、実施例1では双糸合撚にて経糸用に整経し、実施例2では単糸合撚にて経糸用に整経して用いた。
【0049】
得られた各布帛について、ふくらみ等風合いに関する官能検査を行った。その後、毛羽、染色性による筋感等の品位検査を行って、工程通過性と合わせて総合評価を行った。それぞれの原糸物性の測定と製品の布帛になった後の官能検査から、表1において実施例1、実施例2欄に示す結果を得た。
【0050】
実施例1、2により得られた各布帛は、いずれも、重合、製糸、製織、染色の工程性も良好であり、目的とする染めによる筋感が無く適度なふくらみと共に、良好な風合いと品位を兼ね備えた布帛であった。
【0051】
[比較例1〜2]
高収縮糸(フィラメントA)の原料となるポリエステル重合体としてイソフタル酸を共重合していないポリエチレンテレフタレートを使用したことを除き、実施例1、2と同様に各工程を経て布帛形成を行い、表1の比較例1、2欄に示すような結果を得た。すなわち、これらの比較例では、布帛のふくらみは一応良好であったが、筋斑が目立ち、商品としての価値のないものであった。
【0052】
[比較例3]
高収縮糸(フィラメントA)に製造において、冷延伸の代わりに180℃の熱セットを伴って延伸を行い、その他は比較例2と同様に各工程を経て布帛形成を行い、表1の比較例3欄に示す結果を得た。すなわち、この比較例の製品は布帛のふくらみがなく、商品としての価値のないものであった。
【0053】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の合成繊維マルチフィラメント糸を使用して混繊複合糸を製造する装置の一例を示す概略側面図。
【符号の説明】
【0055】
A:高収縮糸(芯糸)
B:低収縮糸(鞘糸)
1:原糸供給ローラー
2:予熱ローラー
3:圧縮空気交絡装置
4:引き取りローラー
5:セットヒーター(比較例3のみ使用)
6:製品の複合糸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可塑性ポリマーを主たる原料とする合成繊維マルチフィラメントであって、その乾熱収縮率が10〜45%であり、かつ、乾熱収縮率の変化率[Kd(%)]が下記数式(1)を満足することを特徴とする合成繊維マルチフィラメント糸。
0.0 ≦ Kd(%) < 5.0 ・・・・(1)
[上記数式(1)中のKd(%)は、対象とする合成繊維マルチフィラメント糸を、JIS Z-8703の標準温湿度状態2類の状態で120時間放置した前後の熱収縮率の変化率を表わす。]
【請求項2】
熱可塑性ポリマーが、エチレンテレフタレートを主たる繰り返し単位とするポリエステルであり、これに第3成分としてイソフタル酸もしくはジメチルイソフタル酸又はこれらの両方を共重合したコポリエステルであることを特徴とする請求項1記載の合成繊維マルチフィラメント糸。
【請求項3】
エチレンテレフタレートを主たる繰り返し単位とするポリエステルであり、これに第3成分としてイソフタル酸もしくはジメチルイソフタル酸又はこれらの両方を共重合したコポリエステルからなるマルチフィラメント糸であって、その沸水収縮率の変化率[Kw(%)]が下記数式(2)を満足することを特徴とする合成繊維マルチフィラメント糸。
0.0 ≦ Kw(%) < 5.0 ・・・・(2)
[上記数式(2)中のKw(%)は、対象とする合成繊維マルチフィラメント糸を、JIS Z-8703の標準温湿度状態2類の状態で120時間放置した前後の沸水収縮率の変化率を表わす。]
【請求項4】
エチレンテレフタレートを主たる繰り返し単位とするポリエステルであり、これに第3成分としてイソフタル酸もしくはジメチルイソフタル酸又はこれらの両方を共重合したコポリエステルからなるマルチフィラメント糸であって、その乾熱収縮率が10〜45%であり、かつ、乾熱収縮率の変化率[Kd(%)]が下記数式(1)を満足するとともに、その沸水収縮率の変化率[Kw(%)]が下記数式(2)を満足することを特徴とする合成繊維マルチフィラメント糸。
0.0 ≦ Kd(%) < 5.0 ・・・・(1)
0.0 ≦ Kw(%) < 5.0 ・・・・(2)
[ただし、Kd(%)及びKw(%)は、上記と同義である。]
【請求項5】
ポリマーを構成する主な繰り返し単位がエチレンテレフタレートであり、これに第3成分としてイソフタル酸もしくはジメチルイソフタル酸又はこれらの両方を共重合したコポリエステルを溶融紡糸してポリエステルマルチフィラメント糸となし、このマルチフィラメント糸を冷延伸することにより、乾熱収縮率が10〜45%であり、かつ、乾熱収縮率の変化率[Kd(%)]及び沸水収縮率の変化率[Kw%]が、下記数式(1)及び(2)を同時に満足するマルチフィラメント糸を得ることを特徴とする合成繊維マルチフィラメント糸の製造方法。
0.0 ≦ Kd(%) < 5.0 ・・・・(1)
0.0 ≦ Kw(%) < 5.0 ・・・・(2)
[ただし、Kd(%)及びKw(%)は、上記と同義である。]
【請求項6】
冷延伸するポリエステルマルチフィラメント糸が、紡糸速度2500〜3500m/分で溶融紡糸した複屈折率(Δn)0.02〜0.05の未延伸糸又は部分配向糸であることを特徴とする請求項5記載の合成繊維マルチフィラメント糸の製造方法。
【請求項7】
冷延伸における延伸倍率が、延伸後のフィラメントの複屈折率(Δn)が0.06〜0.15となる倍率で冷延伸することを特徴とする請求項4〜請求項6のいずれかに記載の合成繊維マルチフィラメント糸の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−231472(P2007−231472A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−56423(P2006−56423)
【出願日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】