説明

合金インゴットの溶製方法

【課題】消耗電極式真空アーク溶解炉を用いた合金インゴットを溶製する方法において、合金インゴットの溶製に使用する合金原料の歩留まりの低下がなく、溶製された合金インゴットの組成変動の少ない合金インゴットの溶製方法を提供する。
【解決手段】消耗電極式真空アーク溶解炉を用いた合金インゴットの溶製方法であって、溶解炉の底部に塊状または顆粒状の合金をスタート材として配置し、スタート材と消耗電極との間にアークを発生させて溶製を開始することを特徴とする合金インゴットの溶製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空アーク溶解炉を使用したチタン合金インゴットの溶製方法に係り、特に、チタン合金インゴットの溶製開始方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属チタンは、クロール法で製造されたスポンジチタンを電極として構成し、これを真空アーク溶解することによりチタンインゴットとして製造されることが多い。
【0003】
前記した真空アーク溶解炉による電極の溶解においては、前記電極をまずは溶解炉の頂部に配設されたスティンガーロッドと呼ばれるターミナルに係合された後、前記電極の先端部と溶解ルツボの底面との間に電圧を印加してアークを発生させることにより、前記アークの発生に伴う熱エネルギーによって電極の先端部を溶解させる。最終的に電極全体の溶解により生成した溶湯を溶解ルツボに保持し、冷却して目的のインゴットを得る。
【0004】
前記の溶解開始操作においては、前記溶解ルツボの底面にはスポンジチタンやチタン切粉(以降、「スタート材」と呼ぶことがある。)が載置され、円滑な溶解操作を可能ならしめている。
【0005】
また合金インゴットを溶製する場合においては、スポンジチタンや切粉で構成された純チタン材に所定量の合金成分を有する合金材を配合して均一に混合して顆粒状原料とした後、前記顆粒状原料をプレス成形してブリケットとし、前記ブリケットを組み合わせて接合した電極(以降、「合金電極」と呼ぶ場合がある。)を構成して、上記と同様にして真空アーク溶解を行う。
【0006】
このため真空アーク溶解に先立って、ルツボの底面には、スタート材として、ブリケット成形に供された合金の顆粒状原料、すなわち、純チタン材の顆粒状原料に所定量の合金成分からなる顆粒状原料を混合したものを所定量敷き詰めておき、前記合金電極の先端部とスタート材との間にアークを発生させて溶解が開始されている。
【0007】
前記の操作によって製造した合金インゴットの底面部、すなわち合金電極の先端部であった箇所の組成は、前記スタート材が均一に溶解して形成された成分に一致することが好ましいが、前記スタート材を溶解して生成した部位の合金成分が目標組成に比べて乖離する場合がある。
【0008】
乖離した成分を詳細に調べてみると、前記合金成分のうち金属チタンよりも蒸発しやすい合金成分の濃度が低下していることが知られている。これは、アークの熱エネルギーにより、スタート材のうち融点の低い合金材が優先的に溶解してしまい、また、チタンよりも蒸気圧の高い成分が揮発・散逸してしまうためである。このような状況を鑑みて、前記合金成分からなる顆粒状原料は、蒸発ロス分も見込んで多めにスタート材中に配合することによって、溶製された合金インゴット中の成分を目標値に近づけるような工夫がなされている。
【0009】
しかしながら、前記した方法では、溶解ルツボから蒸発した合金成分は、ロス分として計上され、原料歩留まりが低下するという課題が残る。また、消耗電極とスタート材との間のアークの熱エネルギーによってスタート材が溶融し、飛散してしまうというスプラッシュ現象が問題となっていた。更には、溶解ルツボから蒸発した合金成分は、真空アーク溶解炉内や真空排気系に局部的に凝集するため、前記凝集した合金成分を除去する必要があるが、前記清掃作業は人手により行われるため作業工数が余分に必要となり改善の余地が残されている。
【0010】
前記したスプラッシュの点については、飛散し易いスポンジチタンや切粉に代えて円板状のチタン材を用いることにより解消することができる技術が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0011】
また、前記スタート材として微粒なスポンジチタンを溶解ルツボの底面に配置することによりアークの発生を容易にする技術も開示されている(例えば、特許文献2参照。)。
【0012】
しかしながら、特許文献1および2には、溶製されたインゴット中の合金成分のバラツキや、揮発する合金成分の歩留まり解消に関する知見は開示されていない。
【0013】
このように、消耗電極式真空アーク炉を用いた合金インゴットの溶製方法において、合金歩留まりの低減がなく、また、溶製された合金インゴットの組成変動の少ない合金の溶製方法が望まれている。
【0014】
【特許文献1】特公昭38−024202号公報
【特許文献2】特開平03−180407号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、真空アーク溶解炉を用いた合金インゴットを溶製する方法において、前記合金インゴットの溶製に使用する合金原料の歩留まりの低下が少なく、また、溶製された合金インゴットの組成変動の少ない合金インゴットの溶製方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
かかる実情に鑑み前記課題について鋭意検討を進めてきたところ、塊状または顆粒状原料として、金属の単なる混合成型物ではなく合金とした上で、消耗電極の溶製開始時に使用するスタート材として用いることにより、溶製後の合金インゴットの合金組成が長手方向に均一になることを見出し、本願発明を完成するに至った。
【0017】
即ち、本発明は、消耗電極式真空アーク溶解炉を用いた合金インゴットの溶製方法であって、溶解炉の底部に塊状または顆粒状の合金をスタート材として配置し、スタート材と消耗電極との間にアークを発生させて溶製を開始することを特徴としている。
【0018】
本発明においては、塊状または顆粒状合金が溶製後の合金インゴットの成分と一致するように成分調整された合金で構成されていること、また、消耗電極が溶製後の合金インゴットの成分と一致するように成分調整されて混合された溶解原料で構成されていることを好ましい態様としている。
【0019】
本発明においては、塊状または顆粒状合金がスカル炉で溶製して製造された合金であることを好ましい態様としている。
【0020】
本発明においては、塊状または顆粒状合金を溶解炉の底面に対して山形に挿入することを好ましい態様としている。
【0021】
本発明においては、消耗電極の底面に着火ブロックを装着しておくことを好ましい態様としている。
【0022】
本発明においては、合金が金属チタンよりも蒸気圧の高い合金成分を含んでいることを好ましい態様としている。
【発明の効果】
【0023】
以上述べた本願発明の方法に従ってスタート材を使用して真空アーク溶解炉により合金インゴットを溶製することにより、前記合金の溶製に使用される合金成分のうち揮発成分に起因する溶解歩留りの低下を効果的に抑制できるのみならず、スタート材を含む溶製されたインゴットの溶解開始部分の成分変動も効果的に抑制できるという効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の最良の実施形態について図面を用いて以下に説明する。
図1は、本願発明を実施するための好ましい真空アーク溶解炉の主要部の一例を模式的に表したものである。符号1は、溶解に供される合金原料を成型した消耗電極であり、スタブ4を介して、上下方向に移動可能なスティンガーロッド5に保持されている。消耗電極1は、冷却機能を有する水冷銅ルツボ6内に吊り下げられており、水冷銅ルツボ6の底部には、インゴットの合金組成を有する合金の顆粒状原料からなるスタート材3が保持されている。
【0025】
ここで、図示しない排気装置を稼動させて雰囲気を真空に保ち、消耗電極1とスタート材3との間に所定の電圧を印加することによって消耗電極1とスタート材との間にアークが発生し、消耗電極1の溶解が開始される。その後はスティンガーロッド5の上下位置を適宜調整しつつアーク放電を継続することによって、最終的には全ての消耗電極1を溶解させる。溶湯は、水冷銅ルツボ6内にて冷却され、インゴットを形成する。
【0026】
本願発明に用いる消耗電極1は、溶製されるインゴットの組成が得られるような合金原料で構成されている。前記合金原料が顆粒状原料である場合には、顆粒状原料をプレスしてブリケットとし、前記ブリケットを組み合わせて溶接接合することにより構成することができる。
【0027】
前記消耗電極1は、スティンガーロッド5に係合されており、前記スティンガーロッド5と消耗電極1は、スタブ4を介して係合されている。前記スティンガーロッド5は、消耗電極1の自重を支持するのみならず、消耗電極1と水冷銅ルツボ6との間の通電する電極の役目も担っている。
【0028】
本願発明においては、水冷銅ルツボ6の底面には、スタート材3を載置しておくことを特徴としている。スタート材3を載置しておくことで、スタート材3を用いない場合と比較して、消耗電極1と水冷銅ルツボ6底面との間に最初に形成させるアークの生成を容易ならしめることができるという効果を奏するものである。
【0029】
本願発明においては、前記スタート材3は、消耗電極1を構成する顆粒状原料を使用することが好ましく、更に前記顆粒状原料を一旦溶解して塊状に加工した材料(以降、「ブロック状スタート材」と呼ぶ場合がある)を使用することが好ましい。
【0030】
前記のようなブロック状原料をスタート材3として使用することにより、消耗電極1とスタート材3との間に生成するアークの熱エネルギーによりスタート材が溶融する際のスプラッシュの発生を効果的に抑制することができるという効果を奏するものである。
【0031】
また、本願発明においては、図2に示すように、消耗電極1の下端面に、消耗電極1の断面よりも小さい着火ブロック2を接合配置しておくことがより好ましい。前記のような着火ブロック2を消耗電極1の下端面に接合しておくことで、消耗電極1と水冷銅ルツボ6との間に初期段階に形成されるアークの成長を効果的に進行させることができるという効果を奏するものである。
【0032】
前記着火ブロックは、消耗電極1の下端面に接合溶着させておくことが好ましく、着火ブロックは、前記ブロック状スタート材と同じ材料で構成しておくことが好ましい。
なお、前記着火ブロックの径は、消耗電極に比べて1/3〜1/2の範囲に構成しておくことが好ましい。また、高さは、着火ブロックの径の1/3〜1/2の範囲に構成して
おくことが好ましい。前記のような形状の着火ブロックを消耗電極1の下端面に装着しておくことで、アークの発生を更に容易にすることができるという効果を奏するものである。
【0033】
なお、スタート材3は、図示するように、水冷銅ルツボ6の底面に山形になるように載置しておくことが好ましい。前記のような配置としておくことで、消耗電極1と水冷銅ルツボ6との間に安定してアークを生成させ、かつ成長させることができるという効果を奏するものである。
【0034】
また、本願発明においては、合金インゴットを溶製するために、所望の合金組成となるように原料を混合して成型した消耗電極と共に、所望の合金組成を有するスタート材を用いるが、溶解に使用するスタート材は、合金インゴットの原料である消耗電極1を構成する顆粒状原料を、予めスカル炉にて溶解して金属にした合金ブロックを使用することが好ましい。
【0035】
前記ブロック状スタート材をスカル炉で溶製する際に用いる顆粒状合金原料中の合金成分は、次工程の真空アーク溶解中に揮発する合金成分の蒸発量を見込んだ形で配合しておくことが好ましい。本願発明においては、目標合金組成に対して5%〜25%だけ過剰に投入しておくことにより、全域に亘り組成の均一なチタン合金インゴットを溶製することができるという効果を奏するものである。
【0036】
前記したような合金ブロックをスタート材3として使用することで、溶解開始時のアークの生成に伴う熱エネルギーにより溶融したスタート材3中の合金成分の揮発ロスを効果的に抑制することができるという効果を奏するものである。
【0037】
また、消耗電極1を構成する溶解原料中の合金成分も、真空アーク溶解の溶製中に揮発する分を想定して適宜溶解作業に先立って調整しておくことが好ましい。その結果、溶製された合金インゴットの合金組成を目標範囲に収めることができるという効果を奏する。
【0038】
本願発明においては、スタート材のみならず、消耗電極1自身も、スポンジチタンのような母材の顆粒状原料と合金の顆粒状原料の混合原料ではなく、一旦別溶解炉にて溶解して合金とした材料を使用してもよい。例えば、スポンジチタンに合金成分を添加した溶解原料を電子ビーム溶解炉もしくはプラズマアーク溶解炉にて事前に溶解して一次インゴットとした後、次いで前記一次インゴットを図1に示したような消耗電極1として使用することもできる。
【0039】
前記のような方法で溶製された合金インゴットは、顆粒状原料を使用して構成した消耗電極1を用いる場合に比べてより成分偏析の少ない合金インゴットを溶製することができるという効果を奏するものである。
【0040】
以上述べた本願発明にしたがって合金インゴットを溶製することにより、溶解開始時のスプラッシュの発生や合金成分の揮発が抑制されるのみならず、溶製された合金インゴット全域に亘っての組成変動も効果的に抑制されるという効果を奏するものである。
【実施例】
【0041】
[実施例1]
以下の条件下にてTi−6Al−4V合金インゴットを溶製した。
1.試験条件
1)溶解原料
・スポンジチタン:粒度(1mm〜12.5mm)
・アルミ−バナジウム母合金:粒度(0.2mm〜7.0mm)
・アルミ粒:粒度(6mm〜13mm)
2)スタート材
前記スポンジチタンとアルミ−バナジウム母合金およびアルミ粒を所定量混合してスカル炉で溶解された合金を破砕整粒したものを使用。
3)溶解炉
消耗電極式真空アーク溶解炉
【0042】
2.試験結果
前記したスタート材として使用して、4tの合金インゴットを5本溶製した。溶製された合金インゴットのアルミ成分を調査したところ、溶解開始時に相当する部位の顕著なアルミ成分の低下およびインゴットの偏析は検出されなかった。
【0043】
[比較例1]
実施例1において、スタート材として、溶製される合金インゴットと同じ組成になるようなスポンジチタンとアルミ−バナジウム母合金およびアルミ粒を配合した原料を載置した以外は、実施例1と同じ条件にて溶解したところ、前記溶製された合金インゴットの溶解開始部のアルミ濃度の顕著な低下が認められた。
【0044】
表1に、前記実施例の条件にて溶製された合金インゴットの溶解開始部のアルミの歩留まりを100とした場合の実績を記載した。その結果、実施例1は、比較例1に比べて、6%〜20%の改善効果が確認された。
【0045】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0046】
真空アーク溶解炉を使用した合金インゴットを歩留まり良く溶製することができ、また、成分偏析の小さい合金インゴットを溶製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の消耗電極式真空アーク溶解炉におけるスタート材の配置状態を示す模式断面図である。
【図2】本発明の消耗電極式真空アーク溶解炉における消耗電極下端に着火ブロックを設けた状態を示す模式断面図である。
【符号の説明】
【0048】
M…消耗電極式真空アーク溶解炉、1…消耗電極、2…着火ブロック、3…スタート材、4…スタブ、5…スティンガーロッド、6…水冷銅ルツボ






【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極式真空アーク溶解炉を用いた合金インゴットの溶製方法であって、
上記溶解炉の底部に塊状または顆粒状の合金をスタート材として配置し、
上記スタート材と上記消耗電極との間にアークを発生させて溶製を開始することを特徴とする合金インゴットの溶製方法。
【請求項2】
前記塊状または顆粒状合金は、溶製後の合金インゴットの成分と一致するように成分調整された合金で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の合金インゴットの溶製方法。
【請求項3】
前記消耗電極は、溶製後の合金インゴットの成分と一致するように成分調整されて混合された溶解原料で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の合金インゴットの溶製方法。
【請求項4】
前記塊状または顆粒状合金は、スカル炉で溶製して製造された合金であることを特徴とする請求項1に記載の合金インゴットの溶製方法。
【請求項5】
前記塊状または顆粒状合金を前記溶解炉の底面に対して山形に挿入することを特徴とする請求項1に記載の合金インゴットの溶製方法。
【請求項6】
前記消耗電極の底面に着火ブロックを装着しておくことを特徴とする請求項1に記載の合金インゴットの溶製方法。
【請求項7】
前記合金は、金属チタンよりも蒸気圧の高い合金成分を含んでいることを特徴とする請求項1に記載の合金インゴットの溶製方法。
【請求項8】
前記合金の成分が、アルミニウム、スズ、または亜鉛であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の合金インゴットの溶製方法。
【請求項9】
前記塊状または顆粒状合金が、スポンジチタン、チタン切粉、または前記合金成分を含む母合金で構成されていることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の合金インゴットの溶製方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−95767(P2010−95767A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−268404(P2008−268404)
【出願日】平成20年10月17日(2008.10.17)
【出願人】(390007227)東邦チタニウム株式会社 (191)
【Fターム(参考)】