合金及び合金の製造方法
【課題】 スーパーインバー合金の微小な経時変形を限りなく抑えることが可能な合金及び合金の製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明の合金は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金であって、
該合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下であることを特徴とする。
【解決手段】 本発明の合金は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金であって、
該合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下であることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精密機器等の構成部品に使用される低熱膨張率の合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、低熱膨張金属材料の一種であるインバー合金(Fe−36%Ni)の経時変形について報告された文献がある(非特許文献1参照)。この文献では、γ−expantion(以後、γ膨張という)という用語を使用し、その原因は合金に含まれる炭素が関係していると推測している。
【0003】
一方、低熱膨張であることの特性を生かし、精密機器の構成部品に使用される金属材料においても、長期間にわたる経時寸法変化の問題を指摘する例もある(特許文献1参照)。この場合の原因は、熱処理などの製造工程において付与された内部残留応力の解放過程の結果である。この文献では、炭素含有量が0.3〜2.5重量%の鋳鉄系の低熱膨張合金ではあるが、Niの偏在を低減して低熱膨張にできたことが報告されている。
【0004】
後者の内部残留応力の解放については、金属製部品を製造する上で周知の現象であって、今までも精密部品の製造工程においてこの現象を抑える処置ないし処理が行われてきた。
【0005】
一方、前者においては、学術的な段階であって、当業者の間でもほとんど知られていないのが実情である。その理由は、γ膨張という現象によって生じる経時変形の絶対量が他の一般的現象によって生じるものと比較して小さいからであると考えられた。
【0006】
また、一段と高精度化してきている最近の精密機器においては、インバー合金ではなく室温付近での熱膨張率が確実に1ppm(=1×10−6)/度未満になるスーパーインバー合金を使用する場合が増加してきた。もちろん、一部の無機材料の中には、熱膨張率が1ppm/度未満のものもあるが、切削加工ができない等、工業的製造が極めて困難であって、またじん性が小さいため製造過程で破損することがあった。その上、熱伝導率が小さいため、この部材に局所的な温度分布が発生した場合、部分的膨張が生じ、熱膨張率が小さいという特徴を生かしきれなかった。このため、スーパーインバー合金の特徴を生かしながら巧みに使いこなすことが求められてきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−269613号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Physics and Applications of Invar Alloys、Honda Memorial on Materials Science No.3、AGING AND PRECIPITATION 1978、丸善
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、スーパーインバー合金については、γ膨張現象がインバー合金と同様に生じるかどうか把握できていなかった。
【0010】
一方、高精度な光学機器においては、重要な構成部品の経時変形により光路長の変化が発生し、長年にわたり徐々に機器の性能が低下していくこともあった。このため、本発明に至る検討過程では、金属材料の経時変形の原因となる周知の各現象を抑えるために、一般的な処理を念入りに行ったスーパーインバー合金を用意した。それでも経時変形は残存し、今後も高精度化する光学機器の性能低下の原因として、その変形量は決して無視できない量(1年当たり5ppmの経時変形量)となっている。今回の発明のために大きく寄与した微小変形の評価システムを用いると、従来見逃されていたわずかな量の経時変形が明確になった。
【0011】
本発明は、スーパーインバー合金の微小な経時変形を限りなく抑えることが可能な合金及び合金の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題に鑑み、本発明の合金は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金であって、
該合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下であることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の合金の製造方法は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金の製造方法であって、
前記基本成分に炭化物形成元素を添加し溶解鋳造する工程、
所定温度にて熱間鍛造する工程、
前記所定温度より低い第1の温度で第1の熱処理を行うことにより、前記合金に含まれる炭素と前記炭化物形成元素とからなる炭化物を母相中に析出させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明者は、スーパーインバー合金の微小な経時変形が、合金中に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素に起因することを見出した。
【0015】
そして、上記の本発明の合金により、スーパーインバー合金の微小な経時変形を限りなく抑えることが可能となった(具体的に年換算で2ppm(2×10−6)以下)。
【0016】
また、上記の本発明の合金の製造方法により、炭化物形成元素を微小量しか添加しなかった場合でも、効率的に炭素と化合して炭化物を形成する。その結果、合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下とすることができる。このため、低熱膨張率を維持しつつ、経時変形を限りなく抑えられる合金を製造可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】3点曲げ試験の結果得られた応力−歪み曲線を示すグラフである。
【図2】各種組成材の最大表面応力とそのときに残存する永久歪み量を示すグラフである。
【図3】実際に測定した各組成材の経時変形量を示す図である。
【図4】経時変形量の測定に用いた計測システムを示す概念図である。
【図5】高耐力材8−2の金属組織を示す写真及び溶解抽出分析した結果を示すグラフである。
【図6】溶解抽出分析の結果から求められた各組成材のフリー炭素量と経時変形量との関係を示すグラフである。
【図7】図5の溶解抽出分析の結果求められた固定炭素量(重量%)を用いて算出された全含有炭素量(重量%)に対する固定炭素量(重量%)の割合を示すグラフである。
【図8】熱処理温度とフリー炭素量との関係を示すグラフである。
【図9】本検討で用いた各スーパーインバー合金組成材の熱膨張率を示すグラフである。
【図10】熱膨張計により高炭素材(C:0.118%)の温度と変位(試験片の寸法変化)を測定した結果を示すグラフである。
【図11】本発明の合金の枠部材8を用いた、レンズ鏡筒の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しつつ本発明をより詳細に説明する。なお、同一の構成要素には原則として同一の参照番号を付して、説明を省略する。
【0019】
(合金)
本発明の合金は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む。そして、この合金に不可避的に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下である点が特徴である。
【0020】
スーパーインバー合金は、鉄、ニッケル、コバルトを基本成分とし、インバー合金(Fe−63.5重量%,Ni−36.5重量%)よりさらに低い熱膨張率を有する合金である。インバー合金のうち、Niを5重量%Coに置換した、Fe−63.5重量%,Ni−31.5重量%,Co−5.0重量%を基本的な構成とする。
【0021】
本明細書において「基本成分」は、スーパーインバー合金の必須成分を意味する。
【0022】
本発明の合金における、上記基本成分の含有量の範囲を示すと以下のようになる。
【0023】
Coの含有量は、2.0重量%以上8.0重量%以下であることが好ましく、さらに3.0重量%以上7.0重量%以下であるとより好ましい。
【0024】
Niの含有量は、30.0重量%以上38.0重量%以下であることが好ましい。ここで、後述するTi,Nbなどの炭化物形成元素を、炭素を固定するために必要最小限の量以上に加えた場合、余った炭化物形成元素はNiとの化合物を形成することになる。よって、このような場合は、余った炭化物形成元素と化合物を形成する分のNiを加算して、多めにNiを含有させておく必要がある。このようなことから、好ましい上限は38.0重量%となる。しかし、必要最小限の炭化物形成元素を添加する場合は、34.0重量%程度が上限となる。
【0025】
Feの含有量は、62.0重量%以上68.0重量%以下であることが好ましく、63.0重量%以上67.0重量%以下であることが好ましい。
【0026】
本発明者らは、インバー合金などの金属材料の経時変形の原因となる周知の各現象を抑えるための一般的な処理を施したスーパーインバー合金を用意した。それでも1年当たり5ppm程度の経時変形は残存した。詳細は後述するが、本発明者らはこの経時変形がフリー炭素の量に起因することを見出した。上記の一般的な処理とは、具体的には後述しているが、例えば除冷(炉冷)やサブゼロ処理のことである。
【0027】
ここで本明細書において、合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない遊離した炭素を「フリー炭素」という。具体的には、格子間侵入炭素などの固溶炭素を意味する。フリー炭素が格子内に侵入したり、格子間を移動することが経時変形の一因となると本実験の結果から推測できた。
【0028】
フリー炭素の量が0.010重量%以下であれば、年換算で2ppm以下の経時変形に抑えることができた。そして、フリー炭素の量は、より好ましくは0.005重量%以下である。下限としては0.0005重量%を実現することができた。
【0029】
本発明の合金は、合金中に含まれる全炭素量、すなわち、合金中に不可避的に含まれる炭素量が0.010重量%以上であっても構わない。一般的な工業的工程でスーパーインバー合金を得た場合、全炭素量は0.010重量%〜0.030重量%以下程度となることが多い。このように全炭素量が0.010重量%以上であっても、フリー炭素量が0.010重量%以下であれば、効果的に経時変形を抑えることができることがわかった。
【0030】
合金中に不可避的に存在する炭素をなるべくフリー炭素としないために、本発明の合金は、炭化物形成元素を含有することが好ましい。本明細書において「炭化物形成元素」とは、合金中の炭素と化合して炭化物を形成しうる元素である。炭化物形成元素の少なくとも一部は、合金中の炭素と化合して炭化物を形成し、これは母相中に分散する。炭化物として炭素原子を固定してやれば、フリー炭素を減少させることができる。
【0031】
炭化物形成元素は、原子パーセントの比較で全炭素量よりも多く含まれていることが好ましい。さもないと炭化物として固定されないフリー炭素が残存してしまうからである。
【0032】
炭化物形成元素の含有量は、0.05重量%以上であることが好ましい。そうすれば、全炭素量のうち0.01重量%に相当する量のフリー炭素を固定可能だからである。一方、熱膨張率1ppm/℃未満に維持するために、0.50重量%以下であることが好ましい。数値の具体的意義は後述する。また、下限についてはより好ましくは0.10重量%である。また、上限についてはより好ましくは0.30重量%である。炭化物形成元素が少なすぎると、合金中の炭素を炭化物として固定しきれないため、経時変形を効果的に抑制することができない。一方、多すぎると、炭化物形成元素が炭素と化合しないで余ってしまい、熱膨張率を押し上げてしまう。そうすると、スーパーインバー合金の好ましい特性を生かすことができないからである。
【0033】
炭化物となっていない炭化物形成元素の量は、なるべく少ない方が好ましいが、0.50重量%以下であれば、スーパーインバー合金特有の低熱膨張率を維持できる。
【0034】
本発明では、ニッケルと炭化物形成元素との化合物相が形成されていることが好ましい。上記のように炭化物とならずに余った炭化物形成元素は、合金の基本成分であるNiと化合させる。こうすることで、熱膨張率の上昇を抑えると共に、合金の強度を増大させることができる。
【0035】
炭化物形成元素は、チタン(Ti)またはニオブ(Nb)が例示できる。
(レンズ保持部材、光学機器)
本発明の合金は、レンズ保持部材として好適に使用できる。図11は本発明の合金の枠部材8を用いた、レンズ鏡筒の断面図である。低熱膨張率(0.6ppm/度)の石英製のレンズ7と同等の熱膨張率を有する枠部材8に該レンズを固定してなる。さらに、外筒9は該枠部材を支持している。
【0036】
熱膨張率がレンズと同等なため、温度変化が生じた場合でもレンズを通る光(光路)は変化しない。
【0037】
また、本発明の合金を用いているので枠部材がほとんど経時変形せず、それに固定してあるレンズに変形を付与することもない。そのため、長期間にわたり収差などの光学的誤差を生じないため、当該鏡筒を用いた装置の特性を変化させることもない。
【0038】
本発明の効果が歓迎されるナノレベルの精度が要求される光学機器としては、半導体を製造する際の露光装置を好ましく例示できるが、それに限られず、宇宙空間で使用される光学装置などでも良い。
【0039】
(合金の製造方法)
本発明の合金は、例えば以下のようにして製造することができる。
【0040】
そもそも全炭素量を0.010重量%以下に抑えることができれば、当然にフリー炭素量もこの範囲となる。全炭素量を0.010重量%以下に抑えることは、VAR(真空アーク再溶解)やESR(エレクトロスラグ再溶解)などの高度な精錬手段を駆使すれば可能であるが、通常の工業的工程では困難である。
【0041】
また、全炭素量が0.010重量%以上のスーパーインバー合金であっても、TiやNbなどの炭化物形成元素を添加して、溶解鋳造し、所定温度で熱間鍛造する。そうすれば、炭素をTiなどで固定することができ、フリー炭素を抑えた合金を得ることができる。
【0042】
しかし、前記したように、炭化物形成元素は必要以上に添加せず、なるべく微量添加することが好ましい。そして、全ての炭化物形成元素が炭素と過不足なく化合することが好ましいが、実際にはそれは困難である。不可避的に存在する炭素量には幅があるからである。そのような場合、添加した炭化物形成元素をなるべく高効率で炭化物とするためには、以下の製造方法が好ましいことが判明した。
【0043】
まず、基本成分に炭化物形成元素を添加し、50kgの真空誘導溶解炉で溶解鋳造する。
【0044】
その後、所定温度にて熱間鍛造する。所定温度としては、1000℃以上1100℃以下が好ましい。
【0045】
そして、この所定温度より低い第1の温度で第1の熱処理を行うことにより、合金に含まれる炭素と炭化物形成元素とからなる炭化物を母相中に析出させる。
【0046】
第1の温度は必ずしも一定温度である必要はなく、徐々に低下する温度下に保持される状態でも構わないが、所定範囲に保持されることが好ましい。あまり高温となると形成した炭化物が分解してしまうし、反対に低温では炭化物形成元素と炭素とが結合しにくいからである。そのような観点で、第1の温度は、825℃以上950℃以下であることが好ましい。
【0047】
本発明のこの製造方法は、高価な精錬手段を駆使して炭素含有量を低減させるのではなく、一般的な溶解、鋳造での製造工程で不可避的に炭素原子が微量存在しても、熱膨張率を増加させることなく、炭素原子の好ましくない影響を押さえ込める点に意義がある。
【0048】
また、第1の熱処理の後に、第1の温度より低い第2の温度で第2の熱処理を行うことにより、ニッケルと炭化物形成元素との化合物相を形成することが好ましい。これにより、炭化物形成に寄与しなかった余りの炭化物形成元素が熱膨張率の上昇の原因となることを最小限に抑え、合金の強度を向上させることができる。
【0049】
第2の温度は、700℃以上750℃以下であることが好ましい。
【0050】
また、第2の熱処理の後に、室温以上で合金のキュリー温度よりも低い第3の温度で第3の熱処理を行うことが好ましい。これにより、炭化物になれなかったフリー炭素をスーパーインバー合金中の安定した位置に拡散させることができる。いわゆる人工的な枯らし効果を加えることで、さらに経時変形を低減できる。
【0051】
第3の温度としては、25℃以上150℃以下であることが好ましい。また、上限としてはより好ましくは120℃である。
【実施例】
【0052】
(経時変形の原因について)
まず、スーパーインバー合金及びスーパーインバー合金相当材の部材を用いて、従来問題になっていた経時変形の原因が帰納的に推定可能となる処置を講じた。つまり、一般的な経時変形の原因とは異なり、炭素原子が経時変形に何らかの影響を及ぼしているという仮説を立てた。
【0053】
そして、経時変形を低減させる処置として、(i)原因となっている炭素原子を問題ない程度まで低減させる。(ii)不可避的に含有する炭素原子を何らかの処置で固定し、拡散させないようにする。(iii)金属組織安定化処理(いわゆる枯らし)を実用的時間で行う。これらの各処置を実行した。
【0054】
本検討の結果、上記各処置はどれも経時変形の低減に効果あることが判明した。このことは、原因が炭素原子と関係しており、それも炭素が含有してしまうこと自体が問題ではなく、炭素原子がどのような状態で金属組織中に存在するかが問題であることを示している。換言すれば、室温付近で炭素原子を格子拡散させないようにしてやれば良いわけである。
【0055】
本実施形態の低熱膨張合金及びその製造方法は、現時点で考えられる最良の対策を施したものである。具体的に、溶解・鋳造工程では、不純物の混入を防ぐように留意し、不可避的炭素元素の含有量を抑えた上で、炭素原子と強く結合して炭化物を形成する元素を微量添加する。さらに、適切な熱処理により効果的に炭化物を析出させ、フリー炭素(固溶炭素あるいは格子間侵入炭素を意味する)を減少させる。
【0056】
なお、本来のスーパーインバー合金に炭化物形成元素を加えた各種組成材を、ここではスーパーインバー合金相当材と称している。
【0057】
(経時変形の原因となる各現象の検討)
精密な光学機器部品として使用されるスーパーインバー合金は、基本成分が31.5%Ni(ニッケル)、5%Co(コバルト)、残Fe(鉄)である元素組成を有する。
【0058】
そして、高精度に管理された一定温度下(23±0.01℃)において、その材料の寸法変化を高精度に測定すると、部品を製作した最初の段階では1ヶ月換算で0.5ppm程度の伸びを続けていることが判明した。しかも、合金の製造ロットによってばらつきがあり、中にはそれ以上の伸びを生じるものもあった。原因が拡散など熱活性化過程の現象によるものであれば、その変形速度は時間が経過するとともに低下していくはずである。それでも、いくつかの合金で数十日間にわたる寸法変化を測定した結果、最終的処理を終えた時点から1ヶ月程度では変形は時間経過に対し直線的変化として扱ってもよく、5〜10日間程度の測定でも1ヶ月換算での伸びは推定できることがわかった。
【0059】
ところで、金属組織的変化に基づきその寸法変化が起きる原因を特定することは困難な場合が多く、対処療法的手法で改善が認められれば、その対処に対応したことが原因と推定することが通常である。特に、金属組織的変化においても原子レベルのミクロ的な変化は、高分解能な電子顕微鏡が開発されている現在でも、本来の状態では直接的確認が出来ないと言ってもよい。そのため、他の検査、試験、分析による情報などを総合的に勘案して原因を推定することになる。本発明においても、最初はこの経時変形の原因として次の各現象を検討した上、消去法により原因を絞り込んだ。
【0060】
(1−自発磁化の減少について)
スーパーインバー合金では、インバー合金と同様に、通常の原子の熱振動によって決定する原子間距離を、この合金特有の自発磁化により拡大している。そして、温度が上昇するに従ってその自発磁化の程度が減少していくため、この自発磁化の減少は温度上昇による通常の原子間距離の拡大分を相殺するように作用する。その結果、キュリー温度以下では極めて小さい熱膨張係数を示し、キュリー点以上になると通常の熱膨張率に戻る。よって、もし自発磁化が経時的に減少するなら体積は減少する方向であって、現在発生している伸び(膨張)の現象とは逆であるので、この現象は考慮しなかった。
【0061】
(2−析出現象について)
スーパーインバー合金の成分元素であるFe、Ni、Coはどれも室温付近では、自己拡散係数が極めて小さく、これらの原子が移動することは考えにくい。
【0062】
一方、炭素などの原子半径が小さい原子は室温でも格子間拡散するが、拡散した結果何らかの安定相(例えばグラファイト、セメンタイトなど)が生成するかと言えば、確認できない。
【0063】
また、重要な点なので後に詳細に述べるが、経時的な寸法変化はキュリー温度以下である室温から210℃の範囲で、通常の熱膨張ではない可逆的な膨張と収縮が認められた。このような低温の範囲でも析出する可能性は否定できない。しかし、再度その析出物が分解して再固溶することは考えられない。よって、本現象は上記温度範囲で可逆性がある現象ではないので、経時変形の原因から除外した。
【0064】
(3−内部残留応力の解放について)
この現象は内部応力を駆動力として、格子欠陥の一種である転位の移動、消滅の結果、転位密度が減少する過程であって、体積は減少する方向であると考えられる。それでも念のため、同一の材料を用いて315℃から空冷したものと、炉冷したもので経時変形を比較測定したが差異は認められなかった。そのためこの現象も除外した。
【0065】
(4−マルテンサイト変態について)
この現象は体積の増加を伴う。ところで、本発明において行った独自の高精度な寸法変化測定は23℃に対して±0.01℃で管理された場所で行っている。一方、本合金ではこの変態は一定の温度では生じないと考えられる。一般の工具鋼等の場合とは異なり、本ニッケル含有鉄基低熱膨張合金は室温では元々オーステナイトが安定相だからである。また、寸法変化測定中に合金にかかる応力変化もない。そのため応力誘起による変態も進行しない。それでも念のため、同一の材料を用いて、−10℃の低温で処理(サブゼロ処理)したものとしないもので比較した結果、やはり経時変形量に差異は認められなかった。そのため、この現象も除外した。
【0066】
(5−クリープについて)
問題となる経時変形の量を勘案すると、試料の自重によって生じるクリープ変形が関与している可能性もある。一般には体心立方格子である通常の鋼の場合、室温でも侵入型元素の拡散が生じやすく、動的に歪時効が進行してクリープ変形しにくい。その点、面心立方格子であるこの合金の場合は、鋼と比較して炭素の拡散速度が小さく、室温付近で歪時効が進行しにくくクリープしやすいと言われている。
【0067】
そこで、各種合金の微小歪範囲(永久歪で2ppm=0.0002%程度)での耐力を測定しておいた。この歪み量での耐力が大きい合金ほど転位が移動しにくく、耐クリープ特性も大きいといえる。経時変形を測定した試料のうち、予想通り高炭素材(C:0.118重量%)は低炭素材(C:0.002重量%)より耐力が大きい結果になった。そのためクリープが原因なら、高炭素材の方が経時変形の量が小さくなるはずである。なお、測定した試料においては、炭素以外の他の含有成分は全く同じである。共に電解鉄、電解ニッケルなどから溶解製造して、高炭素材についてはさらに炭素を添加して各試料に供した。経時変形測定の結果は後述する。
【0068】
(6−γ膨張について)
オーステナイト相(γ相)の面心立方格子(fcc)における空隙は八面体の中心部と、それよりも幾何学的に空隙の小さい四面体の中心部がある。例えば、八面体中心位置の空隙にあった炭素原子が四面体中心位置の空隙に移動(拡散)すれば、体積が膨張すると考えられる。自発磁化の存在により、幾何学的空隙が小さい位置でも炭素原子が安定に存在する可能性がある。γ膨張の機構が上述したような炭素原子の格子間における近傍の空隙間での移動によることなら、フリーの炭素が少ない低炭素材の経時変形量は小さくなることが予測できる。また、化合物などの生成により変形が生じるわけではないので、先に述べた温度範囲の温度変化に対して可逆性をもつことも予測できる。そして、後で詳細に述べるが本発明のための一連の検討によって、経時変形の原因は本現象であると特定できた。
【0069】
(実施例に係る合金)
表1は経時変形量測定のために用意した各種スーパーインバー合金及びスーパーインバー合金相当材の一覧である。
【0070】
【表1】
【0071】
表1には、経時変形の原因がクリープだった場合、各種材料が従来材料と比較して経時変形しにくくなるのか、あるいは経時変形しやすくなるのかを同時に予想して記載している。同様に原因がγ膨張であった場合も記載している。
【0072】
TiやNbを十分に含有したスーパーインバー合金相当材(高耐力材、実施例2〜5)については、含有している炭素量は従来材とほとんど同じであるが、TiCやNbCなどの炭化物になっていることが予想される(分析結果については後述する)。このため、実際移動できる炭素原子は少なくなっているはずなので、クリープが原因であっても、γ膨張が原因であっても経時変形は小さくなると予想できる。
【0073】
なお、硬さの記載について120HV程度とは、硬さ試験の場所によって異なるので、平均的数値である。また、372HV相当とは、実際は、ロックウエル硬さ試験機により試験した結果の数値をビッカース硬さ値に換算したものである。
【0074】
また、各種組成材のDA材とは、熱間鍛造後に空冷し、その後時効処理した材料を意味する。また、STA材とは、熱間鍛造後、溶体化処理終了後に水冷し、さらにその後時効処理した材料を意味する。
【0075】
(実施例に係る合金の製造方法)
従来材、低炭素材、高炭素材及びNb添加材(実施例1,6、比較例1,2)については、真空誘導炉で溶解鋳造、1000℃で熱間鍛造後空冷、830℃で2時間保持して溶体化処理後水冷、315℃で3時間保持して応力解放処理、98℃で48時間安定化処理(いわゆる人工的枯らし処理、第3の熱処理)の工程を経て製造された。
【0076】
また、高耐力材(実施例2〜5)については、50kgの真空誘導溶解炉で溶解鋳造し、熱間鍛造を1000℃で行い、720℃で6時間時効処理後(第2の熱処理)、315℃で応力解放処理、98℃で48時間安定化処理の工程を経て製造された。
【0077】
さらに、Ti微量添加材(実施例7)については、熱間鍛造を1000℃で行い、900℃で2時間保持(第1の熱処理)した後、830℃まで徐冷し、その温度から室温まで空冷した。その後、720℃で6時間時効処理(第2の熱処理)後、315℃で応力解放処理、98℃で48時間安定化処理(第3の熱処理)の工程を経て製造された。
【0078】
(実施例に係る合金の含有成分)
表2には各種組成材の含有成分が記載されている。
【0079】
【表2】
【0080】
(従来材、低炭素材、高炭素材について)
低炭素材及び高炭素材についてはそれらの炭素含有量のみを変えただけで、原料として電解で製造した高純度なものを共に用い、他の元素は同等量になるように製造した。
【0081】
(高耐力材について)
各高耐力材はその炭素含有量を従来材と同等にし、TiないしNbを十分含有させた。
【0082】
硬さ試験の結果、熱間鍛造後8−1材、9−1材はそれぞれ36.6HRC(360HV相当)、25.7HRC(270HV相当)、溶体化処理後8−2材、9−2材はそれぞれ33.3HRC(330HV相当)、18.9HRC(234HV相当)であった。表1に記載した硬さは時効処理(720℃×6時間)した後の値であるので、析出相形成のために時効処理することですべての硬さが上昇した。
【0083】
また、Nb添加よりもTi添加の方が硬さを高める効果が大きかった。なお、Niは時効処理によりTiやNbとの化合物相である析出相を形成するので、基地の部分が最大限にインバー効果(熱膨張率が小さくなる効果)を発揮できる組成になるように、炭化物形成元素の含有量に応じてNi含有量を増加させている。
【0084】
(Nb添加材について)
Nb添加材とは、従来材にNbを少量(0.24%)添加したものである。この材料の目的は、不可避的に含有する炭素をNbと結合させ、炭化物として固定することで、前述した炭素の拡散が原因と言われるγ膨張を低減することにある。
【0085】
二オブと炭素の原子量はそれぞれ92.9、12であって、後述するように本発明において確認された二オブ炭化物はNbCなので、原子は1:1の割合で結合する。そのため、二オブは炭素に対して7.74倍以上(=92.9/12)の重量を添加しないと、フリー炭素が残存してしまう。さらに全てのNbが炭素原子と結合することは難しいので、7.74倍以上添加することが望ましい。しかし、炭化物になるために必要以上に多くのNbを添加するのはなるべく抑えたい。炭化物にならないNbが残存し、この元素が基地中に固溶していると、熱膨張率を押し上げてしまうからである。Nb以外の炭化物形成元素についても同様のことが言える。
【0086】
本実施例では、炭素含有量が0.017重量%であるため、Nbは0.13重量%以上添加することが望ましいわけで、0.24重量%に調整した。
【0087】
この場合でも前述したような高耐力材のように、固溶した二オブは時効熱処理(第2の熱処理)を施す方が望ましい。NbとNiとの析出相を形成して硬さを高めることが出来るからである。この熱処理は微小歪みでの耐力値(マイクロイールドポイント)を上昇させる目的で行う。解決すべき課題では極めて小さい経時変形を問題にしているからである。微小歪みでの耐力値とは0.0001%(1ppm)レベルの永久歪みを残存する応力のことである。このマイクロイールドポイントを上昇させれば、耐クリープ特性も上昇するが、前記した製造条件ではこの時効熱処理は720℃に相当する。今回の測定では、低熱膨張合金は平面上に設置した状態で経時変形を測定したが、実際の機器では低熱膨張合金から出来ている部材には前記の状態より大きな応力が付与されることもある。そのため、耐クリープ特性を向上させておくのは、より望ましいことである。また、若干でも合金の硬さを高めておけば、切削加工や研削加工においても望ましい結果になる。切り粉の搬出が容易になり、砥石の目詰まりも少なくなるからである。
【0088】
もちろん、各高耐力材はγ膨張を低減するだけではなく、クリープ変形を抑える効果を有すると期待される。それは炭化物形成元素による析出硬化や固溶硬化により、微小歪み下における耐力値が増大しているからである。
【0089】
(Ti微量添加材について)
この材料は不可避的に合金中に存在する炭素が理想的にすべてチタン炭化物の形成に使われる場合を考慮して、必要最小限の量をねらってTiを添加したものである。
【0090】
固溶したTiは自発磁化を低下させ、結果的に熱膨張率を高めてしまうので、熱膨張率を低い値に維持するためにTiを必要最小限にした。
【0091】
但し、結果的には経時変形を相当量低減することは出来たものの、成分配合上全く過不足ない値にまでは調整できなかった。つまり、炭素の含有量は0.023重量%だったので、添加した0.08重量%のTiの全てが理想的に炭化物になったとしてもTiはやや不足していた。つまり、チタンの原子量は47.9なので、フリー炭素は少なくとも0.003重量%(=0.023−0.08×12/47.9)というわずかな値ではあるが残存してしまう。
【0092】
後述するが、適切な炭化物形成熱処理(第1の熱処理、実験結果では825〜950℃)を施すことで、900℃という最適温度で含有したTiのうち相当多い割合となる74%が炭化物になり、0.008重量%のフリー炭素が残存した。この程度のフリー炭素量なら後述するように実際経時変形は低減出来た。
【0093】
そして、熱膨張率も試験片の切出し方向によってほとんど差はなく、その値は18〜28℃の範囲で0.42〜0.47ppm/度であった。なお、この測定は真空理工製TMA8310を用い、昇温速度は5℃/分で行った。
【0094】
また、通常行われる溶解、鋳造過程では炭素含有量はどうしても0.03重量%程度は含有してしまい、0.008重量%まで低減させることは事実上困難である。わずかなTiを添加することで、熱膨張率をほとんど変えず、また製造コストも同等のまま経時変形に影響する炭素量を0.008重量%まで低減できたことになる。
【0095】
(経時変形の主原因の特定)
図1は、3点曲げ試験の結果得られた応力−歪み曲線を示すグラフである。グラフにおいて、縦軸は中央集中加重(kN)、横軸は最大歪み(ppm)を示す。また、図中、黒丸は加重時の測定点を示し、黒三角は除加重時の測定点を示す。また、グラフ左上には3点曲げ試験の模式図を示す。クリープ変形には微小歪みの部分が関係するので、歪みの大きい部分は図示していない。図1では、従来材を例として、少しずつ最大中心荷重を増加させながら、その時に残存した永久歪量の増加が示されている。
【0096】
試験片として、30×30×339mmの大きさのものを、表1に記載した各種組成材について用意した。スパン間隔を250mmとした両端部付近で試験片を支持し、中央部の一点に集中荷重を与え、その反対面の中央部に貼付された歪みゲージの出力から歪み量を求めた。試験温度は室温であり、後に経時変形を測定する温度とほぼ同じである。荷重速さは、弾性余効の影響を無視できるように、0.5mm/分と小さく設定した。
【0097】
まず、最大荷重を小さく設定し、加荷重・除荷重を繰り返した。そして、徐々に最大荷重を増大させて、最初に残存した永久歪が検出できたときの最大荷重は12kNである。そのときに残存した永久歪は3ppmである。但し、本試験においては歪みゲージは試験片の最大歪みを発生する部分に貼付してあり、その部分での歪み量を測定しているので、全体の平均歪み量はさらに小さい値になる。
【0098】
次に、最大荷重を15kNに設定してその荷重を加えた後、荷重を除去したときに残存した永久歪は10ppmであった。この場合、初めから15kNの最大荷重を加えると、13ppmの永久歪が残存するはずである。
【0099】
図2は各種組成材の最大表面応力とそのときにその場所に残存する永久歪み量を示すグラフである。このグラフでは、図1の3点曲げ試験で求められた最大荷重とそのときに残存する永久歪み量とから、最大荷重を最大表面応力に換算し、永久歪み量はその応力までに発生した残存歪み量を累積した値を用いた。
【0100】
一般的に、耐力値を表示する場合に使用される永久歪み量は0.2%(2000ppm)であるが、本検討では極めて小さい永久歪み量における耐力値を求めた。高精度機器において、その性能に影響する変形量は、この機器のライフサイクルとしての使用期間や保守期間を勘案すると、最初の1年で10ppm程度であるので、それより一桁小さい1ppmの分解能を有する測定を行った。
【0101】
この結果から、もし経時変形の原因がクリープ変形の現象であるならば、高耐力材は著しく経時変形が小さくなるはずである。また、炭素含有量のみが異なる図中左側3本の試験片(低炭素材、従来材、高炭素材)については、炭素量が多いほど耐力値が大きくなった。これにより、同様に、仮に経時変形がクリープ変形によるものであるならば、高炭素材ほど経時変形量が小さくなるはずである。
【0102】
図3は、実際に測定した各組成材の経時変形量を示す図である。この結果から、従来材を基準にすると、高炭素材は極端に経時変形量が大きくなった。このように、炭素量を変化させた材料同士の比較では、高炭素材ほど経時変形量が大きくなった。この高炭素材は通常に製造している限り、不可避的炭素含有量として起こり得ないほどの多量の炭素を含有した合金組成になっている。経時変形の原因を追究するために、低炭素材とともに両極端な炭素含有量の合金を特別に製造した。炭素量を変化させた材料(実施例1、比較例1,2)同士の比較では、高炭素材ほど経時変形量が大きくなった。
【0103】
また後述するが、高炭素材にはその熱膨張測定時における加熱時と冷却時に寸法ヒステリシスが明確に現れることも判明した。
【0104】
一方、各高耐力材(実施例2〜5)はどれも経時変形量が極めて小さかった。高耐力材は、炭化物形成元素を炭化物が形成するための最小限必要な量よりかなり多くの量である3.0重量%程度を加えている。そのため、耐力値が大きくなっておりクリープが原因となる経時変形に対しては著しく低減効果があるだけではなく、炭素原子に関係したγ膨張が原因となる経時変形に対しても著しい低減効果があるはずである。
【0105】
よって、従来材と高耐力材との経時変形の結果比較では、その原因がクリープかγ膨張かは特定できないが、前述した炭素含有量のみを変えた材料同士での比較結果も考慮すると、経時変形の主原因はγ膨張であることが推定できた。
【0106】
Nb添加材やTi微量添加材も従来材と比較するとかなり改善された。それでもフリー炭素量は高耐力材と比較すると若干多いので、高耐力材よりは経時変形も若干大きい結果になった。従来材(比較例1)と実施例2〜7とは、全炭素量はほぼ同等であるのに、フリー炭素量は後者の方が低減されている。そして、後者の方が、経時変形がかなり抑えられている。この結果から、経時変形量は全含有炭素量ではなく、フリーな炭素量と密接な関係があることが判明した。
【0107】
なお、比較用一般材のうち石英はほとんど経時変形を生じなかった。またステンレス(SUS316 650℃×2時間後炉冷)や炭素鋼(S45C 800℃×2時間炉冷)は負の値になっているので、若干内部残留応力が残存していたと考えられる。共にγ膨張は生じていないと考えられる。
【0108】
図4は経時変形量の測定に用いた計測システムを示す概念図である。この計測システムでは、試験片1は先に3点曲げ試験に用いた寸法と同じである。試験片1の両端側の面にはミラー4、5が取り付けられている。このミラー4、5は、2つのレーザ干渉計(測長器)2、3からのレーザ光を反射するためのものである。レーザ干渉計2、3は、光路長の変化により試験片の寸法変化を読み取る、いわゆるマイケルソン干渉計の原理を用いている。
【0109】
2つのレーザ干渉計により測定された試験片端部の位置変化の差分により、試験片の伸縮が求められる。この測定システムの分解能は0.2nmであり、試験片の長さが339mmであるので、換算すると約0.0006ppmの分解能が得られる。この分解能であれば、1年当り1ppm程度の変化でも十分に測定可能な精度である。
【0110】
この測定システムは石英定盤6の上に置かれ、構築されている。なお、この測定システムは、室温が23℃で±0.01℃の範囲に制御された室内に設置されており、実際の試験片の温度変化はさらに小さい。よって、熱膨張で膨張、収縮する量は無視できる。
【0111】
(フリー炭素量の測定方法)
図5は、例として高耐力材8−2の金属組織を示す写真及び溶解抽出分析した結果を示すグラフである。表面を鏡面状に平滑化処理した後、目的に合った適切なエッチング処理することで各相を区別できる状態になる。金属組織中には明らかに母相とは異なる他の相が分散しており、その内の1つを走査電子顕微鏡により観察したものが、同図(A)の写真である。写真の中央部には大きさが5μm程度の相を確認することができ、この相を電子線マイクロアナライザー(EPMA)により分析するとチタンと炭素が検出された。
【0112】
次に、今回行った溶解抽出分析の方法を説明する。まず、合金材料0.5gを陽極、白金を対極として、10v/v%のアセチルアセトンと1w/v%テトラメチルアンモニウムクロライドを混合した電解液中で0.2Vの電圧にて電気分解した。続いて、その残渣分をポリカーボネイト(PC)型ろ紙(0.2μmフィルター)を通して吸引ろ過して捕捉した。このろ紙上に補足したものを同じく走査電子顕微鏡で観察したものが、同図(B)の写真である。これを同様に上記のEPMAにて分析をすると、同図(C)の結果からTiCであることがわかった。
【0113】
次に補足物と共にろ紙を白金ルツボにて灰化した後、ホウ酸ナトリウム、炭酸ナトリウムの混合物(溶融剤)を加えて900℃で溶融した後、塩酸10ml+過塩素酸数mlを加えた。溶解した溶液を定容に希釈したのち、IPC分析を行った。このようにして、溶解した合金中の炭化物の合金全量に対する割合を求め、TiとCのそれぞれの原子量から炭素の質量を換算した。そして、すでに分析してある全炭素含有量から炭化物になった炭素の質量を差し引いてフリー炭素量を求めた。
【0114】
なお、合金中の窒素もTiNになっている可能性があるので、別途分析しておいたが今回の合金では検出されなかった。また、高耐力材(9−1、9−2)については、TiとNbが同時に含有されているが、この場合はそれぞれの含有量と原子量から炭化物になった炭素量を求めた。炭化物形成元素がTaやZrなどであっても同様に求められる。
【0115】
なお、全炭素量は燃焼赤外線吸収法によって求めた。この分析は、試料を酸素気流中で高温に加熱し、含有する炭素を二酸化炭素などに酸化させて、その赤外線吸収を測定することにより炭素量を求める方法である。
【0116】
(フリー炭素量と経時変形の関係)
図6は、前述した溶解抽出分析の結果から求めた各組成材のフリー炭素量と、経時変形量との関係を表したグラフである。グラフ上で、経時変形が原点付近に集中しているのは、低炭素材と各種高耐力材の5つの組成材である。その他のプロットも同様に図3に対応している。
【0117】
フリー炭素量が少ないところでは、経時変形量とフリー炭素量とは直線的関係があった。
【0118】
また、各高耐力材は、それに含有している炭素の大部分が炭化物として固定しており、フリー炭素量はどれも0.0031重量%以下になっている。なかには、電解鉄、電解ニッケルなど特別な原料から製造して炭素含有量を極力低減させた低炭素材(C:0.002重量%)よりも少なくなったものもある。図7において記載されているが、高耐力材の8−1材、8−2材、9−1材、9−2材のフリー炭素量はそれぞれ、0.0008重量%(=0.013−0.0122、以下同様)、0.0005重量%、0.0031重量%、0.0025重量%であった。また同様に、Ti微量添加材、Nb添加材についてはそれぞれ、0.0080重量%、0.0069重量%であった。
【0119】
そして、それらは経時変形量も極めて小さくなっており、フリー炭素量を0.010重量%以下に低減させれば、従来材よりも経時変形は小さく抑えられることが判明した。さらに望ましくは、経時変化量を年換算で1ppm以下に抑えるためには、フリー炭素量は0.0050重量%以下であることが好ましい。
【0120】
従来材ではその炭素はフリー炭素として存在するので、製造上含有してしまう不可避的な炭素含有量のバラツキによって経時変形の量にもバラツキを生じており、比較的良好な製造ロットのものでも、1ヶ月当たりの換算で0.4ppmの膨張を示していた。本発明では、炭化物を形成させることで従来材より確実に経時変形を低減させることができる。
【0121】
図7は、図5の溶解抽出分析の結果求められた固定炭素量(重量%)を用いて算出された全含有炭素量(重量%)に対する固定炭素量(重量%)の割合を示すグラフである。これによると、TiはNbより効率的に炭素原子と結びつきやすく、必要な炭化物形成元素は少量で済むことになる。
【0122】
余分な炭化物形成元素は熱膨張率を上昇させてしまうので、この点からはNbよりTiの方が好ましい。また、同じNbを加えた組成材同士の比較では、720℃×6時間の中間熱処理を施した方が、Nbは若干大きな割合で炭化物を形成した。よって、経時変形量が小さく、熱膨張率を低く抑えるためには、必要最小限の炭化物形成元素を加え、その上で炭化物形成に適した熱処理を施すことが良い。
【0123】
なお、前記したように今回の実験ではスーパーインバー合金中においては、炭化物形成能力が高い炭化物形成元素はTiであることが判明した。それでも、鋼材において一般的に炭化物形成元素と言われる他の元素、例えばTa、Zr、W、V、Moなどでも今回の効果があると考えられる。
【0124】
今回、上記中間熱処理条件は720℃×6時間であるとしたが、これらは時効処理条件と兼ねて4つの高耐力材のみ施した。この中間熱処理は、Niと炭化物形成元素との化合物相を析出させ、材料を硬くすることを第1の目的としたものである。
【0125】
(好ましい合金の製造方法)
フリー炭素を確実に減少させるには、4つの高耐力材のように多くの炭化物形成元素を添加すればよいが、それが余ってしまうと熱膨張率が上昇してしまうため、なるべく微量の炭化物形成元素を効率的にフリー炭素と化合させ、フリー炭素を減少させることができれば好ましい。そのためには、溶解鋳造し、熱間鍛造した後、所定の熱処理(第1の熱処理)を行うことが好ましい。
【0126】
図8は、熱処理温度とフリー炭素量との関係を示すグラフである。第1の熱処理において、炭化物を形成しやすい温度を求めるために調べたものである。Ti微量添加材合金(実施例7)を用いて、真空溶解炉で溶解鋳造、1000℃で熱間鍛造を行った後、所定の温度(第1の温度)で2時間保持して熱処理を行った計6試料と、1100℃で溶体化処理した1試料について、フリー炭素量を求めた。第1の温度としては、825℃〜950℃の温度範囲で25℃おきに測定した。
【0127】
本実験の結果、最も炭化物を形成しやすくフリー炭素を低減できる第1の温度は900℃であることがわかった。例えば、900℃で熱処理した試料は、全炭素量が0.023重量%で、その内固定炭素量は0.0148重量%であった。つまり、全炭素量のうち74%が炭化物になったことがわかる。
【0128】
なお、Ti微量添加材はTi含有量が0.08重量%で、炭素含有量は0.023重量%なので、理想的にすべてのTiが炭素と化合しても、0.0030重量%のフリー炭素が残留してしまうことは考慮しておく。
【0129】
少なくとも、本実験によると825℃以上950℃以下の間で第1の熱処理を行うと、炭化物が形成されやすくなることがわかった。また、より好ましくは、875℃以上925℃以下である。
【0130】
(各種測定結果)
図9は本検討で用いた各スーパーインバー合金組成材の熱膨張率を示すグラフである。スーパーインバー合金組成材の熱膨張率は、温度と変位の関係を調べるために使用した熱膨張測定器(アルバック理工(株)製 レーザ熱膨張計 LIX)による寸法変化測定の結果において同時に得られたデータである。試験片は直径6mm、長さ12mmの寸法を有する。また、加熱と冷却速さを1℃/分に設定した。実際の試験片の温度と、雰囲気温度を測定するためにその付近に設置された熱電対の温度とでは若干差異が生じるため、このようなゆっくりとした加熱・冷却速さとした。
【0131】
この結果、炭素の固溶量が多くなると熱膨張率が大きくなり、また炭化物形成元素の含有量が多くなると熱膨張率が大きくなる。
【0132】
また、DA材とSTA材とでは、それらの熱膨張率に差異は認められない。STA材は、溶体化処理後急冷して均一な金属組織にしてやることを目的にして行われたものであって、スーパーインバー合金としてはNi偏析を極力低減するために行われたものである。これは、金属組織中にNi含有量の少ない部分または多い部分が存在すると、本来最も低膨張率をねらった組成からその部分ははずれることになり、結果として全体の熱膨張率が上昇してしまうからである。熱膨張率に及ぼす各元素の影響は、それらの元素がどのような状態で存在しているかによって異なる。Nbなど他の炭化物形成元素でも同様であるが、例えばTiを添加してもそれが不可避的に存在する炭素原子と結合してTiCになって金属組織中に存在させることが望ましい。耐力が向上する上、TiC自体の熱膨張率が小さく母相との整合性が小さいため、全体の熱膨張率を押し上げる作用は小さいからである。
【0133】
しかし、炭素原子と結合しないTi原子がスーパーインバー本来の格子点に置換型に存在すれば、インバー効果は低減する。いずれにしても、炭素や炭化物形成元素が固溶することで自発磁化の強さが低下していることになる。炭素原子との結合に寄与しないTi原子などは、低熱膨張をめざすスーパーインバー合金にとっては余剰な原子となってしまう。
【0134】
そこで、低熱膨張率のためには、余剰な元素については、耐力を向上させるために適切な時効熱処理を行い、γ’(ガンマプライム)相やγ’’(ガンマダブルプライム)相といった析出相を生成させてやることが好ましい。同時に耐クリープ性を向上させるし、ねばさが低減して切削加工性も向上するからである。
【0135】
スーパーインバー合金では、不可避的に存在する炭素は、特別な元素を添加しかつ適当な熱処理をしない限り、フリー炭素(固溶炭素、格子間侵入炭素)として存在する。その炭素原子は経時変形を助長してしまうし、熱膨張率も押し上げてしまう。
【0136】
炭化物形成元素が熱膨張率をどの程度押し上げるかについて、本検討では、Nbを0.24重量%添加したとき0.25ppm/℃の上昇、3.9重量%を添加したとき3.0ppm/℃の上昇であった。ところで、36%Niインバーでは、その熱膨張率は1ppm/度以上になることが通常であって、それでは大き過ぎるため元々スーパーインバーを選定しているわけである。スーパーインバーの最大の特性である低熱膨張率(1ppm/度未満)を保持するためには、本検討の過程で得られた、数式(2)に示す近似曲線から熱膨張率が1ppm/度未満になるための条件として、上記0.50重量%以下の数値が求められた。
y=0.76x+0.63……(2)
但し、yは熱膨張率であり、その単位はppm/度である。xはNb含有量であり、その単位は重量%である。
【0137】
なお、Tiの場合、数式(3)に示す近似曲線から熱膨張率が求められる。xはNbの場合と同等の数値になった。
y=0.71x + 0.60 ……(3)
Tiは、Nbよりも若干熱膨張率を押し上げる比率が大きいが、ほぼ同等の値になる。
【0138】
図10は前述した熱膨張計で高炭素材(C:0.118%)の温度と変位(試験片の寸法変化)を測定した結果を示すグラフである。
【0139】
第1サイクル目の測定結果において、特徴的なことは150℃付近で試験片の熱膨張曲線の傾きが減少していくことである。これはこの温度で炭素原子の拡散がさかんになるからと思われる。そして、210℃まで加熱(第3サイクル目及び第4サイクル目では205℃)してから室温まで冷却すると、加熱時と冷却時とでは明らかに別の軌跡を辿っている。室温付近の同一温度で比較すると、加熱と冷却を終えた試験片は最初の寸法より25ppm収縮(以後、枯らし効果による量という)していた。試験片はこの測定をする前に98℃×48時間の熱処理を施したものである。また、その後、測定まで室温で570時間経過してからこの測定が行われている。このため、固溶している炭素原子のうち、ある割合が室温での安定位置(以後、室温安定位置という。おそらくfcc格子中の四面体空隙)に移動していたと考えられる。205℃まで加熱すると、自発磁化はほとんど消滅するので、その温度では別の位置(以後、高温側安定位置という。おそらくfcc格子中の八面体空隙)に移動すると考えられる。そして、冷却時に炭素の拡散が追いつかず、ほとんど高温側安定位置(室温ではなく205℃で炭素原子が格子中で安定な位置)のままで材料は室温になってしまうと考えられる。
【0140】
そのため、第1サイクル目の加熱・冷却を行うことにより、炭素原子がある程度室温で安定な位置に移動していた状態の試験片の体積(膨張状態)から、室温で不安定な位置に移動した状態の体積(収縮状態)に変化したことにより上記25ppmの収縮が生じたと推定できる。
【0141】
98℃という温度は、炭素原子の格子間拡散速度を高め、工業的製造工程で事実上可能な時間で処理を終了させる目的から決められているようである。そして、この温度では、自発磁化の低下もまだ小さいので、炭素原子の多くは室温における安定化位置同じ位置にいるであろうと考えたのだろう。その点、後述するが本検討では、80℃以上では室温安定位置から高温側安定位置に炭素の拡散が開始しているようなので、前記98℃という人工的枯らし温度は80℃の方がより適切と思われる。
【0142】
経時変形にとって最良な処理は、部材の使用温度に何十年も放置しておいてから製品に組み込むことであるが、これでは実用的でない。但し、今回の検討では、第2サイクル目と第3サイクル目との間に98℃熱処理を設けず、室温のまま1349時間放置してから第3サイクル目の測定をしたものもある。この場合、枯らし効果による量は19ppmであった。換言すると、この間に19ppm膨張する経時変形が起きたことを意味する。1349時間は工業的処理としては実用的な時間ではないので、当該安定化処理は後述する温度範囲がよい。なお、第1サイクル目を終了した直後に実施した第2サイクル目の測定では、加熱、冷却を経ても試験片の寸法は変化していなかった。第1サイクル目の加熱温度(210℃)において、すべて高温側安定位置に炭素原子が拡散していたためと推定できる。
【0143】
第2サイクル目で、加熱時と冷却時の途中の線が若干一致しないのは、試験片の温度変化が制御用熱電対の温度変化に対して遅れるからである。そのため、熱膨張率が大きい範囲(高温側)ほど寸法の差異が大きい。なおその確認のため、図示してはいないが低炭素材(C:0.002重量%)の測定結果のグラフにおいて、加熱曲線に+4℃、冷却曲線に−4℃のオフセットを与えて表示すると両曲線は一致した。この図の測定では、その後98℃×48時間の安定化処理をした後、測定までに室温に816時間放置してから、第3サイクル目の測定に移った。
【0144】
第3サイクル目は第1サイクル目の測定結果と同様、かなりの枯らし効果による量が再度現れた。第1サイクル目の25ppmに対して、3サイクル目は30ppmであった。室温での放置時間が長かったことが影響しているからと思われる。
【0145】
安定化温度は室温より高い温度であって少なくともキュリー温度未満でなければならない。但し、実際キュリー温度ではほとんど高温安定位置になるはずなので、加熱曲線と冷却曲線が交差する150℃以下が現実的である。本測定においては、室温から150℃まで加熱するのに2時間位であったから、150℃×2時間以下の処理でも人工的枯らし効果はあると言える。
【0146】
その上、この加熱時の線を見ればわかるが、冷却時の線(但し、100℃以下の直線部分)と平行でなくなる温度は80℃であって、それ以上の温度で平行ではなくなる。この結果からは、80℃以上の温度ではせっかく室温安定位置に存在した炭素原子が高温安定位置に拡散し始めていると推定できる。よって、大部分を室温安定位置にするには、室温より高く80℃以下がさらに望ましいことになる。
【0147】
第4サイクル目は第2サイクル目と同じ軌跡を通った。第3サイクル目直後に測定しており、安定化処理をしていないので、予測された結果である。
【0148】
以上から、第2ないし第4サイクル目を終了した部材は205〜210℃から徐冷したことと同じ処理になるが、この処理をした合金を製品に組み込むことは好ましくない。高炭素材の場合ではあるが、安定化処理を施した部材と比較して将来25〜30ppmだけ大きな経時変形が発生することになるからである。
【0149】
なお、高炭素材は年換算で18ppm膨張する経時変形をすることを前述したが、この場合の材料はすでに安定化処理を行ってから経時変形を測定したものである。そのため、わずか1359時間(約2ヶ月)室温に放置したものでも同等の枯らし効果量が生じることもそれと矛盾することではない。
【0150】
低炭素材も高炭素材と同様に試験片の寸法変化を測定したが、測定前に室温で放置するか否かによらず、試料長さは加熱、冷却後でも最初の寸法に戻った。すなわち高炭素材でみられた収縮は確認できなかった。よって先に述べた、高炭素材の加熱曲線において80℃のところで傾きが小さくなり、また室温まで冷却した時点での寸法が収縮した理由は、炭素原子の拡散によると推定できる。
【符号の説明】
【0151】
7 レンズ
8 枠部材
9 外筒
【技術分野】
【0001】
本発明は、精密機器等の構成部品に使用される低熱膨張率の合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、低熱膨張金属材料の一種であるインバー合金(Fe−36%Ni)の経時変形について報告された文献がある(非特許文献1参照)。この文献では、γ−expantion(以後、γ膨張という)という用語を使用し、その原因は合金に含まれる炭素が関係していると推測している。
【0003】
一方、低熱膨張であることの特性を生かし、精密機器の構成部品に使用される金属材料においても、長期間にわたる経時寸法変化の問題を指摘する例もある(特許文献1参照)。この場合の原因は、熱処理などの製造工程において付与された内部残留応力の解放過程の結果である。この文献では、炭素含有量が0.3〜2.5重量%の鋳鉄系の低熱膨張合金ではあるが、Niの偏在を低減して低熱膨張にできたことが報告されている。
【0004】
後者の内部残留応力の解放については、金属製部品を製造する上で周知の現象であって、今までも精密部品の製造工程においてこの現象を抑える処置ないし処理が行われてきた。
【0005】
一方、前者においては、学術的な段階であって、当業者の間でもほとんど知られていないのが実情である。その理由は、γ膨張という現象によって生じる経時変形の絶対量が他の一般的現象によって生じるものと比較して小さいからであると考えられた。
【0006】
また、一段と高精度化してきている最近の精密機器においては、インバー合金ではなく室温付近での熱膨張率が確実に1ppm(=1×10−6)/度未満になるスーパーインバー合金を使用する場合が増加してきた。もちろん、一部の無機材料の中には、熱膨張率が1ppm/度未満のものもあるが、切削加工ができない等、工業的製造が極めて困難であって、またじん性が小さいため製造過程で破損することがあった。その上、熱伝導率が小さいため、この部材に局所的な温度分布が発生した場合、部分的膨張が生じ、熱膨張率が小さいという特徴を生かしきれなかった。このため、スーパーインバー合金の特徴を生かしながら巧みに使いこなすことが求められてきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−269613号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Physics and Applications of Invar Alloys、Honda Memorial on Materials Science No.3、AGING AND PRECIPITATION 1978、丸善
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、スーパーインバー合金については、γ膨張現象がインバー合金と同様に生じるかどうか把握できていなかった。
【0010】
一方、高精度な光学機器においては、重要な構成部品の経時変形により光路長の変化が発生し、長年にわたり徐々に機器の性能が低下していくこともあった。このため、本発明に至る検討過程では、金属材料の経時変形の原因となる周知の各現象を抑えるために、一般的な処理を念入りに行ったスーパーインバー合金を用意した。それでも経時変形は残存し、今後も高精度化する光学機器の性能低下の原因として、その変形量は決して無視できない量(1年当たり5ppmの経時変形量)となっている。今回の発明のために大きく寄与した微小変形の評価システムを用いると、従来見逃されていたわずかな量の経時変形が明確になった。
【0011】
本発明は、スーパーインバー合金の微小な経時変形を限りなく抑えることが可能な合金及び合金の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題に鑑み、本発明の合金は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金であって、
該合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下であることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の合金の製造方法は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金の製造方法であって、
前記基本成分に炭化物形成元素を添加し溶解鋳造する工程、
所定温度にて熱間鍛造する工程、
前記所定温度より低い第1の温度で第1の熱処理を行うことにより、前記合金に含まれる炭素と前記炭化物形成元素とからなる炭化物を母相中に析出させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明者は、スーパーインバー合金の微小な経時変形が、合金中に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素に起因することを見出した。
【0015】
そして、上記の本発明の合金により、スーパーインバー合金の微小な経時変形を限りなく抑えることが可能となった(具体的に年換算で2ppm(2×10−6)以下)。
【0016】
また、上記の本発明の合金の製造方法により、炭化物形成元素を微小量しか添加しなかった場合でも、効率的に炭素と化合して炭化物を形成する。その結果、合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下とすることができる。このため、低熱膨張率を維持しつつ、経時変形を限りなく抑えられる合金を製造可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】3点曲げ試験の結果得られた応力−歪み曲線を示すグラフである。
【図2】各種組成材の最大表面応力とそのときに残存する永久歪み量を示すグラフである。
【図3】実際に測定した各組成材の経時変形量を示す図である。
【図4】経時変形量の測定に用いた計測システムを示す概念図である。
【図5】高耐力材8−2の金属組織を示す写真及び溶解抽出分析した結果を示すグラフである。
【図6】溶解抽出分析の結果から求められた各組成材のフリー炭素量と経時変形量との関係を示すグラフである。
【図7】図5の溶解抽出分析の結果求められた固定炭素量(重量%)を用いて算出された全含有炭素量(重量%)に対する固定炭素量(重量%)の割合を示すグラフである。
【図8】熱処理温度とフリー炭素量との関係を示すグラフである。
【図9】本検討で用いた各スーパーインバー合金組成材の熱膨張率を示すグラフである。
【図10】熱膨張計により高炭素材(C:0.118%)の温度と変位(試験片の寸法変化)を測定した結果を示すグラフである。
【図11】本発明の合金の枠部材8を用いた、レンズ鏡筒の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しつつ本発明をより詳細に説明する。なお、同一の構成要素には原則として同一の参照番号を付して、説明を省略する。
【0019】
(合金)
本発明の合金は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む。そして、この合金に不可避的に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下である点が特徴である。
【0020】
スーパーインバー合金は、鉄、ニッケル、コバルトを基本成分とし、インバー合金(Fe−63.5重量%,Ni−36.5重量%)よりさらに低い熱膨張率を有する合金である。インバー合金のうち、Niを5重量%Coに置換した、Fe−63.5重量%,Ni−31.5重量%,Co−5.0重量%を基本的な構成とする。
【0021】
本明細書において「基本成分」は、スーパーインバー合金の必須成分を意味する。
【0022】
本発明の合金における、上記基本成分の含有量の範囲を示すと以下のようになる。
【0023】
Coの含有量は、2.0重量%以上8.0重量%以下であることが好ましく、さらに3.0重量%以上7.0重量%以下であるとより好ましい。
【0024】
Niの含有量は、30.0重量%以上38.0重量%以下であることが好ましい。ここで、後述するTi,Nbなどの炭化物形成元素を、炭素を固定するために必要最小限の量以上に加えた場合、余った炭化物形成元素はNiとの化合物を形成することになる。よって、このような場合は、余った炭化物形成元素と化合物を形成する分のNiを加算して、多めにNiを含有させておく必要がある。このようなことから、好ましい上限は38.0重量%となる。しかし、必要最小限の炭化物形成元素を添加する場合は、34.0重量%程度が上限となる。
【0025】
Feの含有量は、62.0重量%以上68.0重量%以下であることが好ましく、63.0重量%以上67.0重量%以下であることが好ましい。
【0026】
本発明者らは、インバー合金などの金属材料の経時変形の原因となる周知の各現象を抑えるための一般的な処理を施したスーパーインバー合金を用意した。それでも1年当たり5ppm程度の経時変形は残存した。詳細は後述するが、本発明者らはこの経時変形がフリー炭素の量に起因することを見出した。上記の一般的な処理とは、具体的には後述しているが、例えば除冷(炉冷)やサブゼロ処理のことである。
【0027】
ここで本明細書において、合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない遊離した炭素を「フリー炭素」という。具体的には、格子間侵入炭素などの固溶炭素を意味する。フリー炭素が格子内に侵入したり、格子間を移動することが経時変形の一因となると本実験の結果から推測できた。
【0028】
フリー炭素の量が0.010重量%以下であれば、年換算で2ppm以下の経時変形に抑えることができた。そして、フリー炭素の量は、より好ましくは0.005重量%以下である。下限としては0.0005重量%を実現することができた。
【0029】
本発明の合金は、合金中に含まれる全炭素量、すなわち、合金中に不可避的に含まれる炭素量が0.010重量%以上であっても構わない。一般的な工業的工程でスーパーインバー合金を得た場合、全炭素量は0.010重量%〜0.030重量%以下程度となることが多い。このように全炭素量が0.010重量%以上であっても、フリー炭素量が0.010重量%以下であれば、効果的に経時変形を抑えることができることがわかった。
【0030】
合金中に不可避的に存在する炭素をなるべくフリー炭素としないために、本発明の合金は、炭化物形成元素を含有することが好ましい。本明細書において「炭化物形成元素」とは、合金中の炭素と化合して炭化物を形成しうる元素である。炭化物形成元素の少なくとも一部は、合金中の炭素と化合して炭化物を形成し、これは母相中に分散する。炭化物として炭素原子を固定してやれば、フリー炭素を減少させることができる。
【0031】
炭化物形成元素は、原子パーセントの比較で全炭素量よりも多く含まれていることが好ましい。さもないと炭化物として固定されないフリー炭素が残存してしまうからである。
【0032】
炭化物形成元素の含有量は、0.05重量%以上であることが好ましい。そうすれば、全炭素量のうち0.01重量%に相当する量のフリー炭素を固定可能だからである。一方、熱膨張率1ppm/℃未満に維持するために、0.50重量%以下であることが好ましい。数値の具体的意義は後述する。また、下限についてはより好ましくは0.10重量%である。また、上限についてはより好ましくは0.30重量%である。炭化物形成元素が少なすぎると、合金中の炭素を炭化物として固定しきれないため、経時変形を効果的に抑制することができない。一方、多すぎると、炭化物形成元素が炭素と化合しないで余ってしまい、熱膨張率を押し上げてしまう。そうすると、スーパーインバー合金の好ましい特性を生かすことができないからである。
【0033】
炭化物となっていない炭化物形成元素の量は、なるべく少ない方が好ましいが、0.50重量%以下であれば、スーパーインバー合金特有の低熱膨張率を維持できる。
【0034】
本発明では、ニッケルと炭化物形成元素との化合物相が形成されていることが好ましい。上記のように炭化物とならずに余った炭化物形成元素は、合金の基本成分であるNiと化合させる。こうすることで、熱膨張率の上昇を抑えると共に、合金の強度を増大させることができる。
【0035】
炭化物形成元素は、チタン(Ti)またはニオブ(Nb)が例示できる。
(レンズ保持部材、光学機器)
本発明の合金は、レンズ保持部材として好適に使用できる。図11は本発明の合金の枠部材8を用いた、レンズ鏡筒の断面図である。低熱膨張率(0.6ppm/度)の石英製のレンズ7と同等の熱膨張率を有する枠部材8に該レンズを固定してなる。さらに、外筒9は該枠部材を支持している。
【0036】
熱膨張率がレンズと同等なため、温度変化が生じた場合でもレンズを通る光(光路)は変化しない。
【0037】
また、本発明の合金を用いているので枠部材がほとんど経時変形せず、それに固定してあるレンズに変形を付与することもない。そのため、長期間にわたり収差などの光学的誤差を生じないため、当該鏡筒を用いた装置の特性を変化させることもない。
【0038】
本発明の効果が歓迎されるナノレベルの精度が要求される光学機器としては、半導体を製造する際の露光装置を好ましく例示できるが、それに限られず、宇宙空間で使用される光学装置などでも良い。
【0039】
(合金の製造方法)
本発明の合金は、例えば以下のようにして製造することができる。
【0040】
そもそも全炭素量を0.010重量%以下に抑えることができれば、当然にフリー炭素量もこの範囲となる。全炭素量を0.010重量%以下に抑えることは、VAR(真空アーク再溶解)やESR(エレクトロスラグ再溶解)などの高度な精錬手段を駆使すれば可能であるが、通常の工業的工程では困難である。
【0041】
また、全炭素量が0.010重量%以上のスーパーインバー合金であっても、TiやNbなどの炭化物形成元素を添加して、溶解鋳造し、所定温度で熱間鍛造する。そうすれば、炭素をTiなどで固定することができ、フリー炭素を抑えた合金を得ることができる。
【0042】
しかし、前記したように、炭化物形成元素は必要以上に添加せず、なるべく微量添加することが好ましい。そして、全ての炭化物形成元素が炭素と過不足なく化合することが好ましいが、実際にはそれは困難である。不可避的に存在する炭素量には幅があるからである。そのような場合、添加した炭化物形成元素をなるべく高効率で炭化物とするためには、以下の製造方法が好ましいことが判明した。
【0043】
まず、基本成分に炭化物形成元素を添加し、50kgの真空誘導溶解炉で溶解鋳造する。
【0044】
その後、所定温度にて熱間鍛造する。所定温度としては、1000℃以上1100℃以下が好ましい。
【0045】
そして、この所定温度より低い第1の温度で第1の熱処理を行うことにより、合金に含まれる炭素と炭化物形成元素とからなる炭化物を母相中に析出させる。
【0046】
第1の温度は必ずしも一定温度である必要はなく、徐々に低下する温度下に保持される状態でも構わないが、所定範囲に保持されることが好ましい。あまり高温となると形成した炭化物が分解してしまうし、反対に低温では炭化物形成元素と炭素とが結合しにくいからである。そのような観点で、第1の温度は、825℃以上950℃以下であることが好ましい。
【0047】
本発明のこの製造方法は、高価な精錬手段を駆使して炭素含有量を低減させるのではなく、一般的な溶解、鋳造での製造工程で不可避的に炭素原子が微量存在しても、熱膨張率を増加させることなく、炭素原子の好ましくない影響を押さえ込める点に意義がある。
【0048】
また、第1の熱処理の後に、第1の温度より低い第2の温度で第2の熱処理を行うことにより、ニッケルと炭化物形成元素との化合物相を形成することが好ましい。これにより、炭化物形成に寄与しなかった余りの炭化物形成元素が熱膨張率の上昇の原因となることを最小限に抑え、合金の強度を向上させることができる。
【0049】
第2の温度は、700℃以上750℃以下であることが好ましい。
【0050】
また、第2の熱処理の後に、室温以上で合金のキュリー温度よりも低い第3の温度で第3の熱処理を行うことが好ましい。これにより、炭化物になれなかったフリー炭素をスーパーインバー合金中の安定した位置に拡散させることができる。いわゆる人工的な枯らし効果を加えることで、さらに経時変形を低減できる。
【0051】
第3の温度としては、25℃以上150℃以下であることが好ましい。また、上限としてはより好ましくは120℃である。
【実施例】
【0052】
(経時変形の原因について)
まず、スーパーインバー合金及びスーパーインバー合金相当材の部材を用いて、従来問題になっていた経時変形の原因が帰納的に推定可能となる処置を講じた。つまり、一般的な経時変形の原因とは異なり、炭素原子が経時変形に何らかの影響を及ぼしているという仮説を立てた。
【0053】
そして、経時変形を低減させる処置として、(i)原因となっている炭素原子を問題ない程度まで低減させる。(ii)不可避的に含有する炭素原子を何らかの処置で固定し、拡散させないようにする。(iii)金属組織安定化処理(いわゆる枯らし)を実用的時間で行う。これらの各処置を実行した。
【0054】
本検討の結果、上記各処置はどれも経時変形の低減に効果あることが判明した。このことは、原因が炭素原子と関係しており、それも炭素が含有してしまうこと自体が問題ではなく、炭素原子がどのような状態で金属組織中に存在するかが問題であることを示している。換言すれば、室温付近で炭素原子を格子拡散させないようにしてやれば良いわけである。
【0055】
本実施形態の低熱膨張合金及びその製造方法は、現時点で考えられる最良の対策を施したものである。具体的に、溶解・鋳造工程では、不純物の混入を防ぐように留意し、不可避的炭素元素の含有量を抑えた上で、炭素原子と強く結合して炭化物を形成する元素を微量添加する。さらに、適切な熱処理により効果的に炭化物を析出させ、フリー炭素(固溶炭素あるいは格子間侵入炭素を意味する)を減少させる。
【0056】
なお、本来のスーパーインバー合金に炭化物形成元素を加えた各種組成材を、ここではスーパーインバー合金相当材と称している。
【0057】
(経時変形の原因となる各現象の検討)
精密な光学機器部品として使用されるスーパーインバー合金は、基本成分が31.5%Ni(ニッケル)、5%Co(コバルト)、残Fe(鉄)である元素組成を有する。
【0058】
そして、高精度に管理された一定温度下(23±0.01℃)において、その材料の寸法変化を高精度に測定すると、部品を製作した最初の段階では1ヶ月換算で0.5ppm程度の伸びを続けていることが判明した。しかも、合金の製造ロットによってばらつきがあり、中にはそれ以上の伸びを生じるものもあった。原因が拡散など熱活性化過程の現象によるものであれば、その変形速度は時間が経過するとともに低下していくはずである。それでも、いくつかの合金で数十日間にわたる寸法変化を測定した結果、最終的処理を終えた時点から1ヶ月程度では変形は時間経過に対し直線的変化として扱ってもよく、5〜10日間程度の測定でも1ヶ月換算での伸びは推定できることがわかった。
【0059】
ところで、金属組織的変化に基づきその寸法変化が起きる原因を特定することは困難な場合が多く、対処療法的手法で改善が認められれば、その対処に対応したことが原因と推定することが通常である。特に、金属組織的変化においても原子レベルのミクロ的な変化は、高分解能な電子顕微鏡が開発されている現在でも、本来の状態では直接的確認が出来ないと言ってもよい。そのため、他の検査、試験、分析による情報などを総合的に勘案して原因を推定することになる。本発明においても、最初はこの経時変形の原因として次の各現象を検討した上、消去法により原因を絞り込んだ。
【0060】
(1−自発磁化の減少について)
スーパーインバー合金では、インバー合金と同様に、通常の原子の熱振動によって決定する原子間距離を、この合金特有の自発磁化により拡大している。そして、温度が上昇するに従ってその自発磁化の程度が減少していくため、この自発磁化の減少は温度上昇による通常の原子間距離の拡大分を相殺するように作用する。その結果、キュリー温度以下では極めて小さい熱膨張係数を示し、キュリー点以上になると通常の熱膨張率に戻る。よって、もし自発磁化が経時的に減少するなら体積は減少する方向であって、現在発生している伸び(膨張)の現象とは逆であるので、この現象は考慮しなかった。
【0061】
(2−析出現象について)
スーパーインバー合金の成分元素であるFe、Ni、Coはどれも室温付近では、自己拡散係数が極めて小さく、これらの原子が移動することは考えにくい。
【0062】
一方、炭素などの原子半径が小さい原子は室温でも格子間拡散するが、拡散した結果何らかの安定相(例えばグラファイト、セメンタイトなど)が生成するかと言えば、確認できない。
【0063】
また、重要な点なので後に詳細に述べるが、経時的な寸法変化はキュリー温度以下である室温から210℃の範囲で、通常の熱膨張ではない可逆的な膨張と収縮が認められた。このような低温の範囲でも析出する可能性は否定できない。しかし、再度その析出物が分解して再固溶することは考えられない。よって、本現象は上記温度範囲で可逆性がある現象ではないので、経時変形の原因から除外した。
【0064】
(3−内部残留応力の解放について)
この現象は内部応力を駆動力として、格子欠陥の一種である転位の移動、消滅の結果、転位密度が減少する過程であって、体積は減少する方向であると考えられる。それでも念のため、同一の材料を用いて315℃から空冷したものと、炉冷したもので経時変形を比較測定したが差異は認められなかった。そのためこの現象も除外した。
【0065】
(4−マルテンサイト変態について)
この現象は体積の増加を伴う。ところで、本発明において行った独自の高精度な寸法変化測定は23℃に対して±0.01℃で管理された場所で行っている。一方、本合金ではこの変態は一定の温度では生じないと考えられる。一般の工具鋼等の場合とは異なり、本ニッケル含有鉄基低熱膨張合金は室温では元々オーステナイトが安定相だからである。また、寸法変化測定中に合金にかかる応力変化もない。そのため応力誘起による変態も進行しない。それでも念のため、同一の材料を用いて、−10℃の低温で処理(サブゼロ処理)したものとしないもので比較した結果、やはり経時変形量に差異は認められなかった。そのため、この現象も除外した。
【0066】
(5−クリープについて)
問題となる経時変形の量を勘案すると、試料の自重によって生じるクリープ変形が関与している可能性もある。一般には体心立方格子である通常の鋼の場合、室温でも侵入型元素の拡散が生じやすく、動的に歪時効が進行してクリープ変形しにくい。その点、面心立方格子であるこの合金の場合は、鋼と比較して炭素の拡散速度が小さく、室温付近で歪時効が進行しにくくクリープしやすいと言われている。
【0067】
そこで、各種合金の微小歪範囲(永久歪で2ppm=0.0002%程度)での耐力を測定しておいた。この歪み量での耐力が大きい合金ほど転位が移動しにくく、耐クリープ特性も大きいといえる。経時変形を測定した試料のうち、予想通り高炭素材(C:0.118重量%)は低炭素材(C:0.002重量%)より耐力が大きい結果になった。そのためクリープが原因なら、高炭素材の方が経時変形の量が小さくなるはずである。なお、測定した試料においては、炭素以外の他の含有成分は全く同じである。共に電解鉄、電解ニッケルなどから溶解製造して、高炭素材についてはさらに炭素を添加して各試料に供した。経時変形測定の結果は後述する。
【0068】
(6−γ膨張について)
オーステナイト相(γ相)の面心立方格子(fcc)における空隙は八面体の中心部と、それよりも幾何学的に空隙の小さい四面体の中心部がある。例えば、八面体中心位置の空隙にあった炭素原子が四面体中心位置の空隙に移動(拡散)すれば、体積が膨張すると考えられる。自発磁化の存在により、幾何学的空隙が小さい位置でも炭素原子が安定に存在する可能性がある。γ膨張の機構が上述したような炭素原子の格子間における近傍の空隙間での移動によることなら、フリーの炭素が少ない低炭素材の経時変形量は小さくなることが予測できる。また、化合物などの生成により変形が生じるわけではないので、先に述べた温度範囲の温度変化に対して可逆性をもつことも予測できる。そして、後で詳細に述べるが本発明のための一連の検討によって、経時変形の原因は本現象であると特定できた。
【0069】
(実施例に係る合金)
表1は経時変形量測定のために用意した各種スーパーインバー合金及びスーパーインバー合金相当材の一覧である。
【0070】
【表1】
【0071】
表1には、経時変形の原因がクリープだった場合、各種材料が従来材料と比較して経時変形しにくくなるのか、あるいは経時変形しやすくなるのかを同時に予想して記載している。同様に原因がγ膨張であった場合も記載している。
【0072】
TiやNbを十分に含有したスーパーインバー合金相当材(高耐力材、実施例2〜5)については、含有している炭素量は従来材とほとんど同じであるが、TiCやNbCなどの炭化物になっていることが予想される(分析結果については後述する)。このため、実際移動できる炭素原子は少なくなっているはずなので、クリープが原因であっても、γ膨張が原因であっても経時変形は小さくなると予想できる。
【0073】
なお、硬さの記載について120HV程度とは、硬さ試験の場所によって異なるので、平均的数値である。また、372HV相当とは、実際は、ロックウエル硬さ試験機により試験した結果の数値をビッカース硬さ値に換算したものである。
【0074】
また、各種組成材のDA材とは、熱間鍛造後に空冷し、その後時効処理した材料を意味する。また、STA材とは、熱間鍛造後、溶体化処理終了後に水冷し、さらにその後時効処理した材料を意味する。
【0075】
(実施例に係る合金の製造方法)
従来材、低炭素材、高炭素材及びNb添加材(実施例1,6、比較例1,2)については、真空誘導炉で溶解鋳造、1000℃で熱間鍛造後空冷、830℃で2時間保持して溶体化処理後水冷、315℃で3時間保持して応力解放処理、98℃で48時間安定化処理(いわゆる人工的枯らし処理、第3の熱処理)の工程を経て製造された。
【0076】
また、高耐力材(実施例2〜5)については、50kgの真空誘導溶解炉で溶解鋳造し、熱間鍛造を1000℃で行い、720℃で6時間時効処理後(第2の熱処理)、315℃で応力解放処理、98℃で48時間安定化処理の工程を経て製造された。
【0077】
さらに、Ti微量添加材(実施例7)については、熱間鍛造を1000℃で行い、900℃で2時間保持(第1の熱処理)した後、830℃まで徐冷し、その温度から室温まで空冷した。その後、720℃で6時間時効処理(第2の熱処理)後、315℃で応力解放処理、98℃で48時間安定化処理(第3の熱処理)の工程を経て製造された。
【0078】
(実施例に係る合金の含有成分)
表2には各種組成材の含有成分が記載されている。
【0079】
【表2】
【0080】
(従来材、低炭素材、高炭素材について)
低炭素材及び高炭素材についてはそれらの炭素含有量のみを変えただけで、原料として電解で製造した高純度なものを共に用い、他の元素は同等量になるように製造した。
【0081】
(高耐力材について)
各高耐力材はその炭素含有量を従来材と同等にし、TiないしNbを十分含有させた。
【0082】
硬さ試験の結果、熱間鍛造後8−1材、9−1材はそれぞれ36.6HRC(360HV相当)、25.7HRC(270HV相当)、溶体化処理後8−2材、9−2材はそれぞれ33.3HRC(330HV相当)、18.9HRC(234HV相当)であった。表1に記載した硬さは時効処理(720℃×6時間)した後の値であるので、析出相形成のために時効処理することですべての硬さが上昇した。
【0083】
また、Nb添加よりもTi添加の方が硬さを高める効果が大きかった。なお、Niは時効処理によりTiやNbとの化合物相である析出相を形成するので、基地の部分が最大限にインバー効果(熱膨張率が小さくなる効果)を発揮できる組成になるように、炭化物形成元素の含有量に応じてNi含有量を増加させている。
【0084】
(Nb添加材について)
Nb添加材とは、従来材にNbを少量(0.24%)添加したものである。この材料の目的は、不可避的に含有する炭素をNbと結合させ、炭化物として固定することで、前述した炭素の拡散が原因と言われるγ膨張を低減することにある。
【0085】
二オブと炭素の原子量はそれぞれ92.9、12であって、後述するように本発明において確認された二オブ炭化物はNbCなので、原子は1:1の割合で結合する。そのため、二オブは炭素に対して7.74倍以上(=92.9/12)の重量を添加しないと、フリー炭素が残存してしまう。さらに全てのNbが炭素原子と結合することは難しいので、7.74倍以上添加することが望ましい。しかし、炭化物になるために必要以上に多くのNbを添加するのはなるべく抑えたい。炭化物にならないNbが残存し、この元素が基地中に固溶していると、熱膨張率を押し上げてしまうからである。Nb以外の炭化物形成元素についても同様のことが言える。
【0086】
本実施例では、炭素含有量が0.017重量%であるため、Nbは0.13重量%以上添加することが望ましいわけで、0.24重量%に調整した。
【0087】
この場合でも前述したような高耐力材のように、固溶した二オブは時効熱処理(第2の熱処理)を施す方が望ましい。NbとNiとの析出相を形成して硬さを高めることが出来るからである。この熱処理は微小歪みでの耐力値(マイクロイールドポイント)を上昇させる目的で行う。解決すべき課題では極めて小さい経時変形を問題にしているからである。微小歪みでの耐力値とは0.0001%(1ppm)レベルの永久歪みを残存する応力のことである。このマイクロイールドポイントを上昇させれば、耐クリープ特性も上昇するが、前記した製造条件ではこの時効熱処理は720℃に相当する。今回の測定では、低熱膨張合金は平面上に設置した状態で経時変形を測定したが、実際の機器では低熱膨張合金から出来ている部材には前記の状態より大きな応力が付与されることもある。そのため、耐クリープ特性を向上させておくのは、より望ましいことである。また、若干でも合金の硬さを高めておけば、切削加工や研削加工においても望ましい結果になる。切り粉の搬出が容易になり、砥石の目詰まりも少なくなるからである。
【0088】
もちろん、各高耐力材はγ膨張を低減するだけではなく、クリープ変形を抑える効果を有すると期待される。それは炭化物形成元素による析出硬化や固溶硬化により、微小歪み下における耐力値が増大しているからである。
【0089】
(Ti微量添加材について)
この材料は不可避的に合金中に存在する炭素が理想的にすべてチタン炭化物の形成に使われる場合を考慮して、必要最小限の量をねらってTiを添加したものである。
【0090】
固溶したTiは自発磁化を低下させ、結果的に熱膨張率を高めてしまうので、熱膨張率を低い値に維持するためにTiを必要最小限にした。
【0091】
但し、結果的には経時変形を相当量低減することは出来たものの、成分配合上全く過不足ない値にまでは調整できなかった。つまり、炭素の含有量は0.023重量%だったので、添加した0.08重量%のTiの全てが理想的に炭化物になったとしてもTiはやや不足していた。つまり、チタンの原子量は47.9なので、フリー炭素は少なくとも0.003重量%(=0.023−0.08×12/47.9)というわずかな値ではあるが残存してしまう。
【0092】
後述するが、適切な炭化物形成熱処理(第1の熱処理、実験結果では825〜950℃)を施すことで、900℃という最適温度で含有したTiのうち相当多い割合となる74%が炭化物になり、0.008重量%のフリー炭素が残存した。この程度のフリー炭素量なら後述するように実際経時変形は低減出来た。
【0093】
そして、熱膨張率も試験片の切出し方向によってほとんど差はなく、その値は18〜28℃の範囲で0.42〜0.47ppm/度であった。なお、この測定は真空理工製TMA8310を用い、昇温速度は5℃/分で行った。
【0094】
また、通常行われる溶解、鋳造過程では炭素含有量はどうしても0.03重量%程度は含有してしまい、0.008重量%まで低減させることは事実上困難である。わずかなTiを添加することで、熱膨張率をほとんど変えず、また製造コストも同等のまま経時変形に影響する炭素量を0.008重量%まで低減できたことになる。
【0095】
(経時変形の主原因の特定)
図1は、3点曲げ試験の結果得られた応力−歪み曲線を示すグラフである。グラフにおいて、縦軸は中央集中加重(kN)、横軸は最大歪み(ppm)を示す。また、図中、黒丸は加重時の測定点を示し、黒三角は除加重時の測定点を示す。また、グラフ左上には3点曲げ試験の模式図を示す。クリープ変形には微小歪みの部分が関係するので、歪みの大きい部分は図示していない。図1では、従来材を例として、少しずつ最大中心荷重を増加させながら、その時に残存した永久歪量の増加が示されている。
【0096】
試験片として、30×30×339mmの大きさのものを、表1に記載した各種組成材について用意した。スパン間隔を250mmとした両端部付近で試験片を支持し、中央部の一点に集中荷重を与え、その反対面の中央部に貼付された歪みゲージの出力から歪み量を求めた。試験温度は室温であり、後に経時変形を測定する温度とほぼ同じである。荷重速さは、弾性余効の影響を無視できるように、0.5mm/分と小さく設定した。
【0097】
まず、最大荷重を小さく設定し、加荷重・除荷重を繰り返した。そして、徐々に最大荷重を増大させて、最初に残存した永久歪が検出できたときの最大荷重は12kNである。そのときに残存した永久歪は3ppmである。但し、本試験においては歪みゲージは試験片の最大歪みを発生する部分に貼付してあり、その部分での歪み量を測定しているので、全体の平均歪み量はさらに小さい値になる。
【0098】
次に、最大荷重を15kNに設定してその荷重を加えた後、荷重を除去したときに残存した永久歪は10ppmであった。この場合、初めから15kNの最大荷重を加えると、13ppmの永久歪が残存するはずである。
【0099】
図2は各種組成材の最大表面応力とそのときにその場所に残存する永久歪み量を示すグラフである。このグラフでは、図1の3点曲げ試験で求められた最大荷重とそのときに残存する永久歪み量とから、最大荷重を最大表面応力に換算し、永久歪み量はその応力までに発生した残存歪み量を累積した値を用いた。
【0100】
一般的に、耐力値を表示する場合に使用される永久歪み量は0.2%(2000ppm)であるが、本検討では極めて小さい永久歪み量における耐力値を求めた。高精度機器において、その性能に影響する変形量は、この機器のライフサイクルとしての使用期間や保守期間を勘案すると、最初の1年で10ppm程度であるので、それより一桁小さい1ppmの分解能を有する測定を行った。
【0101】
この結果から、もし経時変形の原因がクリープ変形の現象であるならば、高耐力材は著しく経時変形が小さくなるはずである。また、炭素含有量のみが異なる図中左側3本の試験片(低炭素材、従来材、高炭素材)については、炭素量が多いほど耐力値が大きくなった。これにより、同様に、仮に経時変形がクリープ変形によるものであるならば、高炭素材ほど経時変形量が小さくなるはずである。
【0102】
図3は、実際に測定した各組成材の経時変形量を示す図である。この結果から、従来材を基準にすると、高炭素材は極端に経時変形量が大きくなった。このように、炭素量を変化させた材料同士の比較では、高炭素材ほど経時変形量が大きくなった。この高炭素材は通常に製造している限り、不可避的炭素含有量として起こり得ないほどの多量の炭素を含有した合金組成になっている。経時変形の原因を追究するために、低炭素材とともに両極端な炭素含有量の合金を特別に製造した。炭素量を変化させた材料(実施例1、比較例1,2)同士の比較では、高炭素材ほど経時変形量が大きくなった。
【0103】
また後述するが、高炭素材にはその熱膨張測定時における加熱時と冷却時に寸法ヒステリシスが明確に現れることも判明した。
【0104】
一方、各高耐力材(実施例2〜5)はどれも経時変形量が極めて小さかった。高耐力材は、炭化物形成元素を炭化物が形成するための最小限必要な量よりかなり多くの量である3.0重量%程度を加えている。そのため、耐力値が大きくなっておりクリープが原因となる経時変形に対しては著しく低減効果があるだけではなく、炭素原子に関係したγ膨張が原因となる経時変形に対しても著しい低減効果があるはずである。
【0105】
よって、従来材と高耐力材との経時変形の結果比較では、その原因がクリープかγ膨張かは特定できないが、前述した炭素含有量のみを変えた材料同士での比較結果も考慮すると、経時変形の主原因はγ膨張であることが推定できた。
【0106】
Nb添加材やTi微量添加材も従来材と比較するとかなり改善された。それでもフリー炭素量は高耐力材と比較すると若干多いので、高耐力材よりは経時変形も若干大きい結果になった。従来材(比較例1)と実施例2〜7とは、全炭素量はほぼ同等であるのに、フリー炭素量は後者の方が低減されている。そして、後者の方が、経時変形がかなり抑えられている。この結果から、経時変形量は全含有炭素量ではなく、フリーな炭素量と密接な関係があることが判明した。
【0107】
なお、比較用一般材のうち石英はほとんど経時変形を生じなかった。またステンレス(SUS316 650℃×2時間後炉冷)や炭素鋼(S45C 800℃×2時間炉冷)は負の値になっているので、若干内部残留応力が残存していたと考えられる。共にγ膨張は生じていないと考えられる。
【0108】
図4は経時変形量の測定に用いた計測システムを示す概念図である。この計測システムでは、試験片1は先に3点曲げ試験に用いた寸法と同じである。試験片1の両端側の面にはミラー4、5が取り付けられている。このミラー4、5は、2つのレーザ干渉計(測長器)2、3からのレーザ光を反射するためのものである。レーザ干渉計2、3は、光路長の変化により試験片の寸法変化を読み取る、いわゆるマイケルソン干渉計の原理を用いている。
【0109】
2つのレーザ干渉計により測定された試験片端部の位置変化の差分により、試験片の伸縮が求められる。この測定システムの分解能は0.2nmであり、試験片の長さが339mmであるので、換算すると約0.0006ppmの分解能が得られる。この分解能であれば、1年当り1ppm程度の変化でも十分に測定可能な精度である。
【0110】
この測定システムは石英定盤6の上に置かれ、構築されている。なお、この測定システムは、室温が23℃で±0.01℃の範囲に制御された室内に設置されており、実際の試験片の温度変化はさらに小さい。よって、熱膨張で膨張、収縮する量は無視できる。
【0111】
(フリー炭素量の測定方法)
図5は、例として高耐力材8−2の金属組織を示す写真及び溶解抽出分析した結果を示すグラフである。表面を鏡面状に平滑化処理した後、目的に合った適切なエッチング処理することで各相を区別できる状態になる。金属組織中には明らかに母相とは異なる他の相が分散しており、その内の1つを走査電子顕微鏡により観察したものが、同図(A)の写真である。写真の中央部には大きさが5μm程度の相を確認することができ、この相を電子線マイクロアナライザー(EPMA)により分析するとチタンと炭素が検出された。
【0112】
次に、今回行った溶解抽出分析の方法を説明する。まず、合金材料0.5gを陽極、白金を対極として、10v/v%のアセチルアセトンと1w/v%テトラメチルアンモニウムクロライドを混合した電解液中で0.2Vの電圧にて電気分解した。続いて、その残渣分をポリカーボネイト(PC)型ろ紙(0.2μmフィルター)を通して吸引ろ過して捕捉した。このろ紙上に補足したものを同じく走査電子顕微鏡で観察したものが、同図(B)の写真である。これを同様に上記のEPMAにて分析をすると、同図(C)の結果からTiCであることがわかった。
【0113】
次に補足物と共にろ紙を白金ルツボにて灰化した後、ホウ酸ナトリウム、炭酸ナトリウムの混合物(溶融剤)を加えて900℃で溶融した後、塩酸10ml+過塩素酸数mlを加えた。溶解した溶液を定容に希釈したのち、IPC分析を行った。このようにして、溶解した合金中の炭化物の合金全量に対する割合を求め、TiとCのそれぞれの原子量から炭素の質量を換算した。そして、すでに分析してある全炭素含有量から炭化物になった炭素の質量を差し引いてフリー炭素量を求めた。
【0114】
なお、合金中の窒素もTiNになっている可能性があるので、別途分析しておいたが今回の合金では検出されなかった。また、高耐力材(9−1、9−2)については、TiとNbが同時に含有されているが、この場合はそれぞれの含有量と原子量から炭化物になった炭素量を求めた。炭化物形成元素がTaやZrなどであっても同様に求められる。
【0115】
なお、全炭素量は燃焼赤外線吸収法によって求めた。この分析は、試料を酸素気流中で高温に加熱し、含有する炭素を二酸化炭素などに酸化させて、その赤外線吸収を測定することにより炭素量を求める方法である。
【0116】
(フリー炭素量と経時変形の関係)
図6は、前述した溶解抽出分析の結果から求めた各組成材のフリー炭素量と、経時変形量との関係を表したグラフである。グラフ上で、経時変形が原点付近に集中しているのは、低炭素材と各種高耐力材の5つの組成材である。その他のプロットも同様に図3に対応している。
【0117】
フリー炭素量が少ないところでは、経時変形量とフリー炭素量とは直線的関係があった。
【0118】
また、各高耐力材は、それに含有している炭素の大部分が炭化物として固定しており、フリー炭素量はどれも0.0031重量%以下になっている。なかには、電解鉄、電解ニッケルなど特別な原料から製造して炭素含有量を極力低減させた低炭素材(C:0.002重量%)よりも少なくなったものもある。図7において記載されているが、高耐力材の8−1材、8−2材、9−1材、9−2材のフリー炭素量はそれぞれ、0.0008重量%(=0.013−0.0122、以下同様)、0.0005重量%、0.0031重量%、0.0025重量%であった。また同様に、Ti微量添加材、Nb添加材についてはそれぞれ、0.0080重量%、0.0069重量%であった。
【0119】
そして、それらは経時変形量も極めて小さくなっており、フリー炭素量を0.010重量%以下に低減させれば、従来材よりも経時変形は小さく抑えられることが判明した。さらに望ましくは、経時変化量を年換算で1ppm以下に抑えるためには、フリー炭素量は0.0050重量%以下であることが好ましい。
【0120】
従来材ではその炭素はフリー炭素として存在するので、製造上含有してしまう不可避的な炭素含有量のバラツキによって経時変形の量にもバラツキを生じており、比較的良好な製造ロットのものでも、1ヶ月当たりの換算で0.4ppmの膨張を示していた。本発明では、炭化物を形成させることで従来材より確実に経時変形を低減させることができる。
【0121】
図7は、図5の溶解抽出分析の結果求められた固定炭素量(重量%)を用いて算出された全含有炭素量(重量%)に対する固定炭素量(重量%)の割合を示すグラフである。これによると、TiはNbより効率的に炭素原子と結びつきやすく、必要な炭化物形成元素は少量で済むことになる。
【0122】
余分な炭化物形成元素は熱膨張率を上昇させてしまうので、この点からはNbよりTiの方が好ましい。また、同じNbを加えた組成材同士の比較では、720℃×6時間の中間熱処理を施した方が、Nbは若干大きな割合で炭化物を形成した。よって、経時変形量が小さく、熱膨張率を低く抑えるためには、必要最小限の炭化物形成元素を加え、その上で炭化物形成に適した熱処理を施すことが良い。
【0123】
なお、前記したように今回の実験ではスーパーインバー合金中においては、炭化物形成能力が高い炭化物形成元素はTiであることが判明した。それでも、鋼材において一般的に炭化物形成元素と言われる他の元素、例えばTa、Zr、W、V、Moなどでも今回の効果があると考えられる。
【0124】
今回、上記中間熱処理条件は720℃×6時間であるとしたが、これらは時効処理条件と兼ねて4つの高耐力材のみ施した。この中間熱処理は、Niと炭化物形成元素との化合物相を析出させ、材料を硬くすることを第1の目的としたものである。
【0125】
(好ましい合金の製造方法)
フリー炭素を確実に減少させるには、4つの高耐力材のように多くの炭化物形成元素を添加すればよいが、それが余ってしまうと熱膨張率が上昇してしまうため、なるべく微量の炭化物形成元素を効率的にフリー炭素と化合させ、フリー炭素を減少させることができれば好ましい。そのためには、溶解鋳造し、熱間鍛造した後、所定の熱処理(第1の熱処理)を行うことが好ましい。
【0126】
図8は、熱処理温度とフリー炭素量との関係を示すグラフである。第1の熱処理において、炭化物を形成しやすい温度を求めるために調べたものである。Ti微量添加材合金(実施例7)を用いて、真空溶解炉で溶解鋳造、1000℃で熱間鍛造を行った後、所定の温度(第1の温度)で2時間保持して熱処理を行った計6試料と、1100℃で溶体化処理した1試料について、フリー炭素量を求めた。第1の温度としては、825℃〜950℃の温度範囲で25℃おきに測定した。
【0127】
本実験の結果、最も炭化物を形成しやすくフリー炭素を低減できる第1の温度は900℃であることがわかった。例えば、900℃で熱処理した試料は、全炭素量が0.023重量%で、その内固定炭素量は0.0148重量%であった。つまり、全炭素量のうち74%が炭化物になったことがわかる。
【0128】
なお、Ti微量添加材はTi含有量が0.08重量%で、炭素含有量は0.023重量%なので、理想的にすべてのTiが炭素と化合しても、0.0030重量%のフリー炭素が残留してしまうことは考慮しておく。
【0129】
少なくとも、本実験によると825℃以上950℃以下の間で第1の熱処理を行うと、炭化物が形成されやすくなることがわかった。また、より好ましくは、875℃以上925℃以下である。
【0130】
(各種測定結果)
図9は本検討で用いた各スーパーインバー合金組成材の熱膨張率を示すグラフである。スーパーインバー合金組成材の熱膨張率は、温度と変位の関係を調べるために使用した熱膨張測定器(アルバック理工(株)製 レーザ熱膨張計 LIX)による寸法変化測定の結果において同時に得られたデータである。試験片は直径6mm、長さ12mmの寸法を有する。また、加熱と冷却速さを1℃/分に設定した。実際の試験片の温度と、雰囲気温度を測定するためにその付近に設置された熱電対の温度とでは若干差異が生じるため、このようなゆっくりとした加熱・冷却速さとした。
【0131】
この結果、炭素の固溶量が多くなると熱膨張率が大きくなり、また炭化物形成元素の含有量が多くなると熱膨張率が大きくなる。
【0132】
また、DA材とSTA材とでは、それらの熱膨張率に差異は認められない。STA材は、溶体化処理後急冷して均一な金属組織にしてやることを目的にして行われたものであって、スーパーインバー合金としてはNi偏析を極力低減するために行われたものである。これは、金属組織中にNi含有量の少ない部分または多い部分が存在すると、本来最も低膨張率をねらった組成からその部分ははずれることになり、結果として全体の熱膨張率が上昇してしまうからである。熱膨張率に及ぼす各元素の影響は、それらの元素がどのような状態で存在しているかによって異なる。Nbなど他の炭化物形成元素でも同様であるが、例えばTiを添加してもそれが不可避的に存在する炭素原子と結合してTiCになって金属組織中に存在させることが望ましい。耐力が向上する上、TiC自体の熱膨張率が小さく母相との整合性が小さいため、全体の熱膨張率を押し上げる作用は小さいからである。
【0133】
しかし、炭素原子と結合しないTi原子がスーパーインバー本来の格子点に置換型に存在すれば、インバー効果は低減する。いずれにしても、炭素や炭化物形成元素が固溶することで自発磁化の強さが低下していることになる。炭素原子との結合に寄与しないTi原子などは、低熱膨張をめざすスーパーインバー合金にとっては余剰な原子となってしまう。
【0134】
そこで、低熱膨張率のためには、余剰な元素については、耐力を向上させるために適切な時効熱処理を行い、γ’(ガンマプライム)相やγ’’(ガンマダブルプライム)相といった析出相を生成させてやることが好ましい。同時に耐クリープ性を向上させるし、ねばさが低減して切削加工性も向上するからである。
【0135】
スーパーインバー合金では、不可避的に存在する炭素は、特別な元素を添加しかつ適当な熱処理をしない限り、フリー炭素(固溶炭素、格子間侵入炭素)として存在する。その炭素原子は経時変形を助長してしまうし、熱膨張率も押し上げてしまう。
【0136】
炭化物形成元素が熱膨張率をどの程度押し上げるかについて、本検討では、Nbを0.24重量%添加したとき0.25ppm/℃の上昇、3.9重量%を添加したとき3.0ppm/℃の上昇であった。ところで、36%Niインバーでは、その熱膨張率は1ppm/度以上になることが通常であって、それでは大き過ぎるため元々スーパーインバーを選定しているわけである。スーパーインバーの最大の特性である低熱膨張率(1ppm/度未満)を保持するためには、本検討の過程で得られた、数式(2)に示す近似曲線から熱膨張率が1ppm/度未満になるための条件として、上記0.50重量%以下の数値が求められた。
y=0.76x+0.63……(2)
但し、yは熱膨張率であり、その単位はppm/度である。xはNb含有量であり、その単位は重量%である。
【0137】
なお、Tiの場合、数式(3)に示す近似曲線から熱膨張率が求められる。xはNbの場合と同等の数値になった。
y=0.71x + 0.60 ……(3)
Tiは、Nbよりも若干熱膨張率を押し上げる比率が大きいが、ほぼ同等の値になる。
【0138】
図10は前述した熱膨張計で高炭素材(C:0.118%)の温度と変位(試験片の寸法変化)を測定した結果を示すグラフである。
【0139】
第1サイクル目の測定結果において、特徴的なことは150℃付近で試験片の熱膨張曲線の傾きが減少していくことである。これはこの温度で炭素原子の拡散がさかんになるからと思われる。そして、210℃まで加熱(第3サイクル目及び第4サイクル目では205℃)してから室温まで冷却すると、加熱時と冷却時とでは明らかに別の軌跡を辿っている。室温付近の同一温度で比較すると、加熱と冷却を終えた試験片は最初の寸法より25ppm収縮(以後、枯らし効果による量という)していた。試験片はこの測定をする前に98℃×48時間の熱処理を施したものである。また、その後、測定まで室温で570時間経過してからこの測定が行われている。このため、固溶している炭素原子のうち、ある割合が室温での安定位置(以後、室温安定位置という。おそらくfcc格子中の四面体空隙)に移動していたと考えられる。205℃まで加熱すると、自発磁化はほとんど消滅するので、その温度では別の位置(以後、高温側安定位置という。おそらくfcc格子中の八面体空隙)に移動すると考えられる。そして、冷却時に炭素の拡散が追いつかず、ほとんど高温側安定位置(室温ではなく205℃で炭素原子が格子中で安定な位置)のままで材料は室温になってしまうと考えられる。
【0140】
そのため、第1サイクル目の加熱・冷却を行うことにより、炭素原子がある程度室温で安定な位置に移動していた状態の試験片の体積(膨張状態)から、室温で不安定な位置に移動した状態の体積(収縮状態)に変化したことにより上記25ppmの収縮が生じたと推定できる。
【0141】
98℃という温度は、炭素原子の格子間拡散速度を高め、工業的製造工程で事実上可能な時間で処理を終了させる目的から決められているようである。そして、この温度では、自発磁化の低下もまだ小さいので、炭素原子の多くは室温における安定化位置同じ位置にいるであろうと考えたのだろう。その点、後述するが本検討では、80℃以上では室温安定位置から高温側安定位置に炭素の拡散が開始しているようなので、前記98℃という人工的枯らし温度は80℃の方がより適切と思われる。
【0142】
経時変形にとって最良な処理は、部材の使用温度に何十年も放置しておいてから製品に組み込むことであるが、これでは実用的でない。但し、今回の検討では、第2サイクル目と第3サイクル目との間に98℃熱処理を設けず、室温のまま1349時間放置してから第3サイクル目の測定をしたものもある。この場合、枯らし効果による量は19ppmであった。換言すると、この間に19ppm膨張する経時変形が起きたことを意味する。1349時間は工業的処理としては実用的な時間ではないので、当該安定化処理は後述する温度範囲がよい。なお、第1サイクル目を終了した直後に実施した第2サイクル目の測定では、加熱、冷却を経ても試験片の寸法は変化していなかった。第1サイクル目の加熱温度(210℃)において、すべて高温側安定位置に炭素原子が拡散していたためと推定できる。
【0143】
第2サイクル目で、加熱時と冷却時の途中の線が若干一致しないのは、試験片の温度変化が制御用熱電対の温度変化に対して遅れるからである。そのため、熱膨張率が大きい範囲(高温側)ほど寸法の差異が大きい。なおその確認のため、図示してはいないが低炭素材(C:0.002重量%)の測定結果のグラフにおいて、加熱曲線に+4℃、冷却曲線に−4℃のオフセットを与えて表示すると両曲線は一致した。この図の測定では、その後98℃×48時間の安定化処理をした後、測定までに室温に816時間放置してから、第3サイクル目の測定に移った。
【0144】
第3サイクル目は第1サイクル目の測定結果と同様、かなりの枯らし効果による量が再度現れた。第1サイクル目の25ppmに対して、3サイクル目は30ppmであった。室温での放置時間が長かったことが影響しているからと思われる。
【0145】
安定化温度は室温より高い温度であって少なくともキュリー温度未満でなければならない。但し、実際キュリー温度ではほとんど高温安定位置になるはずなので、加熱曲線と冷却曲線が交差する150℃以下が現実的である。本測定においては、室温から150℃まで加熱するのに2時間位であったから、150℃×2時間以下の処理でも人工的枯らし効果はあると言える。
【0146】
その上、この加熱時の線を見ればわかるが、冷却時の線(但し、100℃以下の直線部分)と平行でなくなる温度は80℃であって、それ以上の温度で平行ではなくなる。この結果からは、80℃以上の温度ではせっかく室温安定位置に存在した炭素原子が高温安定位置に拡散し始めていると推定できる。よって、大部分を室温安定位置にするには、室温より高く80℃以下がさらに望ましいことになる。
【0147】
第4サイクル目は第2サイクル目と同じ軌跡を通った。第3サイクル目直後に測定しており、安定化処理をしていないので、予測された結果である。
【0148】
以上から、第2ないし第4サイクル目を終了した部材は205〜210℃から徐冷したことと同じ処理になるが、この処理をした合金を製品に組み込むことは好ましくない。高炭素材の場合ではあるが、安定化処理を施した部材と比較して将来25〜30ppmだけ大きな経時変形が発生することになるからである。
【0149】
なお、高炭素材は年換算で18ppm膨張する経時変形をすることを前述したが、この場合の材料はすでに安定化処理を行ってから経時変形を測定したものである。そのため、わずか1359時間(約2ヶ月)室温に放置したものでも同等の枯らし効果量が生じることもそれと矛盾することではない。
【0150】
低炭素材も高炭素材と同様に試験片の寸法変化を測定したが、測定前に室温で放置するか否かによらず、試料長さは加熱、冷却後でも最初の寸法に戻った。すなわち高炭素材でみられた収縮は確認できなかった。よって先に述べた、高炭素材の加熱曲線において80℃のところで傾きが小さくなり、また室温まで冷却した時点での寸法が収縮した理由は、炭素原子の拡散によると推定できる。
【符号の説明】
【0151】
7 レンズ
8 枠部材
9 外筒
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金であって、
該合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下であることを特徴とする合金。
【請求項2】
炭化物形成元素を含有し、その少なくとも一部が前記炭素と形成した炭化物が母相中に分散していることを特徴とする請求項1に記載の合金。
【請求項3】
合金中に含まれる全炭素量が0.010重量%以上であることを特徴とする請求項2に記載の合金。
【請求項4】
原子パーセントの比較で、前記炭化物形成元素は前記全炭素量よりも多く含まれることを特徴とする請求項3に記載の合金。
【請求項5】
前記炭化物形成元素の含有量は、0.05重量%以上0.50重量%以下であることを特徴とする請求項2乃至4のいずれかに記載の合金。
【請求項6】
前記炭化物となっていない前記炭化物形成元素の量が、0.50重量%以下であることを特徴とする請求項2乃至5のいずれかに記載の合金。
【請求項7】
前記ニッケルと前記炭化物形成元素との化合物相が形成していることを特徴とする請求項2乃至6のいずれかに記載の合金。
【請求項8】
前記炭化物形成元素は、チタンまたはニオブであることを特徴とする請求項2乃至7のいずれかに記載の合金。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載の合金を含むレンズ保持部材。
【請求項10】
請求項9のレンズ保持部材を有する光学機器。
【請求項11】
スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金の製造方法であって、
前記基本成分に炭化物形成元素を添加し溶解鋳造する工程、
所定温度にて熱間鍛造する工程、
前記所定温度より低い第1の温度で第1の熱処理を行うことにより、前記合金に含まれる炭素と前記炭化物形成元素とからなる炭化物を母相中に析出させることを特徴とする合金の製造方法。
【請求項12】
前記第1の温度は、825℃以上950℃以下であることを特徴とする請求項11に記載の合金の製造方法。
【請求項13】
添加する前記炭化物形成元素の含有量は、0.05重量%以上0.50重量%以下であることを特徴とする請求項11又は12に記載の合金の製造方法。
【請求項14】
前記第1の温度より低い第2の温度で第2の熱処理を行うことにより、前記ニッケルと前記炭化物形成元素との化合物相を形成する工程を有することを特徴とする請求項11乃至13のいずれかに記載の合金の製造方法。
【請求項15】
前記合金のキュリー温度よりも低い第3の温度で第3の熱処理を行うことを特徴とする請求項11乃至14のいずれかに記載の合金の製造方法。
【請求項16】
前記第3の温度は、80℃以下であることを特徴とする請求項15に記載の合金の製造方法。
【請求項1】
スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金であって、
該合金に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下であることを特徴とする合金。
【請求項2】
炭化物形成元素を含有し、その少なくとも一部が前記炭素と形成した炭化物が母相中に分散していることを特徴とする請求項1に記載の合金。
【請求項3】
合金中に含まれる全炭素量が0.010重量%以上であることを特徴とする請求項2に記載の合金。
【請求項4】
原子パーセントの比較で、前記炭化物形成元素は前記全炭素量よりも多く含まれることを特徴とする請求項3に記載の合金。
【請求項5】
前記炭化物形成元素の含有量は、0.05重量%以上0.50重量%以下であることを特徴とする請求項2乃至4のいずれかに記載の合金。
【請求項6】
前記炭化物となっていない前記炭化物形成元素の量が、0.50重量%以下であることを特徴とする請求項2乃至5のいずれかに記載の合金。
【請求項7】
前記ニッケルと前記炭化物形成元素との化合物相が形成していることを特徴とする請求項2乃至6のいずれかに記載の合金。
【請求項8】
前記炭化物形成元素は、チタンまたはニオブであることを特徴とする請求項2乃至7のいずれかに記載の合金。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載の合金を含むレンズ保持部材。
【請求項10】
請求項9のレンズ保持部材を有する光学機器。
【請求項11】
スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む合金の製造方法であって、
前記基本成分に炭化物形成元素を添加し溶解鋳造する工程、
所定温度にて熱間鍛造する工程、
前記所定温度より低い第1の温度で第1の熱処理を行うことにより、前記合金に含まれる炭素と前記炭化物形成元素とからなる炭化物を母相中に析出させることを特徴とする合金の製造方法。
【請求項12】
前記第1の温度は、825℃以上950℃以下であることを特徴とする請求項11に記載の合金の製造方法。
【請求項13】
添加する前記炭化物形成元素の含有量は、0.05重量%以上0.50重量%以下であることを特徴とする請求項11又は12に記載の合金の製造方法。
【請求項14】
前記第1の温度より低い第2の温度で第2の熱処理を行うことにより、前記ニッケルと前記炭化物形成元素との化合物相を形成する工程を有することを特徴とする請求項11乃至13のいずれかに記載の合金の製造方法。
【請求項15】
前記合金のキュリー温度よりも低い第3の温度で第3の熱処理を行うことを特徴とする請求項11乃至14のいずれかに記載の合金の製造方法。
【請求項16】
前記第3の温度は、80℃以下であることを特徴とする請求項15に記載の合金の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−287117(P2009−287117A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−97226(P2009−97226)
【出願日】平成21年4月13日(2009.4.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年4月13日(2009.4.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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