説明

名古屋コーチン識別用DNAマーカー、検出キット及び名古屋コーチンの識別方法

【課題】ニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいはニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを簡易かつ正確に識別できる名古屋コーチン識別用DNAマーカーを提供する。
【解決手段】名古屋コーチンの原種鶏由来の特定な塩基配列、又はそれらの機能同等配列に係るオリゴヌクレオチドの組み合わせで構成される5種類のマイクロサテライトDNAマーカーのいずれか1種類以上からなる名古屋コーチン識別用DNAマーカー。これを含む名古屋コーチン識別用の検出キット。これらを用いて行う名古屋コーチンの識別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、名古屋コーチン識別用DNAマーカー、検出キット及び名古屋コーチンの識別方法に関する。更に詳しくは本発明は、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織(例えば鶏肉等)又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別できるDNAマーカーと、これを含んで構成される名古屋コーチン識別用の検出キットと、これらを利用して行う名古屋コーチンの識別方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
名古屋コーチンは、その特徴的な外観と共に優れた食味でも有名であり、ニワトリの多様な品種の中でも特に高いブランド価値を持っている。そのため、市場に提供された鶏肉や鶏卵等が名古屋コーチンであるか否かによって市場価格が異なるのは、通常に見られることである。
【0003】
このような点から、ニワトリ品種としての名古屋コーチンの純粋性とブランド価値を維持し、消費者利益を保護する種々の努力が行われている。
【0004】
例えば、一部の流通業者は、名古屋コーチンの鶏肉に外観的特徴である鉛色(灰色)の脚を付けて販売したり、パソコンや携帯電話から生産者を検索できるラベルを鶏肉のパックに貼ったりして、品質保証に努めてきた。しかしながら、これらの取り組みは、名古屋コーチンと他のニワトリの鶏肉を完全に識別できるものではない。
【0005】
そのため、鶏肉や鶏卵が名古屋コーチン由来であるか否かを識別できる技術の提供が強く要求される。又、ニワトリ個体が名古屋コーチンであるか否かを識別したい場合に、ニワトリの外観的特徴等から正確に識別することは、必ずしも容易ではない。従って、ニワトリ個体が名古屋コーチンであるか否かを識別できる技術の提供も強く要求される。
【0006】
近年、ニワトリゲノムの解析により、多くのマイクロサテライトが同定されている。マイクロサテライトとは、周知のように、ゲノム中に散在する単純な塩基配列の繰り返し領域であり、その繰り返し数に依存する当該領域の長さは極めて多型性に富むことが知られている。ニワトリに関して、上記したゲノム解析に基づき、マイクロサテライトの両側に位置する特異的な塩基配列を含む1200種類以上に及ぶ多くのDNAマーカーが提案されている(非特許文献:Hu et al.
2001, Takahashi et al. 2005 )。又、ニワトリのマイクロサテライトDNA多型を用い、日本在来のニワトリ品種間の遺伝的類縁関係の推定が可能であることが指摘されている(非特許文献:Takahashi et al. 1998, Osman et al. 2005)。
【0007】
下記の特許文献1〜6においては、ニワトリ以外の種々の植物又は動物に関して、ゲノムDNA情報を基に品種識別する多様な方法が提案されている。
【0008】
特許文献1は、豚の制限酵素断片長多型(RFLP)を利用する方法であり、特許文献2は、レタスのランダム増幅DNA多型(RAPD)を利用する方法であり、特許文献3は、イグサの一塩基多型(SNP)を利用する方法であり、特許文献4は、イグサのランドマークゲノムスキャニング法を利用するものであり、特許文献5は、イチゴの増幅断片長多型(AFLP)を利用する方法であり、特許文献6は、イグサの単純反復配列間増幅断片長多型(ISSR)を利用する方法である。
【0009】
【特許文献1】特開2000−350586号公報
【特許文献2】特開平7−23785号公報
【特許文献3】特開2005−168309号公報
【特許文献4】特開2003−245071号公報
【特許文献5】特開2005−278477号公報
【特許文献6】特開2005−168310号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、上記した Hu et al. 2001 、Takahashi et al. 2005 、Takahashi
et al. 1998 、Osman et al. 2005 等の非特許文献は、貴重な報告ではあるが、これらの非特許文献の知識に基づいて名古屋コーチンの識別が可能か、と言う点に関しては、否定的に考えられる。即ち、上記した各々の非特許文献では、提案されたDNAマーカーが「他のニワトリ品種からの名古屋コーチンの識別に利用できるか否か」についての知見や示唆を与えない。又、提案された多数のDNAマーカーの中にそのようなDNAマーカーが含まれる可能性があると仮定しても、「いずれのDNAマーカーが該当するのか」の知見や示唆も与えない。
【0011】
一方、上記の各特許文献に関して述べれば、特許文献2〜6のような、イネやイグサ等の植物の栽培品種は遺伝的に斉一なホモ個体集団であるのに対し、ニワトリは、他家生殖し、同じ「品種」と言っても多様なヘテロ個体から構成される集団である。又、ニワトリ品種間の遺伝的距離が非常に近いことが「 Osman et
al. 2005」に記載されている。従ってニワトリの品種識別の困難性をイネやイグサの場合と同列に論じることはできない。
【0012】
更に、上記の特許文献1は豚の品種識別方法に関するものであり、その他にも家畜の品種識別方法として特開2005−27655号公報に開示する「ウシの品種の鑑別方法」等も例示できる。しかし、前者は制限酵素断片長多型(RFLP)を利用する方法であり、後者は11種類の一塩基多型(SNP)マーカーを組み合わせて品種識別する方法である。即ち、いずれもマイクロサテライトDNA多型を利用する方法とは基本的に技術内容が異なり、余り参考にならない。
【0013】
そこで本発明は、名古屋コーチンの識別に有効なマイクロサテライトDNAマーカーが存在するかどうかを究明し、もし存在する場合にはそれを特定し、かつ、可及的に少数種類のマイクロサテライトDNAマーカーを用いて名古屋コーチンを正確に識別できる技術を提供することを、解決すべき技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(第1発明)
上記課題を解決するための本願第1発明の構成は、以下の1)〜5)のいずれかに示すオリゴヌクレオチドの組み合わせで構成される5種類のマイクロサテライトDNAマーカーのいずれか1種類以上からなり、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織が名古屋コーチン由来であるか否かを識別できる、名古屋コーチン識別用DNAマーカーである。
【0015】
1)配列表の配列番号1に示す塩基配列(特定塩基配列A)を有し、又は特定塩基配列Aの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Aに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列A’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号2に示す塩基配列(特定塩基配列B)を有し、又は特定塩基配列Bの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Bに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列B’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
【0016】
2)配列表の配列番号3に示す塩基配列(特定塩基配列C)を有し、又は特定塩基配列Cの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Cに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列C’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号4に示す塩基配列(特定塩基配列D)を有し、又は特定塩基配列Dの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Dに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列D’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
【0017】
3)配列表の配列番号5に示す塩基配列(特定塩基配列E)を有し、又は特定塩基配列Eの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Eに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列E’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号6に示す塩基配列(特定塩基配列F)を有し、又は特定塩基配列Fの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Fに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列F’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
【0018】
4)配列表の配列番号7に示す塩基配列(特定塩基配列G)を有し、又は特定塩基配列Gの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Gに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列G’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号8に示す塩基配列(特定塩基配列H)を有し、又は特定塩基配列Hの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Hに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列H’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
【0019】
5)配列表の配列番号9に示す塩基配列(特定塩基配列I)を有し、又は特定塩基配列Iの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Iに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列I’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号10に示す塩基配列(特定塩基配列J)を有し、又は特定塩基配列Jの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Jに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列J’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
【0020】
本願発明者は、愛知県畜産総合センター種鶏場で維持している名古屋コーチンの原種鶏4系統(NG1系統、NG2系統、NG3系統、NG4系統)の382個体の血液よりゲノムDNAを抽出した。
【0021】
そして、詳しくは後述するが、これらのゲノムDNAを鋳型として前記非特許文献により既知であるマイクロサテライトDNAマーカー24個をPCR増幅し、増幅産物をDNA自動シーケンサーでキャピラリー電気泳動を行い、各マーカーの遺伝子型を判定したところ、第1発明の1)〜5)に規定する5種類のマイクロサテライトDNAマーカーにおいて、それぞれ一つの対立遺伝子に固定していることを見出した。これらの各々の対立遺伝子は、実施例で示すPCR条件とDNA自動分析装置を用いた時、実施例の表6(後述)のサイズを示すことが明らかにされている。
【0022】
そこで、これら5種類のマーカーの1以上をPCRで特異的に増幅させ、増幅DNA断片の長さの違いを検出した時、上記の対立遺伝子と異なるサイズの対立遺伝子が一つでも検出された場合には、「名古屋コーチンではない」と否定できるのではないか、と考えた。
【0023】
以上の考え方に基づき、後述するように合計382個体に及ぶ「名古屋コーチン交雑種」、名古屋コーチン以外の「他の純粋種」及び「市場鶏肉(市販ブロイラー)」のサンプリング調査を行った結果、これらの全てのサンプルにおいて、名古屋コーチンではないと判定することができたのである。
【0024】
従って、第1発明における特定塩基配列に係るマイクロサテライトDNAマーカーを利用すれば、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織が名古屋コーチン由来であるか否かを、正確に識別することが可能になる。又、上記の特定塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする雑種形成塩基配列に係るマイクロサテライトDNAマーカーを利用しても、同等の効果を得ることが期待できる。
【0025】
そのため、名古屋コーチンと他のニワトリの鶏肉や鶏卵等が市場流通で混同しないよう、簡易かつ有効に監視できるため、名古屋コーチンの鶏卵、鶏肉等を、安心と信頼感を伴って消費者に提供することが可能になる。
【0026】
(第2発明)
上記課題を解決するための本願第2発明の構成は、前記第1発明に係るマイクロサテライトDNAマーカーが以下のa)〜e)のいずれかに該当するものである、名古屋コーチン識別用DNAマーカーである。
【0027】
a)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された1種類からなる。
【0028】
b)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された2種類からなる。
【0029】
c)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された3種類からなる。
【0030】
d)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された4種類からなる。
【0031】
e)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの全部からなる。
【0032】
本発明の名古屋コーチン識別用DNAマーカーは、より具体的には、第2発明のように、前記5種類の特定されたマイクロサテライトDNAマーカーのうち、任意に選択された1種類、任意に選択された2種類、任意に選択された3種類、任意に選択された4種類、あるいは5種類の全てを以て構成することができる。第2発明に係るいずれの名古屋コーチン識別用DNAマーカーも、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織が名古屋コーチン由来であるか否かについて有効な識別ができる。
【0033】
(第3発明)
上記課題を解決するための本願第3発明の構成は、前記第1発明又は第2発明に係る特定塩基配列A〜Jに対して前記雑種形成塩基配列A’〜J’がハイブリダイズするストリンジェントな条件が、適宜なハイブリダイゼーション法における以下(1)〜(3)のいずれかの条件である、名古屋コーチン識別用DNAマーカーである。
【0034】
(1)特定塩基配列A〜Jのいずれかに係るヌクレオチドと、これに対応する雑種形成塩基配列A’〜J’のいずれかに係るヌクレオチドとの内、フィルターに固定化された一方のヌクレオチドに対し、0.7〜1MのNaClの存在下、所定温度(X°C)下で他方のヌクレオチドのハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍程度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウムよりなる)を用いてX°Cの条件下で洗浄した場合に、他方のヌクレオチドを同定できると言う条件であって、前記X°Cが50°C以上である。
【0035】
(2)上記の(1)において、前記X°Cが60°C以上である。
【0036】
(3)上記の(1)において、前記X°Cが65°C以上である。
【0037】
前記した雑種形成塩基配列の有効な選択条件として、第3発明の(1)に規定するハイブリダイゼーション条件を挙げることができる。より好ましくは、第3発明の(2)に規定するハイブリダイゼーション条件を挙げることができる。特に好ましくは、第3発明の(3)に規定するハイブリダイゼーション条件を挙げることができる。
【0038】
(第4発明)
上記課題を解決するための本願第4発明の構成は、第1発明〜第3発明に記載のいずれか1以上の名古屋コーチン識別用DNAマーカーを含んで構成され、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別するために用いるものである、検出キットである。
【0039】
第4発明によれば、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別するための簡易な手段としての検出キットが提供される。
【0040】
(第5発明)
上記課題を解決するための本願第5発明の構成は、供試されたニワトリ個体、鶏卵、ニワトリの体組織又は細胞に由来するゲノムDNAを鋳型として、第1発明〜第3発明に係るいずれかの名古屋コーチン識別用DNAマーカーを、あるいは第4発明に係る検出キットに含まれる名古屋コーチン識別用DNAマーカーを特異的に増幅し、増幅DNA断片長多型を検出して、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別する、名古屋コーチンの識別方法である。
【0041】
第5発明によって、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別するための、正確かつ簡易な識別方法が提供される。
【0042】
(第6発明)
上記課題を解決するための本願第6発明の構成は、前記第5発明に係る増幅DNA断片長多型の検出方法が、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動から選択される一つ以上の方法である、名古屋コーチンの識別方法である。
【0043】
上記した第5発明において、増幅DNA断片長多型の検出方法は、目的に適う限りにおいて限定されないが、例えば第6発明のように、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動から選択される一つ以上の方法が好ましく例示される。
【発明の効果】
【0044】
本発明によって、名古屋コーチンの識別に有効なマイクロサテライトDNAマーカーが存在することが究明され、かつ、多数の既知のマイクロサテライトDNAマーカーの中から該当するマーカーが絞り込んで特定され、従って、可及的に少数種類のマイクロサテライトDNAマーカーを用いて名古屋コーチンを正確に識別できる技術が提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
以下に、本発明の実施形態を、その最良の形態を含めて説明する。但し、上記の第1発明〜第6発明に関して既に述べた点については、説明を省略する場合がある。
【0046】
〔名古屋コーチン識別用DNAマーカー〕
本発明の名古屋コーチン識別用DNAマーカーは、第1発明の1)〜5)のいずれかに示すフォワードプライマーとリバースプライマーの組み合わせで構成される5種類のマイクロサテライトDNAマーカーのいずれか1種類以上からなるものである。
【0047】
これら5種類のマイクロサテライトDNAマーカーは、前記した非特許文献により既知である25種類のマイクロサテライトDNAマーカー中から絞り込んで選択的に特定されたものであり、あるいはこれらと同等機能の塩基配列を備えるものであって、そのいずれもが、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別できるものである。
【0048】
各々のマイクロサテライトDNAマーカーは、それぞれニワトリのゲノムDNAにおける特定のマイクロサテライト領域の両側に位置する特異的な塩基配列を含む、フォワードプライマーとリバースプライマーとの組み合わせで構成されている。
【0049】
〔検出キット〕
本発明に係る検出キットは、上記いずれかの名古屋コーチン識別用DNAマーカーを含んで構成されるものであって、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別するために用いるものである。
【0050】
この検出キットにおける名古屋コーチン識別用DNAマーカー以外の構成要素は特段に限定されないが、例えば、この種の検出キットの通常の構成要素であるPCR用DNAポリメラーゼ(合成酵素)、同ポリメラーゼ専用緩衝液、dNTP(デオキシリボヌクレオシド三リン酸)等を任意に選択して構成要素とすることができる。
【0051】
〔名古屋コーチンの識別方法〕
本発明に係る名古屋コーチンの識別方法は、供試されたニワトリ個体、鶏卵、ニワトリの体組織又は細胞に由来するゲノムDNAを鋳型として行う。「ニワトリの体組織」としては、例えば鶏肉、骨付きの手羽、各種の内蔵等が例示されるが、要するにゲノムDNAを抽出可能な体組織である限りにおいて、その種類又は内容を限定されない。
【0052】
名古屋コーチン識別用DNAマーカーを増幅する方法は限定されない。好ましい増幅方法としては、例えば、PCR( Polymerase Chain Reaction)法が挙げられる。PCR法は周知であって、その詳しい説明は省略する。増幅DNA断片長多型の検出方法も特段に限定されない。好ましい検出方法としては、例えば、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動から選択される一つ以上の方法が挙げられる。これらの方法も周知であって、その詳しい説明は省略する。
【実施例】
【0053】
以下に本発明の実施例を説明する。本発明の技術的範囲は以下の実施例によって限定されない。
【0054】
(実施例1:名古屋コーチンのゲノムDNAの調製)
愛知県で商業生産に利用している名古屋コーチンの原種鶏4系統(NG1系統82個体、NG2系統100個体、NG3系統100個体、NG4系統100個体)を用いた。
【0055】
上記の各供試個体からそれぞれ血液を採取し、これらの血液からフェノール−クロロホルム抽出法を用いてゲノムDNAを抽出した。抽出したゲノムDNAは分光光度計( GeneQuant pro:アマシャムバイオサイエンス社製)を用いて濃度を測定し、10mg/μlになるように希釈した後に、以下に述べるプロセスに供した。
【0056】
(実施例2:マイクロサテライトDNA多型の検出)
PCRは、384ウェルプレートに下記の表1に示すPCR反応液を作成して、サーマルサイクラーを用いて行った。サーマルサイクラーとしては、アプライドバイオシステムズ社製の GeneAmp(登録商標)PCR System 9700 あるいはバイオ・ラド社製の iCyclerサーマルサイクラーを用いた。
【0057】
【表1】

PCR反応に用いたプライマーセットは表2に示す通りである。表2においては、プライマーが記載された文献名を「参考文献」の欄に付記した。「マーカー名」は、参考文献での命名に従っている。表2に示すフォワードプライマーには、DNA増幅産物をキャピラリー電気泳動で検出するための3種類の色素(NED、6−FAMあるいはHEX)のいずれかで蛍光標識したものを用いた。
【0058】
【表2】

PCR反応は、94°C、75秒間の熱変性後、熱変性(94°C、15秒)、アニーリング(60°C、30秒)、伸長反応(68°C、60秒)を10サイクル、アニーリング温度が55°Cである点以外は同じ条件のサイクルを10サイクル、更にアニーリング温度が50°Cである点以外は同じ条件のサイクルを30サイクル行い、最後に68°Cで9分間の伸長反応を行った。
【0059】
上記の反応後、8マーカー分の増幅産物から各2μlを採取し、ホルムアミドで1マーカー当たり400倍に希釈した後、そこから2μlをサイズスタンダード〔アプライドバイオシステムズ社製の GeneScan (登録商標)400HD ROX (登録商標)Size Standard 〕を含むホルムアミド13μlに更に希釈して、熱変性(94°C、2分)した後、DNA自動分析装置〔アプライドバイオシステムズ社製の ABI PRISM(登録商標)3100 Genetic Analyzer 〕によってキャピラリー電気泳動を行った。
【0060】
PCR断片長の解析は、コンピューターソフトウェア(アプライドバイオシステムズ社製の GeneMapper ver. 2.0)を用いて行った。検出されたバンドのピークによってマイクロサテライト多型が判定でき、更に、ピークが1本ならばホモ型、ピークが2本ならばヘテロ型と判断できる。これにより、各供試個体における各マイクロサテライト座位の遺伝子型を求めた。
【0061】
(実施例3:対立遺伝子座頻度の計算)
得られたマイクロサテライトDNA多型の結果から、対立遺伝子座頻度を計算した。対立遺伝子座頻度は集団内の該当遺伝子座における各対立遺伝子数の全遺伝子数に対する割合である。
【0062】
調査した25のマイクロサテライトDNA座位における対立遺伝子頻度を表3〜表5に示す。表3〜表5において、各表の上部に表記した「(82)」等の丸カッコ内の数字は個体数を示し、同じく「[164] 」等の角カッコ内の数字は対立遺伝子数を示す。
【0063】
【表3】

【0064】
【表4】

【0065】
【表5】

以上の表3〜表5のデータから、名古屋コーチンは ABR16、ABR257、 ABR417
、ABR495及び ADL262 マーカーにおいて、固定した単一の対立遺伝子しか保有しないと言う指摘が可能である。
【0066】
従って表3〜表5に示す各マーカーの内、表6に示すように ABR16、ABR257、 ABR417 、ABR495及び ADL262 の各マーカー、即ち、前記第1発明の1)〜5)に示すオリゴヌクレオチドの組み合わせ(フォワード/リバースプライマーの組み合わせ)に係るマイクロサテライトDNAマーカーが、名古屋コーチンの識別に有効である可能性が考えられる。
【0067】
【表6】

(実施例4:非名古屋コーチンに対するサンプリング調査)
以上の結果を受けて、この実施例では、表7に示す「名古屋コーチン交雑種」、「他の純粋種」及び「市場鶏肉」の所定数のサンプル個体からそれぞれ血液を採取し、PCR反応に上記5種類のプライマーセットを用いたもとで、実施例1〜実施例2と同様の手順によってPCR断片長の解析を行った。
【0068】
この場合、増幅DNA断片の長さの違いを検出した時に、上記の対立遺伝子と異なるサイズの対立遺伝子が一つでも検出された場合には「名古屋コーチンではない」と否定的に判定することは合理的である。そして、否定的な判定結果を得た場合、上記のプライマーセットは名古屋コーチン識別用DNAマーカーとして正しく機能したことになる。そこで、サンプル個体ごとに判定結果が正しかったか否かを確認し、「名古屋コーチン交雑種」及び「他の純粋種」の品種ごとに、及び「市場鶏肉」について、識別率(正しく判定できたパーセンテージ)を算定した。その結果を表7に示す。
【0069】
【表7】

表7に示すように、「名古屋コーチン交雑種」、「他の純粋種」の品種ごとの識別率、及び「市場鶏肉」についての識別率は、いずれも100%であった。即ち、名古屋コーチン識別用DNAマーカーの信頼性は極めて高いことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によって、ニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを簡易かつ正確に識別できる手段が提供される。

〔配列表〕

SEQUENCE LISTING

<110> 愛知県/独立行政法人農業生物資源研究所
<120> 名古屋コーチン識別用DNAマーカー、検出キット及び名古屋コーチンの識別方法
<130> POK-06-003
<160> 10

<210> 1
<211> 20
<212> DNA
<213> Gallus gallus

<400> 1
agtgctggct gcatgggtta 20

<210> 2
<211〉20
<212〉DNA
<213〉Gallus gallus

<400〉2
ccgccgcttc cattacaaac 20

<210> 3
<211〉20
<212〉DNA
<213〉Gallus gallus

<400〉3
agacagcagt agccacccat 20

<210> 4
<211〉20
<212〉DNA
<213〉Gallus gallus

<400〉4
gctctgttct gaggaggaag 20

<210> 5
<211〉20
<212〉DNA
<213〉Gallus gallus

<400〉5
aagacagaca ccatgccacc 20

<210> 6
<211〉20
<212〉DNA
<213〉Gallus gallus

<400〉6
tttgaagcct gacagaaccc 20

<210> 7
<211〉20
<212〉DNA
<213〉Gallus gallus

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【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の1)〜5)のいずれかに示すオリゴヌクレオチドの組み合わせで構成される5種類のマイクロサテライトDNAマーカーのいずれか1種類以上からなり、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別できるものであることを特徴とする名古屋コーチン識別用DNAマーカー。
1)配列表の配列番号1に示す塩基配列(特定塩基配列A)を有し、又は特定塩基配列Aの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Aに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列A’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号2に示す塩基配列(特定塩基配列B)を有し、又は特定塩基配列Bの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Bに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列B’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
2)配列表の配列番号3に示す塩基配列(特定塩基配列C)を有し、又は特定塩基配列Cの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Cに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列C’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号4に示す塩基配列(特定塩基配列D)を有し、又は特定塩基配列Dの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Dに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列D’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
3)配列表の配列番号5に示す塩基配列(特定塩基配列E)を有し、又は特定塩基配列Eの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Eに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列E’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号6に示す塩基配列(特定塩基配列F)を有し、又は特定塩基配列Fの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Fに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列F’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
4)配列表の配列番号7に示す塩基配列(特定塩基配列G)を有し、又は特定塩基配列Gの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Gに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列G’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号8に示す塩基配列(特定塩基配列H)を有し、又は特定塩基配列Hの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Hに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列H’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
5)配列表の配列番号9に示す塩基配列(特定塩基配列I)を有し、又は特定塩基配列Iの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Iに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列I’)を有するオリゴヌクレオチドと、配列表の配列番号10に示す塩基配列(特定塩基配列J)を有し、又は特定塩基配列Jの一部の塩基が置換、欠失又は付加されると共に特定塩基配列Jに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列(雑種形成塩基配列J’)を有するオリゴヌクレオチドとの組み合わせ。
【請求項2】
前記マイクロサテライトDNAマーカーが以下のa)〜e)のいずれかに該当するものであることを特徴とする請求項1に記載の名古屋コーチン識別用DNAマーカー。
a)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された1種類からなる。
b)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された2種類からなる。
c)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された3種類からなる。
d)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの内から任意に選択された4種類からなる。
e)前記名古屋コーチン識別用DNAマーカーが、前記5種類のマイクロサテライトDNAマーカーの全部からなる。
【請求項3】
前記特定塩基配列A〜Jに対して前記雑種形成塩基配列A’〜J’がハイブリダイズするストリンジェントな条件が、適宜なハイブリダイゼーション法における以下(1)〜(3)のいずれかの条件であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の名古屋コーチン識別用DNAマーカー。
(1)特定塩基配列A〜Jのいずれかに係るヌクレオチドと、これに対応する雑種形成塩基配列A’〜J’のいずれかに係るヌクレオチドとの内、フィルターに固定化された一方のヌクレオチドに対し、0.7〜1MのNaClの存在下、所定温度(X°C)下で他方のヌクレオチドのハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍程度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウムよりなる)を用いてX°Cの条件下で洗浄した場合に、他方のヌクレオチドを同定できると言う条件であって、前記X°Cが50°C以上である。
(2)上記の(1)において、前記X°Cが60°C以上である。
(3)上記の(1)において、前記X°Cが65°C以上である。
【請求項4】
請求項1〜3に記載のいずれか1以上の名古屋コーチン識別用DNAマーカーを含んで構成され、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別するために用いるものであることを特徴とする検出キット。
【請求項5】
供試されたニワトリ個体、鶏卵、ニワトリの体組織又は細胞に由来するゲノムDNAを鋳型として、請求項1〜3に記載のいずれかの名古屋コーチン識別用DNAマーカーを、あるいは請求項4に記載の検出キットに含まれる名古屋コーチン識別用DNAマーカーを特異的に増幅し、増幅DNA断片長多型を検出して、供試されたニワトリ個体又は鶏卵が名古屋コーチンであるか否か、あるいは供試されたニワトリの体組織又は細胞が名古屋コーチン由来であるか否かを識別することを特徴とする名古屋コーチンの識別方法。
【請求項6】
前記増幅DNA断片長多型の検出方法が、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動から選択される一つ以上の方法であることを特徴とする請求項5に記載の名古屋コーチンの識別方法。




【公開番号】特開2007−236298(P2007−236298A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−63959(P2006−63959)
【出願日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【出願人】(000116622)愛知県 (99)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】