説明

嘔吐毒産生セレウス菌の検出方法及び当該方法のためのプライマーセット

【課題】嘔吐毒合成酵素遺伝子を有するが動物細胞空胞化試験において陰性となるいわゆる擬陽性の嘔吐毒産生セレウス菌を判別し、動物細胞空胞化試験において陽性となる嘔吐毒産生セレウス菌のみを確実に検出できる方法を提供する。
【解決手段】それぞれ特定の塩基配列を有する2種の核酸をプライマーとしてRT−PCRを行い、それにより増幅生産された核酸の生産量曲線から嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生セレウス菌を判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嘔吐毒産生セレウス菌の検出方法、より具体的に言うと、嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生セレウス菌を判別するための判別方法及び当該方法のためのプライマーセットに関する。
【背景技術】
【0002】
セレウス菌(B.cereus)は自然界に広く分布する好気性有芽胞菌で、食品を汚染し、増殖して食品の腐敗を引き起こすことがある。この際、セレウス菌は毒素を産生するが、産生される毒素の違いにより下痢または嘔吐を主な症状とする食中毒を引き起こすものがある。このうち、日本で発生件数が多いのは嘔吐毒(セレウリド)による食中毒である。
【0003】
セレウリドは熱、酸、アルカリ、消化酵素に対して耐性の強い低分子の環状ペプチドであり、(D-O-Leu-D-Ala-L-O-Val-L-Val)という構造を示し、例えば、国際公開公報 WO 03/097821号(特許文献1)にその産生酵素をコードする遺伝子配列が開示されている。
【0004】
一方、本願発明者らによって、セレウリド産生株において特異的にDNAが増幅されるプライマーセットが見出され、セレウリド合成酵素遺伝子を持つセレウス菌を特異的に検出できるプライマーセットが特開2006−6256号公報(特許文献2)に開示されている。また、これら以外にも、PCR法によってセレウリド産生セレウス菌を検出する方法が、例えば、第26回日本食品微生物学会学術総会 講演要旨集(非特許文献1)や特開2005−57202号公報(特許文献3)に開示されている。
【0005】
しかしながら、本願発明者らの研究によると、特許文献2に開示されたプライマーセットを用いたPCR法で行ったセレウリド産生菌の検出結果と、生化学的試験である動物細胞空胞化試験における検出結果が一致しないことが確認された。つまり、セレウリド合成酵素遺伝子を有するが動物細胞空胞化試験において嘔吐毒陰性となる菌株(以下「擬陽性嘔吐毒産生株」)が少数ながら存在し、嘔吐毒陰性であるにもかかわらず、嘔吐毒産生菌と判定される可能性があることが見出された。
【0006】
【特許文献1】国際公開公報 WO 03/097821
【特許文献2】特開2006−6256号公報
【特許文献3】特開2005−57202号公報
【非特許文献1】河合高生ら、「PCR法を用いたセレウリド産生性セレウス菌検出法の検討」、第26回日本食品微生物学会学術総会 講演要旨集、2005、p40
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであって、嘔吐毒合成酵素遺伝子を有するが動物細胞空胞化試験において陰性となるいわゆる擬陽性嘔吐毒産生セレウス菌を判別し、動物細胞空胞化試験において陽性となる嘔吐毒産生セレウス菌のみを確実に検出できる方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、配列番号1及び/又は配列番号2で示される塩基配列からなるプライマーを用いてRT−PCRを適用して、嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生セレウス菌を判別するセレウス菌の判別方法を提供する。また、それに用いられるセレウス菌検出用のプライマー及び嘔吐毒産生セレウス菌の判別用キットを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、嘔吐毒合成酵素をコードするmRNAを増幅するに適したプライマーセットが提供される。従って、本発明のプライマーセットを用いてRT−PCRを行えば、嘔吐毒の産生量若しくは嘔吐毒産生能にほぼ比例した増幅産物量曲線が得られる。この増幅産物量曲線から、嘔吐毒非産生セレウス菌かどうかの判別ができる。このように、本発明によれば、擬陽性菌かどうかの判定が極めて簡単かつ確実に行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、配列番号1及び配列番号2で示された塩基配列からなるプライマーセットによるRT−PCRを行い、嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生菌を判別することを特徴とする。RT−PCRは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により生じた増幅産物(核酸)を増幅と同時に検出する方法である。増幅された核酸の検出には、各種蛍光プローブを用いる手法と、インターカレーター蛍光色素(intercalater dye)を用いる手法があり、本発明においては、いずれの手法を用いることができる。
【0011】
ところで、RT−PCRに用いられるプライマーは、一般には、ターゲットとなる核酸を増幅できる塩基配列を有するものであればよい。従って、嘔吐毒産生セレウス菌をRT−PCRで検出するためには、例えば、配列番号3で示された嘔吐毒であるセレウリド合成酵素をコードする遺伝子から決定された配列番号4で示される(Tyr-Ala-1F)プライマーや配列番号5で示される(ER-2)プライマーを用いることができる。しかしながら、これらのプライマーを用いた場合には、現実に嘔吐毒を産生する産生株のみならず、合成酵素を保有するが、現実には嘔吐毒を産生しないかあるいは嘔吐毒を産生しても空胞化活性試験で陰性となる程度の嘔吐毒しか産生しない菌株(擬陽性株)をも検出されることになる。そこで、擬陽性株を区別するため、本発明においては、セレウリド合成酵素をコードする遺伝子から転写されたmRNAを増幅するに適した配列番号1で示される核酸配列からなるプライマー及び配列番号2で示される核酸配列からなるプライマーが用いられる。これらのプライマーは、それぞれForward用プライマー(RT-f)及びReverse用プライマー(RT-r)として用いられる。通常は両者を1組(1セット)として用いられる。もっとも、いずれか一方のプライマーを用いてRT−PCRを行っても差し支えない。
【0012】
RT−PCRによって検出された核酸量(増幅産物量)は、例えば図4に示すように、増幅サイクルに従って対数的に増加し、次第にプラトーに達する。対数的に増加を開始するサイクル数は、セレウリドの産生量(若しくはセレウス菌のセレウリド産生能)に比例すると考えられる。従って、対数的に増加を開始するサイクル数を調べることによって、真性の嘔吐毒産生株、擬陽性産生株、非産生株のいずれであるかを判定することができる。すなわち、嘔吐毒を産生する標準株と嘔吐毒を産生しない標準株を用いて作成された核酸量の産生曲線(増幅産物量曲線)と、被検出株(検体株)を用いて作成された核酸量の産生曲線を対比させることによって判別される。被検出株の産生曲線が、標準株の産生曲線とほぼ一致すれば、その株は嘔吐毒産生株であり、非産生株の産生曲線とほぼ一致すればその株は非産生株(若しくは擬陽性株)であると判定される。そして、被検出株の産生曲線が、標準株の産生曲線と非産生株の産生曲線の間に位置するようであれば、それは擬陽性株、つまりセレウリド合成酵素遺伝子を有するが、嘔吐毒非産生株(若しくは嘔吐毒を産生するとしても動物細胞空胞化活性で陰性を示す程度しか産生しない株)であるとして判定される。また、mRNAの発現量と嘔吐毒の産生量は比例すると考えられるので、対数的に増加を開始するサイクル数を調べることによって、嘔吐毒の産生量を定量的に測定したり、陽性株、擬陽性株の産生能を測定したりすることも考えられる。
【0013】
セレウス菌には、セレウリド産生株と擬陽性株とが存在することより、セレウス菌が保有するセレウリド合成酵素をコードする遺伝子は、その菌株によって異なると考えられる。なお、本願で開示される配列番号3に示された塩基配列は、特許文献1に開示されたものとは異なる。
【0014】
また、本発明によるプライマーには、これらのプライマーと同様の機能を発揮する限りにおいて、欠失、置換、挿入若しくは付加により一部が改変された核酸を含む。
【0015】
本発明のプライマーセットは、セレウス菌判別用のプライマーセットとして提供される他、他のRT−PCR用キットと同様に、RT−PCRに必要なDNA増幅用酵素(例えば、Taq DNA polymerase)やDNA合成試薬(dNTPや反応用緩衝液)、増幅された核酸検出用のDNA検出試薬、さらにはcDNA合成酵素などとセットされ、セレウス菌判別用キットとして提供される。PCRの条件は適宜定められ、実施例2に記載された条件が例示される。
【実施例1】
【0016】
本発明に係るプライマーの設計にあたり、下記に述べるようにまず、嘔吐毒産生株のDNAを制限酵素EcoR Iで消化し、(Tyr-Ala-1F:配列番号4)-(ER-2:配列番号5)プライマーセットを用いたPCR産物をプローブとしたサザン分析により検出した約6kb及び8kbの消化産物の塩基配列(配列番号6)を決定した。次に、この5'末端側の配列((9R-f:配列番号7)-(9R-r:配列番号8))をプライマーとしたPCR産物をプローブとして、嘔吐毒産生株のDNAの制限酵素Pvu II消化断片から検出した約6.5kbのDNA断片の塩基配列を一部決定して、先の約6kb及び約8kbの塩基配列と併せて嘔吐毒セレウリド合成酵素遺伝子の全塩基配列を決定した。
【0017】
〔嘔吐毒セレウリド合成酵素遺伝子の全塩基配列の決定〕
(1)ゲノムDNAの調製
セレウリド産生セレウス菌のゲノムDNAは最適な条件で培養して得た菌体からDNeasy Tissue Kit(QIAGEN社製)及びCetyltrimetylammoniumbromide(CTAB)法により調製された。ゲノムDNAの調製には、岩手大学農学部において嘔吐型食中毒事件で分離され、明治乳業(株)で保存された菌株(B.cereus No.55)が用いられた。
【0018】
(2)EcoR IによるゲノムDNA消化及び(Tyr-Ala-1F)-(ER-2)プライマーセットを用いたサザン分析
次に、調製されたB.cereusゲノムDNAを制限酵素EcoR I(TOYOBO社製)により完全消化した。この完全消化したDNA断片について、(Tyr-Ala-1F:配列番号4)-(ER-2:配列番号5)プライマーセットを用いて増幅して得られたPCR産物をプローブとしてサザン分析を行ったところ、約6kbと約8kbのDNA断片が検出された。そして当該DNA断片をクローニングしてこれらの塩基配列を決定した。ゲノムDNAのEcoR I消化断片を組み込んだ形質転換体プラスミドのEcoR I消化後の電気泳動図を図1に示す。
【0019】
ここで決定した約6kbpと約8kbpの塩基配列とこれまでに決定している配列を含めた解析の結果(特許文献2、配列番号5及び図5参照)、これら2つのDNA断片は連続しておらず、間に390bpのDNAが存在すると考えられた。アライメントの結果、この390bpの配列は、既に塩基配列が決定されている(Tyr-Ala-1F)-(ER-2)PCR産物の内部に存在した。これら新しく決定した6kb及び8kbのDNA断片と(Tyr-Ala-1F)-(ER-2)PCR産物の関係を図2に示す。また、約6kbおよび8kbのDNA断片と中間の390bpの断片をあわせた合計13,605bpのDNP断片の塩基配列を配列番号6として示す。
【0020】
(3)Hinc II、Pvu II、Sph IによるゲノムDNA消化及び9Rプライマーセットによるサザン分析
次に、上記で決定された約14kbpの塩基配列の前半部分から作製された配列番号7で示されるプライマー(9R-f)及び配列番号8で示されるプライマー(9R-r)をブローブとして、調製されたB.cereusゲノムDNAの各種制限酵素(Hinc II(NEB社製)、Pvu II(MBI社製)、Sph I(NEB社製))による消化産物のサザン分析を行ったところ、約6.5kbpのPvu II消化産物と強くハイブリダイズした。そして、この消化産物をクローニングして、その一部塩基配列を決定した。約14kbpの前半を9Rプローブセット((9R-f)-(9R-r))で増幅して得られたPCR産物をプローブとしたサザン分析の電気泳動図を図3に示す。
【0021】
このアライメント解析を行ったところ、これは先に述べた約14kbpの前半部分に結合した。また、約14kbpの後半部分は、Ehling-Schulzらの報告している配列(Accession number:AY691650)と同一であり、彼らの報告している塩基配列(Accession number:AY691650)のうち終止コドンを含む配列をリバースプライマー、すでに決定した14kbpの最終部分をフォワードプライマーとして用い、No.55株のDNAを鋳型とするPCRにより、増幅されるDNAの塩基配列を決定して、配列番号3に示す18594bpの塩基配列を決定した。
【0022】
配列番号3に示す塩基配列について、さらに解析をすすめたところ、この塩基配列には、配列番号3に示す塩基配列中360−10535塩基までのORF1と10579−18594塩基までのORF2の2つの大きなORFが含まれることが分かった。ORF1の推定アミノ酸配列を配列番号9に、ORF2の推定アミノ酸配列を配列番号10に示す。ORF1は3391アミノ酸からなる分子量387624.5のタンパク質をコードし、ORF2は2681アミノ酸からなる分子量304289.09のタンパク質をコードしていると推定された。
【0023】
これらの塩基配列の決定に際して行われた処理条件は下記の通りである。
(i)ゲノムDNAの制限酵素による処理
調製したゲノムDNAは制限酵素EcoR I、Hinc II、Pvu II、Sph Iによって消化された。ゲノムDNAは1μgが使用された。表1に示す反応液組成に総量が50μlとなるように滅菌水を加え、37℃で一晩(16時間以上)インキュベートした。そして、制限酵素消化産物30μlと1/10容量のローディング緩衝液(30%Glycerol、50mM EDTA、0.25% Bromo phenol blue、0.25% Xylene cyanol FF、pH7.0)を混合した後、1.2%アガロースゲルの試料溝にチャージし、TAE緩衝液(40mM Tris-acetate、1mM EDTA、pH8.0)中、100Vの印加電圧で電気泳動を行った。アガロースゲルはTAE緩衝液により調製された。泳動終了後、アガロースゲルを1μg/mlのエチジウムブロマイド溶液に浸して染色(エチブロ染色)し、紫外線照射装置 TFP-35M(VILBER LOURMAT社製)により照射してバンドを検出した。
【0024】
【表1】

【0025】
(ii)サザン分析法
(A)PCR産物の精製
調製されたDNAの各消化産物について、以下の反応液組成、反応条件でPCRを行った。酵素は、Taq DNA polymerase、KOD Dashのいずれかを使用した。EcoR IによるゲノムDNA消化産物については、プライマーセット(Tyr-Ala-1F)-(ER-2)をプローブとして、制限酵素Hinc II、Pvu II、Sph Iによる消化産物については、プライマーセット(9R-f)-(9R-r)をプローブとした。また、プライマーセット(9R-f)−(9R-r)では、Taq DNA polymeraseを使用し、プライマーセット(Tyr-Ala-1F)−(ER-2)では、KOD Dashを使用した。
【0026】
(a)Taq DNA polymerase
<反応液組成>
10×buffer for Taq DNA polymerase(SIGMA社製) 1.5μl
1mM dNTPS(SIGMA社製) 0.3μl
20pmol/μl プライマー(Foward) 0.3μl
20pmol/μl プライマー(Reverse) 0.3μl
鋳型(32ng/μl) 1.0μl
5U/μl Taq DNA polymerase(SIGMA) 0.09μl
【0027】
上記反応液を0.2mlマイクロチューブ中で調製し、全量が15μlになるように滅菌水を加え、TaKaRa PCR Thermal Cycler(TaKaRa社製)若しくはThermo Hybaid PCR Express(Thermo BioAnalysis社製)を用いて以下の条件でPCRを行った。DNAの変性、アニーリング、伸長反応のサイクルを35サイクル繰り返した。
<反応条件>
前熱処理: 95℃、3.0min
DNAの変性: 95℃、1.0min
アニーリング: 52℃、1.0min
伸長反応: 72℃、1.0min
【0028】
(b)KOD Dash
<反応液組成>
KOD Dash 10×PCR buffer(TOYOBO社製) 1.5μl
2mM dNTPs(TOYOBO社製) 1.5μl
20pmol/μl プライマー(foward) 0.3μl
20pmol/μl プライマー(reverse) 0.3μl
鋳型(32ng/μl) 1.0μl
2.5U/μl KOD Dash(TOYOBO社製) 0.079μl
【0029】
上記反応液を0.2mlマイクロチューブ中で調製し、全量が15μlになるように滅菌水を加え、TaKaRa PCR Thermal Cyclerを用いて以下の条件でPCRを行った。DNAの変性、アニーリング、伸長反応のサイクルを34サイクル繰り返した。
<反応条件>
前熱処理: 95℃、3.0min
DNAの変性: 95℃、1.0min
アニーリング: 42℃、1.0min
伸長反応: 72℃、1.0min
【0030】
上記各PCR反応液を1.2%アガロースゲルを用いてTAE緩衝液中で電気泳動後、増幅産物を検出した。目的のバンドをゲルから切り出し、MinElute Gel Extraction Kit(QIAGEN社製)を用いて、付属のプロトコールに従ってPCR産物を精製した。精製したDNAに、1/10容量の3MのCHCOONa及び2.5容量の99%エタノールを加え、−80℃で20分間放置した後、遠心分離(20,400×g、20min、4℃)してDNAを沈殿させた。この沈殿を真空乾燥させ、滅菌水に溶解させた。
【0031】
(B)ジゴキシゲニンによるDNAの標識
DIG DNA Labeling and Detection Kit(DIG-ELISA)nonradioactive(Roche社製)を用いて以下の方法でPCR産物を標識した。上記方法で精製したDNA溶液10μl(DNA2μg)を0.2mlのマイクロチューブに移し、滅菌水を加えて15μlとし、95℃で10分間熱変性させた後、急冷した。2μlのヘキサヌクレオチド混合液(Kit付属)、2μlのdNTPラベリング混合液(Kit付属)及び1μlのKlenow enzyme(Kit付属)を添加、混合後、37℃で18時間インキュベートした。2μlの0.2M EDTA(pH8.0)を加え、65℃で10分間加熱して反応を停止させ、これをプローブ溶液とした。
【0032】
制限酵素による完全消化物を1.2%アガロースゲルを用いて、TAE緩衝液中で電気泳動後、エチブロ染色でバンドを確認した。次にゲルを純水で洗浄し、加水分解液(0.25M HCl)中で20分間振とうした。さらに変性溶液(0.5M NaOH、1.5M NaCl)中で30分間振とうし、0.4M NaOHで10分間アルカリ変性を行った。Hybond-N+ ナイロン膜(アマシャム社製)をバキュームトランスファー装置(Bio CRAFT社製)にセット後、その上にアルカリ変性させたゲルを載せた。ゲルの上に0.4M NaOHをしみ込ませた海綿をのせ、その上から0.4M NaOHを注ぎ、50〜70mmHgで吸引し、90分間アルカリブロッティングした。ブロッティング終了後、ナイロン膜を2×SSC(3M NaCl、0.03M CNa)で濯ぎ、洗浄した(2min、3回)。
【0033】
ハイブリボトルにブロッティングした膜を入れ、15mlのハイブリダイゼーション溶液(5×SSC、0.5w/v%ブロッキング試薬(Roche社製)、0.1w/v%N−ラウロイルサルコシンナトリウム塩、0.02w/v%SDS)を加え、回転式ハイブリオーブン(Lab-Line Instruments社製又はUVP Laboratory products社製)を用い、68℃で4時間インキュベートした。上記(i)で調製したプローブを95℃で10分間熱変性させた後、急冷し、これをハイブリボトルに加え、68℃で一晩インキュベートしてハイブリダイゼーションを行った。
【0034】
膜をまず68℃で洗浄し、ブロッティングした後、アルカリフォスファターゼ標識ジゴキシゲニン抗体−Fab フラグメント(Roche社製)と30分間室温で反応させた。洗浄後、発色反応液(45μlのNBT溶液(75mg/ml in 70% dimethylformamide)(ナカライテスク社製)、35μlのX−リン酸溶液(50mg/ml in DMF)(ナカライテスク社製)を10mlのBuffer 3に添加したもの)中で膜をインキュベートして、発色させ、バンドを検出した。
【0035】
(iii)制限酵素消化断片のクローニング
ゲノムDNAの制限酵素(EcoR I及びPvu II)の消化断片を下記の方法で精製した後、それぞれLamda ZAP II Predigested EcoRl/CIAP Treated Vector Kit(Stratagene社製)及びClone Smart Blunt Cloning Kit(Lucigen Corporation社製)を用いてクローニングを行った。
A.EcoR I消化断片の精製方法
EcoR I消化産物を1mlの70%Ethanolで洗浄した後、真空乾燥させ、滅菌水に溶解させた。
B.Pvu II消化断片の精製方法
Pvu II消化産物に、等量のTE飽和Phenol-Chloroform-Isoamylalcohol(容量比25:24:1)(pH7.9)混合液を加えよく混合した。遠心分離(20、400×g、10min、4℃)して、水層を新しい1.5mlのマイクロチューブに分取し、等量のChloroform-Isoamylalcoholを加え混合した後、再度遠心分離(20、400×g、10min、4℃)した。水層を分取し、これに1/10容量の3M CHCOONa(pH5.2)、2.5容量の99%エタノールを加え室温で10分程度放置し、遠心分離(20、400×g、20min、4℃)し、DNAを沈殿させた。この沈殿を70%Ethanolで洗浄した後、真空乾燥させ滅菌水に溶解させた。
【0036】
(iv)塩基配列の決定
EcoR I消化断片、すなわち約6kb及び8kbのDNAを組み込んだ形質転換プラスミドは、Sanger法によって、塩基配列を決定した。また、さらに上流部分を含むと思われる約6.5kbのPvu II断片についても同様に塩基配列を決定した。
【0037】
上記のようにして配列が決定された約6kb及び8kbのアミノ酸配列及び約6.5kbのアミノ酸配列について、GenomeNet及びNCBIのBLAST programを用い、nucleic acidデータベース、proteinデータベースにおける相同性検索を行ったところ、Gramicidin S synthetase IやTyrocidine A synthetase IIなどの非リボソーム性ペプチド合成酵素遺伝子の一部と高い相同性が認められた。
【0038】
さらにproteinデータベースにおけるモチーフ検索も行った。非リボソーム性ペプチド合成酵素には1つのアミノ酸に対し、その活性化やアミノ酸同士の結合を行うペプチド合成ユニットがある。このペプチド合成ユニットには、アミノ酸同士の縮合を行うコンデンセーションドメイン(C domain)、アミノ酸の活性化を行うアデニレーションドメイン(A domain)、アミノ酸を運搬するペプチジルキャリアプロテインが含まれる(PCP domain)。セレウリドは4種のアミノ酸から構成されるため、セレウリド合成酵素には4つのユニット、さらに最後にはペプチド鎖切断に必要なチオエステラーゼ活性部位があると推定されるが、これらのドメインの存在もモチーフ検索の結果、確認された。確認されたドメイン構造を表2に示す。
【0039】
【表2】

【実施例2】
【0040】
B.cereus 嘔吐毒セレウリド合成酵素発現株のリアルタイムPCRによる検出〕
続いて、開始コドンと推定される領域を含むDNA塩基配列から転写されるmRNAを検出するために有効なプライマーセットを設計、合成した。そして合成されたプライマーセット((RT-f:配列番号1)-(RT-r:配列番号2))を用いてRT−PCRを行い、嘔吐毒産生株、擬陽性株及び非産生株の判別を試みた。
【0041】
B.cereus JCM2152(標準株:理化学研究所保存施設に保存)、KF株(嘔吐毒産生株:九州大学農学研究院で分離保存)、No.55株(嘔吐毒産生株)、No.11株(嘔吐毒非産生、嘔吐毒合成酵素遺伝子保有株:明治乳業(株)で分離保存)、No.17株(嘔吐毒非産生株:同前)、NO.22株(嘔吐毒非産生株:同前)No.4株(嘔吐毒非産生株:同前)、No.42株(嘔吐毒非産生株:同前)について判別を試みた。用いたB.cereus菌株の性状を表3にまとめた。
【0042】
【表3】

【0043】
種々のB.cereus菌株を最適条件で培養後に集菌した菌体から、RNeasy Mini Kit(QIAGEN社製)を用いて、付属のプロトコールに従い、mRNAを抽出した。なお、菌体の溶菌は5mg/mlLysozyme(生化学工業社製)及び0.02mg/mlのN-Acetylmuramidase(大日本製薬社製)存在下で、37℃5分間インキュベートした後、超音波処理(30W、15sec、37℃)によって行った。また、RNAへのゲノムDNAの混入を防ぐためにRNase-free DNase I Set(QIAGEN社製)を用いて、付属のプロトコールに従いDNA消化を4回行った。
【0044】
抽出したRNAを鋳型として、セレウリド合成酵素遺伝子のcDNAを合成した。また、常にその転写量が一定である16SrRNAのcDNAも同時に合成した。RNA1.2μgに2種の逆転写用プライマー((RT-R:配列番号2)又は(16SrRNA-r:配列番号12))をそれぞれ20pmolずつ混合し、RNase-free waterを加えて12μlとした溶液を70℃で10分間インキュベート後、5分間氷冷した。この溶液に、dNTP Mixture(2.5mMeach)4μl及び付属の5×緩衝液(250mM Tris-HCl(pH8.3)、15mMMgCl、375mM KCl、50mM DTT)を用いて20μlの反応液を調製した。25℃で5分間インキュベート後、200units/μl ReverScript I(Wako社製)1μlを加え、25℃で10分間、42℃で50分間、さらに70℃で15分間インキュベートしてcDNAを合成した。
【0045】
合成したcDNA1μlをそれぞれ鋳型として、((RT-f:配列番号1)-(RT-r:配列番号2)及び(16SrRNA-f:配列番号11)-(16SrRNA-r:配列番号12))の両プライマーセットを用いてリアルタイムPCR装置による定量PCRにより、標的遺伝子であるセレウリド合成酵素及び16SrRNA遺伝子の一部の増幅を行い、転写量を測定した。
【0046】
《反応液組成》
20pmol/μlプライマー(forward) 0.5μl
20pmol/μlプライマー(reverse) 0.5μl
SYBR Premix Ex TaqTM(TaKaRa社製) 12.5μl
ROX Reference Dye(TaKaRa社製) 0.5μl
上記の反応液に全量が25μlになるように滅菌水を加え、Mx3000P Real-Time PCR System (STRATAGEN社製)を用いてPCRを行った。熱変性、アニーリング、伸長反応を1サイクルとして40サイクルの反応を行った。
【0047】
《反応条件》
熱変性: 95℃、10sec
アニーリング: 55℃、20sec
伸長反応: 72℃、30sec
【0048】
RT−PCRにおける増幅産物量(核酸量)を示す曲線を図4に示す。また、最終転写産物量を比較した図を図5に示す。
【0049】
図4に示したように、KF株とNo.55株はほぼ同じサイクル数から急激に増幅産物量が増加したのに対し、No.11株でそれよりも遅れて増幅産物量が急激に増加し、No.11株の立ち上がりサイクル数は、嘔吐毒産生株と嘔吐毒非産生株との間に位置した。この結果、No.11株は擬陽性株であると判断され、他のPCR法(表3参照)ではともに陽性として判断されたKF株と区別することができた。また、嘔吐毒合成酵素転写産物量は、図5に示すように、No.55株(中程度空胞化活性株)を1としたときに、KF株(強空胞化活性株)は約5倍多く、No.11株(無空胞化活性株)は1/10程度であった。このように、動物細胞空胞化活性は嘔吐毒合成酵素遺伝子転写量と比例した。No.11株では、嘔吐毒合成酵素遺伝子の発現量が少ないために嘔吐毒産生量も微量で、動物細胞空胞化活性の測定法では非産生株かどうかの判定は困難だったものと考えられる。嘔吐毒合成酵素遺伝子転写発現の機構の違いにより、嘔吐毒産生が異なると考えられた。その他の嘔吐毒合成酵素遺伝子を保有していないJCM2152, No.17、22、4、42株では、嘔吐毒合成酵素転写産物は全く増幅検出されなかった。
【0050】
このように、本発明のプライマーセットを用いたリアルタイム(定量)PCRにより、嘔吐毒合成酵素を発現する嘔吐毒産生株のみを特異的に検出できた。転写産物量は、動物細胞空胞化活性量と比例し、毒素産生量が微量なため動物細胞空胞化試験では嘔吐毒産生陰性となる菌株でも、嘔吐毒合成酵素遺伝子を保有している菌株では、本遺伝子転写産物を定量検出できた。また、本発明のプライマーセットを用いたリアルタイム(定量)PCR法により、嘔吐毒産生能の程度も判定できる可能性が示された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、嘔吐毒非産生菌はもちろんのこと、嘔吐毒合成酵素遺伝子を有するが嘔吐毒を産生しないセレウス菌と嘔吐毒産生菌とを確実に判別することができる。この結果、食中毒の発生原因の早期解明、その対策等が迅速に行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】クローン化した嘔吐毒合成酵素遺伝子を含むと推定されるセレウス菌No.55DNAのEcoRI消化産物について電気泳動を行った結果を示す図である。レーンMは、λHind III marker、レーン1は、6kbDNA断片を挿入したプラスミド、レーン2は、8kbDNA断片を挿入したプラスミドについて示す。
【図2】6kb、8kbのセレウス菌No.55DNAのEcoRI消化産物と、(Try-Ala-1F)−(ER−2)プライマーセットで増幅される2205bpPCR産物との関係を示す図である。
【図3】セレウス菌No.55DNAの各種制限消化酵素産物についてのサザンブロッティング分析結果である電気泳動図である。レーン1はHinc IIによる消化産物、レーン2はPvu IIによる消化産物、レーン3はSph Iによる消化産物についての結果である。
【図4】本願のプライマーセットを用いたRT−PCRによる増幅産物量曲線の一例である。
【図5】嘔吐毒産生株と擬陽性嘔吐毒産生株並びに嘔吐毒非産生株における嘔吐毒合成遺伝子転写産物量を比較したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生セレウス菌を判別するためのセレウス菌判別方法であって、
配列番号1で示す塩基配列及び/又は配列番号2で示す塩基配列を有する核酸をプライマーとして、RT−PCRを適用することを特徴とするセレウス菌判別方法。
【請求項2】
RT−PCRにより増幅生産された核酸の生産量から嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生セレウス菌とを判別するためのセレウス菌判別用キットであって、
少なくとも配列番号1で示す塩基配列を有する核酸及び/又は配列番号2で示す塩基配列を有する核酸と、
DNA増幅用酵素と、
DNA合成用試薬と、
DNA検出用試薬とを含むことを特徴とするセレウス菌判別用キット。
【請求項3】
さらに、mRNAからcDNAを合成するためのDNA合成酵素を含むことを特徴とする請求項2に記載のセレウス菌判別用キット。
【請求項4】
RT−PCRにより増幅生産された核酸の生産量から嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生セレウス菌とを判別するために用いられる配列番号1で示す塩基配列を有する核酸。
【請求項5】
RT−PCRにより増幅生産された核酸の生産量から嘔吐毒産生セレウス菌と嘔吐毒非産生セレウス菌とを判別するために用いられる配列番号2で示す塩基配列を有する核酸。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−312659(P2007−312659A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144722(P2006−144722)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【Fターム(参考)】