説明

嚥下補助剤

【課題】
苦味などのマスキングが可能であり、また、嚥下補助剤自体が唾液を吸収して膨潤し、嚥下に水を必要としない嚥下補助剤を提供することを目的とする。
【解決手段】
分子量が50kDa以上のセリシン類を主成分とすることを特徴とする嚥下補助剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カイコの繭糸を構成する接着タンパクであるセリシン類を主成分とする嚥下補助剤に関する。
【背景技術】
【0002】
セリシンは、カイコ(Bombyx mori)の繭糸(絹)を構成する接着タンパクである。セリシンは、絹の繊維本体であるフィブロインの周囲を取り巻くように存在し、フィブロイン繊維同士並びに繭と土台とを接着する働きをするとともに、フィブロイン繊維化の際の潤滑剤としても機能していると考えられている。
【0003】
上述のようにセリシンは繭同士を接着する成分であるため、繭から糸を取り出す際には邪魔者となる。また、絹独特の光沢や風合いは、セリシンを取り除くことによって生まれる。このような理由から、従来においては、セリシンは、絹加工の工程で除去・廃棄されていた。
【0004】
ところが、近年、セリシンは、高い保湿性や抗酸化性、細胞増殖活性、アパタイト形成能等の種々の機能性を有することが次第に明らかにされてきた。そして、このようなセリシンの機能性を生かして、保健衛生用資材や医療素材等へのセリシンの利用が試みられている。
【0005】
例えば、特許文献1には、蚕由来の絹糸腺、繭層又は繭から50kDa以上の分子量を有するセリシンを抽出し、抽出したセリシン抽出物にアルコールを添加し、さらに得られたセリシン抽出物及びアルコール混合物を放置することにより、成形性に優れたセリシンハイドロゲル及びセリシン多孔質体が得られることが記載されている。また、非特許文献1には、蚕の突然変異種であるセリシンホープの繭から、天然状態の分子量を保ったセリシン(バージンセリシン)の水溶液を得た後、このものを適当なプラスチックフィルム上にキャストし、風乾することにより、透明性の高いセリシンフィルムが得られることが記載されている。
【0006】
従来、嚥下補助剤として、馬鈴薯澱粉(オブラート)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)などの水溶性高分子からなるフィルムが知られている。
【0007】
しかしながら、これらは唾液に溶解するため、フィルムに散剤を包み口に含むと中の薬剤が漏れ出る場合があり、散剤の苦味などのマスキングが不十分であった。また、これらのフィルムは、口腔内に付着し不快感をもたらすという問題もあった。
そのため、これらの水溶性高分子のフィルムを用いて円滑な嚥下操作を行う場合には、水が必要であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−111667号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】寺本英敏、Bio Industry,p60−67,Vo.24,No.11,2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、かかる実情に鑑みてなされたものであり、苦味などのマスキングが可能であり、また、嚥下補助剤自体が唾液を吸収して膨潤し、嚥下に水を必要としない嚥下補助剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、分子量が大きいセリシン類は水を吸収し膨潤するが、水に容易に溶解しないことを見出した。さらに、かかるセリシン類を用いて作製したフィルムに散剤を内包した場合、散剤が外部に漏れ出ず、薬物の味覚マスキングが可能であり、フィルムが唾液を吸収して膨潤するため、嚥下動作に水を必要としないことを見出し、これらの知見を一般化することで、本発明を完成するに至った。
【0012】
かくして本発明によれば、下記(1)〜(5)の嚥下補充剤が提供される。
(1)分子量が50kDa以上のセリシン類を主成分とすることを特徴とする嚥下補助剤。
(2)フィルム状成形物である(1)に記載の嚥下補助剤。
(3)薬物の味または臭気をマスキングするものである(1)または(2)に記載の嚥下補助剤。
(4)唾液を吸収して膨潤するものである(1)〜(3)のいずれかに記載の嚥下補助剤。
(5)胃液で溶解し、唾液では溶解しないものである(1)〜(4)のいずれかに記載の嚥下補助剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の嚥下補助剤は、苦味などのマスキングが可能であり、また、嚥下補助剤自体が唾液を吸収して膨潤し、嚥下に水を必要としない嚥下補助剤である。よって、本発明の嚥下補助剤を用いることにより、嚥下動作に対して、困難性や異物感などを与えることなく、薬剤などの嚥下を容易にすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の嚥下補助剤を詳細に説明する。
本発明の嚥下補助剤は、分子量が50kDa以上のセリシン類を主成分とすることを特徴とする。
セリシン類としては、セリシン、セリシン加水分解物およびセリシン誘導体が挙げられる。これらは一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
本発明において、「セリシン類を主成分とする」とは、嚥下補助剤中にセリシン類を50質量%以上含有し、本発明の目的を阻害しない範囲で、後述するごとき他の添加成分を含有していてもよいという意味である。
【0015】
本発明の嚥下補助剤中におけるセリシン類の含有量は、嚥下補助剤全体に対して、通常、50重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは90重量%以上である。
【0016】
本発明においては、分子量が50kDa以上のセリシン類を使用する。
現在、化粧品などの保湿成分などとして利用されているセリシン類は、蚕糸から削り落としたセリシンを高度に加水分解して得られたものである。
【0017】
このようなセリシン類は、物理的、化学的な分子切断操作を大きく受けているので、分子量が概ね50kDa未満になるまで切断された分解物である。このため、分子の絡み合いが弱く、フィルム状に成形することはできないか、または非常に脆弱なフィルムしか得られない。また、得られたフィルムは容易に水や唾液に溶解する。
【0018】
一方、分子量が大きいセリシン類は水を吸収し膨潤するが、水に容易に溶解しないため、苦味などのマスキングが可能であり、嚥下に水を必要としない嚥下補助剤として有用である。
【0019】
分子量が50kDa以上のセリシン類を得る方法は特に限定されないが、セリシンのみを産出する蚕の、蚕由来の絹糸腺、繭層又は繭からセリシン類を得る方法が好ましい(特許文献1、非特許文献1参照)。
【0020】
ここで、蚕由来の絹糸腺とは、蚕において絹糸を分泌する1対の外分泌腺を意味する。蚕の絹糸腺は、前部、中部及び後部から構成されている。中部絹糸腺からは、セリシンが分泌される。そこで、蚕由来の絹糸腺として、中部絹糸腺を用いることができる。また、繭とは、蚕幼虫が蛹化の際に絹糸腺内の絹タンパク質を分泌して作る構造体であり、繭層とは、繭のうち、蛹以外の絹タンパク質より成る層のことを意味する。
【0021】
用いる蚕の絹糸腺、繭層又は繭が由来する蚕品種としては、特に限定されるものではないが、例えば、セリシンホープ(セリシンC)、セリシンN、Nd蚕、及びNd−s蚕等が挙げられ、セリシンホープが特に好ましい。蚕品種セリシンホープ(セリシンC)は、中国品種「CS83」系統に品種「Nd系統」(裸蛹、フィブロインを合成せず、セリシンだけを合成する突然変異種)を交配し、さらに戻し交雑等を行い、作製された品種である(特開2001−245550号公報参照)。蚕品種セリシンホープ(セリシンC)は、フィブロイン合成能が退化しており、セリシンを大量に生産する。
【0022】
蚕の絹糸腺又は中部絹糸腺は、5齢幼虫を切開し、体内より取り出すことによって単離することができる。また、蚕の繭層は、5齢幼虫が蛹化の際に作る繭から蛹を分離することによって単離することができる。さらに蚕が生成した繭は、そのまま使用することができる。
【0023】
上述のように単離した蚕由来の絹糸腺、繭層又は繭(以下、「繭層等」という)は、未処理のものであることが好ましい。ここで、「未処理」とは、単離した後に、乾燥処理等の処理に供していないことを意味する。
【0024】
高分子量のセリシン抽出物を抽出することを考慮すると、繭層等中のセリシン分子が崩壊や変性等によって分解されていないことが好ましい。従って、できる限り新鮮な、すなわち、未処理の繭層等を用いることが好ましい。
【0025】
まず、繭層等から50kDa以上の分子量を有するセリシン類(例えば、約60kDa、約100kDa、約180kDa及び250kDa以上の分子量を有するセリシン類)を抽出する。抽出して得られるセリシン類抽出物は、分子量が大きい約100kDa、約180kDa及び250kDa以上の3つのセリシン類が主要成分と考えられる。なかでも、主として、100kDa以上の分子量を有するセリシン類抽出物が好ましい。
【0026】
繭層等から抽出溶媒を用いて、50kDa以上の分子量を有するセリシン類(以下、「高分子量セリシン類」という)抽出物を抽出することができる。例えば、繭層等と抽出溶媒とを撹拌し、溶媒抽出を行うことで、高分子量セリシン類抽出物を得ることができる。本発明において、高分子量セリシン類抽出物とは、このような抽出方法で得られた高分子量セリシン類水溶液等の各種溶媒抽出液、その希釈液又はその濃縮液等を意味する。
【0027】
高分子量セリシン類の低分子化を起こさないように、穏和な条件下で高分子量セリシン類抽出物を抽出することが好ましい。
【0028】
穏和な条件で抽出する方法としては、以下の抽出溶媒、抽出条件を採用する方法が挙げられる。
(a)低分子化を起こさず、高分子量セリシン類抽出物を得るために用いられる抽出溶媒を用いる。用いる溶媒としては、臭化リチウム水溶液、臭化カリウム水溶液、塩化リチウム水溶液、塩化カリウム水溶液、尿素水溶液、チオシアン酸リチウム水溶液、チオシアン酸カリウム水溶液、塩化カルシウム水溶液、塩化カルシウム/エタノール水溶液、強電解水、硝酸カルシウム/メタノール溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、及びN−メチルモルホリン−N−オキシド等が挙げられるが、臭化リチウム水溶液が好ましい。
【0029】
(b)低分子化を起こさず、高分子量セリシン類抽出物を得るための抽出条件を採用する。かかる抽出条件として、抽出時間は、0.5〜48時間、特に0.5〜12時間であることが好ましい。また、抽出の際の温度は、20〜120℃、特に80〜110℃であることが好ましい。さらに、抽出の際のpHは、pH7〜9、特にpH7.5〜8.5であることが好ましい。抽出に使用する抽出溶媒量は、繭層等に対して質量比で20〜60倍量、特に30〜50倍量とすることが好ましい。
【0030】
また、高分子量セリシン類抽出物を遠心分離及びろ過に供することで、不溶物を除去したものを用いることができる。この場合、セリシン類は酸性条件下で凝集しやすいため、ろ液のpHを弱アルカリ性とすることが好ましい。
【0031】
さらに、高分子量セリシン類抽出物を精製処理に供することで、当該抽出物から不溶物及び抽出溶媒等を除去したものを用いることもできる。精製処理する方法としては、例えば、順相又は逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー及びゲル濾過が挙げられる。
【0032】
次いで、高分子量セリシン類抽出物、または該抽出物を遠心分離、ろ過若しくは精製処理して得られた溶液を、純水または希薄緩衝液に対して透析を行い、抽出溶媒等の低分子物質を除去する。透析後、得られた溶液中の凝集物を除去するため、再度ろ過を行うことで、不溶物及び抽出溶媒等が除去された高分子量セリシン類抽出物を得ることができる。
【0033】
高分子量セリシン類抽出物(例えば水溶液)中の高分子量セリシン類濃度は、0.5〜3重量%、特に1〜2重量%とすることが好ましい。
【0034】
なお、抽出した高分子量セリシン類抽出物中の高分子量セリシン類濃度を調整すべく、例えば、水を用いて高分子量セリシン類抽出物を希釈するか、あるいは高分子量セリシン類抽出物を濃縮してもよい。
以上のようにして、分子量が50kDa以上のセリシン類(セリシン類の水溶液)を得ることができる。
【0035】
本発明の嚥下補助剤は、上記したセリシン類水溶液から得られるセリシン類のみからなるものであっても、セリシン類のほかに所望により他の成分を含有するものであってもよい。
【0036】
他の成分としては、水溶性高分子、可塑剤、マスキング剤、防腐剤、着色剤等が挙げられる。
用いる水溶性高分子としては、ポリビニルアルコール;ポリビニルピロリドン;ポリ酢酸ビニル;ポリ酢酸ビニルフタレート;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等のヒドロキシアルキルセルロース;メチルセルロース、エチルセルロース等のアルキルセルロース;ポリ(メタ)アクリル酸エステル;等が挙げられる。これらは一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0037】
可塑剤は、本発明の嚥下補助剤に適度な柔軟性を付与するために添加される。
用いる可塑剤としては、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリンおよびソルビトール、グリセリントリアセテート、フタル酸ジエチルおよびクエン酸トリエチル、ラウリル酸、ショ糖、ソルビトール等が挙げられる。これらは一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0038】
マスキング剤は、薬剤の味や匂いをより効果的にマスキングするために添加される。用いるマスキング剤としては、クエン酸、酒石酸、フマル酸等の酸味を与えるもの;アセスルファムカリウム、サッカリン、グリチルリチン酸、白糖、果糖、マンニトール等の甘味剤;メントール、ハッカ油等の清涼化剤;天然または合成の香料;等が挙げられる。これらは一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0039】
また、防腐剤としては、ヒドロキシ安息香酸メチル、ヒドロキシ安息香酸プロピル等が、着色剤としては、食用レーキ着色剤等が挙げられる。これらは一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
他の成分の含有量(合計)は、嚥下補助剤全体に対して、通常、0〜30重量%である。
【0040】
本発明に係る嚥下補助剤は所望する大きさ、形状とすることが可能である。従って、どのような大きさ、形状の嚥下物にも対応することができ、嚥下物を包み込んだり、内部に埋め込んだり、表面に付着せしめたり、あるいは嚥下物と混合したりして、得られた混合物を口に入れて嚥下することができる。また、嚥下物を口内に含んだ後、嚥下補助剤を水の代わりに口内に入れて、嚥下してもよい。
【0041】
嚥下物としては、特に限定されず、例えば、各種薬剤、健康食品(ビタミン、ミネラル、繊維、酵母、サプリメント等)やその材料などが挙げられる。また、嚥下物の形状は特に制約はなく、錠剤、粉体等のいずれであってもよい。
【0042】
本発明の嚥下補助剤の形態は特に限定されない。例えば、ゲル状、粒状、フィルム状、シート状などが挙げられる。なかでも、フィルム状であるのが好ましい。
【0043】
フィルム状の嚥下補助剤(以下、「嚥下補助用フィルム」ともいう。)の成形方法としては、キャスティング法や溶融押し出し法等の公知のフィルムの成形方法を採用できる。
【0044】
なかでも、効率よく成膜できることから、キャスティング法が好ましい。例えば、支持体上に、嚥下補助剤用組成物を、ロールコーター、ダイコーター、グラビアコーター、アプリケーター等の公知の塗工装置を用いて塗布、または公知の噴霧装置を用いて噴霧し、前記支持体上に嚥下補助剤用組成物の塗膜を形成したのち、溶媒を乾燥除去することにより、嚥下補助剤の層を形成することができる。
【0045】
用いる支持体としては、その表面上に嚥下補助剤の層を形成することができるものであれば、特に限定されない。例えば、ポリエステルテレフタレートフィルム、ポリエチレンテレフタレートフィルム、ポリプロピレンフィルム等の樹脂フィルム;グラシン紙、クレーコート紙、ポリエチレンラミネート紙等のラミネート紙等の紙を、必要に応じてシリコーン系剥離剤等で剥離処理したもの;等が挙げられる。
【0046】
嚥下補助剤用組成物は、セリシン類水溶液、所望により他の成分、及び他の溶媒を混合・攪拌して調製することができる。用いる他の溶媒としては、エタノールなどが挙げられる。
【0047】
嚥下補助剤用組成物における溶媒(水及び他の溶媒の合計量)の含有量は、通常、セリシン1重量部に対して、1〜100重量部、好ましくは5〜50重量部である。
【0048】
嚥下補助剤用組成物の塗膜の乾燥温度は、通常10〜60℃、好ましくは20〜50℃である。乾燥時間は通常1〜124時間である。
【0049】
本発明の嚥下補助用フィルムは、嚥下補助剤の層のみからなる単層のものであっても、他の層を積層した多層のもの(積層体)であってもよい。
【0050】
嚥下補助用フィルムが多層のものである場合、フィルムの少なくとも一方の最外層が前記嚥下補助剤の層であるのが好ましい。
【0051】
最外層が嚥下補助剤の層である嚥下補助用フィルムは、フィルムの内側に薬剤を包み込むことにより、服用されると、最外層の嚥下補助剤の層中のセリシン類がすばやく唾液と接触してゲル化されるため、本発明の効果が得られやすい。
【0052】
なお、目的に応じて、例えば、嚥下補助剤の層のさらに外側に口腔内で溶解する層を設け、この層の溶解後に、嚥下補助剤の層が外側の最外層に出て来るような構造等とすることもできる。
【0053】
得られる単層または多層の嚥下補助用フィルムの厚みは、特に制約はないが、嚥下物が包み易いことから、通常、5〜300μm、好ましくは10〜50μmである。
【0054】
得られる単層または多層の嚥下補助用フィルムは、通常、適当な大きさにカットされ、支持体が剥離されて用いられる。
適当な大きさにカットされた嚥下補助用フィルムに、嚥下物を包み、服用することができる。
【0055】
本発明の嚥下補助用フィルムは、嚥下物を包むことにより嚥下物の不快な味や臭気をマスキングでき、かつ、フィルムを構成する嚥下補助剤の層が口腔内で瞬時に唾液を取り込みゲル化し、咽喉部および食道を滑らかに通過することができるため、水なしでも服用感よく服用することができる。
【0056】
本発明の嚥下補助用フィルムは、運搬、保存等を要する場合や、衛生上や防湿のために、さらに両最外層に保護フィルム等を積層させたものであってもよい。用いる保護フィルムとしては、前記支持体として用いることができるものとして列記したものと同様のものが挙げられる。保護フィルムは、適当な時期に剥離される。
【実施例】
【0057】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。但し、本発明は、これらにより何ら制限されるものではない。
【0058】
(実施例1)
蚕品種「セリシンホープ」から単離した未処理の繭層(セリシンホープ・コクーン、高原社製)1g、8M臭化リチウム水溶液20mlおよび攪拌子を50mlの遠沈管に入れ、オイルバス中で95℃に保ちながら30分間攪拌した。冷却後、前記遠沈管から攪拌子を取り出し、0.5Mグリシン−NaOH緩衝液を加えた。得られた溶液から遠心分離および濾過により不要物を除去した。上澄みを透析膜に入れ、40時間透析することで、セリシン類水溶液を得た。
上記セリシン類水溶液50mlを、ポリメチルメタクリレート製のシャーレ(5cm四方)に入れ、40℃で8時間乾燥して、厚さ約20μmのフィルム1を得た。
【0059】
(比較例1)
高度に加水分解されたセリシン類(Hiセリシン103タイプ、カシロ産業社製)1g、水20ml及び攪拌子を50mlの遠沈管にいれ、室温で5分間攪拌した。前記遠沈管から攪拌子を取り出し、遠心分離および濾過により不要物を除去することで、セリシン類水溶液を得た。
上記セリシン類水溶液50mlを、ポリメチルメタクリレート製のシャーレ(5cm四方)に入れ、40℃で8時間乾燥して、フィルムを形成しようとしたが、フィルム化しなかった。
【0060】
(比較例2)
比較例2のフィルム2として、厚さ約20μmのオブラート(国光オブラート社製)を用いた。
【0061】
(比較例3)
ポリビニルアルコール(PVP、K−90、アイエスピー・ジャパン社製)1g、水10ml及び攪拌子を50mlの遠沈管にいれ、室温で30分間攪拌し、PVP水溶液を得た。
上記PVP水溶液5mlを、剥離シートとしてのポリエチレンテレフタレート(PET)製リリースライナー(SP−PET3811、リンテック社製)の5cm四方に乗せ、100℃で2分間乾燥して、厚さ約20μmのフィルム3を得た。
【0062】
(比較例4)
ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC、TC−5、信越化学工業社製)1g、水10ml及び攪拌子を50mlの遠沈管にいれ、室温で30分間攪拌し、HPMC水溶液を得た。
上記HPMC水溶液5mlを、剥離シートとしてのポリエチレンテレフタレート(PET)製リリースライナー(SP−PET3811、リンテック社製)の5cm四方に乗せ、100℃で2分間乾燥して、厚さ約20μmのフィルム4を得た。
【0063】
(比較例5)
ポリビニルアルコール(PVA、EG05、日本合成化学工業社製)1g、水10ml及び攪拌子を50mlの遠沈管にいれ、室温で30分間攪拌し、PVA水溶液を得た。
上記PVA水溶液5mlを、剥離シートとしてのポリエチレンテレフタレート(PET)製リリースライナー(SP−PET3811、リンテック社製)の5cm四方に乗せ、100℃で2分間乾燥して、厚さ約20μmのフィルム5を得た。
【0064】
(比較例6)
アルギン酸ナトリウム(AGA−Na、ダックアルギンNSPM、紀文フードケミファ社製)1g、水10ml及び攪拌子を50mlの遠沈管にいれ、室温で30分間攪拌し、AGA−Na水溶液を得た。
上記AGA−Na水溶液5mlを、剥離シートとしてのポリエチレンテレフタレート(PET)製リリースライナー(SP−PET3811、リンテック社製)の5cm四方に乗せ、100℃で2分間乾燥して、厚さ約20μmのフィルム6を得た。
【0065】
実施例1および比較例1で用いたセリシン類の分子量を下記のようにして測定した。
セリシン類水溶液と、SDS−ポリアミドゲル電気泳動法(SDS−PAGE)用のサンプルバファーを当量ずつ混合し、得られた混合液を、3〜10%グラジエントゲル(アトー社製)を用いる電気泳動に供し、分子量を求めた。なお、検出されたバンドが複数ある場合、主成分の分子量をサンプルの分子量とした。
測定結果を第1表にまとめた。
【0066】
(2)フィルム成形性
実施例1、比較例1〜6の各フィルム成形時におけるフィルム成形性を評価した。
すなわち、フィルムとして取り扱い可能である場合には「○」、フィルムとして取り扱い不能である場合には「×」として評価した。
評価結果を第1表にまとめた。
【0067】
(3)味覚マスキング性
実施例1、比較例2〜6のフィルム1〜6の味覚マスキング性を評価した。
200mgのグルコースをフィルムに包み、口腔内に入れ、20秒間保持した際の甘みにより判断し、味覚なしの場合を「○」、わずかに味覚があった場合を「△」、味覚ありの場合を「×」として評価した。
評価結果を第1表にまとめた。
【0068】
(4)易嚥下性
実施例1、比較例2〜6のフィルム1〜6の易嚥下性を評価した。
200mgのグルコースをフィルムに包み、口腔内で5秒間保持し、飲み込む際の嚥下動作の容易さにより判定し、障害なしの場合を「○」、障害ありの場合を「×」として評価した。
評価結果を第1表にまとめた。
【0069】
(5)溶解時間
実施例1、比較例2〜6のフィルム1〜6の水に対する溶解時間を以下のようにして測定した。
フィルム中央に10mgのプリリアントブルーFCF(青色一号)を乗せ、これを精製水で満たしたスクリュー管の液面上に接触するように載せた。フィルム上のプリリアントブルーFCFがスクリュー管内の精製水に溶け出すまでの時間を測定した。
測定結果を第1表にまとめた。
【0070】
(6)水付与後のフィルム状態
上記(5)溶解時間の測定サンプルにおいて、フィルムを精製水に接触させてから10分後のフィルム状態を判別した。
判別結果を第1表にまとめた。
【0071】
【表1】

【0072】
第1表から、分子量が50kDa以上のセリシン類を使用する場合(実施例1)は、フィルム成形性、味覚マスキング性、易嚥下性のすべてに優れていた。また、このセリシン類を使用して得られたフィルムは、水を吸収して、膨潤するが、溶解はしないものであった。
一方、分子量が50kDa未満のセリシン類を使用する場合(比較例1)は、フィルム成形性、味覚マスキング性、易嚥下性のすべてに劣っていた。また、得られたフィルムは水を吸収して速やかに溶解した。
比較例2〜6の水溶性高分子を使用する場合には、フィルムを成形することはできるが、得られたフィルムは、味覚マスキング性、易嚥下性のすべてに劣るものであった。また、得られたフィルムは水を吸収して速やかに溶解した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子量が50kDa以上のセリシン類を主成分とすることを特徴とする嚥下補助剤。
【請求項2】
フィルム状成形物である請求項1に記載の嚥下補助剤。
【請求項3】
薬物の味または臭気をマスキングするものである請求項1または2に記載の嚥下補助剤。
【請求項4】
唾液を吸収して膨潤するものである請求項1〜3のいずれかに記載の嚥下補助剤。
【請求項5】
胃液で溶解し、唾液では溶解しないものである請求項1〜4のいずれかに記載の嚥下補助剤。

【公開番号】特開2010−180149(P2010−180149A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−23590(P2009−23590)
【出願日】平成21年2月4日(2009.2.4)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】