説明

嚥下食用握り飯の製造方法

【課題】 嚥下食でありながら、通常の食事とほぼ同等の外観やおいしさを楽しめ、加熱解凍をしても握り飯としての所定形状を失うこと無く、かつ、機械・装置等を利用して自動的に製造可能な握り飯の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明に係る嚥下食用握り飯の製造方法は、水を吸収させた米と、当該水を吸収させた米の250〜400重量%の水と、増粘多糖類との混合物を加熱し続けることによって、当該混合物より所定の水分量を除去して得た米飯を、所定時間蒸らした後、この蒸らした米飯を、所定形状に形成して得ることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高齢者や脳梗塞の後遺症を持つ方など、咀嚼(噛むこと)や嚥下(飲み込むこと)の機能が低下している人向けの食品(以下、これを「嚥下食」という。)として好適な嚥下食用握り飯の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、嚥下食として、食材を細かく刻んだ「キザミ食」や、食材をミキサーでペースト状にした「ミキサー食」が良く知られている。これらの嚥下食は、食する人が、食材を噛み砕く必要等が無いため、このような食形態とすることで、咀嚼・嚥下の機能が低下している人にも、様々な食品を提供することができる。そのため、キザミ食やミキサー食は、嚥下食として、病院や介護施設等において、ごく一般的に提供されている。
【0003】
しかしながら、これらの嚥下食は、食材が細かく刻まれた状態や、粘性の高いペースト状態となっているため、これらを食べる人にとって、食塊形成が困難で、非常に飲み込みづらい食形態である、という問題がある。そして、この問題は、これらを食する人の咳やムセの回数を多くしてしまい、場合によっては、細かく刻まれた食材等が食する人の気管に入ってしまうこと(誤嚥)の原因や、最悪の場合、誤嚥性肺炎を引き起こす原因ともなってしまっている。
【0004】
また、これらの嚥下食は、食する人が「何を食べているのかわからない」という不満を抱きやすく、食する人に、食事の楽しみや満足感等を与えづらい食形態である、という問題もある。この問題は、嚥下食を食べる人の食欲低下の原因ともなり、本来、嚥下食を食べることによって、体力を維持・回復すべき人らに、食事による充分な恩恵を与えられない、という問題もある。
【0005】
特に、この問題は、握り飯、すなわち、所定形状に形成した米飯を使用する献立を嚥下食とした場合に顕著に現れることになる。握り飯を使用する献立、例えば、おにぎりや握り寿司をミキサー食等としてしまうと、それは、もはや、おにぎりや握り寿司とは言えず、このような食形態では、これを食する人達に、おにぎりや握り寿司本来のおいしさを提供することができないからである。
【0006】
そこで、このような問題を解決するため、常法により製造したお粥に、このお粥が80℃〜95℃の熱いうちにゲル化剤を加えることによって、お粥を所定形状にゲル化させることで、嚥下食用の握り飯を得る方法が、従来より実施されている。
【0007】
しかしながら、この方法には、次のような二つの問題があった。まず、第一の問題は、この方法によって得た嚥下食用の握り飯は、各米粒の外側において水分量が多くゼリー状となっているため、冷凍後に、電子レンジ、スチームコンベクションオーブンや、湯浴等によって加熱解凍を行うと、このゼリー状部が溶けてしまい、握り飯としての所定形状を維持できないという問題があった。そのため、この嚥下食用の握り飯を解凍する際は、自然解凍又は60℃以下において行う必要があり、従来の嚥下食用の握り飯においては、加熱解凍により得られるメリット、例えば、短時間で解凍できることや、食味の著しい低下を防止できるといったメリットを享受することができなかった。
【0008】
また、第二の問題として、この従来の方法には、嚥下食用の握り飯を、機械・装置等を利用して自動的に製造しようとする場合、これが非常に困難であるという問題もあった。これは、従来の方法によってゲル化させたお粥は、お粥が冷める前の温かな状態においては、各米粒の外側にある水分量が多いため、機械・装置による成形が難しく、また、お粥が冷めた後の状態においては、一度ゲル化したものを崩して成形することになるため、強度や食感、及び、見た目において悪影響が残るからであった。
【0009】
本発明者は、このような実情のもと、嚥下食として好適な握り飯の製造方法について、鋭意検討を重ねた。その結果、本発明者は、従来には無いまったく新しい方法によって、嚥下食でありながら、通常の食事とほぼ同等の外観やおいしさを楽しめ、加熱解凍をしても握り飯としての所定形状を失うこと無く、かつ、機械・装置等を利用して自動的に製造可能な握り飯を得ることができる、という知見を得、本発明を創作するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−228834号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】工藤美香、「とっておきの一皿 工藤美香の摂食・嚥下障害者向け介護食」、ヘルスケア・レストラン(2008年1月号)、株式会社日本医療企画、平成19年12月20日、第16巻、第1号、p.88
【非特許文献2】株式会社フードケア、「商品紹介 スベラカーゼ」、[online]、株式会社フードケアのウェブサイト、[平成21年2月16日検索]、インターネット<URL:http://www.food-care.co.jp/product/pdf/suberakaze.pdf>
【非特許文献3】中村彩子・水田誠子・吉尾恵子・竹内豊・大越ひろ、「食べやすく調理しやすい介護食用すしシャリの開発」、第13回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会プログラム・抄録集、植松宏、平成19年8月23日、p.215
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、嚥下食でありながら、通常の食事とほぼ同等の外観やおいしさを楽しめ、加熱解凍をしても握り飯としての所定形状を失うこと無く、かつ、機械・装置等を利用して自動的に製造可能な握り飯の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
そのための手段として、本発明に係る嚥下食用握り飯の製造方法は、水を吸収させた米と、当該水を吸収させた米の250〜400重量%の水と、増粘多糖類との混合物を加熱し続けることによって、当該混合物より所定の水分量を除去して得た米飯を、所定形状に形成して得ることを特徴としている。
【0014】
また、本発明に係る嚥下食用握り飯の製造方法は、水を吸収させた米と、当該水を吸収させた米の250〜400重量%の水と、増粘多糖類と、当該水を吸収させた米の1〜6重量%の食用油との混合物を加熱し続けることによって、当該混合物より所定の水分量を除去して得た米飯を、所定形状に形成して得ることを特徴としている。
【0015】
さらに、本発明に係る嚥下食用握り飯の製造方法は、水を吸収させた米と、当該水を吸収させた米の250〜400重量%の水と、増粘多糖類との混合物を加熱し続けることによって、当該混合物より所定の水分量を除去して得た米飯を、所定時間蒸らした後、この蒸らした米飯を、所定形状に形成して得ることを特徴としている。
【0016】
また、本発明に係る嚥下食用握り飯の製造方法は、以上の場合において、得ようとする握り飯が、嚥下食用の握り飯として好適な硬さである、1000〜50000N/mの範囲内となるようにすることも特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、嚥下食でありながら、通常の食事とほぼ同等の外観やおいしさを楽しめ、加熱解凍をしても握り飯としての所定形状を失うこと無く、かつ、機械・装置等を利用して自動的に製造可能な握り飯の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る嚥下食用握り飯の製造方法の形態について説明する。
【0019】
まず、精米された米を、水で洗ってから、その後水に1〜3時間浸漬し、水を吸収させた米を用意する。そして、水を吸収させた米と、この水を吸収させた米の250〜400重量%の水と、増粘多糖類との混合物を炊飯器に入れ、炊飯することによって、当該混合物から所定の水分量が除去され米飯として炊き上がるまで、当該混合物を加熱し続ける。そして、炊き上がった米飯から、適当な量の米飯を掴み取り、それを適当な大きさ・形にすることによって所定形状に形成し、嚥下食用の握り飯を製造する。
【0020】
なお、以上の実施形態においては、前記混合物に、さらに、前記水を吸収させた米の1〜6重量%の食用油を加えることが好ましい。これは、この量の食用油を加えることによって、ご飯がふっくらと炊き上がり、ご飯粒のつぶれが低減され、べたつきも減り、より美味な米飯を得ることができるからである。
【0021】
また、以上の実施形態においては、炊き上がった米飯を、所定形状に形成し、嚥下食用の握り飯を製造するまでの間に、所定時間蒸らすことが好ましい。これは、所定時間蒸らすことによって、米粒表面の水分が各米粒内にさらに吸収され、米粒の外側にある水分量が減少するため、機械・装置等を利用した嚥下食用の握り飯の自動的製造が、所定時間蒸らさなかった場合よりも、さらに容易になると認められるからである。
【0022】
さらに、以上の実施形態において、前記混合物から除去する水分量は、得ようとする握り飯が、嚥下食用の握り飯として好適な硬さである、1000〜50000N/mの範囲内となるように調節することが好ましい。なお、得ようとする握り飯の硬さが、この1000〜50000N/mの範囲内とするための目安は、前記混合物から除去する水分量を、前記混合物全体の5〜25重量%の範囲内とすれば良い。ちなみに、ここで、嚥下食用の握り飯として好適な硬さが、1000〜50000N/mの範囲内となっているのは、1000N/m未満の場合、軟らかすぎて握り飯としての所定形状を維持することができないこと、また、50000N/m超の場合、日本介護食品協議会が「ユニバーサルデザインフードの区分2」として定めた「歯茎でつぶせる」硬さよりも、硬くなってしまうからである。
【0023】
そして、このようにして得た嚥下食用の握り飯を使用し、おにぎりや握り寿司等を製造することができる。なお、このようにして得た握り飯を、冷凍した状態で包装用容器に詰めれば、流通時や使用時にも非常に便利な、おにぎりや握り寿司等用の握り飯とすることができる。
【0024】
なお、本発明において使用される「増粘多糖類」とは、食品にとろみを付けるための食品添加物をいい、これには、増粘安定剤や、ゲル化剤等と呼ばれるものが含まれる。なお、このような増粘多糖類として、ネイティブジェランガム、ジェランガム、カラギーナン、寒天、タラガム、グァーガム、ローカストビーンガム、タマリンドガム、キサンタンガム、アラビアガム、サイリュームシードガム、アルギン酸ナトリウム、ペクチン、アラビノキシラン、アラビノガラクタン、カラヤガム、プルラン、カルボキシメチルセルロース、カードラン、グルコマンナン等がある。また、例えば、出願人の一人、株式会社フードケア(神奈川県相模原市)の商品「ホットゼリーパウダー」や「スベラカーゼ」など、特に嚥下食用に製剤化されたものもある。
【0025】
なお、課題を解決するための手段においても述べているが、本発明は、米、水、及び、増粘多糖類からなる混合物を加熱し続け、所定の水分量を除去することを特徴としており、従来の嚥下食用の握り飯、すわなち、常法により製造したお粥に、このお粥が80℃〜95℃の熱いうちにゲル化剤を加えることによって、お粥を所定形状にゲル化させることで得られるものとは、まったく異なるものである。
【0026】
一般的に、ゲル化剤等の増粘多糖類は、加熱調理が完了した食品に添加されるものであって、本発明のように、食品の原材料とともに加熱し続けられて、使用されることは無いからである。
【0027】
本発明では、以上のように、米、水、及び、増粘多糖類からなる混合物を加熱し続けるので、増粘多糖類を各米粒の中まで浸透させることができ、米粒の外側にある水分量が少なくなる。そのため、本発明に係る嚥下食用の握り飯は、冷凍後に、電子レンジ、スチームコンベクションオーブンや、湯浴等によって加熱解凍を行っても、握り飯のゼリー状部が溶け、握り飯としての所定形状を維持できないということが無い。そして、これにより、加熱解凍により得られるメリット、例えば、短時間で解凍できることや、食味の著しい低下を防止できるといったメリットを享受することができる。
【0028】
また、本発明に係る嚥下食用の握り飯は、米粒の外側にある水分量が少なくなるため、握り飯が冷める前の温かな状態においても、機械・装置による成形が容易であって、かつ、増粘多糖類が各米粒の中まで浸透しているため、成形後は、速やか、かつ、滑らかに表面が固まり、強度や食感、及び、見た目において良好な握り飯を得ることができる。
【0029】
さらに、本発明に係る方法によって製造された嚥下食用の握り飯は、従来のものよりも、食塊形成がし易く、かつ、容易に舌圧だけで潰すことができる。また、冷解凍する際に、各米粒内の離水と白濁化を防止することもできる。
【実施例】
【0030】
次に、以下に示す実施例により、本発明について更に詳細に説明を行う。
【0031】
[実施例1:本発明品]
まず、精米された米を、水で洗ってから、その後水に2時間浸漬し、水を吸収させた米を用意した。そして、この用意した米2.4kg、水7.5kg、株式会社フードケア(神奈川県相模原市)の商品「ホットゼリーパウダー」150g、及び、炊飯油(食用油)75ccを混ぜ、これらの混合物を得た。
【0032】
そして、この混合物をガス炊飯器に入れ、25分間炊飯してから、25分間蒸らした。その後、これを冷却した。次に、この得た米飯をおにぎり成型機によって俵形にし、本実施例に係る嚥下食用握り飯としての嚥下食用のおにぎりを得た。なお、成型機によっておにぎりを得る際、握り飯のべたつき等は発生せず、容易に製造することができた。
【0033】
この嚥下食用のおにぎりは、時間が経過しても形崩れすることが無かった。また、その外観を観察したところ、米飯の粒が、そのままの形状で数多く残っており、従来のおにぎりに似た外観を呈していた。さらに、嚥下食用のおにぎりを食したところ、舌圧だけで潰すことができ、嚥下食として良好な状態であることを確認できた。また、おにぎりとしてのおいしさを味わうこともできた。
【0034】
[比較例:従来品]
実施例1の嚥下食用のおにぎりと対比するため、以下の従来の方法により、従来品としての嚥下食用のおにぎりを製造した。なお、対比内容の詳細については、後述の「実施例2」において説明する。
【0035】
ミキサー容器に、80℃以上の全粥500g、酢10cc、砂糖5g、食塩少々、及び、株式会社フードケア(神奈川県相模原市)の商品「スベラカーゼ」10gを入れ、ミキサーで1分間撹拌し、これらの混合物を得た。そして、これらの混合物を、実施例1と同じ形状になるように型に流し込んで俵形にし、比較例に係る従来品としての嚥下食用のおにぎりを得た。
【0036】
[実施例2:本発明品と従来品との対比]
本発明品(実施例1)、及び、従来品(比較例)の特性について測定し、その違いを確認した。以下、表1〜表4は、その結果をまとめたものである。なお、測定した特性は、設定した解凍温度における、嚥下食用のおにぎり硬さと、所定の型からの取れ易さである。また、各表における、測定内容等の詳細は、次の通りである。
【0037】
「標準品1」(本発明の製造方法によるもの)
実施例1に係る方法によって製造した後、100℃(スチーム有り)スチームコンベクションオーブン(株式会社マルゼン製,電気スチームコンベクションオーブンSSC-03SCNU,以下同じ)中で30分加熱した後、20℃恒温器で1時間静置したもの。

「標準品2」(従来の製造方法によるもの)
比較例に係る方法によって製造した後、10℃恒温機において1時間静置したもの。

「硬さの測定方法」
実施例1及び比較例によって製造した嚥下食用のおにぎりを一度冷凍した。その後、これらを冷凍状態のまま、表1及び表2の各温度に設定してあるスチームコンベクションオーブン(スチーム有り)に入れ、その中で1時間加熱を行った。そして、この加熱後すぐに、トレイにはいったままの状態で、クリープメーター(株式会社山電製,RE2-3305S)を使用した硬さ測定を行った。なお、その際の条件は、円柱型プランジャー(直径:3mm,高さ22mm),圧縮率70%,圧縮速度10mm/s、であった。この測定条件は、厚生労働省が(特別用途食品の)高齢者用食品の測定方法として定めたものである。

「所定の型からの取れ易さ」
加熱終了後、室温にて1分間静置し、その後、一つずつ型からはずし、型への付着度合いを目視により評価した。なお評価の詳細は、次の通りである(○:きれいに取り出せる,△:一部型に付着,×:取り出せず(溶解))
【0038】
本発明品(実施例1)の特性についての測定結果
【表1】

【0039】
従来品(比較例)の特性についての測定結果
【表2】

【0040】
【表3】

【0041】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水を吸収させた米と、当該水を吸収させた米の250〜400重量%の水と、増粘多糖類との混合物を加熱し続けることによって、当該混合物より所定の水分量を除去して得た米飯を、所定形状に形成して得ることを特徴とする、嚥下食用握り飯の製造方法。
【請求項2】
水を吸収させた米と、当該水を吸収させた米の250〜400重量%の水と、増粘多糖類との混合物を加熱し続けることによって、当該混合物より所定の水分量を除去して得た米飯を、所定時間蒸らした後、この蒸らした米飯を、所定形状に形成して得ることを特徴とする、嚥下食用握り飯の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2のいずれかに記載の方法によって製造された握り飯であって、冷凍された状態で包装用容器に詰められていることを特徴とする、嚥下食用の握り飯。

【公開番号】特開2010−200639(P2010−200639A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−47646(P2009−47646)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(506102983)東京海上日動サミュエル株式会社 (7)
【出願人】(501050531)株式会社フードケア (6)
【出願人】(000223090)三菱商事フードテック株式会社 (25)
【出願人】(509053237)株式会社ポストごはんの里 (2)
【Fターム(参考)】