説明

固体レーザー発振デバイス及びレーザー発振用組成物

【課題】容易なレーザー波長チューニングが可能な固体レーザー発振デバイス及び、安定かつ高効率なレーザー発振用組成物を提供する。
【解決手段】レーザー発振用組成物が板状に成型されてなる固体レーザー発振デバイスであって、前記レーザー発振用組成物は、加熱後の急冷却開始温度により固体状態における発振波長が変化するものであり、その板状の1箇所から他箇所に渡り発振波長が徐々に変化するグラデーション構造を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体レーザー発振デバイス及びジコレステリルエステル化合物に発光性化合物が分散されたレーザー発振用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
有機電界発光デバイスや有機固体レーザーデバイスの発展に伴って、励起状態における有機分子の発光過程の重要性がますます高まっている。最近では、有機電界発光デバイスの次世代素子として電流注入型有機半導体レーザーが注目されており、これを達成するためには位相や伝搬方向をフィードバックさせる光共振器構造が必要不可欠とされている。
【0003】
このような状況において、電流注入型有機レーザーデバイスの構築に先立ち、π電子共役系高分子や発光性化合物を添加した高分子などの発光性化合物を用いた光励起型レーザー発振に関する研究例が数多く報告されている。これまでにもDFB(Distributed Feedback)、DBR(Distributed Bragg Reflector)、マイクロディスクやマイクロリングといったさまざまな分布帰還型共振器構造が提案され、光励起によるレーザー発振が確認されている。しかしながら、これらの光共振器構造体を作製するためにはフォトリソグラフィー法などの煩雑な工程が必要とされ、簡便に得ることはできない。
【0004】
一方で、コレステリック(キラルネマチック)液晶を用いたレーザー発振が注目されており、その研究も進展している。コレステリック液晶はキラル分子から創り出される超分子らせん構造を示し、ラビング処理した基板の間にコレステリック液晶を挟み込むと、自己組織的に分子らせん軸が基板に対して垂直に配向したプラーナー配向(グランジェン組織)が形成され、液晶分子のらせん軸に沿って屈折率が周期的に変動しているため光の干渉が起こり、ブラッグの反射条件を満たすある特定の光を選択反射することがよく知られている。反射バンドの中心波長(λmax)は式(1)に示すような液晶の平均屈折率(n)とらせんピッチ(p)で決定され、その波長帯(Δλ)は式(2)で表すようならせんピッチと複屈折(Δn)から求めることができる。
λmax=np, (1)
Δλ=Δnp, (2)
反射光はコレステリック液晶の掌性に強く依存し、式(1)及び式(2)を満たす波長域において、液晶分子のらせんと同一方向の円偏光を選択的に反射し、らせんと反対方向の円偏光は透過する。コレステリック液晶のらせんピッチは温度や圧力といった外部刺激に応答し、それに附随して反射バンドの波長も変化する。
【0005】
このようなコレステリック液晶のプレーナー配向は誘電率が周期的に変調された構造を自発形成しているため、一次元フォトニック結晶構造と見なすことができる。最近では、コレステリック液晶の自己組織化フォトニック結晶構造を利用したレーザー発振に関する研究が盛んになっている。コレステリック液晶を用いたレーザー発振の特徴として、特別な外部光共振器を必要としないことが挙げられる。従来のレーザー発振用コレステリック液晶は低分子及び高分子コレステリック液晶に大別できる。低分子コレステリック液晶には流動性があり、温度、圧力、電圧に対してらせんピッチが変化する特徴を利用して外部刺激に対して発振波長を変化させることが可能なレーザー発振デバイスを作成することができる。しかし、同時に温度や圧力に対して発振波長が不安定でかつ流動性があるために取り扱いが限定されるという欠点を有していた。一方で、高分子コレステリック液晶では、ガラス化によって分子配列が固定され、流動性がなく、らせん周期が温度等の環境の変化に対して安定であるものが得られるという特徴を有する。しかし、液晶状態を取らせる際に、分子量が大きいことから分子の再配列に長時間がかかったり、光重合で分子の配列を固定する際に分子の配列が乱れ、共振器構造が不完全となるといった問題があった。
【0006】
このような背景から、従来のコレステリック液晶を用いるレーザー発振における低分子コレステリック液晶の流動性の問題や、高分子コレステリック液晶の分子配列における問題点を解決し、さらに、発振波長を様々に変化させることを可能とする、コレステリック液晶を共振器構造として用いる新しいレーザー発振デバイスのための新しい技術手段が提案されている(例えば特許文献1)。
【0007】
これは、コレステリック液晶分子が自己組織的に形成する超分子らせん周期構造、すなわちフォトニックバンド効果を利用したレーザー発振デバイスの製造技術に属し、比較的分子量の大きい(中分子)化合物を含み、レーザー発振用組成物及びそれを用いてガラス状態で成型してなる固体レーザー発振デバイスである。
【0008】
この種の固体レーザー発振デバイスは、加熱処理における加熱温度の違いにより発振するレーザー波長を調整することができることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−27702
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】A. Chanishvili et al., Adv. Mater. 2004, 16, 791.
【非特許文献2】A. Chanishvili et al., Appl. Phys. Lett. 2005, 86, 051107.
【非特許文献3】K. Sonoyama et al., Jpn. J. Appl. Phys. 2007, 46, L874.
【非特許文献4】Y. Huang et al., Appl. Phys. Lett. 2006, 89, 111106.
【非特許文献5】T. Manabe et al., J. Mater. Chem. 2008, 18, 3040.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、以上のような背景から、従来の特性をさらに有効に利用した、容易なレーザー波長チューニングが可能な固体レーザー発振デバイス及び、安定かつ高効率なレーザー発振用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0013】
第1は、レーザー発振用組成物が板状に成型されてなる固体レーザー発振デバイスであって、前記レーザー発振用組成物は、加熱後の急冷却開始温度により固体状態における発振波長が変化するものであり、その板状の1箇所から他箇所に渡り発振波長が徐々に変化するグラデーション構造を有することを特徴とする。
【0014】
第2は、前記第1の固体レーザー発振デバイスにおいて、レーザー発振用組成物が、ガラス状態で固体化されていることを特徴とする。
【0015】
第3は、前記第1または第2の固体レーザー発振デバイスにおいて、レーザー発振用組成物が、構造式、Z−O−CO−R−CO−O−Z(式中Zはコレステリル基、Rは炭素数2から30の2価の有機基を表す)で示されるジコレステリルエステル化合物と発光性化合物を含有することを特徴とする。
【0016】
第4は、前記第3の固体レーザー発振デバイスにおいて、レーザー発振用組成物の発光性化合物がコレステリル基を有することを特徴とする。
【0017】
第5は、構造式、Z−O−CO−R−CO−O−Z(式中Zはコレステリル基、Rは炭素数2から30の2価の有機基を表す)で示されるジコレステリルエステル化合物と発光性化合物を含有するレーザー発振用組成物であって、発光性化合物がコレステリル基を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
第1の発明によれば、レーザー発振用組成物が板状に成型されてなる固体レーザー発振デバイスであって、板状に成型された1箇所から他箇所に渡り発振波長が徐々に変化するグラデーション構造を有するので、一枚の固体レーザー発振デバイスの励起箇所を変更することで、波長の異なるレーザーを発振でき、波長の異なるレーザー照射により、物性や電気特性、或いは構造特性などを立体的に分析する場合、サンプルを一定の条件に維持したその場分析を可能にすることができる。
【0019】
第2の発明によれば、レーザー発振用組成物がガラス状態で固体化されているので、室温で安定に固定化することができる。
【0020】
第3の発明によれば、次式、Z−O−CO−R−CO−O−Z(式中Zはコレステリル基、Rは炭素数2から30の2価の有機基を表す)で示されるジコレステリルエステル化合物と発光性化合物を含有するレーザー発振用組成物が、板状にガラス状態で成型されてなる固体レーザー発振デバイスであって、板状に成型された1箇所から他箇所に渡り発振波長が徐々に変化するグラデーション構造を有するので、より明瞭なグラデーション性を発現させることができ、上記効果を一層向上させることが可能となる。
【0021】
第4の発明によれば、次式、Z−O−CO−R−CO−O−Z(式中Zはコレステリル基、Rは炭素数2から30の2価の有機基を表す)で示されるジコレステリルエステル化合物と発光性化合物を含有するレーザー発振用組成物であって、発光性化合物がコレステリル基を有するものとしたので、この発光性化合物は、従来のものに比べてコレステリック液晶性化合物によく相溶もしくは分散するようになり、結晶化析出のための投入制限をすることなく、従来では不可能であった高濃度の発光性化合物の投入が可能となる。その結果、発振強度を飛躍的に向上させることができる。
【0022】
また、第5の発明によれば、第1から第4の発明のようなグラデーションを持たない固体レーザー発振デバイスに対しても、発振強度を飛躍的に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明で用いた中分子化合物。CD8:コレステリック液晶性化合物。11−BP:コレステリック液晶温度及びブラッグ反射波長を制御するための添加剤。DC−OPV:発光性化合物。
【図2】(A)発光性化合物 Pyrromethene 597の化学構造式。(B)0.4wt%のPyrromethene 597をCD8と11−BPを混合したコレステリック液晶性化合物に添加したときの顕微鏡写真。
【図3】(A)均質に配向したG−CLC薄膜の顕微鏡写真。(B)発光性化合物が析出し不均一なG−CLC薄膜の顕微鏡写真。
【図4】(A)CD8、11−BP、DC−OPVのG−CLC薄膜の左円偏光透過スペクトル。(B)加熱温度に対するG−CLC薄膜のブラッグ反射バンドの変化。
【図5】(A)温度勾配を付けて急冷却操作をした、G−CLC薄膜の写真。(B)ブラッグ反射バンドのグラデーション構造を有するG−CLC薄膜を移動させたときの顕微反射スペクトル(上)及びレーザー発光スペクトル変化(下)。挿入図:顕微反射像(上)と顕微レーザー発光像(下)。
【図6】ブラッグ反射バンドのグラデーション構造を有するG−CLC薄膜からのレーザー発振スペクトルの円偏光特性。
【図7】光励起エネルギーに対する発光強度の変化。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のレーザー発振用組成物においては、ガラス化を示す中分子量コレステリック液晶性化合物と同様に、加熱処理における加熱温度の違いにより発振するレーザー波長を調整することができるレーザー発振用組成物であれば良く、特に、特許文献1に示すような、下記一般式(1)で表されるジコステリルエステル化合物が有用である。
Z−O−CO−R−CO−O−Z (1)
前記式中、Zはコレステリル基を示す。前記Rは炭素数2から30の二価有機基を示す。この場合の二価有機基には、脂肪族基及び芳香族基が包含される。また、脂肪族基には、鎖状又は環状の飽和もしくは不飽和の二価脂肪族炭化水素基が包含され、その炭素数は2〜30、好ましくは2〜22である。不飽和脂肪族基には、2重結合や3重結合を持ったものが包含される。二価芳香族基には、1つのベンゼン環を有する単環芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエン、キシレン等)から誘導される二価炭化水素基及び2つ以上、通常、2〜4個のベンゼン環を有する多環芳香族炭化水素(ナフタレン、ビフェニル、ターフェニル等)から誘導される二価炭化水素基が包含される。
【0025】
また、前記コレステリック液晶性化合物のブラッグ反射バンドを調整する液晶添加剤として、実施例に示す他、実施例と同様にA−B−Aで表せる化合物であれば、以下のものが使用可能である。
【0026】
Aは、炭素数2から30の1価有機基、コレステリルクロライド、コレステリルブロマイド、コレステリルヨーダイド、コレステリルノナノエート、コレステリルオレリルカルボネート等のコレステリル誘導体が挙げられる。
【0027】
Bは、フェニル、ビフェニル、ビナフチル、安息香酸フェニルエステル、フルオレン、シクロヘキシル、アダマンタン、スチルベン、ビフェニルアセチレン、アゾベンゼン、アゾキシベンゼン等が挙げられる。
【0028】
さらに本発明で用いられる発光性化合物としては、実施例に示すもののほか、固体レーザー発振デバイスにレーザー発振性を与えるものであれば、特に制限なく用いることができる。
【0029】
例えば、ローダミン−6G、ローダミン−B等のローダミン系色素、7−ヒドロキシ−4−メチルクマリン、7−ジエチルアミノ−4−メチルクマリン等のクマリン系色素、シアニン系色素、クレシルバイオレット等のオキサジン系色素、スチルベン、オキサゾール、オキサジアゾール等の誘導体、p−ターフェニル誘導体、DCM(4−ジシアノメチレン−2−メチル−6−(p−ジメチルアミノスチリル)−4H−ピラン)、ピロメテン、ピリジン、フルオレセン、キトン赤等があげられる。また、発光性有機色素のみならず、半導体量子ドットのような無機発光性化合物も用いることができる。
【0030】
ホスト液晶であるコレステリック液晶性化合物に良く相溶、もしくは分散するものが好ましい。
【0031】
特に、コレステリル基を持つ構造の化合物を発光性化合物とした場合は、前記液晶との混合分散性が良好で、他のものに比べて高濃度に混合しても結晶化析出することがないので、従来に比べ高エネルギーの発振を可能にする。
【0032】
例えば、X−Y−X構造を持つものであれば、以下のものが使用可能である。
【0033】
Xは、コレステリル基。Yは、ターフェニル、クオーターフェニル、クインクエフェニル、セクシフェニル、ターチオフェン、クオーターチオフェン、クインクエチオフェン、セクシチオフェン、ビス(フェニル)オキサゾール、ビス(ビフェニル)オキサゾール、ビス(ターフェニル)オキサゾール、ジ〔2−(5−フェノキシアゾリル)〕ベンゼン、ビス(スチリル)ベンゼン、4,4−ジフルオロ−4−ボラ3a,4a−ジアザ−s−インダセン、フルオレセイン、シアニン等の高い発光量子収率を示す芳香族系官能基であるものを用いることができる。
【0034】
また、コレステリック液晶性化合物とこれに混合する発光性化合物が同様な構造のコレステリル基を有しているものも使用可能である。
【0035】
本発明の固体レーザー発振デバイスは、2枚の基板間に発光性化合物を含有するレーザー発振用組成物を挟み、コレステリック液晶温度まで昇温してから急冷却して製造することができる。
【0036】
上記、基板は、少なくとも一方が発光性化合物の発光帯域に対して透明性を有する一対のものが使用できる。例えば、ガラス、ポリエチレンテレフタレート等の高分子フィルム等があげられる。表面にポリイミドやポリビニルアルコール等の配向膜を設けラビング処理をすることで、液晶分子の配向性を高めることも可能である。
【0037】
基板間に挟むレーザー発振用組成物中には酸化防止剤等の添加物や厚みを制御するためのスペーサーを含有することができる。
【0038】
2枚の基板間にレーザー発振用組成物を挟む方法としては、二枚の基板でレーザー発振用組成物に温度をかけながらラミネートする方法や、一旦、一方の基板に溶液としたレーザー発振用組成物をコーティングしてからもう一方の基板を張り付ける方法等様々な方法が考慮される。
【0039】
2枚の基板間にレーザー発振用組成物を挟んだ後にコレステリック液晶温度まで昇温させる方法としては、ホットプレート、ロールや温風を用いる等従来から知られた方法を用いることができる。また、冷却は、冷媒中に浸漬する方法、冷却プレートやロールに密着させる方法、冷風を当てる方法等を用いることができる。冷却速度は、コレステリック超分子らせん構造の周期の値や半値幅に影響を与え、結果的にレーザー発振の励起光強度のしきい値に影響を与えるため、十分に高いことが望ましい。冷却速度は好ましくは1℃/秒以上、さらに好ましくは10℃/秒以上、最も好ましくは50℃/秒以上である。1℃/秒未満の冷却速度の場合は固定化の段階でらせん周期が変化しやすくなる。
【0040】
本発明の1箇所から他箇所に渡り発振波長が徐々に変化するグラデーション構造を有する固体レーザー発振デバイスの作成方法としては、前記2枚の基板間にレーザー発振用組成物を挟み、コレステリック液晶温度まで昇温する際に、コレステリック液晶温度範囲の温度勾配のある状態で昇温し、その後、急冷却を行うことによりブラッグ反射バンドの一次元的なグラデーション構造を作製することができる。
【0041】
また、一度作成した固体レーザー発振デバイスを再度コレステリック液晶温度範囲の温度勾配のある状態で昇温し、その後急冷却を行うことによっても作成することができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
実施例において、コレステリック液晶性化合物として10,12−ドコサジイン二酸ジコレステリル(以下、CD8という)、コレステリック液晶温度及びブラッグ反射バンドの調整剤として4,4’−ジ−n−ウンデシルオキシビフェニル(以下、11−BPという)、発光性化合物として2,5−ビス(ヘキシルオキシ)−1,4−ビス〔(2,5−ビス(ヘキシルオキシ)−4−コレステリルカルボニルオキシメチル−フェニレンビニレン〕ベンゼン(以下、DC−OPVという)の3種類の中分子量化合物を合成してレーザー発振用組成物を得た。
【0044】
図1に各成分の化学構造式を示す。
【0045】
CD8は、それ自身が87〜115℃の温度範囲でコレステリック液晶相を示し、加熱温度を制御することで420〜610nmの波長領域でブラッグ反射バンドが現れた。
【0046】
11−BPは、CD8に僅か添加した。例えば、1.6wt%を添加すると、ブラッグ反射バンドの波長は400〜600nmで変化した。
【0047】
DC−OPVは、CD8と11−BPを混合したコレステリック液晶性化合物に対して相溶性が高くなるように、CD8に類した化学構造式に設計して以下のように合成した。
【0048】
DC−OPVは2,5−ビス(ヘキシルオキシ)−1,4−ビス〔(2,5−ビス(ヘキシルオキシ)−4−フォルミル−フェニレンビニレン)〕ベンゼンを出発原料として、水素化ホウ素化ナトリウムを作用させ両末端のアルデヒド基をヒドロキシメチルに化学変化させた後、ピリジン存在下でコレステリルクロロフォルメイトを加えることで、合成した。前記化学反応の収率は69%であった。融点は140〜143℃であった。1H−NMRとMALDI−TOF−MSのスペクトル測定によりDC−OPVと同定した。1H−NMR(300MHz,CDCl,20℃,MeSi)δ[ppm]:0.68(6H,s,CH)0.85−2.00(142H,m,CH,CH,CH),2.42(4H,m,CH),3.96−4.05(12H,m,ArOCH),4.50-4.55(2H,m,OCOOCH),5.21(s,4H,CHOCOO),5.42(m,2H,CH),6.92(s,2H,Ar−H),7.11(s,2H,Ar−H),7.14(s,2H,Ar−H),7.45(4H,s,CH=CH);MALDI−TOFm/z:1767.97(Calculatedmass:1767.36).
レーザー発振用組成物は、CD8、11−BP、DC−OPVを98.4:1.6:1.0の重量比でジクロロメタンに均一に溶解し、室温・真空で溶媒のジクロロメタンを留去して調整した。
【0049】
また、一般的な発光性化合物であるPyrromethene597をCD8と11−BPを混合したコレステリック液晶性化合物に対して、0.4wt%添加したものを比較サンプルとして調整した。
【0050】
図2AにPyrromethene597の化学構造式を示す。
【0051】
上記の条件で調整したレーザー発振用組成物についてブラッグ反射バンドを測定し、析出の有無を顕微鏡により観察した。
【0052】
各配合量及び測定、観察の結果を表1に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
図2BにPyrromethene597が析出したレーザー発振用組成物の顕微鏡写真を示す。コレステリック液晶性化合物と発光性化合物の相溶性が悪いと、顕微鏡写真のように結晶化が起こる場合がある。サンプル中に発光性化合物の結晶化ドメインが存在していると、この部分を光励起した時、ガラス化させた際の固体レーザー発振デバイスによる発光の共振現象を誘起できないため、レーザー発振は起こらないことがある。しかし、結晶化ドメインがあるサンプルでもドメイン以外を光励起すれば、レーザー光が発振できることもある。このように、不均一なサンプルを用いた場合、励起領域の場所に依存したレーザー発振の有無(場所ムラ)が起こってしまい、実用的に安定なレーザー特性を得ることができない。
【0055】
上記の条件で調整した各レーザー発振用組成物を用いて、以下の方法によりガラス化した固体レーザー発振デバイス(以下、G−CLC薄膜という)を作成した。
【0056】
ガラス基板上に1.0wt%のポリビニルアルコール(PVA)水溶液をスピン塗布し、一軸方向にラビング処理した基板を2枚作成した。前記レーザー発振用組成物をこの二枚のガラス基板間に10μmのスペーサーを介して挟持し、全体を120℃に加熱して溶触した後、88℃に保たれたホットステージ上に上記サンプルをのせ、これを氷水に浸漬して急冷し(冷却速度:200℃/秒)、G−CLC薄膜を作製した。
【0057】
上記方法で作成したG−CLC薄膜について、反射色を観察し、ガラス化を観察して評価した。
【0058】
ガラス化の評価は、ガラス化後のサンプルを顕微鏡で観察し、膜の状態を定性的に「○」か「×」で評価した。
【0059】
作成条件及び観察、評価の結果を表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
上記表2の固体レーザー発振デバイスNo.1については、前記したG−CLC薄膜の作成工程中、ガラス基板間にスペーサーを介してレーザー発振用組成物を挟持し、全体を120℃に加熱して溶触した後、88℃に保たれたホットステージ上にのせたところで、全体が緑色の反射色を呈した。これを氷水に浸漬して急冷した状態でも緑色の反射色を保った。
【0062】
これを室温下、3カ月保存したが全く色変化せず安定であった。また同様にして得たサンプルを75℃下で2週間保存したが全く色変化せず安定であった。
【0063】
図3Aは、表2において、ガラス化を示す結果が「○」の状態の顕微鏡写真であり、図3Bは「×」の状態の写真である。
【0064】
図3Aを見てわかるように、光学組織は均質で良好であるが、図3Bでは発光性化合物が析出して不均一で光学組織が悪いことが観察された。
【0065】
G−CLC薄膜をコレステリック液晶温度78〜98℃の温度範囲で加熱すると、コレステリック液晶のブラッグ反射バンドが可視波長域に発現し、この加熱した固体レーザー発振デバイスを0℃に急冷却すると、ガラス化状態になり室温で安定に固定化することができる。
【0066】
前記表2の固体レーザー発振デバイスNo.1について、上記加熱温度範囲内で加熱処理を行い、各サンプルについて左円偏光透過スペクトルを測定してブラッグ反射バンドを調べた。その結果を表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
図4Aに、測定したG−CLC薄膜の左円偏光透過スペクトルを示す。
【0069】
この左円偏光透過スペクトルによれば78℃、83℃、88℃、98℃の加熱温度において600nm、570nm、520nm、440nmのブラッグ反射バンドとなった。
【0070】
図4Bに、加熱温度に対するブラッグ反射バンド波長を示す。これによると加熱温度を高くするとブラッグ反射バンド波長は短波長側にシフトする傾向があった。
【0071】
また、表3から、ブラッグ反射バンドの波長は加熱温度で決定し、加熱時間には依存しないことがわかる。
【0072】
DC−OPVは450〜600nmで蛍光バンドを示す。この波長範囲に、G−CLC薄膜のブラッグ反射バンドがあれば、フォトニックバンド効果により光励起レーザー発振が実現できるはずである。前述したようにG−CLC薄膜は加熱温度を変えることでブラッグ反射バンドを制御できるが、温度勾配のある状態で急冷却を行うと、ブラッグ反射バンドの一次元的なグラデーション構造を作製することができる。
【0073】
図5Aは、急冷却操作でガラス状態にしたG−CLC薄膜にブラッグ反射バンドの一次元的なグラデーション構造を作製した写真である。右側から左側に向かってブラッグ反射色が緑色から青色に連続的に変化しており、これは加熱温度が85℃(右側)から95℃(左側)に勾配を設けた領域に相当する。
【0074】
このブラッグ反射バンドのグラデーション領域の顕微反射及びレーザー発光スペクトルを測定した結果を図5Bに示す。図5Bの上のスペクトルは反射スペクトルで、下のスペクトルはレーザー発光スペクトルである。測定領域をグラデーション領域に当て、サンプルを微動させながら、反射・レーザー発光スペクトルを測定した。
【0075】
G−CLC薄膜のグラデーション領域を微動させながら顕微反射スペクトルを測定すると470〜550nmの波長範囲でブラッグ反射バンドがシフトし、このときの顕微反射像は青色から緑色へ変化していることを観察することができた。次いで、418nmの波長でG−CLC薄膜の微小領域を光励起すると、反射バンドの長波長端でレーザー発振することを確認した。
【0076】
前述のように励起する微小領域を微動させるとブラッグ反射バンドもシフトし、それに伴ってレーザー発振波長も470〜550nmの波長範囲で制御することができた。また、G−CLC薄膜から発するレーザー光は、各波長において高い円偏光度を示した。
【0077】
図6に円偏光発光レーザースペクトルを示す。レーザー発振波長は、(A)476nm、(B)505nm、(C)546nmである。それぞれ、上のスペクトルは左円偏光発光であり、下は右円偏光発光である。スペクトルの中の右円偏光発光強度は、左円偏光発光強度よりも拡大している。
【0078】
図7は、418nmの励起光のエネルギーに対する発光波長482nm(○)及び507nm(●)における発光強度の変化である。この発光波長482nmと507nmは、DC−OPVのモノマー発光とエキシマー発光に由来する発光波長である。光励起エネルギーが500nJ/pulse以下でレーザー発振することがわかった。レーザー発振に要する光励起エネルギーを「しきい値」という指標で定量的に評価した。
【0079】
発光波長が482nmの場合では光励起エネルギーのしきい値は500nJ/pulseであったのに対して、発光波長が507nmの場合は240nJ/pulseであり、482nmよりしきい値が倍程度低く、効率的にレーザー発振が起こることを見出した。
これは、コレステリック液晶ガラス状態ではDC−OPVのエキシマー発光が優勢なためである。
【0080】
これらの測定結果を表4に示す。
【0081】
【表4】

【0082】
G−CLC薄膜のレーザー発振に要する光励起エネルギーのしきい値が500nJ/pulse以下であったが、高分子系のグラデーション構造の光励起エネルギーのしきい値と比較すると、一桁以上も低い値であった。光励起強度に変換しても、低い値である。高分子系のグラデーション構造は光重合によって調整しているが、高分子反応が起こる際に発生するラジカルがコレステリック液晶分の超分子らせん周期構造を乱しているので、しきい値が高くなっている。それに対して、G−CLC薄膜は共有結合を介さずに、化合物のガラス化によって固定化しているので、超分子らせん周期構造を乱すことがないので、レーザー発振に要するしきい値が低かったと考えられる。これらの機能特性は、低分子コレステリック液晶化合物もしくは高分子コレステリック液晶化合物では達成できず、ガラス化する中分子コレステリック液晶化合物の最大の特徴でもある。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の固体レーザー発振デバイスは、レーザー発振用組成物の薄膜をコレステリック液晶温度範囲内で温度勾配のある状態にて加熱した後、氷水に急冷することで、安定、高効率かつ容易なレーザー波長チューニングを可能にする。作製プロセスも単純で、製造コストが安いといったことに加え、ガラス転移温度以下では熱等の外的環境の影響も受けにくく、固定化する際化学反応を伴わないので、ガラス化する中分子量コレステリック液晶や発光性化合物の劣化を避けることができる。また、劣悪な環境下でもレーザー発振作動が可能であり、また、特別な外部共振器を必要としないため、微小化が容易となり、他の光学素子と集積化や複合化することが簡単に行うことができる等数々の利点があり、今後、光デバイスの進展によって、波長チューナブルな微小レーザーを必要とすることが予想され、光集積回路における新規な単一微小光源、光増幅器、低閾値レーザー発振装置、さらには高輝度ディスプレイ等へと大いに利用されることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー発振用組成物が板状に成型されてなる固体レーザー発振デバイスであって、前記レーザー発振用組成物は、加熱後の急冷却開始温度により固体状態における発振波長が変化するものであり、その板状の1箇所から他箇所に渡り発振波長が徐々に変化するグラデーション構造を有することを特徴とする固体レーザー発振デバイス。
【請求項2】
レーザー発振用組成物が、ガラス状態で固体化されていることを特徴とする請求項1に記載の固体レーザー発振デバイス。
【請求項3】
レーザー発振用組成物が、構造式、Z−O−CO−R−CO−O−Z(式中Zはコレステリル基、Rは炭素数2から30の2価の有機基を表す)で示されるジコレステリルエステル化合物と発光性化合物を含有することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の固体レーザー発振デバイス。
【請求項4】
レーザー発振用組成物の発光性化合物がコレステリル基を有することを特徴とする請求項3に記載の固体レーザー発振デバイス。
【請求項5】
構造式、Z−O−CO−R−CO−O−Z(式中Zはコレステリル基、Rは炭素数2から30の2価の有機基を表す)で示されるジコレステリルエステル化合物と発光性化合物を含有するレーザー発振用組成物であって、発光性化合物がコレステリル基を有することを特徴とするレーザー発振用組成物。

【図1】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−108952(P2011−108952A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264374(P2009−264374)
【出願日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】