説明

固体レーザー装置

【課題】利得が高く、高効率な短パルステラヘルツ波の発生が可能な固体レーザー装置を提供する。
【解決手段】レーザー利得媒質1と、レーザー発振器からの種光を装置へ取り込み増幅されたレーザー光パルスを装置から出力する光スイッチ3とを有する固体レーザー装置であって、レーザー利得媒質1として、イッテルビウムを添加した4フッ化ルテチウム−リチウム(LuLiF)結晶を液体窒素温度以下に冷却して用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、利得が高く、高効率な短パルステラヘルツ波の発生が可能な固体レーザー装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体レーザー装置では、装置内でレーザー光増幅に用いられるレーザー利得媒質の蛍光スペクトル強度によりレーザー増幅可能な波長が決定される。一般に、広帯域な蛍光スペクトル(例えば、イッテルビウム系の場合、10〜50nm程度)を有するレーザー利得媒質を用いると、増幅レーザー光は一様に広帯域になる。バンド幅数十ナノメートル(nm:10−9m)クラスの広帯域増幅レーザー光はその光パルス幅Δτとバンド幅Δνとのフーリエ共役の関係(Δτ・Δν=一定)から,その光パルス幅をフェムト秒(fs:10−15秒)領域まで圧縮することが可能であり、レーザー非熱加工、フェムト秒時間分解計測、高強度場物理研究等、様々な分野で応用されている。
【0003】
近年、フェムト秒レーザーを用いた非線形光学過程(差周波混合)による短パルステラヘルツ(THz:1012ヘルツ)光の発生が可能になり、リアルタイム環境計測や有害物質探査等の分野で注目されている(例えば、非特許文献1参照)。短パルステラヘルツ波を発生させるには、非線形光学結晶中で波長の異なる2つの短パルスレーザー光を混合する必要がある。
【0004】
このような波長の異なる2つの短パルスレーザー光を発生させるためには、図5に示すように、(a)に示す広帯域波長成分をレーザー増幅器で増幅後(b)、増幅フェムト秒レーザー光の持つ広帯域波長成分のうち中心部分の増幅光をカットし、2つの部分の増幅光として取り出す(c)。
【0005】
2つの波長成分を取り出すには、パルス圧縮器中に中心波長部分の増幅光を遮光するスペクトルマスクを入れてレーザー光の透過スペクトルを制限する方法(例えば、非特許文献2参照)、増幅器にエタロン等の周波数フィルター素子を挿入して中心部分を増幅中に減光しながら増幅を行う方法(例えば、非特許文献3参照)等がある。
【非特許文献1】「テラヘルツテクノロジーの将来展望」斗内 政吉、レーザー研究第33巻12号 2005年12月)
【非特許文献2】A. Sugita et. al, Japanese Journal of Applied Physics Vol.46, 226 (2007)
【非特許文献3】K. Yamakawa et. al, Optics Letters Vol.28, 2402 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記のいずれの方法も出力増幅光の大幅な減光を伴うため(図5(b)参照)、固体レーザー装置としての利得が低く、高効率な短パルステラヘルツ波の発生が期待できないという課題があった。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、利得が高く、高効率な短パルステラヘルツ波の発生が可能な固体レーザー装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、本発明の固体レーザー装置は、広帯域蛍光スペクトルを有するレーザー利得媒質を用い、かつ、当該利得媒質を温度制御することにより2つ以上の波長で同時にレーザー発振可能なことを特徴とする。
【0009】
前記レーザー利得媒質としては、イッテルビウムを添加した4フッ化ルテチウム−リチウム(LuLiF)結晶を用いることが好ましい。
【0010】
また、本発明の固体レーザー装置は、レーザー発振器から出力される広帯域レーザー光を増幅するレーザー装置であり、レーザー発振器から出力される広帯域レーザー光のスペクトル成分のうち2つ以上の波長成分を同時に増幅することが可能なことを特徴とする。
【0011】
また、周波数チャープしたレーザー光を増幅するレーザー装置であり、レーザー増幅中の利得狭帯域化を利用することにより波長分散素子を用いることなく増幅中にレーザー光のパルス幅を圧縮することが可能な固体レーザー装置とすることもできる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、減光を伴うことなく高効率に短パルステラヘルツ波を発生できる固体レーザー装置を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(固体レーザー装置)
図1に、本発明の一実施形態に係る固体レーザー装置の概略図を示す。
この固体レーザー装置10は、レーザー利得媒質1と、レーザー発振器からの種光を装置へ取り込み増幅されたレーザー光パルスを装置から出力する光スイッチ3とを有しており、レーザー再生増幅器として用いられるものである。
【0014】
(レーザー利得媒質1)
本発明で用いることができるレーザー利得媒質1としては、イッテルビウム(Yb)を添加したレーザー利得媒質が挙げられる。Ybを添加したレーザー利得媒質は一般に常温では広帯域の蛍光スペクトルを有しており、低温冷却すると蛍光スペクトル中の一部の波長の蛍光が強くなる性質がある。
【0015】
イッテルビウム(Yb)を添加したレーザー利得媒質としては、イッテルビウム添加4フッ化イットリウム−リチウム結晶(Yb:YLiF4)、イッテルビウム添加ガラス媒質(Yb:Glass)、イッテルビウム添加2フッ化カルシウム結晶(Yb:CaF2)等が挙げられるが、特に、得られる利得の高さ、蛍光ピーク波長の蛍光強度等の観点からは、現状イッテルビウム添加4フッ化ルテチウム−リチウム結晶(Yb:LuLiF4)が好ましい。
【0016】
(レーザー増幅形態)
レーザーを増幅させる形態としては、高効率高エネルギー出力を可能にする観点から、光スイッチ3により増幅媒質の利得に合わせて装置中でのレーザー媒質中での増幅回数(即ち、励起した状態のレーザー媒質を種光が通る回数)を調節できるようにするのが好ましい。再生増幅器中で種光入射に同期した任意のタイミングで動作できる光スイッチのタイミングを調節することにより、再生増幅器での種光の増幅時間(=(光の増幅器内往来全時間)/(光速度))を任意に調節することができる。増幅時間を長くするほど増幅器内でレーザー利得媒質1を通過(=増幅を受ける)する回数が増えることになる。
【0017】
(レーザー圧縮形態)
また、広帯域の周波数チャープさせたレーザー発振器からの出力光を種光として増幅を行うと、再生増幅中の利得の狭帯域化(Gain-Narrowing)により増幅中にパルス圧縮が行われる。即ち、周波数チャープさせた広帯域スペクトルを持つ種光を狭帯域な利得を持つ(=狭帯域な蛍光スペクトルを有する)レーザー利得媒質で増幅すると種光の広帯域スペクトルのうち利得のある一部分しか増幅されない。これを時間軸で見ると長い時間(〜1.2ns:ナノ秒=10秒)の種光レーザーパルスのうちの短い(数十ps:ピコ秒=1012秒)時間成分だけが10万倍位に増幅されるので、実効的に増幅時にレーザー光のパルス幅が短縮されたことになる。このため、図2に示すように、増幅後に回折格子対等のパルス圧縮器(図5参照)を用いることなく直接高エネルギー短パルスが得られるため高効率なレーザー装置の構築が可能になる。
【0018】
また、図1に示す固体レーザー装置10において、発振器からの種光を入力せずに、装置内で液体窒素温度に冷却したレーザー利得媒質1からの蛍光により自然発生したレーザー光を種光として自発的にパルスレーザー発振させることもできる。
【0019】
(本実施形態の効果)
常温では広帯域の蛍光スペクトルを有するが、低温冷却することにより広帯域中の2つ以上の波長により高い蛍光断面積を持つように特性が変化するレーザー結晶を増幅器のレーザー利得媒質として用いることにより、周波数フィルターを用いることなく2つ以上の波長の異なる短パルスレーザー光の発生が可能になる。
【0020】
発生した短パルスレーザー光は大幅な減光を伴うスペクトル制御を行うことなく直接短パルステラヘルツ波発生に用いることができるため、高効率でコンパクトテラヘルツ波装置の開発が可能になる。
【0021】
(本発明の他の態様)
本発明の固体レーザー装置は、以下のように構成することもできる。
【0022】
(1)温度制御されたイッテルビウム添加レーザー利得媒質を用いることにより、レーザー発振器から出力される種光レーザーパルスの2つ以上の波長成分を同時に増幅することを特徴とする固体レーザー装置。
【0023】
(2)前記レーザー発振器から出力された周波数チャープさせた出力光をレーザー増幅中に、利得狭帯域化を利用することによりレーザー光のパルス幅を圧縮することを特徴とする(1)の固体レーザー装置。
【0024】
(3)温度制御されたイッテルビウム添加レーザー利得媒質と、レーザー発振器からの種光を装置へ取り込み増幅されたレーザー光パルスを装置から出力する光スイッチとを有することを特徴とする(1)乃至(2)のいずれかの固体レーザー装置。
【0025】
(4)前記イッテルビウム添加レーザー利得媒質として、イッテルビウムを添加した4フッ化ルテチウム−リチウム(LuLiF)結晶を用いることを特徴とする(1)、(2)乃至(3)のいずれかの固体レーザー装置。
【0026】
(5)温度制御されたイッテルビウム添加レーザー利得媒質を用いることにより、10nm以上50nm未満の帯域のスペクトル成分のうち、2つ以上の波長成分で同時にレーザー発振することを特徴とする固体レーザー装置。
【0027】
(6)前記イッテルビウム添加レーザー利得媒質として、液体窒素温度以下に低温冷却したイッテルビウムを添加した4フッ化ルテチウム−リチウム(LuLiF)結晶を用いることを特徴とする(5)の固体レーザー装置。
【実施例1】
【0028】
イッテルビウムを20%添加した4フッ化ルテチウム−リチウム(Yb:LuLiF)結晶を液体窒素温度(77K)に冷却した。Yb:LuLiF結晶は、図3に示すように、液体窒素温度のπ偏光蛍光において999nmと1024nmの2波長で蛍光断面積がそれぞれ10倍、4倍に増加することを確認した。このため、図1に示す固体レーザー装置10のレーザー利得媒質1として適した結晶の一つであることが判明した。
【実施例2】
【0029】
モードロック発振器(中心波長999nmまたは1024nm(可変)、帯域15nm、パルス幅100fs)からのレーザーパルスを光ファイバーで1.2nsまで周波数チャープさせ、種光として図1に示す固体レーザー装置10に入力し、液体窒素温度(77K)で冷却したイッテルビウム20%添加LuLiF結晶をレーザー利得媒質1として用いてπ偏光方向で増幅した。最初の999nmに種光波長をセットした増幅実験では999nm波長での増幅を確認し、最大出力エネルギー6mJが得られた。増幅光は増幅と同時に増幅媒質の利得特性による狭帯域化(Gain-Narrowing)によるパルス圧縮を受けており、増幅光のパルス幅として13.2psが得られた。またモードロック発振器の中心波長を1024nmにして増幅器励起用レーザーダイオード(LD)からの励起光の集光強度を下げると1024nmの増幅光が得られ、最大エネルギー及びパルス幅はそれぞれ8.5mJ、27.4psであった。
【実施例3】
【0030】
図1に示す固体レーザー装置10において、発振器からの種光を入力せずに、装置内で液体窒素温度に冷却したレーザー利得媒質1からの蛍光により自然発生したレーザー光を種光として自発的にパルスレーザー発振実験を行った。
【0031】
レーザー利得媒質1での励起光集光強度を前述の実施例2での発振実験の中間程度の6.9kW/cm以上にすると、図4に示すように、999nm及び1024nmの2波長の同時増幅が見られた。このことから、999nm及び1024nmの2つの波長をカバーするより広帯域なレーザー発振器からの周波数チャープさせたレーザー光を種光として用いると、2波長短パルスが同時に増幅されることが解った。 また、高輝度の999nmと1024nmの光パルスをタイミングを合わせて重ね合わせると遠赤外光パルス(テラヘルツ波)が発生し、テラヘルツ波の波長は結晶の種類等に依存せず、エネルギー保存則から重ね合わせる光パルスの周波数の差となるため、(300.3THz(999nm)−293.0THz(1024nm)=7.3THz(41096nm)となる)、この2波長のレーザー光を非線形結晶中で差周波混合することにより7.3THzの短パルステラヘルツ波が高効率で発生可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施形態に係る固体レーザー装置を示す概略図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る固体レーザー装置の作用を示す概略図である。
【図3】実施例1でのYb:LuLiF結晶の蛍光及び吸収断面積を示すグラフである。
【図4】実施例3での2波長同時増幅時の増幅光スペクトルを示すグラフである。
【図5】従来例の固体レーザー装置を示す概略図である。
【符号の説明】
【0033】
1 レーザー利得媒質
3 光スイッチ
10 固体レーザー装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
広帯域蛍光スペクトルを有するレーザー利得媒質を用い、かつ、当該利得媒質を温度制御することにより2つ以上の波長で同時にレーザー発振可能なことを特徴とする固体レーザー装置。
【請求項2】
レーザー利得媒質にイッテルビウムを添加したことを特徴とする請求項1記載の固体レーザー装置。
【請求項3】
レーザー利得媒質に4フッ化ルテチウム−リチウム(LuLiF)結晶を用い、かつ、イッテルビウムを添加したことを特徴とする請求項1記載の固体レーザー装置。
【請求項4】
レーザー発振器から出力される広帯域レーザー光を増幅するレーザー装置であり、レーザー発振器から出力される広帯域レーザー光のスペクトル成分のうち2つ以上の波長成分を同時に増幅することが可能なことを特徴とする固体レーザー装置。
【請求項5】
周波数チャープしたレーザー光を増幅するレーザー装置であり、レーザー増幅中の利得狭帯域化を利用することにより波長分散素子を用いることなく増幅中にレーザー光のパルス幅を圧縮することが可能な請求項4記載の固体レーザー装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−272396(P2009−272396A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−120278(P2008−120278)
【出願日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年3月1日にインターネットアドレス(http://ol.osa.org/abstract.cfm?uri=ol−33−5−494)にて発表 平成20年3月30日に(社)応用物理学会主催の第55回応用物理学関係連合講演会にて発表
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】