説明

固体高分子型燃料電池用のセパレータ

【課題】高い耐食性を有し、接触電気抵抗が低い固体高分子型燃料電池用のセパレータを提供すること。
【解決手段】金属母材上に、Crを含む金属結合相と、硼化物または/および炭化物を含む硬質相粒子とからなるサーメット層を有し、前記サーメット層の最表層の少なくとも一部に、Crを主成分とする不動態皮膜が形成されていることを特徴とする固体高分子型燃料電池用のセパレータ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池用のセパレータに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体高分子型燃料電池に用いるセパレータとしては、熱硬化性樹脂とカーボン粉末を混合して焼成してなるカーボン製のセパレータが主に使用されていた。しかし、カーボン製のセパレータは、熱硬化性樹脂とカーボン粉末とを焼成する際に生じるセパレータの反りや、ガス漏れが発生するという問題、さらには、製造コストが高いという問題などがある。一方、厚さが薄くても優れた強度が得られ、さらには、プレス加工のような簡単な方法で製造可能であり、製造工程の簡略化、生産性の向上、製造コストの削減が図れるという点より、固体高分子型燃料電池用のセパレータとして金属板の使用が検討されている。
【0003】
たとえば、特許文献1には、ステンレス鋼表面に、導電性を有するM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系金属介在物のうちの1種以上が分散、露出してなる固体高分子型燃料電池のセパレータ用ステンレス鋼が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、ステンレス鋼、または、アルミニウムとチタンとから選ばれる1種以上を80重量%以上含む金属からなる基体の表面に、導電性セラミックスを分散して含む金属皮膜が形成されてなる固体高分子型燃料電池のセパレータが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−193206号公報
【特許文献2】特開平11−162479号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1の技術は、基材となるステンレス鋼中に、炭化物系金属介在物、硼化物系金属介在物を含有させるものであり、そのため、加工性や強度の点より、炭化物系金属介在物、硼化物系金属介在物を形成することとなる、炭素や硼素の含有量を増加させることができず、結果として、導電性が不十分となってしまうという問題があった。
【0007】
さらに、上記特許文献1においては、その表面における耐食性を向上させるために、Crを添加し、熱処理によりCrを表面に析出する点についても言及されているが、熱処理によりCrが硼素または炭素に取り込まれてしまい、Cr欠乏層が生じてしまい、かえって耐食性が低下してしまうという問題がある。そのため、特許文献1の技術では、このような問題を回避するために、熱処理条件を高度に制御する必要があり、結果として、製造コストが増大してしまうという問題もあった。
【0008】
また、上記特許文献2の技術は、基体の表面に、導電性セラミックスを分散して含む金属皮膜を形成する際には、導電性セラミックスを分散させためっき液を用いためっき法により形成するものである。そして、この特許文献2のように、めっき法により金属皮膜を形成する場合には、導電性セラミックスの含有割合を、たとえば、60重量%以上と比較的多くすると、得られる金属皮膜の密着性が極めて低くなってしまい、金属皮膜が脱落してしまうという問題があり、そのため、導電性セラミックスの含有割合を増加させることができず、結果として、導電性が不十分となってしまうという問題があった。
【0009】
加えて、上記特許文献2のように、めっき法により、導電性セラミックスを分散して含む金属皮膜を形成した場合には、得られる金属皮膜は緻密性が低く、ポアが多数存在してしまい、そのため、耐食性に劣るという問題もあった。これに対し、耐食性を向上させるために、Ni−Crめっきにより、金属皮膜中にCrを含有させる方法も考えられるが、そもそもNi−Crめっきは制御が難しい技術であり、ましてや、導電性セラミックスを分散させた状態で、Ni−Crめっきを行うことは極めて困難であり、そのため製造工程上現実的ではない。
【0010】
本発明はこのような実状に鑑みてなされたものであり、高い耐食性を有し、接触電気抵抗が低い固体高分子型燃料電池用のセパレータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、金属母材上に、Crを含む金属結合相と、硼化物および/または炭化物を含む硬質相粒子とからなるサーメット層を形成し、かつ、該サーメット層の最表層の少なくとも一部に、Crを主成分とする不動態皮膜を形成してなる固体高分子型燃料電池用のセパレータにより、上記目的を達成できることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明によれば、金属母材上に、Crを含む金属結合相と、硼化物および/または炭化物を含む硬質相粒子とからなるサーメット層を有し、前記サーメット層の最表層の少なくとも一部に、Crを主成分とする不動態皮膜が形成されていることを特徴とする固体高分子型燃料電池用のセパレータが提供される。
【0013】
好ましくは、前記サーメット層が溶射法により形成されたものである。
【0014】
好ましくは、前記サーメット層における前記硬質相粒子の含有比率が、40〜95重量%である。
【0015】
好ましくは、前記硬質相粒子が、MoFeB型の硼化物、MoNiB型の硼化物、WC型の炭化物、およびCr型の炭化物のうち少なくとも1種を含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高い耐食性を有し、接触電気抵抗が低い固体高分子型燃料電池用のセパレータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、実施例および比較例における体積抵抗率の測定結果を示す図である。
【図2】図2は、実施例および比較例におけるアノード分極測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータについて説明する。
本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータは、金属母材上に、Crを含む金属結合相と、硼化物および/または炭化物を含む硬質相粒子とからなるサーメット層を有し、前記サーメット層の最表層の少なくとも一部に、Crを主成分とする不動態皮膜が形成されていることを特徴とする。
【0019】
<硬質相粒子>
本発明に係るサーメット層を構成する硼化物および/または炭化物を含む硬質相粒子は、高い導電性を有するものであり、そのため、硬質相粒子がサーメット層中において、電気の通り道として作用し、これにより、本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータの接触電気抵抗を低くすることができる。
【0020】
硬質相粒子が硼化物を含むものである場合における、硼化物としては、特に限定されないが、たとえば、MB型、MB型、MB型、M型、MM’B型の硼化物(Mは金属原子を表し、また、M’はMとは異なる金属原子を表す。)が挙げられ、具体的には、CrB型、MoB型、CrB型、MoB型、ZrB型、TiB型、Mo型、MoFeB型、およびMoNiB型の硼化物が挙げられる。これらのなかでも、溶射時に高温に晒されても組織が安定であるという点より、MoFeB型、およびMoNiB型の硼化物が好ましい。
【0021】
硬質相粒子としてのMoFeB型の硼化物としては、Moの一部が、W,Nb,Zr,Ti,Ta,Hfなどの他の元素で置換されたものであってよく、さらには、Feの一部が、Ni,Cr,V,Coなどの他の元素で置換されたものであってもよい。同様に、MoNiB型の硼化物としては、Moの一部が、W,Nb,Zr,Ti,Ta,Hfなどの他の元素で置換されたものであってよく、さらには、Niの一部が、Fe,Cr,V,Coなどの他の元素で置換されたものであってもよい。ここで、本発明に係るサーメット層は、マトリックスを形成する金属結合相中にCrを含有してなるものであるため、硬質相粒子としてのMoFeB型、およびMoNiB型の硼化物は、通常、Feの一部およびNiの一部が、Crにより置換されたものとなる。
【0022】
硬質相粒子が硼化物を含むものである場合における、サーメット層中の硬質相粒子の含有比率は、好ましくは40〜95重量%であり、より好ましくは60〜95重量%である。硬質相粒子としての硼化物の含有比率を上記範囲とすることにより、本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータを、耐食性に優れたものとしながら、高い導電性を有するものとすることができる。硬質相粒子としての硼化物の含有比率が低すぎると、導電性が不十分となるおそれがあり、一方、含有割合が高すぎると、緻密な皮膜が得られないおそれがある。
【0023】
また、硬質相粒子が炭化物を含むものである場合における、炭化物としては、特に限定されないが、たとえば、M23型、MC型、M型、MC型、MC型の炭化物(Mは金属原子を表す。)が挙げられ、具体的には、Cr23型、BC型、Cr型、MoC型、WC型、WC型の炭化物が挙げられる。
【0024】
硬質相粒子が炭化物を含むものである場合における、サーメット層中の硬質相粒子の含有比率は、好ましくは75〜95重量%であり、より好ましくは86〜95重量%である。硬質相粒子としての炭化物の含有割合を上記範囲とすることにより、本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータを、耐食性に優れたものとしながら、高い導電性を有するものとすることができる。硬質相粒子としての炭化物の含有割合が低すぎると、導電性が不十分となるおそれがあり、一方、含有割合が高すぎると、サーメット層中にポア等の欠陥を生じてしまい緻密性が低下してしまうおそれがある。
【0025】
<金属結合相>
本発明に係るサーメット層を構成する金属結合相は、少なくともCrを含み、上述した硬質相粒子を結合するためのマトリックスを形成する相である。本発明において、金属結合相は、Crを含有するものであるため、これにより、サーメット層の最表面にCrを主成分とする不動態皮膜を形成することができる。そして、サーメット層の最表面にCrを主成分とする不動態皮膜が形成されていることにより、サーメット層の最表面における耐食性、すなわち、本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータの耐食性を優れたものとすることができる。
【0026】
金属結合相としては、少なくともCrを含有するものであればよく、特に限定されないが、Fe−Cr合金、Fe−Cr−Ni合金、Ni−Cr合金、Ni−Cr−Mo合金、またはCo−Cr合金を主成分とするものが好ましい。たとえば、硬質相粒子がMoFeB型の硼化物を含むものである場合には、金属結合相としては、Fe−Cr合金やFe−Cr−Ni合金を主成分とするものが好ましく、硬質相粒子がMoNiB型の硼化物を含むものである場合には、金属結合相としては、Ni−Cr合金やNi−Cr−Mo合金を主成分とするものが好ましい。また、硬質相粒子がWC型の炭化物を含むものである場合には、金属結合相としては、Ni−Cr合金やCo−Cr合金を主成分とするものが好ましい。
【0027】
なお、サーメット層の最表面に形成されるCrを主成分とする不動態皮膜としては、Crを主体とし、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質中に含有される硫酸水溶液などの腐食性の液体に対して、不動態として作用するものであればよく特に限定されないが、たとえば、Crの酸化物などが挙げられる。たとえば、不動態皮膜がCrの酸化物である場合には、主として金属結合相に含有されるCrのうち最表層部分に存在するものを酸化させることにより形成することができる。
【0028】
<サーメット層の組成>
本発明に係るサーメット層の組成は、たとえば、硬質相粒子がMoFeB型の硼化物を含むものであり、かつ、金属結合相がFe−Cr合金を主成分とするものである場合には、B:3.5〜6.5重量%、Mo:30〜65重量%、Cr:7.5〜40重量%、Ni:1〜15重量%、Fe:残部であることが好ましい。
【0029】
B(ホウ素)は、硬質相粒子となる硼化物を形成するための元素である。Bの含有割合が低すぎると、硬質相粒子の含有割合が低くなってしまい、これにより耐摩耗性が低下するおそれがある。一方、Bの含有割合が高すぎると、硬質相粒子同士の接触率が高くなってしまい、結果として、機械的強度が低下してしまう。
【0030】
Mo(モリブデン)は、Bとともに、硬質相粒子となる硼化物を形成するための元素であるとともに、Moの一部は金属結合相に固溶し、これにより耐食性を向上させる効果を有する。Moの含有割合が低すぎると、耐摩耗性および耐食性が低下するおそれがある。一方、Moの含有割合が高すぎると、第3相を形成し、機械的強度が低下してしまう。
【0031】
Fe(鉄)は、B,Moとともに、硬質相粒子となる硼化物を形成するための元素であるとともに、金属結合相の主成分を構成する。Fe含有量が10重量%未満の場合は、十分な液相が出現せず緻密なサーメット層が得られず、強度の低下を招く。なお、B,Mo,Cr,Ni等の元素の合計量が90重量%を越えてしまい、Feを10重量%含有できない場合には、いうまでもなく、各元素の許容される重量%の範囲内において、その量を減じて、残部に10重量%以上のFeを確保する。一方、多すぎると、耐摩耗性および耐食性が低下するおそれがある。
【0032】
Ni(ニッケル)およびCr(クロム)は、いずれも本発明のサーメット層の耐食性および耐酸化性を向上させる効果を示し、特に、Crは、硼化物中のFeと置換固溶するとともに金属結合相中にも固溶し、サーメット層の最表層において、不動態皮膜を形成することで、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質中に含有される硫酸水溶液などの腐食性を有する材料に対する耐食性を向上させることができる。
【0033】
あるいは、硬質相粒子が、MoNiB型の硼化物を含むものであり、かつ、金属結合相がNi−Cr合金を主成分とするものである場合には、B:3.5〜6.5重量%、Mo:30〜64重量%、Cr:7.5〜40重量%、Ni:残部であることが好ましい。
【0034】
硬質相粒子が、MoNiB型の硼化物を主成分とするものであり、結合相がNi基合金を主成分とするものである場合においても、B,Moは、上記と同様に作用する。
【0035】
Niは、BおよびMo同様に、硼化物を形成するために必要な元素である。また、金属結合相を構成する主な元素であり、優れた耐食性に寄与する。Ni含有量が10重量%未満の場合は、十分な液相が出現せず緻密なサーメット層が得られず、強度の低下を招く。なお、B,Mo,Cr等の元素の合計量が90重量%を越えてしまい、Niを10重量%含有できない場合には、いうまでもなく、各元素の許容される重量%の範囲内において、その量を減じて、残部に10重量%以上のNiを確保する。
【0036】
Crは、硼化物中のNiと置換固溶するとともに金属結合相中にも固溶し、サーメット層の最表層において、不動態皮膜を形成することで、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質中に含有される硫酸水溶液などの腐食性を有する材料に対する耐食性を向上させることができる。
【0037】
さらに、硬質相粒子が、WC型の炭化物を含むものであり、かつ、金属結合相がCo−Cr合金を主成分とするものである場合には、WC:75〜95重量%、Co−Cr合金(金属結合相):5〜25重量%であることが好ましい。
【0038】
WC(タングステンカーバイド)は、サーメット層中において、硬質相粒子を構成し、導電率を向上させる効果を示す。WC含有量が75重量%未満では効果が低く、WC含有量が95重量%を超えると十分な液相が出現せず緻密なサーメット層が得られなくなるおそれがある。
【0039】
Co(コバルト)は、金属結合相の主成分を構成する。Co−Cr合金からなる金属結合相の含有量が5重量%未満の場合は、十分な液相が出現せず緻密なサーメット層が得られなくなる恐れがあり、Co−Cr合金からなる金属結合相の含有量が25重量%を超えると導電性の向上効果が期待できないおそれがある。
【0040】
Crは、金属結合相中に固溶し、サーメット層の最表層において、不動態皮膜を形成することで、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質中に含有される硫酸水溶液などの腐食性を有する材料に対する耐食性を向上させることができる。
【0041】
<金属母材>
金属母材としては、特に限定されないが、鋼板、ステンレス鋼板、Al板、Al合金板、Ti板、Ti合金板、Cu板、Cu合金板、Ni板、Ni合金板などを、特に制限なく用いることができる。
【0042】
<固体高分子型燃料電池用のセパレータの製造方法>
本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータは、所定形状に加工された金属母材の固体高分子電解質と対峙する面に、上述したサーメット層を形成することにより製造される。
【0043】
本発明においては、金属母材上にサーメット層を形成する際には、サーメット層を構成する金属粉末を金属母材表面に溶射する溶射法により形成することが好ましい。サーメット層を溶射法により形成することにより、得られるサーメット層をポアの少ない緻密性の高い層とすることができ、その結果、耐食性をより向上させることができる。さらには、サーメット層を溶射法により形成することにより、サーメット層にCrを含有させ、かつ、サーメット層中における硬質相粒子の含有比率を40〜95重量%と比較的多いものとした場合でも、金属母材との密着性に優れた良好なサーメット層を得ることができ、したがって、得られるサーメット層を、金属母材との密着性を良好なものとしながら、高い導電性を有するものとすることができる。加えて、溶射法により形成されたサーメット層は、溶射直後の温度が高く(たとえば、100〜300℃)、そのため、大気中などの酸化性雰囲気で常温まで冷却させることで、冷却の過程において、サーメット層の最表面にCrを主成分とする不動態皮膜を比較的容易に形成することができる。
【0044】
溶射法としては、サーメット層形成時の熱影響が小さいフレーム溶射、高速フレーム溶射のいずれを採用してもよいが、溶射する金属粉末の速度が速く緻密な膜が形成できるという点より、高速フレーム溶射が好ましく、特に、水冷式高速フレーム溶射(水冷式HP/HVOF)がより好ましい。
【0045】
水冷式高速フレーム溶射は、溶射ガンの冷却を冷却水を用いて行なうものであり、燃焼室を有し、これによりフレームの燃焼圧力が高められたものであり、そのため、燃焼室を有さないエアー冷却式の高速フレーム溶射などと比較して、フレーム速度が速く、これにより、粉末粒子速度を速くすることができるものである。そのため、水冷式高速フレーム溶射によれば、エアー冷却式の高速フレーム溶射などと比較して、フレーム温度を低くすることができ、得られるサーメット層の酸化物量を低減することができるものである。具体的には、水冷式高速フレーム溶射によれば、得られるサーメット層の酸化物量を、好ましくは10面積%以下に低減することができる(エアー冷却式の高速フレーム溶射では、サーメット層の酸化物量は、通常、10面積%超、15面積%以下程度となる。)。そして、このように、水冷式高速フレーム溶射を用い、これにより、得られるサーメット層の酸化物量を低減できることにより、得られるサーメット層の耐食性をより向上させることが可能となる。なお、水冷式の高速フレーム溶射機としては、たとえば、「PRAXAIR/TAFA製 JP−5000」などが挙げられ、また、エアー冷却式の高速フレーム溶射機としては、たとえば、「METALLIZING EQUIPMENT CO. PVT. LTD社製、HIPOJET−2100」などが挙げられる。
【0046】
なお、溶射法により、サーメット層を構成する金属粉末を溶射する際には、予めサーメット層を構成する金属粉末を、振動ボールミルなどにより有機溶媒中で湿式混合粉砕した後、スプレードライヤーによる造粒、焼結(1150℃で1時間程度)を行い、その後分級することで、溶射用粉末を得て、得られた溶射用粉末を金属母材上に溶射することが好ましい。なお、分級後の溶射用粉末の粒径は5〜100μmであることが好ましい。
【0047】
この場合における、金属粉末の湿式混合粉砕は、焼結時における硬質相形成反応を迅速、かつ十分に行わせるために、振動ボールミルで粉砕した後の粉末の平均粒径が、0.2〜5μmとなるような条件とすることが好ましい。平均粒径が0.2μm未満となるまで粉砕しても、微細化による効果向上が少ない一方で、粉砕に長時間を要してしまい、結果として生産性が低下してしまう。一方、平均粒径が5μm、を超えると、硬質相形成反応が迅速に進行せず、焼結時における硬質相粒子の粒径が大きくなり、得られるサーメット層が脆くなるおそれがある。
【0048】
金属粉末の焼結を行なう際における焼結条件は、合金組成により異なるが、たとえば、硬質相粒子がMoFeB型の硼化物を含むものであり、かつ、金属結合相がFe−Cr合金を主成分とするものや、MoNiB型の硼化物を主成分とするものであり、かつ、結合相がNi基合金を主成分とするものである場合には、好ましくは1000〜1250℃、より好ましくは1100〜1200℃の温度で、30〜90分間の条件で行なうことが好ましい。1000℃未満では焼結による硬質相形成反応が十分に進行しないおそれがあり。一方、1250℃を超えると過剰の液相を生じてしまい、得られる溶射用粉末が固まりすぎて粗大化を生じてしまい、溶射用粉末として取りだすのが困難となるので好ましくない。
【0049】
また、金属粉末の焼結を行なう際における昇温速度は、好ましくは0.5〜60℃/分であり、より好ましくは1〜30℃/分である。昇温速度が遅すぎると、目標温度に到達するまでに長時間を要してしまい、結果として生産性が低下してしまう。一方、昇温速度が速すぎると、焼結炉の温度コントロールが著しく困難になり、製造コストが増加してしまうおそれがある。
【0050】
なお、溶射法により金属母材表面に、サーメット層を形成する際には、サーメット層と金属母材との密着性をより向上させるために、金属母材のサーメット層を形成する表面を予め粗面化しておいてもよい。なお、粗面化の方法としては、たとえば、ショットブラストなどが挙げられる。
【0051】
このようにして形成されるサーメット層の厚みは、好ましくは20μm〜0.5mm、より好ましくは20μm〜0.3mmである。サーメット層の厚みが薄すぎると、耐食性の向上効果が不十分となるおそれがあり、一方、厚すぎると、抵抗の増大や、密着力の低下が起こるおそれがある。
【0052】
また、サーメット層中に含有される硬質相粒子の平均粒子径は、好ましくは、0.5〜10μmである。硬質相粒子の平均粒径が0.5μm未満であると、単位面積当たりの硬質相粒子の数が増加し、硬質相粒子の分散性の制御が困難となり、硬質相粒子の凝集が発生し、このような凝集部分において強度が著しく低下してしまうという不具合を生じてしまう。一方、硬質相粒子の平均粒径が10μmを超えると、単位面積当たりの硬質相粒子の数が減少してしまい、これにより、硬質焼結合金の表面における結合相の面積が大きくなってしまい、その結果、結合相が塑性変形し易くなり、強度が著しく低下してしまうという不具合を生じてしまう。なお、硬質相粒子の平均粒径は、たとえば、硬質相粒子の円相当径を算出し、算出した円相当径の平均値を演算することにより測定することができる。
【0053】
本発明の固体高分子型燃料電池用のセパレータは、Crを含む金属結合相と、硼化物または/および炭化物を含む硬質相粒子とからなるサーメット層を有し、かつ、サーメット層の最表層の少なくとも一部に、Crを主成分とする不動態皮膜が形成されてなるものであるため、Crを主成分とする不動態皮膜により高い耐食性、特に、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質中に含有される硫酸水溶液に対する高い耐食性を実現しながら、硬質相粒子により、接触電気抵抗を低く抑えることができるものである。
【実施例】
【0054】
以下に、実施例を挙げて、本発明についてより具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0055】
<実施例1>
配合組成が、B:5重量%、Mo:51重量%、Cr:17.5重量%、Ni:残部となるように、原料粉末を配合し、これをアセトン中で、振動ボールミルを用いて25時間湿式混合粉砕を行なった。次いで、湿式混合粉砕を行なった原料粉末を、窒素雰囲気中で、150℃、18時間乾燥して粉砕粉末を得た。次に、湿式粉砕した粉末をスプレードライヤーによって造粒し、造粒した粉末を1150℃、1時間保持の条件にて熱処理を行った後、粉末を解砕し、分級し、溶射用のサーメット粉末を得た。
【0056】
そして、上記とは別に、表面をショットブラストにより粗面化したステンレス鋼(SUS316L)を準備し、ステンレス鋼の表面に上記にて調製した溶射用のサーメット粉末を溶射して、ステンレス鋼の両面に、厚さ0.3mmの溶射サーメット層を形成することで、評価用試料を得た。なお、本実施例では、水冷式の高速フレーム溶射機として、PRAXAIR/TAFA製 JP−5000)を用い、また、溶射条件は表1に示すとおりとした。
【0057】
導電性評価
上記にて得られたセパレータ試料の両面を、固体高分子型燃料電池用のカーボンペーパーで挟み込み、両面から100kgfの荷重をかけた状態で、4端子法により抵抗値を測定した後、体積抵抗率を算出した。なお、本実施例では、未酸化処理条件に加え、大気中にて、100℃で12時間酸化処理を行なった試料、同様に、24時間酸化処理を行なった試料、および48時間酸化処理を行なった試料について、室温にて抵抗値を測定した後、体積抵抗率を算出することで、導電性の評価を行った。体積抵抗率の測定結果を表2および図1に示す。
【0058】
耐食性評価
上記にて得られたセパレータ試料について、0.5M硫酸水溶液中でアノード分極測定を行なうことで、耐食性の評価を行った。なお、測定条件は、温度:20℃、電圧走査範囲:1.0Vまで、電圧走査速度:20mV/min.とした。結果を図2に示す。
【0059】
<実施例2>
配合組成を、B:5重量%、Mo:35.5重量%、Cr:37.5重量%、Ni:残部とし、造粒工程までは実施例1と同様の工程で行い、造粒した粉末を1200℃、1時間保持の条件にて熱処理を行った後、粉末を解砕し、溶射用のサーメット粉末を得た。得られた溶射用のサーメット粉末を用いて、実施例1と同様にして評価用の溶射材試料を作製し、実施例1と同様に、導電性および耐食性の評価を行った。結果を表2、図1、図2に示す。
【0060】
<実施例3>
溶射用のサーメット粉末として、配合組成が、WC:86重量%、Co:10重量%、Cr:4重量%である粉末(商品名「1350VM」、日本ユテク株式会社製)を使用し、溶射条件を表1に示す条件とした以外は、実施例1と同様にして、評価用試料を作製し、実施例1と同様に、導電性および耐食性の評価を行った。結果を表2、図1、図2に示す。
【0061】
<実施例4>
溶射用のサーメット粉末として、配合組成が、WC:73重量%、Cr:20重量%、Ni:7重量%である粉末(商品名「81972J」、日本ユテク株式会社製)を使用し、溶射条件を表1に示す条件とした以外は、実施例1と同様にして、評価用試料を作製し、実施例1と同様に、導電性および耐食性の評価を行った。結果を表2、図1、図2に示す。
【0062】
<比較例1>
サーメット層を形成していないステンレス鋼(SUS316L)を評価用試料として、実施例1と同様に、導電性および耐食性の評価を行った。結果を表2、図1、図2に示す。
【0063】
<比較例2>
サーメット層を形成していないステンレス鋼(SUS304)を評価用試料として、実施例1と同様に、耐食性の評価を行った。結果を図2に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
【表2】

【0066】
<評価>
表1、図1の結果より、本発明所定のサーメット層を形成した実施例1〜4においては、未酸化処理条件、100℃で12時間、24時間、48時間酸化処理を行なったいずれの試料も体積抵抗率が低く、良好な結果となった。特に、固体高分子型燃料電池の作動温度は、通常、約100℃であり、実施例1〜4においては、100℃の条件で長時間酸化処理を行なっても、体積抵抗率を低く保つことができ、固体高分子型燃料電池用のセパレータとして好適であるといえる。
一方、本発明所定のサーメット層を形成していないステンレス鋼を用いた比較例1においては、100℃で酸化処理を行なうと、体積抵抗率が増大してしまう結果となった。
さらに、図2(図2(A)および図2(B))の結果より、本発明所定のサーメット層を形成した実施例1〜4においては、アノード分極測定における電流密度が、本発明所定のサーメット層を形成していないステンレス鋼を用いた比較例1,2と同等程度に抑えられており、いずれも耐食性に優れる結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属母材上に、Crを含む金属結合相と、硼化物および/または炭化物を含む硬質相粒子とからなるサーメット層を有し、前記サーメット層の最表層の少なくとも一部に、Crを主成分とする不動態皮膜が形成されていることを特徴とする固体高分子型燃料電池用のセパレータ。
【請求項2】
前記サーメット層が溶射法により形成されたものであることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子型燃料電池用のセパレータ。
【請求項3】
前記サーメット層における前記硬質相粒子の含有比率が、40〜95重量%であることを特徴とする請求項1または2に記載の固体高分子型燃料電池用のセパレータ。
【請求項4】
前記硬質相粒子が、MoFeB型の硼化物、MoNiB型の硼化物、WC型の炭化物、およびCr型の炭化物のうち少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の固体高分子型燃料電池用のセパレータ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−101796(P2013−101796A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−244142(P2011−244142)
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(390003193)東洋鋼鈑株式会社 (265)
【Fターム(参考)】