説明

固体高分子形燃料電池ガス拡散層

【課題】従来の技術における問題点に鑑み、低コスト性、高導電性、高ガス透過性および十分な機械的強度を有するガス拡散層を提供する。
【解決手段】ガス拡散層は、マイクロポーラス層30,31と、該マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層35,36とを含んでなる構造の固体高分子形燃料電池ガス拡散層とし、電極反応を均質化させるために燃料ガス50や酸素含有ガス51を十分に拡散させる機能を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池(高分子電解質形燃料電池:PEFC)ガス拡散層およびこれを用いた固体高分子形燃料電池に関係する。
【背景技術】
【0002】
水素と酸素を利用する燃料電池は、その反応生成物が原理的に水だけであることから、環境負荷の少ないクリーンなエネルギー発生手段として注目されている。なかでも固体高分子形燃料電池は、取り扱いが容易であり、高出力密度化が期待できるとして研究活動や実用化に向けた試みが活発になっている。その応用分野は幅広く、例えば自動車やバスといった移動体の動力源や、一般家庭における定置用電源、あるいは小型携帯端末の電源などが挙げられる。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、多数の単セルをスタックすることによって構成されており、各単セルは、典型的には図1に示すような構造をしている。すなわち高分子電解質膜(イオン交換膜)10が両側から一対の触媒電極層20、21で挟まれており、さらにこれら触媒電極層20、21は両側から一対のガス拡散層(多孔質支持層、炭素繊維質集電層ともいう)40、41で挟まれており、これらガス拡散層40、41の外側は、セパレータ60、61によって形成されるガス流路(燃料ガス流路50、酸素含有ガス流路51)に向けて開放されている。そして流路50から導入された燃料ガス(H2など)は、第1のガス拡散層(アノード側ガス拡散層)40を通過して第1の触媒電極層(アノード、燃料極)20で下記に示すアノード電極反応によって電子を放出しながらプロトン(H+)を生成する。そして、このプロトンは高分子電解質膜10を通過して第2の触媒電極層(カソード、酸素極)21で、下記に示すカソード電極反応によって電子を受け取ってH2Oを生成するようになっている。
アノード電極反応: H2 → 2H+ + 2e-
カソード電極反応: 1/2O2 + 2H+ + 2e- → H2
【0004】
上記ガス拡散層40、41は、触媒電極層20、21および高分子電解質膜10の表面に燃料ガスや空気や水蒸気を導くと共に、発生した電流を取り出すために、高いガス拡散性能(透湿性を含む)と高い導電性とが共に要求される。
従来のガス拡散層は、炭素繊維と結着剤を主成分とした前駆体からなる、カーボンペーパー、カーボンクロス、カーボンフェルトなどを基材として用いており、高いガス拡散性能と高い導電性や透湿性を確保している。しかしながら、これらの炭素繊維から成る基材は、2000℃近い高温の不活性雰囲気下で焼成をするなど作製プロセスの複雑さゆえに非常に高価になってしまい、固体高分子形燃料電池の低コスト化の障壁になっている。
【0005】
特許文献1(特開2009-176622)が、導電性およびガス透過性が共に高く、高い機械的強度を有するガス拡散層として、炭素繊維と、その炭素繊維を相互に接合する導電性ポリマーと、その導電性ポリマーを覆う熱硬化性樹脂とを含む、多孔質のガス拡散層を提案している。特許文献1のガス拡散層では、導電性ポリマーをバインダーとして使用することで、高温の焼成工程などを省くことが可能である。これにより、低コストでガス拡散層を作製することができると述べられている。
【0006】
特許文献2(特開2006-252948)は、十分な機械強度を有し、自立して扱うことのできる湿度調整フィルムを開示している。この湿度調整フィルムは、導電性炭素質粉末とポリテトラフルオロエチレンの混合物を予めフィルム化したものである。このフィルムは、その透湿度と厚さを特定の範囲に制御して、触媒電極層とガス拡散層との間に挟み込んで使用される。この湿度調整フィルムは、ガス拡散層の一部として自立して扱うことができ、且つ幅広い運転条件で湿度を調整することができるので、固体高分子形燃料電池のドライアップとフラッディングの両方を防止できると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−176622号明細書
【特許文献2】特開2006−252948号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1のガス拡散層では、炭素繊維を相互に接合する導電性ポリマーが熱硬化性樹脂によって覆われることにより、導電性ポリマーによる導電性附与機能を阻害することなくガス拡散層に十分な機械的強度が与えられると述べている。しかしながら、従来のカーボンペーパーなどに比べると、炭素繊維と熱硬化性樹脂で覆われた導電性ポリマーとから構成されるこのガス拡散層は、機械強度が十分に高いとはいえず、自立して扱うには脆く、ハンドリングに難がある。機械強度を発現するために熱硬化性樹脂成分を増やすと、気孔率が低下し、ひいては高いガス拡散性能や透湿性を確保することが難しくなる。
【0009】
特許文献2の湿度調整フィルムは、フィルム積層方向(厚み方向)において、十分なガス拡散性や透湿性を有する。しかしながら、ガス拡散層として使用する際には、この湿度調整フィルムの面内方向のガス拡散性や透湿性をさらに向上させることが望ましい。
【0010】
本発明の目的は、従来の技術における上述した問題点に鑑み、低コスト性、高導電性、高ガス透過性および十分な機械的強度を有するガス拡散層を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明により、下記(1)〜(11)が提供される。
【0012】
(1)マイクロポーラス層と、該マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層とを含んでなる、固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(2)マイクロポーラス層と、該マイクロポーラス層上に直接スラリーを塗布して得られるマクロ層とを含んでなる、(1)に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(3)該マイクロポーラス層は、引張り最大応力が10,000Pa以上である、(1)または(2)に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(4)該マイクロポーラス層が少なくともフッ素樹脂と炭素を含んでなる、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(5)該マイクロポーラス層が押し出し成形された層である、(1)〜(4)のいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(6)該マイクロポーラス層が、多孔質シートに導電性物質を含浸した層である、(1)〜(5)のいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(7)該スラリーが少なくとも導電性物質およびバインダー物質を含んでなる、(1)〜(6)のいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(8)該導電性物質が、カーボンファイバー、カーボン粒子、金属繊維、金属粒子からなる群から選択される少なくとも一つを含んでなる、(6)または(7)に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(9)該バインダー物質が少なくとも熱硬化性樹脂、フッ素系樹脂、熱可塑性樹脂または親水性材料のいずれかまたはこれらの組み合わせを含んでなる、(7)または(8)に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(10)該スラリーを、パターン様に形成する、(1)〜(9)のいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
(11)(1)〜(10)のいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層を用いた固体高分子形燃料電池。
【発明の効果】
【0013】
1)自立したマイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層により、十分なガス拡散性・低い電気抵抗・高い機械強度を成立させながら、高価な炭素繊維基材を使用しない非常に安価なガス拡散層を構成することが可能である。
2)スラリーから形成して得られるマクロ層をセパレータと接触するように設けることで、セパレータとの接触抵抗(特に面内方向の抵抗)が低減される。
3)自立したマイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成してマクロ層を得ることで、さらなる強度および/または柔軟性を付与することができ、またマクロ層の薄いものから厚いものまで用途に適したガス拡散層の作製が可能である。
4)自立したマイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成してマクロ層を得る際に、さまざまなパターン形成が容易に可能であり、スラリーから形成して得られたマクロ層の面内方向に溝を設けたり、貫通孔や層途中までの貫通孔(凹部)を設け、ガス拡散性や排水性を改良することが可能である。
5)マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層中の炭素繊維が厚み方向に配向しマクロ層から突出した場合でも、炭素繊維突出部はマイクロポーラス層内に留まり、高分子電解質膜や触媒電極層を痛めることがない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は従来の燃料電池(単セル)を示す概略斜視図である。
【図2】図2は本発明の燃料電池(単セル)の一例を示す概略斜視図である。
【図3】図3は透気度の測定方法を説明する概略図である。
【図4】図4は発電試験結果のグラフである。
【図5】図5は発電試験結果のグラフである。
【図6】図6は発電試験結果のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明により、マイクロポーラス層と、該マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層とを含んでなる、固体高分子形燃料電池ガス拡散層が提供される。
【0016】
固体高分子形燃料電池は、多数の単セルをスタックすることによって構成されている。本発明のガス拡散層を用いた燃料電池(単セル)は、典型的には図2に示すような構造をしている。すなわち高分子電解質膜(イオン交換膜)が両側から一対の触媒電極層で挟まれており、さらにこれら触媒電極層は両側から一対のガス拡散層(多孔質支持層、炭素繊維質集電層ともいう)で挟まれている。このガス拡散層の触媒電極側には、マイクロポーラス層が配置されている。
【0017】
この固体高分子型燃料電池では、高分子電解質膜で仕切られた触媒電極において燃料ガスや酸素含有ガスによる電極反応を別々に行わせることで、発電している。またガス拡散層は、マイクロポーラス層と、該マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層とを含んでなり、電極反応を均質化させるために燃料ガスや酸素含有ガスを十分に拡散させる機能を有する。マイクロポーラス層は、マクロ層(炭素繊維層)から突きだした炭素繊維が触媒電極層を傷めるのを防止する為の保護層、電解質膜、触媒層中電解質の乾燥を防ぐ為の保水層、およびマクロ層(炭素繊維層)と触媒層のそれぞれに強固に接着する接着層として機能する。
【0018】
この固体高分子型燃料電池の電極反応をより詳細に説明する。ガス拡散層の外側、すなわちマクロ層は、セパレータによって形成されるガス流路(燃料ガス流路、酸素含有ガス流路)に向けて開放されている。そしてガス流路から導入された燃料ガス(H2など)は、第1のガス拡散層(アノード側ガス拡散層)を通過して第1の触媒電極層(アノード、燃料極)で下記に示すアノード電極反応によって電子を放出しながらプロトン(H+)を生成する。そして、このプロトンは高分子電解質膜を通過して第2の触媒電極層(カソード、酸素極)で、下記に示すカソード電極反応によって電子を受け取ってH2Oを生成するようになっている。
アノード電極反応: H2 → 2H+ + 2e-
カソード電極反応: 1/2O2 + 2H+ + 2e- → H2
【0019】
本発明によるガス拡散層は、マイクロポーラス層と、該マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層とを含んでなる。
【0020】
前記マイクロポーラス層は、少なくとも炭素とフッ素樹脂から構成され、全体として導電性、透気性、及び疎水性(撥水性)を示し、層中の平均細孔径が1μm未満のものである。
【0021】
前記炭素は、導電性炭素質粉末の形態で、マイクロポーラス層の導電性、透気性及び疎水性(撥水性)のために使用されるものである。導電性炭素質粉末として、ファーネスブラック、ランプブラック、サーマルブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラック類、及びグラファイトなどが使用でき、これらは単独で用いてもよく2種以上を混合してもよい。好ましい導電性炭素質粉末は、アセチレンブラック又はその混合物である。アセチレンブラック又はその混合物は、導電性、疎水性(撥水性)、及び化学的安定性に優れている。
【0022】
前記フッ素樹脂は、導電性炭素質粉末を結着してフィルム化するために使用されるものである。フッ素樹脂は、導電性炭素質粉末の表面を覆って疎水性(撥水性)を与えることができる点でも好適である。フッ素樹脂として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレンの共重合体(6フッ化ポリプロピレンなどのフッ素原子含有モノマー、エチレンなどのフッ素原子を含有しないモノマーなどとの共重合体など)、ポリビニリデンフルオライド樹脂、ポリクロロトリフルオロエチレン樹脂等などが使用でき、これらは単独で用いてもよく2種以上を混合してもよい。好ましいフッ素樹脂は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)である。PTFEは、疎水性(撥水性)に優れており、化学的に安定なためである。
【0023】
マイクロポーラス層におけるフッ素樹脂の含有量は、マイクロポーラス層に確実に疎水性(撥水性)を付与する場合、例えば、0.3質量%以上、好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは3質量%以上とすることが推奨される。一方、フッ素樹脂量が過剰になると、排水性が低下してフラッディングが発生しやすくなる。従ってマイクロポーラス層中のフッ素樹脂の量は、例えば65質量%以下、好ましくは50質量%以下、さらに好ましくは30質量%以下程度にすることが推奨される。
【0024】
マイクロポーラス層は、フッ素樹脂および導電性炭素粉末、必要に応じて吸水材を均一に混合した混合物(混和物、スラリーなど)をフィルム化することによって製造することができる。吸水材としては特に制限が無く、従来用いられている吸水材を使用できる。具体的には活性炭、シリカゲル、アルミナ、ゼオライト、チタニア等が挙げられる。中でも水蒸気の吸脱着性能が良好な活性炭が好ましい。
【0025】
フッ素樹脂および導電性炭素粉末の混合法、およびその混合物をフィルム化する方法は特に限定されず、当業者であれば適宜変更を加えて実施することも可能である。混合物が混和物であれば乾式法又は湿式法によって調製でき、混合物がスラリーであれば湿式法によって調製できる。
【0026】
乾式法は、導電性炭素質粉末のファインパウダー、及びPTFEのようなフッ素樹脂のファインパウダー、必要に応じて吸水材のファインパウダーを混合する方法である。すなわち乾式法では、適当な混合機(例えば、Vブレンダー)に前記ファインパウダーを投入し、PTFEのようなフッ素樹脂にシェアーを与えないようにしながら(例えば、20℃以下の低温を維持しながら低攪拌速度で)攪拌して混合すると共に、さらに適当な加工助剤(例えば、ミネラルスピリッツ)を加えて前記混合物に吸収させることによって、混和物を調製できる。なお吸水材と導電性炭素質粉末のファインパウダーは、吸水材、導電性炭素質粉末を公知の粉砕器(例えば、ボールミル、ピンミル、ホモジナイザーなど)で粉砕することによって得ることができ、PTFEのようなフッ素樹脂のファインパウダーは、市販のものを使用するのが簡便である。また加工助剤の吸収過程では、混合物に加工助剤を添加した後、適宜加温する(例えば、40〜60℃程度、特に50℃程度)ことが推奨される。
【0027】
湿式法は、導電性炭素質粉末、PTFEのようなフッ素樹脂、および必要に応じて吸水材を水中で混合する方法である。すなわち湿式法では、分散可能な程度に微細化した原料(導電性炭素質粉末、PTFEのようなフッ素樹脂、吸水材)を、界面活性剤の存在下、水中で混合することにより、スラリー(インキ)を調製できる。また前記混合時に、スラリー(インキ)に機械的シェアーをかけること、および/または沈殿剤(アルコールなど)を添加することにより、導電性炭素質粉末、PTFEのようなフッ素樹脂、および吸水材が共沈する。この共沈物を濾取し、乾燥した後、前記乾式法と同様にして、この乾燥物に適当な加工助剤を吸収させれば、混和物を調製することもできる。なお微細な吸水材、導電性炭素質粉末は、前記乾式法と同様に調製してもよいが、界面活性剤と共に水中に添加し、液中粉砕手段(例えば、ホモジナイザーなど)によって粉砕しながら液中に分散させるのが簡便である。またPTFEとしては、市販の水性PTFEディスパージョンを使用するのが簡便である。
【0028】
混和物をフィルム化する方法には、PTFEのペースト押し出し加工方法が適用できる。すなわち混和物を予備成型によってペレット化し、ペレットをダイなどから押出し成形し、乾燥する方法(押出し成形法)、該ペレットを押し出し機により紐状に押し出し、その紐状物を2本のロール間で圧延し、乾燥する方法(ビード圧延法)などの種々公知の方法を利用できる。
【0029】
マイクロポーラス層の厚さ、透気度および平均細孔径は、前記フィルム化工程を適宜工夫することによって調整できる。例えば、押出し成形法やビード圧延法において一次成形フィルムが厚い場合には、フィルムが所定の厚さになるまでロール圧延を繰り返してもよい。また作製条件によっては密度が上がりすぎて透気度が低下する場合があるが、そのような場合には延伸することによって多孔度、ひいては透気度を高めることができる。同様に平均細孔径の調整も可能である。このように圧延と延伸を適宜組み合わせることによって、マイクロポーラス層の厚さ、透気度、平均細孔径、ひいてはマイクロポーラス層の厚み方向に対する電気抵抗を調整できる。
【0030】
また、コーティング法により、マイクロポーラス層が所定の厚さになるまでスラリーのコーティング及び乾燥を繰り返してフィルム化してもよい。この場合も、マイクロポーラス層の厚さ、透気度および平均細孔径をさらに調整するために適宜圧延と延伸を採用してもよい。
【0031】
また押出し成形法やビード圧延法の乾燥工程では、加工助剤(ミネラルスピリッツなど)の揮発除去が可能な温度(例えば、150〜300℃程度、特に200℃程度)に加熱することが推奨され、コーティング法の乾燥工程では、水の揮発除去が可能な温度(例えば、100〜300℃程度、特に120℃程度)に加熱することが推奨される。
【0032】
またこれらの乾燥工程では、有機不純物(例えば、湿式法で使用した界面活性剤など)を炭化して無害化することも推奨される。界面活性剤が残留すると、湿度調整フィルムの透湿性が著しく大きくなるが、界面活性剤を炭化することによって透湿性を適切なレベルに下げることができる。炭化温度は、例えば、300〜400℃程度(特に350℃程度)である。なお有機不純物の除去方法は、前記炭化処理に限られず、不純物の種類に応じた種々の方法が適宜採用できる。例えば、界面活性剤の種類によっては、250℃以上に加熱することによって揮発除去させることも可能であり、溶剤(例えば、アルコール類)を使用して抽出除去することも可能である。詳細は特開昭57-30270号広報、特開2006-252948号広報に記載されている。
【0033】
マイクロポーラス層は、次のように作製してもよい。多孔質シートを用意し、次に多孔質シートに導電性物質を含む化合物の溶液または分散液を含浸させ、次に当該溶媒または分散媒を乾燥除去して多孔質シートの表面または孔内表面に導電性物質を付着させることができる。多孔質シートは特に制限は無く、従来公知の多孔質骨格を有するシートが使用できる。例えばPTFEのようなフッ素樹脂、特に延伸ポリテトラフルオロエチレンが挙げられる。および必要に応じて吸水材を出発原料に加えて、上記の乾式法、湿式法、押出し成形法、ビード圧延法、コーティング法等を適当に組み合わせることにより、多孔質シートを作製可能である。導電性物質としては、後述するマクロ層の原料となるスラリー中に含まれる導電性物質を使用することができる。導電性物質の溶媒または分散媒としては、水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、デカノール、エチレングリコール、キシレン、トルエン、ナフタレン等およびこれらの組合せが挙げられる。
【0034】
上記の作製方法により、マイクロポーラス層は、引張り最大応力が10,000Pa以上であるように作製することができる。引張り最大応力が10,000Pa以上であるマイクロポーラス層は、支持材を用いずにハンドリングが可能である。すなわち、このマイクロポーラス層は、単独で引張り試験を行うことができ、自立することができる。
【0035】
引張り最大応力は、以下の条件で測定される。10mm×10mm×60μmのサイズの測定用試料を用意する。この試料を引張り試験装置(東洋精機製作所製 品番:STROGRAPH−R3)に、チャック間距離50mmとなるようにセットする。試料を引張り速度300mm/minで引っ張り、試料が破断するまでの最大引張り応力を測定する。測定は、試料のTD(Transverse Direction)方向およびMD(MachineDirection)方向について、実施する。測定方向によって引張り最大応力の値が異なる場合、小さい方の値を試料の引張り最大応力値とする。
【0036】
マイクロポーラス層の平均厚さは、所望の自立性、透気性、導電性に応じて適宜調整可能である。目安として、300μm以下(好ましくは200μm以下、さらに好ましくは150μm以下、特に120μm以下)である。マイクロポーラス層が厚すぎると、透気性、導電性が低下するおそれがあるためである。マイクロポーラス層の平均厚さは、5μm以上(好ましくは10μm以上、さらに好ましくは15μm以上、特に20μm以上)である。マイクロポーラス層が薄すぎると、自立性が低下するおそれがあるだけでなく、マクロ層の表面の毛羽や凹凸がマイクロポーラス層を貫通して、触媒電極層を損傷するおそれがあるからである。なお前記平均厚さは、マイクロポーラス層の断面積を底辺長さで除することによって求まる。
【0037】
マイクロポーラス層の透湿度は、所望の透気性に応じて適宜調整可能である。ドライアップとフラッディングの両方を防止する観点からは、1200g/(m2・hr)以上(好ましくは1500g/(m2・hr)以上、さらに好ましくは1700g/(m2・hr)以上)、7000g/(m2・hr)以下(好ましくは6800g/(m2・hr)以下、さらに好ましくは6500g/(m2・hr)以下)である。透湿度が前記数値範囲よりも大きくなると運転条件によってはドライアップが発生し、透湿度が前記数値範囲よりも小さくなると運転条件によってはフラッディングが発生する。なお透湿度は、日本工業規格(JIS)L1099(B−1)法に従って求まる値である。
【0038】
なおマイクロポーラス層は、触媒電極層とマクロ層とを電気的に接続する必要がある。マイクロポーラス層の貫通電気抵抗は、例えば、30mΩcm2以下、好ましくは20mΩcm2以下、さらに好ましくは15mΩcm2以下である。貫通電気抵抗は小さい程好ましく、下限は特に限定されないが、通常、1mΩcm2程度(例えば3mΩcm2程度)である。なお前記貫通抵抗は、4端子法(1kHz交流、端子間圧力981kPa、室温)によって求まる値である。
【0039】
上記のマイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成してマクロ層を得る。本明細書において、マクロ層とは、マクロポーラス層を意味し、その層の平均細孔径が1μm以上ある層である。このマクロ層の原料となるスラリーは、少なくとも導電性物質およびバインダー物質を含む。
【0040】
導電性物質およびバインダー物質の溶媒または分散媒としては、特に制限されず従来公知の材料が使用できる。例えば水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、デカノール、エチレングリコール、キシレン、トルエン、ナフタレン等およびこれらの組合せが挙げられる。スラリーとしたときの粘度や取り扱い温度等に応じて、溶媒または分散媒の濃度、混合比率、使用量等を適宜調整して使用することができる。
【0041】
マクロ層の原料となるスラリー中には少なくとも1つの導電性物質が含まれる。導電性物質としては導電性を有するものであれば特に制限されず、その形態は繊維状または粒子状、燐片状などであってもよい。具体的には、導電性物質は、カーボンファイバー、カーボン粒子、金属繊維、金属粒子からなる群から選択される少なくとも一つを含んでなる。
【0042】
繊維状の導電物質は、特に制限されず従来公知の材料が使用でき、カーボンファイバー、例えばポリアクリロニトリル系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、さらには金属繊維であってもよく、カーボンファイバーが好ましい。平均繊維の長さとしては20〜500μm、好ましくは30〜400μm、より好ましくは50〜300μmである。カーボンファイバーが500μmより長い場合、スラリー中での分散安定性がない上に、マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成してマクロ層を得る際にスラリー中のカーボンファイバーがマイクロポーラス層表面の凹凸部にひっかかり、マイクロポーラス層上に均一にマクロ層を得ることができない。またカーボンファイバーが20μmより短い場合、マクロ層の空孔率が下がり、細孔径も小さい為に十分なガス拡散性が得られない。
平均繊維の径としては0.1〜50μm、好ましくは0.5〜40μm、より好ましくは1〜30μmである。繊維の径が0.1μm以下であると空孔率が低くなり拡散性も低下し、機械的強度も低下する。繊維の径が50μm以上であると繊維間の接触面積が減少し、抵抗が増加する。
【0043】
粒子状の導電性物質は、導電性を有するものであれば特に制限されないが、正極電位および負極電位において化学的に安定なものが好ましく、カーボン材料、金属材料から構成されるものが挙げられる。中でも、粒子状の導電性物質として、カーボン粒子が好ましく使用される。かようなカーボン粒子としては、例えば、カーボンブラック、グラファイト、膨張黒鉛などの従来公知の材料が適宜採用されうる。なかでも、電子伝導性に優れ、比表面積が大きいことから、オイルファーネスブラック、チャネルブラック、ランプブラック、サーマルブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラックが好ましく用いられうる。かようなカーボン粒子は、市販品を用いることができ、キャボット社製バルカンXC−72、バルカンP、ブラックパールズ880、ブラックパールズ1100、ブラックパールズ1300、ブラックパールズ2000、リーガル400、ライオン社製ケッチェンブラックEC、三菱化学社製#3150、#3250などのオイルファーネスブラック、電気化学工業社製デンカブラックなどのアセチレンブラック等が挙げられる。またカーボンブラックのほか、天然の黒鉛、ピッチ、コークス、ポリアクリロニトリル、フェノール樹脂、フラン樹脂などの有機化合物から得られる人工黒鉛や炭素などであってもよい。また、耐食性などを向上させるために、前記カーボン粒子に黒鉛化処理などの加工を行ってもよい。
【0044】
前記カーボン粒子の粒子径は、一次粒子径にて1μm以下、好ましくは0.5μm以下、さらに好ましくは0.1μm以下であるとよい。又は二次粒子径にて0.01〜10μm、より好ましくは0.1〜1μmとするのがよい。カーボン粒子の二次粒子径が10μm以下であればスラリーから作製したマクロ層の表面が滑らかとなり、マイクロポーラス層やセパレータとの接触抵抗の増大を抑制できる。カーボン粒子の二次粒子径が0.01μm以上であるとスラリーから形成されたマクロ層の空隙率の低下によるガス拡散性の低下を防止することができる。なお、導電性粒子の形状は、所望のガス拡散性および導電性が得られる範囲であれば、特に限定されず、球状、棒状、針状、板状、柱状、不定形状、燐片状、紡錘状など任意の構造をとりうる。
【0045】
また導電性物質として導電性ポリマーをスラリーに添加することも可能である。導電性ポリマーは特に限定されず公知の導電性ポリマーが使用できる。具体的にはポリジオフェン系、ポリアニリン系等が挙げられる。特に高い導電性を有するポリエチレンジオキシチオフェンが好ましい。
【0046】
スラリーは、少なくともバインダー物質を含んでなる。バインダー物質は、前記導電性物質をマイクロポーラス層に結着させるためと、導電性物質間を結着させるために使用される。バインダー物質は、少なくとも熱硬化性樹脂、フッ素系樹脂、熱可塑性樹脂または親水性材料のいずれかまたはこれらの組み合わせを含んでなる。
【0047】
バインダー物質としての熱硬化性樹脂は、従来公知のものが使用できる。具体的にはフェノール系樹脂、エポキシ系樹脂、メラミン系樹脂、レゾール系樹脂、シリコーン系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂、ポリイミド系樹脂、尿素系樹脂、アルキド系樹脂、ポリウレタン、酢酸ビニル樹脂等が挙げられる。これらの樹脂は、所望する特性等を考慮して用途に応じて選択される。
【0048】
スラリー中での、熱硬化性樹脂の割合は、導電性物質100(質量部)に対して、0.05〜50.0(質量部)、好ましくは0.1〜40.0(質量部)、より好ましくは0.2〜30(質量部)の範囲が好ましい。熱硬化性樹脂は、自身が非導電性であり、ガス拡散電極の空隙を塞ぐこともあるので、その割合は50.0(質量部)以下に留めることが好ましい。本発明のガス拡散層は、自立するマイクロポーラス層によって、ガス拡散層全体の機械的強度が十分に確保されており、熱硬化性樹脂等のバインダー物質によって機械的強度を確保する必要はない。したがって、熱硬化性樹脂の割合は、0.05(質量部)以上とすることで、充分に導電性物質をマイクロポーラス層に結着させることができる。
【0049】
バインダー物質として疎水性(撥水性)を有するものを使用して、マクロ層に疎水性(撥水性)を与えることもできる。特に、撥水剤を使用して、疎水性(撥水性)をより高めてフラッディング現象などを防止することが好ましい。撥水剤としては、特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などのフッ素系樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂等が挙げられる。撥水剤により導電性物質の表面が被覆されることが好ましい。疎水性(撥水性)の観点から、導電性物質の表面全体が撥水剤により被覆されているのが望ましい。表面の一部が撥水剤により被覆されずに露出していたり、隣接する粒子と接触している状態であっても撥水剤に被覆されてなる導電性物質の概念に含まれるものとする。
【0050】
スラリー中での、撥水剤の割合は、疎水性(撥水性)と電子伝導性のバランスを考慮すればよく、導電性物質100(質量部)に対して、0.05〜50(質量部)、好ましくは0.1〜40(質量部)、より好ましくは0.2〜30(質量部)である。
【0051】
バインダー物質として親水性物質を添加して、スラリーから作製するマクロ層中に親水性と疎水性(撥水性)を両立させてもよい。親水性を備えたマクロ層は保湿性が高く、電池内の乾燥による電池出力低下の抑制に役立つ。親水性物性の例としてはイオン交換樹脂やSiOなどが挙げられる。イオン交換樹脂は、高分子電解質膜に使用している従来公知のイオン交換樹脂と同様のものが使用できる。イオン交換容量は膜電極接合体(MEA)中の水移動性を考慮すればよく、高分子電解質膜と同様または下げても上げても構わない。
【0052】
バインダー樹脂として親水性材料のみを用いる場合、スラリー中での、親水性物質の割合は、親水性と電子伝導性のバランスを考慮すればよく、導電性物質100(質量部)に対して0.05〜50(質量部)、好ましくは0.1〜40(質量部)、より好ましくは0.2〜30(質量部)である。また親水性材料と他種類のバインダーとを混合させる場合、親水性と疎水性(撥水性)のバランスを考慮すればよく、親水性材料と他種類のバインダーとの割合は0.5:9.5〜9:1(質量部)、好ましくは1:9〜6:4(質量部)、より好ましくは2:8〜4:6(質量部)である。
【0053】
スラリーに過酸化物分解触媒を添加して、膜電極接合体(MEA)の化学的耐久性を向上させてもよい。過酸化物分解触媒としては、固体高分子形燃料電池の運転中に電極層において生成する過酸化物、特に過酸化水素、を速やかに分解するものであれば特に限定はされない。そのような過酸化物分解触媒の例として、セリウム(Ce)、マンガン(Mn)、タングステン(W)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、ネオジム(Nd)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)および鉄(Fe)からなる群より選ばれた遷移元素または希土類元素を含む化合物が挙げられる。過酸化物分解触媒は、セリウムを含む化合物であることが好ましい。過酸化物分解触媒の添加量は、導電性物質100(質量部)に対して、一般には0.01〜80(質量部)、好ましくは0.05〜50(質量部)、より好ましくは0.1〜5(質量部)の範囲内になるように設定する。過酸化物分解触媒は電子伝導性が低いため、その添加量が80(質量部)より多くなるとガス拡散層の電子伝導性を阻害することとなり望ましくない。反対に、過酸化物分解触媒の添加量が0.05(質量部)より少ないと、過酸化物を分解する触媒能が低下する。
【0054】
スラリーに造孔剤を添加して、スラリーから形成されるマクロ層の多孔度を適当に調節してもよい。また、スラリー成分の分散を安定させる為に分散安定剤を添加してもよい。
【0055】
マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成してマクロ層を得る方法として、従来公知の方法、例えば、塗布、射出成形(モールド流し込み成形)、一体押出成形、含浸、貼り付け、刷り込み等が使用できる。特に、塗布は比較的簡便な方法であるので好ましい。塗布する手段として、スプレー塗布、浸漬塗布、ロールコータ塗布等が挙げられる。
【0056】
マクロ層の形成方法は特に制限されず、例えばマクロ層は、マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成したマクロ層を得てもよい。または支持体上にスラリーから形成したマクロ層を得て、その上に直接マイクロポーラス層を設け、その後支持体を剥離し、ガス拡散層として使用してもよい。さらには、支持体上にスラリーから形成したマクロ層を得た後、スラリーが乾燥する前に自立したマイクロ層を上から被せ、乾燥後に支持体から剥離し、ガス拡散層として使用しても良い。いずれの場合も、マイクロポーラス層とマクロ層は直接に接している。特に、マイクロポーラス層上に直接スラリーを塗布する方法が、好ましい。この製造方法により得たマクロ層とマイクロポーラス層が密着し界面抵抗が減る上、支持体が不要の為、低コストかつ連続生産が容易となるからである。
【0057】
必要に応じてスラリー中の有機溶媒濃度や粘度を調整することにより、マイクロポーラス層にスラリーを部分的にまたは全て含浸させてもよい。さらに、マイクロポーラス層の厚み方向に対してスラリーの含浸濃度勾配を調整することもできる。または、マイクロポーラス層にスラリーを含浸させることなくマクロ層を設けてもよい。
【0058】
マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得たマクロ層を、100〜300℃程度で熱処理することが好ましい。熱処理温度が高すぎると、スラリー中のバインダー等が熱分解する懸念があり、マクロ層中の結着剤として機能しなくなってしまう為、より好ましくはスラリー中のバインダー等が劣化、分解しない温度にて熱処理を行う。但し、ガス拡散層に求められる性状に応じて、熱処理温度を下げたり上げたりすることはできる。結着剤となるバインダーを炭化させて抵抗を下げるための目的や、添加した撥水剤を結着剤としても利用する目的で、400℃まで熱処理しても構わない。但し、400℃以上で数時間以上の熱処理を行うとマイクロポーラス層の形状維持が困難な場合がある点に留意する。
【0059】
スラリーから形成して得られるマクロ層を作製するために加圧プレス工程を行ってもよい。具体的には熱処理後に加圧プレスを行い、より強度を増したマクロ層の作製が可能となる上、電気抵抗が低減する。また熱処理工程と合わせ、加熱加圧プレスを行ってもよい。
【0060】
スラリーから形成してマクロ層を得る際に、さまざまなパターン形成が容易に可能である。スラリーから形成して得たマクロ層の面内方向に溝を設けたり、貫通孔やマクロ層途中までの貫通孔(凹部)を設けたりし、ガス拡散性や排水性を調整してもよい。従来、製膜後のマクロ層に機械加工やレーザー加工などの追加工により、これらの機能性付与が考えられているが(特開2007−242443、特開2000−67876、特開2008−108507)、本発明においては、製膜と同時に機能性付与が可能であり、追加工程の必要がなく、低コスト化が可能である。
【0061】
本発明による固体高分子形燃料電池ガス拡散層は、固体高分子形燃料電池の少なくともアノード側とカソード側のどちらか一方には用いられる。コスト低減の観点からは、例えばカーボンペーパーのような従来の高コストな炭素繊維系のガス拡散層の代替として、両側のガス拡散層に使用することが好ましい。
【0062】
マイクロポーラス層に染込んだ厚さを除いたスラリーから形成して得られるマクロ層の厚さは1〜300μmが好ましく、より好ましくは3〜200μmである。
マクロ層が薄すぎると面内方向のガス透気度(IP)が低く、面内方向の電気抵抗が高くなってしまう。一方、マクロ層が厚すぎるとコストが増加し、さらにスタックにした際にスタックが大きくなってしまう。
必要に応じてマクロ層の厚さを変更することが出来る。例えば面内拡散の影響が電池性能に与える影響が少ない場合、具体的にはポーラスメタルなどの多孔体や流路幅のピッチが細いセパレータ等においてはマクロ層を薄くすることが可能である。
【0063】
固体高分子形燃料電池における他の構成要素、例えば高分子電解質膜、触媒電極層等は、従来公知のものが使用できるが、好ましくは下記のものを使用することが推奨される。
【0064】
1)高分子電解質膜
高分子電解質膜としては特に制限されず、従来公知の電解質膜が使用できパーフルオロ系電解質、炭化水素系電解質などが好ましく、特にパーフルオロ系電解質膜が好ましい。パーフルオロ系電解質膜としては、スルホン酸系電解質膜[例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、GORE−SELECT(登録商標、ジャパンゴアテックス社製)など]が好ましく、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンで補強されたパーフルオロスルホン酸樹脂系電解質膜[GORE−SELECT(登録商標、ジャパンゴアテックス社製)など]が特に好ましい。
【0065】
2)触媒電極層
触媒電極層としては従来公知のものが使用でき、例えば、白金あるいは白金と他の金属(例えばRu、Rh、Mo、Cr、Fe、Co、Ir等)との合金の微粒子(平均粒径は10nm以下が望ましい)や他の金属のみが表面に担持されたカーボンブラックなどの導電性炭素微粒子(平均粒径:20〜100nm程度)と、パーフルオロスルホン酸樹脂含有液とが適当な溶剤(例えば、アルコール類)中で均一に混合されたペースト状のインクより作製されるものが使用できる。
【実施例】
【0066】
本実施例では、本発明によるガス拡散層を用いた固体高分子形燃料電池を作製し、それらの発電試験を行った。また、本発明との比較のために、比較例の固体高分子形燃料電池を作製し、それらの発電試験も行った。
【0067】
実施例1の固体高分子形燃料電池は、アノード側ガス拡散層のみに本発明のガス拡散層を用いたものである。実施例2の固体高分子形燃料電池は、アノード側ガス拡散層およびカソード側ガス拡散層の両方に本発明のガス拡散層を用いたものである。比較例1の固体高分子形燃料電池は、アノード側ガス拡散層およびカソード側ガス拡散層の両方に市販されているガス拡散層を用いたものである。比較例2の固体高分子形燃料電池は、アノード側ガス拡散層およびカソード側ガス拡散層の両方にマイクロポーラス層のみ(すなわち、本発明のガス拡散層からスラリーマクロ層を除いたもの)を用いたものである。
【0068】
本発明は本実施例を用いて具体的に説明されるが、本発明は本実施例に何ら限定されるものではない。以下に、実施例および比較例の詳細を説明する。
【0069】
<<1.固体高分子形燃料電池の作製>>
<1.1 実施例1の固体高分子形燃料電池の作製>
(マクロ層用カーボンスラリーの用意)
水、2−プロパノールの混合溶媒43g(混合比6:4)中に、平均繊維の長さ180μm、平均繊維径7μmのポリアクリルニトリル繊維を炭化したPAN系炭素繊維8.0g、平均粒子径が15nmのケッチェンブラック1.5g、熱硬化性樹脂としてレゾール系樹脂1.3g、撥水剤としてPTFEディスパージョン(ダイキン工業(株)製、商品名「ポリフロンD1E」)0.6g(固形分量)を混合した溶液をスターラーにて1時間攪拌しマクロ層用のカーボンスラリーを作製した。バインダーは導電性物質100(質量部)に対して20質量部である。
【0070】
(マイクロポーラス層の用意)
アセチレンブラック(導電性炭素質粉末)を飛散させないようにゆっくりと水中に投じ、攪拌棒でかき混ぜながら水をアセチレンブラックに吸収させた。次いでホモジナイザーでアセチレンブラックを攪拌分散させ、アセチレンブラックの水分散液を作成した。
このアセチレンブラックの水分散液に、PTFEの水分散液[商品名:D1−E、ダイキン工業(株)製]を所定量加え、攪拌機でゆっくりかき混ぜ、均一な混合分散液を調製した。次いで攪拌機の回転をあげ、PTFEとアセチレンブラックを共沈させた。共沈物を濾過して集め、ステンレス製バットに薄く広げた後、120℃の乾燥機で1昼夜乾燥することにより、アセチレンブラック(導電性炭素質粉末)とPTFEの混合粉末を得た。
この混合粉末に加工助剤としてミネラルスピリッツ(出光興産(株)製、商品名:IPソルベント1016)を加え、予備成型機でペレット化し、ペレットを押し出し機でテープ状に押し出し、さらに2本ロールを用いて圧延してフィルム化した。さらに複数回に亘って2本ロールで圧延して、フィルムの厚さと密度を調整した。圧延物を200℃の乾燥機で8時間乾燥してミネラルスピリッツを除去した後、350℃で5分間熱処理することによって、自立したマイクロポーラス層を得た。
このマイクロポーラス層に関して、アセチレンブラックとPTFEの質量比:70/30、平均厚さ:60μm、透湿度:3600g/m2hr、貫通抵抗:8.6mΩcm2、引張り最大応力:0.4MPa(400,000Pa)であった。
【0071】
(ガス拡散層の作製)
上記で作製したマクロ層用スラリーを自立したマイクロポーラス層(ジャパンゴアテックス社製)にバーコーターで塗工をし、130℃で5分間乾燥した。
その後、150℃で3時間熱処理を行い、厚さ190μm(マクロ層130μm、マイクロポーラス層60μm)のガス拡散層を得た。
【0072】
(膜電極接合体(MEA)の作製)
高分子電解質膜として、厚さ20μmのスルホン酸基を有するパーフルオロカーボン共重合体系電解質膜[GORE−SELECT(登録商標):ジャパンゴアテックス社製]を10cm×10cmの大きさに切り出し、その両面に、電極層(5cm×5cm)のPRIMEA5580[PRIMEA(登録商標)(Pt担持量0.4mg/cm):ジャパンゴアテックス社製]を配置した。次いで、ホットプレス法(130℃、6分間)により各電極層を高分子電解質膜へ転写し、アノード電極層、高分子電解質膜およびカソード電極層からなる膜電極接合体(MEA)を作製した。
【0073】
(単セルの組み立て)
上記で作製したガス拡散層を52mm×52mmに切り出し、アノードのガス拡散層として、上記の接合体(MEA)に設置した。このとき、ガス拡散層のマクロ層(スラリー層)側がセパレータ側を向くように設置した。一方、カソードのガス拡散層として52mm×52mmのカーボンペーパー基材CNW20B[CARBEL(登録商標):ジャパンゴアテックス社製]を準備した。これらのガス拡散層で前記接合体を挟んで重ねた状態とすることにより、電解質膜がアノードガス拡散電極およびカソードガス拡散電極で挟持された膜電極接合体を得た。これをグラファイト製セパレータで挟持し、さらに金メッキしたステンレス製集電板で挟持することにより、評価用単セル(アクティブエリア:5cm×5cm)を作製した。
【0074】
<1.2 実施例2の固体高分子形燃料電池の作製>
実施例2のガス拡散層として、実施例1と同様のやり方による、マクロ層用スラリーを自立したマイクロポーラス層(ジャパンゴアテックス社製)にバーコーターで塗布したガス拡散層を用意した。このガス拡散層をアノードのガス拡散層だけでなくカソードのガス拡散層にも用いたことを除けば、実施例1と同様のやり方で、評価用単セルを作製した。
【0075】
<1.3 比較例1の固体高分子形燃料電池の作製>
比較例1のガス拡散層として、カーボンペーパー基材CNW20Bを用意した。アノードのガス拡散層およびカソードのガス拡散層の両方にカーボンペーパー基材CNW20Bを用いたことを除けば、実施例1と同様のやり方で、評価用単セルを作製した。
【0076】
<1.4 比較例2の固体高分子形燃料電池の作製>
比較例2のガス拡散層として、実施例1と同様のやり方による、自立したマイクロポーラス層を用意した。つまり、このガス拡散層はマクロ層用スラリーを塗布しないガス拡散層である。アノードのガス拡散層およびカソードのガス拡散層の両方に、このマイクロポーラス層を用いたことを除けば、実施例1と同様のやり方で、評価用単セルを作製した。
【0077】
<<2.試験、測定方法>>
<2.1 発電試験>
発電性能は、図4〜6に示す。図4はアノード側/カソード側にそれぞれ水素(利用率77%)/空気(利用率50%)を供給することにより測定した。その際、セル温度が80℃、アノード側の露点およびカソード側の露点はそれぞれ55℃に設定した。また、供給する水素および空気はそれぞれ加湿した。さらにゲージ圧力は50KPaに設定した。
図5、6はセル温度が95℃であること以外は同様の条件で評価した。
【0078】
<2.2 面内方向の比抵抗測定>
ガス拡散層の測定サンプルを絶縁板上に水平に置き、LCRハイテスタ(日置電機社製)を用いて4端子法にてインピーダンスを測定した。条件としてサンプル幅0.8cm、端子間距離0.6cm、周波数100.0kHz、印加電圧0.100Vにて測定を行った。その際のインピーダンスとサンプル厚さからサンプルの比抵抗値を求め比較評価を行った。比抵抗は次式により求めた。
比抵抗(Ω・cm)=インピーダンス(抵抗値)(Ω)×サンプル断面積(cm)/端子間距離(cm)
【0079】
<2.3 面内方向の透気度(IP:In−Plane)の測定>
図3を参照しながら、透気度の測定方法を説明する。ガス拡散層のサンプルの上面および下面を、同一軸線上に配置した二つのSUSの円筒により挟持する。上面側を押さえる円筒の内径は16mm、外径は24mmである。下面側を押さえる円筒は二重筒になっており、内側の円筒の内径は16mm、外径は24mm、外側の円筒の内径は34mm、外径は48mmである。円筒部分でのサンプル押さえ圧力は1MPaとした。上面側円筒から加圧した空気(1MPa)を流入させ、下面側円筒の内筒部および外筒部に分岐して流出するそれぞれの空気流量を膜式流量計で測定した。下面側円筒の内筒部から流出する空気流量は、ガス拡散層の積層方向の透気度(TP:Through−Plane)を意味し、下面側円筒の外筒部から流出する空気流量は、ガス拡散層の面内方向の透気度(IP:In−Plane)を意味する。
【0080】
<<3.試験、測定結果>>
上記2の試験、測定方法によって得た結果を以下に示す。
【0081】
<3.1 発電試験結果>
上記2.1の発電試験の結果を、図4〜6に示す。図4および5に示されるとおり、実施例1の単セルは、従来型の比較例1の単セルよりも低コストで作製されたものであるが、比較例1の単セルと同等の発電性能を得た。
図6は、実施例1、2および比較例1、2の発電性能を比較したグラフである。実施例1および2の単セルは、従来型の比較例1の単セルよりも低コストで作製されたものであるが、比較例1の単セルと同等の発電性能を得た。比較例2が他よりも低い発電電圧を示しており、これにより比較例2におけるマイクロポーラス層のみにより構成されたガス拡散層では十分なガス拡散性能および電気伝導性が得られないことが示唆された。換言すれば、本発明の、マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層により、十分なガス拡散性能および電気伝導性が実現された。
【0082】
<3.2 面内方向の比抵抗測定結果>
実施例1と比較例2のガス拡散層について、その面内方向の比抵抗を測定した。その結果は以下のとおりであった。
【0083】
【表1】

【0084】
比較例2の比抵抗は、実施例のそれの31.3倍となっていた。比較例2の高い比抵抗が、比較例2の低い発電性能の一因と考えられる。換言すれば、本発明の、マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層により、低い比抵抗が実現された。
【0085】
<3.3 面内方向の透気度(IP:In−Plane)の測定結果>
実施例1と比較例2のガス拡散層について、その面内方向の透気度(IP:In−Plane)を測定した。その結果は以下のとおりであった。
【0086】
【表2】

【0087】
実施例1では面内方向の透気度(IP)が18.2(ml min−1 kPa−1)であったが、比較例2では測定できなかった。つまり、比較例2では、面内方向へガスがほとんど拡散することができず、このことも比較例2の低い発電性能の一因と考えられる。換言すれば、本発明の、マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層により、高い面内方向の透気度(IP)が実現された。
【符号の説明】
【0088】
10 高分子電解質膜
20、21 触媒層
30、31 マイクロポーラス層
35、36 マクロ層
40、41 ガス拡散層
50 燃料ガス流路
51 酸素含有ガス流路
60、61 セパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロポーラス層と、該マイクロポーラス層上に、直接スラリーから形成して得られるマクロ層とを含んでなる、固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項2】
マイクロポーラス層と、該マイクロポーラス層上に直接スラリーを塗布して得られるマクロ層とを含んでなる、請求項1に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項3】
該マイクロポーラス層は、引張り最大応力が10,000Pa以上である、請求項1または2に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項4】
該マイクロポーラス層が少なくともフッ素樹脂と炭素を含んでなる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項5】
該マイクロポーラス層が押し出し成形された層である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項6】
該マイクロポーラス層が、多孔質シートに導電性物質を含浸した層である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項7】
該スラリーが少なくとも導電性物質およびバインダー物質を含んでなる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項8】
該導電性物質が、カーボンファイバー、カーボン粒子、金属繊維、金属粒子からなる群から選択される少なくとも一つを含んでなる、請求項6または7に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項9】
該バインダー物質が少なくとも熱硬化性樹脂、フッ素系樹脂、熱可塑性樹脂または親水性材料のいずれかまたはこれらの組み合わせを含んでなる、請求項7または8に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項10】
該スラリーを、パターン様に形成する、請求項1〜9のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池ガス拡散層を用いた固体高分子形燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−198520(P2011−198520A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−61348(P2010−61348)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000107387)日本ゴア株式会社 (121)
【Fターム(参考)】