説明

固体高分子電解質、その製造方法、及び固体高分子型燃料電池

【課題】固体高分子電解質のイオン伝導性を更に向上させる。
【解決手段】固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造を有する固体高分子電解質であって、散逸粒子動力学法で算出される該水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差である水クラスター構造差が15.4×0.072nm以下であることを特徴とする固体高分子電解質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン伝導性に優れた固体高分子電解質に関し、更に詳しくは、燃料電池、水電解、食塩電解、酸素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサ等に用いられる固体高分子電解質、及びその製造方法に関するものである。又、イオン伝導性に優れた固体高分子電解質膜、及び発電性能に優れた固体高分子型燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、プロトン伝導性電解質として固体高分子電解質が知られている。この固体高分子電解質は、固体高分子材料の結合鎖中に電解質基を有しており、この電解質基が特定のイオンと強固に結合したり、陽イオン又は陰イオンを選択的に透過する性質を有していることから、粒子、繊維、あるいは膜状に成形し、電気透析、拡散透析、電池隔膜等、各種の用途に利用されているものである。
【0003】
例えば、固体高分子電解質を膜状に成形した固体高分子電解質膜は、食塩電解や固体高分子型燃料電池等に用いられる。中でも、固体高分子型燃料電池は、エネルギー変換効率が高く、有害物質をほとんど出さないことから、クリーンかつ高効率な動力源として注目されており、近年盛んに研究が行われているものである。
【0004】
固体高分子電解質膜としては、含フッ素系電解質膜、ポリシロキサン系電解質膜、炭化水素系電解質膜等がある。
【0005】
含フッ素系電解質膜としては、電解質基としてスルホン酸基やカルボン酸基等を持つタイプがあり、例えば、固体高分子型燃料電池に適用する場合には、電解質基としてスルホン酸基を備えた含フッ素系スルホン酸膜が一般に使用されている。このような膜としては、ナフィオン(登録商標、デュポン社)膜、フレミオン(登録商標、旭硝子社)膜、アシプレックス(登録商標、旭化成社)膜等に代表される膜が広く使用されている。
【0006】
この種の含フッ素系スルホン酸膜の構造としては、パーフルオロアルキレン鎖の結晶性によりその形状が保たれているが、非架橋構造であるため、側鎖部にある電解質基は自由度が大きい。そのためイオン化した状態では疎水性の強い主鎖部分と親水性の電解質基が共存し、電解質基はフルオロカーボンマトリックス中で水分子と会合して水クラスターを形成している。この水クラスターの構造としては、数nm程度の球状クラスタ(孔部)が1nm程度の間隔の狭いチャネル(ボトルネック部)によって繋がった構造を有している。
【0007】
同様に、ポリシロキサン系電解質膜においても親水性基であるイオン交換基と水分子が会合して水クラスターを形成している。
【0008】
そして、この水クラスターに溜め込まれた水(クラスタ水)の中をプロトンが拡散しながら移動していくことにより、プロトン伝導性を発現することが可能となる。
【0009】
ところで、プロトン伝導膜を燃料電池用固体高分子電解質膜として用いる場合、発電時の電気抵抗をできるだけ低くするため、イオン伝導度の高い電解質膜が望まれている。膜のイオン伝導度は、イオン交換基の数に大きく依存し、1当量当たりの乾燥重量(EW)が950〜1200程度のフッ素系イオン交換樹脂膜が通常使用されている。EWが950未満のフッ素系イオン交換樹脂膜はより大きなイオン伝導度を示すものの、水や温水に溶解しやすくなり、燃料電池用途に用いた場合に耐久性に劣るという大きな問題があった。
【0010】
そこで、下記特許文献1には、燃料電池に用いる事のできる低EWのフッ素系イオン交換樹脂膜が開示されている。具体的には、イオン交換基1当量当たりの乾燥重量(EW)が250以上940以下であり、かつ水中8時間沸騰処理による重量減少が沸騰処理前の乾燥重量基準で5wt%以下であるフッ素系イオン交換樹脂膜が開示されている。
【0011】
特許文献1に開示されるイオン交換樹脂膜は、EWは若干小さいものの、従来のパーフルオロスルホン酸系電解質からなるイオン伝導性膜であるため、加湿条件下で使用されるものであり、運転温度を100℃以上に上げることは困難であった。しかも、EWが250以上940以下と言いながら、実際には、EWが614のものが作製されているに過ぎなかった。パーフルオロスルホン酸系電解質でEWを600以下にすることが出来なかった理由は、スルホン酸基を有するユニットの分子量が大きいことと、重合体を合成する際にスルホン酸基を有しないテトラフルオロエチレン等の共重合ユニットが必須であることによる。
【0012】
そこで、本発明者らは、従来のパーフルオロスルホン酸系電解質に代わるEW値が小さく、無加湿条件又は低水分下でも、プロトン伝導性に優れ、強度に優れ、熱安定性・化学安定性が高く、かつ製造が容易で低コストである新規なプロトン伝導材料を提供するとともに、無加湿状態又は低水分下で高温動作に対応し得る燃料電池を実現することを目的として、特定の主鎖骨格を有する高分子電解質を発明した。
【0013】
即ち、下記特許文献2には、イオン交換基1当量当たりの乾燥重量(EW)が250以下、好ましくは、EWが200以下であるプロトン伝導材料を提示した。具体的には、下記構造式を基本骨格とするプロトン伝導材料である。
【0014】
【化1】

(ここで、pは1〜10で好ましくは1〜5、m:n=100:0〜1:99)
【0015】
このプロトン伝導材料は、プロトンソースが高密度化されており、上記構造式において、p=1、m:n=100:0の場合、EWが147を達成できる。又、シロキサン結合(Si−O)は優れた耐熱性を発揮する。更に、このプロトン伝導材料により、ナフィオン(商標名)等のパーフルオロスルホン酸系電解質材料では大きな課題であった無加湿条件下での高プロトン伝導度を達成できるものであった。
【0016】
【特許文献1】特開2002−352819号公報
【特許文献2】特開2006−114277号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、固体高分子電解質のイオン伝導性を更に向上させることを目的とする。
燃料電池の課題であるシステム簡素化・出力密度向上を果たす為には、低湿度条件や低温/高温条件のような厳しい条件下においてもプロトン伝導度:10−2S/cm以上の性能を示す電解質膜が要求される。現行の電解質膜であるフッ素系電解質膜は、約80℃の加湿雰囲気下で使用されており、高温雰囲気や低湿度雰囲気においてはこの要求を満たす事が出来ない。
【0018】
現行の電解質膜材料であるナフィオン((登録商標)商標は高湿度雰囲気下では高いプロトン伝導性能を示すが、低湿度雰囲気ではプロトン伝導性能が低くなる。本発明者らの知見によれば、その理由は、プロトンが通過するための道(パス)である『水クラスター構造』の一部分にプロトンの流れを阻害する孔部が存在する為、該孔部で無駄に拡散するプロトン量が増加するためである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、電解質膜中の水クラスター構造に着目し、その構造を制御することで、電解質膜中のイオン伝導性を向上させることが出来ることを見出し、本発明に到達した。
【0020】
即ち、第1に、本発明は、固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造を有する固体高分子電解質の発明であって、散逸粒子動力学法で算出される該水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差である水クラスター構造差が15.4×0.072nm以下であることを特徴とする。
【0021】
図1に、固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造の断面を模式的に示す。水クラスター構造は球状に拡がった孔部と狭まったボトルネック部を有する。ボトルネック部ではプロトンが拡散することなく移動するのに対して、穴部ではプロトンが3次元的に拡散する結果、所望する方向への移動が遅くなる。本発明では、この水クラスター構造における孔部の直径とボトルネック部の直径との差を規定するものである。
【0022】
本発明の固体高分子電解質は、前記水クラスター構造の下記に定義される平均水クラスター径が12.7×0.072nm以下であることが好ましい。
平均水クラスター径:ΣnR/Σn
(式中、Rは1つのクラスター半径、nは半径Rのクラスター個数を示す)
【0023】
本発明の水クラスター構造に特徴を有する高分子電解質は、従来公知の含フッ素(パーフルオロ)系電解質、ポリシロキサン系電解質、炭化水素系電解質などが適用され、その主鎖に対する親水性基であるイオン交換基の結合間隔や結合分布などを動力学的にシュミュレーションすることにより好ましい分子構造を探索し、該分子設計に基づいて高分子電解質を合成すればよい。
【0024】
この中で、ポリシロキサン系電解質としては、先に本発明者らが発明した構造と合成法を活用して本発明の分子設計を容易に行なうことができる。具体的には、下記構造式を基本骨格とする固体高分子電解質である。
【0025】
【化2】

(ここで、pは1〜10で好ましくは1〜5、m:n=100:0〜1:99)
【0026】
第2に、本発明は、固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造を有する固体高分子電解質の製造方法の発明であって、イオン交換基を有する側鎖の側鎖間距離と該イオン交換基の分散を調整することにより、散逸粒子動力学法で算出される該水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差である水クラスター構造差を15.4×0.072nm以下とするものである。
【0027】
イオン交換基を有する側鎖の側鎖間距離と該イオン交換基の分散を調整する手法としては、高分子電解質を構成する、側鎖を有さないモノマー単位(本明細書ではb成分という)とイオン交換基を有する側鎖を有するモノマー単位(a成分という)とを、高分子合成反応時に添加する順序や、添加量を適宜調整することが挙げられる。具体的には下記のような態様がある。
(1)a成分とb成分を最初から均一に混合して反応させる。
(2)a成分の重合又は重縮合を一定時間進行させた後に、b成分を添加し、再度重合又は重縮合させる。
(3)b成分の重合又は重縮合を一定時間進行させた後に、a成分を添加し、再度重合又は重縮合させる。
(4)a成分又はb成分の重合又は重縮合中に、b成分又はa成分を添加しつつ、重合又は重縮合を続行させる。
【0028】
これらの態様において、a成分とb成分のトータル量を同じにすることでイオン交換基量(EW)は同一で分子構造のみが異なる高分子電解質の作成が可能となる。
【0029】
本発明の固体高分子電解質の製造方法の具体例としては、メルカプトアルキルトリアルコキシシランのメルカプト基を酸化してスルホン酸とする工程と、トリアルコキシシランアルキルスルホン酸のアルコキシ基を水酸基とする工程と、水酸化シランアルキルスルホン酸を重縮合する工程でa成分を合成し、該水酸化シランアルキルスルホン酸を重縮合する工程でa成分を合成中に、テトラアルコキシシランのアルコキシ基を水酸基とする工程で得られるb成分を適宜添加して、これらモノマー化合物を重縮合することにより、上記構造式を基本骨格とする固体高分子電解質を製造する方法が好ましく例示される。
【0030】
ここで、ポリシロキサン系電解質において、これらモノマー化合物を縮合する工程としてはゾル−ゲル法が好ましく例示される。
【0031】
第3に、本発明は、上記固体高分子電解質からなる固体高分子電解質膜である。
第4に、本発明は、上記固体高分子電解質を有する固体高分子型燃料電池である。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差である水クラスター構造差を規定することにより、イオン伝導性に優れた固体高分子電解質を提供することができる。この固体高分子電解質を例えば、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質膜として使用した場合、低加湿状態でもプロトン伝導性に優れ、発電性能に優れた固体高分子型燃料電池とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら詳細に説明する。
図2に、高分子電解質の分子構造モデルの例を示す。図2の分子構造モデル1〜3に示されるに、イオン交換基密度(EW)は同じ高分子電解質であるが、分子構造(イオン交換基を有する側鎖の間隔、及び主鎖に対するイオン交換基を有する側鎖の分布)は異なる場合が考えられる。
【0034】
図3に、分子構造モデル1〜3の時に各電解質膜の内部で『水クラスター構造』がどのような大きさ(径)で分布しているのかを散逸粒子動力学法を用いてシミュレーションにより算出した結果を示す。その結果、数nm程度の径と十数nm程度の径が並存していることが分かった。
【0035】
図3の結果から、高分子電解質膜はその内部に径の小さい構造(以下、ボトルネック部)と径の大きな構造(以下、孔部)を持っており、先の図1のような模式図で表わされると考えられる。これら図1〜図3より、分子構造モデル1〜3に応じて孔部の分布状態が変化することが分かる。
【0036】
結局、分子構造を変化させることにより、イオン交換基量(EW)が同じ高分子電解質膜でも、膜内部で形成される水クラスター構造を変化させることが可能となり、この分布状態に応じてプロトン伝導性が異なる。この時、大きな構造(孔分)の分布が増加するとトラップされるプロトンが増加し、拡散係数が悪化する。そこで、イオン交換基の存在する側鎖の間隔を変化させることで、水クラスター構造の平均サイズおよび構造の差(孔部径−ボトルネック部径)が小さくなり、同じEWでも高いプロトン伝導性能を発現できる。
【0037】
尚、従来の固体高分子電解質の評価方法としては、交流インピーダンス法による伝導度、NMRによる緩和時間の測定による電解質膜の性能評価があったが、交流インピーダンス法、NMRによる緩和時間法ともに、水クラスターの挙動を間接に測定するものであり、水クラスター径等を正確に知ることは出来なかった。
【0038】
本発明で用いる固体高分子電解質とは、電解質基若しくはその前駆体を有する高分子をいう。高分子としては、具体的には、高分子骨格の全部がフッ素化された含フッ素系高分子、高分子骨格の一部がフッ素化(例えば、−CF−、−CHF−、−CFCl−等の結合を有する)されたフッ素・炭化水素系高分子、高分子骨格にフッ素を含まない炭化水素系高分子、シリコーン骨格を有するシリコーン系高分子等が挙げられる。
【0039】
より具体的には、含フッ素系高分子として、テトラフルオロエチレン重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン−トリフルオロスチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−トリフルオロスチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ヘキサフルオロプロピレン−トリフルオロスチレン共重合体、ヘキサフルオロプロピレン−トリフルオロスチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体等が挙げられる。
【0040】
フッ素・炭化水素系高分子としては、ポリフッ化ビニリデン、ポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン共重合体、ポリスチレン−グラフト−ポリテトラフルオロエチレン、ポリスチレン−グラフト−ポリフッ化ビニリデン、ポリスチレン−グラフト−ヘキサフルオロプロピレンテトラフルオロエチレン共重合体、ポリスチレン−グラフト−エチレンヘキサフルオロプロピレン共重合体等が挙げられる。
【0041】
炭化水素系高分子としては、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリフェニレン、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリアセタール等が挙げられる。特に骨格に芳香族を含むものが好ましく、更には、全芳香族系のものが好ましい。ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリル系樹脂等の汎用樹脂であっても良い。
【0042】
固体高分子電解質の電解質基としては、プロトン伝導可能な官能基であれば良く、具体的にはスルホン酸基、ホスホン酸基、カルボン酸基等が好ましい。そしてまた、電解質基の前駆体としては、化学反応による誘導化(例えば、加水分解等)によりプロトン伝導可能な官能基となれば良く、具体的にはスルホン酸基の前駆体、ホスホン酸基の前駆体、カルボン酸基の前駆体等が好ましい。特にフルオロ体、ナトリウム等の金属イオン体が好ましい。尚、固体高分子電解質には、電解質基若しくはその前駆体が1種類含まれていても良く、あるいは、2種類以上含まれていても良い。
【0043】
このような固体高分子電解質としては、含フッ素系高分子に電解質基若しくはその前駆体を備えた含フッ素系電解質、フッ素・炭化水素系高分子に電解質基若しくはその前駆体を備えたフッ素系電解質、炭化水素系高分子に電解質基若しくはその前駆体を備えた炭化水素系電解質、シリコーン系電解質が挙げられる。これらの中から、分子設計と合成が容易な高分子電解質が好ましい。
【0044】
本発明者らが先に提案したシリコーン系電解質の製造方法を以下に説明する。このシリコーン系電解質は、特定のシラン材料からゾル−ゲル法で製造される。つまり、メルカプトアルキルトリアルコキシシランと所望によりテトラアルコキシシランを出発物質とし、ゾル−ゲル法で下記構造式を基本骨格とするシリコーン系電解質を製造する。
【0045】
【化3】

(ここで、pは1〜10で好ましくは1〜5、m:n=100:0〜1:99)
【0046】
より具体的には、下記反応スキームに示されるように、メルカプトアルキルトリアルコキシシランと所望によりテトラアルコキシシランのメルカプト基を酸化してスルホン酸とする工程と、トリアルコキシシランアルキルスルホン酸と所望によりテトラアルコキシシランのアルコキシ基を水酸基とする工程と、これらモノマー化合物を縮合させる工程により上記シリコーン系電解質が製造方法される。
【0047】
【化4】

ここで、R,Rはアルキル基であり、Rはアルキレン基である。
【0048】
メルカプト基を酸化してスルホン酸とする工程で用いられる過酸化水素、及びt−ブタノールは容易に蒸発して反応系から除かれる。又、スルホン酸とする工程で生じたスルホン酸基(−SOH)が、アルコキシ基を水酸基とする工程における触媒として機能する。これらにより、本発明は、反応副生物や不純物が生じることはない、極めて合理的な製造法である。
【0049】
出発原料の具体例としては、前記メルカプトアルキルトリアルコキシシランが3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(MePTMS)であり、前記テトラアルコキシシランがテトラメトキシシラン(TMOS)が好ましく例示される。
【0050】
本発明においては、所望のEW値のプロトン伝導材料を製造することが可能であり、上記反応スキームに示されるmとnの比、即ち前記メルカプトアルキルトリアルコキシシランと前記テトラアルコキシシランの仕込み比を適宜制御することにより、所望のEWのプロトン伝導材料を精密に設計することができる。n=0でp=1の時、最も小さなEW(最もプロトンソースを高密度化させた)=147が得られる。EWの上限は限定されないが、無加湿条件下での高プロトン伝導度を達成するには250以下が好ましい。
【0051】
尚、固体高分子電解質は、膜状であることが好ましいが、特に限定されるものではなく、用途に合わせて種々の形状を選択することができる。
【0052】
本発明の固体高分子電解質を、例えば、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質膜として使用した場合、従来の電解質膜に比べ、高温低湿度環境下での伝導性に優れるため、高温、低湿条件での作動が可能となり、電池性能が向上する。
【実施例】
【0053】
以下に本発明の好適な実施例を説明する。
固体高分子電解質として、図2に示される3種の分子構造を有するシリコーン系高分子を合成した。即ち、3−メルカプトプロピルトリメトキシシランを原料としたゾルゲル法により、図4に示す合成スキームで、a成分とb成分を合成し、b成分を添加するタイミングを調整することで、図2の分子構造モデル1〜3に示される高分子電解質を合成した。分子構造モデル1〜3は、イオン交換基密度(EW)は同じ高分子電解質であるが、分子構造(イオン交換基を有する側鎖の間隔、及び主鎖に対するイオン交換基を有する側鎖の分布)が異なる電解質である。
【0054】
イオン交換基を有する側鎖の側鎖間距離と該イオン交換基の分散を調整する手法として、分子構造モデル1〜3に示される高分子電解質を合成するには、高分子電解質を構成する、側鎖を有さないモノマー単位(本明細書ではb成分という)とイオン交換基を有する側鎖を有するモノマー単位(a成分という)とを、高分子合成反応時に添加する順序や、添加量を適宜調整する。
【0055】
具体的には、分子構造モデル1は、a成分とb成分を最初から均一に混合して均一系で反応させて得られる。分子構造モデル2及び3は、a成分の重縮合を一定時間進行させた後に、b成分を添加し、不均一分散系で反応させ再度重縮合させて得られる。反応時に、a成分とb成分のトータル量を同じにすることで、イオン交換基密度(EW)は同じ高分子電解質であるが、分子構造(イオン交換基を有する側鎖の間隔、及び主鎖に対するイオン交換基を有する側鎖の分布)のみが異なる電解質が作製可能となる。
【0056】
図5に、分子構造モデル1、2及び3の時間に対するMSD(平均二乗変位)を示す。この時の傾きが水の拡散係数Dを示しており、分子構造モデル3>分子構造モデル2>分子構造モデル1の順で拡散係数が向上している。分子構造に応じて拡散係数が変化する理由は、水クラスター構造中の水分子をトラップしている孔部の存在である。図6に、水クラスター構造が水分子の拡散に与える影響を模式的に示す。図6に示すように、水クラスター構造の孔部の分布が少ないほどプロトン伝導性能が向上することが分かる。
【0057】
そこで、図7に、水クラスター構造の平均水クラスター径と拡散係数の相関を示す。図7の結果より、水クラスター構造の平均水クラスター径(平均サイズ)が小さくなるにつれて拡散係数が向上する傾向が明確に示された。すなわち、水クラスター構造の平均サイズが小さいほど電解質膜のプロトン伝導性能を向上させることが可能である。具体的には、水クラスター構造の下記に定義される平均水クラスター径が12.7×0.072nm以下であると所望の拡散係数を示すことが分かる。
平均水クラスター径:ΣnR/Σn
(式中、Rは1つのクラスター半径、nは半径Rのクラスター個数を示す)
【0058】
次に、図1及び3に示した水クラスター構造の大きさの差を下記方法にて定量化した。
(1)図3から、ボトルネック部の大きさは最大分布を示している5×0.7nmであると仮定する。
(2)平均サイズはボトルネック部と孔部の大きさの平均値でもあるので、孔部の大きさを下記式にて算出する。
平均サイズ=(ボトルネック部の大きさ+孔部の大きさ)/2
これらより、水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差(水クラスター構造の差)を求めた。
【0059】
図8に、水クラスター構造の差と拡散係数の相関を示す。図8の結果より、水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差である水クラスター構造差を15.4×0.072nm以下であると所望の拡散係数を示すことが分かる。
【0060】
以上の実施例では、分子設計の容易さからシリコーン系高分子電解質を用いたが、他の固体高分子電解質、例えばナフィオン(商標名)を用いても同様の結果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明により、イオン伝導性に優れた固体高分子電解質を提供することができる。この固体高分子電解質を例えば、固体高分子型燃料電池の固体高分子電解質膜として使用した場合、低加湿状態でもプロトン伝導性に優れ、発電性能に優れた固体高分子型燃料電池とすることができる。これにより、燃料電池の実用化と普及に貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造の断面を模式的に示す。
【図2】高分子電解質の分子構造モデルの例を示す。
【図3】分子構造モデル1〜3の内部での水クラスター構造がどのような大きさ(径)で分布しているのかを散逸粒子動力学法を用いてシミュレーションにより算出した結果を示す。
【図4】図2に示される3種の分子構造を有するシリコーン系高分子の合成スキームを示す。
【図5】分子構造モデル1、2及び3の時間に対するMSD(平均二乗変位)を示す。
【図6】水クラスター構造が水分子の拡散に与える影響を模式的に示す。
【図7】水クラスター構造の平均水クラスター径と拡散係数の相関を示す。
【図8】水クラスター構造の差と拡散係数の相関を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造を有する固体高分子電解質であって、散逸粒子動力学法で算出される該水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差である水クラスター構造差が15.4×0.072nm以下であることを特徴とする固体高分子電解質。
【請求項2】
前記水クラスター構造の下記に定義される平均水クラスター径が12.7×0.072nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子電解質。
平均水クラスター径:ΣnR/Σn
(式中、Rは1つのクラスター半径、nは半径Rのクラスター個数を示す)
【請求項3】
下記構造式を基本骨格とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の固体高分子電解質。
【化1】

(ここで、pは1〜10で好ましくは1〜5、m:n=100:0〜1:99)
【請求項4】
固体高分子電解質中の親水性基と吸蔵水によって構成された水クラスター構造を有する固体高分子電解質の製造方法であって、イオン交換基を有する側鎖の側鎖間距離と該イオン交換基の分散を調整することにより、散逸粒子動力学法で算出される該水クラスター構造の孔部の直径とボトルネック部の直径との差である水クラスター構造差を15.4×0.072nm以下とすることを特徴とする固体高分子電解質の製造方法。
【請求項5】
前記水クラスター構造の下記に定義される平均水クラスター径が12.7×0.072nm以下とすることを特徴とする請求項4に記載の固体高分子電解質の製造方法。
平均水クラスター径:ΣnR/Σn
(式中、Rは1つのクラスター半径、nは半径Rのクラスター個数を示す)
【請求項6】
メルカプトアルキルトリアルコキシシランのメルカプト基を酸化してスルホン酸とする工程と、トリアルコキシシランアルキルスルホン酸のアルコキシ基を水酸基とする工程と、水酸化シランアルキルスルホン酸を重縮合する工程でa成分を合成し、該水酸化シランアルキルスルホン酸を重縮合する工程でa成分を合成中に、テトラアルコキシシランのアルコキシ基を水酸基とする工程で得られるb成分を適宜添加して、これらモノマー化合物を重縮合することにより、下記構造式を基本骨格とする固体高分子電解質を製造することを特徴とする請求項4又は5に記載の固体高分子電解質の製造方法。
【化2】

(ここで、pは1〜10で好ましくは1〜5、m:n=100:0〜1:99)
【請求項7】
前記これらモノマー化合物を縮合する工程がゾル−ゲル法であることを特徴とする請求項6に記載の固体高分子電解質の製造方法。
【請求項8】
請求項1乃至3のいずれかに記載の固体高分子電解質からなる固体高分子電解質膜。
【請求項9】
請求項1乃至3のいずれかに記載の固体高分子電解質を有する固体高分子型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−293709(P2008−293709A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−135868(P2007−135868)
【出願日】平成19年5月22日(2007.5.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】