説明

固体高分子電解質型燃料電池およびその膜電極接合体

【課題】固体高分子電解質型燃料電池のセル性能を向上させるための1つの解決策を提供することにあり、特にMEAのアノードおよびカソード電極での触媒特性を改善してセルの出力密度を高めるようにする。
【解決手段】高分子電解質膜1と、この高分子電解質膜1の表面に形成されたアノード電極2およびカソード電極3を備え、アノード電極2およびカソード電極3のいずれか一方また両方の表面に微細なひび割れ4、4・・を形成した。ひび割れの幅が10〜30μmで、長さが30〜1000μmで、深さが5〜10μmで、1平方ミリメートル当たりの個数が300〜3000個以上であることが好ましく、触媒分散液を塗布、乾燥させる際に形成することで形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、固体高分子電解質膜型燃料電池の膜電極接合体(以下、MEAと記述することがある。)に関し、アノードおよびカソード電極のいずれか一方また両方の表面に微細なひび割れを人為的に形成して、実質的な表面積を増加させて反応面積を増大させてセル性能を向上させたものである。
【背景技術】
【0002】
図3は、固体高分子電解質型燃料電池の反応部であるMEAの一例を示すものである。図3において、符号1は、高分子電解質膜を示す。
この高分子電解質膜1の一方の表面には、厚さ10μm程度の膜状のアノード電極2が、他方の表面には厚さ10μm程度の膜状のカソード電極3が接合、一体化されて設けられ、これらアノード電極2、カソード電極3の表面には、図示しないカーボンペーパーなどからなる拡散層が設けられて、MEAとなっている。
【0003】
前記高分子電解質膜1には、厚さ30〜70μm程度のパーフルオロスルホン酸系ポリマーなどからなるフィルムが用いられている。
また、前記アノード電極2およびカソード電極3には、径2〜5nm程度の白金微粒子などを径数十nmのカーボン粒子などに担持した担持触媒粒子を、アイオノマー、水、イソプロパノールなどからなる高分子電解質溶液に分散させ、この触媒分散液を拡散層となるカーボンペーパーなどの上に塗布し、乾燥したものが用いられている。
【0004】
このアノード電極2およびカソード電極3の高分子電解質膜1への接合は、アノード電極2およびカソード電極3の拡散層が外側となるように配置されて熱圧着などによって接合される。
また、アノードおよびカソード電極における触媒量は、出力密度とコストとの関係から1〜3mg/cm程度となっているが、白金使用量の低減の努力がなされ、0.1〜0.5mg/cm程度にまで減少させることができるとの提案もある。
【0005】
また、燃料として、改質水素、メタノール、ジメチルエーテル(DME)などを用いる場合には、これら燃料に含まれる一酸化炭素による触媒の被毒の恐れがあることから、アノード電極2に含まれる触媒として、白金/ルテニウム合金触媒が用いられている。
【0006】
この固体高分子電解質型燃料電池の動作原理は、以下のようである。アノード電極2に供給された燃料の水素は、ここでの触媒反応により水素イオンとなって高分子電解質膜1中を移動し、カソード電極3に至り、カソード電極3での触媒反応によりここに供給された酸化剤の酸素と反応して水になる。アノード電極2において生成した電子は図示しないセパレータを介して外部回路に流れ、カソード電極3に移動する。
燃料としてメタノールやジメチルエーテルを用いた場合には、アノード電極2において触媒反応により、直接メタノールやジメチルエーテルが酸化されて、二酸化炭素と水素イオンと電子が生成し、水素イオンが高分子電解質膜1中を移動することになる。
【0007】
このような固体高分子電解質型燃料電池の出力密度などのセル性能を向上させる研究開発が盛んに進められており、多くの特許出願がなされている。以下にその一部を示す。
【特許文献1】特表2002−532833号公報
【特許文献2】特表2003−502827号公報
【特許文献3】特開平9−27326号公報
【特許文献4】特開2006−140134号公報
【特許文献5】特開2005−197195号公報
【特許文献6】特開2005−56583号公報
【特許文献7】特開2005−174620号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明における課題は、固体高分子電解質型燃料電池のセル性能を向上させるための1つの解決策を提供することにあり、特にMEAのアノードおよびカソード電極での触媒特性を改善してセルの出力密度を高めるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる課題を解決するため、
請求項1にかかる発明は、高分子電解質膜と、この高分子電解質膜の表面に形成されたアノードおよびカソード電極を備えた膜電極接合体において、
前記アノードおよびカソード電極のいずれか一方また両方の表面に微細なひび割れを形成したことを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体である。
【0010】
請求項2にかかる発明は、前記ひび割れの幅が10〜30μmで、長さが30〜1000μmで、深さが5〜10μmで、1平方ミリメートル当たりの個数が300〜3000個以上であることを特徴とする請求項1記載の固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体である。
【0011】
請求項3にかかる発明は、前記ひび割れが、触媒分散液を塗布、乾燥させる際に形成されたものであることを特徴とする請求項1または2記載の固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体である。
【0012】
請求項4にかかる発明は、前記アノードおよびカソード電極のいずれか一方また両方の実質表面積が見掛け面積の10〜100倍であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体である。
【0013】
請求項5にかかる発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の膜電極接合体を備えたことを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、アノードおよびカソード電極における触媒反応に関与する実質的な表面積が大幅に増大し、触媒の利用率が向上する。また、燃料および酸化剤がひび割れを通り、触媒層の表面だけではなく、その内部にまで侵入することになり、反応後のガスの拡散も容易となる。
【0015】
さらに、ひび割れを通して、高分子電解質膜まで水分が浸透し、高分子電解質膜の湿潤性が保たれ、水素イオンの伝導性が向上する。また、カソード電極で反応により生じた不要な生成水が外部に排出されやすくなる。
以上の理由により、本発明の固体高分子電解質型燃料電池にあっては、その性能を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明における好適な実施形態を説明する。
図1は、本発明のMEAの一例を模式的に示すもので、符号1は高分子電解質膜、2はアノード電極、3はカソード電極を示す。
この例のMEAにあっては、アノード電極2およびカソード電極3に無数のひび割れ4、4・・が形成されている。
【0017】
このひび割れ4は、その幅が10〜30μmで、長さが30〜1000μmで、深さが5〜10μmで、1平方ミリメートル当たりの個数が300〜3000個以上となっているが、この範囲に限定されるものではなく、アノード電極2およびカソード電極3の膜強度、表面積などの特性を勘案して定めることができ、通常は前記範囲とすることが好ましい。
また、その深さ方向の形状、長さ方向の形状は特に限定されず、例えば外部に向く開口側が広く、内側に行くにつれて徐々に狭くなっているものなど任意である。さらに、ひび割れが高分子電解質膜1に届いていてもよい。
【0018】
このようにひび割れ4、4・・が形成されたアノード電極2およびカソード電極3では、無数のひび割れにより、BET法などにより測定された実質的な表面積が大きくなっており、アノード2またはカソード3の見掛けの面積に比べて10〜100倍となっている。
【0019】
前記MEAの作製にあっては、前述のように、触媒分散液を拡散層となるカーボンペーパーに塗布、乾燥して触媒層を形成し、このカーボンペーパーを高分子電解質膜1に接合する方法以外に、触媒分散液を離型紙となるポリフルオロエチレンなどのシートに塗布、乾燥して触媒層を形成し、この触媒層を離型紙から高分子電解質膜1に熱転写したのち、拡散層となるカーボンペーパーを前記触媒層を介して高分子電解質膜1に接合する方法がある。
【0020】
前記ひび割れ4は、以上のように、触媒分散液を塗布、乾燥して触媒層を形成する際に形成することが好ましい。
この形成方法は、前述のように、担持触媒粒子を分散したインク状の触媒分散液をカーボンペーパーあるいは離型紙に塗布し、乾燥する際に、塗布条件、乾燥条件を制御することによって行うことができる。
【0021】
触媒分散液の塗布は、スプレー法、ドクターブレード法、スクリーン印刷などによって行われるが、この際その塗布量を多目にして塗布直後に触媒分散液が液状で保持され、ある時間液面が形成されるようにする。
塗布量が少ないと、触媒分散液がすぐに乾燥して担持触媒粒子が塗布された位置に固定されて、担持触媒粒子が均一に配置され、その結果担持触媒粒子間の凝集が起こらず、意図するひび割れが生じにくい。
【0022】
つぎに、乾燥を行うが、この時には液層となっている触媒分散液の表面にのみ熱を加えるようにする。例えば、白熱電球などのランプの光を触媒分散液の液面に照射する。加熱炉などの全体が加熱されるものでも可能であるが、表面のみに熱を加えた方が好ましい。
触媒分散液の表層の加熱により、触媒分散液の溶媒である水、イソプロパノールなどが揮発していくが、イソプロパノールの沸点が低いので早く揮発し、塗布された触媒分散液の表面側に存在する担持触媒粒子が初期の凝集を形成する。
【0023】
そして、初期凝集した担持触媒粒子は、未だ完全に乾燥していないが、時間とともに水も揮発するので、触媒分散液の表面側では担持触媒粒子が乾燥固定され、下層側では若干流動性を持つ状態となる。
乾燥は、表面層から内層に進行するため、表面層に初めに形成されたひび割れはクサビのように内層側のひび割れを引き起こすきっかけとなり、乾燥して得られた触媒層全体にひび割れが生じた状態となる。
【0024】
このようにして形成された触媒層の断面を観察すると、触媒層の厚さ方向にひび割れが生じた状態となる。
このひび割れは、触媒分散液に含まれる2種以上の沸点の異なる溶媒の混合割合、溶媒の含有量、塗布後の加熱温度等を変化させることにより、その個数、形状、大きさなどを制御することができる。
【0025】
ひび割れの形成は、上述の方法が好ましいが、これ以外に通常の方法によりひび割れの存在しない触媒層をカーボンペーパーあるいは離型紙に形成し、このものを曲げたり、折り畳んだり、揉んだりして触媒層に機械的にひび割れを形成しても良い。
【0026】
本発明の固体高分子電解質型燃料電池は、前記MEAを備えたものである。すなわち、前記MEAと、カーボンなどからなり、その両面に燃料または酸化剤が流れる流路が形成された板状のスペーサをガスケットを介して組み合わせたセルを有するものである。
この固体高分子電解質型燃料電池では、以上述べたようにその性能が高いものとなる。
【0027】
以下、具体例を示す。
(実施例1)
・平均粒径3nmの白金粒子を平均一次粒径30nmのケッチェンブラックに50質量%担時させた担持触媒粒子を用いた。この担持触媒粒子をイソプロパノールと水(重量比4:1)との溶媒に分散したのち、高分子電解質であるNafion溶液(デュポン社製、商品名)5重量%を混合し触媒分散液を作製した。
【0028】
前記触媒分散液をスプレー装置にて、カーボンペーパー上に塗布した。触媒分散液は、カーボンペーパー上に薄い液体で存在できる程度に比較的多量に塗布した。その後、白熱ライト(200W)を用いて、白熱光を塗布面から1〜3分照射し、触媒分散液を完全に乾燥させ、溶媒を揮発させた。
乾燥後の塗布面を観察したところ、多数のひび割れが生じていた。このひび割れは、カーボンペーパー側に向かってひび割れの幅が小さくなっているものであった。
このものをアノードおよびカソードとして、ホットプレスにより高分子電解質膜に接合してMEAとした。
【0029】
このように作製したMEAをカーボン製のセパレータで挟み込み、セルとした。セパレータには、燃料および酸化剤が流れる流路が刻み込まれた構造のものである。
このセルに燃料として水素を、酸化剤として酸素を供給し、セル温度80℃とし、触媒量を1mg/cmとして出力密度を測定した。
結果を図2のグラフの曲線Aで示す。
【0030】
比較として、同様の触媒分散液を用い、カーボンペーパーにスプレー噴霧する際、1回の塗布量を少なくし、5回に分けて塗布し、加熱炉にて乾燥して得られたMEAを作製した。このMEAのアノードおよびカソードの表面は平滑で、ひび割れ等は認められなかった。先と同様にセルを作製し、その出力密度を同様にして測定した。
結果を図2のグラフの曲線Bで示す。
図2のグラフから、ひび割れを有するMEAを用いたものでは、セル性能が改善されていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明のMEAの一例を模式的に示した概略断面図である。
【図2】実施例の結果を示す図表である。
【図3】従来のMEAを示した概略断面図である。
【符号の説明】
【0032】
1・・高分子電解質膜、2・・アノード電極、3・・カソード電極、4・・ひび割れ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜と、この高分子電解質膜の表面に形成されたアノードおよびカソード電極を備えた膜電極接合体において、
前記アノードおよびカソード電極のいずれか一方また両方の表面に微細なひび割れを形成したことを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体。
【請求項2】
前記ひび割れの幅が10〜30μmで、長さが30〜1000μmで、深さが5〜10μmで、1平方ミリメートル当たりの個数が300〜3000個以上であることを特徴とする請求項1記載の固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体。
【請求項3】
前記ひび割れが、触媒分散液を塗布、乾燥させる際に形成されたものであることを特徴とする請求項1または2記載の固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体。
【請求項4】
前記アノードおよびカソード電極のいずれか一方また両方の実質表面積が見掛け面積の 10〜100倍であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の固体高分子電解質型燃料電池の膜電極接合体。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の膜電極接合体を備えたことを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−243768(P2008−243768A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−86618(P2007−86618)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(000217686)電源開発株式会社 (207)
【Fターム(参考)】