説明

固定化酵素の製造方法及び該方法により得られる固定化酵素を用いたエステル化合物の製造方法

【課題】 クチナーゼを効率的に固定化する固定化酵素の製造方法及び該方法により得られる固定化酵素を用いた効率的なエステル化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】 クチナーゼと多糖を含有する酵素液から、分子量9.5×10ダルトン以上の高分子物質を除去する工程1と、高分子物質を除去された酵素液中のクチナーゼを担持体に固定化して固定化酵素を得る工程2とを有する製造方法で固定化酵素を得、該固定化酵素を用いてエステル合成反応を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クチナーゼ、特にクリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2;FERM P−15155)が生産するクチナーゼの固定化方法及び該方法により得られた固定化酵素を用いたエステル化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エステル化合物は各種分野で利用される重要な原料であり、例えば、多価カルボン酸と多価アルコールが縮重合したポリエステルは、ポリウレタンの主要原料として幅広く利用されている。したがってエステル合成反応は工業的に極めて重要な反応であるが、従来は化学触媒を用いた高温・高圧反応が行なわれており、多量のエネルギーが必要な上、副生成物が多く生じ、触媒の回収が必要など多くの問題点を抱えている。
【0003】
これに対して、生体触媒である酵素を利用した反応は、酵素の高い基質特異性を利用した反応であることから目的物を効率よく製造でき、温和な条件下の反応であるため、消費するエネルギーが少ないなど優れた方法である。例えば、エステル化反応を触媒できる酵素としてはリパーゼが一般的に知られている。(例えば、非特許文献1、非特許文献2参照。)しかしながら、エステル交換反応は、有機溶媒中での反応であることから、水溶性のリパーゼでは分散しにくく、回収が困難であり、酵素の失活および酵素活性の低下などの問題点がある。このため、酵素を固定化することにより、酵素活性を保持する提案がされている。(例えば、非特許文献5参照。)
【0004】
一方、クチナーゼは植物の表層を覆うクチンを分解する事が可能な酵素である。リパーゼ同様にトリグリセリドを分解できるが、リパーゼとは根本的に異なる種類の酵素である事が報告されている。例えば、リパーゼを用いた系では水と油の2層の界面上で酵素反応が行われることが特徴であるのに対し、クチナーゼを用いた系では界面上で反応が行なわれていないことが、タンパク質の立体構造の違いと共に報告されている。(例えば、非特許文献3参照。)このクチナーゼを用いたエステル合成反応が、これまでに幾つか報告されている。(例えば、非特許文献4参照。)
【非特許文献1】POBERTLORTIE,Biotechonology Advance,Vol.15,No.1,pp.1−15,1997
【非特許文献2】Ernst Wehtje and Patrick Adlercreutz,Biotechology Letters,Vol.11,No.6,June 1997,pp.537−540
【非特許文献3】Chrislaine Martinez,et al.,NATURE 356,16,APRIL(1992)
【非特許文献4】M.D.Sebastiao et al.,Biotechnology and Bioengineering,42,326332(1993)
【非特許文献5】Gaelle Pencreac‘h, Jacques C. Baratti,Appl Microbiol Biotechnol(1997), 47, 630−635
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これらクチナーゼを用いたエステル合成反応は、有機溶媒の適用に頼った逆ミセル反応である。このため、クチナーゼを担持体に固定化した固定化酵素を用いてエステル化合物を合成する方法は非常に有用である。
しかし、例えばクリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2;FERM P−15155)が生産するクチナーゼを固定化して固定化酵素を作製し、得られた固定化酵素を用いてエステル化合物を製造すると、酵素の固定化が効率的に行われず、エステル化反応を十分に進行させることが出来なかった。
【0006】
したがって、本発明の目的は、クチナーゼを効率的に固定化する固定化酵素の製造方法及び該方法により得られた固定化酵素を用いた効率的なエステル化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、クリプトコッカス エスピー エス−2が、クチナーゼと共に多糖などの高分子物質を生産しており、これらが担持体へのクチナーゼの固定化を妨げており、エステル化合物の生産に対する酵素活性を損ねていると考えた。これに基づき、分子量9.5×10ダルトン以上の物質を除去する工程を行った後に、担持体への固定化を行い、この固定化酵素を用いてエステル化反応を行なうと、著しく反応性が向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明の第一の発明は、クチナーゼと多糖を含有する酵素液から、分子量9.5×10ダルトン以上の高分子物質を除去する工程1と、高分子物質を除去された酵素液中のクチナーゼを担持体に固定化して固定化酵素を得る工程2と、を有することを特徴とする固定化酵素の製造方法である。
【0009】
また、本発明の第二の発明は、上記方法により得られる固定化酵素を用いてエステル合成反応を行うことを特徴とするエステル化合物の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、クチナーゼを担持体に固定化した固定化酵素を効率的に得ることができる。
【0011】
また、本発明によれば、従来の化学触媒を用いる方法に代わり、温和な条件下でより選択的に高効率でエステル化合物を製造できる。また、エステル化合物の製造時に多量のエネルギーを必要としないため、製造コストを低減でき、さらに環境負荷を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の固定化酵素の製造方法は、分子量9.5×10ダルトン以上の物質を除去する工程1を有することを除けば、通常の酵素固定化で用いられている方法を適用することができる。
【0013】
◎工程1
(酵素液の調製)
本発明で用いる酵素液は、クチナーゼ生産微生物、好ましくはクリプトコッカス エスピー エス−2を常法に従って培養し、培養物から分離、精製することによって得られる。例えば、クリプトコッカス エスピー エス−2の場合、YM培地(酵母エキス0.3質量%、麦芽エキス0.5質量%、ペプトン0.5質量%、グルコース1質量%)にて25℃、40時間前後培養(5.4〜5.8×10個/ml)した菌体を通常の本培養に供する接種菌とする。
【0014】
本培養として、酵母エキス0.5質量%、KHPO1質量%、MgSO・7HO0.1質量%、トリオレイン1質量%を酵素生産培地とし、前培養した菌を1%(v/v)接種し、25℃、100rpmの振とう培養にて、クチナーゼの生産を行えば良い。培養後、クチナーゼを培養物から分離精製する。その方法は常法に従えばよく、例えば、培養物を濃縮した後、クロマトグラフィー処理等の既知の精製方法を組み合わせて行えば良い。得られた酵素液は、クチナーゼと多糖を含有するものである。
なお、本発明で使用することのできるクチナーゼとしては、種々のクチナーゼ生産微生物に由来するものが例示できる。例えば、クリプトコッカス エスピー エス−2以外にも、フサリウム ソラニ ピシ(Fusariumu solani pisi;IFO 9425、IFO 9975等)、ボトリチス シネレア(Botrytis cinerea;ATCC 11542等)、グロメレラ シングラータ(Glomerella cingulata;IFO 5257、IFO 5907、IFO 5910等)、ファイトフソーラ ブラシカエ(Phytophthora brassicae;CBS 178.87、CBS 179.87等)、ファイトフソーラ カプシシ(Phytophthora capsici;CBS 128.83、CBS 178.26等)、ネクトリア ハエマトコッカ(Nectria haematoccoca;ATCC 16239等)、モニリニア フルクチコラ(Monilinia fructicola;IFO 9068、IFO 30451等)、ブルメリア グラミニス(Blumeria graminis)、アスペルギルス オリザエ(Aspergillus oryzae;IFO 4075、IFO 30102等)、ピレノペジザ ブラシカエ(Pyrenopeziza brassicae;ATCC 200709、ATCC 200710、ATCC 48346、ATCC 64680等)、アルテルナリア ブラシシコラ(Alternaria brassicicola;IFO 31226、IFO 31227等)、アスコチタ ラビエイ(Ascochyta rabiei;ATCC 24891等)、などの微生物に由来するクチナーゼを、好適な例として挙げることができる。
特に、クリプトコッカス エスピー エス−ツー由来のクチナーゼが好ましい。
上記のクチナーゼは一種以上で使用することが必要であるが、2種以上のものを組み合わせて使用する事も可能である。
なお、クチナーゼ生産微生物に由来するクチナーゼは、クチナーゼ生産微生物自体がタンパク質として生産したものであってもよいし、クチナーゼ生産微生物に由来する遺伝子を導入された他の微生物等が生産したものであってもよい。
【0015】
(除去する高分子物質)
上記で得られた酵素液から除去する高分子物質は、クチナーゼ生産微生物が菌体外に生産する分子量9.5×10ダルトン以上の物質である。例えばクリプトコッカス エスピー エス−2が生産する高分子物質として多糖が挙げられる。該多糖は微生物が菌体外に生産するものであり、グルコース、ガラクトース等の単糖が結合し高分子量化したものである。また多糖の存在様式は多様で、脂質、タンパク質等の物質と複合体を形成している場合や、2種以上の多糖の混合物である場合等がある。多糖の分子量は単糖の結合状況により異なるが、本発明においては分子量9.5×10ダルトン以上の多糖を除去することが必要である。
【0016】
多糖(高分子の糖)は、1)系の粘性を上げるため、固定化を阻害する 2)酵素と相互作用し、固定化担持体との相互作用を阻害する 3)固定化した酵素に相互作用を及ぼし、酵素を離脱させる 等の特徴を有すると考えられる。このため、これらの高分子量の多糖を除去することにより、酵素の固定化が効率的に行われ、固定化酵素としての反応性が上がると考えられる。
【0017】
(除去方法)
(限外ろ過膜による多糖の除去)
培養液中に存在する高分子物質を除去する方法としては、例えば、限外ろ過膜を用いる方法、逆浸透膜を用いる方法、ゲルろ過クロマトグラフィーを用いる方法等があるが、限外ろ過膜による除去方法を用いる方法が好ましい。培養液から菌体を除去した後、限外ろ過膜を用いてろ過する。限外ろ過膜の材質は特に制限がなく、ろ過方式も平膜あるいは中空糸膜等の膜を用いることができるが、多糖を除去するための膜の分画分子量サイズ(膜の孔径)は重要である。除去しようとする多糖は分子量9.5×10ダルトン以上のものであることから、該分子量以下の膜を用いれば除去できる。しかし分画分子量100000未満の膜を用いると、膜の目詰まり等により、除去対象とする多糖だけでなくクチナーゼも除去されやすくなる。このため、クチナーゼと多糖を効率的に分離するためには、分画分子量100000ダルトンから900000ダルトンの膜を用いることが好ましい。
【0018】
◎工程3
(限外ろ過膜による低分子量物質の除去)
高分子物質を除去されたクチナーゼを含んだ培養液は、さらに、例えば、限外ろ過膜を用いてクチナーゼより分子量が小さい物質を除去する処理を行うことが好ましい(工程3)。この際に用いる限外ろ過膜の材質は特に制限がなく、ろ過方式も平膜あるいは中空糸膜等の膜を用いることができる。酵素クチナーゼの分子量が約20000ダルトンであることから、用いる膜の分画分子量サイズとして、それ以下の膜を用いれば良く、例えば、10000ダルトン以下であることが好ましい。
【0019】
◎工程2
(担持体)
クチナーゼを固定化する担持体の材質としては、有機、無機のいずれでも良く、特に限定されないが、クチナーゼが吸着でき、吸着したクチナーゼの活性が失活せず、またエステル反応に用いられる各種溶剤に溶解しないことが重要である。例えば、無機担持体としては、セライト、ケイソウ土、カオリナイト、モレキュラーシーブ、多孔質ガラス、セラミック等を、有機担持体としては、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、イオン交換樹脂、セルロースパウダー等を挙げることができる。
また、クチナーゼは、担持体に化学結合により固定化されても、活性炭処理等の物理的な相互作用で固定化されてもよい。工程1を有する本発明においては、物理的吸着を行う担持体を用いることが好ましい。
【0020】
(固定化方法)
担持体への酵素の固定化方法は、特に限定されない。酵素液と担持体を容器中で混合攪拌させるバッチ方式でも良く、また担持体をカラムに詰めて酵素液を流す連続方式でも差し支えない。また固定化時に酵素活性を維持するための、pH調節剤や酵素活性保護剤を添加しても良い。例えばpH調節には、一般的な緩衝剤を用いる方法を適用できる。緩衝剤の種類は、クチナーゼのエステル合成活性を阻害しないものであれば何でも良く、リン酸緩衝液などの各種緩衝液を用いることができる。緩衝剤の濃度もクチナーゼのエステル合成活性を阻害しなければ、特に限定されない。
固定化の温度は酵素が失活しない温度であれば限定されないが、クチナーゼの場合には5℃から30℃が好ましい。
【0021】
◎エステル化合物の製造
本発明の方法により得られる固定化酵素を用いたエステル合成反応は、常法に従って行うことができる。本方法は、反応系中に少量の水が含まれていても、反応は阻害されにくい。また、溶剤や界面活性剤の併用に頼った逆ミセルの反応系を用いなくても、反応は良好に進行する。
通常良く利用されるリパーゼ酵素を用いて、エステル合成反応を行なう際は、生成する縮合水が逆反応である加水分解反応を起こし、エステル化合物の生成を阻害する。したがって、エステル化反応を進行させるためには、酵素を水和するために必要な量以上の水を除去することが望ましい。そこで、反応系を真空に近い状態まで減圧するか、モレキュラーシーブスを添加するなどして、縮合水を除去することが望ましい。
しかし、本発明の固定化クチナーゼを用いるエステル化反応では、これら縮合水の除去操作は不要であり、エステル化合物の製造工程を簡略化することができる。
【0022】
本発明のエステル化合物の製造方法では、エステル化反応の反応性が水分の影響を受けにくい。したがって、ブタノール等の一価アルコールと酢酸等の1価カルボン酸を用いることは勿論できるが、反応でより多くの縮合水が生成する多価カルボン酸と多価アルコールからポリエステルを得る反応に対して、本発明の製造方法はより好適である。
【0023】
(多価カルボン酸)
本発明で用いることができる多価カルボン酸とは、1分子中にカルボキシル基を2個以上含有する化合物であり、このうち2価のカルボン酸としては、例えば、1)シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ウンデカンジカルボン酸、ドデカンジカルボン酸、テトラデカンジカルボン酸、フマル酸、イタコン酸、マレイン酸、リンゴ酸等の脂肪族ジカルボン酸、2)無水コハク酸、無水マレイン酸、無水フタル酸、テトラヒドロ無水フタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、テトラブロモ無水フタル酸、テトラクロル無水フタル酸、無水ヘット酸、無水ハイミック酸等の環状酸無水物、3)フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、テトラクロルフタル酸、クロルフタル酸、ニトロフタル酸、p−カルボキシフェニル酢酸、p−フェニレン二酢酸、m−フェニレンジグリコール酸、p−フェニレンジグリコール酸、o−フェニレンジグリコール酸、ジフェニル酢酸、ジフェニル−p,p’−ジカルボン酸、ナフタレン−1,4−ジカルボン酸、ナフタレン−1,5−ジカルボン酸、ナフタレン−2,6−ジカルボン酸、アントラセンジカルボン酸等の芳香族カルボン酸、4)ヘキサヒドロテレフタル酸等の脂環式ジカルボン酸等を挙げることができる。
【0024】
また、3価以上の多価カルボン酸としては、例えば、クエン酸、トリメリット酸、無水トリメリット酸、メチルシクロヘキセントリカルボン酸無水物、ピロメリット酸、無水ピロメリット酸、ナフタレントリカルボン酸、ナフタレンテトラカルボン酸、ピレントリカルボン酸、ピレンテトラカルボン酸等を挙げることができる。
【0025】
(多価アルコール)
本発明で用いることができる多価アルコールとは、1分子中に水酸基を2個以上含有する化合物である。このうち2価のアルコールとしては、例えばエタンジオール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、トリエチレングリコール、ヘプタンジオール、オクタンジオール、ノナンジオール、デカンジオール、ドデカンジオール等の脂肪族ジオール、水素化ビスフェノールA、ビスフェノールA、シクロヘキサンジオール等の芳香族、または脂環式のジオールを挙げることができる。
【0026】
また、3価以上の多価アルコールとしては、例えば、グリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリスヒドロキシメチルアミノペンタン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、ヘキサメチロールメラミン、ヘキサエチロールメラミン、テトラメチロールベンゾグアナミン、テトラエチロールベンゾグアナミン等を挙げることができる。
【0027】
モノマーである多価カルボン酸と多価アルコールの仕込量は特に制限はないが、これらを同モル量用いることが好ましい。
固定化クチナーゼの添加量は、モノマーである多価カルボン酸1モルに対して、クチナーゼ分量としてタンパク質重量で0.01g〜10gが好ましく、0.5g〜5gがより好ましい。
【0028】
反応温度は20℃〜70℃が好ましい。この範囲において良好な収率をあげることができる。上記範囲外の温度では、酵素が失活、変性してしまうおそれがある。
また、本発明のエステル化合物の製造方法では、必要に応じて各種溶媒を添加しても良い。溶媒としては、イソプロピルエーテルやイソオクタン等を挙げることができる。
【0029】
以下に本発明の具体的な例を挙げるが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。なお、%は特に断りの無い限り質量%を表す。
【0030】
(製造例1)
(クチナーゼ生産微生物の培養)
酵母エキス1.0%、KHPO0.1%、MgSO・7HO0.1%、トリオレイン1.0%からなるクチナーゼ生産培地に前培養したクリプトコッカス エスピー エス−2を1%接種し、pH6.0、25℃、1VVM、200rpmの培養条件で5L発酵槽を用いて7日間培養し培養液を得た。
【0031】
(固定化酵素の調製)
◎工程1および工程3
クチナーゼの精製は次のようにして行った。培養液を10,000rpm、10分間の遠心分離を行って酵母細胞を除いて遠心上清を回収した(酵素液(B))。得られた上清を限外濾過膜(日本ポール社製OS990F06、分画分子量500000ダルトン)で処理を行い、高分子物質が除去された酵素液(A)、及び高分子物質を含む酵素液(B)をそれぞれ得た(工程1)。酵素液(A)は限外濾過膜(旭化成社製マイクローザAIP−1013、分画分子量6000ダルトン)を用いて低分子量物質除去を行い精製した(工程3)。酵素液(B)は高分子物質を多く含むため限外濾過による低分子量物質除去が困難であるため透析膜(三光純薬社製36*32)を用いて低分子量物質を除去した。低分子量物質除去後の酵素液(A)及び酵素液(B)を共に凍結乾燥して乾燥粉末状のクチナーゼを得た。
【0032】
得られた酵素液(A)及び酵素液(B)の凍結乾燥粉末中の多糖の分子量分布を高速液体クロマトグライー(HPLC)により測定した。
【0033】
高速液体クロマトグライー(HPLC)分析条件
カラム:TSKgelGPWXL×2(7.8mmI.D.×30cm×2)
東ソー(株)社製
溶離液:0.1M NaCl水溶液
流速 :0.5ml/min
試料濃度:1.0g/l
注入量:200μl
カラム温度:40℃
検出器:RI・UV
検出条件:RI:Pol(+),Res(1.0S)/UV:280nm,Pol
(+),Res(1.0S)
試料調製:溶離液に溶解し、0.45μmのフィルターでろ過
分子量マーカー:標準プルラン(0.5g/L) 昭和電工(株)社製
測定の結果、酵素液(A)中の多糖の重量平均分子量は57600ダルトン、酵素液(B)中の多糖の重量平均分子量は948000ダルトンであった。
【0034】
[実施例1]
工程3で得られた酵素液(A)の凍結乾燥粉末を50mMリン酸ナトリウムバッファーに溶かし、100mg/mLに調整した。この液1.5mLに担持体としてトヨナイト200M(東洋電化工業(株)社製)150mgを加え、15℃で一昼夜攪拌することにより、酵素を物理的吸着により担持体に固定化した。翌日、固定化残液を除去して蒸留水で洗浄した後、15℃で一昼夜乾燥させ、固定化酵素(1a)を得た(工程2)。
次いで、 固定化酵素(1a)50mgを試験管に採り、基質としてアジピン酸150mg、ブタノール3mLを加え、さらに蒸留水120μLを加えて、40℃で3時間ジエステル合成反応を行い、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0035】
[実施例2]
ジエステル合成反応を60℃で行なった以外は、実施例1と同様の方法で、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0036】
[実施例3]
工程3で得られた酵素液(A)の凍結乾燥粉末を50mMリン酸ナトリウムバッファーに溶かし、100mg/mLに調整した。この液1.5mLに担持体としてレバチット1064(Bayer社製)400mgを加え、15℃で一昼夜攪拌することにより、酵素を物理的吸着により担持体に固定化した。翌日、固定化残液を除去して蒸留水で洗浄した後、15℃で一昼夜乾燥させ、固定化酵素(1b)を得た(工程2)。
次いで、 固定化酵素(1b)50mgを試験管に採り、基質としてアジピン酸150mg、ブタノール3mLを加え、さらに蒸留水120μLを加えて、40℃で3時間ジエステル合成反応を行い、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0037】
[実施例4]
ジエステル合成反応を60℃で行なった以外は、実施例3と同様の方法で、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0038】
[実施例5]
工程3で得られた酵素液(A)の凍結乾燥粉末を50mMリン酸ナトリウムバッファーに溶かし、100mg/mLに調整した。この液1.5mLに担持体としてレバチット1600(Bayer社製)400mgを加え、15℃で一昼夜攪拌することにより、酵素を物理的吸着により担持体に固定化した。翌日、固定化残液を除去して蒸留水で洗浄した後、15℃で一昼夜乾燥させ、固定化酵素(1c)を得た(工程2)。
次いで、 固定化酵素(1c)50mgを試験管に採り、基質としてアジピン酸150mg、ブタノール3mLを加え、さらに蒸留水120μLを加えて、40℃で3時間ジエステル合成反応を行い、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0039】
[実施例6]
ジエステル合成反応を60℃で行なった以外は、実施例5と同様の方法で、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0040】
[比較例1]
酵素液(B)の凍結乾燥粉末を50mMリン酸ナトリウムバッファーに溶かし、100mg/mLに調整した。この液1.5mLに担持体としてトヨナイト200M(東洋電化工業(株)社製)150mgを加え、15℃で一昼夜攪拌することにより、酵素を物理的吸着により担持体に固定化した。翌日、固定化残液を除去して蒸留水で洗浄した後、15℃で一昼夜乾燥させ、固定化酵素(2a)を得た(工程2)。
次いで、 固定化酵素(2a)50mgを試験管に採り、基質としてアジピン酸150mg、ブタノール3mLを加え、さらに蒸留水120μLを加えて、40℃で3時間ジエステル合成反応を行い、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0041】
[比較例2]
ジエステル合成反応を60℃で行なった以外は、比較例1と同様の方法で、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0042】
[比較例3]
酵素液(B)の凍結乾燥粉末を50mMリン酸ナトリウムバッファーに溶かし、100mg/mLに調整した。この液1.5mLに担持体としてレバチット1064(Bayer社製)400mgを加え、15℃で一昼夜攪拌することにより、酵素を物理的吸着により担持体に固定化した。翌日、固定化残液を除去して蒸留水で洗浄した後、15℃で一昼夜乾燥させ、固定化酵素(2b)を得た(工程2)。
次いで、 固定化酵素(2b)50mgを試験管に採り、基質としてアジピン酸150mg、ブタノール3mLを加え、さらに蒸留水120μLを加えて、40℃で3時間ジエステル合成反応を行い、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0043】
[比較例4]
ジエステル合成反応を60℃で行なった以外は、比較例3と同様の方法で、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0044】
[比較例5]
酵素液(B)の凍結乾燥粉末を50mMリン酸ナトリウムバッファーに溶かし、100mg/mLに調整した。この液1.5mLに担持体としてレバチット1600(Bayer社製)400mgを加え、15℃で一昼夜攪拌することにより、酵素を物理的吸着により担持体に固定化した。翌日、固定化残液を除去して蒸留水で洗浄した後、15℃で一昼夜乾燥させ、固定化酵素(2c)を得た(工程2)。
次いで、 固定化酵素(2c)50mgを試験管に採り、基質としてアジピン酸150mg、ブタノール3mLを加え、さらに蒸留水120μLを加えて、40℃で3時間ジエステル合成反応を行い、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0045】
[比較例6]
ジエステル合成反応を60℃で行なった以外は、比較例5と同様の方法で、ジエステル化合物(ジブチルアジピン酸)を得た。得られた結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
得られたジエステル化合物の量は、酵素液(A)の凍結乾燥粉末から得た固定化酵素(1a)〜(1c)を用いて反応を行なった実施例1〜6の方が、酵素液(B)の凍結乾燥粉末から得た固定化酵素(2a)〜(2c)を用いて反応を行なった比較例1〜6よりも多かった。すなわち、多糖などの高分子物質が除去された酵素液(A)を用いた方が、よりエステル化反応が進行した。
【0048】
以上により、本発明の製造方法では、酵素液中に混入している多糖などの高分子物質を除去してからクチナーゼを担持体へ効率的に固定化することで、エステル化反応が十分に進行することが明確となった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の製造方法により得られるクチナーゼ固定化酵素は、ポリエステル等のエステル化合物の製造等に好ましく適用でき、従来の生体触媒を利用しにくい反応系にも用いることができる。また、温和な条件下で、高い基質特異性に基づきエステル化合物を効率的に製造できるため、環境負荷の低い製造方法を幅広い産業分野へ提供できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
クチナーゼと多糖を含有する酵素液から、分子量9.5×10ダルトン以上の高分子物質を除去する工程1と、
高分子物質を除去された酵素液中のクチナーゼを担持体に固定化して固定化酵素を得る工程2と、
を有することを特徴とする固定化酵素の製造方法。
【請求項2】
前記クチナーゼと多糖を含有する酵素液が、クリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2;FERM P−15155)が生産するものである請求項1に記載の固定化酵素の製造方法。
【請求項3】
前記工程1が、分画分子量100000ダルトン〜900000ダルトンの限外ろ過膜による分子量9.5×10ダルトン以上の高分子物質物質を除去する工程である請求項1又は2に記載の固定化酵素の製造方法。
【請求項4】
前記高分子物質が多糖である請求項1〜3のいずれか1項に記載の固定化酵素の製造方法。
【請求項5】
工程1と工程2との間に、分画分子量10000ダルトン以下の限外ろ過膜による分離により低分子物質の除去を行う工程3を有する請求項1〜4のいずれか1項に記載の固定化酵素の製造方法。
【請求項6】
前記工程2における、担持体に酵素を固定化する方法が、物理的吸着による酵素の固定化である請求項1〜5のいずれか1項に記載の固定化酵素の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法により得られる固定化酵素を用いてエステル合成反応を行うことを特徴とするエステル化合物の製造方法。


【公開番号】特開2006−230314(P2006−230314A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−51350(P2005−51350)
【出願日】平成17年2月25日(2005.2.25)
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】