説明

土壌からのセシウムの脱離方法

【課題】高濃度の酸や、大量の低濃度の酸によらず、土壌土を処理してそこから迅速にセシウムを脱離させることができる方法を提供する。
【解決手段】土壌の土(福島県飯舘村、褐色森林土)5.7296gをカラムに充填し、0.5モル/リットルの硝酸水溶液100mlを通水した(固液比17.5)ところ、7時間の通水で30.1%の土壌中のセシウムイオンが硝酸水溶液に抽出できた。さらに2時間(計9時間)通水したところ、抽出量は30.46%と7時間における値と比較してほぼ一定であった。ここで、酸水溶液を不溶性のプルシアンブルーナノ粒子を充填したカラムに二回通水したところ、100%のセシウムイオンが酸水溶液から除去できた。この酸水溶液を使用し、再度土壌を充填したカラムに4時間通水したところ、酸水溶液に新たに10.2%のセシウムイオンが酸水溶液に抽出された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌からセシウムを脱離し必要により抽出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電所の事故の際には、大量の放射性物質が環境に飛散することがある。中でも、放射性であるセシウム134とセシウム137は遠距離まで飛散することが知られており、その対策が大きな課題となる。実際、2011年3月に起こった福島第一原子力発電所の事故でも、ある程度距離が離れた地域では、ある程度時間が経った後に問題となっているのはこの二つの放射性物質だけである。
特に、農地や校庭、空き地などの土壌に落下した放射性セシウムは、粘土鉱物などの成分に強く吸着することが知られている。これらの対策としては、表層土を剥離し、客土を入れることなどが提案されている。しかしながら、このようにして生じる表層土は放射性廃棄物として取り扱う必要がある一方、その量は膨大となり、その処理法の検討が課題である。このような放射性廃棄物である土壌の処理法として、セシウムを土壌から抽出し、別の吸着材等に吸着させることで、その土自体を再利用可能もしくは一般の産業廃棄物としての処理を行うということが考えられる。現在知られている土壌からのセシウムの抽出法としては、電気泳動法を使用する方法(非特許文献1)、酸による洗浄(非特許文献2、特許文献1)が知られている。
【0003】
電気泳動を使用する方法は、土壌を電極間に配置し、電圧を印可しながら水または弱酸で洗浄する方法である。この場合、ほぼ全てのセシウムを抽出することが可能であるが、15日など、長期の時間を要することが課題である。一方、酸による洗浄では、6モル/リットルなどの加熱した硝酸、王水、塩酸などの高濃度の酸の利用が報告されている。これらの場合も70〜95%程度のセシウムを抽出することが可能である。しかしながら、実用的には大量の土壌を処理するためには、加熱した高濃度の酸は、使用する容器などの課題がある。また、要する時間は報告によると1時間しんとう後、一晩静置であり、やはり時間を要する。また、特許文献1では、酸濃度を下げるために、土壌に対する酸水溶液の使用量を上げることが提案されている。この提案により、容器の選択性などの問題が解決される。しかしながら、水溶液の使用量を増加させることにより廃液量の増加が懸念される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Development of electrokinetic-flushing technology for the remediation of contaminated soil around nuclear facilities、Gye-Nam Kim,Yun-Ho Jung,Jung-Joon Lee,Jei-Kwon Moon,Chong-Hun Jung、Journal of Industrial and Engineering Chemistry 14(2008)732-738.
【非特許文献2】農技研報B、36、57−113(1984)
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特願2011−179982
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
土壌からセシウムイオンを抽出する際に、高濃度の酸を使用することなく、土壌量に対する酸水溶液の量を低減し、作業により排出される廃液の量を減らすことを目的とする。

【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の課題は下記の手段により解決された。
[1] 酸水溶液を土壌及びセシウム吸着材に交互に接触させることで、効率的にセシウムを土壌から脱離させる方法。
[2] 前記酸水溶液として、硝酸もしくは硫酸を使用する[1]に記載の脱離方法。
[3] 前記酸水溶液と土壌の接触時の温度を90℃以上とする[1]または[2]に記載の脱離方法。
[4] 前記酸水溶液と土壌の接触時において、圧力容器及び/又は他の薬剤の添加による沸点上昇を利用することにより、100℃を超える温度とする[1]〜[3]のいずれかに記載の脱離方法。
[5] 前記セシウム吸着剤として、プルシアンブルーを用いる[1]〜[4]のいずれかに記載の脱離方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、低濃度の酸を使用するにあたり、土壌量に対する酸水溶液の量(以下固液比と呼ぶ)を低減した上で、高い固液比を使用した際と同様のセシウムの酸水溶液への抽出が可能となる。
この手法では、酸水溶液を土壌及びセシウム吸着材に交互に接触させることにより、土壌からの抽出により上がった酸水溶液中のセシウムイオン濃度を、吸着材との接触により低下させることが重要である。セシウムイオン濃度を低下させた酸水溶液を再度土壌に接触させることにより、土壌から酸水溶液へのセシウムイオンの抽出を加速させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のセシウムの脱離方法においては、強酸水溶液を土壌土(本明細書では土壌の土を地層そのものと区別して土壌土もしくは土壌の土ということがある。)と、セシウム吸着材を交互に接触させる。強酸水溶液と土壌を接触させる方法としては特に問わないが、例えば土壌を酸水溶液に浸漬する方法、土壌をカラム上の物に詰め、酸水溶液を通水する方法、土壌に酸水溶液を散布する方法、酸水溶液を加熱水蒸気として土壌と接触させる方法などが上げられる。必要に応じて攪拌などの処理を行ってもよい。
【0010】
酸水溶液とセシウム吸着材の接触方法についても特に制限はなく、土壌と酸水溶液との接触方法と同様の手法を取ることができる。ただし、セシウム吸着材が液状もしくは液体に分散もしくは溶解するものであり、混合後に酸水溶液とセシウム吸着材が分離できるのであれば、単に混合するという手法も取ることができる。
【0011】
酸水溶液を土壌及びセシウム吸着材に接触させる回数については特に制限はない。また、酸水溶液を土壌に複数回接触させた後にセシウム吸着材に接触させるなど、交互に接触させるサイクル毎の接触回数、接触時間についても特に制限はない。(ここで、酸水溶液を土壌に接触させ、次にセシウム吸着材に接触させることを一サイクルとする。)ただし、本発明の目的が、一旦上昇した酸水溶液のセシウムイオン濃度を低下させ、再度土壌に接触させることであるため、土壌と酸水溶液の接触は少なくとも二サイクルは必要である。また、このサイクルを繰り返す際に、途中で酸水溶液を新しいものと交換してもよいが、この場合も、本発明の効果を得るためには、少なくとも一度は同一の酸水溶液で二サイクルを経る必要がある。
【0012】
土壌と酸水溶液を接触させる際の温度としては、60℃以上が好ましく、90℃以上がより好ましい。さらには、塩や溶媒などの他の薬剤を酸水溶液に添加することによる沸点上昇や、加熱時に圧力容器を利用するなどにより、100℃以上に上昇させることができれば、セシウム抽出に関してはさらに有効である。さらには、加熱水蒸気の利用など、蒸気などを利用した高温処理も利用できる。この場合も、他の溶媒を、加熱のために併用することなどもできる。上限は特にないが、1200℃以下であることが実際的である。セシウム吸着材と酸水溶液を接触させる際の温度には特に制限はなく、セシウム吸着材によるセシウム吸着が適切になされ、土壌及びセシウム吸着材が分解などの劣化が起こらなければよい。
固液比については、特に問わないが、セシウム抽出効率の観点からは高い方が望ましい。ただし、廃液量の制限の観点からは少ない方が望ましく、これらから総合的に決定されるべきものである。例えば、1:5から1:100程度が使用できる。
【0013】
使用する酸水溶液は、酸と水を含んでいればよく、それらが主たる構成物である必要もない。例えば沸点の制御のため、塩を添加することや、他の溶媒との混合液とすることなども効果的である。酸については、電離度の高い強酸であることが好ましい。具体的には、硫酸、硝酸、塩酸、過塩素酸、臭化水素などが好ましく、特に硫酸、硝酸が好ましい。中でも硫酸は電離することにより一分子あたり二つの水素イオンを供給できるため、特に効果的である。酸水溶液の濃度はセシウム脱離の効果としてはより濃度が高いことが望ましいが、実用性を考えると3モル/リットル以下とすることも可能である。また、1モル/リットル以下とすることも可能である。また、このように酸濃度を低くすることで、土壌への影響が低減され、アルミニウムイオン、鉄イオン、各種有機物由来の分解物などの水溶液への溶出を抑えることができる。これは、後述する水溶液からのセシウムイオンの回収時に効果を発揮する。また、酸濃度を低減することにより、土壌の劣化を低減させることができ、結果として処理後の土壌を再度採取した場所に復元することも可能となる。酸の濃度に下限値は特にないが、0.01モル/リットル以上とすることが実際的である。
【0014】
処理時間は特に制限されないが、本発明の好ましい実施形態によれば96時間以内の処理でセシウムを十分に脱離することができる。下限値は特にないが1分以上が実際的である。また、酸濃度は常に一定である必要はなく、処理により酸濃度が低下した場合には、酸の追加などで適宜調整をおこなってもよい。
【0015】
セシウム吸着材及び使用する容器の種類に特に制限はないが、酸濃度を低減させることで、吸着材や、処理容器に要求される耐酸性が変わるため、本発明により、使用できる材料が広がる。この耐酸性を満たせば吸着材、処理容器共に特に制限はないが、例えば、吸着材としては、プルシアンブルーなどのフェロシアン化物、ゼオライト、パーミキュライト、雲母などの天然鉱物などが利用できる。なかでも、プルシアンブルーは、高いシウム吸着能力と共に、安価であること、金属置換により吸着能力をさらに改善できることなどの特徴を有するものである。
【0016】
プルシアンブルーについては、顔料やセシウム吸着材としての用途だけでなく、エレクトロクロミック材料、センサ、二次電池電極材料等の機能性材料としての用途が知られているが、その中で、本発明者らは、プルシアンブルーやプルシアンブルー類似体のナノ粒子化と、それを利用した素子開発をすすめてきた(国際公開第2008/081923号参照)。
本発明において、セシウム吸着剤として、従来のプルシアンブルーが好ましく用いられることは前述のとおりであるが、特に、プルシアンブルーのナノ粒子を用いた場合には、粒径が小さく、大きな比表面積を有するため、高い吸着効果を有するものであるので、セシウム吸着剤として特に好ましい。また、前記の国際公開第2008/081923号に記載された方法で表面処理を施したものを用いた場合には、水に分散することが可能であるので、分散液として使用することができる。
【0017】
また、吸着材は、セシウム吸着能を持つもののみから成る必要はなく、バインダ、基材等との複合体であってもよい。処理容器としては、ステンレスなどの合金鋼材、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、テフロン(登録商標)などの樹脂などで、使用する酸に対する適切な耐久性を持つものが使用できる。
【0018】
温度、土壌及び酸水溶液の固液比、酸の種類が効果的な要素となる。温度を上昇させることにより、低濃度の酸水溶液によっても、より迅速にセシウムを土壌から脱離させることが可能となる。また、土壌に対する水溶液中の水素イオンの比を上げることにより、より迅速に多くのセシウムイオンを土壌から抽出することができる。このため、高濃度の酸を使用せずとも、土壌に対する酸水溶液の固液比を上げることにより、効率的なセシウムの抽出が可能となる。
【0019】
セシウム抽出後の土壌は、適切な処理を追加することも可能であり、その内容に制限はない。例えば、土壌中酸濃度を下げるために、水洗、酸を含まない加熱水蒸気などを使用した処理などを行うことができる。廃棄することを目的として、加熱、焼却などの処理を行い、重量、体積を低減することもできる。
【実施例】
【0020】
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定して解釈されるものではない。
【0021】
(比較例)
土壌の土(福島県飯舘村、褐色森林土)と0.1gと、0.5モル/リットルの硝酸水溶液を混合、95℃にて45分静置後の硝酸水溶液に抽出されたセシウムイオン濃度と、固液比の関係を表1に示した。この通り、セシウム吸着材の接触を行わない場合には、土壌土から効率的にセシウムイオンを抽出させるには固液比を上げることが必要であり、例えば40%以上の抽出率を達成するには、固液比を75まで上げる必要がある。
【0022】
【表1】

【0023】
(実施例)
本実施例では、セシウム吸着剤として、フェロシアン化ナトリウムの水溶液に硝酸鉄の水溶液を混合して析出させた、粒径20nm以下のプルシアンブルーナノ粒子(前記国際公開第2008/081923号の[0058]参照)、すなわち、表面処理が施されていない水不溶性のプルシアンブルーナノ粒子を用いた。
前記比較例で使用したものと同種の土壌土5.7296gをカラムに充填し、0.5モル/リットルの硝酸水溶液100mlを通水した(固液比17.5)。ところ、7時間の通水で30.1%の土壌中のセシウムイオンが硝酸水溶液に抽出できた。さらに2時間(計9時間)通水したところ、抽出量は30.46%と7時間における値と比較してほぼ一定であった。ここで、酸水溶液を不溶性のプルシアンブルーナノ粒子を充填したカラムに二回通水したところ、100%のセシウムイオンが酸水溶液から除去できた。この酸水溶液を使用し、再度土壌を充填したカラムに4時間通水したところ、酸水溶液に新たに10.2%のセシウムイオンが酸水溶液に抽出された。よって、この二サイクルで土壌から計39.6%のセシウムイオンが抽出された。このように、一度の通水で抽出量が一旦飽和した後であっても、酸水溶液中のセシウムイオンを除去することにより、さらに抽出量を増やすことが可能である。また、比較例に示すとおり、単なる土壌と酸水溶液の接触の場合、40%の抽出の実現には固液比75が必要であったが、一旦プルシアンブルーにより酸水溶液中のセシウムイオンを除去することにより、固液比17.5で実現することができた。
【産業上の利用可能性】
【0024】
放射性セシウムに汚染された土壌は、農地、校庭、空き地など、多様にわたる。本発明は、これらの除染に大きな効果を発揮すると期待される。また、汚泥やその焼却灰なども、各種土壌由来の酸化物にセシウムが吸着していると考えられ、同様の利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸水溶液を土壌及びセシウム吸着材に交互に接触させることで、効率的にセシウムを土壌から脱離させる方法。
【請求項2】
前記酸水溶液として、硝酸もしくは硫酸を使用する請求項1に記載の脱離方法。
【請求項3】
前記酸水溶液と土壌の接触時の温度を90℃以上とする請求項1又は2に記載の脱離方法。
【請求項4】
前記酸水溶液と土壌の接触時において、圧力容器及び/又は他の薬剤の添加による沸点上昇を利用することにより、100℃を超える温度とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の脱離方法。
【請求項5】
前記セシウム吸着剤として、プルシアンブルーを用いる請求項1〜4のいずれか1項に記載の脱離方法。


【公開番号】特開2013−50313(P2013−50313A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186865(P2011−186865)
【出願日】平成23年8月30日(2011.8.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度 経済産業省委託研究「プルシアンブルーを利用した環境からの放射性物質回収・除去技術等の開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】