説明

土壌中カドミウムの検出方法

【課題】カドミウムのような土壌中の汚染物質への暴露に対して高感度で発現が誘導されるような遺伝子を同定し、環境汚染の診断ツールを提供する。
【解決手段】以下のポリペプチドをコードするDNA:(a)トビムシ由来の特定アミノ酸配列から成るポリペプチド;(b)該アミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、又は挿入されたアミノ酸配列から成るポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド;(c)上記アミノ酸配列と80%以上の相同性を有するポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エコトキシコゲノミクスに関するものであり、具体的には、トビムシを利用した土壌中の汚染(毒性)物質の検出方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
毒性物質に暴露した生物の遺伝子発現パターンは毒性物質の種類によって異なる。このような毒性物質への暴露に特徴的な遺伝子発現を指標とした環境汚染の診断ツールの開発に国際的関心が高まっている。生態系の保護を考えた場合に生態系を構成する環境生物への暴露を評価することが重要である。
【0003】
このような遺伝子発現を指標としたバイオアッセイによる環境汚染のモニタリングのアイデアは既に提案されており,米国機関(EPA)やOECDなどにおいて国際的に注目されている(Dix et al. 2006; OECD 2005; van Straalen and Roelofs 2008; 中森他 2008)。かかるバイオアッセイに用いる種として、ISOやOECDの試験に用いられている種が推奨される(van Straalen and Roelofs 2008)。
【0004】
土壌中の汚染物質に生物が曝露するかどうかは生物各種の特徴に依存する。土壌生物すべてについて曝露を調べることは現実的ではなく、いくつかの種を選んで用いることが提案されている。種の選定において代表性が重要になる(van Gestel et al. 1997)。このようなバイオアッセイに用いる種として、これまでに、センチュウ、ミミズ及びトビムシ等を使用した毒性評価試験が考案されており、それらを土壌生態リスク評価に適用する試みを行われている
【0005】
例えば、約0.1 mg/lのカドミウムへの暴露に対して、ミミズ及びセンチュウにおいて、夫々、システインリッチプロテイン(CRP)遺伝子等の特定の遺伝子が誘導されることが報告されている(非特許文献1及び2)。
【0006】
トビムシ種Folsomia candidaは中型土壌動物の代表として採り上げられており,毒性試験がISOやOECDといった国際機関により標準化・ガイドライン化されている(ISO 1999; OECD 2008)。トビムシは,ミミズやセンチュウとは異なり体表が撥水性で,ミミズやセンチュウとは異なる曝露経路の生物を代表する(OECD 2008)。
【0007】
これまで多くの研究の対象となってきたトビムシの種の例として、Orchesella cinctaというヨーロッパに生息する種を挙げることができ(非特許文献3)、この種について、(28.1 mg/kg dry food (2 week exposure)の カドミウム暴露 によってメタロチオネインが誘導されることが確認されている(非特許文献4)。
【0008】
一方、Folsomia candidaは、世界中に分布し飼育が容易であり、単為生殖を行うために遺伝的に均一な個体群を得ることができることから、生態毒性学に広く用いられているトビムシの種である。このトビムシ種Folsomia candidaの遺伝子発現を指標としたアッセイは既に提案されていて、いくつかの遺伝子については57.9 mg/kg dry soilでの誘導が定量されている(非特許文献5)。更に、30 mg/lのCd溶液をしみこませたろ紙に曝露させたときのCd誘導ESTのデータベースが得られている(非特許文献6)。しかしながら、この種についてはメタロチオネインは未だ知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Willuhn, J., Otto, A., Schmitt-Wrede, H.-P., Wunderlich, F., 1996. Earthworm gene as indicator of bioefficacious cadmium. Biochemical and Biophysical Research Communications 220, 581-585.
【非特許文献2】Liao, V. H.-C., Dong, J., Freedman, J. H. Molecular characterization of a novel, cadmium-inducible gene from the nematode Caenorhabditis elegans. J Biol Chem 44, 42049-42059 (2002).
【非特許文献3】Hensbergen, P.J., Donker, M.H., van Velzen, M.J.M., Roelofs, D., van der Schors, R.C., Hunziker, P.E. and van Straalen, N.M., 1999. Primary structure of a cadmium-induced metallothionein from the insect Orchesella cincta (Collembola). European Journal of Biochemistry, 259: 197-203.
【非特許文献4】Hensbergen, P.J., van Velzen, M.J.M., Nugroho, R.A., Donker, M.H. and van Straalen, N.M., 2000. Metallothionein-bound cadmium in the gut of the insect Orchesella cincta (Collembola) in relation to dietary cadmium exposure. Comparative Biochemistry and Physiology Part C, 125: 17-24.
【非特許文献5】Nota, B., Timmermans, M.J.T.N., Franken, O., Montagne-Wajer, K., Marien, J., de Boer, M.E., de Boer, T.E., Ylstra, B., van Straalen, N.M., Roelofs, D. (2008). Gene expression analysis of Collembola in cadmium containing soil. Environ. Sci. Technol.42: 8152-8157.
【非特許文献6】Timmermans, M.J.T.N., de Boer, M.E., Nota, B., de Boer T.E., Marien, J., Klein-Lankhorst, R.M., van Straalen, N.M. and Roelofs, D., 2007a. Collembase: a repository for springtail genomics and soil quality assessment. BMC Genomics, 8:341.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
トビムシをはじめとする多くの環境生物に関する遺伝子情報は未だ十分に得られておらず、上記のような環境汚染の診断ツールの開発には、各種のストレス応答遺伝子を同定する必要がある。特に、カドミウムのような土壌中の汚染物質への暴露に対して高感度で発現が誘導されるような遺伝子を同定することが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は上記課題を解決すべく研究の結果、トビムシ(Collemboa)の一種であるFolsomia candidaにおいて、カドミウムへの暴露に対して高感度で発現が誘導される新規な遺伝子を同定し、かかる知見に基づき本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は、以下の各態様に係るものである。
(1)以下のポリペプチドをコードするDNA:
(a) 配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、又は挿入されたアミノ酸配列から成るポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド;
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド。
(2)以下のDNA:
(a) 配列番号1に示される塩基配列を含むDNA;
(b) (a)のDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列から成るDNAを含むDNAであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチドをコードするDNA;
(c) 配列番号1に示される塩基配列と80%以上の相同性を有する塩基配列であって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチドをコードするDNA。
(3)以下のポリペプチド:
(a) 配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、又は挿入されたアミノ酸配列から成るポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド;
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド。
(4)請求項1若しくは2記載のDNA又は請求項3記載のポリペプチドから成る土壌中のカドミウムのレベルを検出する為のバイオマーカー。
(5)トビムシにおける請求項1若しくは2記載のDNA又は請求項3記載のポリペプチドの発現量(レベル)を測定し、該発現量を指標として、土壌中のカドミウムのレベルを検出する方法。
(6)DNAの転写産物の量を測定することによって該DNAの発現レベルを測定する、請求項5記載の方法。
(7)DNAの転写産物の量がHiCEP法による遺伝子発現プロファイルを得ることによって測定される、請求項6に記載の方法。
(8)DNAの転写産物の量がPCRによって測定される、請求項6に記載の方法。
(9)DNAにコードされる一つ又はそれ以上のタンパク質又はその一部の量を測定することによって該DNAの発現レベルを測定する、請求項5記載の方法。
(10)(a)トビムシにカドミウム添加餌を与えることによってカドミウムを経口曝露し;及び、
(b)所定期間後にトビムシにおけるDNAの発現レベルを測定する、工程を含む、請求項6〜8のいずれか一項に記載の方法。
(11)(a)カドミウムを添加した人工土壌でトビムシを飼育し;及び、
(b)所定期間後にトビムシにおけるDNAの発現レベルを測定する、工程を含む、請求項6〜8のいずれか一項に記載の方法。
(12)トビムシの種がFolsomia candidaである、請求項5〜11のいずれか一項に記載の方法。
(13)請求項4に記載のバイオマーカーを含む、請求項5〜12のいずれか一項に記載の方法を実施するための環境汚染の診断用キット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、トビムシ類で確認されている最も高感度の遺伝子(メタロチオネイン:28.1 mg/kg dry foodで誘導;非特許文献4)の100倍の感度(0.3 mg/kg dry foodで誘導)でカドミウムを検出することが可能となった。この値は、Folsomia candidaの摂食無影響濃度(30 mg/kg dry food; Fountain and Hopkin 2001)の100倍の感度である。
【0014】
又、この感度はミミズやセンチュウの約0.1 mg/lで誘導される高感度遺伝子(非特許文献1及び2)に匹敵する感度である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】Real-time RT-PCRによる本発明の遺伝子の発現変動を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る新規なDNAの塩基配列は配列番号1(cDNA)又は配列番号3(ゲノムDNA)、アミノ酸配列は配列番号2で示される。GenBank blastpで検索:identities 38%以下で類似のタンパク質は見つからない。ショウジョウバエDrosophila ananassae のmetallothionein Aと共通のモチーフ「CxCxxxCxCxxxxxxxxCxCxxxCxC」を含む。しかし、本発明の推定たんぱく質はメタロチオネインより長く、繰り返し配列が含まれる点で大きく異なる。更に、メタロチオネインより長く、システインリッチで繰り返し配列があると言う点でEnchytraeus buchholziのシステインリッチプロテイン(CRP; Schmitt-Wrede et al. 2004)と共通であるがアミノ酸配列のidentities は37%以下であり、配列は大きく異なる。本明細書の実施例に示されるように、上記DNA(遺伝子)及びそれがコードするポリペプチドは、土壌中のカドミウムのレベルを検出する為のバイオマーカーとして有用である。
【0017】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、塩濃度、有機溶媒及び温度等の公知の因子の適当な組み合わせで定義することが出来る。例えば、温度60℃〜68℃において、ナトリウム濃度15〜900mM、好ましくは15〜600mM、pH 6〜8であるような条件を挙げることが出来る。厳格な条件の好適な一具体例としては、5 x SSC (750 mM NaCl、75 mM クエン酸三ナトリウム)、1% SDS、5 x デンハルト溶液50% ホルムアルデヒド、及び42℃の条件でハイブリダイゼーションを行い、0.1 x SSC (15 mM NaCl、1.5 mM クエン酸三ナトリウム)、0.1% SDS、及び55℃の条件で洗浄を行うものである。
【0018】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))等に記載の当業界で公知の任意の方法で行なうことができる。
【0019】
従って、配列番号1で示される塩基配列の相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列は、配列番号1で示される塩基配列と、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上であるような相同性を有する。このような塩基配列を含むDNAは、配列番号1で示される塩基配列がコードするポリペプチドと実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチドをコードする限り、土壌中のカドミウムのレベルを検出する為のバイオマーカーとして有用である。
【0020】
配列番号1で示される遺伝子にコードされるポリペプチドは配列番号2で示される。更に、配列番号2で示されるアミノ酸配列において一つ又は数個のアミノ酸が置換若しくは交換、欠失又は付加されているポリペプチド; 又は、 配列番号2のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上であるようなホモロジーを有するアミノ酸配列から成るポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対して配列番号2で示されるアミノ酸配列で示されるポリペプチドと実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチドである限り、土壌中のカドミウムのレベルを検出する為のバイオマーカーとして有用である。
【0021】
塩基配列又はアミノ酸配列間のホモロジー(相同性)又は同一性は、例えば、Karlin及び Altschulのアルゴリズム(Proc. Natl. Acad. Sci., USA 87:2264-2268, 1990 及びProc. Natl. Acad. Sci., USA 90:5873-5877, 1993)を用いるBLAST又はFASTAのようなプログラム等の当業者に公知の任意の方法で決定することが出来る。
【0022】
本発明方法において、上記DNA及び該DNA(遺伝子)がコードするポリペプチドの発現量(レベル)を測定は、当該技術分野における任意の方法・手段を用いて実施することが出来る。
【0023】
例えば、トビムシにカドミウム添加餌を与えることによってカドミウムを経口曝露したり、或いは、カドミウムを添加した人工土壌でトビムシを飼育し、例えば、5日間のような適当な所定期間後に該トビムシにおける遺伝子の発現レベルを測定することが出来る。
【0024】
使用するトビムシの種類に特に制限はないが、入手の容易さ等の理由から、通常、Folsomia candidaの成虫(20-23 日齢) が好ましい。トビムシの飼育は当業者に公知の任意の方法で行なうことが出来る。例えば、本発明方法で使用する、カドミウム添加餌及び人工土壌等は当業者に公知の任意の方法で調製することが出来る。
【0025】
上記DNAの発現レベルの測定は、転写(mRNA又はcDNA)及び翻訳(ポリペプチド)のような該DNAの発現の任意の段階で実施することが出来る。
【0026】
上記DNAの測定は定量的、半定量的又は定性的であってもよい。
【0027】
このような測定は、例えば、リアルタイムRT-PCRのようなPCR、in situハイブリダイゼーション、及びマイクロアレイチップ(DNAチップ)のような当業者に公知の任意の方法によって一つ又はそれ以上の転写産物(mRNA又はcDNA)の量を測定するか、又は、HiCEP法によって遺伝子発現プロファイルを得ることによって実施することが出来る。
【0028】
上記の転写産物は該遺伝子の完全長又はその任意の一部に相当し、任意の長さを有する塩基対であり得る。
【0029】
当業者であれば、上記DNAの塩基情報に基づき、プライマー設計用の市販ソフトウェアを用いる等の任意の公知手段によって、上記方法に使用するプライマー又はプローブを容易に且つ適宜、設計・調製することが出来る。それらは、鋳型と特異的にハイブリダイズするのに十分な数の塩基、例えば、15−40塩基対から成る。このようなプライマー又はプローブは当業者に公知の任意の物質によって標識することが出来る。
【0030】
HiCEP法の具体的な工程は、例えば、WO02/48352及びWO2005/118791及びFukumura et al. 2003に詳細に記載されている。
【0031】
更に、HiCEP法の実施に際してのその他の条件及び使用する装置等は、国際公開02/48352号の記載を参照することが出来る。尚、得られた遺伝子発現プロファイルは、当業者に公知の解析ソフトウェア、例えば、GeneScan(登録商標:アプライドバイオシステムズジャパン社)を使用して解析することが出来る。
【0032】
あるいは、DNAの発現レベルは、例えば、ウエスタンブロッティング及びEIAのような免疫染色、エドマン法を用いた気相シークエンサー等ペプチドのアミノ酸配列分析法、更には、MALDI−TOF/MS及びESI Q−TOF/MS法等に代表される質量分析等の当業者に公知の任意の手段を用いて、該DNAにコードされる一つ又はそれ以上のタンパク質又はその一部(ポリペプチド)の量を測定することによって検出することが出来る。
【0033】
当業者であれば、容易に且つ適宜、上記タンパク質又はポリペプチドを用いる任意の従来方法によって、上記方法に使用する抗体を調製することができる。例えば、ポリクローナル抗体の場合には、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ等の適当な動物に投与し、その抗血清から調製することが可能である。或いは、モノクローナル抗体作成法("Monoclonal Antibody" James W. Goding, third edition, Academic Press, 1996)等に記載の公知の細胞融合を用いる方法でモノクローナル抗体として調製することも可能である。
【0034】
本発明の方法を実施するための環境汚染の診断用キットは、本発明の方法の測定方法及び原理に応じて任意の構成をとることが出来、又は、任意の構成要素を含むことが出来る。該キットは、例えば、FAM (6-carboxyfluoroscein), HEX (4,7,2’, 4’, 5’, 7’-hexachloro-6-carboxyfluorescein), NED (Applied Systems Japan) and Rox (6-carboxy-X-rhodamine)等の適当な標識物質で標識することが出来るプライマー、プローブ、及び抗体、並びに、その他の試薬、酵素、緩衝溶液、及び反応容器等を含むことが出来る。
【0035】
以下、参考例及び実施例を参照して本発明を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらに何ら限定されるものではない。尚、実験の各操作は、特に記載のない限り、当該技術分野における通常の方法で実施した。
【実施例1】
【0036】
本明細書の実施例で使用するトビムシ種のFolsomia candidaは山梨県で採集され、継体飼育されている系統(Itoh et al. 1995.)を用いた。本種は日本国内土壌に生息しており、Potapov (2001)の検索表を用いて形態学的に同定できる。また、国内で市販されている(Hamana et al. 2004)。飼育方法はNakamori et al. (2008b)に従った。同日齢の個体群はInternational Organization for Standardization (ISO;ISO 1999)の方法に従った。RNA 抽出時の日齢は25-28日齢である。
【0037】
HiCEP 解析のための経口曝露
成虫(20-23 日齢) にカドミウム添加餌を与え5日間曝露した。カドミウム添加餌は、フスマを80℃で乾燥させ、ボールミルを用いてすりつぶし、このフスマに水または塩化カドミウム水溶液を添加して調製した。添加カドミウムの濃度は0, 15, or 30 μg /mg dry food (80℃で乾燥時)とした。餌の含水率は66%重量(従って、例えば 30 μg Cd/mg dry food 餌を作るのに15 μg Cd/l 水溶液を用いた)とした。十分量の餌をカバーグラス(直径15 mm)上にのせ、試験容器(直径, 50 mm; 高さ, 55mm)内の湿らせたセッコウ(厚さ5 mm)上に置いた。容器あたり20個体、濃度あたり8容器のサンプルを準備した。容器はパラフィルムでシールし、20℃全暗条件下に置いた。3日後に一度、容器のシールをはがして換気した。曝露5日後、トビムシは濃度ごとにプールし(従って、各濃度1反復)、1.5 ml チューブに回収し、液体窒素で固定し、RNA抽出まで-80℃で保管した。尚、各個体からのRNAの抽出はNakamori et al. (2008a)に従って実施した。
【0038】
HiCEP解析とピークの分取
HiCEP法(Fukumura et al. 2003)を適用し、最も誘導されたピークを分取し、塩基配列を決定した。方法はNakamori et al. (2008a)に従った。
【0039】
RACE
Rapid amplification of cDNA ends (RACE; Frohman et al., 1988) により得られたcDNA断片から全長を決定した。 SMART RACE cDNA Amplification Kit (Clontech) を用い、キット添付のプロトコールに従って行った。塩基配列はダイレクトシーケンスにより決定した。
【0040】
以上の方法を用いて、カドミウム曝露で発現誘導された転写物断片の配列を決定し、RACE法により全長塩基配列を決定した。得られたcDNA塩基配列のコード領域(配列番号1)をアミノ酸配列(配列番号2)に変換したところ、繰り返し配列をもつシステインリッチなタンパク質が予想された。更に、配列番号1に示されるコード領域を有する遺伝子のゲノム塩基配列を配列番号3(イントロン:23-142)に示す。
【0041】
[配列番号1(cDNA)]
atgtggtcaa ataatactgt tgctattcga gcatcttgca attgcggaaa gtctggagga ggaaattgcg ggtgtggcgt caactgtaac tgcggaaaat ctggcggggg aaattgcggc tgtggcgtca attgtaactg cggaaaatct ggaaattgcg ggtgcggggt caactgtaac tgcggaaaat ctgggggagg aaattgcggc tgtggagcga cctgcaactg cggaaaatct ggcgggggaa actgcgggtg cggaaacaaa tcaagcgttg gtttctgtgc ctgcggaagt aagtgtacct gcagcaagaa atctgtccaa ggatactgcg cttgtggggc gaactgcaag tgtggaaaca aatctggagt aggcttctgt gggtgtggaa aaagctgcaa atgtggaaag tatgatgggg gaaattgcgg ctgtggcgtc aactgtaact gcggaaaatc tggaaactgc ggctgtgggg tcaattgcaa ctgcggaaag tccgggggag gaaattgtgg gtgtggggtc aattgcaact gcggaaaatc tggaaattgc gtctgtaatt gcggaaagtc tgggggagga aattgcggct gtggggtcag ttcatcccct tgcaaacgtc gccgaacaga ggacaactgt gcctgcaaat ctggctgcca gtgcgagtaa

【0042】
[配列番号2(アミノ酸一文字表記)]
MWSNNTVAIRASCNCGKSGGGNCGCGVNCNCGKSGGGNCGCGVNCNCGKSGNCGCGVNCNCGKSGGGNCGCGATCNCGKSGGGNCGCGNKSSVGFCACGSKCTCSKKSVQGYCACGANCKCGNKSGVGFCGCGKSCKCGKYDGGNCGCGVNCNCGKSGNCGCGVNCNCGKSGGGNCGCGVNCNCGKSGNCVCNCGKSGGGNCGCGVSSSPCKRRRTEDNCACKSGCQCE
【0043】
[配列番号3(gDNA)]
ATGTGGTCAAATAATACTGTTGGTAAGTATGAAGCTGCATGTAAAAATTTGCATGCAAAAATTTACATGTAAAAATTTACATATTCAGTTGGATTTAGCAGAGTTTGTGGTGTGTCATTTATTTTTGGTAATTTTTTTGCAGCTATTCGAGCATCTTGCAATTGCGGAAAGTCTGGAGGAGGAAATTGCGGGTGTGGCGTCAACTGTAACTGCGGAAAATCTGGCGGGGGAAATTGCGGCTGTGGCGTCAATTGTAACTGCGGAAAATCTGGAAATTGCGGGTGCGGGGTCAACTGTAACTGCGGAAAATCTGGGGGAGGAAATTGCGGCTGTGGAGCGACCTGCAACTGCGGAAAATCTGGCGGGGGAAACTGCGGGTGCGGAAACAAATCAAGCGTTGGTTTCTGTGCCTGCGGAAGTAAGTGTACCTGCAGCAAGAAATCTGTCCAAGGATACTGCGCTTGTGGGGCGAACTGCAAGTGTGGAAACAAATCTGGAGTAGGCTTCTGTGGGTGTGGAAAAAGCTGCAAATGTGGAAAGTATGATGGGGGAAATTGCGGCTGTGGCGTCAACTGTAACTGCGGAAAATCTGGAAACTGCGGCTGTGGGGTCAATTGCAACTGCGGAAAGTCCGGGGGAGGAAATTGTGGGTGTGGGGTCAATTGCAACTGCGGAAAATCTGGAAATTGCGTCTGTAATTGCGGAAAGTCTGGGGGAGGAAATTGCGGCTGTGGGGTCAGTTCATCCCCTTGCAAACGTCGCCGAACAGAGGACAACTGTGCCTGCAAATCTGGCTGCCAGTGCGAGTAA
【実施例2】
【0044】
定量PCR解析のための試験
(1)経口曝露
上記HiCEP解析のための経口曝露試験と同じ方法で行った。違いは以下の通りである:サンプルあたり30個体;濃度あたり4反復;添加カドミウム濃度はs 0, 0.03, 0.3, 3, 15 or 30 mg Cd/kg dry food。
【0045】
(2)土壌曝露
Nakamori et al. (2008c)に準じて、カドミウムを人工土壌に添加し、成虫 (20-23-d-old) をその土壌に曝露した。添加カドミウム濃度は0, 25, 70, or 200 mg Cd/kg dry soil。2 mgのパン酵母を土壌表層に撒いた。試験容器あたり、約60個体投入し、5日後、約30個体回収した。動物サンプルは液体窒素で固定した。濃度あたりの反復数は4とした。
【0046】
定量PCR
上記の本発明DNAの発現変動をReal-time RT-PCR を Power SYBR Green PCR Master Mix (Applied Biosystems) と gene specific primers を用いて行った。方法はNakamori et al. (2008a)に従った。尚、以下の塩基配列を有するプライマーを使用した。
本発明遺伝子用プライマー:
配列番号4:AGCCAATATTTTCGAGTGGAGA(C8-QgF44)
配列番号5:CAAGATGCTCGAATAGCAACAGTA(C8-QgR123)
標準化に用いる遺伝子(β‐アクチン)用プライマー:
配列番号6:ACGTTGATATCCGAAAGGACCTC(BAC-36F)
配列番号7:TCTGTCAGCAATACCAGGGTACA(BAC-115R)
【0047】
その結果、濃度依存的な発現上昇がみられた(図1)。即ち、摂食無影響濃度(餌曝露:0.3および30 mg Cd/kg dry food)ではそれぞれ4および365倍、10及び50%繁殖阻害濃度(土壌曝露:25および70 mgCd/kg dry soil)ではそれぞれ1600および2300倍の発現レベルの上昇がみられた。このように、摂食無影響濃度(30 mg/kg dry food)の1/100の濃度(0.3mg/kg dry food)のカドミウムにも高感度に応答する。繁殖阻害影響濃度(25, 70, 200 mg/kg dry soil:それぞれ10, 50, 90%繁殖阻害濃度)である高濃度カドミウムにも応答する。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明のDNAは繁殖阻害線量相当の放射線照射(8, 20, 48Gy:それぞれ10, 50, 80%繁殖阻害線量)には応答しない(図1)ので、放射線とカドミウムによるストレスを区別する指標として用いることも可能である。このDNAの発現は、カドミウム汚染を高感度に検知する指標として利用でき、優れた環境汚染の診断用キットを提供することができる。
【0049】
[参考文献]
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のポリペプチドをコードするDNA:
(a) 配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、又は挿入されたアミノ酸配列から成るポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド;
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド。
【請求項2】
以下のDNA:
(a) 配列番号1に示される塩基配列を含むDNA;
(b) (a)のDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列から成るDNAを含むDNAであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチドをコードするDNA;
(c) 配列番号1に示される塩基配列と80%以上の相同性を有する塩基配列であって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチドをコードするDNA。
【請求項3】
以下のポリペプチド:
(a) 配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、又は挿入されたアミノ酸配列から成るポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド;
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するポリペプチドであって、トビムシへのカドミウム暴露に対してポリペプチド(a)と実質的に同じ程度の発現レベルの上昇が誘導されるポリペプチド。
【請求項4】
請求項1若しくは2記載のDNA又は請求項3記載のポリペプチドから成る土壌中のカドミウムのレベルを検出する為のバイオマーカー。
【請求項5】
トビムシにおける請求項1若しくは2記載のDNA又は請求項3記載のポリペプチドの発現量(レベル)を測定し、該発現量を指標として、土壌中のカドミウムのレベルを検出する方法。
【請求項6】
DNAの転写産物の量を測定することによって該DNAの発現レベルを測定する、請求項5記載の方法。
【請求項7】
DNAの転写産物の量がHiCEP法による遺伝子発現プロファイルを得ることによって測定される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
DNAの転写産物の量がPCRによって測定される、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
DNAにコードされる一つ又はそれ以上のタンパク質又はその一部の量を測定することによって該DNAの発現レベルを測定する、請求項5記載の方法。
【請求項10】
(a)トビムシにカドミウム添加餌を与えることによってカドミウムを経口曝露し;及び、
(b)所定期間後にトビムシにおけるDNAの発現レベルを測定する、工程を含む、請求項6〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
(a)カドミウムを添加した人工土壌でトビムシを飼育し;及び、
(b)所定期間後にトビムシにおけるDNAの発現レベルを測定する、工程を含む、請求項6〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
トビムシの種がFolsomia candidaである、請求項5〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
請求項4に記載のバイオマーカーを含む、請求項5〜12のいずれか一項に記載の方法を実施するための環境汚染の診断用キット。

【図1】
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【公開番号】特開2010−220562(P2010−220562A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−72224(P2009−72224)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年12月11日 特定非営利活動法人日本分子生物学会主催の「第31回日本分子生物学会年会」において文書をもって発表
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【Fターム(参考)】