説明

圧延方向の磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】圧延方向の磁気特性に優れた鋼板を、コストと生産性に優れた方法で提供する。
【解決手段】C≦0.005%、0.1%≦Si≦4.0%、0.1%≦Al≦4.0%、0.02%≦Mn≦1.0%を含む組成のスラブを熱間圧延した後、熱延板焼鈍なしで、あるいは、熱延板焼鈍又は自己焼鈍を施し、酸洗を行い、一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延をおこなった後、仕上焼鈍を行ない、引続きスキンパス圧延後に歪取り焼鈍を施して無方向性電磁鋼板を製造するにあたり、スキンパス圧延前の平均結晶粒径が50μmを超え200μm以下の場合には、圧下率1%以上7%以下のスキンパス圧延を施した後、高温で変態が起こらない成分系の鋼板では800℃以上1000℃以下の温度内で、変態が起こる成分系の鋼板では800℃以上のα域の温度内で歪取り焼鈍を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は主に電気機器やハイブリッド自動車等のモータの鉄心として用いられる無方向性電磁鋼板の製造法に関するものであり、特に、歪取り焼鈍後に圧延方向に良好な磁気特性を備えた無方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータのコアとして無方向性電磁鋼板が用いられる場合、一体でのステータ形状に打ち抜き、積層してコアとすることが多く、その場合は、鋼板面内での全周方向に磁気特性が良い、つまり磁気特性の異方性の少ない材料が適しており、従来、特許文献1に示されるように、スキンパス圧延前の結晶粒径に応じた圧延率でスキンパス圧延することにより、磁気特性を改善する技術が知られていた。
しかし、最近では鋼板歩留まりや巻線充填率を向上しやすい小分割したコアを組み合わせて使う分割タイプの製造方法がとられる場合が増えており、この場合、ティース部分で磁束の集中が起こることから、ティース方向での磁気特性に優れることが望ましい。
分割コアでは鋼板に対して任意の方向にコアを打ち抜くことが可能であり、特定方向の磁気特性に優れる、異方性を持った鋼板が適している。
【0003】
この課題に対し、仕上焼鈍後にスキンパス圧延を施してから歪取り焼鈍を行うことで圧延方向の磁気特性を改善し、更に粗大な結晶粒径を得られることからヒステリシス損失を低減できる方法が、例えば、特許文献2、3によって提案されている。
しかし、それらの方法では、スキンパス圧延前の結晶粒径は、一定の大きさよりも小さくすることが必要とされていた。スキンパス圧延前の結晶粒径を制限することは、仕上焼鈍温度を低温側へ制限することで実現でき、燃料費削減によるコストメリットがある一方で、焼鈍温度の異なる他鋼種との工程管理を煩雑化させること、低温であることにより未再結晶となる可能性が高まり、大きく特性が劣化する懸念があるなどのデメリットもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−183247号公報
【特許文献2】特開2006−265720号公報
【特許文献3】特開2008−127608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、無方向性電磁鋼板の製造に際し、仕上焼鈍後にスキンパス圧延を施すことで歪取り焼鈍後に圧延方向に良好な磁気特性を得るにあたり、スキンパス圧延前の結晶粒径に制限があるという課題を解決し、圧延方向の磁気特性を改善する製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、スキンパス圧延を用いて圧延方向の磁気特性が改善するという現象は、メタラジーの観点では、歪誘起粒成長により歪量の少ない特定の結晶粒が歪量の多い周りの結晶粒を蚕食して異常粒成長する結果であるという事実に着目し、その観点からさらに詳細に検討を重ねた。
その結果、歪取り焼鈍の温度をより高温化することで歪誘起粒成長を起こすことが可能となり、更にスキンパス圧下率を7%以下に抑えることで、圧延方向に良好な磁気特性を持つ結晶粒を優先的に成長させることが可能となることを見出した。
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、その要旨は以下の通りである。
【0007】
質量%で、C≦0.005%、0.1%≦Si≦4.0%、0.1%≦Al≦4.0%、0.02%≦Mn≦1.0%、残部Fe及び不可避的不純物よりなるスラブを熱間圧延した後、そのまま熱延板焼鈍なしで、あるいは、熱延板焼鈍又は自己焼鈍を施し、酸洗を行い、一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延をおこなった後、仕上焼鈍を行ない、引続きスキンパス圧延後に歪取り焼鈍を施す無方向性電磁鋼板の製造方法において、前記スキンパス圧延前の平均結晶粒径が50μmを超え200μm以下の場合には、1%以上7%以下の圧下率のスキンパス圧延を施した後、高温で変態が起こらない成分系の鋼板では800℃以上1000℃以下の温度内で、あるいは、変態が起こる成分系の鋼板では800℃以上のα域の温度内で歪取り焼鈍を施すことを特徴とする磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、圧延方向の磁気特性が極めて優れた無方向性電磁鋼板を低コストで提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
仕上焼鈍後、スキンパス圧延を施し、更に歪取り焼鈍を行うことで圧延方向の磁気特性に優れる無方向性電磁鋼板を製造する製造法において、スキンパス圧延前の結晶粒の粒径が、50μmを超えるような粗大な場合には磁気特性の改善が得られなかった。
この課題に対し、メタラジーの観点から問題を見直した結果、磁気特性の改善が無い条件下では歪誘起粒成長が起こっていないことを突き止めた。
歪誘起粒成長が起こらない原因はスキンパス圧延で導入した歪量が少ないために粒成長に対する充分な駆動力が得られなかったためと推察し、歪取り焼鈍温度を高温化することで粒成長の駆動力を補うことが出来る可能性があると考えた。
以下に本発明に至った実験結果について述べる。
【0010】
(実験1)
質量%で、C:0.0017%、Mn:0.51%、S:0.0013%、N:0.0015%、Si:0.50%、Al:0.10%、Ti:0.0016%、残部Feおよび不可避的な不純物を含む電磁鋼板スラブに対して、熱延により板厚2.0mmとし、酸洗し、板厚0.50mmに冷間圧延し、830℃×30秒の仕上焼鈍を施し、平均結晶粒径を60μmとした(この段階のものを試料1とする)。その後圧下率3%でスキンパス圧延し、750,800,850℃のそれぞれの温度で2時間の歪取り焼鈍を行い、圧延方向の磁気特性の測定を行った。
この結果を表1に示す。なお圧延方向をL方向と称し、表中のW15/50 L、 B50 Lは圧延方向の磁気特性を意味する。
【0011】
【表1】

【0012】
表1よりスキンパス圧延前の結晶粒径が60μmでは750℃の歪取り焼鈍では圧延方向の磁気特性が改善していないが、800℃以上に高温化すると改善が見られる。実際に鋼板の金属組織を観察したところ試料2は粒成長していなかったが、試料3、4は歪誘起粒成長により400μmを超す平均結晶粒径に粗大化しており、前記の想定が正しかったことが判明した。
【0013】
(実験2)
実験1で作成した試料1に対して種々の圧下率でスキンパス圧延を施した後、800℃×2時間の歪取り焼鈍を施し、圧延方向の磁気測定を行った。この結果を表2に示す。
【0014】
【表2】

【0015】
鉄損W15/50 Lに関しては、どの試料においてもスキンパス圧延前と比べて改善しているが、磁束密度B50 Lに関しては、試料4ではスキンパス圧延前と変わっていない。この原因としては、圧下率が強すぎたために均一に歪が導入され、歪誘起粒成長における特定の結晶粒の優先性が失われたためと考えられる。
このようにスキンパス圧延前の結晶粒径が50μmを超すような粗大な場合にも歪取り焼鈍温度を高温化することで磁気特性の改善が可能となり、更にスキンパス圧下率を7%以下に限定することで圧延方向に対する磁気異方性を高めることが可能となることは本発明で初めて知見したものである。
【0016】
以上のような検討を経てなされた本発明について、以下、順次説明する。まず、鋼組成の限定理由について説明する。
Cは、磁気時効が起こり磁気特性が劣化してしまう原因になることから極力低減することが望ましく、含有量を0.005%以下とした。好ましくは0.003%以下である。なお、下限は、製造上の負荷から0.001%とするのが好ましい。
Siは、電磁鋼板の固有抵抗を高める元素で鉄損の低減に有効であることから、0.1%以上含有することが必要である。添加量が多いほど鉄損には有効であるが、多すぎると脆化して冷間圧延時の通板性に悪影響を与えることから上限を4.0%とした。
Alも電磁鋼板の固有抵抗を高める元素で鉄損の低減に有効であることから、0.1%以上含有することが必要である。添加量が多いほど鉄損には有効であるが、多すぎると飽和磁束密度Bsの低下により磁気特性が劣化してしまうことから上限を4.0%とした。
Mnは、熱間圧延時の赤熱脆性を防ぐために0.02%以上の含有が必要であるが、Mnを1.0%を超えて含有させると、Bsの低下により磁気特性が劣化してしまうことから上限を1.0%とした。
【0017】
無方向性電磁鋼板では、上記元素の他、不可避的不純物として、または磁気特性を良好にする元素として、S、P、O、N、Cu、Ni、Ti、Cr、Ca、REM、Sb、Sn、Bの1種以上を含有させる場合があるが、本発明の機械特性及び磁気特性を損なわない範囲でそれらの元素を含有することは可能である。
ただし、従来どおり、不純物として有害とされるS、O、N、Tiは少ない方が好ましく、いずれも0.003%以下であることが望ましい。また、これら不純物を無害化するための元素として、Ca、REMを添加しても差し支えない。
【0018】
次に本発明の製造条件について説明する。
本発明では、前記成分からなる鋼素材として、転炉で溶製され連続鋳造あるいは造塊−分塊圧延により製造される鋼スラブを用いることができる。鋼スラブは公知の方法にて加熱され、引続き熱間圧延されて所要板厚の熱延板とされる。
この後、熱延板焼鈍、または自己焼鈍を行うと圧延方向の磁気特性をより高めることが出来ることから望ましい。ただし熱間圧延ままであってもスキンパス圧延前の特性よりも圧延方向の磁気特性を高める本発明の効果は得られるので問題はない。
この熱延板を酸洗し、冷間圧延、または中間焼鈍を含む2回の冷間圧延により所定の板厚とし、仕上焼鈍を行う。
【0019】
仕上焼鈍の条件については特に制限はなく、再結晶を充分に進行させるため、あるいは他鋼種との通板の兼ね合いから焼鈍温度を決めることができ、この際に平均結晶粒径が50μmを超えてしまってもスキンパス圧延を用いた磁気特性改善が行える点が本発明の効果である。
ただし、粒径が200μmを超すと歪誘起粒成長の元になる圧延方向の磁気特性に良好な結晶方位を持つ結晶粒の個数密度が少なくなり、焼鈍後に圧延方向の磁気特性の改善が得難くなることから200μm以下である必要がある。
【0020】
この後、1%〜7%の圧下率でスキンパス圧延を施す。上限を7%としたのは、特定の結晶粒の優先性が失われて圧延方向に対する磁気特性の改善効果が薄くなるからである。下限を1%としたのは、圧下率が低すぎると歪誘起粒成長に必要な歪が足りないために効果が得られなくなるからである。
【0021】
スキンパス圧延後の歪取り焼鈍は、高温で変態が起こる(Si+2Al)<2%の成分系では、800℃以上のα域の温度内で行う。変態の起こらない2%≦(Si+2Al)の成分系では、800℃以上1000℃以下、更に好ましくは850℃以上の温度で行う。
この焼鈍はバッチ焼鈍であっても連続焼鈍であっても良い。焼鈍温度がより高温の方が望ましいのは確実に歪誘起粒成長を引き起こすためであり、余りに粒径が粗大な場合や導入した歪の回復過程に影響を持つ合金成分や微量の不純物、また粒界の移動を妨げる析出物がある場合は800℃であっても歪誘起粒成長が起こらない場合があるからである。歪誘起粒成長が起こらない場合は本発明の範囲内で焼鈍温度を高温化すれば良い。
スキンパス圧延及びその後の歪取り焼鈍は、鋼板の製造過程で実施しても良いし、需要家で行っても構わない。またコア形状に加工する前に歪取り焼鈍を行った場合は、加工後に更に2度目の歪取り焼鈍を行っても構わない。
以下、実施例により、本発明の実施可能性及び効果についてさらに説明する。
【実施例1】
【0022】
C:0.003%、Mn:0.2%、Al:0.1%、残部Feおよび不可避的不純物に加え、Si量を0.1%、1.0%と変えた無方向性電磁鋼板スラブを1150℃に加熱して熱間圧延し板厚を2.2mmとして、酸洗し、板厚0.50mmに冷間圧延し、840℃×30秒の仕上焼鈍を施した。得られた鋼板は再結晶が完了しており、平均結晶粒径は、Si量0.1%の鋼板が67μm、Si量1.0%の鋼板が58μmであった。
これらの鋼板に種々の圧下率でスキンパス圧延を施した後、750℃×2時間、または820℃×2時間の歪取り焼鈍を行った。得られた鋼板の磁気特性の測定結果を表3に示す。
【0023】
表3において、スキンパス圧下率0%はスキンパス圧延を施さずに焼鈍を行った結果であり、スキンパス圧延前と比べて鉄損が改善している。本発明の特徴はスキンパス圧延工程を加えることで、単純に歪取り焼鈍を行ったこの特性と同等、あるいはそれ以上に鉄損を改善し、更に磁束密度の向上が実現できることである。
表3を見ると、試料2、3は単純に歪取り焼鈍を行った試料1に比べて鉄損W15/50 Lの改善が見られず、これは歪取り焼鈍温度が低い結果である。試料10も同様に試料9に比べて鉄損W15/50 Lが改善していない。
試料4、12は、それぞれ、試料1、9に比べて鉄損W15/50 Lが改善しているが、スキンパス圧下率が高すぎたために磁束密度B50 Lが悪化している。また試料8、16についても同様にB50 Lが悪化している。
試料6、7はスキンパス圧延前、及び試料5と比べて鉄損W15/50 L、磁束密度B50 L共に改善している。試料14も同様にスキンパス圧延前、及び試料13よりも磁気特性が優れており、本発明の範囲にある場合にある場合にだけ圧延方向の磁気特性の改善が得られている。
【0024】
【表3】

【実施例2】
【0025】
C:0.003%、Mn:0.2%、Al:0.1%、残部Feおよび不可避的不純物に加え、Si量を2.0%、2.9%と変えた無方向性電磁鋼板スラブを1150℃に加熱して熱間圧延し板厚を2.2mmとして、酸洗し、板厚0.50mmに冷間圧延し、900℃×30秒の仕上焼鈍を施した。得られた鋼板は再結晶が完了しており、平均結晶粒径はSi量0.1%の鋼板が85μm、Si量1%の鋼板が70μmであった。
これらの鋼板に種々の圧下率でスキンパス圧延を施した後、750℃×2時間、または850℃×2時間の歪取り焼鈍を行った。得られた鋼板の磁気特性の測定結果を表4に示す。
表4において、試料2〜4、10〜12はスキンパス圧延前よりも鉄損W15/50 Lが悪化している。試料8、16は磁束密度B50 Lが悪化している。一方で試料6、7はスキンパス圧延前、そして試料5よりも鉄損W15/50 L、磁束密度B50 L共に改善している。試料14、15も同様にスキンパス圧延前、及び試料13よりも磁気特性が改善している。
【0026】
【表4】

【実施例3】
【0027】
実施例2で得られた熱延板を、900℃×1分の熱延板焼鈍を施し、酸洗し、板厚0.50mmに冷間圧延し、900℃×30秒の仕上焼鈍を施した。得られた鋼板は再結晶が完了しており、平均結晶粒径はSi量0.1%の鋼板が111μm、Si量1%の鋼板が73μmであった。
これらの鋼板に種々の圧下率でスキンパス圧延を施した後、750℃×2時間、または850℃×2時間の歪取り焼鈍を行った。得られた鋼板の磁気特性の測定結果を表5に示す。
発明例では、スキンパス圧延前及び同じ温度でスキンパス圧延無しで歪取り焼鈍を行った特性よりも鉄損、磁束密度共に改善している。
【0028】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C≦0.005%、0.1%≦Si≦4.0%、0.1%≦Al≦4.0%、0.02%≦Mn≦1.0%、残部Fe及び不可避的不純物よりなるスラブを熱間圧延した後、そのまま熱延板焼鈍なしで、あるいは、熱延板焼鈍又は自己焼鈍を施し、酸洗を行い、一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延をおこなった後、仕上焼鈍を行ない、引続きスキンパス圧延後に歪取り焼鈍を施す無方向性電磁鋼板の製造方法において、
前記スキンパス圧延前の平均結晶粒径が50μmを超え、200μm以下の場合には、1%以上7%以下の圧下率のスキンパス圧延を施した後、高温で変態が起こらない成分系の鋼板では800℃以上1000℃以下の温度内で、あるいは、変態が起こる成分系の鋼板では800℃以上のα域の温度内で歪取り焼鈍を施すことを特徴とする磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2011−162821(P2011−162821A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−25373(P2010−25373)
【出願日】平成22年2月8日(2010.2.8)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】