説明

圧粉磁心用粉末とその製造方法

【課題】粒径Dの軟磁性金属粉末の表層の0.15D未満の範囲に珪素含有層を備えた圧粉磁心用粉末と、この製造方法を提供する。
【解決手段】炭素元素を含む軟磁性金属粉末1の表面に浸珪処理をおこなうことにより、珪素含有層2を備えた圧粉磁心用粉末10を製造する方法であり、この浸珪処理は、軟磁性金属粉末1の表面に少なくとも珪素化合物を含む浸珪用粉末を接触させ、該浸珪用粉末を加熱処理することによって珪素化合物から珪素元素を脱離させ、該脱離した珪素元素を軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散させるものであり、珪素元素が脱離する反応生成速度が、珪素元素が軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散する拡散速度よりも速い脱離拡散雰囲気下で浸珪処理がおこなわれるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性金属粉末からなる圧粉磁心用粉末とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軟磁性金属粉末からなる圧粉磁心用粉末を加圧成形してできる圧粉磁心は、たとえば、車両の駆動用モータのステータコアやロータコア、電力変換回路を構成するリアクトルコアなどに適用されており、電磁鋼板を積層してなるコア材に比して、高周波鉄損が少ない磁気特性を有していること、形状バリエーションに臨機かつ安価に対応できること、材料費が廉価となることなど、多くの利点を有している。
【0003】
ところで、上記する圧粉磁心に関し、鉄損、特に渦損失を低減するためにその比抵抗を高めるべく、珪素やアルミニウム等と鉄からなる鉄合金を軟磁性金属粉末とし、この表層にシリカ(SiO)等の絶縁被膜を形成して磁性粉末を生成し、この磁性粉末を加圧成形することで圧粉磁心を製造する方策がある。しかし、珪素やアルミニウム等が鉄粉中に均等に分散された鉄合金を使用して磁性粉末を生成した場合には、この硬度が高くなってしまい、これを加圧成形してなる圧粉磁心の高密度化が逆に阻害されてしまうという問題が生じる。圧粉磁心の密度を高くできないことは、圧粉磁心の高磁束密度化を図れないことに繋がってしまう。したがって、従来は、高密度かつ高比抵抗で、高磁束密度の圧粉磁心を製造することは困難であった。このことより、軟磁性金属粉末の表層の可及的に薄い範囲で比抵抗を高めるための珪素元素等を浸透させ、粉末内部では珪素元素等が存在しない、もしくは極めて少ない圧粉磁心用粉末を生成する方法が切望されている。
【0004】
たとえば、特許文献1では、予め高温処理されて粉砕された鉄粉と、珪素粉末およびフェロシリコンとを混合し、水素雰囲気中で再度高温処理することにより、表層に珪素濃度の高い珪素層皮膜鉄粉を製造する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2007−126696号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示の製造方法によれば、表層に珪素濃度の高い珪素層皮膜鉄粉を製造することができるが、本発明者等の検証によれば、図7aに示すように、鉄粉bからなる圧粉磁心用粉末aの径をDとした場合に、形成される珪素層cが0.2Dを超えることが特定されている。なお、この珪素層中の珪素濃度分布は、図7bに示すように、粉末表層から緩やかな減少勾配曲線を呈して珪素濃度が内部に向って低下するものである。本発明者等の知見によれば、この珪素層が0.2Dを超える、より厳しい条件では、0.15D以上の場合に、鉄粉は十分に硬くなり、したがって圧粉磁心の高密度化を十分に図ることが難しくなることが特定されている。
【0006】
本発明は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、軟磁性金属粉末の表層に珪素含有層を含んでいる圧粉磁心用粉末に関し、その珪素含有層を軟磁性金属粉末の粒径をDとした場合に0.15D未満に調整することのできる圧粉磁心用粉末の製造方法と、この製造方法によって製造された圧粉磁心用粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成すべく、本発明による圧粉磁心用粉末の製造方法は、炭素元素を含む軟磁性金属粉末の表面に浸珪処理をおこなうことにより、圧粉磁心用粉末を製造する方法において、前記浸珪処理は、軟磁性金属粉末の表面に少なくとも珪素化合物を含む浸珪用粉末を接触させ、該浸珪用粉末を加熱処理することによって前記珪素化合物から珪素元素を脱離させ、該脱離した珪素元素を前記軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散させるものであり、珪素元素が脱離する反応生成速度が、珪素元素が軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散する拡散速度よりも速い脱離拡散雰囲気下で浸珪処理がおこなわれることを特徴とするものである。
【0008】
圧粉磁心用粉末は、たとえば炭素元素を微量含有する鉄系粉末等の軟磁性金属粉末から生成されるものであり、本発明の製造方法で使用される軟磁性金属粉末としては、鉄−炭素系合金のほかに、炭素を微量含有する純鉄をもその対象としている。
【0009】
この軟磁性金属粉末に少なくとも珪素化合物を含む浸珪用粉末を接触させて加熱処理することにより、軟磁性金属粉末表面に比較的高濃度の珪素含有層を形成し、その一方で、軟磁性金属粉末内部には珪素が含浸されない、もしくは含浸されたとしてもその量が極めて微量な圧粉磁心用粉末を生成するものである。ここで、少なくとも珪素化合物を含む浸珪用粉末とは、二酸化珪素(シリカ)のほか、二酸化珪素の粉末と炭化珪素の粉末の混合粉末などを挙げることができる。
【0010】
本発明者等は、既述する従来技術のごとく、単に珪素粉末を加熱処理する方法ではなく、珪素化合物の粉末を軟磁性金属粉末表面上で加熱処理することにより、珪素化合物から珪素が離脱し、離脱した珪素が軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散することで、軟磁性金属粉末の表層の狭い(薄い)範囲に、比較的高濃度の珪素含有層が形成されるという知見に至った。より具体的には、浸珪用粉末を加熱することによって軟磁性金属粉末中の含有成分である炭素元素と浸珪用粉末とを酸化還元反応させ、生成された珪素元素を軟磁性金属粉末表面中に浸透拡散させるものであり、言い換えれば、珪素元素を軟磁性金属粉末表面の炭素元素と置換させるものである。
【0011】
本発明者等はさらに、上記する珪素含有層を軟磁性金属粉末の表層の所定の厚み、たとえば、軟磁性金属粉末の粒径をDとした場合に、表層の0.15D未満の範囲に珪素含有層を形成するに際し、珪素元素が脱離する反応生成速度が、珪素元素が軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散する拡散速度よりも速い脱離拡散雰囲気下で浸珪処理をおこなえばよいという知見に至った。なお、反応生成速度が拡散速度よりも速いということは、結果として反応生成量が拡散量よりも多くなることを意味している。したがって、この脱離拡散雰囲気は、珪素元素が脱離する反応生成量が、珪素元素が軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散する拡散量よりも多い雰囲気と言うこともできる。
【0012】
上記条件の脱離拡散雰囲気を形成する要素としては、軟磁性金属粉末中の炭素含有量の調整(炭素含有量を多くすること)、浸珪用粉末中の珪素含有量(または珪素化合物量)の調整(珪素含有量等を多くすること)、加熱処理温度の調整、珪素化合物粉末の微細化(たとえば、1μm以下の粉末径)、この粉末の微細化に伴う炭素元素と珪素化合物の接触数の増加、さらには、加熱処理容器内の真空度の調整(真空度を高めること)、浸珪処理によって生成された炭酸ガスなどの排気調整(排気を速やかにおこなうこと)、などを挙げることができる。
【0013】
ここで、前記脱離拡散雰囲気の形成方法の一実施の形態として、軟磁性金属粉末が鉄系粉末からなり、該軟磁性金属粉末中の前記炭素元素含有量が0.1〜1.0重量%の範囲に調整されており、かつ、珪素化合物中の前記珪素元素含有量が少なくとも炭素元素含有量以上の重量%に調整されており、前記加熱処理温度が900〜1050℃の範囲に調整された雰囲気を挙げることができる。
【0014】
まず、加熱処理温度に関しては、これが900℃未満であると、浸珪処理が十分に実行されないとともに圧粉磁心用粉末の製造効率が低下すること、1050℃を超えると、反応生成速度が拡散速度よりも速い環境を形成できないこと、からこの加熱処理温度範囲が規定される。
【0015】
また、軟磁性金属粉末中の炭素元素含有量に関しては、これが0.1重量%未満では珪素元素に置換される炭素量が不十分となり、軟磁性金属粉末表層に高比抵抗な領域を形成し難いこと、1.0重量%を超えると、軟磁性金属粉末自体の磁束密度が低くなってしまうこと、からこの炭素元素含有量範囲が規定される。
【0016】
さらに、珪素化合物中の前記珪素元素含有量は、少なくとも炭素元素含有量以上の重量%に調整されることで、炭素に置換される珪素量が担保されるものである。
【0017】
また、本発明による圧粉磁心用粉末は、前記製造方法によって製造された圧粉磁心用粉末であって、前記圧粉磁心用粉末は、その表面に少なくとも珪素元素を含む珪素含有層を有する軟磁性金属粉末からなり、軟磁性金属粉末の平均粒径をDとした場合に、軟磁性金属粉末の表面から0.15D未満の範囲に前記珪素含有層が形成されるとともに1〜12重量%の範囲の珪素元素を含んでおり、該珪素含有層では、前記表面の珪素濃度が最も高く、軟磁性金属粉末内部に向って珪素濃度が低くなる濃度変化傾向を有しているものである。
【0018】
本発明者等の検証によれば、既述する本発明の製造方法によって生成された圧粉磁心用粉末は、その径がDである軟磁性金属粉末の表層から0.15D未満の極めて薄い範囲に珪素含有層を形成できること、この珪素含有層内には1〜12重量%の珪素元素が含有されていること、さらには、この珪素含有層が、軟磁性金属粉末の表層からその内部にかけて珪素濃度が除々に低くなる濃度変化傾向の層となること、が実証されている。ここで、上記数値範囲に関し、軟磁性金属粉末の表層から0.1D未満の範囲に珪素含有層が形成され、この珪素含有層内には1〜10重量%の珪素元素が含有されているのがより好ましい。なお、この濃度変化傾向に関して言えば、その変化曲線は、図7bで示す従来例とは異なり、表層から濃度が急激に低下する急勾配曲線を呈するものであり、この濃度変化傾向ゆえに、表層0.15D未満の狭い範囲に珪素含有層を形成することが可能となるものである。
【0019】
ここで、表層の珪素濃度が1重量%未満では渦損失低減効果を十分に期待することができないこと、10重量%を超える珪素濃度、より具体的には12重量%以上の珪素濃度の形成は困難であることより、珪素含有層における上記珪素濃度範囲が望ましく、また、上記する本発明の製造方法によってかかる珪素濃度範囲の珪素含有層を形成することが可能となる。
【0020】
上記する本発明の圧粉磁心用粉末によれば、その表層の0.15D未満の薄い範囲に1〜12重量%の珪素元素が含有された珪素含有層が形成され、粉末内部は珪素元素が存在しない、もしくは極めて少ない状態となっていることより、表面比抵抗が高く、粉末全体が高密度加圧成形に支障のない程度の硬さを有した粉末を生成することができる。よって、この圧粉磁心用粉末にて製造された圧粉磁心は、高密度ゆえにその磁束密度が高く、しかも表層の珪素含有層によって渦損失が低減された圧粉磁心となる。
【0021】
上記する高性能な圧粉磁心は、近時その生産が急増しており、その高性能化が研究/開発されている、ハイブリッド車や電気自動車の駆動用電動機を構成するステータコアやロータコア、電力変換装置を構成するリアクトル用のコア(リアクトルコア)などに好適である。
【発明の効果】
【0022】
以上の説明から理解できるように、本発明の圧粉磁心用粉末の製造方法によれば、表面比抵抗が高く、しかも、粉末全体が加圧成形時の高密度成形に支障のない程度の硬さを有した圧粉磁心用粉末を生成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1aは本発明の製造方法によって製造された圧粉磁心用粉末を示した模式図であり、図1bはこの圧粉磁心用粉末の表層からの珪素濃度分布を示したグラフである。図2は珪素元素の反応生成速度(反応生成量)と珪素元素の拡散速度(拡散量)に関する各グラフを処理温度との関係で示した図である。
【0024】
本発明の圧粉磁心用粉末10は、その表層に形成された珪素含有層2を備えた、鉄―炭素系合金(これには、微量の炭素を含有する純鉄を含む)からなる軟磁性金属粉末1から形成されている。この珪素含有層2は、軟磁性金属粉末1の径をDとした場合に、その表層から0.15D未満の範囲に形成されており、後述する本発明の製造方法を適用することで、さらに薄い0.05D、またはこれ以下の珪素含有層を形成することが可能となる。
【0025】
また、珪素含有層2における珪素濃度分布は、図1bに示すように、粉末10(軟磁性金属粉末1)の表面が最も高濃度であり、粉末内部に向って珪素濃度が低くなる濃度変化傾向を有しており、より具体的には、この濃度変化傾向は、図示する急勾配の曲線を呈し、およそ0.1D程度の深度で濃度が極めて低くなるような傾向となっている。
【0026】
さらに、珪素含有層2には、1〜12重量%の範囲の珪素元素が含有されており、所望する比抵抗の値に応じて、この範囲内で珪素濃度が調整されるものである。
【0027】
次に、圧粉磁心用粉末10の製造方法を概説する。
まず、所定量の鉄―炭素系合金からなる軟磁性金属粉末と珪素化合物であるシリカを用意し、これを攪拌する。
【0028】
その後、シリカを高温処理するべく、攪拌された混合粉を過熱処理することにより、軟磁性金属粉末中の炭素元素との酸化還元反応によってシリカから珪素元素を脱離させ、珪素元素を軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散させる(浸珪処理)。
【0029】
この浸珪処理では、珪素元素が脱離する反応生成速度が、珪素元素が軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散する拡散速度よりも速い脱離拡散雰囲気を形成し、この雰囲気下で浸珪処理がおこなわれる。
【0030】
図2は、珪素元素の反応生成速度と珪素元素の拡散速度に関する各グラフを処理温度との関係で示したものであり、図中、グラフXは珪素元素の反応生成速度を、グラフYは珪素元素の拡散速度をそれぞれ示している。
【0031】
図示する各グラフは、本発明者等による多数の実験に基づいて作成されたものであり、縦軸の速度の値は、各種条件によって変動するものである。
【0032】
図において、グラフX以下であってグラフY以上の領域Aが、上記する脱離拡散雰囲気であり、この範囲にある条件を設定することにより、たとえば図1で示すような圧粉磁心用粉末10を製造することが可能となる。
【0033】
本発明者等の実験によれば、グラフXとグラフYが交差する処理温度条件は1050℃程度であり、この温度以下で加熱処理が実行される。
【0034】
また、上記する脱離拡散雰囲気を形成するその他の条件として、軟磁性金属粉末中の炭素元素量とシリカ中の珪素元素量を規定する必要がある。本発明者等の実験によれば、軟磁性金属粉末中の炭素元素含有量は0.1〜1.0重量%の範囲であり、珪素化合物中の珪素元素含有量は少なくとも炭素元素含有量以上の重量%に調整されることにより、上記する処理温度条件と相俟って、領域Aに入る脱離拡散雰囲気を形成することができる。
【0035】
なお、シリカ粉の粒径を1μm以下に調整すること、浸珪処理を真空度の高い真空容器内で実行すること、上記酸化還元反応で生成されたCOガスを速やかに容器外に排気することなども上記脱離拡散雰囲気を形成する上で好ましい。
【0036】
上記製造方法で圧粉磁心用粉末を製造後、これをパンチとダイスで画成されたキャビティ内に充填し、プレス成形することにより、所望形状の圧粉磁心を製造することができる。
【0037】
[本発明の圧粉磁心用粉末で成形された圧粉磁心、および、従来の圧粉磁心用粉末で成形された圧粉磁心における磁束密度と鉄損に関する実験とその結果]
本発明者等は、炭素を微量含有する純鉄粉、Fe−3%Si合金粉、Fe−6.5%Si合金粉(いずれもガスアトマイズ粉で、粉末の平均粒径が150〜250μmのもの)と、シリカの粉末を用意し、浸珪処理時の加熱処理温度を1000℃、または1100℃の2パターンに設定して浸珪処理をおこない、複数種の圧粉磁心用粉末を作成した。次いで、各粉末それぞれにシリコーン樹脂を0.5重量%加え、外径が40mm、内径が30mmで、厚みが5mmのリング材を1600MPaのプレス圧力にて成形した。成形後のリング材は、加圧成形時の歪除去のために600℃で30分の熱処理をおこない、実施例1,2と比較例1〜4の計6つのテストピースを作成した。
【0038】
各テストピースごとの製造条件に関する一覧を表1に、製造された圧粉磁心用粉末の珪素含有層の厚みと珪素濃度に関する結果一覧を表2に、各テストピースの磁束密度に関する実験結果を図3に、鉄損に関する実験結果を図4に、実施例、比較例の磁束密度と鉄損に関する実験結果を一図で示したグラフを図5にそれぞれ示す。なお、磁束密度の測定はB−Hアナライザー(電子磁気工業社製)を使用し、鉄損の測定はB−Hアナライザー(岩崎通信機社製:SY−8232)を使用しており、1T、1kHzの条件下で計測をおこなっている。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
表1において、比較例5,6は、合金粉内に珪素が均等に含有されたものであり、表層のみに珪素含有層を備えた実施例1,2および比較例3,4とは相違するものである。なお、図2に示すグラフ中の1,2,3,4は、それぞれ実施例1,2、比較例3,4に対応している。
【0042】
また、処理時間を60分、120分に設定しているが、これは、炭素元素を微量含む純鉄粉にシリカ粉を反応させる際に、シリカの反応速度が少なくとも120分までは上昇傾向にある、という本発明者等の知見に基づいて設定したものである。反応速度が下降傾向となる時間まで処理時間を長くしても、不要に処理時間を長くするだけであり、製造効率の面からも好ましくない。尤も、この反応速度が上昇傾向にある時間領域は、使用される軟磁性金属粉末と珪素化合物の組合せによって変化するため、組合せに適した反応時間を設定するのがよい。
【0043】
実験の結果、実施例1,2では、炭素量を0.1〜1.0重量%の範囲である0.3、0.4重量%に設定し、シリカ量(中の珪素元素量)を炭素量以上に設定し、処理温度を900〜1050℃の範囲の1000℃に設定することにより、表2で示すように、浸透深さ(珪素含有層厚)が0.15D未満である0.03D、珪素含有層中の珪素含有量が1〜12重量%の範囲にある10,3重量%の圧粉磁心用粉末を製造することができた。これに対し、比較例3,4は珪素含有層中の珪素濃度と浸透深さのいずれか一方を満足していない。
【0044】
また、図3に示す磁気特性(磁束密度)に関する計測結果より、珪素含有層の厚みが相対的に薄く、したがって生成された圧粉磁心用粉末の硬さが相対的に低い実施例1,2と比較例3の圧粉磁心密度が相対的に高くなり、結果として磁束密度が高くなることが実証された。なお、実施例1,2、比較例3の磁束密度は、比較例4,5,6のそれに対して3割程度も高くなっている。
【0045】
一方、図4に示す鉄損に関する計測結果より、珪素含有層中の珪素濃度が相対的に高い実施例1,2と比較例4の鉄損が低くなり、中でも、実施例1,2の鉄損低減効果は顕著となった。
【0046】
上記する実施例1,2にかかる圧粉磁心と、比較例3〜6にかかる圧粉磁心の磁束密度、鉄損に関する実験結果を一図で示したグラフを図5に示している。図中、グラフPは磁束密度を、グラフQは鉄損をそれぞれ示している。
【0047】
図より、実施例1,2の圧粉磁心が、比較例3〜6の圧粉磁心に比して高磁束密度となり、かつ、低鉄損となることが理解できる。特に、比較例5,6に対し、実施例1,2は、磁束密度が30%程度も上昇し、鉄損は15%程度も低減していることが分かる。
【0048】
また、図6aには、実施例1の圧粉磁心を形成する圧粉磁心用粉末のSEM−EDX画像図を、図6bには、比較例4の圧粉磁心を形成する圧粉磁心用粉末のSEM−EDX画像図をそれぞれ示している。
【0049】
図中、粉末表面の層が形成される珪素含有層を示している。図から、実施例1における0.03Dの薄層の珪素含有層が、比較例4における0.15Dの比較的厚層の珪素含有層がそれぞれ形成されていることが分かる。
【0050】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】(a)は本発明の製造方法によって製造された圧粉磁心用粉末を示した模式図であり、(b)はこの圧粉磁心用粉末の表層からの珪素濃度分布を示したグラフである。
【図2】珪素元素の反応生成速度(反応生成量)と珪素元素の拡散速度(拡散量)に関する各グラフを処理温度との関係で示した図である。
【図3】本発明の圧粉磁心用粉末で成形された圧粉磁心(実施例1,2)の磁束密度と、従来の圧粉磁心用粉末で成形された圧粉磁心(比較例3,4,5,6)の磁束密度に関する実験結果を示した図である。
【図4】本発明の圧粉磁心用粉末で成形された圧粉磁心(実施例1,2)の鉄損と、従来の圧粉磁心用粉末で成形された圧粉磁心(比較例3〜6)の鉄損に関する実験結果を示した図である。
【図5】実施例1,2にかかる圧粉磁心と、比較例3〜6にかかる圧粉磁心の磁束密度、鉄損に関する実験結果をまとめたグラフである。
【図6】(a)は上記実施例1の、(b)は上記比較例4の各SEM−EDX画像図である。
【図7】(a)は従来の圧粉磁心用粉末を示した模式図であり、(b)はこの圧粉磁心用粉末の表層からの珪素濃度分布を示したグラフである。
【符号の説明】
【0052】
1…軟磁性金属粉末(鉄―炭素系合金)、2…珪素含有層、10…圧粉磁心用粉末

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素元素を含む軟磁性金属粉末の表面に浸珪処理をおこなうことにより、圧粉磁心用粉末を製造する方法において、
前記浸珪処理は、軟磁性金属粉末の表面に少なくとも珪素化合物を含む浸珪用粉末を接触させ、該浸珪用粉末を加熱処理することによって前記珪素化合物から珪素元素を脱離させ、該脱離した珪素元素を前記軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散させるものであり、
珪素元素が脱離する反応生成速度が、珪素元素が軟磁性金属粉末の表層に浸透拡散する拡散速度よりも速い脱離拡散雰囲気下で浸珪処理がおこなわれることを特徴とする、圧粉磁心用粉末の製造方法。
【請求項2】
軟磁性金属粉末が鉄系粉末からなり、該軟磁性金属粉末中の前記炭素元素含有量が0.1〜1.0重量%の範囲に調整され、かつ、珪素化合物中の前記珪素元素含有量が少なくとも炭素元素含有量以上の重量%に調整されており、前記加熱処理温度が900〜1050℃の範囲に調整されることにより、前記脱離拡散雰囲気が形成されるものである、請求項1に記載の圧粉磁心用粉末の製造方法。
【請求項3】
前記浸珪用粉末が少なくとも二酸化珪素を含む粉末からなる、請求項1または2に記載の圧粉磁心用粉末の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法によって製造された圧粉磁心用粉末であって、
前記圧粉磁心用粉末は、その表面に少なくとも珪素元素を含む珪素含有層を有する軟磁性金属粉末からなり、
軟磁性金属粉末の平均粒径をDとした場合に、軟磁性金属粉末の表面から0.15D未満の範囲に前記珪素含有層が形成されるとともに1〜12重量%の範囲の珪素元素が含まれており、該珪素含有層では、前記表面の珪素濃度が最も高く、軟磁性金属粉末内部に向って珪素濃度が低くなる濃度変化傾向を有している、圧粉磁心用粉末。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−256750(P2009−256750A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−109252(P2008−109252)
【出願日】平成20年4月18日(2008.4.18)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000220435)株式会社ファインシンター (27)
【Fターム(参考)】