説明

圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート及びその製造方法

【課題】 本発明は、高温高湿環境下でも圧電性能が低下し難い圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートは、ガラス転移点又は軟化点が120℃以上であり、かつ吸水率が0.2%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タッチパネル、超音波診断装置、超音波発生装置、発電装置、探査装置、マイク、音響変成器、計測機器、圧電振動子、機械的フィルター、圧電トランス、遅延装置、及び温度センサーなどに設けられる圧電素子又は焦電素子用の多孔質樹脂シート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電・焦電素子を作製するための高分子材料としては、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、多孔質ポリプロピレン(E−PP)などが用いられており、例えば、PVdFを圧電素子に用いた場合、その圧電定数d33は20pC/N程度を示すことが知られている。これら高分子材料で作製された圧電・焦電素子は、無機材料で作製された圧電・焦電素子にはない可とう性、柔軟性、耐摩耗性を有しているため広く用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1では、ポリフッ化ビニリデン系樹脂(PVdF)からなる結晶性極性高分子シートを延伸する際に分極電圧を印加して、結晶性極性高分子シートを分極処理することにより高分子圧電体フィルムを製造する方法が提案されている。
【0004】
特許文献2では、ポリフッ化ビニリデン等の熱可塑性樹脂に扁平状あるいは鱗片状充填剤を添加し、フィルムあるいはシートに成形加工した後に、場合によりフィルムあるいはシートを延伸処理を行った後に、直流高電圧を印加することで帯電処理を行って圧電素子材料を製造する方法が提案されている。
【0005】
特許文献3では、有機高分子と、比誘電率が2.0〜4.0×10の無機微粒子とを含む有機無機複合材料からなる層を有するエレクトレットが提案されている。当該エレクトレットは、電荷の熱安定性に優れることが記載されている。
【0006】
また、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)は、無極性のポリマーであるが、ポリマー表面に電荷がトラップされることによって圧電・焦電素子になることが知られており、具体的には、FEPの無孔質シートにコロナ放電等によって電荷をトラップさせることによって圧電・焦電素子を作製している。
【0007】
しかしながら、PVdF及びFEPからなる圧電・焦電素子は、無機材料からなる圧電・焦電素子に比べて圧電率が低いという問題があった。一方、圧電率を向上させるために、多孔質ポリプロピレン(EMFI:Electro Mechanical FIlm)からなる圧電・焦電素子が開発されている。
【0008】
例えば、特許文献4では、引張りにより約0.25μmの高さ、80μmの長さ、および50μmの幅の平偏化された気泡を有する多孔構造の発泡ポリプロピレンフィルム層を含む誘電性フィルムが提案されている。
【0009】
多孔質ポリプロピレンフィルムは、多数の空孔が巨大な双極子を構成し、フィルム面に圧力が加わると空孔が容易に圧縮されるため双極子の値が大きく変化するという特性を有している。双極子の値が大きく変化すると、フィルムの両面の電極に誘導される電荷も大きく変化するため、多孔質ポリプロピレンフィルムからなる圧電・焦電素子は、高い圧電率を有している。
【0010】
しかしながら、多孔質ポリプロピレンフィルムは、圧電率ではPVdF及びFEPより優れているが、耐熱性に劣るため使用環境が限定される等の問題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2008−171935号公報
【特許文献2】特開2006−111837号公報
【特許文献3】特開2009−253050号公報
【特許文献4】特公平5−41104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、高温高湿環境下でも圧電性能が低下し難い圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート(以下、「多孔質樹脂シート」ともいう。)及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
即ち本発明は、ガラス転移点又は軟化点が120℃以上であり、かつ吸水率が0.2%以下である圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート、に関する。
【0014】
多孔質樹脂シートの孔内にトラップされた電荷は、多孔質樹脂シートの形成材料であるポリマーの動き(振動)が大きくなればなるほど移動する確率が高くなると考えられる。ポリマー鎖が持つエネルギーが大きくなってポリマー鎖が動き出す温度は、非晶性ポリマーの場合にはガラス転移点に相当し、結晶性ポリマーの場合は軟化点に相当すると考えられる。本発明者らは、多孔質樹脂シートを含む圧電又は焦電素子をある温度で使用する場合、多孔質樹脂シートの孔内にトラップされた電荷の移動確率を低くするためには、多孔質樹脂シートのガラス転移点又は軟化点を、圧電又は焦電素子の使用温度以上にすることが有効であることを見出した。
【0015】
圧電又は焦電素子の通常の使用環境の中で最も高温になると考えられる自動車用途においては、その雰囲気温度は最大120℃程度になるため、多孔質樹脂シートのガラス転移点又は軟化点は120℃以上であることが必要である。ガラス転移点又は軟化点が120℃未満の場合には、圧電又は焦電素子の使用環境によっては多孔質樹脂シートの孔内にトラップされた電荷の移動確率が高くなって電荷が消失し、圧電又は焦電素子の圧電性能が低下する場合がある。
【0016】
また、ガラス転移点又は軟化点が120℃以上の多孔質樹脂シートを用いた場合でも、多孔質樹脂シートの吸水率が0.2%を超える場合には、多孔質樹脂シートの絶縁性が低くなり、孔内に電荷をトラップすることが困難になるため、圧電又は焦電素子の圧電性能が低下する。したがって、多孔質樹脂シートの吸水率は0.2%以下であることが必要である。
【0017】
多孔質樹脂シートの吸水率は、多孔質樹脂シートの形成材料であるポリマー自体の物性だけでなく、多孔質樹脂シートの多孔構造によっても影響を受けると考えられる。吸水率を0.2%以下にするためには、多孔質樹脂シートは、平均最大垂直弦長が1〜40μm、かつ平均アスペクト比(平均最大水平弦長/平均最大垂直弦長)が0.7〜4の気泡を有し、体積空孔率が20〜75%であることが好ましい。
【0018】
また、上記多孔構造にすると、双極子を形成する気泡を大きくして双極子の変化量を増やし、かつアスペクト比を小さくして厚み方向の弾性率を適切に調整することができるため、高い圧電率及び高い圧縮応力を得ることができる。
【0019】
平均最大垂直弦長が1μm未満の場合には、弾性率が大きくなりすぎ、多孔質樹脂シートが変形し難くなるため圧電率を高くすることが難しくなる。一方、平均最大垂直弦長が40μmを超える場合には、帯電処理の際に気泡にかかる電圧密度が低くなり、火花放電が起き難くなる。
【0020】
また、平均アスペクト比が0.7未満の場合には、双極子の変化量が小さくなるため圧電率を高くすることが難しくなる。一方、平均アスペクト比が4を超える場合には、気泡の扁平率が大きくなり、歪み回復率が小さくなるため、短時間で同じ圧力が複数回加えられたときの圧電性能の再現性が悪くなる。
【0021】
また、体積空孔率が20%未満の場合には、電荷をトラップできる体積が少なくなるため、トラップできる電荷量も少なくなり、圧電率を高くすることが難しくなる。一方、体積空孔率が75%を超える場合には、歪み回復率が小さくなるため、短時間で同じ圧力が複数回加えられたときの圧電性能の再現性が悪くなる。
【0022】
また、本発明は、ガラス転移点又は軟化点が120℃以上のポリマーと、該ポリマーの硬化体と相分離する相分離化剤とを含む樹脂組成物を基板上に塗布し、硬化処理をしてミクロ相分離構造を有する樹脂シートを作製する工程、樹脂シートから前記相分離化剤を除去して多孔質樹脂シートを作製する工程、及び多孔質樹脂シートに帯電処理を施すことにより気泡内部を帯電させる工程を含む圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートの製造方法、に関する。
【0023】
本発明の製造方法によると、従来の延伸方法では得られない、気泡径が大きく、かつアスペクト比が小さい気泡を有する多孔質樹脂シートを容易に製造することができる。
【0024】
また、本発明においては、樹脂シートから相分離化剤を除去する方法として、溶剤抽出法を採用することが好ましく、溶剤としては、液化二酸化炭素又は超臨界二酸化炭素を用いることが好ましい。
【0025】
さらに、本発明は、前記製造方法によって得られる圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート、及び当該多孔質樹脂シートを含む圧電又は焦電素子、に関する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の多孔質樹脂シートは、ガラス転移点又は軟化点が高く、また、吸水率が低く絶縁性に優れているため、高温高湿環境下で使用しても圧電性能が低下することがない。また、多孔質樹脂シートは、気泡径が大きく、かつアスペクト比が小さい気泡を多数有しており、該気泡は巨大な双極子を構成している。そのため、当該多孔質樹脂シートを含む圧電又は焦電素子は、高い圧電率及び高い圧縮応力を有している。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例1で作製した多孔質樹脂シートの垂直方向における断面の顕微鏡写真である。
【図2】比較例1で作製した多孔質樹脂シートの垂直方向における断面の顕微鏡写真である。
【図3】比較例2で作製した多孔質樹脂シートの垂直方向における断面の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態について説明する。本発明の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートは、ガラス転移点又は軟化点が120℃以上であり、かつ吸水率が0.2%以下のものである。
【0029】
前記多孔質樹脂シートは、例えば、ガラス転移点又は軟化点が120℃以上のポリマーと、該ポリマーの硬化体と相分離する相分離化剤とを含む樹脂組成物を基板上に塗布し、硬化させてミクロ相分離構造を有する樹脂シートを作製し、その後、該樹脂シートから前記相分離化剤を除去して多孔質樹脂シートを作製し、さらに、該多孔質樹脂シートに帯電処理を施して気泡内部を帯電させることにより製造することができる。
【0030】
多孔質樹脂シートの形成材料であるポリマーは、ガラス転移点(Tg)又は軟化点が120℃以上のポリマーであれば特に制限されない。ただし、ガラス転移点又は軟化点が300℃を超えるポリマーを用いるとシート状に成形し難くなるため、ガラス転移点又は軟化点が300℃以下のポリマーを用いることが好ましい。より好ましくはガラス転移点(Tg)又は軟化点が120〜260℃のポリマーであり、特に好ましくはガラス転移点(Tg)又は軟化点が140〜200℃のポリマーである。前記条件を満たすポリマーとしては、例えば、ポリプロピレン(軟化点:140〜165℃)、ポリブテン(軟化点:120℃以上)、及びポリメチルペンテン(軟化点:160〜170℃)などの鎖状ポリオレフィン;ポリアミド(軟化点:180℃程度);ポリエチレンテレフタレート(軟化点:238〜240℃);「ゼオノア(商品名)」(Tg:158℃)、「アペル6015T(商品名)」(Tg:145℃)、「トパス6013(商品名)」(Tg:140℃)、「トパス6015(商品名)」(Tg:160℃)、及び「トパス6017(商品名)」(Tg:180℃)などの極性基を有さない環状ポリオレフィン;ポリテトラフルオロエチレン(テフロンAF2400(商品名)、Tg:240℃)、及びテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(Tg:260℃)などのフッ素含有ポリマーなどが挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0031】
本発明で用いる相分離化剤とは、ポリマーに対して相溶性であり、かつ該ポリマーの硬化体と相分離する化合物である。ただし、ポリマーと相分離する化合物であっても、有機溶剤を加えることで均一状態(均一溶液)となるものは使用可能である。相分離化剤としては、例えば、ポリエチレングリコール、及びポリプロピレングリコールなどのポリアルキレングリコール;ポリアルキレングリコールの片末端又は両末端メチル封鎖物;ポリアルキレングリコールの片末端又は両末端(メタ)アクリレート封鎖物;ウレタンプレポリマー;フェノキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ε−カプロラクトン(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート、及びオリゴエステル(メタ)アクリレートなどの(メタ)アクリレート系化合物などが挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。オリゴマーの場合、重量平均分子量は100〜10000であることが好ましく、より好ましくは100〜3000である。重量平均分子量が100未満の場合には、ポリマーの硬化体と相分離し難くなり、一方、重量平均分子量が10000を超えると、ミクロ相分離構造が大きくなりすぎたり、樹脂シート中から除去し難くなる。
【0032】
多孔質樹脂シートの気泡径、体積空孔率、孔径分布などは、使用するポリマー、相分離化剤などの原料の種類や配合比率、及び反応誘起相分離時における加熱温度や加熱時間などの反応条件により変化するため、目的とする気泡径、体積空孔率、孔径分布を得るために系の相図を作成して最適な条件を選択することが好ましい。
【0033】
平均最大垂直弦長が1〜40μm、かつ平均アスペクト比(平均最大水平弦長/平均最大垂直弦長)が0.7〜4の気泡を有し、体積空孔率が20〜75%である多孔質樹脂シートを作製するためには、ポリマー100重量部に対して相分離化剤を25〜300重量部用いることが好ましく、より好ましくは60〜200重量部である。
【0034】
以下、本発明の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートの製造方法について詳しく説明する。
【0035】
まず、前記ポリマーと相分離化剤とを含む樹脂組成物を基板上に塗布する。
【0036】
均一な樹脂組成物を調製するために、トルエン、及びキシレンなどの芳香族炭化水素;メタノール、エタノール、及びイソプロピルアルコールなどのアルコール類;メチルエチルケトン、及びアセトンなどのケトン類;N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルアセトアミド、及びジメチルホルムアミドなどのアミド類などの有機溶媒を使用してもよい。有機溶媒の使用量は、ポリマー100重量部に対して通常100〜500重量部であり、好ましくは300〜500重量部である。
【0037】
基材としては、平滑な表面を有するものであれば特に制限されず、例えば、PET、PE、及びPPなどのプラスチックフィルム;ガラス板;ステンレス、銅、及びアルミニウムなどの金属箔が挙げられる。連続して樹脂シートを製造するために、ベルト状の基材を用いてもよい。
【0038】
樹脂組成物を基材上に塗布する方法は特に制限されず、連続的に塗布する方法としては、例えば、ワイヤーバー、キスコート、及びグラビアなどが挙げられ、バッチで塗布する方法としては、例えば、アプリケーター、ワイヤーバー、及びナイフコーターなどが挙げられる。
【0039】
次に、基板上に塗布した樹脂組成物を硬化させて、相分離化剤がミクロ相分離した樹脂シートを作製する。ミクロ相分離構造は、通常、ポリマーを海、相分離化剤を島とする海島構造となる。
【0040】
樹脂組成物が溶媒を含まない場合には、塗布膜に熱硬化処理などの硬化処理を施し、塗布膜中のポリマーを硬化させて相分離化剤を不溶化する。
【0041】
樹脂組成物が溶媒を含む場合には、塗布膜中の溶媒を蒸発(乾燥)させてミクロ相分離構造を形成した後にポリマーを硬化させてもよく、ポリマーを硬化させた後に溶媒を蒸発(乾燥)させてミクロ相分離構造を形成してもよい。溶媒を蒸発(乾燥)させる際の温度は特に制限されず、用いた溶媒の種類により適宜調整すればよいが、通常10〜250℃であり、好ましくは10〜200℃である。
【0042】
次に、樹脂シートからミクロ相分離した相分離化剤を除去して多孔質樹脂シートを作製する。なお、相分離化剤を除去する前に樹脂シートを基材から剥離しておいてもよい。
【0043】
樹脂シートから相分離化剤を除去する方法は特に制限されないが、溶剤で抽出する方法が好ましい。溶剤は、相分離化剤に対して良溶媒であり、かつポリマーの硬化体を溶解しないものを用いる必要があり、例えば、トルエン、エタノール、酢酸エチル、及びヘプタンなどの有機溶剤、液化二酸化炭素、超臨界二酸化炭素などが挙げられる。液化二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素は、樹脂シート内に浸透しやすいため相分離化剤を効率よく除去することができる。
【0044】
溶剤として液化二酸化炭素または超臨界二酸化炭素を用いる場合には、通常、圧力容器を用いる。圧力容器としては、例えば、バッチ式の圧力容器、耐圧性のシート繰り出し・巻き取り装置を有する圧力容器などを用いることができる。圧力容器には、通常、ポンプ、配管、及びバルブなどにより構成される二酸化炭素供給手段が設けられている。
【0045】
液化二酸化炭素または超臨界二酸化炭素で相分離化剤を抽出する際の温度及び圧力は、二酸化炭素の臨界点以上であればよく、通常、32〜230℃、7.3〜100MPaであり、好ましくは40〜200℃、10〜50MPaである。
【0046】
抽出は、樹脂シートを入れた圧力容器内に、液化二酸化炭素または超臨界二酸化炭素を連続的に供給・排出して行ってもよく、圧力容器を閉鎖系(投入した樹脂シート、液化二酸化炭素または超臨界二酸化炭素が容器外に移動しない状態)にして行ってもよい。超臨界二酸化炭素を用いた場合には、樹脂シートの膨潤が促進され、かつ不溶化した相分離化剤の拡散係数の向上によって効率的に樹脂シートから相分離化剤が除去される。液化二酸化炭素を用いた場合には、前記拡散係数は低下するが、樹脂シート内への浸透性が向上するため効率的に樹脂シートから相分離化剤が除去される。
【0047】
抽出時間は、抽出時の温度、圧力、相分離化剤の配合量、及び樹脂シートの厚みなどにより適宜調整する必要があるが、通常、1〜10時間であり、好ましくは2〜10時間である。
【0048】
一方、溶剤として有機溶剤を用いて抽出する場合、大気圧下で相分離化剤を除去できるため、液化二酸化炭素または超臨界二酸化炭素を用いて抽出する場合に比べて多孔質樹脂シートの変形を抑制できる。また、抽出時間を短縮することもできる。さらに、有機溶剤中に順次樹脂シートを通すことにより、連続的に相分離化剤の抽出処理を行うことができる。
【0049】
有機溶剤を用いた抽出方法としては、例えば、有機溶剤中に樹脂シートを浸漬する方法、樹脂シートに有機溶剤を吹き付ける方法などが挙げられる。相分離化剤の除去効率の観点から浸漬法が好ましい。また、数回に亘って有機溶剤を交換したり、撹拌しながら抽出することで効率的に相分離化剤を除去することができる。
【0050】
相分離化剤を除去した後に多孔質樹脂シートを乾燥処理等してもよい。
【0051】
多孔質樹脂シートの厚さは用途により異なるが、通常1〜500μmであり、好ましくは10〜150μmであり、より好ましくは30〜150μmである。
【0052】
本発明の多孔質樹脂シートは、ガラス転移点(Tg)又は軟化点が120℃以上であり、好ましくは140℃以上である。なお、ガラス転移点(Tg)及び軟化点の測定方法は実施例の記載による。
【0053】
また、本発明の多孔質樹脂シートは、吸水率が0.2%以下であり、好ましくは0.1%以下、より好ましくは0.05%以下である。なお、吸水率の測定方法は実施例の記載による。
【0054】
また、本発明の多孔質樹脂シートは、平均最大垂直弦長が1〜40μm、かつ平均アスペクト比(平均最大水平弦長/平均最大垂直弦長)が0.7〜4の気泡を有し、体積空孔率が20〜75%であることが好ましい。平均最大垂直弦長は1〜25μmであることがより好ましく、平均アスペクト比は1〜2であることがより好ましく、体積空孔率は35〜75%であることがより好ましい。
【0055】
その後、多孔質樹脂シートに電子線照射処理又はコロナ放電処理などの帯電処理を施して気泡内部を帯電させることにより圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートを作製する。帯電処理の方法は特に制限されず、従来公知の方法を採用することができる。例えば、アースをつないだ金属板上に多孔質樹脂シートを粘着テープで固定し、該多孔質樹脂シートの中心部の上空5〜15mm程度の位置に針の先端を設置する。そして、常温、湿度20%の環境下で、5〜15kV程度の直流高電圧を針の先端に印加する。印加時間は通常0.5〜3分程度である。
【0056】
本発明の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートは、ガラス転移点又は軟化点が高く、また、吸水率が低く絶縁性に優れているため、高温高湿環境下で使用しても圧電性能が低下し難い。したがって、前記多孔質樹脂シートは、高温高湿環境下で使用される圧電素子又は焦電素子の材料として好適に用いられる。
【実施例】
【0057】
以下に実施例をあげて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例によりなんら限定されるものではない。
【0058】
〔測定及び評価方法〕
(ガラス転移点又は軟化点の測定)
A.多孔質樹脂シートの形成材料が非晶性ポリマーの場合
多孔質樹脂シートから15mm×30mmのサンプルを切り出し、粘弾性スペクトロメータ(セイコーインスツル社製、DMS6100)を用いて、温度範囲0〜280℃、昇温速度5℃/min、周波数10Hzの条件で、サンプルの弾性率(G’:貯蔵弾性率、G”:損失弾性率)を測定した。G”/G’が極大となる温度をガラス転移点(Tg)とした。
B.多孔質樹脂シートの形成材料が結晶性ポリマーの場合
軟化点の測定はJIS K 7206に準拠して行った。具体的には、加熱浴槽中の金属フレームに多孔質樹脂シートのサンプルを置き、サンプルの中心部に、先端を平坦に仕上げた直径1mmの針をのせた。そして、針の上部に1kgの荷重を加えた状態で50±5℃/hrの速度で温度を上昇させ、針が1mm侵入した時の温度を測定した。
【0059】
(吸水率の測定)
多孔質樹脂シートから10mm×30mmのサンプルを3枚切り出し、各サンプルを温度23℃、湿度55%の環境下に24時間曝露した。その後、水分率計(平沼産業製、AQ−2100)を用いて各サンプルの水分率(多孔質樹脂シートが吸収した水分の重量を多孔質樹脂シートの重量で除した値)を測定し、その平均値を吸水率(%)とした。
【0060】
(平均最大垂直弦長、平均最大水平弦長、及び平均アスペクト比の測定)
多孔質樹脂シートを液体窒素で冷却し、刃物を用いてシート面に対して垂直に切断してサンプルAを作製した。サンプルAの切断面にAu蒸着処理を施し、該切断面をSEMで観察した。その画像を画像処理ソフト(三谷商事(株)製、WinROOF)で二値化処理し、気泡部と樹脂部とに分離して気泡の最大垂直弦長を測定した。同様の方法で、シート面に対して水平に切断してサンプルBを作製し、気泡の最大水平弦長を測定した。なお、最大垂直弦長とは、気泡をシート面に対して垂直に切断した時の各気泡の最大長さであり、最大水平弦長とは、気泡をシート面に対して水平に切断した時の各気泡の最大長さである。50個の気泡について最大垂直弦長及び最大水平弦長をそれぞれ測定し、その平均値を平均最大垂直弦長及び平均最大水平弦長とした。また、下記式により平均アスペクト比を算出した。
平均アスペクト比=平均最大水平弦長/平均最大垂直弦長
【0061】
(体積空孔率の測定)
多孔質樹脂シートから24mmφのサンプルを切り出し、その面積s、厚みl、及び重量mを測定した。また、多孔質樹脂シートのポリマーの比重σをJIS Z8807−1976に準拠して測定した。具体的には、ポリマーを4cm×8.5cmの短冊状(厚み:任意)に切り出したものを比重測定用試料とし、温度23℃±2℃、湿度50%±5%の環境で16時間静置した。その後、比重計(ザルトリウス社製)を用いて比重σを測定した。そして、下記式により体積空孔率を算出した。
体積空孔率(%)={100−(m/(s×l×σ))}×100
【0062】
(圧電性能の評価)
実施例及び比較例で作製した圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートをサンプルとした。圧電性能測定装置を用い、サンプルをおもりの下に設置し、室温雰囲気下、湿度20%の条件で、サンプルの厚み方向に一定の交流加速度α(周波数:90−300Hz、大きさ:2−10m/s)を与え、そのときの応答電荷を測定し、圧電定数d33を求めた。その後、前記2枚のサンプルを温度120℃のオーブン、及び温度85℃湿度85%の恒温恒湿機にそれぞれ投入し、24時間放置後に前記と同様の方法で圧電定数d33を求めた。
【0063】
実施例1
シクロオレフィン共重合体(ポリプラスチック社製、商品名:TOPAS6017)100重量部、溶媒としてシクロヘキサン−トルエン混合溶媒(重量比1:1)400重量部、及び相分離化剤としてジプロピレングリコールモノメチルエーテル100重量部を混合して、透明で均一な樹脂組成物を調製した。300μmのクリアランスを持つアプリケーターを用いて、該樹脂組成物をPETフィルム(厚み50μm)のシリコーン処理面上に乾燥後の膜厚が60μmになるように塗布し、その後、60℃の恒温乾燥機内で2分間乾燥して溶媒を蒸発除去して樹脂シートを作製した。
【0064】
樹脂シートをPETフィルムから剥離し、該樹脂シートを100mm×150mmの短冊状に切断した。切断した樹脂シートを500ccの耐圧容器に入れ、25℃に加熱、及び25MPaに加圧した後、該圧力を保ったまま7.4(l/min)の流量で二酸化炭素を注入し、排出してジプロピレングリコールモノメチルエーテルを抽出する操作を2時間行って多孔質樹脂シートを作製した。
【0065】
多孔質樹脂シートを直径30mmの円形に切断し、アースにつないだ金属板上に粘着テープで固定した。多孔質樹脂シート上8mmの位置に設置した針の先端に、室温および湿度20%の環境下で、直流高電圧(−7kV)を1分間印加して多孔質樹脂シートの気泡内部を帯電させることにより圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートを作製した。
【0066】
作製した多孔質樹脂シートを接着剤で試料台に固定した後、イオンポリッシングによりシート断面を露出させた。そして、シート断面を走査型電子顕微鏡(SEM:JEOL JSM−7001F)を用いて、加速電圧5kVにて観察した。該シート断面の顕微鏡写真を図1に示す。
【0067】
比較例1
シクロオレフィン共重合体(JSR社製、商品名:アートン)100重量部、溶媒としてトルエン400重量部、及び相分離化剤としてトリプロピレングリコール75重量部を混合して、透明で均一な樹脂組成物を調製した。その後、実施例1と同様の方法で圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートを作製した。また、実施例1と同様の方法で多孔質樹脂シートの断面を観察した。ただし、加速電圧は10kVである。その顕微鏡写真を図2に示す。
【0068】
比較例2
シクロオレフィン共重合体(ポリプラスチック社製、商品名:TOPAS6017)100重量部の代わりに、シクロオレフィン共重合体(ポリプラスチック社製、商品名:TOPAS5013)100重量部を用い、乾燥後の膜厚を30μmとした以外は実施例1と同様の方法で樹脂シートを作製した。
【0069】
樹脂シートをPETフィルムから剥離し、該樹脂シートを100mm×150mmの短冊状に切断した。切断した樹脂シートを500ccのガラス容器に入れ、エタノール450mlを加えて10分間撹拌し、ジプロピレングリコールモノメチルエーテルを抽出した。その後、60℃で1時間乾燥して多孔質樹脂シートを作製した。
【0070】
その後、実施例1と同様の方法で多孔質樹脂シートの帯電処理を行って圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートを作製した。また、実施例1と同様の方法で多孔質樹脂シートの断面を観察した。ただし、加速電圧は10kVである。その顕微鏡写真を図3に示す。
【0071】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートは、可とう性を有する圧電素子または焦電素子の材料として利用可能である。このような圧電素子または焦電素子を備えた機器としては、例えば、計算機、コンピュータ、及び携帯電話などの電子機器が挙げられる。さらに、制御機器を狭小部に搭載する必要のある自動車及び飛行機等の機械の制御回路にも利用可能である。また、本発明の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートは、設置場所が地面、床、足の裏と靴底の間、靴底の裏、寝具など人に由来する圧力が断続的に加わる場所で使用されるセンサーとして利用可能である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス転移点又は軟化点が120℃以上であり、かつ吸水率が0.2%以下である圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート。
【請求項2】
平均最大垂直弦長が1〜40μm、かつ平均アスペクト比(平均最大水平弦長/平均最大垂直弦長)が0.7〜4の気泡を有し、体積空孔率が20〜75%である請求項1記載の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート。
【請求項3】
ガラス転移点又は軟化点が120℃以上のポリマーと、該ポリマーの硬化体と相分離する相分離化剤とを含む樹脂組成物を基板上に塗布し、硬化処理をしてミクロ相分離構造を有する樹脂シートを作製する工程、樹脂シートから前記相分離化剤を除去して多孔質樹脂シートを作製する工程、及び多孔質樹脂シートに帯電処理を施すことにより気泡内部を帯電させる工程を含む圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートの製造方法。
【請求項4】
前記相分離化剤を溶剤抽出により除去する請求項3記載の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートの製造方法。
【請求項5】
溶剤が液化二酸化炭素又は超臨界二酸化炭素である請求項4記載の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートの製造方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれかに記載の製造方法によって得られる圧電・焦電素子用多孔質樹脂シート。
【請求項7】
請求項1、2及び6のいずれかに記載の圧電・焦電素子用多孔質樹脂シートを含む圧電又は焦電素子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−122041(P2012−122041A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−276154(P2010−276154)
【出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】