説明

塩化ビニル樹脂組成物

【課題】可塑剤を含有する塩化ビニル樹脂組成物であって、可塑剤の移行性や揮発性が小さく、したがって、医療用チューブや医療用バッグ等の医療用器具に有用な塩化ビニル樹脂組成物を提供する。
【解決手段】塩化ビニル樹脂100重量部およびジ(2−エチルヘキシル)イソフタレート10〜90重量部を含む塩化ビニル樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化ビニル樹脂組成物に関する。さらに詳しくは、柔軟性を有しかつ成分の浸み出しや揮発性が小さく、したがって医療用チューブや医療用バック等の医療用器具に適する塩化ビニル樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
カテーテル等の医療用チューブや、血液バッグ、薬液バッグおよびドレインバッグ等の医療用バックなどの医療用器具は、成形性、接着性、加工性、耐熱性、耐キンク性および低価格性等の観点から、軟質塩化ビニル樹脂製のものが最も一般的である。軟質塩化ビニル樹脂は、柔軟性、弾性及び耐寒性等の性質を付与するために塩化ビニル樹脂に可塑剤を添加し、必要に応じて安定剤などの各種添加剤を配合し、溶融混練することにより得られる。上記可塑剤として、従来、ジ−2−エチルヘキシルフタレート(以下、DEHPと略)等のフタル酸エステルが使用されていた。しかし、DEHPは、軟質塩化ビニル樹脂から浸み出し易くかつ揮発し易い(例えば、特許文献1)。したがって、このような可塑剤を医療用チューブや医療用バッグに用いると以下に述べるような問題がある。
【0003】
医療用チューブは、内視鏡的に血管、消化管、尿道あるいは気管などへ挿入し、生理機能の補助に用いられたり、診断や検査及び生理機能のモニタリングや栄養補給、輸血・体液管理等の生命維持や治療用に広く用いられたりする。実用では、各種医療手技を安全確実に実施するために、例えば医療用チューブの一種である接続チューブが薬液瓶または他の器具と各種医療用のコネクターを介して接続される。ここで、接続チューブを構成する軟質塩化ビニル樹脂に含まれる可塑剤が浸み出しやすいと、浸み出した可塑剤が、接続チューブと接触しているコネクター中に浸透(移行)していき、その結果、コネクターにクラックを発生させるという問題がある。
【0004】
また、医療用器具は滅菌処理が不可欠であるところ、可塑剤の揮発性が高いと、加熱滅菌などのように水蒸気や熱湯によって殺菌する際に可塑剤が揮発して柔軟性が損なわれるという問題がある。
【0005】
そこで、DEHP以外の可塑剤としてトリメリット酸2−エチルヘキシル(TOTM)やジイソノニルシクロヘキサン−1,2−ジカルボキシレート(DINCH)を含む軟質塩化ビニル樹脂が提案されている(例えば、特許文献2〜4)。しかし、可塑剤の移行性や揮発性の問題は依然として残っている。また、上記軟質塩化ビニル樹脂には、エポシキ化植物油がさらに配合されているが、可塑剤がTOTMである場合には、エポシキ化植物油を配合すると、軟質塩化ビニル樹脂に含まれる成分、例えば安定剤などが溶出し易いという問題もある(比較例10〜12)。
【0006】
さらに、移行性が小さい可塑剤として、ポリエステル系可塑剤が提案されている(例えば、特許文献5)。しかし、この可塑剤は、可塑化効率が悪く、所定の柔軟性や硬度を得るには可塑剤を多量に配合しなければならないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−218750号公報
【特許文献2】特開2005−230058号公報
【特許文献3】特開2005−40397号公報
【特許文献4】特開2006−61226号公報
【特許文献5】特開平10−101779号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、塩化ビニル樹脂組成物であって移行性や揮発性の問題がなく、したがって医療用チューブや医療用バッグなどの医療用器具に適するところの塩化ビニル樹脂組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、塩化ビニル樹脂に可塑剤としてジ(2−エチルヘキシル)イソフタレートを配合すると、上記目的が達成されることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、塩化ビニル樹脂100重量部およびジ(2−エチルヘキシル)イソフタレート10〜90重量部を含む塩化ビニル樹脂組成物である。本発明はまた、上記塩化ビニル樹脂組成物からなる医療用器具も提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、可塑剤の移行性や揮発性が小さく、したがって医療用チューブや医療用バッグなどの医療用器具に好適に用いられる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の塩化ビニル樹脂組成物について、詳細に説明する。本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、塩化ビニル樹脂100重量部およびジ(2−エチルヘキシル)イソフタレート10〜90重量部を含む。
【0013】
塩化ビニル樹脂は、−CH−CHCl−で表される基を有するポリマーすべてを指し、塩化ビニルの単独重合体、及びエチレン−塩化ビニル共重合体等の、塩化ビニルと、酢酸ビニルを除く他の重合性モノマーとの共重合体、並びに後塩素化ビニル共重合体等の、単独重合体及び共重合体を改質したもの、さらには塩素化ポリエチレン等の、構造上塩化ビニル樹脂と類似の塩素化ポリオレフィンを包含する。
【0014】
塩化ビニル樹脂は、数平均重合度が300以上7000以下であるのが好ましく、更には500以上2000以下の重合度を有していることが望ましい。これらの塩化ビニル樹脂を単独で又は二種類以上を併用して本発明の塩化ビニル樹脂組成物における塩化ビニル樹脂成分とすることは何ら差し支えない。
【0015】
ジ(2−エチルヘキシル)イソフタレートは、下記式で表わされる化合物である。
【0016】
【化1】


上記ジ(2−エチルヘキシル)イソフタレートは商業的に入手可能である。
【0017】
上記ジ(2−エチルヘキシル)イソフタレートの添加量は、塩化ビニル樹脂100重量部に対して10〜90重量部であり、好ましくは20〜80重量部、さらに好ましくは20〜65重量部である。上記下限未満では柔軟性が不十分である場合があり、上記上限を超えると強度が著しく低下したりブリードしたりする場合がある。
【0018】
本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、さらにエポキシ化植物油を含んでいてもよい。エポキシ化植物油は、柔軟性を付与するとともに、耐熱性を付与することができる。エポキシ化植物油の例としては、エポキシ化大豆油(ESBO)およびエポキシ化あまに油等が挙げられる。
【0019】
エポキシ化植物油の添加量は、塩化ビニル樹脂100重量部に対して1〜100重量部であり、好ましくは2〜30重量部、より好ましくは2〜10重量部である。上記下限未満では耐熱性付与の効果が得られない場合がある。また、上記上限を超えるとブリードする場合がある。
【0020】
さらに、本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、本発明の目的を損なわない範囲で、ポリエステル系可塑剤を配合してもよい。
【0021】
また、本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、食品用途や医療用途向け軟質塩化ビニル樹脂に通常用いられる安定剤を配合してもよい。上記安定剤としては、例えば、バリウム−亜鉛系およびカルシウム−亜鉛系の安定剤が挙げられる。安定剤の添加量は、塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、0.1〜10重量部が好ましい。安定剤の添加量が0.1重量部未満では安定剤としての効果が少なく、10重量部を超えて添加しても増量効果が認められない。
【0022】
本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、塩化ビニル樹脂およびジ(2−エチルヘキシル)イソフタレートを、必要ならば任意成分とともに、加圧ニーダーに投入し、樹脂温度150〜160℃で、5〜10分間溶融混練することにより得られる。
【0023】
本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、可塑剤の移行性や揮発性が小さいので、医療用チューブ、医療用バッグおよび呼吸マスク等の各種医療用器具に好適に使用することが出来る。医療用チューブとしては、例えば、経管栄養チューブ、血液透析チューブ、呼吸器チューブ、カテーテル、圧モニターチューブおよびヘパリンチューブ等が挙げられる。医療用バッグとしては、血液バッグ、薬液バッグおよびドレインバッグ等が挙げられる。
【0024】
以下に本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されるものでない。
【実施例】
【0025】
実施例1〜5および比較例1〜9
表1に示す量(重量部)の成分を、加圧ニーダーを用いて約160℃で溶融混練して塩化ビニル樹脂組成物を製造し、これをロールに通してシート状にした。次いで、プレス装置にて所定の大きさのシートに成形して試験片とし、以下の試験(2)および(3)を行った。
【0026】
なお、表1中の略号は以下を示す。
・ PVC:塩化ビニル樹脂(平均重合度=1300)
・ DOIP:ジ(2−エチルヘキシル)イソフタレート
・ DOP :ジ(2−エチルヘキシル)フタレート
・ DINP:ジイソノニルフタレート
・ DOTP:ジ(2-エチルヘキシル)テレフタレート
・ n−DOP:ジ−n−オクチル・フタレート
・ DPHP:ジ(2−プロピルヘプチル)フタレート
・ DIDP:ジイソデシルフタレート
・ TOTM:トリ(2−エチルヘキシル)トリメリテート
・ DOA:ジ(2−エチルヘキシル)アジぺート
・ DINCH:ジイソノニルシクロヘキサン−1,2−ジカルボキシレート
・ ESBO:エポキシ化大豆油
・ 安定剤:Ca−Zn系安定剤
【0027】
試験
(1) 混練試験
塩化ビニル樹脂組成物を製造するために成分を混練した際の混練物の黄変の有無および臭気の有無ならびに混練性(ゲル化速度)を下記基準で評価した。
(i)黄変の有無を目視にて評価した。
○:黄変なし。
×:黄変あり。
(ii)臭気の有無を官能評価にて評価した。
○:臭気なし。
×:微臭あり。
(iii)混練性(ゲル化速度)
○:ゲル化するまでの時間が2分未満である。
×:ゲル化するまでの時間が2分以上かかる。
【0028】
(2)移行性試験
縦20mm×横30mm×厚み1mmの大きさの試験片を用意し、その重量を測定した後、試験片を縦130mm×横130mm×厚み2mmの2枚の移行板の間に挟み、さらにガラス板で挟み、1kg重の荷重をかけた。JIS K 7100:1999に準拠して温度:60±2℃または80±2℃、湿度:70±5%に調整した恒温恒湿槽(KATO製SE−47CIA)に試験片を入れ、72時間放置し、さらに、恒温恒湿槽(温度:23±2℃、湿度:50±5%)に24時間放置した後、試験片の重量を測定し、試験前に予め測定しておいた試験片の重量との差(重量減少分、g)を以下の基準に従って評価した。結果を表1に示す。なお、移行板として、PMMA板、ABS板、PS板およびPC板を使用し、各々の板について試験を行った。なお、上記PMMA、ABS、PSおよびPCは、医療用チューブや医療用バッグに接続されるコネクターを構成するために通常用いられる樹脂である。
1:0.050g以上
2:0.010g以上0.050g未満
3:0.005g以上0.010g未満
4:0.001g以上0.005g未満
5:0.001g未満
【0029】
(3)揮発性試験
縦20mm×横30mm×厚み1mmの大きさの試験片を用意し、その重量を測定した。次いで、JIS K 7100:1999に準拠して温度:80±2℃、湿度:80±5%に調整した恒温恒湿槽(KATO製SE−47CIA)に試験片を入れ、24時間後、48時間後および720時間後にそれぞれ取り出し、さらに、恒温恒湿槽(温度:23±2℃、湿度:50±5%)に24時間放置した後、試験片の重量を測定し、重量の減少率を求めた。結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
実施例6〜8および比較例10〜12
実施例1において、可塑剤(DOIP)およびESBOの量を表2に示す量にした以外は実施例1と同様にして組成物を製造し、試験片を作製した(実施例6〜8)。また、実施例6〜8において可塑剤としてTOTMを使用した以外は実施例6〜8と同様にして組成物を製造し、試験片を作製した(比較例10〜12)。得られた試験片を用いて以下の溶出物試験を行った。結果を表2に示す。
【0032】
(4)溶出物試験
「日本薬局方」に準拠して以下の試験を行った。厚さ1mmの試験片15.00gを水で洗い、室温で乾燥した。この試験片を内容量500mlの三角フラスコに入れ、蒸留水300mlを加え、シリコンゴム栓にて密封したものを、高圧蒸気滅菌器を用いて121℃で60分間加熱した。減圧した後、試験片の入った三角フラスコを高圧蒸気滅菌器から取り出し、室温になるまで放置した。試験片を蒸留水とともに300ml容のメスフラスコに移し、蒸留水を追加して正確に300mlとし、これを試験液とした。また、ブランク試験液として、試験片を含まない試験液を上記の方法にて調製した。試験液およびブランク試験液につき、下記試験(i)および(ii)を行った。
【0033】
(i)亜鉛試験
希硝酸水溶液の調製
「日本薬局方第16改正」に準拠して希硝酸を調製した。すなわち、硝酸10.5mlに水を加えて100mlとしこれを10%の希硝酸とした。さらにこれを3倍に希釈して希硝酸水溶液(A)とした。
亜鉛試験用検査液の調製
20ml容の共栓付メスフラスコに上記試験液を10ml入れた後、上記で調製した希硝酸水溶液(A)で20mlにメスアップしたものを亜鉛試験用検査液とした。
亜鉛試験用基準液の調製
20ml容の共栓付メスフラスコに上記ブランク試験液を10ml入れた後、上記で調製した希硝酸水溶液(A)で20mlにメスアップしたものを亜鉛試験用基準液(0μg/ml)とした。また、関東化学製の亜鉛標準液(1000ppm)を希釈して濃度1.0μg/mlにしたもの5.0mlを20ml容の共栓付メスフラスコに入れた後、上記で調製した希硝酸水溶液(A)で20mlにメスアップしたものを亜鉛試験用基準液(0.25μg/ml)とした。同様にして、0.1μg/mlおよび0.5μg/mlの亜鉛試験用基準液を調製した。
亜鉛量の測定
原子吸光光度計(島津製作所製、AA-670)を用いて、上記亜鉛試験用基準液について波長213.9nmでの吸光度を測定した。上記基準液の測定値から検量線を引き、これと、亜鉛試験用検査液について上記と同様に測定した結果とを照らし合わせて、上記検査液1ml中に含まれる亜鉛の量(μg/ml)を求めた。
【0034】
(ii)紫外線吸光度の測定
液厚10mmの石英セルに上記で調製したブランク試験液をとり、紫外可視分光光度計(日立製作所製、U−3010)の補正を行った後、上記で調製した試験液について同様に石英セルにとり同試験機にて220〜350nmの波長での吸光度を測定し最大値を求めた。最大値が大きいほど、試験片からの溶出物が多いことを意味する。
【0035】
【表2】

【0036】
表2から明らかなように、可塑剤としてDOIPを使用した実施例6〜8の塩化ビニル樹脂組成物は、ESBOを添加しても溶出物の量が少なく、また、ESBOの量を増やしても溶出物の量は変わらなかった。一方、可塑剤としてTOTMを使用した比較例10〜12の組成物は、実施例6〜8の組成物よりも溶出物の量が多く、また、ESBOの量が多いほど、溶出物の量が多かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化ビニル樹脂100重量部およびジ(2−エチルヘキシル)イソフタレート10〜90重量部を含む塩化ビニル樹脂組成物。
【請求項2】
さらにエポキシ化植物油1〜100重量部を含む請求項1に記載の塩化ビニル樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1または2記載の塩化ビニル樹脂組成物からなる医療用器具。
【請求項4】
医療用チューブまたは医療用バッグである請求項3記載の医療用器具。


【公開番号】特開2012−255104(P2012−255104A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−129340(P2011−129340)
【出願日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【出願人】(000250384)リケンテクノス株式会社 (236)
【Fターム(参考)】