説明

多価アルコール誘導体を含有する化学繊維及びこれを用いた繊維製品

【課題】多価アルコール又はこれの誘導体、特に、グリセリン又はグリセリン誘導体を含有する化学繊維を提供する。また、これを用いた皮膚の荒れの防止効果を有する繊維製品を提供する。
【解決手段】原料ビスコースにグリセリンリシノール酸エステルまたはグリセリンラウリン酸エステルの少なくとも一方を含む乳化液を混和・紡糸して皮膚の荒れ防止繊維を得る。また、これに加えて、こめ油、γ−オリザノール、フェルラ酸を含む乳化液としてもよい。このようにして得られた皮膚の荒れ防止繊維を含む繊維製品を製造する。繊維製品は皮膚に直接触れるものであれば、肌着や靴下、ベビー用品など任意のものとすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保湿効果等を有することによって、皮膚の荒れの防止を図ることのできる化学繊維に関し、より具体的には、多価アルコール誘導体を含有するレーヨン繊維に関するものである。また、本発明は、好ましくは、多価アルコール誘導体の中でも、グリセリン誘導体(以下、「グリセリン等」という)を含有するレーヨン繊維に関し、さらにこれに加えてこめ油及びその成分(以下、「こめ油成分」という)を含有する化学繊維にも関する。さらに、本発明はこれら化学繊維を用いた繊維製品にも関するものである。
【背景技術】
【0002】
空調による乾燥や日光(特に紫外線)等の外的要因、または、個人の体質等の内的要因により皮膚に不快を訴える患者が増えている。このような症状には、皮膚炎のようなものや、あるいは膝や踵等の皮膚角質化が進行して割れが発生するもの等があり、以下皮膚の荒れと称する。皮膚の荒れを防止する方法については、従来より種々な試みがなされている。
【0003】
皮膚の荒れの原因が内的要因、例えば、特定の栄養素の不足による場合には、それら栄養素を、いわゆるサプリメントを経口摂取することで補うことが行われるし、場合によっては医薬品が用いられる場合もある。また、外的要因による場合には、患部にクリーム状の薬剤を塗布したり、薬液剤を滴下したりする方法が行われている。これらの方法は、その効果の大きさや即効性という点では非常に優れている。しかし、皮膚の荒れはしばしば長期間にわたって継続的な対処を必要とする症状であり、継続性においてこれらの手法は必ずしも満足できるものではない。例えば、日本国においては冬季に空気が乾燥し、皮膚に荒れを生じやすい環境となるが、この状況はしばしば数ヶ月間にわたって持続する。この間、継続的に医薬品等を経口摂取する、あるいは、薬液等を滴下し続けることは、容易ではないし、また、好ましいとも言い難い。
【0004】
このような直接的に薬剤等を人体に作用させる方法に対し、患者が日常的に身に着ける衣類等の繊維製品に皮膚の荒れを防止する機能を付与する方法は、効果の大きさや即効性という点では見劣りするものの、手間がかからずかつ長時間に渡って持続的に患部に作用できる点で優れているといえる。
【0005】
衣類等の繊維製品に皮膚の荒れを防止する機能を付与するには、繊維製品の原料繊維に皮膚の荒れを防止する効果、例えば保湿効果を有する成分を含有させれば良い。以下、このような機能を付与された繊維を、「皮膚の荒れ防止繊維」と呼ぶことにする。さて、皮膚の荒れ防止繊維を実現するために解決すべき最も重要な課題として、次の3点を挙げることができる。
【0006】
(課題1)皮膚の荒れ防止繊維は、有効成分を表面に露出した状態で保持していること、または、有効成分を除放できること。
【0007】
これは、有効成分が、皮膚の荒れ防止繊維を用いて製造された繊維製品の装用者の皮膚に移行する、または、少なくとも皮膚に接触していなければ、皮膚の荒れ防止効果は期待し難いために解決しなければならない課題である。なお、そもそも、長時間にわたって持続的に患部に作用できることが、皮膚の荒れ防止繊維の利点でなければならないのであるから、有効成分を一度にすべて放出してしまうと、一時的に著しく高濃度の有効成分が患部に塗布された後に、急激にその濃度が低くなることとなって具合が悪い。従って、長時間にわたって徐々に有効成分が放出される、除放性を有していることが好ましい。
【0008】
(課題2)皮膚の荒れ防止繊維は、少なくとも10回程度、好ましくは50回程度の洗濯をされたとしても、有効成分を保持し続けること。
【0009】
皮膚の荒れ防止繊維を用いて製造された繊維製品は、装用者の皮膚に直接接触させて使用することが多いと予想される為、頻繁に洗濯されると考えられる。洗濯によって容易に皮膚の荒れ防止繊維の有効成分が洗い落とされてしまうのでは、実質的に繊維製品を使い捨て利用しなければならず、あまりに不経済と言わざるを得ない。従って、少なくとも10回程度、好ましくは50回程度の洗濯によっても、有効成分を保持し続けることが必要である。なお、この場合の洗濯とは、JIS L0217−103に規定される条件に従って行うものを想定している。
【0010】
例えば特開平09−021001号公報中に開示されている発明では、有効成分を綿糸等に含浸させ、これを乾燥させた編糸を編み込んで靴下のような衣類を得ている。しかし、これでは洗濯によって有効成分が容易に洗い流され、効果を喪失してしまう。この為、この発明に係る衣類は事実上使い捨てにならざるを得ないと想像され、コスト上の大きな課題を有していると想像される。
【0011】
(課題3)皮膚の荒れ防止繊維は、一般的な糸に紡糸可能であること。
【0012】
皮膚の荒れ防止繊維を用いて製造された繊維製品は、装用者の皮膚に直接接触した状態で使用されることが多いと予想される。具体的な用途としては、例えば肌着類が考えられるが、装用感の良い肌着類を製造するには良質の糸が必要であり、従って、皮膚の荒れ防止繊維は良質な糸に紡糸できることが必要である。具体的には、細く、長く、一定以上の強度を有する繊維が得られる必要がある。
【0013】
たとえば、このような発明の一例として特開平08−209448号公報中に開示されている発明がある。当該方法は、スクワランという有効成分を繊維の芯部に含有保持させ、その周囲を繊維形成重合体で包囲することで、繊維に付与された有効成分が洗濯によって直ちに洗い流されることを防止している。しかしながら、同発明は繊維の切断面に露出した繊維の芯部から有効成分が徐々に放出される性質(徐放性)を利用したものであるので、繊維の長さを短く切断して使用する場合には極めて有効であるが、長い繊維の状態で使用することが必要な用途には向いていない。長い繊維では繊維の断面が少なくなり、有効成分が十分に放出されなくなってしまうからである。しかし、短く切断された繊維から、さまざまな繊維製品に適用できる良質の糸を得ることは難しい。
【0014】
上記のような課題を解決した発明として、本願発明者自身の発明に係る化学繊維がある。これは、特開2007−314914号公報に開示されている通り、例えば、原料ビスコースにこめ油、γ−オリザノール、フェルラ酸を含む乳化液を混和・紡糸して得た、こめ油含有レーヨン繊維である。
【0015】
こめ油含有レーヨン繊維は、こめ油等の有効成分が、レーヨン繊維に無数に発生するひだ状構造に閉じ込められ、これが徐々に放出されることによって、前記課題1である徐放性、及び、前記課題2である耐洗濯性を解決している。また、原料ビスコースに添加する有効成分の割合を特定範囲に管理することにより、十分な強度を有する細く長い繊維を得ることに成功しており、前記課題3をも解決している。この結果、こめ油含有レーヨン繊維は様々な製品に適用されて高い評価を得るに至っており、すでに一定の商業的成功を収めている。
【0016】
ところで、前記こめ油含有レーヨン繊維の製法自体は、特開平09−119016号公報や特開平09−296321号公報に開示されている製法に近いものである。すなわち、ドコサヘキサエン酸(DHA)という有効成分またはこれを含むオイルの粒径が10乃至2000nmである乳化液をビスコースに添加し、混和後紡糸浴で凝固再生してレーヨン繊維を得るというものである。前記こめ油含有レーヨン繊維は、有効成分としてこめ油等に着目し、特開平09−119016号公報に開示された発明を参考に完成された発明と見ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開平09−021001号公報
【特許文献2】特開平08−209448号公報
【特許文献3】特開2007−314914号公報
【特許文献4】特開平09−119016号公報
【特許文献5】特開平09−296321号公報
【0018】
以上説明したように、こめ油含有レーヨン繊維は優れた性質を備えており、機能的には十分に実用的な水準にあるものである。しかしながら、こめ油は主に米糠から抽出されるが、ワックス分を多く含む為に、これを除去するために脱蝋工程が必要であり、製造業者も限られており、従って、繊維原料として大量に使用するには、入手性が必ずしも良いとは言えない原料であるという課題があった。
【0019】
また、こめ油に含まれる様々な成分の中でも、直接的に皮膚の荒れの防止に大きな役割を果たす性質は、油脂によって皮膚表面に形成される油膜の効果であると考えられる。油膜によって、皮膚からの水分の蒸散が防止され、皮膚の荒れ防止効果を奏すると考えられるのである。しかし、空気の乾燥している冬季において皮膚の乾燥を防ぐには、油脂による水分の蒸散の防止のみでは必ずしも十分とは言えない。
【0020】
加えて、こめ油含有レーヨン繊維は、天然油脂であるこめ油を含有する為、ごくわずかではあるが特有の臭気(油臭さ)を発する。特に、製造後長期間を経過したこめ油含有レーヨン繊維でこのような現象が見られる傾向があり、用途によっては課題になるものである。こめ油の含有量を少なくすると、この課題は実質的には解消するのであるが、これでは皮膚の荒れ防止効果が不十分になる懸念が強まる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明が解決しようとする課題は、皮膚の荒れ防止効果を有する化学繊維を、安定して大量に提供することである。また、この化学繊維を使用した繊維製品を提供することである。さらに、皮膚の荒れ防止効果を有しつつ、不快な臭気を発することの無い化学繊維、及び、この化学繊維を使用した繊維製品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
すでに説明したとおり、有効成分としてこめ油を使用した場合は、良好な皮膚の荒れ防止効果が得られるのであるが、この効果の得られるメカニズムの1つに、こめ油を皮膚に適用した場合に形成される油脂が、皮膚の水分の蒸散を防止することで、皮膚の荒れの防止という効果が達成されているというものが挙げられると想像される。無論、こめ油には、医薬品としても用いられるγ−オリザノールをはじめとするさまざまな生理活性物質が含まれており、これらが総合的に作用して皮膚の荒れを防止していると考えられるが、少なくとも皮膚の水分の蒸散を防止する作用は、皮膚の荒れを防止する作用の重要な一部を担っていると想像される。
【0023】
さて、本願発明者は、皮膚の水分量を確保することで皮膚の荒れが防止される効果が得られるのであれば、皮膚の水分の蒸散を防止する物質によらずに、吸湿性に優れた物質を用いて皮膚の水分量を確保しても類似の効果が得られるのではないかと考えた。このような考えを元に、必ずしも入手性に優れるとは言えないこめ油に代わる、または、これの一部を代替可能である、皮膚の荒れ防止効果を有する物質を探求し、その結果、多価アルコールに着目した。多価アルコールは、分子内に複数の水酸基(−OH基)を有し、水と親和性が高いものが多いため、保湿作用を期待できると考えたのである。
【0024】
例えば、ソルビトールやキシリトールといった糖アルコール類は、水との親和性が高く、容易には乾燥しない為、皮膚の水分量を確保し、以て、皮膚の荒れを防止する効果が期待されると考えたのである。
【0025】
(1)従って、本発明は、有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてが多価アルコールである
ことを特徴とする、化学繊維としている。
【0026】
すでに説明した通り、多価アルコールは水との親和性が高く、これを適用することで皮膚の水分量を確保することで、皮膚の荒れを防止する効果が得られると期待されるのである。
【0027】
ところで、繊維表面に多価アルコールを含む有効成分を付着させたとしても、除放性が得られず、また、洗濯によって一般的に水に溶けやすい多価アルコールは容易に洗い落とされてしまう。そこで、本発明では、特開平8−209448号公開特許公報に開示されている発明を参考に、繊維形成性重合体からなる鞘部および多価アルコールを含む有効成分を保持させた多孔性物質を含有する芯部よりなることを特徴とする化学繊維とすることができる。鞘部によって芯部に含まれる多価アルコールが包まれている為、洗濯によって容易に洗い落とされることが防止される効果が得られるからである。
【0028】
もっとも、繊維樹脂中に多価アルコールを含む有効成分が閉じ込められてしまう為、そのままではほとんど繊維から有効成分は放出されない。ただし、このような繊維を含む衣類を着用していると、装用者の動きなどによって繊維が断裂したり、あるいは、繊維表面にクラックが生じたりするので、これによって徐々に有効成分が放出されることが期待できる。もっとも、このように繊維の断裂等が頻繁に発生しなければ十分な皮膚の荒れ防止効果が得られないため、比較的繊維へのダメージが大きい用途、例えば、常に体重がかかる他、歩行時には摩擦も大きい靴下などに適用されることが好ましい。
【0029】
また、本発明は、繊維が短繊維状に切断されることが好ましい。繊維に切断面が形成されることで、ここから有効成分が徐々に放出されることとなるので、除放性や耐洗濯性といった効果が得られるからである。もっとも、繊維が短くなる為に、適用可能な繊維製品はある程度限定されてしまう。
【0030】
ところで、化学繊維に含有する有効成分の割合が1重量%未満では皮膚の荒れの防止効果がほとんど得られず、逆に10重量%を超えると紡糸自体が困難になり、仮に紡糸したとしても化学繊維の強度が極端に低下する為に実用的でなくなってしまう。従って、化学繊維中の有効成分の割合は1重量%乃至10重量%とすることが好ましい。
【0031】
また、さらに好ましくは化学繊維に含有する有効成分の割合を2.5重量%乃至8重量%とする。有効成分の割合を2.5%以上とすると皮膚の荒れの防止効果が顕著となり、これ未満の場合と比較して患者はより効果を実感できる。一方、有効成分の割合を8重量%以上としても効果はほとんど飽和してしまう一方で、化学繊維の強度も有効成分の割合が8重量%以下であれば低下が比較的少ない為、化学繊維製造のコストや容易さを勘案すると、有効成分の割合を8重量%以下とすれば特に好ましい効果を得られるのである。
【0032】
さて、多価アルコールの中で、特に好ましいものとして本願発明者は、グリセリンに着目した。グリセリンは、C(OH)の化学式であらわされる3価アルコールであり、非常に吸湿性が強い物質である。
【0033】
(2)従って、本発明は、有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてがグリセリンである
ことを特徴とする、化学繊維としている。
【0034】
グリセリンは化粧品や食品等にも利用されている、安全性の非常に高い物質である。しかも、大量に流通しており、また、無色透明で匂いもない。これらはいずれも、皮膚の荒れ防止繊維の原料として好ましい性質である。また、本願発明者の研究によれば、グリセリンを実際に皮膚に適用した場合に、特に冬の乾燥期において、顕著な皮膚の荒れ防止効果が観察されている。
【0035】
従って、少なくとも有効成分の一部にグリセリンを使用することで、皮膚の荒れ防止に顕著な効果を期待できるのである。
【0036】
(3)本発明は、有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてが多価アルコール誘導体である
ことを特徴とする、化学繊維としている。
【0037】
(4)本発明は、有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてがグリセリン誘導体である
ことを特徴とする、化学繊維としている。
【0038】
すでに説明したとおり、本願発明者は、すでにこめ油等を、平均粒径200nm以下程度に乳化分散させ、これをビスコースに添加し、混和後紡糸浴で凝固再生して得たレーヨン繊維が、皮膚の荒れ防止効果に優れ、かつ、良好な耐洗濯性を有することを見出している。レーヨン繊維は、ビスコースを紡糸浴で凝固再生する際の収縮により繊維表面に微細なひだが生成されるとともに、繊維表面が非常に細かい多孔質構造となる。このため、レーヨン繊維表面付近のこめ油粒子とレーヨン繊維表面とがきわめて細い経路(マイクロチャネル)で接続された構造が多数形成され、該マイクロチャネルを通してこめ油が徐々に放出されることになる。このマイクロチャネルはきわめて細く、こめ油の放出は長期間にわたって継続する、つまり優れた徐放性を奏する。従って、こめ油等を含有するレーヨン繊維を用いた繊維製品を製造すると、長期間にわたってこめ油特有の効果が発揮される。
【0039】
マイクロチャネルを通じたこめ油の放出はいわば毛細管現象による滲み出しによって起こるものであるので、洗濯で洗い落とされるこめ油はレーヨン繊維表面に染み出たもののみであり、マイクロチャネルで繊維表面につながっているこめ油粒子そのものは洗濯によって洗い流されることはない。従って、繰り返し洗濯を行っても本発明特有の効果が持続するという、優れた耐洗濯性が得られる。具体的には、JIS L0217−103に規定される条件に従って洗濯を繰り返した場合において、50回程度の洗濯によっても有効成分を保持し続けることができる。
【0040】
レーヨン繊維にこめ油等を含有させた皮膚の荒れ防止繊維は、このように優れた性質を有し、商業的にも一定の成功を収めているほどであるので、本願発明者は、有効成分として、多価アルコール、例えば、グリセリンを用いた皮膚の荒れ防止繊維についても、レーヨン繊維への適用を可能にしたいと考えた。しかし、アルコールは一般に水溶性であり、特に、グリセリンは非常に水に溶けやすいため、原料ビスコースに添加しても、原料ビスコースの溶媒である水酸化ナトリウム水溶液に溶解してしまい、凝固再生時(希硫酸を使用した湿式紡糸等)に水に流出してしまう。その為、得られたレーヨン繊維にはグリセリンをはじめとする多価アルコールがほとんど含有されない。
【0041】
そこで、本願発明者は、多価アルコールの一部を脂肪酸と置換することで、この課題を解決することに取り組み、これに成功した。多価アルコールの例として、グリセリンについて説明するが、まず、グリセリンをグリセリン誘導体とする、具体的には、脂肪酸のモノグリセリドまたはジグリセリドとする。脂肪酸とグリセリンがエステル結合したモノグリセリドまたはジグリセリドは、油としての性質を有する為に水に乳化分散させることが可能である。また、同じく油としての性質を有する為、この状態でビスコースに添加して凝固再生してレーヨン繊維を得ると、乳化分散した粒子が前記こめ油粒子のようにレーヨンに保持された状態のものが得られる。
【0042】
また、モノグリセリドまたはジグリセリドは、当然にグリセリンとしての性質も有しているので、得られたレーヨン繊維は、皮膚の荒れ防止繊維としての効果を備えたものになるのである。なお、本発明はレーヨン繊維への適用を例として説明したが、(1)のようにレーヨン繊維以外の繊維への適用も可能である。例えば、グリセリン誘導体を芯部に含み、鞘状の繊維形成性重合体でこれを包み込んだ繊維とすることも可能である。
【0043】
つまり、本来水に溶けやすく油に溶けにくい多価アルコールを、脂肪酸とエステル結合させることで油になじむ性質を付与した多価アルコール誘導体とし、これによって、乳化剤によって基本的には大部分が水であるビスコース中に乳化分散することを可能とする。そして、多価アルコール誘導体が乳化分散した乳化液を凝固再生することで、乳化分散した多価アルコールが再生繊維であるレーヨン中に閉じ込められることとしたものである。このように、水溶性の物質をレーヨン中に閉じ込めることを成し遂げた点に本発明の最大の特徴があるといえる。
【0044】
なお、実際の製造プロセスにおいては、必ずしもグリセリンそのものを原料としなければならないわけでは無いことは言うまでも無い。すでに、適当なグリセリンの誘導体が製造され、市場で入手可能であれば、これを原料とすればよいことは当然であり、多くの場合、このようにすることが経済的に優れているからである。
【0045】
なお、化学繊維に含有させるべき有効成分の割合については、(1)の場合と同様に考えることができる。ところで、実際に本発明に係る皮膚の荒れ防止繊維を製造する際には、乳化剤や水にグリセリン誘導体を含む有効成分を例えば30重量%加えて混合し、乳化剤を調整する。これを、ビスコースのセルロース分に対して例えば20重量%添加して、凝固再生する。このようにして、有効成分を6重量%含有する皮膚の荒れ防止繊維を得ることができるのである。
【0046】
また、本発明は、
前記有効成分の少なくとも一部がトリグリセリドである
ことを特徴とする、(4)に記載の化学繊維とすることができる。
【0047】
グリセリンに脂肪酸をエステル結合させた構造のグリセリドのうち、モノグリセリドとジグリセリドは、前記の通りアルコールとしての性質と油としての性質を併せ持ち、アルコールとしての性質で強い吸湿性などの保水性を、油としての性質でレーヨン繊維に含有させることを達成している。一方、トリグリセリドは、分子内に水酸基を残していないために、モノグリセリドやジグリセリドと比較して、吸湿性に代表される水分とのなじみやすさにおいては劣るものと言わざるを得ない。
【0048】
しかし、油としての性質から、皮膚表面に油膜を形成して水分の蒸散を防止し、これによって一定の皮膚の荒れ防止効果を奏する。このような作用機構であっても、皮膚の荒れの防止という目的が達成される限り、本発明にとって支障はない。また、モノグリセリドやジグリセリドと共に化学繊維中に含有されることで、異なる作用機構を有する複数の有効成分によって皮膚の荒れの防止を図ることができ、相乗効果も期待できる。
【0049】
また、製造の都合から、モノグリセリドやジグリセリドを使用する場合でも、現実的にはトリグリセリドがある程度含まれることを許容することで原材料の入手性や価格で有利であることが多い。したがって、有効成分の少なくとも一部がトリグリセリドである化学繊維とすることは、発明の好ましい形態の一つである。
【0050】
(5)本発明は、前記グリセリン誘導体は、グリセリンリシノール酸エステルまたはグリセリンラウリン酸エステルの少なくとも一方である
ことを特徴とする、(4)に記載の化学繊維としている。
【0051】
グリセリン誘導体、より具体的には、脂肪酸のモノグリセリドは、脂肪酸の種類によってさまざまな種類のものが存在するが、原理的には、さまざまな種類のグリセリン誘導体を利用可能である。しかし、皮膚の荒れ防止効果の観点、及び、グリセリン誘導体を含む繊維の紡糸の容易さの観点から、好ましいグリセリン誘導体の種類はある程度限られたものとなる。一般的には、脂肪酸の炭素数が多い方が油としての性質が強くなる等と言われるが、本願発明者の研究によれば、本発明に適しているか否かはこのような一般的性質から単純に予想することは困難であり、試行錯誤的に好適な種類を見出す必要がある。
【0052】
具体的には、脂肪酸として、リシノール酸(C1834)または、ラウリン酸(C1224)とグリセリンのエステルを使用すれば、長期間にわたって安定なグリセリン誘導体の乳化液が得られ、これをビスコースに添加して紡糸すると、高品質な皮膚の荒れ紡糸繊維が得られることが分かっている。従って、グリセリン誘導体は、グリセリンリシノール酸エステルまたはグリセリンラウリン酸エステルの一方、または、両方であることが好ましい。
【0053】
なお、これら以外の脂肪酸のモノグリセリドを使用した場合、典型的には経時的に乳化液の粘度が高くなったり、あるいは、乳化液が分離してしまうといった現象を発生する例が多く観測される。このような状態に陥ってしまうと、乳化液をビスコースに添加することが出来ない、または、ビスコースの凝固再生時に安定した繊維として再生しないという不都合を発生する。
【0054】
なお、乳化液の安定性を決める要因や、あるいは、これが不足する場合に発生する現象は、この例に限らず様々であるが、そのメカニズムは論理的に説明することが困難な場合が多く、好ましい原材料やその割合等はしばしば経験的に求めざるを得ないものである。この意味で、本発明においては、少なくとも前記の原材料を使用することが好ましいことは、本願発明者の研究により明らかにされたものである。従って、これら以外の原材料に、同等以上の作用効果を得られるものが存在する可能性を否定するものではない。
【0055】
(6)本発明は、前記化学繊維はレーヨン繊維である
ことを特徴とする、(4)または(5)に記載の化学繊維とすることが好ましい。
【0056】
すでに説明したとおり、レーヨン繊維は、繊維表面に多数の微細なひだを備えるとともに、非常に細かい多孔質構造をとる。このため、レーヨン繊維表面付近の有効成分粒子と繊維表面とがマイクロチャネルで接続された構造が多数形成され、有効成分の除放性や耐洗濯性が発現する。このように、マイクロチャネルを通じた有効成分の放出であるので、有効成分の放出に繊維の磨耗は必要なく、従って靴下のような磨耗の生じる繊維製品に限らず、肌着の様に通常は磨耗の生じにくい繊維製品であっても、皮膚の荒れ防止効果が得られる。もちろん、磨耗を生じる部分では、これによって繊維内部に閉じ込められてしまった有効成分の放出が発生するが、係る部位は通常皮膚の荒れ等の生じやすい部位であることが多い為はなはだ好都合である。
【0057】
このように優れた特徴が得られるため、本発明にかかる化学繊維は、レーヨン繊維であることがもっとも好ましい。また、レーヨン繊維が細い方が重量あたりの表面積が大きくなり、放出される有効成分の量も多くなる点で好ましい。このため、繊維の直径が概ね20μm以下程度となるようにするとよい。
【0058】
なお、ビスコースと有効成分の混和は、有効成分であるグリセリン誘導体(特に好ましくは、グリセリンリシノール酸エステルまたはグリセリンラウリン酸エステルの少なくとも一方)に乳化剤として界面活性剤を加え、これを水中に乳化させることによって調整した乳化液をビスコースに混合することで行う。界面活性剤は従来より使用されているものを適宜使用することができる。例えば、高級脂肪酸石鹸、高級アルコール硫酸エステルのようなアニオン性界面活性剤や、アルキルアンモニウム塩やベンゼトニウム塩のようなカチオン性界面活性剤を使用することができるがこれに限定されない。ただし、ビスコースは強アルカリ性であり、このような強アルカリ下で安定した乳化状態を維持できる界面活性剤を使用する必要がある。
【0059】
(7)本発明は、前記化学繊維は、前記グリセリン誘導体が少なくとも水及び界面活性剤と混和されて平均粒径が100nm以下に分散された乳化液とされ、
該乳化液をビスコースに添加し、該乳化液と該ビスコースを混和後紡糸浴で凝固再生して得たレーヨン繊維である、
ことを特徴とする、(6)に記載の化学繊維とすることが好ましい。
【0060】
グリセリン誘導体を含む有効成分を乳化して原料ビスコースに混和し、これを紡糸浴で凝固再生してレーヨン繊維を得る為、レーヨン繊維中に含まれる有効成分の初期的な大きさは乳化した際の有効成分粒子の大きさで決まる。現実には、有効成分粒子は凝固再生時にいくつもが結合してより大きな粒子としてレーヨン繊維に含まれることになるが、初期的な有効成分粒子の大きさが大きすぎると、凝固再生時にレーヨン繊維中に安定して存在することができずに流失してしまう割合が高まってしまう。また、別の不都合として、有効成分を乳化した際の粒子の平均粒径が大きすぎると、乳化液の安定性が劣るとともに、ビスコースと混和して紡糸する際に濾過性が低く、紡糸すること自体が困難となってしまうこともあげられる。
【0061】
また、大きい有効成分粒子はレーヨン繊維の表面付近でマイクロチャネルによって表面と接続する構造を取り難く、繊維内部に閉じ込められてしまうか、または速やかに外部に放出されてしまって繊維に残留しないかどちらかの状態になりやすい傾向があるために好ましくない。
【0062】
一方、有効成分粒子が小さい場合についての制限は明らかでは無いが、現実には有効成分の平均粒径を例えば10nm以下に分散させることは容易ではない。つまり、通常利用可能な、工業的に安価に実施可能な分散乳化処理では有効成分粒子が小さすぎることで不都合が発生することはない。現実的には小さければ小さいほど良い、のである。
【0063】
本願発明者の研究によれば、本願発明に係る有効成分の場合、有効成分の平均粒径を100nm以下に分散乳化させることで、良好な除放性と耐洗濯性を得ることができるのである。
【0064】
なお、さらに望ましくは、有効成分の平均粒径を70nm程度に分散乳化させると良い。平均粒径がこの程度、例えば、65nm乃至75nm程度まで分散乳化されていれば、すでに説明した通り、良好な除放性と耐洗濯性が両立され、かつ、紡糸する際にも濾過性が良好で高品質な繊維が得られる。なお、本願発明者の研究によれば、このようにすると、例えば、JIS L0217−103に規定される条件に拠る50回の洗濯によっても、グリセリン誘導体(具体的には、グリセリンリシノール酸エステルまたはグリセリンラウリン酸エステルの少なくとも一方)の50%以上を残存させることができる。平均粒径が200nm乃至300nm程度では、これが30回弱程度であり、実用に耐える水準ではあるが、やや不足の間は否めない。
【0065】
ところで、乳化液には、必要に応じて酸化防止剤、防腐剤、帯電防止剤やpH調整剤を添加するが、このような調整は特に本発明に特徴的なものではなく、従来より行われている通りである。
【0066】
(8)本発明は、前記有効成分にはこめ油を含む
ことを特徴とする、(1)乃至(7)のいずれか一に記載の化学繊維とすることが好ましい。
【0067】
本発明は、第一には有効成分として多価アルコール、典型的には、グリセリンまたはグリセリン誘導体を用い、これの吸湿性を利用して皮膚の乾燥を防止し、以って、皮膚の荒れを防止することができる皮膚の荒れ防止繊維を実現したものである。一方、本願発明者自身の発明に係る特開2007−314914号公報に開示された発明では、有効成分として主にこめ油を用い、こめ油の持つ特有のさまざまな効果を利用しているものの、そのひとつは、こめ油によって形成される油膜によって皮膚の水分の蒸散が阻害され、これによって皮膚の乾燥の防止と皮膚の荒れの防止効果が得られているものと想像される。
【0068】
皮膚の乾燥の防止によって皮膚の荒れが防止されるという効果は共通であるが、その作用メカニズムには違いがある為、これら成分の両方を使用することで、両方の作用が得られ、相乗的な効果が得られることが期待できる。すなわち、グリセリンまたはグリセリン誘導体の吸湿性と、こめ油の水分蒸散の阻害の両方によって皮膚の乾燥が防止され、強力な皮膚の荒れの防止効果が得られることが期待されるのである。また、グリセリンまたはグリセリン誘導体とともにこめ油を使用することで、高価なこめ油の使用量を減らすことができると共に、こめ油の発する特有の臭気も実質的に感じられない程度にまで低減することが可能である。
【0069】
そこで、有効成分としてグリセリンまたはグリセリン誘導体のみならず、こめ油をも加えて、皮膚の荒れ防止効果を有する化学繊維とすることが好ましい。もっとも、化学繊維に添加可能な有効成分の割合には限界があり、有効成分が多種の物質の混合物であったとしても、あまりに多くの有効成分を添加すると、化学繊維の強度や風合いに問題が生じるほか、紡糸工程で繊維が切れてしまうといった製造上の問題をも招来してしまう。従って、有効成分の総量としては、(3)や(4)に記載した限度内とする必要がある。
【0070】
(9)本発明は、前記有効成分としてγ−オリザノールを0.02重量%乃至1重量%含む
ことを特徴とする、(1)乃至(8)のいずれか一に記載の化学繊維とすることが好ましい。
【0071】
γ−オリザノールはこめ油中にもともと含まれている成分であるが、これの有する皮脂分泌促進作用、皮膚温度上昇作用、局所血流量増大作用は皮膚の荒れ等の防止・改善に特に有効である。そこで、有効成分にこめ油に変えて、または、こめ油に加えて積極的にγ−オリザノールを化学繊維に含有させることにより、前記効果をますます顕著とすることができるのである。
【0072】
なお、化学繊維に含有するγ−オリザノールの割合は、0.02重量%程度以上でなければ特有の効果が得られにくい。一方、1重量%以上の割合としても効果は飽和してほとんど高まらず、原料コストの増大を招くばかりである。従って、γ−オリザノールの割合は、0.02重量%乃至1重量%とすることが好ましい。
【0073】
また、さらに好ましくは化学繊維に含有するγ−オリザノールの割合を0.1重量%乃至0.5重量%とする。γ−オリザノールの割合を0.1重量%以上とするとγ−オリザノール特有の効果が顕著となり、これ未満の場合と比較して患者はより効果を実感できる。また、γ−オリザノールの割合が多いほうが効果は大きい傾向があるものの、現実的には0.5重量%程度の割合を含有していればほとんどの患者が満足できる効果が得られる。また、γ−オリザノールは比較的高価な原料でもあるので、前記の通りの含有割合とすることが好ましいのである。
【0074】
(10)本発明は、前記有効成分としてフェルラ酸を0.02重量%乃至1重量%含む
ことを特徴とする、(1)乃至(8)のいずれか一に記載の化学繊維とすることが好ましい。
【0075】
フェルラ酸もγ−オリザノールと同様、こめ油中にもともと含まれている成分であり、紫外線吸収作用、酸化防止作用を有する。特に紫外線吸収作用は皮膚に有害な紫外線を減ずることで皮膚障害を防止することが期待され、こめ油に加えて積極的にフェルラ酸を化学繊維に含有させることにより、前記効果をますます顕著とするのである。なお、化学繊維に含有するフェルラ酸の割合は、γ−オリザノールの場合と同様に決定している。従って、γ−オリザノールの場合と同じく、好ましくは化学繊維に含有するフェルラ酸の割合を0.1重量%乃至0.5重量%とする。
【0076】
ところで、フェルラ酸を含有する化学繊維を製造した場合、繊維が黄褐色を示すことが多い。従って、この着色を目立たなくする為にフェルラ酸を含有する化学繊維は染色して使用することが好ましい。化学繊維をレーヨン繊維とした場合は、レーヨン繊維は一般に非常に染色性に優れた性質を有していることから、特に望ましい結果が得られる。
【0077】
(11)本発明は、前記乳化液には水酸化カリウムが添加されてている
ことを特徴とする、(6)乃至(10)に記載の化学繊維とすることが好ましい。
【0078】
すでに説明したとおり、本発明に係る有効成分は、水や界面活性剤と混和し、乳化液とした後に、ビスコースに添加される。これから得られたレーヨン繊維に有効成分が保持されるという仕組みである。ところで、ビスコースはアルカリ性で無ければならず、これに添加する乳化液のpH値も一定範囲に調整されなければ、正常にレーヨン繊維を紡糸することができない。
【0079】
乳化液のpH値を調整するには、安価な水酸化ナトリウム(NaOH)を添加することで行うことができる。ところが、本願発明者は、このようにして調整した乳化液がしばしば経時的に結晶を析出してしまい、ビスコースへ添加して紡糸することが不可能になってしまう現象に遭遇した。その後の研究により、結晶の析出の有無は有効成分として使用する物質に大きく支配されることが見出された。例えば、フェルラ酸を有効成分として添加すると、結晶の析出が発生し易くなる。
【0080】
しかし、グリセリンやグリセリン誘導体のみを有効成分とするのではなく、適宜さまざまな物質を添加することにより、よりすぐれた、より用途に適した皮膚の荒れ紡糸繊維を得られるようにするためには、有効成分に添加する物質にできるだけ制限が無いことが好ましい。本願発明者の研究によれば、水酸化ナトリウムに変えて水酸化カリウム(KOH)を添加してpH値を調整すれば、結晶の析出の発生は大幅に抑えられ、長期間に渡って乳化液が安定となることが見出されている。この現象のメカニズムは必ずしも明らかではないものの、少なくとも本発明においては、有効成分の乳化液のpH値の調整には、水酸化カリウムが使用されることが好ましいといえる。
【0081】
(12)本発明は、原料繊維中に(1)乃至(11)のいずれか一に記載の化学繊維を1重量%乃至50重量%を混紡したことを特徴とする糸としている。
【0082】
(1)乃至(11)のいずれかに係る皮膚の荒れ防止繊維は、繊維中に有効成分を含有している為に通常の繊維と比較して強度は低くなる。また、化学繊維をレーヨン繊維とした場合は、水にぬれた際に強度が大きく低下する。さらに、皮膚の荒れ防止繊維は、通常の繊維と比較するとどうしても高価でもあるため、皮膚の荒れ防止繊維のみを紡績して得た糸で繊維製品を製造することは適切でない場合がある。そこで、強度に優れて比較的安価な繊維と皮膚の荒れ防止繊維を混紡して得た糸を用いて繊維製品を製造するのである。
【0083】
原料繊維中の皮膚の荒れ防止繊維の割合は、少なすぎると皮膚の荒れ防止繊維特有の効果が不十分となり、多すぎると強度や価格の面で課題を生じる。現実的には、原料繊維中の皮膚の荒れ防止繊維の割合を1重量%乃至50重量%とすることが好ましい。
【0084】
また、比較的の強度を必要とする用途には、好ましくは原料繊維中の皮膚の荒れ防止繊維の割合を1重量%乃至30重量%とするとよい。例えば、靴下の製造に使用する原料糸はこのような一例であり、着用時の大きな力と摩擦に耐える為に原料糸は強靭でなければならない。そこで、原料繊維中の皮膚の荒れ防止繊維の割合を最大30重量%とやや低めに設定して得られる原料糸の強度を確保するのである。一方、肌着類のようにさほど強度が必要とされない用途では、効果を高める為に前記の通り最大50重量%程度まで原料繊維中の皮膚の荒れ防止繊維の割合を高めることができる。
【0085】
また、皮膚の荒れ防止繊維と混紡する繊維としては強度に優れ肌触りの良い綿とすることが好ましい。
【0086】
(13)本発明は、(1)乃至(11)のいずれか一に記載の化学繊維を含む
ことを特徴とする、繊維製品とすることが好ましい。
【0087】
本発明に係る化学繊維は、有効成分の除放性と耐洗濯性を有する原料として様々な用途が考えられるものの、特に肌着・靴下・手袋のような衣類やシーツ・枕カバーの様な寝具またはタオルやいすカバーなどの日常的に使用する繊維製品の原料として使用することが好ましい。このような繊維製品の原料として使用すれば、患者が意識せずとも継続的に皮膚に有効成分が供給され続けることとなり、皮膚の荒れの防止・改善に大きな効果をあげうるからである。
【0088】
(14)本発明は、前記繊維製品は靴下である
ことを特徴とする(13)に記載の繊維製品とすることが好ましい。
【0089】
踵や足底の種子骨周辺部の皮膚は、歩行時に体重のかなりの割合を支えるとともに摩擦にさらされ続けるなどの理由から、もっとも荒れや角質化を起こし易い部位のひとつとなっている。そこで、皮膚の荒れ防止繊維を含む靴下を着用することで、皮膚の荒れ等の改善に効果を有する有効成分がこれら部位に継続的に作用し、これら症状を改善することが期待される。
【0090】
また、靴下は長時間着用するのみならず、着用中に生じる摩擦によって繊維の磨耗が進行し易い。繊維が磨耗することで、繊維中に閉じ込められた有効成分が放出されることになるので、結果として皮膚の荒れや角質化を起こし易い部位に特に多くの有効成分が放出される。この点でも皮膚の荒れ防止繊維を含む靴下は大きな効果を奏するのである。
【発明の効果】
【0091】
以上説明したように、本発明に係る化学繊維では、皮膚の荒れの防止に効果を有する有効成分を長時間にわたって放出する徐放性と、これが少なくとも30乃至50回程度の洗濯によっても失われない高い耐洗濯性を備えるという利点がある。また、本発明に係るこめ油含有化学繊維を原料繊維中に含む糸を用いて製造した繊維製品、例えば靴下では、着用している患者の皮膚の荒れや角質化を起こし易い部位に多くの有効成分を長期間にわたって放出し続けることができるという効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0092】
以下、本発明を一実施例に沿って詳説する。
【実施例1】
【0093】
レーヨン繊維の原料パルプを苛性ソーダに浸漬・圧搾・粉砕し、アルカリセルロースを得る。これに二硫化炭素を反応させてセルロースザンテートを得、これを希釈苛性ソーダで溶解してビスコースを得る。ここで得たビスコースは、セルロース含有率8.6%、苛性ソーダ分5.6%、二硫化炭素2.7%のアルカリ性水溶液である。
【0094】
次に、有効成分であるグリセリン誘導体として、ベヘン酸モノグリセリド、リシノール酸モノグリセリド、ラウリン酸モノグリセリドを準備し、これらを選択的に使用した。有効成分としては、これに加えて、こめ油、γ−オリザノール、フェルラ酸を添加した。
【0095】
有効成分のpH値を調整するため、水酸化ナトリウム溶液と水酸化カリウム溶液を選択的に使用した。また、乳化剤である界面活性剤も当然に添加する。
【0096】
上記材料を、下表1のように調合し、撹拌して乳化液を得た。表に明らかな通り、試料番号1〜4までの4種類の調合についての実験結果を表示している。なお、乳化液の有効成分粒子の平均粒径は100nm以下とすることが好ましい為、混合は高圧乳化分散機による超微粒子化処理を行うことが好ましい。また、表の数値合計が100%にならないのは、表に記載されていない材料、例えば、分散媒である熱水や防腐剤などを使用しているが、これらは本発明に特徴的なものでは無いので記載を省略している為である。
【0097】
【表1】

【0098】
さて、このようにして得た乳化液を数日放置した際の状態を、表中の乳化剤安定性の欄に記載している。ここで、安定と表示されている試料は、乳化液の状態に顕著な変化が認められなかったことを示している。同様に、増粘とは、乳化液の粘性が高まり、ビスコースに添加して紡糸することが困難となったことを示す。さらに、結晶析出とは、乳化液中に結晶が析出・沈殿し、やはり、ビスコースに添加して防止することが困難となったことを示している。工業的に皮膚の荒れ紡糸繊維を生産可能とするためには、少なくとも10日程度乳化剤が安定な状態を保つことが好ましいので、増粘や結晶析出と表示された試料は、皮膚の荒れ紡糸繊維製造の原料としては好ましくないものであるといわざるを得ない。
【0099】
ここで、試料1と試料2の違いは、有効成分であるグリセリン誘導体がそれぞれ、ベヘン酸モノグリセリドとリシノール酸モノグリセリドであることであるが、試料1は増粘してしまい、試料2は安定である。つまり、グリセリン誘導体として、リシノール酸モノグリセリドの方が皮膚の荒れ紡糸繊維製造についてより適していることを示している。同様の実験を数多く行い、好ましいグリセリン誘導体として、リシノール酸モノグリセリドとラウリン酸モノグリセリドを選定している。
【0100】
次に、試料3と試料4の違いは、pH値の調整に水酸化ナトリウム溶液を使用するか水酸化カリウム溶液を使用するかである。試料3は結晶が析出してしまい、試料4は安定なのであるが、これより、本発明についてpH値の調整には水酸化カリウム溶液を使用することが好ましいことが分かる。
【0101】
続いて、乳化液が安定であった試料2や試料4を、ビスコース中のセルロースに対して有効成分含有量が6%となるように、前記ビスコースに前記乳化液をインジェクションを用いてミキサーにて連続混合し、直径60μmの紡糸口金から引き出した。以下レーヨンの一般的な製造法により、カット、捲縮、精練、乾燥し、有効成分を含有する直径15μm〜20μm程度のレーヨン繊維(皮膚の荒れ防止繊維)を得た。さらに、この皮膚の荒れ紡糸繊維30%と綿糸70%を常法にて混紡して紡績糸を得、これを用いて靴下を製造した。
【0102】
以上のようにして得たレーヨン繊維はそれ自体の保水率が高いものであった。そして、上記のようにして得られた靴下(繊維製品)は、特開2007−314914号公報に開示された、こめ油を含有する化学繊維及びこれを用いた繊維製品と同様に、皮膚の荒れの防止効果を奏するものであった。すなわち、皮膚の乾燥等が顕在化しやすい冬季において、皮膚のつやが向上し、ひび割れなどの皮膚障害が抑制されるという効果を確認することができた。
【実施例2】
【0103】
実施例1とほぼ同様だが、有効成分であるグリセリン誘導体として、グリセリンと主にカプリル酸(C16をエステル結合させたグリセリドを使用して、レーヨン繊維を得ることができた。なお、ここで使用したグリセリドの少なくとも一部はトリグリセリドであった。
【0104】
このようにして得たレーヨン繊維も高い保水率を有していることが確認された。したがって、実施例1の場合と同じく、皮膚の荒れの防止効果を奏するものであると期待できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0105】
以上のように、本発明は皮膚の荒れ防止繊維を提供するものであり、これは皮膚の荒れを防止・改善する繊維製品に広く適用できるものである。皮膚に直接触れるものであれば、その荒れの防止・改善効果が有効に作用する為、繊維製品は様々なものとすることが可能である。例えば、肌着、靴下、手袋、ベビー用品、タオル、シーツやトイレカバーなどとすることができる。これらは、日常的に無意識のうちに患者の皮膚に触れて効果を奏するものであるが、患者がより積極的に皮膚に本発明を適用する用途もあり、例えば化粧用品として使用されているいわゆるフェイスマスクを本発明に係る皮膚の荒れ防止繊維で製造すると、本発明特有の効果が付与された優れたフェイスマスクを実現できる。このように、本発明は産業上の利用可能性の高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてが多価アルコールである
ことを特徴とする、化学繊維。
【請求項2】
有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてがグリセリンである
ことを特徴とする、化学繊維。
【請求項3】
有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてが多価アルコール誘導体である
ことを特徴とする、化学繊維。
【請求項4】
有効成分を1重量%乃至10重量%含み、
該有効成分の一部またはすべてがグリセリン誘導体である
ことを特徴とする、化学繊維。
【請求項5】
前記グリセリン誘導体は、グリセリンリシノール酸エステルまたはグリセリンラウリン酸エステルの少なくとも一方である
ことを特徴とする、請求項4に記載の化学繊維。
【請求項6】
前記化学繊維はレーヨン繊維である
ことを特徴とする、請求項4または請求項5に記載の化学繊維。
【請求項7】
前記化学繊維は、前記グリセリン誘導体が少なくとも水及び界面活性剤と混和されて平均粒径が100nm以下に分散された乳化液とされ、
該乳化液をビスコースに添加し、該乳化液と該ビスコースを混和後紡糸浴で凝固再生して得たレーヨン繊維である
ことを特徴とする、請求項6に記載の化学繊維。
【請求項8】
前記有効成分にはこめ油を含む
ことを特徴とする、請求項1乃至請求項7のいずれか一に記載の化学繊維。
【請求項9】
前記有効成分としてγ−オリザノールを0.02重量%乃至1重量%含む
ことを特徴とする、請求項1乃至請求項8のいずれか一に記載の化学繊維。
【請求項10】
前記有効成分としてフェルラ酸を0.02重量%乃至1重量%含む
ことを特徴とする、請求項1乃至請求項8のいずれか一に記載の化学繊維。
【請求項11】
前記乳化液には水酸化カリウムが添加されてている
ことを特徴とする、請求項6乃至請求項10に記載の化学繊維。
【請求項12】
原料繊維中に、請求項1乃至請求項11のいずれか一に記載の化学繊維を1重量%乃至50重量%を混紡した
ことを特徴とする糸。
【請求項13】
請求項1乃至請求項11のいずれか一に記載の化学繊維を含む
ことを特徴とする、繊維製品。
【請求項14】
前記繊維製品は靴下である
ことを特徴とする、請求項13に記載の繊維製品。

【公開番号】特開2012−52281(P2012−52281A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−169689(P2011−169689)
【出願日】平成23年8月3日(2011.8.3)
【出願人】(596040149)株式会社鈴木靴下 (3)
【Fターム(参考)】