説明

多分岐性高分子及びその製造方法

【課題】コア−シェル型構造を有し、濃度に依存せず安定に高分子ミセル様の形態を保持することができる多分岐性高分子を提供する。
【解決手段】コアがポリエチレンイミン(PEI)から成り、シェルがポリグリセロール(PGL)から成る、コア−シェル型構造を有する多分岐性高分子を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コアとシェルとがそれぞれ異なる高分子から成るコア−シェル型構造を有する多分岐性高分子、及びこの多分岐性高分子の製造方法に係わる。
【背景技術】
【0002】
両親媒性のブロック共重合高分子は、溶液中で自己組織化により、球状ミセル、ベシクル、ロッド状ミセル等、様々な構造を形成することが報告されている。
【0003】
これらの自己組織化体(高分子ミセル)は、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の薬物キャリヤー及び遺伝子治療のベクターとしての応用や、塗料、接着剤等の工業材料及び無機材料のナノスケール、メソスケールの構造体形成のテンプレートとしての利用が期待されており、精力的に研究が進められている。
【0004】
高分子ミセルの形態のコントロールには、両親媒性共重合高分子の組成、高分子溶液の濃度、温度、溶媒の種類が、強く影響を与える(例えば、非特許文献1〜非特許文献4を参照)。
このため、多くの科学者が、種々の新しい両親媒性共重合高分子を精密な分子設計から合成し、その溶液中で高分子ミセルが形成する特殊なモルフォロジーについて、報告している(例えば、非特許文献4〜非特許文献5を参照)。
【0005】
しかしながら、これらの両親媒性共重合高分子が形成する高分子ミセルは、溶液中で動的であるために、溶液を流体としたときに働く剪断応力及び、臨界ミセル濃度以下の高分子溶液、或いは、他の界面活性剤や塩が存在していると、そのモルフォロジーに大きな影響を受け、高分子ミセルを安定に形成しない(例えば、非特許文献6〜非特許文献7を参照)。
【0006】
そこで、近年では、多分岐性高分子をコアに有し、線状高分子をシェルに有する、高分子一分子が、高分子ミセルと同様の構造(図2参照)を形成する、コア−シェル型マルチアーム高分子の合成が多数報告されている(例えば、非特許文献8〜非特許文献9を参照)。
【0007】
コア−シェル型マルチアーム高分子は、コアとなる多分岐性高分子が共有結合からなるので、濃度によらずミセル様の形態をとりうる。
このため、臨界ミセル濃度が存在しない。
さらに、他の界面活性剤が存在していてもミセルの形態が変化しない、という分子構造由来の特徴を示す。
【0008】
従って、コア−シェル型マルチアーム高分子は、従来の線状高分子ではミセルを形成できない希薄条件下でも、ミセル様の構造を形成する。
このことから、これまで線状高分子による高分子ミセルを用いていた、DDSや無機材料創製のテンプレートのみ成らず、希釈高分子溶液を用いた抽出剤や高分子触媒としての応用が検討されている(例えば、非特許文献10を参照)。
【0009】
【非特許文献1】Croy,S.R.;Kwon,G.S.:CurrentPharmaceutical Design,Vol.12(36),pp.4669-4684,2006
【非特許文献2】Yoshida,T.;Doi,M.;Kanaoka,S.;Aoshima,S.:J. Polym. Sci.,Part A:Polym. Chem.,43,pp.5704-5709,2005
【非特許文献3】Kimberly,L.M.;Hanadi, S.:Macromolecules,40,pp.3733-3738,2007
【非特許文献4】Bhargava,P.,Tu,Y.,Zheng,J.X.,Xiong,H.,Quirk,R.P.,Cheng,S.Z.D.:J. Am. Chem. Soc.,129,pp.1113-1121,2007
【非特許文献5】Chou,S.-H.;Tsao,H.-K.;Sheng,Y.-J.:Journal of Chemical Physics,Vol.125,194903/1-194903/6,2006
【非特許文献6】Osaka,N.;Okabe,S.;Karino,T.;Hirabaru,Y.;Aoshima,S.;Shibayama,M.:Macromolecules,39,pp.5875-5884,2006
【非特許文献7】Mitsukami,Y.;Hashidzume,A.;Yusa,S.;Morishima,Y.;Lowe,A.B.;McCormick,C.L.:Polymer,47,pp.4333-4340,2006
【非特許文献8】Adeli,M.;Haag,R.:J. Polym. Sci.:Part A:Polym. Chem.,Vol.44,pp.5740-5749,2006
【非特許文献9】Xiaoying,S.;Xiaohui,Y.;Yunhang,L.;Xinling,W.:J. Polym. Sci.:Part A:Polym. Chem.,Vol.42,pp.2356-2364,2004
【非特許文献10】Terashima,T.;Kamigaito,M.;Baek,K.-Y.;Ando,T.;Sawamoto,M.:J. Am. Soc. Chem.,125(18),pp.5288-5289,2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、これらのコア−シェル型マルチアーム高分子は、図2に示すように、シェルに当たる高分子鎖が線状高分子であるために、高濃度の高分子溶液では、分子間相互作用或いは分子鎖絡み合いによって、流動性のない物理架橋ゲルを形成する。
このように、濃度に依存せず安定に高分子ミセル様の形態を保持することは、現在までに提案された手法では困難である。
【0011】
そこで、シェルも分岐性高分子として、ミセル間やミセルのシェル内での分子鎖絡み合いのない分岐性高分子をコア及びシェルに共に有する、コア−シェル型多分岐性高分子を合成すれば、濃度に依存せずに、ミセル様の構造を安定に形成することができると考えられる。
しかし、これまで提案されている多分岐性高分子は、逐次重合及び連鎖移動反応によって合成されたものであって、同一分子内のコアとシェルにそれぞれ組成の異なる成分を有するコア−シェル型多分岐性高分子とはなっていない。
【0012】
また、コア−シェル型構造ではなく、同一の多分岐性高分子を内側から外側に繰り返し形成して、分子鎖絡み合いのない分岐性高分子を構成することも考えられる。
しかしながら、この構造の分岐性高分子を製造する場合には、合成反応を一段階(一層)ずつ精密に行う必要があり、合成に時間がかかるため、大量生産には不向きである。
【0013】
上述した問題の解決のために、本発明においては、コア−シェル型構造を有し、濃度に依存せず安定に高分子ミセル様の形態を保持することができる多分岐性高分子及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の多分岐性高分子は、図1に示すように、分子鎖絡み合いのない分岐性高分子をコア及びシェルに共に有する、コア−シェル型多分岐性高分子において、コアが多分岐性のポリアミンから成り、シェルが多分岐性のポリエーテルから成るものである。
【0015】
このように、コアが多分岐性のポリアミンから成り、シェルが多分岐性ポリエーテルから成るコア−シェル型多分岐性高分子は、シェルの多分岐性のポリエーテルが多分岐性高分子であるため、濃度に依存せずに、ミセル様の構造を安定に形成することができる。
そして、高い濃度としても、流動性を保有させることが可能になる。
【0016】
また、コアが多分岐性のポリアミンから成るので、上述の分子表面の官能基化のみならず、分子内部にも化学反応による官能基の導入が可能である。
そして、塩基性の条件下では、コアのポリアミンに、疎水性化合物を包摂させることができる。このとき、ポリアミンの構造自体は変化しない。
一方、酸性の条件下では、コアのポリアミンに包摂させた疎水性化合物を放出させることができる。
即ち、水溶液のpHに応答して、疎水性化合物の包摂及び放出を行うことが可能になる。
【0017】
コアを構成する分岐性のポリアミンとしては、ポリエチレンイミン(PEI)や、ポリプロピレンイミンデンドリマーが挙げられる。
シェルを構成する多分岐性のポリエーテルとしては、例えば、ポリグリセロール(PGL)が挙げられる。
本発明の多分岐性高分子の好適な例としては、コアがポリエチレンイミンから成り、シェルがポリグリセロールから成るコア−シェル型多分岐性高分子(以下、PGL−PEIと称する)がある。
【0018】
なお、シェルの多分岐性のポリエーテルをポリグリセロールとした場合には、分子の表面に水酸基を有することから、多くの化学反応による分子の外表面の官能基化が可能であり、物理的化学的性質を自由にコントロールすることが可能である。
【0019】
本発明の多分岐性高分子は、コアが多分岐性のポリアミンのみであり、シェルが多分岐性のポリエーテルのみであることが望ましい。
しかしながら、本発明の多分岐性高分子は、特性に悪影響を与えない程度で、少量又は微量の他の化合物を、コア又はシェルに有するものも含む。
【0020】
本発明の多分岐性高分子の製造方法は、多分岐性のポリアミンに、水酸基と三員環の環状エーテルとを有する化合物を反応させることにより、上述した本発明の多分岐性高分子、即ち、コアが多分岐性のポリアミンから成り、シェルが多分岐性のポリエーテルから成る、コア−シェル型構造の多分岐性高分子を製造するものである。
【0021】
上述の本発明の多分岐性高分子の製造方法において、出発原料及びコアとなる分岐性のポリアミンとしては、ポリエチレンイミン(PEI)や、ポリプロピレンイミンデンドリマーが挙げられる。
また、シェルとなる多分岐性のポリエーテルとしては、例えば、ポリグリセロール(PGL)が挙げられる。
さらに、水酸基と三員環の環状エーテルとを有する化合物としては、グリシドール等が挙げられる。
なお、環状エーテルには、四員環以上のものも存在するが、四員環以上では、分岐性ポリアミンのアミンと付加反応を起こさない、もしくは起こしにくいので、好ましくない。
【0022】
多分岐性のポリアミンに、水酸基と三員環の環状エーテルとを有する化合物を反応させる際には、好ましくは、多分岐性のポリアミンを加熱する。これにより、反応の進行を促進することができる。
例えば、多分岐性のポリエチレンイミンにグリシドールを反応させる場合には、ポリエチレンイミンを60℃程度に加熱すればよい。
【発明の効果】
【0023】
上述の本発明の多分岐性高分子によれば、濃度に依存せずに、ミセル様の構造を安定に形成することができる。
そして、高い濃度としても、流動性を保有させることが可能になる。これにより、高濃度でも、粘性の低い水溶液の状態で使用することが可能になり、多分岐性高分子の濃度を高めることが可能になる。
【0024】
また、コアの多分岐性のポリアミンが、pHに応答して、疎水性化合物の包摂及び放出を行うことが可能になるので、分子内部へ、化学反応による官能基の導入も可能である。
【0025】
さらにまた、シェルの多分岐性のポリエーテルをポリグリセロールとした場合には、分子の表面に水酸基を有することから、多くの化学反応による分子の外表面の官能基化が可能であり、物理的化学的性質を自由にコントロールすることが可能である。
従って、例えば、高分子の架橋剤として用いた場合には、新規材料の創製の前駆体としても利用することができる。
【0026】
本発明の多分岐性高分子の製造方法によれば、多分岐性のポリアミンに、水酸基と三員環の環状エーテルとを有する化合物を反応させて、コア−シェル型構造の多分岐性高分子を製造することにより、容易に、かつ、速く、コア−シェル型構造の多分岐性高分子を製造することが可能になる。
これにより、大量生産を容易に行うことができる。
【実施例】
【0027】
本発明の多分岐性高分子である、PGL−PEIを、実際に合成して、その特性を調べた。
【0028】
(1.原料)
ポリエチレンイミン(PEI)及びグリシドールを原料として用いて、メタノール及びアセトニトリルを溶媒等に用いて、PGL−PEIを合成した。
試薬は、すべて和光純薬工業(株)製を用いた。
ポリエチレンイミン(PEI)、メタノール、アセトニトリルは、精製を行わず、そのまま用いた。
グリシドールは、水素化カルシウム存在下で蒸留した直後に、反応に用いた。
【0029】
(2.PGL−PEIの合成)
PGL−PEIを合成する際の反応を、以下の化学反応式に示す。
【0030】
【化1】

【0031】
この化学反応式に示すように、PEIを60℃でグリシドールを反応させることにより、PGL−PEIを合成することができる。
【0032】
なお、合成して得られるPGL−PEIのシェル部分のポリグリシドール(PGL)の分岐の数は、一定数ではなく、1つのPGL−PEIの高分子全体で確率的に分布する。
この点は、分岐の数が一定である、同一の分岐性高分子のみで一段階ずつ反応させて合成した分岐性高分子とは異なっている。
【0033】
以下のようにして、PGL−PEIを合成した。
まず、ガラス製の撹拌羽を付けたメカニカルスターラーを備えた、300mLのセパラブルフラスコを用意して、このセパラブルフラスコにPEI(2.0g,1.1mmol)を加えた。
次に、PEIを60℃に加熱して、このPEIに、滴下漏斗を用いて、グリシドール(34.16g,470mmol)を2時間かけて滴下した。
その後、24時間撹拌して、PEIとグリシドールとを反応させた。
そして、H−NMR測定により、反応液中のグリシドールのシグナルが消失したことを確認した後に、反応を終了させた。
続いて、反応混合物をメタノール100mLに溶解した。
次に、得られた溶液を、600mLのアセトニトリルに滴下して加え、反応物(粘稠物)を得た。
次に、この粘稠物を、減圧下で溶媒を留去することにより、粘稠な無色透明の生成物(34.1g、収率94.3%)を得た。
【0034】
(3.測定)
得られた試料について、核磁気共鳴吸収スペクトルの測定と、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)の測定とを行った。
【0035】
(1)H,13C核磁気共鳴吸収スペクトル(H−NMR,13C−NMR)の測定
合成したPGL−PEIの試料0.03gを、0.8mLの重水素化溶媒(DMSO-d6,MeOH-d4)に溶解させて、測定用試料として、核磁気共鳴吸収スペクトル(NMR)の測定を行った。
また、13C−NMRの測定は、比較対照としてのPEIについても、同様の測定を行った。
核磁気共鳴吸収スペクトルの測定には、超伝導多核種核磁気共鳴装置JNM-GX400(日本電子(株)製)を用いた。
【0036】
(2)ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)の測定
合成したPGL−PEIを20mg秤量し、DMF(ジメチルホルミアミド)を5ml加えて溶解した後、メンブランフィルターでろ過し、測定試料溶液を得た。
また、比較対照としてのPEIについても、同様にして、測定試料溶液を得た。
測定条件は、溶離液にDMFを用いて、カラムにはShodex GPC KD 803(分離範囲400〜70000)Da、Shodex GPC KD 805(分離範囲5000〜5000000)Daを用い、カラム温度を40℃として、検出器を示差屈折率計とした。
【0037】
(4.PGL−PEIの構造同定)
測定により得られた、PEI及びPGL−PEIの13C−NMRスペクトルを、それぞれ図3に示す。図3中、上側がPEIのスペクトルであり、下側がPGL−PEIのスペクトルである。
【0038】
PGL−PEIのスペクトルには、53.0ppm〜54.0ppmに第三級アミンに隣接する炭素に由来するブロードなシグナル(A)が観測された。
一方、原料であるPEIが有する第一級アミン及び第二級アミンに隣接する炭素に由来するシグナル、即ち、47.5ppmのシグナル(A)及び49.5ppmのシグナル(A)は、観測されなかった。
このことは、PEIが有する第一級アミン及び第二級アミンが、グリシドールとの付加反応により、第三級アミンとなったことを示している。
【0039】
一方、オキシラン類の開環重合体は、1,3付加構造を繰り返す直鎖状の重合体であるが、グリシドールの開環重合体(ポリグリセロール;PGL)が水酸基を有しているために、連鎖移動反応等の副反応が起こる。
そのため、グリシドールの開環重合体(ポリグリセロール;PGL)は、その構造を図4に示すように、直鎖状の1,3付加構造(L1,3)及び1,4付加構造(L1,4)、1,3付加と1,4付加の両方が起こった分岐した構造(B)、並びに、末端水酸基(T)をそれぞれ有する。
【0040】
図3に示したPGL−PEIの13C−NMRのスペクトルは、ポリグリシドールのスペクトルとよく一致し、64.0ppm及び71.5ppmにPGLの末端水酸基(T)に隣接する炭素(TCH2OH及びTCHOH,CH2)に由来するシグナルが観測された。
この他に、71.5ppm及び79.0ppmにそれぞれ、分岐したPGLのメチレン炭素(BCH2)及びメチン炭素(BCH)に由来するシグナルが観測された。また、62.0ppm,70.5ppm,73.5ppm及び69.5ppm,80.5ppmに、直鎖状のPGLのメチレン炭素(L1,3 CH2OH、L1,3 CH2、L1,4 CH2)及びメチン炭素(L1,4 CHOH、L1,3 CH)に由来するシグナルが観測された。
このことより、PGL−PEIは、グリシドールの1,3付加構造及び1,4付加構造からなる、複雑な分子骨格を有する多量体であることが分かる。
【0041】
また、PGL−PEIのH−NMRスペクトルを、図5に示す。
図5に示すように、2.4ppm〜2.8ppmにPEIのメチレンのプロトンに由来するブロードなシグナルが観測され、3.4ppm〜4.0ppmにPGLの末端水酸基に隣接するメチレンのプロトン、PGLのエーテル基に隣接するメチレンプロトン、メチン及び末端水酸基のプロトンに由来するブロードなシグナルがそれぞれ観測された。即ち、PGLは、不規則な分子構造を有することが明らかとなった。
このことは、13C−NMRスペクトルにおいて、PGL−PEIの構造中にPGLの分岐構造を有することと一致する。
【0042】
PEIとPGLのそれぞれの1モノマーユニットが有するプロトンに由来するシグナルの積分値の比は、4:5である。
そして、図5に示した積分値から、PEIとPGLとの比を算出すると、約4:39であった。
これらのことより、PGL−PEIは、平均でPEIに対して約8倍のPGLを有することが明らかとなった。
【0043】
次に、GPC測定により得られた、PEI及びPGL−PEIのGPC曲線を、図6に示す。図6中、破線がPEIのGPC曲線であり、実線がPGL−PEIのGPC曲線である。
得られたGPC曲線より算出したPEI及びPGL−PEIの数平均分子量(M)は、ポリスチレン換算でそれぞれ600及び14700であり、分子量分布(M/M)は、それぞれ1.21及び1.24であった。
従って、PGL−PEIは、PEIに比べて高分子量であることが確認された。
また、PGL−PEIの溶出曲線は、単峰性を示しており、原料であるPEIの溶出曲線とは、完全に独立していることから、PGL−PEI中に原料であるPEIが存在しないことが確認された。
【0044】
上述のように、PGL−PEIの溶出曲線が単峰性を示したこと、及びPGL−PEIの13C−NMRスペクトルにおいて第一級アミン、第二級アミンに隣接する炭素に由来するシグナルが確認されなかったことから、目的とするPGL−PEIのみが得られ、グリシドールの単独重合体(PGL)を含まないことが確認された。
【0045】
(5.反応機構)
次に、PEIを用いたPGLの重合機構の詳細を、下記の化学反応式に示す。
【0046】
【化2】

【0047】
【化3】

【0048】
開始反応では、まず、PEI中の第三級アミンが、ルイス塩基としてグリシドールを活性化し、zwitterion(ツイッターイオン)を生成する。
次に、このツイッターイオンへ、求核性の高いPEIの第一級アミン及び第二級アミンが求核攻撃し、開環付加物を生成し、第三級アミンを再生する。
この開始反応により、PEIのアミノ基はすべて第三級アミンとなる。
そして、PEIの有するアミノ基がすべて第三級アミンとなった後に、滴下によってさらに加えられた余剰のグリシドールは、第三級アミンによって活性化され、第2のツイッターイオンを生成する。
【0049】
次に、生長反応が起こる。
開始反応の最後に発生した、第2のツイッターイオンの周辺には、グリシドールの開環付加反応によって生成した水酸基が存在する。このため、この水酸基がツイッターイオンのアンモニウム基の隣の炭素へ求核攻撃することにより、ポリグリシドールユニットが生長する。
この生長反応を繰り返すことで、グリシドールが開環重合体を与える。
【0050】
このとき、グリシドールを活性化する第三級アミンは、PGL−PEIの分子のコア部に存在し、PGL−PEIの分子のシェル部をポリグリシドールユニットが覆うことになるので、ポリグリシドールの生長反応は、分子内反応で起こる。
このため、ポリグリシドールの単独重合体は生成せず、コア−シェル型多分岐性高分子PGL−PEIが生成する。
【0051】
(6.PGL−PEIのゲスト分子の包摂とpH変化に伴う放出挙動)
PGL−PEIは、多分岐性ポリアミンであるPEIをコアとし、多分岐性ポリエーテルであるPGLをシェルとする、コア−シェル型多分岐性高分子である。
ポリアミンであるPEIは、塩基性の水溶液中では疎水性であり、酸性の水溶液中では親水性である。
一方、PGLは、pHに依存せず水に溶ける親水性高分子である。
【0052】
PGL−PEIは、塩基性の水溶液中において、コアのPEI部が疎水性を示すミセル様の構造を形成するので、疎水性化合物を可溶化する。
そして、水溶液のpHが低くなると、PEIが親水性となるため、可溶化した疎水性化合物を放出すると考えられる。
【0053】
このことを、紫外可視分光法によって評価するために、塩基性の水溶液中でPGL−PEIに疎水性化合物であるベンジルシンナメート(BC)を可溶化させた。
この水溶液のpHを低くしたときのBCの吸光度の変化から、PGL−PEIの疎水性分子の放出挙動について調べた。
【0054】
まず、水とPGL−PEI水溶液の、それぞれのベンジルシンナメート(BC)飽和溶液の紫外可視吸収(UV−vis)スペクトルを、測定した。
測定により得られたそれぞれのスペクトルを、図7に示す。図7中、実線がPGL−PEI水溶液を用いた場合のスペクトルを示し、点線が水を用いた場合のスペクトルを示している。
【0055】
図7に示すように、水とPGL−PEI水溶液のいずれを用いた場合においても、E−吸収帯及びB−吸収帯が、それぞれ200nm及び280nmに観測された。
そして、PGL−PEI水溶液の方が、水のみを用いた場合より、BCの吸光度が上昇している。このことは、水溶液中で、PGL−PEIが疎水性のBCを可溶化することを示している。
【0056】
また、PGL−PEI水溶液を塩基性側から酸性側に、pHを低くなるように変化させて、このpHの変化に伴う、BCの吸光度(λmax=280nm)の変化を測定した。
得られた測定結果として、pHと吸光度との関係を、図8に示す。
【0057】
図8より、塩基性から酸性に変化するに従い、PGL−PEI水溶液中のBCの吸光度が減少することがわかる。
塩基性条件下においては、PGL−PEIのコア部のPEIが疎水性であるため、PGL−PEIがミセル様の形態をとる。
このとき、BCが共存すれば、PGL−PEIが、そのコア部にBCを取り込むので、BCの吸光度が大きくなる。
一方、酸性条件下においては、PEIがプロトン化され親水性を示すので、PGL−PEIは、BCを放出すると考えられる。これにより、BCの吸光度が減少する。
従って、図8に示した測定結果から、塩基性から酸性へのpH変化に伴って、PGL−PEIが疎水性低分子化合物の放出挙動を示すことが明らかとなった。
【0058】
以上のことから、コア−シェルともに多分岐性高分子からなるコア−シェル型多分岐性高分子であるPGL−PEIが合成されていることを確認することができた。
また、PGL−PEIを合成するためのPEIとグリシドールとの反応では、グリシドールの単独重合体を副生せず、目的のPGL−PEIのみを生成することがわかった。
このことは、PEIがグリシドールを活性化することで分子内生長反応を誘起するためであると考えられる。
【0059】
また、得られたPGL−PEIは、水溶液中で疎水性化合物(ゲスト分子)を包摂することが確認された。
そして、水溶液のpHを塩基性から酸性へと変化させることにより、PGL−PEIがゲスト分子を放出することも確認された。
【0060】
上述の実施例は、出発原料及びコアの多分岐性のポリアミンを多分岐性(分岐を有する)ポリエチレンイミン(PEI)として、シェルの多分岐性のポリエーテルをポリグリセロール(PGL)として、反応に使用する水酸基及び三員環の環状エーテルを有する化合物をグリシドールとした場合であった。
本発明では、同様の特性を有するコア−シェル型構造を容易に製造することが可能であれば、これらの物質に限らず、他の物質を使用することが可能である。
【0061】
出発原料及びコアの多分岐性のポリアミンは、多分岐性、即ち、分岐した鎖がさらに分岐して、高度に分岐した構造を有するポリアミンであれば良い。
このようなポリアミンとしては、実施例の多分岐性(分岐を有する)ポリエチレンイミン(PEI)やポリプロピレンイミンデンドリマー等が挙げられる。ポリプロピレンイミンデンドリマーの構造は、下記の化4に示す通りである。
なお、コア−シェル型構造のコアとなるためには、多分岐性の高分子(ポリアミン)であることが必要であり、分岐を有していても低分子量体(例えば、N,N−ジメチルエチレンジアミン)であると、コア−シェル型構造を作製するための重合反応が進行しない、もしくは進行しにくいので、好ましくない。
【0062】
【化4】

【0063】
反応に使用する水酸基及び三員環の環状エーテルを有する化合物を変えることによって、シェルの多分岐性のポリエーテルを変えることが可能である。
上述の実施例のように、グリシドールを使用すると、シェルがポリグリセロール(PGL)となる。
水酸基及び三員環の環状エーテルを有する化合物の他の例としては、例えば、Propyloxiranemethanolや、3-[Bis(glycidyloxymethyl)-methoxy]-1,2-propanediolや、4-bromophenyl glycidolが、挙げられる。これらの構造を、下記の化5〜化7に示す。
なお、前述したように、環状エーテルは、四員環以上のものも存在するが、四員環以上では、分岐性のポリアミンのアミンと付加反応を起こさない、もしくは起こしにくいので、好ましくない。
【0064】
【化5】

【化6】

【化7】

【0065】
本発明は、上述の実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲でその他様々な構成が取り得る。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の多分岐性高分子は、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の薬物キャリヤー及び遺伝子治療のベクターとしての応用や、塗料、接着剤等の工業材料及び無機材料のナノスケール、メソスケールの構造体形成のテンプレートとしての利用が考えられる。
即ち、本発明の多分岐性高分子は、産業上の利用可能性を有している。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】シェルが分岐性高分子であるコア−シェル構造の多分岐性高分子の構造を示す図である。
【図2】シェルが鎖状高分子であるコア−シェル構造の多分岐性高分子の構造を示す図である。
【図3】PEI及びPGL−PEIの13C−NMRスペクトルの測定結果である。
【図4】グリシドールの開環重合体(ポリグリセロール)の構造を示す図である。
【図5】PGL−PEIのH−NMRスペクトルの測定結果である。
【図6】GPC測定による、PEI及びPGL−PEIのGPC曲線である。
【図7】水とPGL−PEI水溶液の、各BC飽和溶液の紫外可視吸収スペクトルの測定結果である。
【図8】PGL−PEI水溶液のpHの変化に伴う、BCの吸光度の変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コアとシェルとがそれぞれ異なる高分子から成るコア−シェル型構造を有し、
前記コアが、多分岐性のポリアミンから成り、
前記シェルが、多分岐性のポリエーテルから成る
ことを特徴とする多分岐性高分子。
【請求項2】
前記多分岐性のポリアミンが、分岐を有するポリエチレンイミンであることを特徴とする請求項1に記載の多分岐性高分子。
【請求項3】
前記多分岐性のポリエーテルが、ポリグリセロールであることを特徴とする請求項1に記載の多分岐性高分子。
【請求項4】
多分岐性のポリアミンに、水酸基と三員環の環状エーテルとを有する化合物を反応させることにより、
コアが前記多分岐性のポリアミンから成り、シェルが多分岐性のポリエーテルから成る、コア−シェル型構造の多分岐性高分子を製造する
ことを特徴とする多分岐性高分子の製造方法。
【請求項5】
前記多分岐性のポリアミンが、分岐を有するポリエチレンイミンであることを特徴とする請求項4に記載の多分岐性高分子の製造方法。
【請求項6】
前記多分岐性のポリエーテルが、ポリグリセロールであることを特徴とする請求項4に記載の多分岐性高分子の製造方法。
【請求項7】
前記化合物として、グリシドールを使用することを特徴とする請求項4に記載の多分岐性高分子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−185179(P2009−185179A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−26804(P2008−26804)
【出願日】平成20年2月6日(2008.2.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年9月4日 社団法人 高分子学会発行の「高分子学会予稿集56巻2号[2007]」に発表
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【Fターム(参考)】