説明

多孔膜の凍結防止方法

【課題】 多孔膜の凍結による破損および劣化を防止する。また、膜モジュール使用前の洗浄および廃液処理にかかる負担を軽減する。
【解決手段】 膜モジュールに用いる多孔膜を、ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニン、を含む水溶液に浸漬させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔膜の凍結防止方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膜分離技術は、その優れた経済性、信頼性などが認められ、各種用水や飲料水などの様々な分野において広く採用されている。
【0003】
膜分離技術に用いられる分離膜としては、精密濾過や限外濾過等の多孔膜が挙げられる。多孔膜の多くは、製膜後に乾燥させると、乾燥前に比べて著しく透水性能が低下する。したがって、多孔膜は、製膜後、濾過用ケース(以下、膜モジュールという)に入れ、膜モジュール内に液体を封入して(以下、封入液)、多孔膜を封入液に浸漬させた湿潤状態で保存する。
【0004】
膜モジュール内に微生物が繁殖すると多孔膜の性能が劣化することが知られているため、上記封入液には、ホルムアルデヒド等の有機物系防腐剤や次亜鉛素酸ソーダ等の薬剤を添加、溶融することが一般的に行われている。
【0005】
多孔膜を入れた膜モジュールを、気温が0℃を下回るような寒冷地で保管する際や、航空機で高空を運搬する際には、多孔膜が凍結して、多孔膜の破損や性能劣化(透水性能や分離性能の低下など)が起きることが知られている。多孔膜の凍結を防止するために、従来は、NaCl等の無機塩類やグリセリン等の有機物系の凝固点降下剤の添加が行われている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−206471
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、無機塩類や有機物系の凝固点降下剤を添加した場合には、多孔膜の使用前に長時間の洗浄処理を施して、多孔膜に付着した薬剤を充分に除去する必要がある。また、その際に排出される大量の廃液を処理する施設が必要になる。特に、飲用に供する多孔膜の場合には、封入液の薬剤を完全に洗い流す必要があり、洗浄のために大量の洗浄水を必要とし、その際に大量の洗浄廃液が発生することから、廃液処理装置が大型化するという問題がある。
【0008】
さらに、無機塩類の凝固点降下剤は金属腐食性を有するため、他の設備に損傷を与え易く、薬剤の取扱いには充分な注意が必要となる。
【0009】
本発明は上記の問題点を解決し、多孔膜の凍結による破損を防止して、多孔膜を良好な状態で保管する方法を提供するものであり、膜モジュール内封入液および洗浄液の廃液処理の負担を軽減するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、多孔膜を、過冷却促進物質であるタンニンを含む水溶液に浸漬させることによって、多孔膜が寒冷環境下において凍結するのを防止し、多孔膜を良好な状態で保管できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、保管中における多孔膜の凍結を効果的に防止するものであり、凍結による多孔膜の破損や劣化を防止することができる。また、本発明で多孔膜の過冷却促進物質として用いるライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニンは、植物由来の安全な物質であり、多孔膜の洗浄および廃水処理が容易であることから実用上きわめて有用なものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明において、多孔膜とは、有機高分子からなる精密濾過膜(MF)、限外濾過膜(UF)、逆浸透膜(RO)、透析膜等の濾過膜のことを示す。
【0013】
本発明において、過冷却促進物質とは、溶媒(通常は水)に対して10g/L以下を添加して、充分な過冷却促進効果を奏する物質である。本発明における過冷却促進物質は、無機塩類等の凝固点降下剤に比べて、極めて少量の添加で、充分な凍結防止効果を奏するものである。
【0014】
本発明の過冷却促進物質は、膜モジュール内封入液に少量添加することで、多孔膜の孔内の液体の凍結を防止し、多孔膜の破損、性能劣化を防止できるものである。また、本発明の過冷却促進物質としては、多孔膜を使用する前の洗浄処理が容易であり、封入液・洗浄液などの廃液の処理が簡易なものが好ましい。このような過冷却促進物質として、ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニンが挙げられる。
【0015】
本発明で使用するライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニンは、極めて少量の添加で、充分な過冷却促進作用を奏するものである。また、上記の過冷却促進物質は植物由来の安全な成分であるため、多孔膜の洗浄処理が容易であり、膜モジュール内封入液・洗浄液等の廃水処理が容易であり、大規模な廃水処理設備が不要になるという利点がある。
【0016】
タンニンとは、植物の種子、果殻、葉、根、材、樹皮など(例えばカシワ、ナラなどブナ科の樹皮、ハゼ、ウルシなどウルシ科の葉、茶葉、柿、没食子、五倍子など)から温湯で抽出され、動物の生皮を革とすることのできる物質の総称であり、ポリフェノール性の天然化合物である。タンニンは、食品添加物として、ワインおよびビールなどの清澄剤、動物脂肪の精製剤として使用され、その食品としての安全性が認められている安全な物質である。
【0017】
タンニンは、縮合型タンニンと加水分解型タンニンの2群に分けられる。縮合型タンニンは、フラバノール骨格を持つ化合物の重合体で、加水分解されないタンニンである。本発明で使用するライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物は、縮合型タンニンに属する。
【0018】
加水分解型タンニンは、芳香族カルボン酸のエステルで、酸、アルカリ、または酵素によって加水分解されるタンニンである。本発明で使用する五倍子タンニンは、加水分解型タンニンに属する。
【0019】
本発明で使用するライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物とは、ライチ果皮由来のプロアントシアニジンを低分子化して得られるタンニンであり、原料であるライチ果皮と比べて低分子化プロアントシアニジンの含有量が格段に多いことを特徴とする。
ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物は、米国FDA(Food and Drug Administration)においてNDI(New Dietary Ingredient 新規食品成分)として登録されており、その食品としての安全性が認められている安全な物質である。
【0020】
本発明で使用する五倍子由来のタンニンとは、ヌルデの木など、ウルシ科の若芽や葉柄に生成した虫こぶから抽出する植物性のタンニンである。
五倍子とはヌルデの木など、うるし科の若芽や葉柄にあぶらむし類が産卵し、その影響によって生成した虫こぶをいう。この虫こぶを乾燥させたものから抽出したものが五倍子タンニンである。
【0021】
本発明で使用する過冷却促進物質の水溶液濃度は、0.01g/L〜10g/Lであることが好ましい。特に、0.1g/L〜5.0g/Lであることが好ましい。これらの過冷却促進物質の使用濃度は、多孔膜を保管する環境に応じて適宜決定されることが好ましい。
【0022】
本発明で使用するライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニンは、植物由来の安全な物質であるため、使用の際に薬害等の問題が生じにくく、多孔膜の膜モジュール内封入液に添加した場合にも、多孔膜に付着したタンニン成分の洗浄、除去処理が容易である。また、洗浄の際に排出される廃水の処理も容易で、大型の廃水施設を要しないという利点がある。さらに、無機塩類や有機物系の凝固点降下剤に比べて、非常に少ない添加量で充分な凍結防止効果を奏することから、廃液処理にかかる負担は大きく軽減される。
【0023】
多孔膜を運搬する際には、貨物車、貨物列車、船舶、航空機等の手段によって輸送するが、このとき多孔膜は振動条件下に置かれることになる。このような振動条件下では、多孔膜が通常の場合に比べて凍結しやすくなる。
【0024】
液体は、融点以下の温度で熱的に不安定であるが、活性化エネルギーが加えられ、均一な構造をとる核の形成が始まると、結晶に相転移して凍結する。振動は、核形成のきっかけとなる要因の一つであるため、振動が加えられると液体は凍結しやすくなる。
【0025】
本発明で使用するライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物は、膜に振動が加わる条件においても、充分な過冷却促進効果を奏するものである。
【0026】
本発明で使用する膜モジュールの封入液は、膜の殺菌が必要となる場合に、従来公知の滅菌剤を含んでもよい。従来公知の滅菌剤としては、次亜塩素酸ナトリウムやホルムアルデヒド等が挙げられる。これらの滅菌剤は通常水溶液としても用いられる。なお、複数の薬剤を用いて混合液としたものを併用しても良い。
【0027】
本発明で使用する膜モジュールの封入液は、ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニン等の過冷却促進物質を含むため、寒冷環境下においても凍結しにくく、封入液の凍結によって発生する膜モジュール自体の破損を防止することができる。
【実施例】
【0028】
次に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
まず、本実施例に示す膜の諸特性を示す値を測定する方法について説明する。
【0029】
1)純水透水率:
約10cm長の中空糸膜をエタノールに浸漬後、純水に数回浸漬させた湿潤状態の中空糸膜の一端を封止し、他端の中空部内に注射針を入れた。該注射針から、圧力0.1MPaで25℃の純水を中空部内に注入し、中空糸膜の内側から外側へ透過する純水の透水量を測定して、以下の式から純水透水率を求めた。なお、膜有効長とは、中空糸膜の長さから、注射針が挿入されている部分を除いた、正味の膜長を指す。
純水透水率[L/(m・hr)]=透過水量[L]/(π×膜内径[m]×膜有効長[m]×測定時間[hr])
【0030】
2)引っ張り破断強度、引っ張り破断伸度:
引っ張り試験機(島津製作所製:オートグラフAG−A型)を用い、中空糸膜をチャック間距離50mm、引っ張り速度200mm/分にて引っ張り、破断時の荷重と変位から、以下の式により引っ張り破断強度及び引っ張り破断伸度を求めた。測定は温度25℃、相対湿度40〜70%の室内で行った。
引っ張り破断強度[Pa]=破断時荷重[N]/膜断面積[m
(なお、膜断面積は、
膜断面積[m]=π×{(外径[m]/2)−(内径[m]/2)
より求める。)
引っ張り破断伸度[%]=100×破断時変位[mm]/50[mm]
【0031】
3)バブルポイント[kgf/cm2]
JIS K 3832により測定した。試験液はエタノールを用いた。
【0032】
[実施例1]
国際公開第WO2007/043553、実施例2に準じ、合成時樹脂温度250℃、空中飛行距離45cm、巻き取り速度30m/minの条件でポリフッ化ビニリデンを材質とする空孔率70%、平均孔径0.2μm、内径0.7mm、外径1.2mmの中空糸膜を準備した。この中空糸膜を120mm長に切断し、100%エタノールに浸漬させ細孔内を濡れた状態にした後、水で置換した。ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物であるオリゴノール(商標、(株)アミノアップ製)の0.1重量%水溶液(オリゴノール水溶液)を準備した。試験管内に、オリゴノール水溶液20gを封入し、中空糸膜4本を試験管内に浸漬して、該試験管を−5℃の低温恒温槽内で1週間放置した。その結果、試験管内の膜モジュール内封入液および中空糸膜は未凍結のままであった。
【0033】
オリゴノール水溶液に浸漬させる前後での中空糸膜の特性を比較するために、使用前の中空糸膜と、オリゴノール水溶液に浸漬させた中空糸膜を純水で数回洗浄したもの(使用後の中空糸膜)について、純水透水率、引っ張り破断強度、引っ張り破断伸度、バブルポイントを測定した。ただし、使用後の中空糸膜の純水透水率は、エタノールに浸漬せずに測定した。使用前の中空糸膜に関する測定値(純水透水率:7813[L・(m2/hr)]、引っ張り破断強度:7.57[MPa]、引っ張り破断伸度:142[%]、バブルポイント:0.15[MPa])に対する、使用後の中空糸膜に関する測定値の比を保持率とすると、各保持率は純水透水率:0.98、引っ張り破断強度:0.99、引っ張り破断伸度:0.89、バブルポイント:0.96であった。
【0034】
また、別の試験管に、オリゴノール水溶液20gを封入し、中空糸状の多孔膜4本を試験管内に浸漬して、−5℃の低温恒温振盪水槽内で振動させながら2日間放置した。その結果、試験管内の膜モジュール内封入液および中空糸膜は未凍結のままであった。
【0035】
[実施例2]
オリゴノール水溶液を五倍子タンニン(和光純薬工業(株)製)の0.1重量%水溶液(五倍子タンニン水溶液)にした以外は、実施例1と同様にして、試験管内に五倍子タンニン水溶液20gを封入し、中空糸状の多孔膜4本を試験管内に浸漬して、該試験管を−5℃の低温恒温槽内で1週間放置した。その結果、試験管内の膜モジュール内封入液および中空糸膜は未凍結のままであった。
【0036】
五倍子タンニン水溶液に浸漬させる前後での中空糸膜の特性を比較するために、五倍子タンニン水溶液に浸漬させた中空糸膜を純水で数回洗浄したもの(使用後の中空糸膜)について、純水透水率、引っ張り破断強度、引っ張り破断伸度、バブルポイントを測定した。ただし、純水透水率は、エタノールに浸漬せずに測定した。実施例1と同様に、保持率を計算すると、各保持率は純水透水率:0.97、引っ張り破断強度:0.98、引っ張り破断伸度:0.98、バブルポイント:0.91であった。
【0037】
また、別の試験管に、五倍子タンニン水溶液20gを封入し、中空糸状の多孔膜4本を試験管内に浸漬して、−5℃の低温恒温振盪水槽内で振動させながら2日間放置した。その結果、試験管内の膜モジュール内封入液および中空糸膜は凍結した。
【0038】
上記実施例1および2より、ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニンはその過冷却促進作用により、効果的に多孔膜の凍結を防止するものであることが示された。特に、ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物は、振動条件下においても、多孔膜の凍結防止作用を発揮することが示された。また、ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニンを含む水溶液に多孔膜を浸漬させる処理は、多孔膜の諸特性に有意な影響を与えないことを確かめた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の活用例として、ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニン、を含む水溶液を、中空子膜モジュールの封入液として用いることで、多孔膜の凍結による破損および劣化を防止することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニン、を含む水溶液に多孔膜を浸漬させることを特徴とする多孔膜の凍結防止方法。
【請求項2】
ライチ果皮由来のポリフェノールを含有する抽出物または五倍子由来のタンニン、を含む水溶液の濃度が0.01g/L〜10g/Lであることを特徴とする請求項1に記載の多孔膜の凍結防止方法。

【公開番号】特開2012−217901(P2012−217901A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−84824(P2011−84824)
【出願日】平成23年4月6日(2011.4.6)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】