説明

多層絶縁電線及びそれを用いた変圧器

【課題】電線として十分な伸び特性を持ち、耐熱性の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される部品先端などによる引っ掻き傷に強い加工性も兼ね備えた多層絶縁電線を提供する。
【解決手段】最外層(A)が、液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂75〜95質量部および液晶ポリエステルを5〜25質量部を含有する熱可塑性ポリエステル系樹脂組成物を含む押出被覆層からなり、最内層(B)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)についても、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなる多層絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁層が3層以上の押出被覆層からなる多層絶縁電線とそれを用いた変圧器に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器の構造は、IEC規格(International Electrotechnical Communication Standard)Pub.60950などによって規定されている。即ち、これらの規格では、巻線において一次巻線と二次巻線の間には少なくとも3層の絶縁層(導体を被覆するエナメル皮膜は絶縁層と認定しない)が形成されていること又は絶縁層の厚みは0.4mm以上であること、一次巻線と二次巻線の沿面距離は、印加電圧によっても異なるが、5mm以上であること、また一次側と二次側に3000Vを印加した時に1分以上耐えること、などが規定されている。
このような規格のもとで、従来、主流の座を占めている変圧器としては、図2に断面図で例示するような構造が採用されてきた。この変圧器は、フェライトコア1上のボビン2の周面両側端に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3が配置された状態でエナメル被覆された一次巻線4が巻回されたのち、この一次巻線4の上に、絶縁テープ5を少なくとも3層巻回し、更にこの絶縁テープの上に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3を配置したのち、同じくエナメル被覆された二次巻線6が巻回された構造である。
【0003】
しかし、近年、図2に示した断面構造の変圧器(トランス)に代わり、図1で示したように、絶縁バリヤ3や絶縁テープ層5を含まない構造の変圧器が用いられるようになった。この変圧器は図2の構造の変圧器に比べて、全体を小型化することができ、また、絶縁テープの巻回し作業を省略できるなどの利点を備えている。
図1で示した変圧器を製造する場合、用いる1次巻線4及び2次巻線6では、いずれか一方もしくは両方の導体4a(6a)の外周に少なくとも3層の絶縁層4b(6b),4c(6c),4d(6d)が形成されていることが前記したIEC規格との関係で必要になる。
【0004】
このような巻線として導体の外周に絶縁テープを巻回して1層目の絶縁層を形成し、更にその上に、絶縁テープを巻回して2層目の絶縁層、3層目の絶縁層を順次形成して互いに層間剥離する3層構造の絶縁層を形成するものが知られている。また、絶縁テープの代わりにフッ素樹脂を、導体の外周上に順次押出被覆して、全体として3層の絶縁層を形成したものも公知である(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、前記の絶縁テープ巻の場合は、巻回する作業が不可避である為、生産性は著しく低く、その為電線コストは非常に高いものになっている。
また、前記のフッ素樹脂押出の場合では、絶縁層はフッ素系樹脂で形成されているので、耐熱性は良好であるという利点を備えているが、樹脂のコストが高く、さらに高剪断速度で引っ張ると外観状態が悪化するという性質がある。そのために製造スピードを上げることも困難で、絶縁テープ巻と同様に電線コストが高いものになってしまうという問題点がある。
【0006】
こうした問題点を解決するため、導体の外周上に、1層目、2層目の絶縁層として結晶化を制御し分子量低下を抑制した変性ポリエステル樹脂を押出し、3層目の絶縁層としてポリアミド樹脂を押出被覆した多層絶縁電線が実用化されている(例えば、特許文献2及び3参照)。
しかしながら、3層目の絶縁層としてポリアミド樹脂を押出被覆した場合、ポリアミド樹脂では電線表面が軟らかいため引っ掻き傷に弱いことが懸念点として挙げられる。電気・電子機器に使用されるため、部品先端が引っ掻かれ、故障の原因になる恐れもある。そこで電線としては十分な伸び特性を持ち合わせながら電線表面は引っ掻き傷に強い多層絶縁電線が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】実開平3−56112号公報
【特許文献2】米国特許第5,606,152号明細書
【特許文献3】特開平6−223634号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような問題を解決するために、本発明は、耐熱性の要求を満たし、電線として十分な伸び特性を持ち合わせるとともに、コイル用途として要求される部品先端などによる引っ掻きに対して強く、はんだ付け時に表面皮膜の外観異常がなく、良好な加工性も兼ね備えた多層絶縁電線を提供することを目的とする。さらに本発明は、このような耐熱性で良好な伸び特性と引っ掻き傷の生じにくい絶縁電線を巻回してなる、電気特性に優れ、信頼性の高い変圧器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記課題は、以下に示した多層絶縁電線及びこれを用いた変圧器によって達成された。
すなわち本発明は、
(1)導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、
最外層(A)が、液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂75〜95質量部および液晶ポリエステル5〜25質量部を含有する熱可塑性ポリエステル系樹脂組成物を含む押出被覆層からなり、
最内層(B)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなり、
最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなることを特徴とする多層絶縁電線、
(2)前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、熱可塑性ポリエステル系樹脂組成物100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を有する反応性改質樹脂1〜20質量部を配合して成る樹脂混和物であることを特徴とする(1)記載の多層絶縁電線、
(3)導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、
最外層(A)が、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)をハードセグメントに用いたポリエステルエラストマーを含む押出被覆層からなり、
最内層(B)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなり、
最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなることを特徴とする多層絶縁電線、
(4)前記絶縁層の最内層(B)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)であることを特徴とする(1)または(3)記載の多層絶縁電線、
(5)前記絶縁層の最内層(B)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)であることを特徴とする(1)または(3)記載の多層絶縁電線、
(6)前記最外層と最内層の間の絶縁層(C)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)であることを特徴とする(1)記載の多層絶縁電線、
(7)前記最外層と最内層の間の絶縁層(C)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)であることを特徴とする(1)記載の多層絶縁電線、
(8)前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を有する反応性改質樹脂1〜20質量部を配合して成る樹脂混和物であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項記載の多層絶縁電線、
(9)前記最外層と最内層の間の絶縁層(C)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を有する反応性改質樹脂1〜20質量部を配合して成る樹脂混和物であることを特徴とする(1)〜(3)および(8)のいずれか1項記載の多層絶縁電線、および、
(10)前記(1)〜(9)のいずれか1項に記載の多層絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の多層絶縁電線は、耐熱性レベルも十分満足し、伸び特性にも優れるほか、コイル用途として要求される部品先端などによる引っ掻き傷に強いことから、巻線加工時の作業性を向上させるものである。これまで耐熱E種の耐熱性を保持した電線は、ポリアミド樹脂を使用しており引っ掻き傷に弱いことが難点であった。本発明の多層絶縁電線は、絶縁層として、最外層には、耐薬品性に優れるほか、伸び特性に優れ、かつ引っ掻き傷に強い特定のポリエステル樹脂を、最外層及び最内層以外の絶縁層、最内層にはポリエステル樹脂を組み合わせて使用することで上記要求項目を満たすことができる。
前記多層絶縁電線は、端末加工時には直接はんだ付けを行うことができ、巻線加工の作業性を十分高めるものである。また、最外層がポリアミド樹脂の場合、はんだ付けの際に、はんだ槽界面付近の滑らかな電線表面は皮膜変形し外観異常をきたす現象が起こる。ポリアミド樹脂に代えて特定のポリエステル樹脂を使用したので、ポリアミド樹脂よりも皮膜内への吸水が少なく、はんだ槽界面付近の電線表面の外観異常を抑制できる。
さらに、前記多層絶縁電線を用いる本発明の変圧器は、電気特性に優れ、信頼性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、3層絶縁電線を巻線とする構造の変圧器の例を示す断面図である。
【図2】図2は、従来構造の変圧器の1例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
まず、本発明の多層絶縁電線の好ましい一実施形態(以下、第1の実施の形態ともいう。)について、各層を構成する樹脂について説明する。
絶縁電線の最外層(A)には、耐溶剤性に優れるほか、伸び特性にも優れ、皮膜強度が強い樹脂を必要とするので、熱可塑性ポリエステル樹脂を採用する。さらに耐熱性を有する樹脂、好ましくは液晶ポリエステルを含むポリエステル樹脂が用いられる。液晶ポリエステル樹脂を使用した場合、耐熱性が飛躍的に向上する。本発明においては、絶縁層(A)は、液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂と液晶ポリエステルを配合されたポリエステル系樹脂(例えば、「帝人PET」(商品名:帝人社製)又は「ユニチカロッドラン」(商品名:ユニチカ社製))からなる押出被覆層である。
【0013】
最外層(A)に用いる液晶ポリエステルについて、その分子構造、密度、分子量等は特に限定されるものではなく、溶融したときに液晶を形成する融点250℃以上、好ましくは融点280℃以上で、高くても350℃程度の溶融液晶性ポリエステル(サーモトロピック液晶ポリエステル)が好ましく、液晶性を示す上限温度は380℃である。その溶融液晶性ポリエステルとしては、溶融液晶性ポリエステル共重合体が好ましい。上記の液晶性ポリエステルの融点が低すぎると電線として所望の耐熱効果が得られないので好ましくない。
【0014】
このような溶融液晶性ポリエステルとしては、(I)長さの異なる剛直な直線性のポリエステル2種がブロック共重合した剛直鎖成分同士の共重合型のポリエステル、(II)剛直な直線性のポリエステルと剛直な非直線性のポリエステルがブロック共重合した非直線性構造導入型のポリエステル、(III)剛直な直線性のポリエステルと屈曲性のあるポリエステルが共重合した屈曲鎖導入型のポリエステル、(IV)剛直鎖で直線性のポリエステルの芳香族環上へ置換基を導入した核置換芳香族導入型ポリエステルがある。
【0015】
このようなポリエステルの繰り返し単位としては、次のa.芳香族ジカルボン酸に由来するものおよびb.芳香族ジオールに由来するものを有するものであるが、さらに、c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来するものを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
a.芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0017】
【化1】

【0018】
【化2】

【0019】
b.芳香族ジオールに由来する繰り返し単位:
【0020】
【化3】

【0021】
【化4】

【0022】
c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0023】
【化5】

【0024】
被覆層の皮膜成形工程での操業性、耐熱性、絶縁皮膜の力学的特性等のバランスから、本発明で採用する液晶ポリエステルは下記の繰り返し単位を含むものが好ましく、さらに好ましくはこの繰り返し単位を全繰り返し単位の少なくとも30モル%以上含むものである。
【0025】
【化6】

【0026】
好ましい繰り返し単位の組み合わせは下記(I)〜(VI)に記載する繰り返し単位の組み合わせが挙げられる。
【0027】
【化7】

【0028】
【化8】

【0029】
【化9】

【0030】
【化10】

【0031】
【化11】

【0032】
【化12】

【0033】
このような液晶ポリエステルの製造方法については、例えば、特開平2−51523号公報、特公昭63−3888号公報、特公昭63−3891号公報等に記載されている。
これらの中で、(I)、(II)、(V)に示す組み合わせのものが好ましく、さらに好ましくは(V)に示す組み合わせのものが挙げられる。
【0034】
本発明に用いられる液晶ポリエステルは流動化温度が300℃以上であり、また溶融時の粘度も従来使用されているポリエチレンテレフタレートや6,6ナイロンの粘度以下である。そのため、高速での押出し被覆処理が可能となり、低コストで皮膜状の絶縁層の形成ができる。
【0035】
一方、液晶ポリエステル皮膜は、逆に伸びが数%と極めて低い特徴があり、屈曲性に問題がある。そこで、本発明では、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステル樹脂を液晶ポリエステルに配合することで皮膜の伸びを改善し、可とう性を良好にすることが可能になる。
【0036】
本発明においては、絶縁層(A)を形成する液晶ポリエステル含有樹脂は、液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂75〜95質量部(好ましくは80〜90質量部)および液晶ポリエステルを5〜25質量部(好ましくは10〜20質量部)を含有するものが用いられる。液晶ポリエステルの含有量が少なすぎると所望の耐熱効果が得られず、多すぎると伸び特性が低下し、電線として可とう性(屈曲性)が維持できない。
また、液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂と液晶ポリエステルの混合方法は任意の方法を用いることができる。
【0037】
本発明において、上記液晶ポリエステル及び液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂含有の熱可塑性ポリエステル系樹脂組成物には、電線の可とう性向上のため、反応性改質樹脂を含んでも良く、ポリエステル系樹脂を連続層とし、反応性改質樹脂を分散相とする樹脂分散体であってもよい。本発明における反応性改質樹脂の含有量は、ポリエステル系樹脂100質量部に対し、1〜20質量部であることが好ましく、4〜13質量部であることがさらに好ましい。
反応性改質樹脂が20質量部を越えると耐熱性がやや低くなり、少なすぎると可とう性向上の効果が不十分となることがある。これは液晶ポリエステルや液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂に比べてこの反応性改質樹脂の耐熱性が低いためと推定される。
【0038】
この反応性改質樹脂については後で述べる好ましい実施の形態において最内層(A)および絶縁層(C)用いられるものと同様であるので、詳しくは後述する。
【0039】
次に、本発明の第2の好ましい実施の形態は、多層絶縁電線の最外層(A)に耐溶剤性に優れ、伸び特性にも優れ、耐熱性を有する樹脂である、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)をハードセグメントに用いたポリエステルエラストマーを含むものである。
【0040】
本発明の多層絶縁電線の被覆層の最内層(B)は、被覆材料として伸び特性に優れるほか、導体との密着性に優れる樹脂が必要であり、その全部または一部は好ましくは熱可塑性ポリエステル樹脂が用いられる。
本発明に用いられる熱可塑性ポリエステル樹脂としては、芳香族ジカルボン酸またはその一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル反応(重縮合反応)で得られたものが好ましく用いられ、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である。例えば、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、ポリエチレンナフレート樹脂(PEN)などを代表例としてあげることができる。
【0041】
この熱可塑性ポリエステル樹脂の合成時に用いる酸成分としては芳香族ジカルボン酸が好ましく、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、テレフタルジカルボン酸、ジフェニルスルホンジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエーテルカルボン酸、メチルテレフタル酸、メチルイソフタル酸などをあげることができる。これらのうち、特にテレフタル酸が好ましい。
【0042】
前記のように芳香族ジカルボン酸の一部は脂肪族ジカルボン酸で置換されていてもよく、その例としては、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸などをあげることができる。これらの脂肪族ジカルボン酸の置換割合は、芳香族ジカルボン酸に対し30モル%未満であることが好ましく、特に20モル%未満であることが好ましい。
一方、エステル反応に用いる脂肪族アルコ−ル成分としては、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である脂肪族ジオールが好ましく、例えば、エチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ペンタンジオールなどをあげることができる。これらのうち、エチレングリコール,テトラメチルグリコールが好適である。
【0043】
本発明において、上記いずれかの実施形態において、最内層(B)として好ましく用いることができる樹脂としては、市販のものを採用できる。例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)としては、「バイロペット」(商品名:東洋紡社製)、「ベルペット」(商品名:鐘紡社製)、「帝人PET」(商品名:帝人社製)、ポリブチレンテレテレフタレート(PBT)樹脂としては、「ノバデュラン」(商品名:三菱エンジニアリング社製)、「ウルトラデュラー」(商品名:BASFジャパン社製)等がある。ポリエチレンナフタレート(PEN)樹脂としては、「帝人PEN」(商品名:帝人社製)等が挙げられ、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)樹脂は「エクター」(商品名:東レ社製)等が挙げられる。
【0044】
絶縁電線の最外層と最内層の間の絶縁層(C)には、最外層(A)及び最内層(B)と密着性に優れることが好ましく、その全部または一部は熱可塑性ポリエステル樹脂を採用するのが好ましい。
本発明に用いられる熱可塑性ポリエステル樹脂としては、芳香族ジカルボン酸またはその一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル反応で得られたものが好ましく用いられ、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である。例えば、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、ポリエチレンナフレート樹脂(PEN)などを代表例としてあげることができる。
【0045】
この熱可塑性ポリエステル樹脂の合成時に用いる酸成分としては芳香族ジカルボン酸が好ましく、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、テレフタルジカルボン酸、ジフェニルスルホンジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエーテルカルボン酸、メチルテレフタル酸、メチルイソフタル酸などをあげることができる。これらのうち、特にテレフタル酸が好ましい。
【0046】
芳香族ジカルボン酸の一部は脂肪族ジカルボン酸で置換されていてもよく、その例としては、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸などをあげることができる。これらの脂肪族ジカルボン酸の置換量は、芳香族ジカルボン酸の30モル%未満であることが好ましく、特に20モル%未満であることが好ましい。
一方、エステル反応に用いる脂肪族アルコ−ル成分としてはその脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である脂肪族ジオールが好ましく、例えば、エチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ペンタンジオールなどをあげることができる。これらのうち、エチレングリコール、テトラメチルグリコールが好適である。
【0047】
本発明において、絶縁層(C)として好ましく用いることができる樹脂としては、市販のものを採用できる。例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂としては、「バイロペット」(商品名:東洋紡社製)、「ベルペット」(商品名:鐘紡社製)、「帝人PET」(商品名:帝人社製)、ポリブチレンテレテレフタレート(PBT)樹脂としては、「ノバデュラン」(商品名:三菱エンジニアリング社製)、「ウルトラデュラー」(商品名:BASFジャパン社製)等がある。ポリエチレンナフタレート(PEN)樹脂としては、「帝人PEN」(商品名:帝人社製)等が挙げられ、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)樹脂は「エクター」(商品名:東レ社製)等が挙げられる。
【0048】
本発明においては、最内層(B)及び絶縁層(C)に用いられる熱可塑性ポリエステル樹脂はそれ単独でもよいが、第2の実施の態様としてエポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を有する反応性改質樹脂を含有させることも電線の可とう性向上のために好ましい。
上記の官能基は、ポリエステル樹脂と反応性を有する官能基であり、ポリエステル樹脂に配合し混和することにより両者は反応し樹脂混和物となる。この反応性を有する樹脂としては、特にエポキシ基を有することが好ましい。エポキシ基が開環することでポリエステル樹脂と化学結合し反応が進行する。上記の官能基を有する樹脂は、該官能基含有単量体成分を20質量%以下有することが好ましく、15質量%以下有することがより好ましい。このような樹脂としては、エポキシ基含有化合物成分を含む共重合体であることが好ましい。反応性を有する重合体を与えるエポキシ基含有化合物としては、例えば、下記一般式(1)に示される不飽和カルボン酸のグリシジルエステル化合物が挙げられる。
【0049】
【化13】

【0050】
[式中、Rは炭素数2〜18のアルケニル基を、Xはカルボニルオキシ基を表す。]
【0051】
不飽和カルボン酸グリシジルエステルの具体的な例としては、グリシジルアクリレート、グリシジルメタクリレート、イタコン酸グリシジルエステル等が挙げられ、中でもグリシジルメタクリレートが好ましい。
【0052】
上記のポリエステル樹脂と反応性を有する樹脂の代表的な例としては、市販の樹脂では、例えば、「ボンドファースト」(商品名:住友化学工業社製)、「ロタダー」(商品名:アトフィナ社製)が挙げられる。
【0053】
好ましい実施態様においては、最内層(B)または絶縁層(C)を構成する全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成される熱可塑性ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を配合する。上記官能基を有する樹脂の配合量が多すぎると、絶縁層の耐熱性が著しく低下してしまい、少なすぎると可とう性向上の効果が発現しない。
両者のより好ましい配合割合は、前者100質量部に対し、後者は1〜15質量部である。
【0054】
本発明における各絶縁層を構成する樹脂には、求められる特性を損なわない範囲で、他の耐熱性樹脂、通常使用される添加剤、無機充填剤、加工助剤、着色剤なども添加することができる。
本発明の多層絶縁層は、上記した3層に限らず、中間層としてさらなる耐熱性向上のために液晶ポリエステル、ポリフェニレンスルフィドやポリエーテルサルホン等からなる絶縁層を設けることができる。
【0055】
本発明に用いられる導体としては、金属裸線(単線)、または金属裸線にエナメル被覆層や薄肉絶縁層を設けた絶縁電線、あるいは金属裸線の複数本またはエナメル絶縁電線もしくは薄肉絶縁電線の複数本を撚り合わせた多心撚り線を用いることができる。これらの撚り線の撚り線数は、高周波用途により随意選択できる。また、心線(素線)の数が多い場合(例えば、19−素線、37−素線)は、撚り線ではなくてもよい。撚り線ではない場合、例えば複数の素線を略平行に単に束ねるだけでもよいし、または束ねたものを非常に大きなピッチで撚っていてもよい。いずれの場合も断面が略円形となるようにすることが好ましい。
【0056】
本発明の多層絶縁電線は、常法により、導体の外周に所望の厚みの1層目の絶縁層を押出し被覆し、次いで、この1層目の絶縁層の外周に所望の厚みの2層目の絶縁層を押出し被覆するという方法で、順次絶縁層を押出し被覆することで製造される。このようにして形成される押出し絶縁層の全体の厚みは3層では50〜180μmの範囲内にあるようにすることが好ましい。このことは、絶縁層の全体の厚みが薄すぎると得られた耐熱多層絶縁電線の電気特性の低下が大きく、実用に不向きな場合があり、逆に厚すぎると小型化に不向きであり、コイル加工が困難になるなどの場合があることによる。さらに好ましい範囲は60〜150μmである。また、上記の3層の各層の厚みは10〜60μmにすることが好ましい。
【0057】
上記の多層絶縁電線を用いた変圧器の実施態様としては、図1に示すようなフェライトコア1上のボビン2内に、絶縁バリヤや絶縁テープ層を組込まないで、1次巻線4及び2次巻線6が形成されている構造ものが好ましい。また、上記本発明の多層絶縁電線は他のタイプの変圧器にも適用できるものである。
【実施例】
【0058】
次に本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[実施例1〜13及び比較例1〜4]
導体として線径1.0mmの軟銅線を用意した。表1に示した各樹脂を表示の割合(組成の数値は質量部を示す)で各層の押出し被覆用樹脂とし、導体上に順に最内層(B)、最外層と最内層の間の絶縁層(C)、最外層(A)を順次押出し被覆して、表示の厚さ(100μm又は60μm)で多層絶縁電線を製造した。
【0059】
表1中の各樹脂は以下の通りである。
LCP樹脂:「ロッドラン」(商品名:ユニチカ社製)、液晶ポリエステル樹脂
PBT樹脂:「ノバデュラン」(商品名:三菱エンジニアリング社製)、
ポリブチレンテレフタレート樹脂
PET樹脂:「帝人PET」(商品名:帝人社製)、ポリエチレンテレフタレート樹脂
反応性改質樹脂:「ボンドファースト7M」(商品名:住友化学工業社製)、
エポキシ基含有樹脂
PBTエラストマー:「ペルプレン」(商品名:東洋紡社製)、
ポリエステルエラストマー樹脂
ポリアミド樹脂:「FDK−1」(商品名:ユニチカ社製、商品名)、
ポリアミド66樹脂
【0060】
得られた多層絶縁電線につき、下記の仕様で各種の特性を試験した。また、肉眼により外観を観察した。得られた結果を表1に示した。
A.電線表面の引っ掻き傷程度確認:
JIS C 3003−1984 14耐溶剤(1)記載のつめ法を模擬して、爪先で電線表面を1回こすった時、導体が現れるほど、皮膜が剥がれないかを目視で調べる。
剥がれが少しでも認められたものは「皮膜剥がれ」と表示し、剥がれが無いものは「良好」とした。
B.電気的耐熱性:
IEC規格60950の2.9.4.4項の付属書U(電線)と1.5.3項の付属書C(トランス)に準拠した下記の試験方法で評価した。
直径10mmのマンドレルに多層絶縁電線を、荷重118MPa(12kg/mm)をかけながら10ターン巻付け、215℃で1時間加熱、更に140℃で21時間及び190℃で3時間を3サイクル加熱し、更に30℃、湿度95%の雰囲気に48時間保持し、その後3000Vにて1分間電圧を印加し短絡しなければ、E種合格と判定した。(判定はn=5にて評価、1つでもNGになれば不合格となる)。
また、同様にマンドレルに巻き付け、225℃で1時間加熱、更に150℃で21時間及び200℃で3時間を3サイクル加熱し、更に30℃、湿度95%の雰囲気に48時間保持し、その後3000Vにて1分間電圧を印加し短絡しなければ、B種合格と判定した。(判定はn=5にて評価、1つでもNGになれば不合格となる)。
C.耐溶剤性
巻線加工として導体径の20倍径の巻き付けを行った電線をキシレン、スチレン、及びイソプロピルアルコール溶媒に30秒間浸漬し、乾燥後試料表面の観察を行い、クレージング発生の有無判定を行った。すべての試料でクレージング発生が認められなかったので「○」と表示した。
そして、これら上記A、B、Cの試験結果を総合して、絶縁電線としての合否を判定し、好ましいものは「○」、不適切なものは「×」とした。
【0061】
【表1】

【0062】
表1で示した結果から以下のことが明らかになった。
ポリアミド樹脂を最外層(A)に被覆した比較例1及び2では、引掻き試験の結果、導体が現れるほど皮膜が剥離した。比較例3及び4では耐熱性がE種を満足しなかった。一方、実施例1〜11では、引掻き試験、電気的耐熱性(B種)、耐溶剤性のいずれも合格基準を満たした。実施例12、13では、電気的耐熱性(E種)を満たした。
【符号の説明】
【0063】
1 フェライトコア
2 ボビン
3 絶縁バリヤ
4 一次巻線
4a 導体
4b,4c,4d 絶縁層
5 絶縁テープ
6 二次巻線
6a 導体
6b,6c,6d 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、
最外層(A)が、液晶ポリエステル以外のポリエステル樹脂75〜95質量部および液晶ポリエステル5〜25質量部を含有する熱可塑性ポリエステル系樹脂組成物を含む押出被覆層からなり、
最内層(B)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなり、
最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなることを特徴とする多層絶縁電線。
【請求項2】
前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、熱可塑性ポリエステル系樹脂組成物100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を有する反応性改質樹脂1〜20質量部を配合して成る樹脂混和物であることを特徴とする請求項1記載の多層絶縁電線。
【請求項3】
導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、
最外層(A)が、ポリブチレンテレフタレート樹脂をハードセグメントに用いたポリエステルエラストマーを含む押出被覆層からなり、
最内層(B)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなり、
最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂であり、その脂肪族アルコール成分の炭素原子数が2〜5である樹脂を含む押出被覆層からなることを特徴とする多層絶縁電線。
【請求項4】
前記絶縁層の最内層(B)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリブチレンテレフタレート樹脂であることを特徴とする請求項1または3記載の多層絶縁電線。
【請求項5】
前記絶縁層の最内層(B)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリエチレンテレフタレート樹脂であることを特徴とする請求項1または3記載の多層絶縁電線。
【請求項6】
前記最外層と最内層の間の絶縁層(C)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリブチレンテレフタレート樹脂であることを特徴とする請求項1記載の多層絶縁電線。
【請求項7】
前記最外層と最内層の間の絶縁層(C)を形成する熱可塑性ポリエステル樹脂が、ポリエチレンテレフタレート樹脂であることを特徴とする請求項1記載の多層絶縁電線。
【請求項8】
前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を有する反応性改質樹脂1〜20質量部を配合して成る樹脂混和物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の多層絶縁電線。
【請求項9】
前記最外層と最内層の間の絶縁層(C)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを重縮合して形成された熱可塑性ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を有する反応性改質樹脂1〜20質量部を配合して成る樹脂混和物であることを特徴とする請求項1〜3および8のいずれか1項記載の多層絶縁電線。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の多層絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。

【図1】
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【図2】
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