説明

多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置

【課題】点火に十分なエネルギーが得られ、レーザーの配置間隔を小さくすることができる多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置を提供する。
【解決手段】多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、レーザー発振領域を有する固体レーザー媒質1と、この固体レーザー媒質1の底面に形成される全反射誘電体膜1Bの下部に低融点金属膜2を介して配置されるヒートシンク3と、前記固体レーザー媒質1の上面に形成される前記無反射誘電体膜1Aの上方に配置される複数個の板状の励起用半導体レーザー素子5とを備え、前記励起用半導体レーザー素子5からの励起光6を入射して前記固体レーザー媒質1を励起することで前記レーザー発振領域でレーザー発振を行わせ、前記固体レーザー媒質1のレーザー出力側側面に形成される前記部分反射誘電体膜1Dからレーザー出力光8を取り出す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可燃性ガスの着火に適した小型で高出力、高効率、かつ高安定な多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体レーザー励起固体レーザーは、複数の半導体レーザーの光エネルギーを固体レーザー媒質内で一旦吸収した後、固体レーザー共振器内で電磁波波面の揃った非常に集光性の高い1つのレーザー光に変換できるため、そのレーザー光をレンズで集光することで非常に高い光密度を得ることができる。そのため、理化学用の計測光源を始め、産業用の各種材料の切断、溶接などの加工や、身近にある様々な装置やシステムに適用されている。
【0003】
特に、近年ではCO2 削減など地球環境への配慮から、自動車・船舶などに搭載されている内燃機関(エンジン)において、電気火花型プラグに代わり、高ピーク強度のレーザー光によって燃料混合ガスに点火を行う研究が注目されている。レーザー点火では放電用の金属電極が必要ないため、エンジン部品の摩耗がなく高寿命化を図ることができる。また、レーザー光の集光位置を変えることでシリンダー内の最適位置に点火できるので、エンジンの燃焼効率、出力が飛躍的に改善・向上し、燃費の低減、ひいては排気ガスやCO2 の削減が可能になる。下記非特許文献1及び2に記載されているように、近年の半導体レーザー励起固体レーザー装置の革新的な高性能化と相まって、自動車に搭載可能なサイズまでレーザー装置が小型化されるに至っている。
【0004】
また、レーザー光源から光ファイバーを介して光学装置に光を導き、エンジンを点火するようにしたものが提案されている(下記特許文献1,2参照)。
エンジンのレーザー点火では、シリンダー内の任意の空間に点火できるだけでなく、さらに任意の複数の空間に同時に点火することも可能である。これによりシリンダー内の可燃性混合気の燃焼時間を大幅に短くすることができ、エンジンの出力を向上させることができる。そこで、複数の空間に同時に点火するためのレーザーの構成や光の分岐方法が提案、あるいは実験されている(下記特許文献3〜7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−107424号公報
【特許文献2】特開2007−085350号公報
【特許文献3】特開2005−042759号公報
【特許文献4】特開2005−147109号公報
【特許文献5】特開2006−052735号公報
【特許文献6】特開2007−309129号公報
【特許文献7】特開2008−002409号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M.H.Morsy,S.H.Chung,“Laser−induced multi−point ignition with a single−shot laser using two conical cavities for hydrogen/air mixture”,Experintal Thermal and Fluid Science,Vol.27,pp.491−497(2003)
【非特許文献2】M.Weinrotter,et.al.,“Laser ignition of ultra−lean methane/hydrogen/air mixtures at high temperature and pressure”,Experintal Thermal and Fluid Science,Vol.29,pp.569−577(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のレーザー点火においては、一つのレーザー光源の光をレンズ等の光学素子で分岐させて多点に集光する方式が提案されているが、このためには1本の非常に強いレーザー光、例えばエネルギーとして20mJ以上を発生するレーザー光源が必要になる。しかしながら、このような強いレーザー光を発振器内の1つの光軸から発生させた場合、光軸中で光のピーク強度が非常に高くなるため、固体レーザー媒質やコーティングにダメージが発生する可能性がある。また、固体レーザー媒質内で発生する熱も光軸近傍に集中するため、熱によってレーザービーム形状が揺らいだり出力が不安定になることがあり、自動車に搭載することができない。
【0008】
また、シリンダーまで光ファイバーで点火光を伝搬あるいは分岐する方式も提案されているが、任意の空間で点火させるためにはレーザー光に非常に高い光強度が必要であるため、光ファイバーで伝搬させた場合、光ファイバーのコアの主材料である石英に光学的な損傷が生じてしまい、自動車に搭載し長時間安定して運転することが困難である。
さらに、一つのレーザー共振器から複数のレーザー光を直接取り出す方法も提案されているが、固体レーザー媒質に対する励起方法に関する記述がなく、レーザー光の取り出し方法も共振器ミラーに複数個の穴を開けて光を取り出すというもので、レーザー共振の原理を無視しており実現が不可能であった。
【0009】
また、上記非特許文献1,2では、1カ所からのレーザー光をシリンダー内で往復させて別々の点に集光させたものについて記載されているが、やはり1本の強いレーザー光が必要になる上に、シリンダー内にミラーの特殊な構造が必要となり、点火する空間に大きな制約があった。
さらに、図14に示すような半導体レーザー端面励起固体レーザーアレイ装置の端面励起方式において、全反射膜102と部分反射膜103を有する固体レーザー媒質101に、複数の集光レンズ104を並べて励起光105を照射し、レーザー光106を得る方法も考えられる。しかし、これをアレイ状に並べて照射する場合、励起光105を固体レーザー媒質101中でレーザー発振モードに合わせて集光するための集光レンズ104のサイズの関係でレーザー光106を近づけることが難しい。また、集光レンズを用いない場合、励起光105が固体レーザー媒質中101で急激に広がるため、レーザーモードとの重なりが小さくなり、効率の良い発振が得られない。一方、レーザーの間隔を離した場合、レーザー装置の横方向のサイズが大きくなるため、自動車のエンジンに搭載することができなかったり、あるいはあまり多くの本数のレーザー光を出射させることが難しいといった問題があった。
本発明は、上記状況に鑑みて、多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーにおいて、点火に十分なエネルギーが得られ、レーザーの配置間隔を小さくすることができる、多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、上面に励起光に対する無反射誘電体膜を、底面に励起光に対する全反射誘電体膜を、レーザー出力側側面にレーザー光に対する部分反射誘電体膜を、前記レーザー出力側側面と対向する側面にレーザー光に対する全反射誘電体膜をそれぞれ備えるレーザー発振領域を有する固体レーザー媒質と、この固体レーザー媒質の底面に形成される前記全反射誘電体膜の下部に低融点金属膜を介して配置されるヒートシンクと、前記固体レーザー媒質の上面に形成される前記無反射誘電体膜の上方に配置される複数個の板状の励起用半導体レーザー素子とを備え、前記励起用半導体レーザー素子からの励起光を入射して前記固体レーザー媒質を励起することで前記レーザー発振領域でレーザー発振を行わせ、前記固体レーザー媒質のレーザー出力側側面に形成される前記部分反射誘電体膜からレーザー出力光を取り出すことを特徴とする。
【0011】
〔2〕上記〔1〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記複数個の励起用半導体レーザー素子と前記固体レーザー媒質の上面に形成される前記無反射誘電体膜との間にマイクロレンズを配置したことを特徴とする。
〔3〕上記〔2〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記複数個の励起用半導体レーザー素子と前記マイクロレンズとの間に透過型グレーティングを配置したことを特徴とする。
【0012】
〔4〕上記〔3〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記透過型グレーティングを、前記固体レーザー媒質の上面に形成される前記無反射誘電体膜の表面に貼り付けて一体化するように形成したことを特徴とする。
〔5〕上記〔1〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記ヒートシンク上に前記固体レーザー媒質の前記レーザー出力側側面に形成される部分反射誘電体膜と間隔をおいて光スイッチ素子を実装したことを特徴とする。
【0013】
〔6〕上記〔1〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記ヒートシンク上に前記固体レーザー媒質の前記レーザー出力側側面と一体化した光スイッチ素子を実装したことを特徴とする。
〔7〕上記〔1〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記固体レーザー媒質のレーザー発振領域に隣接して光ガイド領域を形成することを特徴とする。
【0014】
〔8〕上記〔7〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記固体レーザー媒質のレーザー発振領域がNd:YAGからなり、前記光ガイド領域がSm:YAGからなることを特徴とする。
〔9〕多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、底面に外部へのエバネッセント波の滲み出しを抑える全反射誘電体膜を、レーザー出力側側面にレーザー光に対する部分反射誘電体膜を、前記レーザー出力側側面と対向する側面にレーザー光に対する全反射誘電体膜をそれぞれ備える複数個のレーザー発振領域とこのレーザー発振領域に隣接して配置される光ガイド領域が形成された固体レーザー媒質と、この固体レーザー媒質の底面に形成される前記全反射誘電体膜の下部に低融点金属膜を介して配置されるヒートシンクと、前記固体レーザー媒質の側方に配置され、この固体レーザー媒質の両端部に形成される光ガイド領域に励起光を出射する励起用半導体レーザー素子とを備え、前記励起用半導体レーザー素子からの励起光を入射して前記固体レーザー媒質を励起することで前記レーザー発振領域でレーザー発振を行わせ、前記固体レーザー媒質のレーザー出力側側面に形成される前記部分反射誘電体膜からレーザー出力光を取り出すことを特徴とする。
【0015】
〔10〕上記〔9〕記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記固体レーザー媒質のレーザー発振領域がNd:YAGからなり、前記光ガイド領域がSm:YAGからなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
(A)請求項1に係る発明によれば、多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、点火に必要な高出力レーザービームを近接して複数アレイ状に出射することができる。
(B)請求項2に係る発明によれば、上記(A)に加えて、マイクロレンズにより半導体レーザー素子からの励起光の広がり角を小さくできるため、半導体レーザー素子と固体レーザー媒質との間隔を広げても、適切なレーザー発振領域を形成することができる。
【0017】
(C)請求項3に係る発明によれば、上記(B)に加えて、透過型グレーティングにより、半導体レーザー素子の励起波長をNd:YAGの吸収波長に制御することができるため、励起光の固体レーザー媒質への吸収率が高まり、効率よくレーザー発振させることができる。
(D)請求項4に係る発明によれば、上記(B)に加えて、部品点数が少なくなり組み立て調整が容易になると同時に、固体レーザー媒質と一体化することで透過型グレーティングの振動による励起用半導体レーザーとのアライメントの変動を小さくすることができるので、車載時に振動が発生しても励起光の波長が常に安定し、安定した点火エネルギーを発生させることができる。
【0018】
(E)請求項5に係る発明によれば、上記(A)に加えて、ヒートシンク上にレーザー媒質の他方の側面端面の部分反射誘電体膜と間隔をおいて可飽和吸収体であるCr:YAGからなる光スイッチ素子を実装するようにしたので、その光スイッチ素子によって、レーザーによる多点点火に適した、パルス時間の短い(1〜2ns程度)、先頭値の高い光パルスアレイ(半導体レーザー励起固体レーザーアレイ)を得ることができる。
【0019】
(F)請求項6に係る発明によれば、上記(A)に加えて、Nd:YAGからなる固体レーザー媒質とCr:YAGからなる光スイッチ素子を一体化するようにしたので、誘電体を形成する端面が減り、また、材料の一体加工プロセスにおいて、S−S′面の高い平行度を得ることができ、レーザー共振器の安定性を高めることができる。
(G)請求項7又は8に係る発明によれば、上記(A)に加えて、固体レーザー媒質のレーザー発振領域に隣接して光ガイド領域を形成するようにしたので、不要な寄生発振を防止することができる。また、レーザーのモードを単に励起光の領域だけでなく、固体レーザー媒質の材料領域でも規定することができるため、レーザーの発振モードを正確に配列して出力することができる。
【0020】
(H)請求項9又は10に係る発明によれば、上記(A)に加えて、横方向に配置された半導体レーザー素子からの励起光は、Sm:YAGからなる光ガイド領域に導入されて、減衰することなくアレイ状に形成されたNd:YAGからなる固体レーザー媒質に吸収されるので、半導体レーザー素子をアレイ状に並べる必要がなく、1つないしは複数の半導体レーザー素子からの励起で、効率良くアレイ状の固体レーザー発振光を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の第1実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の模式図である。
【図2】図1のA−A′線断面図である。
【図3】図1のB−B′線断面図である。
【図4】本発明の第2実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
【図5】本発明の第3実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
【図6】本発明の第3実施例の変形例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
【図7】本発明の第4実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の模式図である。
【図8】図7のC−C′線断面図である。
【図9】本発明の第5実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の模式図である。
【図10】図9のD−D′線断面図である。
【図11】本発明の第6実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
【図12】本発明の第7実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
【図13】本発明の第8実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
【図14】従来技術の問題点を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置は、上面に励起光に対する無反射誘電体膜を、底面に励起光に対する全反射誘電体膜を、レーザー出力側側面にレーザー光に対する部分反射誘電体膜を、前記レーザー出力側側面と対向する側面にレーザー光に対する全反射誘電体膜をそれぞれ備えるレーザー発振領域を有する固体レーザー媒質と、この固体レーザー媒質の底面に形成される前記全反射誘電体膜の下部に低融点金属膜を介して配置されるヒートシンクと、前記固体レーザー媒質の上面に形成される前記無反射誘電体膜の上方に配置される複数個の板状の励起用半導体レーザー素子とを備え、前記励起用半導体レーザー素子からの励起光を入射して前記固体レーザー媒質を励起することで前記レーザー発振領域でレーザー発振を行わせ、前記固体レーザー媒質のレーザー出力側側面に形成される前記部分反射誘電体膜からレーザー出力光を取り出す。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明の第1実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の模式図、図2は図1のA−A′線断面図、図3は図1のB−B′線断面図である。
これらの図において、1は固体レーザー媒質、1Aは固体レーザー媒質1の上面に形成される励起光に対する無反射誘電体膜、1Bは固体レーザー媒質1の底面に形成される励起光に対する全反射誘電体膜、1Cは固体レーザー媒質1のレーザー出力側とは反対側の端面表面に形成されるレーザー光に対する全反射誘電体膜、1Dは固体レーザー媒質1のレーザー出力側の端面表面に形成されるレーザー光に対する部分反射誘電体膜、2は固体レーザー媒質1の底面に形成される全反射誘電体膜1Bの下部に接合される低融点金属膜、3は低融点金属膜2の下部に配置されるヒートシンク、4は半導体レーザー素子が搭載されるヒートシンク基板、5は板状の半導体レーザー素子(半導体レーザーバー)、6は半導体レーザー素子5からの励起光、7は固体レーザー媒質1のレーザー発振領域である。
【0024】
固体レーザー媒質1は、レーザー発振元素としてNd(ネオジム)を1.4at%含むYAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)(以下、Nd:YAGという)からなり、板状の形状に加工されており、その下面に励起光波長808nmに対する全反射誘電体膜1Bが形成されている。この固体レーザー媒質1の全反射誘電体膜1Bを有する面がInを材料とする低融点金属膜2を介してCuW(Cu組成20%)を材料とするヒートシンク3に接着されている。一方、固体レーザー媒質1のヒートシンク3に接着していない対向した面には、励起光6を固体レーザー媒質1内に導入するため、励起光波長808nmに対する無反射誘電体膜(反射率0.2%以下)1Aが形成されている。固体レーザー媒質1の対向する端面S面とS′面は平行平面で、S面にはNd:YAGのレーザー発振波長1064nmの光に対する全反射誘電体膜1C(反射率99.7%以上)が、S′面には同じくレーザー発振波長1064nmの光に対する部分反射誘電体膜1D(反射率50%)がそれぞれ形成されており、このS面とS′面でレーザー共振器が構成され、レーザー出力光8は主にS′面から出射される。
【0025】
励起光6は、図1に示すように、固体レーザー媒質1のヒートシンク3に接着された面に対向する面から、S面及びS′面に垂直で、かつそれぞれが平行に配置された3本の板状の半導体レーザー素子5(長さ10mm)によりそれぞれ線状に供給される。線状に照射された励起光6は固体レーザー媒質1内に吸収され、各レーザー発振領域7に沿ってNd:YAGを励起し、半導体レーザー素子5の数だけの複数の平行なレーザー出力光8が得られる。各半導体レーザー素子5の間隔を変えることで、Nd:YAGから発生するレーザー出力光8の間隔を自由に変えることもできる。
【0026】
固体レーザー媒質1内に吸収されなかった励起光6は、固体レーザー媒質1の底面に形成された全反射誘電体膜1Bで反射され、固体レーザー媒質1内を再び通過するため、固体レーザー媒質1内への吸収効率を高めることができる。また、この全反射誘電体膜1Bによって励起光6がヒートシンク3側に吸収されて発熱するのを防ぐことができる。半導体レーザー素子5からの励起光6は、通常半導体レーザー素子5に垂直な方向(図面方向)に対して30〜60度程度の広がり角を有する。そのため、半導体レーザー素子5と固体レーザー媒質1との距離は、適切なレーザー発振領域7が形成されるように最適化される。このような構成により、半導体レーザー素子5の間隔を狭めることが可能となり、レーザー出力光の出射間隔を狭めた半導体レーザーアレイ装置を容易に形成することができる。
【0027】
図4は本発明の第2実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
本実施例は、第1実施例に示した半導体レーザーアレイ装置の半導体レーザー素子5と固体レーザー媒質1の間にマイクロレンズ9を挿入した例である。このマイクロレンズ9により、半導体レーザー素子5からの励起光6の広がり角を小さくできるため、半導体レーザー素子5と固体レーザー媒質1との間隔を広げても、適切なレーザー発振領域7を形成することができる。
【0028】
図5は本発明の第3実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
本実施例は、第2実施例で示した半導体レーザーアレイ装置のマイクロレンズ9と固体レーザー媒質1の間に透過型グレーティング10を挿入した例である。この透過型グレーティング10は、Nd:YAGからなる固体レーザー媒質1の吸収波長である808nmの光の一部を選択的に反射するように回折格子が形成されており、これにより、半導体レーザー素子5の励起波長がNd:YAGの吸収波長に制御される。そのため、励起光6の固体レーザー媒質1への吸収率が高まり、効率良くレーザー発振させることができる。
【0029】
図6は本発明の第3実施例の変形例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
この変形例では、励起用半導体レーザーの波長安定化用の透過型グレーティング1Fを、固体レーザー媒質1の上面に形成された無反射誘電体膜1Aの上面に貼り付けて一体化するように形成した。
【0030】
このように構成することにより、部品点数が少なくなり組み立て調整が容易になると同時に、固体レーザー媒質と一体化することで透過型グレーティング1Fの振動による励起用半導体レーザーとのアライメントの変動を小さくすることができるので、車載時に振動が発生しても励起光6の波長が常に安定し、安定した点火エネルギーを発生させることができる。
【0031】
図7は本発明の第4実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の模式図、図8は図7のC−C′線断面図である。
この実施例では、レーザー光路上に光スイッチ素子11を配置している。この光スイッチ素子11は、Nd:YAGからなる固体レーザー媒質1と同じく板状で、ヒートシンク3上にInを材料とする低融点金属膜12を介して形成されており、可飽和吸収体のCr:YAG(初期透過率30%)からなる。固体レーザー媒質1の端面S面と光スイッチ素子11のレーザー出力側の端面S′面でレーザー共振器が構成されるように、光スイッチ素子11の外側の端面にはレーザー発振波長1064nmに対する部分反射誘電体膜(反射率50%)11Dが形成されている。また、その共振器内端面となる固体レーザー媒質1の光スイッチ素子11側端面にはレーザー発振波長1064nmに対する無反射誘電体膜1Eが、同じく光スイッチ素子11の固体レーザー媒質1側端面にはレーザー発振波長1064nmに対する無反射誘電体膜11Cが形成されている。なお、13はレーザー出力光である。
【0032】
このように構成したので、可飽和吸収体のCr:YAGからなる光スイッチ素子11によって、レーザーによる多点点火に適した、パルス時間が短く(1〜2ns程度)、先頭値の高い半導体レーザー励起固体レーザーアレイを得ることができる。
図9は本発明の第5実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の模式図、図10は図9のD−D′線断面図である。
【0033】
この実施例では、固体レーザー媒質1と光スイッチ素子21とを一体化している。このように構成することで、誘電体を形成する端面が減り、また、材料の一体加工プロセスによって、S−S′面の高い平行度を得ることができるので、レーザー共振器の安定性を高めることができる。なお、21Dは光スイッチ素子21のレーザー出力側の端面表面に形成されるレーザー光に対する部分反射誘電体膜、22は固体レーザー媒質1と光スイッチ素子21の上面に一体に形成される励起光に対する無反射誘電体膜、23は固体レーザー媒質1と光スイッチ素子21の底面に一体に形成される励起光に対する全反射誘電体膜、24は全反射誘電体膜23とヒートシンク3の間に形成されるInを材料とする低融点金属膜、25はレーザー出力光である。
【0034】
図11は本発明の第6実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
この実施例では、隣り合うレーザー発振領域7を含むNd:YAGからなる固体レーザー媒質31の間に、Sm:YAGからなる光ガイド領域32を形成するようにしている。光ガイド領域32は、固体レーザー媒質31のレーザー発振光を吸収するため、図面で横方向の不要な寄生発振を防止することができる。さらに、レーザーのモードを単に励起光6の領域だけでなく、固体レーザー媒質31の材料領域でも規定することができるため、レーザーの発振モードを正確に配列して出力することができる。なお、33は励起光に対する無反射誘電体膜、34は励起光に対する全反射誘電体膜、35は低融点金属膜、36は半導体レーザー素子を搭載するヒートシンク基板、37は半導体レーザー素子である。
【0035】
図12は本発明の第7実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
本実施例は、上記第6実施例の半導体レーザーアレイ装置において、励起光6を横方向から導入した例である。Sm:YAGからなる光ガイド領域42が励起光波長808nmに対しては透明であるため、横方向に配置されたヒートシンク基板45上の半導体レーザー素子46から導入された励起光6は減衰することなくアレイ状に形成された固体レーザー媒質41に吸収され、レーザー出力光はこれまでの実施例と同様に部分反射誘電体膜を設けた端面より出射される。なお、43は励起光やレーザー発振光のエバネッセント波がヒートシンク3側に滲み出すことを防ぐための全反射誘電体膜、44は低融点金属膜である。
【0036】
図13は本発明の第8実施例を示す多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置の断面図である。
本実施例は、上記第6実施例の半導体レーザーアレイ装置において、励起光6を横方向から導入した例である。ヒートシンク基板51に配置される半導体レーザー素子52とコリメート用のマイクロレンズ53が縦方向に複数個(ここでは6個)積層されており、各半導体レーザー素子52から出射された励起光6はロッドレンズ54と集光レンズ55を透過して、Sm:YAGからなる光ガイド領域42に入射する。そして、固体レーザー媒質41に吸収され、これまでの実施例と同様に部分反射誘電体膜を設けた端面より出力される。
【0037】
上記実施例において、Nd:YAGからなる固体レーザー媒質(コア)や光ガイド領域の母材は、YAG以外にYVO4 (イットリウム・バナデート)、GdVO4 (ガドリウムバナデート)、YLF(イットリウム・リチウム・フロライド)、GGG(ガドリウム・ガリウム・ガーネット)などでもよい。また、材料としては結晶構造であっても良く、透光性セラミックであっても良い。励起光はレーザー発振元素Ndが吸収する波長で、かつ光ガイド領域のSmに吸収されない波長であればよく、750から900nmの間が適している。
【0038】
固体レーザー媒質あるいは光スイッチ素子とヒートシンクを密着させる方法としては、間に有機あるいは無機系の接着剤を挟んでもよいし、Au,Ag,Sn,Sb,In,Pb,Zn,Cuなどを含む金属はんだ材料で挟んでも構わない。
ヒートシンクはCu,CuWなどの金属材料をはじめ、ダイアモンド、SiC,AlN,BeO,CBN,DLCなどの非金属、複合材料でもよい。
【0039】
光スイッチ素子(光変調素子)は上記実施例のようにCr:YAGでもよいし、他の可飽和吸収材料、例えばV:YAGや半導体、あるいは半導体の積層構造体でも良い。吸収体の透過率は、半導体レーザーの励起エネルギーや、必要とするパルスエネルギーなどにより最適化される。
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置は、小型で高出力が必要とされる、各種材料の熱・光加工やディスプレイ、分析用光源、レーザー点火装置などに利用することができる。
【符号の説明】
【0041】
1,31,41 固体レーザー媒質(Nd:YAG)
1A,1E,11C,22,33 無反射誘電体膜
1B,1C,23,34,43 全反射誘電体膜
1D,11D,21D 部分反射誘電体膜
1F,10 透過型グレーティング
2,12,24,35,44 低融点金属膜
3 ヒートシンク
4,36,45,51 ヒートシンク基板
5,37,46,52 半導体レーザー素子(半導体レーザーバー)
6 励起光
7 レーザー発振領域
8,13,25 レーザー出力光
9,53 マイクロレンズ
11,21 光スイッチ素子(Cr:YAG)
32,42 光ガイド領域(Sm:YAG)
54 ロッドレンズ
55 集光レンズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)上面に励起光に対する無反射誘電体膜を、底面に励起光に対する全反射誘電体膜を、レーザー出力側側面にレーザー光に対する部分反射誘電体膜を、前記レーザー出力側側面と対向する側面にレーザー光に対する全反射誘電体膜をそれぞれ備えるレーザー発振領域を有する固体レーザー媒質と、
(b)該固体レーザー媒質の底面に形成される前記全反射誘電体膜の下部に低融点金属膜を介して配置されるヒートシンクと、
(c)前記固体レーザー媒質の上面に形成される前記無反射誘電体膜の上方に配置される複数個の板状の励起用半導体レーザー素子とを備え、
(d)前記励起用半導体レーザー素子からの励起光を入射して前記固体レーザー媒質を励起することで前記レーザー発振領域でレーザー発振を行わせ、前記固体レーザー媒質のレーザー出力側側面に形成される前記部分反射誘電体膜からレーザー出力光を取り出すことを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項2】
請求項1記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記複数個の励起用半導体レーザー素子と前記固体レーザー媒質の上面に形成される前記無反射誘電体膜との間にマイクロレンズを配置したことを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項3】
請求項2記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記複数個の励起用半導体レーザー素子と前記マイクロレンズとの間に透過型グレーティングを配置したことを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項4】
請求項3記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記透過型グレーティングを、前記固体レーザー媒質の上面に形成される前記全反射誘電体膜の表面に貼り付けて一体化するように形成したことを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項5】
請求項1記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記ヒートシンク上に前記固体レーザー媒質の前記レーザー出力側側面に形成される部分反射誘電体膜と間隔をおいて光スイッチ素子を実装したことを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項6】
請求項1記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記ヒートシンク上に前記固体レーザー媒質の前記レーザー出力側側面と一体化した光スイッチ素子を実装したことを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項7】
請求項1記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記固体レーザー媒質のレーザー発振領域に隣接して光ガイド領域を形成することを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項8】
請求項7記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記固体レーザー媒質のレーザー発振領域がNd:YAGからなり、前記光ガイド領域がSm:YAGからなることを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項9】
(a)底面に外部へのエバネッセント波の滲み出しを抑える全反射誘電体膜をレーザー出力側側面にレーザー光に対する部分反射誘電体膜を、前記レーザー出力側側面と対向する側面にレーザー光に対する全反射誘電体膜をそれぞれ備える複数個のレーザー発振領域と該レーザー発振領域に隣接して配置される光ガイド領域が形成された固体レーザー媒質と、
(b)該固体レーザー媒質の底面に形成される前記全反射誘電体膜の下部に低融点金属膜を介して配置されるヒートシンクと、
(c)前記固体レーザー媒質の側方に配置され、該固体レーザー媒質の両端部に形成される光ガイド領域に励起光を出射する励起用半導体レーザー素子とを備え、
(d)前記励起用半導体レーザー素子からの励起光を入射して前記固体レーザー媒質を励起することで前記レーザー発振領域でレーザー発振を行わせ、前記固体レーザー媒質のレーザー出力側側面に形成される前記部分反射誘電体膜からレーザー出力光を取り出すことを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。
【請求項10】
請求項9記載の多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置において、前記固体レーザー媒質のレーザー発振領域がNd:YAGからなり、前記光ガイド領域がSm:YAGからなることを特徴とする多点点火用半導体レーザー励起固体レーザーアレイ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−171406(P2011−171406A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32011(P2010−32011)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【出願人】(000004695)株式会社日本自動車部品総合研究所 (1,981)
【Fターム(参考)】