説明

多結晶シリコンの電磁鋳造方法および電磁鋳造装置

【課題】電磁鋳造方法により多結晶シリコンを製造するに際し、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を防止することができる電磁鋳造方法および電磁鋳造装置を提供する。
【解決手段】鋳造の終盤においてインゴットの引下げ速度を低下させ、最終凝固工程(鋳造終了の直後からモールド内の未凝固の溶融シリコンを凝固させるまでの工程)開始前の固液界面深さを浅くする。インゴットの引下げ速度の低下を毎時0.05〜0.2mm/minの割合で直線的に行なうこととすれば、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を効果的に防止することができる。この方法は、インゴットの引下げ速度を鋳造ストロークに応じて変動させる引下げ速度制御装置13を有する本発明の電磁鋳造装置により容易に実施することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁誘導による鋳造技術を適用して多結晶シリコンインゴットを連続的に製造する多結晶シリコンの電磁鋳造方法および電磁鋳造装置に関し、特に、太陽電池の基板材として用いられる多結晶シリコンを製造するに際し、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を防止することができるシリコンの電磁鋳造方法、およびこの方法の実施に好適な電磁鋳造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
周方向に分割された無底の冷却モールドが取り付けられた電磁鋳造装置を使用すれば、溶解された物質(ここでは、溶融シリコン)とモールドとはほとんど接触しないので、不純物汚染のない鋳塊(シリコンインゴット)を連続的に製造することができる。モールドからの汚染がないので、モールドの材質として高純度材料を使用する必要がないという利点もあり、また、連続して鋳造することができるので、製造コストの大幅な低下が可能である。したがって、電磁鋳造装置は、従来から太陽電池の基板材として用いられる多結晶シリコンの製造に適用されてきた。
【0003】
さらに、近年においては、モールド内に投入されるシリコン原料の溶解に、溶解補助加熱源としてプラズマアーク加熱を併用した溶解方法が実施されている。
【0004】
図6は、多結晶シリコンの製造に使用される電磁鋳造装置の要部の構成例を模式的に示す縦断面図である。同図に示すように、加熱用誘導コイル2の内側に、内部を水冷できる縦方向に長い板状片が、誘導コイル2の巻き軸方向と平行に、かつ誘導コイル2内では相互に絶縁された状態で配列されており、この板状片によって囲まれた空間がモールド(すなわち、側壁部が水冷されている無底の冷却モールド)1を構成する。冷却モールド1には、通常、板状片を銅片とした水冷銅モールドが用いられる。
【0005】
加熱用誘導コイル2の下側には、凝固したシリコンインゴット3を加熱して、急激な冷却を防ぐための保温ヒーター4が設置されている。また、冷却モールド1の上方には、溶解中にシリコン原料17をモールド1内に投入するための原料供給ノズル18が設置され、さらに、昇降可能に構成されたプラズマトーチ8が取り付けられている。
【0006】
上記の電磁鋳造装置を使用して多結晶シリコンインゴットを製造するには、誘導コイル2に交流電流を流し、プラズマトーチ8を降下させてオン(通電可能な状態)にする。続いて、冷却モールド1の底部に相当する位置に支持台(図示せず)が配置された状態でモールド1内にシリコン原料を装入し、プラズマトーチ8内の電極とシリコン原料との間にプラズマアーク19を発生させて原料を溶解する。モールド1を構成する短冊状の各素片は互いに電気的に分割されていることから、各素片内で電流がループを形成しており、これによりモールド1の内壁側に電流が生じてモールド1内に磁界が形成され、装入されたシリコン原料はプラズマアーク加熱および電磁誘導加熱により溶解される。モールド1内のシリコン原料(溶融シリコン6)は、モールド内壁の電流がつくる磁界と溶融シリコン6表面の電流の相互作用によって溶融シリコン6表面の内側法線方向の力を受け、モールド1と非接触の状態で溶解される。
【0007】
溶融シリコン6が十分均一化した後、支持台を少しずつ下方に移動させていくと、誘導コイル2から離れた部分から溶融シリコン6の冷却が始まり、モールド断面と同じ形状の断面を有するシリコンインゴット3が形成される。支持台の下方への移動分に対応する量のシリコン原料17を原料供給ノズル18から供給し、溶融シリコン6の上面が常に同じ高さレベルを保つようにして、加熱溶解、引き抜き、原料供給を継続していくことにより、多結晶シリコンインゴットを連続して製造することができる。
【0008】
なお、上記の電磁鋳造装置を使用する電磁鋳造方法は、設備上の制約から、鋳造開始後、インゴットの長さが約7mに達した時点で原料の投入ならびに電磁誘導加熱とプラズマアーク加熱を停止して鋳造を終了する。そのため、厳密には連続鋳造とは言えないが、鋳造の開始から終了までの間は操業を連続的に行なうので、従来のルツボや鋳型(モールド)内で溶融シリコンを凝固させるバッチ式の鋳造法(キャスト法)に対して、連続鋳造方法(また、それに用いる上記装置は連続鋳造装置)とも称される。
【0009】
鋳造を終了した後、支持台の引き下げを停止し、モールド内の未凝固の溶融シリコンの最終凝固を行なう。その場合、自然に放置すると、モールド内の溶融シリコンの上面から凝固が始まり、その内側に閉じこめられた溶融シリコンが最後に凝固することとなり、当該凝固に伴う体積膨張によりインゴットの最終凝固部位に割れ(クラック)が発生する。そのため、最終凝固工程においては、カーボンブロックを被誘導体として溶融シリコンの上部に吊り下げ、誘導加熱により上方から入熱して溶融シリコンを下方から凝固させる。
【0010】
図7は、電磁誘導による多結晶シリコンの製造における最終凝固工程を説明する図である。同図に示すように、原料の投入ならびに電磁誘導加熱とプラズマアーク加熱を停止して鋳造を終了した直後においては、凝固したシリコンインゴット3の上方部(モールド内およびその近傍)に未凝固の溶融シリコン6が残存している。この溶融シリコン6の上部にカーボンブロック20を吊り下げ、誘導コイル2に通電して電磁誘導によりカーボンブロック20を発熱させる。これにより、溶融シリコン6は上方から保温されるので、凝固は、溶融シリコン6の下方、つまり固液界面21から上方に向けて進行し(図中に矢印で表示)、溶融シリコン6の上面が最後に凝固することとなる。なお、同図中に白抜き矢印で示した距離hは固液界面深さである。
【0011】
しかしながら、この最終凝固工程において、次の二つの問題が生じる場合があった。
【0012】
一つは、プラズマアーク加熱を停止した後、カーボンブロックによる保温を開始する前の急冷のために、異物の析出が引き起こされるという問題である。
【0013】
図8は、最終凝固工程における異物の析出状態を概念的に示す図で、シリコンインゴット3の最終凝固部のモールド中心軸を含む縦断面を表している。同図に示すように、異物の析出範囲は、固液界面21の内側(すなわち、未凝固の溶融シリコン6内)全体にわたっている。異物とは、SiC、SiN、SiO、C(カーボン)等の不純物である。これらの不純物は、当該不純物が含まれるシリコンインゴットから切り出したウェーハを基板として太陽電池セルを作製した際に、シャントと呼ばれるリーク電流不良を引き起こす。
【0014】
他の一つは、最終凝固工程において、溶融シリコンが内側に閉じこめられたまま表面が先に固まってしまった場合、凝固膨張によってインゴットが割れるという問題である。
【0015】
図9は、溶融シリコンが内側に閉じこめられたことによるインゴットにおける割れ発生の状況を概念的に例示する図である。図9(a)に示すように、モールド側壁からの冷却が特に強い場合(図中に矢印で表示)等においては、カーボンブロックによる保温を行なってもその保温効果が下方まで及ばず、溶融シリコン6が内側に閉じこめられる場合が起こり得る。その場合、同図(b)に示すように、閉じこめられた溶融シリコンが凝固し(凝固シリコン6a)、膨張してインゴット3の最終凝固部に割れが生じ、インゴット3の取り出し作業負荷が増大する。この溶融シリコン6の閉じ込めは、最終凝固工程を開始する際の固液界面21(前記図7参照)が深いほど起こり易い。
【0016】
このようなシリコンインゴットの最終凝固部における異物の析出やクラックの発生に対してその防止策を講じた事例、報告は見当たらない。例えば、特許文献1には、電磁誘導加熱とプラズマアークによるプラズマ加熱を併用して太陽電池としての品質を向上させたシリコン連続鋳造方法が開示されている。同文献に記載の鋳造方法によれば、鋳造途中の原料溶解にプラズマ加熱を併用することにより電磁誘導加熱の負担を軽減でき、電磁力による溶融シリコンの熱対流が抑制され、下方への熱流速が抑制されることにより、固液界面が平坦化される。その結果、凝固直後のシリコン鋳塊の半径方向の温度勾配が低減し、結晶内部に発生する熱応力が緩和され、太陽電池の変換効率を悪化させる結晶欠陥の発生が抑制されるとしている。しかし、最終凝固部における異物の析出とそれによる結晶品質の低下、クラック発生、ならびにそれらの問題に対する対処方法については何ら記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2001−19593号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたもので、電磁鋳造方法により太陽電池の基板材として用いられる多結晶シリコンを製造するに際し、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を防止することができるシリコンの電磁鋳造方法、およびこの方法の実施に好適な電磁鋳造装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
前述のように、最終凝固工程を開始する際の固液界面深さが深いほど、溶融シリコンの閉じ込めが起こり易い。一方、固液界面深さはインゴットの引下げ速度に依存する、すなわち、固液界面深さとインゴットの引下げ速度との間には相関関係があることがわかっている。
【0020】
図2は、インゴットの引下げ速度と固液界面深さの関係を例示する図である。ここで用いた電磁鋳造装置では、固液界面深さyとインゴットの引下げ速度xとの間には、y=400x+100(mm)の相関関係があり、インゴットの引下げ速度xを1.125mm/minとすると、固液界面深さyは550mmとなる(同図中に□印で表示)。引下げ速度を2.0mm/min、または1.6mm/minとして固液界面深さを実測した場合、固液界面深さはそれぞれ900mm、740mmとなり(図中に◆印で表示)、前記相関関係に合致していることがわかる。なお、固液界面深さは、インゴットの最終凝固部のモールド中心軸を含む縦断面における結晶成長方向から固液界面の形状を推定し、固液界面の最も深い部分とインゴットの上端面の間の距離を測定することにより求めることができる。
【0021】
そこで、本発明者らは、固液界面深さが引下げ速度に比例するという関係を利用し、引下げ速度を減速させて、最終凝固工程に入る直前の最終凝固部における固液界面深さを浅くする方法を適用することによる前記異物析出範囲を縮小、およびクラックの発生を防止する可能性について検討した。
【0022】
その結果、鋳造(通常は、インゴットの引下げ速度を一定として行なうので、「定常鋳造」とも称される)の終盤において、インゴットの引下げ速度を時間に対して直線的に緩やかに低下させていくことにより、固液界面深さを浅くして溶融シリコンの閉じ込めを回避するとともに、異物の析出範囲を縮小させ得ることが判明した。これにより、インゴットの割れを防止し、異物の析出による結晶欠陥の発生を最終凝固部内に制限して、インゴットの製造歩留りを向上させることが可能となる。
【0023】
本発明はこのような検討の結果なされたもので、下記(1)の多結晶シリコンの電磁鋳造方法、およびこの方法の実施に好適な下記(2)の電磁鋳造装置を要旨とする。
(1)シリコン原料を無底の冷却モールドに投入し、電磁誘導加熱により溶融し、当該溶融したシリコンを下方に引き下げ凝固させることにより多結晶シリコンを連続的に鋳造する多結晶シリコンの電磁鋳造方法であって、定常鋳造の終盤においてインゴットの引下げ速度を低下させ、最終凝固工程開始前の固液界面深さを浅くすることを特徴とする多結晶シリコンの電磁鋳造方法。
【0024】
ここで、「最終凝固工程」とは、原料の投入ならびに電磁誘導加熱とプラズマアーク加熱を停止して鋳造を終了した直後から、モールド内の未凝固の溶融シリコンを凝固させるまでの工程をいう。前記溶融シリコンの表面が先に凝固し、その内側に閉じこめられた溶融シリコンの凝固膨張によるインゴットの割れを防止するために、通常、溶融シリコンの上面近傍にカーボンブロックを配置し、電磁誘導により発熱させる等の手段を講じて保温する。
【0025】
また、「固液界面深さ」とは、鋳造実施中のインゴットにおける既に凝固した部分と未凝固の部分との境界面であって、未凝固の溶融シリコンの表面から前記境界面の最も深い部位までの距離をいう(前記図7参照)。通常、固液界面はモールドの中心軸に対称で下方に凸状をなし、中心軸との交点の近傍で最も深くなる。
【0026】
本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造方法において、前記インゴットの引下げ速度の低下を毎時0.05〜0.2mm/minで行なうこととすれば、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を効果的に防止することができ、望ましい。
【0027】
(2)軸方向の一部が周方向で複数に分割された導電性の無底冷却モールドと、このモールドを取り囲む誘導コイルと、前記モールドの下方に配置され、凝固したシリコンのインゴットを徐冷する保温ヒーターを有し、前記誘導コイルによる電磁誘導加熱により溶融したシリコンを下方に引き下げ凝固させる多結晶シリコンの電磁鋳造装置であって、インゴットの引下げ速度を鋳造ストロークに応じて変動させる引下げ速度制御装置を有し、前記引下げ速度制御装置は、鋳造ストロークを計測する鋳造ストロークカウント部と、前記計測された鋳造ストロークを入力してあらかじめ設定した減速度に応じシャフト引下げモーターの駆動数を演算し、その演算結果を当該シャフト引下げモーターに出力するモーター駆動数演算部と、前記モーター駆動数演算部から入力した信号に基づいて駆動するシャフト引下げモーターを具備することを特徴とする多結晶シリコンの電磁鋳造装置。
【0028】
ここで、「鋳造ストローク」とは、鋳造開始時点から鋳造により引き抜いた距離(すなわち、インゴット長さに相当する)をいう。具体的には、インゴットの下端面を固定した状態で保持する支持台の鋳造開始時点からの移動距離を指す。
【発明の効果】
【0029】
多結晶シリコンの電磁鋳造方法によれば、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、溶融シリコンの当該凝固部内での閉じこめを防止することができる。これにより、インゴットの割れを防止するとともに、異物の析出とそれによる結晶欠陥の発生範囲を縮小させ、インゴットの製造歩留りを向上させることが可能となる。この方法は、本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造装置により容易に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造装置の概略構成例を示す縦断面図である。
【図2】インゴットの引下げ速度と固液界面深さの関係を例示する図である。
【図3】減速パターンを変化させた場合の鋳造ストロークおよびインゴットの引下げ速度の変化を例示する図で、(a)は引下げ速度と鋳造ストロークの関係を、(b)は減速開始からの経過時間と引下げ速度の関係をそれぞれ示す図である。
【図4】最終凝固部における異物の析出範囲およびクラック発生の有無の測定ならびに評価方法を説明する図で、(a)は異物の析出範囲を示す図、(b)はクラックの発生状況を示す図である。
【図5】実施例の結果で、異物の析出深さを鋳造条件別および複数回行なった調査別に示した図である。
【図6】多結晶シリコンの製造に使用される電磁鋳造装置の要部の構成例を模式的に示す縦断面図である。
【図7】電磁誘導による多結晶シリコンの製造における最終凝固工程を説明する図である。
【図8】最終凝固工程における異物の析出の状態を概念的に示す図である。
【図9】溶融シリコンが最終凝固部の内側に閉じこめられたことによるインゴットにおける割れ発生の状況を概念的に例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造方法は、シリコン原料を無底の冷却モールドに投入し、電磁誘導加熱により溶融し、当該溶融したシリコンを下方に引き下げ、凝固させることにより多結晶シリコンを連続的に鋳造することを前提としている。
【0032】
電磁誘導技術の適用を前提とするのは、太陽電池の基板材として用いられる多結晶シリコンを製造するに際し、モールド内で、溶融シリコンとモールドとをほとんど接触させずに鋳造を行い、モールドからの金属汚染がなく、変換効率を良好に維持できる多結晶シリコンを連続的に鋳造することができるからである。さらに、プラズマアーク加熱を併用することにより、シリコン原料の迅速かつ均一な溶解を促進して製造コストのより一層の低下を図ると共に、太陽電池としての品質の向上にも寄与することができる。
【0033】
本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造方法は、定常鋳造の終盤においてインゴットの引下げ速度を低下させ、最終凝固工程開始前の固液界面深さを浅くすることを特徴としている。
【0034】
従来は、鋳造を開始した後のインゴットの引下げ速度は一定であり、所定の鋳造ストローク(例えば、インゴット長さが約7m)に達した後は、瞬時に引下げ速度を0(ゼロ)mm/minとして鋳造を終了し、最終凝固工程に移行していた。
【0035】
これに対し、本発明の電磁鋳造方法では、定常鋳造の終盤においてインゴットの引下げ速度を低下させる工程(この工程を、「減速工程」または「溶湯縮小工程」という)を設け、固液界面深さが引下げ速度に比例すること(前記図2参照)を利用して固液界面深さを浅くした後、最終凝固工程に移行する。なお、最終凝固工程は鋳造を終了した後の工程であり、原料の投入および電磁誘導加熱、プラズマアーク加熱は停止するが、減速工程(溶湯縮小工程)では鋳造が行なわれており、原料の投入、プラズマアーク加熱等は継続する。
【0036】
インゴットの引下げ速度低下のタイミングは、定常鋳造の終盤とする。これにより、定常鋳造での操業時間を長くとって高い製造能率を維持することができる。所定の鋳造ストロークに達した時点で引下げ速度がちょうど0mm/min(引下げ停止)となり、その直後に最終凝固工程に移行するように引下げ速度低下のタイミングをとることが望ましい。
【0037】
インゴットの引下げ速度低下の方式(パターン)は特に限定しない。例えば、段階的な減速、連続的な減速のいずれのパターンをも採りうる。しかし、凝固(言い換えれば、結晶成長)が行なわれている環境に対する外乱を極力排除するという観点から、引下げ速度は時間に対して直線的に低下させるのが望ましい。
【0038】
図3は、減速パターンを変化させた場合の鋳造ストロークおよびインゴットの引下げ速度の変化を例示する図で、(a)は引下げ速度と鋳造ストロークの関係を、(b)は減速開始からの経過時間と引下げ速度の関係をそれぞれ示す図である。図3中に示した、例えば、「毎時0.05mm/min」は、引下げ速度を1時間当たり0.05mm/min(10時間では0.5mm/min)の割合で直線的に低下させていくことを意味する。この引下げ速度の低下の度合いを、「減速度」ともいう。
【0039】
図3(a)に示すように、定常鋳造時におけるインゴットの引下げ速度は、1.7mm/minである。従来は、減速工程を設けず、所定の鋳造ストローク(例えば、インゴット長さが約7m)に達した時点で引下げ速度を一気に0mm/minとし、最終凝固工程に移行していた。これに対し、本発明では、最終凝固工程に移行する前に減速工程を設ける。減速度を毎時0.05mm/minとした場合は、同図中に減速工程と表示した部分が減速工程を表している。
【0040】
このような減速工程における引下げ速度の経時変化を図3(b)に示した。減速度を毎時0.05mm/min、または0.2mm/minとした場合、引下げ速度が時間に対して直線的に低下していることがわかる。従来は、減速工程を設けていないので、インゴットの引下げ速度は、1.7mm/minから瞬時に0mm/minに低下している。また、例えば、減速度を毎時0.05mm/minとした場合は、インゴットの引下げ速度を定常鋳造時の1.7mm/minから0.4mm/minまで低下させるのに26時間を要することが読みとれる。
【0041】
本発明の電磁鋳造方法において、前記インゴットの引下げ速度の低下を毎時0.05〜0.2mm/minで行なうこととすれば、後述する実施例に示すように、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を効果的に防止することができる。
【0042】
引下げ速度の低下を毎時0.05mm/min以上とするのは、生産能率(インゴットの製造能率)を許容できる範囲内に維持するためである。前記の図2から明らかなように、インゴットの引下げ速度が小さいほど固液界面深さが浅くなり、それによって、表面が凝固する前に、下方からの凝固に伴う固液界面の持ち上がりが完了しやすくなり、溶融シリコンの閉じ込めが起こりにくくなる。また、異物は凝固の過程で溶融シリコン側に濃縮されるので、固液界面深さが浅くなると異物の析出範囲も浅くなり、縮小される。しかし、図3(b)に示したように、減速度が小さいほど引下げ速度の低下に時間を要し、減速度が毎時0.05mm/minを下回ると、減速工程が長くなりすぎて生産能率の低下が顕著になる。
【0043】
一方、引下げ速度の低下を毎時0.2mm/min以下とするのは、インゴットの最終凝固部における異物析出範囲の縮小効果、およびクラックの発生防止効果を確保するためである。前記の図2から明らかなように、インゴットの引下げ速度が大きくなると固液界面深さが深くなり、減速度が毎時0.2mm/minを超えると、減速工程を大きくとれず、本発明の効果が十分には期待できなくなる。
【0044】
以上説明したように、本発明の電磁鋳造方法によれば、最終凝固工程に移行する前に減速工程(溶湯縮小工程)を設けることにより固液界面深さを浅くして、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を防止することができる。
【0045】
本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造装置は、前記のとおり、導電性の無底冷却モールドと、誘導コイルと、凝固したシリコンのインゴットを徐冷する保温ヒーターを有し、前記誘導コイルによる電磁誘導加熱により溶融したシリコンを下方に引き下げ凝固させる多結晶シリコンの電磁鋳造装置であって、インゴットの引下げ速度を鋳造ストロークに応じて変動させる引下げ速度制御装置を有し、前記引下げ速度制御装置は、鋳造ストロークを計測する鋳造ストロークカウント部と、前記計測された鋳造ストロークを入力してあらかじめ設定した減速度に応じシャフト引下げモーターの駆動数を演算し、その演算結果を当該シャフト引下げモーターに出力するモーター駆動数演算部と、前記モーター駆動数演算部から入力した信号に基づいて駆動するシャフト引下げモーターを具備することを特徴とする装置である。
【0046】
図1は、本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造装置の概略構成例を示す縦断面図である。本発明の電磁鋳造装置は、通常使用されている電磁鋳造装置と同様に、導電性の無底冷却モールド1と、このモールド1を取り囲む誘導コイル2を有している。誘導コイル2の下側には、凝固したシリコンインゴット3を加熱して、急激な冷却を防ぐための保温ヒーター4が設置されており、保温ヒーター4の下側には、均熱ヒーター5が多段配置されている。
【0047】
これらの諸装置は、溶融シリコン6および高温のシリコンインゴット3が大気と直接触れることがないように、密閉されたチャンバー7内に設置されている。チャンバー7は、図示するように、メインチャンバー7−1と、当該メインチャンバー7−1に連接されたサブチャンバー7−2とで構成されており、通常は、チャンバー7内を不活性ガスで置換して、若干の加圧状態で連続鋳造が行えるように構成されている。
【0048】
チャンバー7の上方には、モールド1内に投入する原料等を収容するための原料槽9およびドーパント槽10が設置されている。また、インゴットの下端面を固定した状態で保持する支持台11が上下動可能に構成されたシャフト12に固設された状態で配置されている。さらに、この装置例では、モールド1の上方に、必要に応じて原料シリコンを加熱するためのプラズマトーチ8が取り付けられている。
【0049】
本発明の電磁鋳造装置は、インゴット3の引下げ速度を鋳造ストロークに応じて変動させる引下げ速度制御装置13を有することを特徴としている。この引下げ速度制御装置13は、鋳造ストロークカウント部14と、モーター駆動数演算部15およびシャフト引下げモーター16を具備している。
【0050】
鋳造ストロークカウント部14は、鋳造ストロークを計測して、その信号をモーター駆動数演算部15へ出力する。モーター駆動数演算部15では、あらかじめ設定した減速度(引下げ速度の低下の度合い)に応じ、入力した鋳造ストロークからシャフト引下げモーター16の駆動数を演算し、その演算結果を当該シャフト引下げモーターに出力する。シャフト引下げモーター16は、その信号に基づいて駆動する。
【0051】
上記本発明の電磁鋳造装置によれば、本発明の電磁鋳造方法を容易に実施することが可能であり、最終凝固部における異物析出範囲を縮小させ、クラックの発生を防止することができる。
【実施例】
【0052】
前記図1に示した構成を有する装置を使用し、本発明の電磁鋳造方法を適用してシリコンインゴット(断面形状:345mm×512mm、長さ:6900mm)を鋳造し、最終凝固部における異物の析出範囲およびクラック発生の有無を調査した。比較のために、引下げ速度の減速を行なわない従来の鋳造方法を適用した場合についても同様の調査を行なった。
【0053】
鋳造条件は下記のとおりで、前記図3に例示した条件と同じである。
条件1:鋳造ストローク522.0mmから、毎時0.05mm/minで減速
条件2:鋳造ストローク6450.5mmから、毎時0.2mm/minで減速
従来法:鋳造ストローク6860mmで、一気に速度0mm/minへ減速
【0054】
最終凝固部における異物の析出範囲およびクラック発生の有無の測定ならびに評価方法は次のとおりである。なお、具体的な手法については、図4を参照して説明する。
〔異物の析出範囲〕
インゴットトップ側(最終凝固部側)端面から異物の析出が認められる部位までの深さ(mm)で評価した。
〔クラック発生の有無〕
インゴットトップ側における欠片の剥離の有無を目視判定して評価した。
【0055】
図4は、最終凝固部における異物の析出範囲およびクラック発生の有無の測定ならびに評価方法を説明する図で、(a)は異物の析出範囲を示す図、(b)はクラックの発生状況を示す図である。
【0056】
図4(a)に示すように、インゴットトップ側から異物の析出が認められる部位を含むように供試用インゴットを切断採取した後、インゴットの軸心に沿って縦に切断し、切断面に酸によるエッチングを施して析出した異物を可視化する。同図中に斜線を付した部分が異物の析出範囲であり、インゴットトップ側端面からの深さd(mm)を測定することにより、異物の析出範囲(析出深さ)を求めることができる。なお、析出した異物は、通常、最終凝固工程に移行する直前の固液界面の内側(すなわち、未凝固の溶融シリコン内)全体に分布する。したがって、同図中に斜線を付した部分は、最終凝固工程への移行直前に未凝固であった部分に相当し、異物の析出範囲(析出深さ)はその時点における固液界面深さに対応する。
【0057】
図4(b)に示すように、溶融シリコンの閉じこめに起因するクラックの発生はインゴットトップ側の端面近傍で生じ、インゴットがひび割れて切片が剥離する。そこで、10kg以上の切片が剥離した場合は、溶融シリコンの閉じこめによるクラックが発生したと判定する。
【0058】
異物の析出範囲の調査結果を表1および図5に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
図5は、表1の結果を図示したもので、異物の析出深さを鋳造条件別および複数回行なった鋳造No.別に示した図である。
【0061】
表1および図5に示したように、引下げ速度の減速を行なわない従来の鋳造方法を適用した場合、異物の析出範囲(異物の析出深さ)は5回の調査の平均で745mmであった。これに対し、本発明(条件1、条件2)の電磁鋳造方法を適用した場合、異物析出深さはこれより大きく減少しており、引下げ速度を緩やかに減速させた条件1(毎時0.05mm/minで減速)では、減少幅がより大きかった。
【0062】
クラック発生の調査結果を表2に示す。
【0063】
【表2】

【0064】
表2に示したように、従来の鋳造方法を適用した場合は、5回行なった鋳造のうち2回の鋳造でクラックの発生が認められたが、本発明の電磁鋳造方法を適用した場合はクラックの発生は皆無であった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の多結晶シリコンの電磁鋳造方法、電磁鋳造装置によれば、インゴットの最終凝固部における異物の析出とそれによる結晶欠陥の発生範囲を縮小させ、クラックの発生を防止してインゴットの製造歩留りを向上させることができる。したがって、本発明は、太陽電池の製造分野において有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
1:モールド、 2:誘導コイル、 3:インゴット、 4:保温ヒーター、
5:均熱ヒーター、 6:溶融シリコン、 6a:凝固シリコン
7:チャンバー、 7−1:メインチャンバー、 7−2:サブチャンバー、
8:プラズマトーチ、 9:原料槽、 10:ドーパント槽、
11:支持台、 12:シャフト、 13:速度制御装置、
14:鋳造ストロークカウント部、 15:モーター駆動数演算部、
16:シャフト引下げモーター、 17:シリコン原料、
18:原料供給ノズル、 19:プラズマアーク、
20:カーボンブロック, 21:固液界面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン原料を無底の冷却モールドに投入し、電磁誘導加熱により溶融し、当該溶融したシリコンを下方に引き下げ凝固させることにより多結晶シリコンを連続的に鋳造する多結晶シリコンの電磁鋳造方法であって、
定常鋳造の終盤においてインゴットの引下げ速度を低下させ、最終凝固工程開始前の固液界面深さを浅くすることを特徴とする多結晶シリコンの電磁鋳造方法。
【請求項2】
前記インゴットの引下げ速度の低下を毎時0.05〜0.2mm/minで行なうことを特徴とする請求項1に記載の多結晶シリコンの電磁鋳造方法。
【請求項3】
軸方向の一部が周方向で複数に分割された導電性の無底冷却モールドと、このモールドを取り囲む誘導コイルと、前記モールドの下方に配置され、凝固したシリコンのインゴットを徐冷する保温ヒーターを有し、前記誘導コイルによる電磁誘導加熱により溶融したシリコンを下方に引き下げ凝固させる多結晶シリコンの電磁鋳造装置であって、
インゴットの引下げ速度を鋳造ストロークに応じて変動させる引下げ速度制御装置を有し、
前記引下げ速度制御装置は、鋳造ストロークを計測する鋳造ストロークカウント部と、
前記計測された鋳造ストロークを入力してあらかじめ設定した減速度に応じシャフト引下げモーターの駆動数を演算し、その演算結果を当該シャフト引下げモーターに出力するモーター駆動数演算部と、
前記モーター駆動数演算部から入力した信号に基づいて駆動するシャフト引下げモーターを具備することを特徴とする多結晶シリコンの電磁鋳造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−166979(P2012−166979A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29115(P2011−29115)
【出願日】平成23年2月14日(2011.2.14)
【出願人】(302006854)株式会社SUMCO (1,197)
【Fターム(参考)】