説明

大規模微生物培養法

本発明は、一般に、コハク酸塩などの代謝生成物を高濃度で生産するための新しい培養法に関する。本培養法は、バイオマスを増加させるためのpH調節を行わない富酸素培養、酸素分圧<5%の貧酸素条件下における順応、および無酸素条件下におけるコハク酸の高濃度の産生を使用する。本方法は単一のリアクター内で行うことができ、効率的なスケールアップが容易である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
該当なし。
【背景技術】
【0002】
嫌気的発酵および好気的呼吸は、化学製品の工業的製造にとって興味深い2つの代謝様式である。富酸素呼吸では、非常に効率的に細胞が成長(成長速度および収率)し、炭素源が高い割合で二酸化炭素および細胞に変換される(表1参照)。他方、嫌気的発酵では、細胞成長が遅く、数種の発酵生成物が高収率で合成される(例えば、乳酸塩、ギ酸塩、エタノール、酢酸塩、コハク酸塩など)。
【0003】
【表1】

【0004】
しかしながら、富酸素プロセスによる化学製品の製造は、嫌気的方法の使用に較べて2つの理由でよりコストがかかる。第1に、好気的発酵槽は、1基当たりのコストがより高いこと、およびスケールメリットに劣るより小型の発酵槽が必要であることにより、製作費がより高い。第2に、好気的発酵槽は稼働させるにも嫌気的発酵槽よりコストがかかる。これは酸素の溶解度が低いため、細胞へ適切な酸素を確実に供給しようとすると、多くのエネルギー入力を必要とするからである。このことは、発酵コストが製造コスト全体の50〜90%を占めるような汎用の化学製品の製造に特に関係する。
【0005】
したがって、可能であれば、嫌気的方法が通常好ましく、一般的には、細胞を好気的に数多く成長させ、その後、所望の分子を産生するために細胞を嫌気的な培養へと切り替える。しかしながら、その方法が失敗し、収率や速度の低下を招くことも少なくない。
【0006】
イー・コリ(E.coli)による発酵から出発して、コハク酸などの数種の酸の混合物を製造することは、1949年に、J.Bacteriol.,57:p.147−158で発表されたJL.Stokesによる「Fermentation of glucose by suspensions of Escherichia coli」というタイトルの論文に記載されているように、古くから知られている。しかしながら、そのStokesの方法では、発酵グルコース1モルに対し、僅かに0.3〜0.4モルのコハク酸が生産されたにすぎない。
【0007】
したがって、収率を高めるために、コハク酸の産生に必要なNADHを消費する代謝経路を不活性化し、コハク酸塩(コハク酸の塩)を産生する代謝経路を活性化させるように、細菌の遺伝子組換えが行われてきた。実際、オキサロ酢酸からリンゴ酸塩へ、次いでフマル酸塩へ、そして最終的にコハク酸塩へと変換する発酵代謝経路は、産生されるコハク酸塩1モル当たり、2モルのNADHを必要とする。したがって、コハク酸塩の産生に主に代謝の障害となるのは、NADHに対する細胞のバイオアベイラビリティである。
【0008】
この問題を解決するために、米国特許第7223567号明細書には、同量の使用可能なNADHに対してコハク酸塩を過剰に産生する組換えイー・コリ(E.coli)菌株の使用が記載されている。このイー・コリ(E.coli)菌株「SBS550MG−pHL413」は、adhE、ldhA遺伝子(NADHを消費する経路に関与する)を不活性化し、ack−pta遺伝子およびiclR遺伝子(グリオキシル酸経路を活性化する)を不活性化し、かつ外来遺伝子pycを過剰に発現するプラスミドベクターを含んでいる。
【0009】
Sanchezらの論文(タイトル「Novel pathway engineering design of the anaerobic central metabolic pathway in Escherichia coli to increase yield and productivity」、Metabolic Engineering 7(2005)p.229−239)、並びに、米国特許第7223567号明細書、および米国特許出願公開第2005/042736号明細書では、それぞれ、コハク酸の産生収率を高めるために、この菌株についての新しい培養および産生条件を開発している。これらの特許は参照することによりその全体が本明細書に援用される。
【0010】
Sanchezら、米国特許第7223567号明細書、および米国特許出願公開第2005/042736号明細書では、最大量のバイオマスを生産するため、SBS550MG−pHL413を、まず、三角フラスコ中、好気的条件のLB培地で培養し、バイオマスを遠心分離により濃縮し、その後、富栄養培地を有するバイオリアクターへ嫌気的条件下で移し、コハク酸を産生させる。これらの実験では、グルコース1モル当たりのコハク酸塩のモル収率は、米国特許出願公開第2005/042736号明細書で1.2または1.3であったが、一般的には1.5未満であり、しかし、米国特許第7223567号明細書では1.7に達した。
【0011】
しかしながら、これらの実験の培養条件は実験室規模で開発されたものであって、三角フラスコでの最初の培養工程と、濃縮バイオマスを回収するための遠心分離は、大量処理に容易に適合するものではないから、工業規模に置き換えることは困難である。さらに、コハク酸の収率およびこの菌株の速度をさらに増加させ、かつ、コハク酸塩の高収率が大規模処理でより再現性のあるものにすることが望まれるであろう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
この分野で必要な技術は、コハク酸塩などの化合物の高収率かつ高速度の産生を可能にしながらも、スケールアップが容易で、かつコスト効率が良好な新規な培養法である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、一般に、コハク酸塩、フマル酸塩、リンゴ酸塩、乳酸塩、エタノール、グリセロール、プロパノール、ブタノールなどの代謝産物を高濃度で産生する微生物を培養する新しい方法に関する。本発明は、また、そのような化合物を製造する方法に関する。本明細書ではコハク酸塩について例証するが、本発明は微生物の培養に広く利用することができ、多様な最終生成物を得ることができる。
【0014】
本発明者らは、好気的条件から嫌気的条件へと直接切り替えると、グルコース1モル当たりのコハク酸塩のモル収率が0.4〜0.8という非常に低いオーダーになることを見出した。しかしながら、細胞を、酸素は存在するもののその量は少ない貧酸素フェーズを通すことによって、徐々に嫌気的条件へと切り替えると、驚いたことに、細胞は極めて高いモル収率で産生し(1ランで1.68)、より高い比速度でコハク酸塩を産生する(1ランで0.116g/l/hr/OD)。このように、新しい培養手順によれば、モル収率は1.5超、好ましくは1.6、さらには1.7にまでも向上し、さらに重要なことに、産生速度が増大する。さらに、系をより最適化するならば、グルコース1モル当たりコハク酸塩1.8、1.9または2モルにまで増加させることも可能である。このように、本方法は、先行技術の手順に較べてはるかに効率的で再現性に優れており、規模を大きく拡大させることができる。
【0015】
多くの実験を重ねた結果、同じバイオリアクターの中で、細胞の成長とコハク酸塩の産生をともに高収率で、かつ高速で行わせる新規な培養法を開発した。工程は次の工程を含む。1)pHの調節なしでの富酸素条件下での成長段階;2)貧酸素条件下での順応段階。通常、これは0.5時間よりも長く、数時間以上のこともある。3)富二酸化炭素環境の無酸素条件下での産生フェーズ。このフェーズでは炭素は随時補給される。
【0016】
順応段階の重要性は、十分な量の酸素を常に供給した次の実験により示すことができる。この実験では、800RPMの高速攪拌下で細胞を成長させ、二酸化炭素を反応槽に送入することにより直ちに嫌気的フェーズに切り替えた。この場合、溶存酸素は殆どの時間で60%超であった(データは示さず)。順応を行わないと、本方法の成績は芳しくなかった。モル収率は予想値のおよそ1.6より低く、比速度は0.06g/L/h/OD未満であった。
【0017】
【表2】

【0018】
攪拌速度を遅くした、したがって酸素が少ない別のランの結果を下に示す。この場合、溶存酸素が非常に低かったにもかかわらず(<5%)、モル収率および比産生速度は極めて大きかった。モル収率は理論的最大収率の1.6に近く、比産生速度は0.1g/L/h/ODを超えた。
【0019】
【表3】

【0020】
「富酸素条件」は、酸素が、一般的には空気の形態で、存在すること(例えば、好気性)を特徴とする培養条件を意味する。好ましくは、発酵培地の酸素分圧はt=0で60〜100%、または80〜90%である。富酸素条件下での微生物の培養には、培地を攪拌することが推奨されるが、バブリングや富酸素ヘッドガス(head gas)の使用など、十分な酸素供給を確実に行う他の手段も使用可能である。
【0021】
「貧酸素条件」は、供給された酸素が微生物により完全に消費される培養条件を意味するが、系から酸素が排除されるものではなく、したがって、培地の酸素分圧(pO)は<5%、好ましくは<2%、好ましくは0〜1%になる。順応ないし貧酸素条件は、多くの方法で達成することができる。これには、攪拌速度の変化(例えば、4〜500rpmへの低下)、ガス流量もしくは注入ガス組成の変化、または、より多くのグルコースを添加することによる細胞密度の増加(したがって、酸素要求量の増加)、あるいは、これらの組み合わせが挙げられる。
【0022】
順応は、富酸素条件下で十分な量の細胞が蓄積、例えば600nmでの吸収が約15、16、17、18、19もしくは20、またはそれ以上を示すまで(すなわち、乾燥微生物で4g/l以上になるまで)蓄積した時点で開始することが好ましい。また、低酸素順応工程は、t=0において培地に供給された炭素源の殆どまたは全てが消費された後に行うことが好ましい。
【0023】
細胞が低酸素に十分順応したところで、培養を無酸素条件へと切り替えるが、本明細書中に記載するように、その最適な時点を試験することができる。本明細書で使用した細胞、培地および培養法では、順応は約2時間で十分であり、pHの上昇がこの条件下の順応の指標になった。
【0024】
「無酸素条件」は、有意な酸素が存在しない、例えば嫌気的な培養条件を意味する。当業者であれば無酸素培養条件へ変化させる方法を知っているであろう。このように、標準の方法で、例えば、酸素を、一般に二酸化炭素ガスもしくは炭酸塩の形態の二酸化炭素、または他の不活性ガスと混合した二酸化炭素で置換することによって変化させることが可能である。
【0025】
無酸素条件は、COを一般に二酸化炭素または炭酸塩の形態で永続的に供給することを特徴とする発酵操作において実現することが好ましい。本発明では、例えば、COを0.1〜0.5vvm、好ましくは0.3vvm(培地1体積および1分間当たりのCO体積)の速度でバイオリアクターに注入する。
【0026】
「培地」は、前記微生物の成長に必要な化学成分と、好ましくは有基質の少なくとも1種の炭素源および1種の窒素源を含む培地を意味する。
【0027】
培地は一般に以下のものを含む。
【0028】
【表4】

【0029】
本発明の培地は、また、必要に応じて、抗生物質(例えばアンピシリン、カルベニシリンまたはオキサシリンなど)を、もし微生物が前記抗生物質に対する耐性遺伝子を、例えばプラスミドなどのベクター上に、または有機体のDNAに統合された状態で有する場合には含有することができる。
【0030】
グルコースまたはデンプンの加水分解物は炭素源の例として挙げられる。本発明においては、炭素源は、好ましくはグルコースであるが、微生物に利用可能な炭素源であればいずれも使用することができる。例えば、グリセロール、デキストロース、コーン副生物、および穀類もしくは草類またはそれらの副生物は全て炭素源の供給に使用することができる。
【0031】
炭素源を含む培地組成の例を次に示す。
【0032】
【表5】

【0033】
培地はミネラル培地であることが好ましい。「ミネラル培地」は、タンパク質を含まない、すなわち、ミネラル経路により窒素が供給され、溶解したミネラルと炭素源、好ましくはグルコースとを基本的に含む培地を意味する。
【0034】
ミネラル培地の組成の例を次に示す。
【0035】
【表6】

【0036】
「コハク酸産生微生物」は、その自然の代謝によって、または遺伝子操作の結果として、コハク酸を産生することができる全ての微生物を意味する。
【0037】
微生物は、エシェリキア属(Escherichia)またはイー・コリ(E.coli)の菌種であることが好ましい。本発明においては、イー・コリ(E.coli)菌株は、自然の菌株より、多くのコハク酸を産生するように遺伝子を組換えた組換え菌株であることがより好ましい。
【0038】
より一層好ましくは、遺伝子型がΔadhE ΔldhA ΔiclR Δackpta PYC、またはΔadhE ΔldhA ΔiclR Δack PYCもしくはΔadhE ΔldhA ΔiclR Δpta PYCの菌株である。この遺伝子型はCO存在下の発酵におけるコハク酸の産生を促進する。記号Δは、その遺伝子が、例えば突然変異、欠失、妨害、挿入、または、読み枠の変更、点突然変異などを引き起こす例えば終止コドンの導入、挿入もしくは欠失による「ダウン」−レギュレーションによって不活性化されていることを示す。
【0039】
したがって、遺伝子型ΔadhE ΔldhA ΔiclR Δackpta PYCは以下のものに対応する。
【0040】
【表7】

【0041】
非常に好ましい実施態様では、イー・コリ(E.coli)株は、SBS550MG−pHL413株である。この菌株は、Sanchezら,Metabolic Engineering,7(2005)p.229−239)、並びに、米国特許第7223567号明細書および米国特許出願公開第2005/0042736号明細書に記載されている。他の菌種としては、SBS330MG、SBS330MG、SBS330MG、SBS660MGおよびSBS990MGが挙げられる。
【0042】
本発明の新規な方法で有利に使用することができる他のコハク酸産生菌株としては、次のものが挙げられる。
【0043】
【表8】

【0044】
本明細書に記載されているカルボン酸は、構造、pH、存在するイオン、エステル化の有無に応じて、塩、酸、塩基または誘導体とすることができる。例えば、「コハク酸塩」と「コハク酸」という用語は、本明細書では交換して使用することができる。本明細書で使用される化学物質としては、ギ酸塩、グリオキシル酸塩、乳酸塩、リンゴ酸塩、オキサロ酢酸(OAA)、ホスホエノールピルビン酸塩(PEP)、およびピルビル酸塩が挙げられる。クレブス回路(クエン酸回路、トリカルボン酸回路、またはTCA回路とも呼ばれる)などの細菌の代謝経路については、LehningerによるPrinciples of Biochemistryや他の生化学の教科書に記載されている。
【0045】
本明細書では、「低活性」は、タンパク質活性が適当な対照種に較べて少なくとも75%低下していることと定義される。活性の低下が少なくとも80、85、90、95%であることが好ましく、最も好ましい実施態様では、活性は消滅ないし「不活性化」されている(100%)。タンパク質は、阻害剤、突然変異、または発現ないし翻訳の抑制などにより不活性化することができる。
【0046】
本明細書では、「過剰発現」または「過剰発現した」は、タンパク質活性が適当な対照種に較べて少なくとも150%であることと定義される。過剰発現は、阻害物質の除去や活性化物質の添加などにより、タンパク質を突然変異させて、より活性な形態、または阻害に耐性を有する形態を作り出すことにより、達成することができる。過剰発現は、また、リプレッサーの除去、遺伝子の多数コピーの細胞への添加、内在性遺伝子のアップレギュレーションなどによっても達成することができる。
【0047】
「培養」は、所望の目標に到達するまでの期間、例えば0.5〜72時間、5〜48時間、より一層好ましくは8〜24時間、前記微生物を培養することを意味する。順応工程は、少なくとも2時間が好ましいが、0.5〜5時間または1〜2時間の範囲でもよい。
【0048】
最適な培養温度は、20〜40℃、好ましくは36〜39℃付近であり、37℃がより好ましい。微生物が異なれば最適温度も異なることもあり得、微生物の最適温度を決定する方法はよく知られている。
【0049】
本発明の方法は少なくとも1つの追加工程―順応および/または産生段階の間の第2(またはそれより多く)の炭素源添加工程を含むことが好ましい。炭素原およびその量は最初の投与量と同じ、好ましくは2〜10g/Lのグルコースであることが好ましい。しかしながら、炭素源およびその量は異ならせることもできる。
【0050】
前記微生物を植菌する前の培地のpHは約7〜約8、有利には約7.5で、pHが約7未満の値に低下したときに、炭素の追加を行うことが好ましい。その後、pHを再び約7超、有利には約7.2超の値まで上昇したところで、無酸素条件へ切り替える。
【0051】
pHが約7未満の値に減少することが観察されるのは、有機酸を産生するという現象と結びつけることができ、その後、その有機酸の一部が消費されるとpHは約7超の値に再び上昇し、これにより、細胞が十分に順応したことがわかる。
【0052】
「pHの調節」は、所与の期間にわたって培地のpH値を維持することを意味する。本発明においては、pHは様々な方法で調節することができる。1)ある期間にわたっての調節:pH値をある範囲に維持する。その場合、pH値は時間とともに変化するが、考えられる範囲から外れることはない。2)「低値」調節:pH値を閾値より上に維持する。その場合、pH値は時間とともに変化するが、閾値より下になることはない。3)単一値調節:pH値をその時間この値に一定に維持する。pHを調節する場合、好ましくはNaOHまたはNHOHの添加により調節することが有利である。
【0053】
本発明の他の一実施態様では、本発明の方法は、産生フェーズの終了時に、コハク酸へ転換するために、培地に存在するコハク酸塩イオンを酸性化する工程を含む。
【0054】
本発明の他の態様は、本発明は、コハク酸を調製する方法、コハク酸を精製する工程、および場合によりコハク酸を結晶化する工程を含むことを特徴とするコハク酸の製造方法に関する。精製工程はバイポーラ膜電気透析を含み、結晶化工程は蒸発結晶化および/または水冷による結晶化によって行うことが有利である。
【0055】
添付の図面の説明を以下に示す。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施例2の条件による、富酸素および無酸素フェーズにおける酸素分圧(pO)(左軸目盛り)およびpH(右軸目盛り)の変化を示す曲線。
【図2】実施例3の条件による、バイオマスの産生成績に及ぼす富酸素フェーズにおける撹拌効果(CO下、18時間培養後に測定)。
【図3】図3:実施例4の条件による、富酸素および無酸素フェーズにおける酸素分圧(pO)、pH、および培地に加えたNaOH量の変化を示す曲線。
【発明を実施するための形態】
【0057】
以下の実施例は、本発明の方法の好ましい実施形態を記載したものであるが、その範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0058】
実施例1:pHの制御
富酸素細胞成長過程におけるpH制御の悪影響を次のデータにより示した。塩の補給を行うか、または行わず、500RPMの低速撹拌とし、pHを7.0に制御すると、コハク酸塩のモル収率は予想値のおよそ1.6より常に低い。
【0059】
【表9】

【0060】
実施例2:コハク酸の産生
この実施例は、十分に植菌するために行った三角フラスコ中での予備培養フェーズ、富酸素条件下、富栄養培地、すなわち微生物が吸収し得る窒素源としてタンパク質およびペプチドを含む培地による培養フェーズを含む。このフェーズはバイオマスの生成し、貧酸素順応フェーズが続き、その後、コハク酸塩を実際に産生する無酸素産生フェーズが続く。富酸素、貧酸素および無酸素フェーズは同一の発酵槽で行い、本明細書での例示に使用した菌株は、SBS550MG−pHL413であった。
【0061】
この方法は、特に、富酸素フェーズ終了時に、バイオマスの遠心分離による濃縮を行わないことと、貧酸素フェーズを含むことにより、先行技術と区別される。
【0062】
予備培養フェーズ:三角フラスコ中で、37℃で17時間、125rpmで撹拌しながら、SBS550MG−pHL413を予備培養する。2つのバッフルを備えた2リットルの三角フラスコ中で、400mlの培地に菌株を植え付ける。この予備培養培地の組成は次の通りである。
【0063】
富酸素および貧酸素フェーズ:こうして予備培養した菌株を、4リットルの発酵槽内の次の組成の培地に入れる。
【0064】
【表10】

【0065】
実施例3:増殖過程における酸素の影響
この実施例は、撹拌速度を変化させることにより酸素の影響を調べることを目的としている。SBS550MG−pHL413株によるコハク酸の産生を、CO下、成長させずに行う。成長フェーズを、実施例2の「富酸素フェーズ」にしたがって富酸素条件下で予め実施しておく。CO下、18時間の撹拌の効果を図2に示す。
【0066】
【表11】

【0067】
三角フラスコで予備培養して得た接種物は、発酵槽内の培養培地の全体積の3%である。富酸素フェーズにおける培養条件は、温度37℃、撹拌速度500rpm、曝気量2.5vvmで、pHの調節は行わない(pHは単に培地の滅菌前に7.5に調節したのみ)。
【0068】
酸素分圧(pO)(左軸目盛)およびpH(右軸目盛)を示す曲線を図1に示す。8時間の終わりに観察されたpHの第1ピーク(7.2)の間に、2g/lのグルコースを加える(培地組成中、「+2g/l(pHの再度上昇後)」と表記)。グルコースのこの添加の後、pHの7未満への低下が観察され、その9.5時間後にpHの第2ピーク(7.4)が観察される。
【0069】
注目されるのは、微生物が増殖した結果、7.5時間から酸素分圧(pO)が<1%(貧酸素条件)に低下し、2時間そのままの状態にあることである。これは、培養終了時、2時間で、培地に供給した酸素が微生物によってほぼ完全に消費されたことを反映している。増殖のこのフェーズを、本明細書では「貧酸素フェーズ」と呼ぶ。
【0070】
無酸素フェーズ:次に、酸素供給を0.3vvmのCO注入に切り替えることによって、菌株を、無酸素条件下、37℃に置き、250rpmで攪拌する。培地のpHを、5MのNaOHの10M溶液によりpH7に調節する。
【0071】
次の化合物を培地に加える。
【0072】
【表12】

【0073】
最終結果は次の通りである。
【0074】
【表13】

【0075】
したがって、本発明の方法を実施することにより、最終フェーズで相当量のコハク酸を生産できることがわかる。
【0076】
成績に及ぼすこのパラメータの影響が非常に大きいことがわかる。生産性および収率の最適値は400〜500rpmにあり、両者とも600rpmでは大きく減少している。
【0077】
したがって、酸素の移動は、コハク酸の産生に関与する代謝経路の誘導に対して、重要なパラメータとなる。1つの仮説として、細胞を低酸素に順応させるために、言い換えれば、無酸素フェーズ下で系から酸素が除去される前に非常に低酸素の貧酸素フェーズに順応させるために、富酸素フェーズの終了時に溶存酸素(pO)が殆どないか全くないフェーズが誘導に必要であるということができよう。
【0078】
実施例4:pH調節の影響
この実施例は予備培養フェーズ、富酸素条件下、富栄養培地(ミネラルに対するものとして)での培養フェーズ、貧酸素フェーズ、および、発酵により実際にコハク酸を産生する無酸素フェーズを含む。これらのフェーズは同一の発酵槽で行い、例示のために使用した菌株は、SBS550MG−pHL413株である。
【0079】
この実施例は、富酸素フェーズおよび無酸素フェーズでpHを6.75の低値に調節していることが上と異なる主な点である。
【0080】
予備培養フェーズ:実施例2を参照。
【0081】
富酸素および貧酸素フェーズ:この方法で予備培養した菌株を15リットルの発酵槽の実施例2の組成の培地に入れる。三角フラスコで予備培養して得た接種物は、発酵槽内の培養培地の全体積の3%である。富酸素フェーズにおける培養条件は、温度37℃、撹拌速度400rpm、曝気量1vvm、5NのNaOH溶液による6.75の低値調節である。酸素分圧は2時間にわたって<1%である(貧酸素フェーズ)。
【0082】
酸素分圧(pO)(左軸目盛)と、pH(右軸目盛)、およびpHをバランスさせるために使用したNaOHの変化を示す曲線を図3に示す。7時間の終わりに観察されたpHの第1ピーク(7.2)の間に、2g/lのグルコースを加える(培地組成中、「+2g/l(pHの再度上昇後)」と表記)。グルコースのこの添加の後、pHの7未満への低下が観察され、その後8時間の終わりにpHの第2ピーク(7.6)が観察される。同時に、7時間から酸素分圧(pO)は<2%に低下する(貧酸素条件)。その後、8時間培養してから培養を無酸素フェーズに変える。
【0083】
無酸素フェーズ:次に、酸素供給を0.2vvmのCO注入に切り替えることによって、菌株を、無酸素条件下、37℃に置き、250rpmで攪拌する。培地のpHを、5NのNaOH溶液によりpH6.75の低値に調節する。無酸素条件下の培地にグルコースを20g/L加える。
【0084】
結果は次の通りである。
【0085】
【表14】

【0086】
実施例5:ミネラル培地
本発明で開発された2つの培地を次表に示す。培地MIN−Nは、水酸化アンモニウムによるpHの調節を行って使用するよう定義される。
【0087】
【表15】

【0088】
上に示した培地は、20g/lのグルコースと相俟って、18時間にわたるCO下の無酸素フェーズで相当量(>15g/l)のコハク酸を十分に生産し得るだけのバイオマス(600nmの吸光度>15)を得ることを可能にする。
【0089】
実施例6:pH調節を行うミネラル培地
コハク酸を得る別の方法は、上で開発された培地を使用し、予備培養フェーズ、発酵槽での二次培養フェーズ、バイオマスを生産する、富酸素条件下のミネラル培地での培養フェーズ、貧酸素フェーズ、および発酵により実際にコハク酸を産生する無酸素フェーズを含む。これらのフェーズは同一の発酵槽内で行い、例示のために使用した菌株は、SBS550MG−pHL413である。
【0090】
予備培養フェーズ:SBS550MG−pHL413株を、三角フラスコ中、37℃で24時間より短い時間、125rpmで穏やかに撹拌しながら、予備培養を行う。500mlの予備培養培地は、凍結チューブの接種物が植菌され、2リットルの三角フラスコに入れられる。
【0091】
この予備培養培地の組成は次の通りである。
【0092】
【表16】

【0093】
二次培養フェーズ:この二次培養培地の組成は次の通りである。
【0094】
【表17】

【0095】
三角フラスコで予備培養して得られた接種物は、発酵槽内の培養培地の全体積の6%である。二次培養を、温度37℃で、20時間超の時間にわたって発酵槽内で行う。その間、酸素分圧を0%超とし、1vvmの曝気を行いながら、450rpmで撹拌する。培地のpHを、5Nのソーダ溶液により6.75の低値に調節する。
【0096】
富酸素および貧酸素フェーズ:この二次培養の後、菌株を、20Lの発酵槽内の次の組成の培地に入れる。
【0097】
【表18】

【0098】
三角フラスコ中で予備培養して得られた接種物は、発酵槽内の培養培地の全体積の13%である。曝気は1vvmに、温度は37℃に維持し、培地のpHは5Nソーダ溶液により6.75の低値に調節する。最初、450rpmで培地を撹拌することにより、酸素分圧を20%超に維持する。
【0099】
菌株により10g/lのグルコースが消費されたなら、撹拌を400rpmに減速し、貧酸素条件(酸素分圧<1%)に変える。
【0100】
無酸素フェーズ:富酸素および貧酸素フェーズの後、酸素供給を0.2vvmのCO注入に切り替えることによって、菌株を、無酸素条件下、37℃に置き、250rpmで攪拌する。培地のpHを、5NのNaOH溶液によりpH6.75に調節する。無酸素条件下の培地にグルコースを20g/L加える。
【0101】
18時間の産生後の結果を下表にまとめる。
【0102】
【表19】

【0103】
産生に対する富酸素フェーズの3つの重要な因子の影響を検証するために、新しい手順を使用した。
【0104】
・使用した塩基(NaOH/NH3)
・富酸素フェーズの終わりの貧酸素フェーズ(低酸素含有)の存在
・貧酸素フェーズの終わりのpHの再上昇(生成した酸の消費)
これら因子の組み合わせのそれぞれについて得られた結果を下表にまとめる(18時間の産生後)―上で示した基本手順で得られた結果はこの表の3番目の行に示されている。
【0105】
【表20】

【0106】
これは、バイオマスの高い比生産性(>0.01g/h/OD)を得るには、貧酸素フェーズが必要であることを示している。好気的フェーズにおける最後のpHの上昇もまた、収率および比速度の両者にプラスの効果をもたらす(コハク酸の収率は産生フェーズで消費されたグルコースに対して計算され、g/g×100で示される)。
【0107】
全体として、観察された影響は富栄養培地で得られたものと類似しており、本手順の正当性を立証するものである。
【0108】
貧酸素フェーズの影響:これらの試験によりこの因子の優位性が確認される。このフェーズは、コハク酸の産生を誘導するためには絶対的に必須である。貧酸素フェーズが存在しないと(太字で示した行を参照)、コハク酸収率はごく僅かな値にまで低下する。
【0109】
NH3/NaおよびpH操作の影響:富酸素フェーズの終了時に、ソーダベースの培地に対して再度pHを上昇させることは、バイオマスの活性および収率(92%)に明らかな改善をもたらす。
【0110】
水酸化アンモニウムを使用すると、産生フェーズにおける成長およびグルコースの比消費速度に一定の改善をもたらす。
【0111】
実施例7:pH調節をしないコーンベースの培地
この実施例は、予備培養フェーズ、コーンスティープを窒素源とし、グルコースを炭素源として含む培地中での富酸素条件下の培養フェーズ(このフェーズはバイオマスの生産を行う)、貧酸素フェーズおよび実際にコハク酸の産生を行う無酸素フェーズを含む。例示のために使用した菌株は、SBS550MG−pHL413株である。
【0112】
予備培養フェーズ:実施例2を参照。
【0113】
富酸素および貧酸素フェーズ:予備培養の後、400rpmで攪拌している4Lの発酵槽内の次の組成の培地に菌株を置く。
【0114】
【表21】

【0115】
無酸素フェーズ:次に、酸素供給を0.3vvmのCO注入に切り替えることによって、菌株を、無酸素条件下、37℃に置き、250rpmで攪拌する。培地のpHを、5NのNaOH溶液によりpH6.4に調節する。無酸素条件下の培地にグルコースを20g/L加える。24時間の無酸素条件下での培養の後、グルコースを15g/l加え、48時間後に4g/l加える。
【0116】
得られた結果は次の通りである。
【0117】
【表22】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
単一のリアクター内で微生物を培養して代謝物を製造する方法であって、次の工程:
a)代謝物の産生が可能な微生物をリアクター内の培地に接種する工程、
b)前記リアクター内で、前記培地のpHを調節しながら、または調節せずに、好ましくは前記培地のpHを調節しながら、富酸素条件下、前記微生物を培養する工程、
c)前記リアクター内で、酸素5%未満の貧酸素条件に前記微生物を順応させる工程、
d)COまたは不活性ガスと混合したCOでパージすることにより、前記リアクター内を無酸素条件に変える工程、および
e)前記代謝物を産生するのに十分な期間、前記微生物を前記無酸素条件下で培養する工程
を含む方法。
【請求項2】
前記代謝物が、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、乳酸、グリセロール、エタノール、イソプロパノール、ブタノールからなる群より選択され、好ましくはコハク酸であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記微生物が、エシェリキア属(Escherichia)またはエシェリキア・コリ(Escherichia coli)から選択されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記微生物が、同量の利用可能なNADHに対して野生型株より多量にコハク酸塩を産生するように遺伝子が組換えられた組換えエシェリキア・コリ(Escherichia coli)であることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記微生物が、不活性化されたadhE、ldhA、ack−ptaおよび/またはiclR遺伝子を有し、かつ、過剰発現したpyc遺伝子を有することを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
微生物が、遺伝子型ΔadhE ΔldhA ΔiclR Δackpta PYC、またはΔadhE ΔldhA ΔiclR Δack PYCもしくはΔadhE ΔldhA ΔiclR Δpta PYCを有する請求項4に記載の方法。
【請求項7】
微生物がSBS550MG−pHL413である請求項4に記載の方法。
【請求項8】
培地がミネラル培地であることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項9】
工程c)または工程e)で少なくとも1回の追加炭素の添加を行うことを含むことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記順応工程で培地のpHが約7未満の値に低下したときに追加の炭素を加えることを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項11】
培地のpHが約7.2に上昇したときに工程d)を実施することを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記培地が少なくとも2時間、貧酸素条件下に置かれたとき、工程d)を実施することを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項13】
t=0で培地に加えられた炭素源の大部分が、工程b)で前記微生物により消費された後、工程c)を行うことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記微生物により600nmの吸光度が15超になったときに前記順応工程を開始することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項15】
工程a)〜e)を1つの発酵槽で行うことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項16】
工程e)の終了時に、培地に存在するコハク酸塩イオンを酸性化して、コハク酸に変換する工程f)をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2011−507541(P2011−507541A)
【公表日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−540180(P2010−540180)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【国際出願番号】PCT/IB2007/055409
【国際公開番号】WO2009/083756
【国際公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(591169401)
【氏名又は名称原語表記】ROQUETTE FRERES
【出願人】(510166102)ウィリアム マーシュ ライス ユニバーシティ (2)
【氏名又は名称原語表記】WILLIAM MARSH RICE UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】6100 Main Street,Houston,TX 77005, United States of America
【Fターム(参考)】