説明

天然型のホスファチジルイノシトールを製造する方法およびそのための改変型ホスホリパーゼD

【課題】天然型のホスファチジルイノシトールを製造する方法およびそのための改変型ホスホリパーゼDを提供する。
【解決手段】特定な配列からなるアミノ酸配列の187位のアミノ酸残基が任意のアミノ酸であり、191位のアミノ酸残基がチロシンであり、および385位のアミノ酸残基がアルギニンであるアミノ酸配列を含む改変型ホスホリパーゼDまたはその変異体と、原料リン脂質と、イノシトールまたはその誘導体とを反応させて、1(3)型のホスファチジルイノシトールまたはその誘導体を特異的に生成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然型のホスファチジルイノシトールを製造する方法および該方法に用いられる改変型ホスホリパーゼDに関する。
【背景技術】
【0002】
リン脂質は、乳化剤、化粧品の成分、医薬処方物として、およびリポソーム調製のために用いられ得る。天然物由来のリン脂質は、通常、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジン酸(PA)、スフィンゴミエリンなどの混合物からなる。天然のリン脂質から特定のリン脂質を分画するために、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ヘキサン、クロロホルムなどの溶剤による抽出や再結晶などの溶剤分別法、シリカゲル、アルミナ、イオン交換樹脂などの吸着剤を用いたカラムクロマトグラフィー分画法、CdCl複合体やアセチル化物などの誘導体の利用による分画法が行われている。
【0003】
天然物(ダイズレシチンなど)からのPIの分離および精製は、例えば、特許文献1および2に記載されている。特許文献1には、PIを含有する脂質を非極性溶媒に溶かし、これを塩基性物質を含有する含水極性溶媒と接触させた後、非極性溶媒層を、塩基性物質を含まない新たな含水極性溶媒と液液分配させ、PIを含水極性溶媒層に抽出する方法が記載されている。特許文献2には、PIを含有する混合リン脂質を、水または酢酸水溶液を含む、低級アルコールと非極性溶媒との混合溶媒に溶解させて、高速液体クロマトグラフィーに供する方法が記載されている。このような方法では多量の溶媒が必要であることなどの理由により、得られるPIの高純度化は難しく、高純度品はきわめて高価である。
【0004】
また、有機化学的にPIを合成する方法もあるが、保護および脱保護を含む多数の工程からなる複雑な合成経路であるため、効率はあまりよくない。
【0005】
リン脂質を酵素的に製造する試みもまた従来から行われている。ホスホリパーゼD[EC 3.1.4.4](以下、「PLD」ともいう)は、グリセロリン脂質のリンジエステル結合を加水分解して、PAおよびアルコール部分の生成を触媒する酵素である。この加水分解活性に加えて、PLDはまた、リン脂質の極性基の相互変換も触媒する。このプロセスは、「ホスファチジル基転移反応」と呼ばれる。ホスファチジル基転移反応を利用すると、天然には量の少ないリン脂質を天然に豊富なリン脂質から合成することができる。
【0006】
ホスファチジルグリセロール(PG)、PE、またはPSのようないくつかの天然リン脂質は、PLD触媒ホスファチジル基転移反応を用いてレシチンまたはPCから合成されている(例えば、特許文献3、4、5、および6)。特許文献3には、ストレプトマイセス属の微生物を起源とするPLDを用いて、特定の反応条件で塩基交換反応を行って目的のリン脂質を得る方法が記載され、PG、PE、PS、およびホスファチジルプロパノールの生成に成功している。特許文献4では、微生物由来のPLDでの塩基変換反応により目的のリン脂質を得るに当たり、キレート剤を用いる方法が記載され、PG、PE、およびPSの生成に成功している。PIも生成されているが、塩基変換率は低いようである。特許文献5では、原料となるリン脂質、水酸基を有する受容体、PLD、および水を、有機溶媒を用いることなく十分に混合して均質化して、15〜65℃にて酵素反応を行う方法が記載され、PSおよびPGの生成が成功している。特許文献6には、ホスファチジル基転移反応を利用したホスファチジルセリンの生成方法が記載されている。
【0007】
特許文献7には、PLDを用いてPIを製造する方法が記載されている。この方法では、PLDを原料の混合リン脂質に作用させた場合に、PLDがリン脂質中のPIには作用せず、他のリン脂質成分を選択的に加水分解することを利用して、未反応のPIを採取する。この方法は、PLDを添加した後、さらにアルカリまたは酸性ホスファターゼを添加することを必要とする。
【0008】
PLDは、これまで、その性質および構造について研究されている(例えば、非特許文献1)。また、PLDは、その有用性を高めるために種々の改変が行われている(例えば、特許文献8および9、ならびに非特許文献2)。特許文献8および9には、有機溶媒や熱に対する安定性が高められた改変型PLDが記載されている。さらに、非特許文献2には、ナフチル基を有するリン脂質であるホスファチジル−1−ナフトール(P1NAP)に対する分解活性を有する変異PLDの取得について記載されている。
【0009】
すでにPIの合成活性を有する改変型PLDが獲得されている(特許文献10、ならびに非特許文献3および4)。特許文献10には、天然型PLDの187位、191位、および385位の少なくとも1つの位置のアミノ酸を改変して、PIの合成活性を有する改変型PLDが得られたことが記載されている。しかし、非特許文献3に記載されるように、PIでは、イノシトール環への結合位置の異なる6種類の異性体構造が可能であるが、従来、そのような異性体の構造の解析は困難であり、同定・分別することはなされていなかった。非特許文献4では、PI合成活性を有する改変型PLDとして、187位がフェニルアラニン、191位がアルギニン、および385位がチロシンである変異型PLD(以下、便宜上「FRY酵素」という)が得られた旨が記載されている。さらに、FRY酵素により合成されるPIが2つの異性体を含むこと、および得られた変異型PLDの中に特異的なPI合成能を有する酵素が存在する可能性がある旨が記載されている。
【特許文献1】特開平5−97873号公報
【特許文献2】特開平5−97872号公報
【特許文献3】特開平6−269287号公報
【特許文献4】特開平5−292981号公報
【特許文献5】特開2002−51794号公報
【特許文献6】特開2005−261362号公報
【特許文献7】特開平3−87191号公報
【特許文献8】特開2004−97011号公報
【特許文献9】特開2005−80519号公報
【特許文献10】国際特許出願公開第2007/089038号公報
【非特許文献1】R. Ulbrich-Hofmannら、Biotechnology Letters, 2005年, 27巻, pp.535-544
【非特許文献2】西川ら、日本農芸化学会2004年度大会講演要旨,268頁
【非特許文献3】塚田ら、日本生物工学会2007年度大会講演要旨,2C10−1
【非特許文献4】昌山ら、日本生物工学会2007年度大会講演要旨,2C10−2
【非特許文献5】Hagishiutaら、Anal. Biochem.,1999年,276巻(2)号,pp.161-165
【非特許文献6】Y. Iwasakiら、J. Ferment. Bioeng.,1995年,79巻,pp.417-421
【非特許文献7】Y. Iwasakiら、Appl. Microbiol. Biotechnol.,1994年,42巻,pp.290-299
【非特許文献8】Mishima N.ら、Biotechnol. Prog.,1997年,13巻,pp.864-868
【非特許文献9】Vacca J.P.ら, Tetrahedron, 1989年, 45巻, pp.5679-5702
【非特許文献10】Baba N.ら, Biosci. Biotech. Biochem., 1996年, 60巻, pp.1916-1918
【非特許文献11】森ら、岡山大学農学部学術報告, 2001年, 90巻, pp.9-14
【非特許文献12】Watanabe Y.ら, J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1989年, pp.482-483
【非特許文献13】Angyal S.J., Carbohydr. Res., 2000年, 325巻, pp.313-320
【非特許文献14】Riley A.M.ら, Bioorg. Med. Chem. Lett., 1996年, 6巻, pp.2197-2200
【非特許文献15】Aneja R.およびAneja S.G., Tetrahedron Lett., 2000年, 41巻, pp.847-850
【非特許文献16】Rombaut R.ら, J. Dairy Sci., 2005年, 88巻, pp.482-488
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、天然型のホスファチジルイノシトールを製造する方法を提供することを目的とする。さらにこのような方法に用いられる改変型ホスホリパーゼDを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、1(3)型のホスファチジルイノシトールまたはその誘導体を製造する方法を提供する。この方法は、原料リン脂質と、イノシトールまたはその誘導体と、改変型ホスホリパーゼDとを反応させる工程を含み、
上記改変型ホスホリパーゼDは、
(A)配列番号2に示されるアミノ酸配列の187位のアミノ酸残基が任意のアミノ酸であり、191位のアミノ酸残基がチロシンであり、および385位のアミノ酸残基がアルギニンであるアミノ酸配列;または
(B)上記(A)のアミノ酸配列において、該187位、191位、および385位に位置するアミノ酸残基とは異なる位置の少なくとも1個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を有し、かつ1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有するポリペプチドのアミノ酸配列
を含む酵素であり、
それによって1(3)型のホスファチジルイノシトールまたはその誘導体が特異的に生成される。
【0012】
1つの実施態様では、上記187位のアミノ酸残基は、アスパラギン酸、メチオニン、またはアラニンのいずれかである。
【0013】
本発明はさらに、1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有する改変型ホスホリパーゼDを提供する。この改変型ホスホリパーゼDは、
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の187位のアミノ酸残基がアスパラギン酸、メチオニン、またはアラニンのいずれかであり、191位のアミノ酸残基がチロシンであり、および385位のアミノ酸残基がアルギニンであるアミノ酸配列;または
(b)該(a)のアミノ酸配列において、該187位、191位、および385位に位置するアミノ酸残基とは異なる位置の少なくとも1個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を有し、かつ1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有するポリペプチドのアミノ酸配列
を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、複雑な化学合成工程を経ることなく、天然型と同等の構造を有する1(3)型のホスファチジルイノシトールを効率よく製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本明細書において、「未改変型PLD」は、グリコール基を有するアシルグリセロリン脂質(例えば、ホスファチジルイノシトール(PI))の合成能を有しないPLDをいう。「未改変型PLD」には、生物において天然に生じる天然型PLDおよび該天然型PLDをコードする核酸を本来の起源とは異なる生物に導入して発現させることにより得られた組換えPLDが含まれる。また、合成能を獲得するPLDを得ることを目的とした置換を除く変異を有するPLD(変異型PLD)もまた、この用語の範囲内に含まれる。また、人工的に作製されたキメラ型PLDも含まれる。
【0016】
本明細書では、PIの合成能を有するPLDは、上記未改変型PLDにおいて特定の位置のアミノ酸残基が変化しているアミノ酸配列を有するため、便宜上、「改変型PLD」ともいう。「改変型PLD」は、例えば、未改変型PLDから、上記合成能を獲得するPLDを得るためのアミノ酸置換がなされているアミノ酸配列を有するPLDである。このアミノ酸置換は、天然に生じた置換および人為的に作製した置換の両方であり得る。
【0017】
PIは、ホスファチジル基のイノシトール環への結合位置によって、異なる6種類の異性体構造をとり得る。異性体は、この1位から6位の各結合位置に基づいてそれぞれ1型、2型、3型、4型、5型、および6型のPIと称される。天然に存在するPIは、1型のPIである。以下、1型のPIを表すために簡単に「1-PI」とも表記する(他の型のPIも同様である)。PIのグリセロール部分のsn-2位に不斉炭素が存在するので、1-PIと3-PIとの間、および4-PIと6-PIとの間は、それぞれジアステレオマーの関係にある。sn-2炭素とホスファチジル基とが結合しているイノシトール環上の不斉炭素の距離が離れすぎているためにジアステレオマーとしての相互分離は非常に困難であり、このため、PIの異性体は、1(3)型(1(3)-PI)、2型(2-PI)、5型(5-PI)、および4(6)型(4(6)-PI)と区分される。
【0018】
(1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有する改変型PLD)
本発明は、1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有する改変型ホスホリパーゼD(1(3)型PI特異的合成改変型PLD)を提供する。「特異的に合成する」とは、上で説明した1(3)型のPIを他の型のPIに比較して選択的に合成することをいい、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらにより好ましくは99%以上、なおさらに好ましくは100%の選択性で1(3)型のPIを合成する。
【0019】
1(3)型のPIの合成に関する改変型PLDの特異性は、例えば、以下の実施例に詳述されるように、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析によって確認され得る。簡単に説明すると、生成物を以下の実施例5における5.2.項に記載の条件下のHPLC分析に供してクロマトグラムを作成し、得られたピークから標品異性体のピーク(例えば、5.2.項で説明)と比較して異性体構造を同定し得る(例えば、以下の実施例5における5.3.項)。5.3.項に説明するように、ピーク面積比によって異性体比が決定され得る。以下の実施例4に記載するような薄層クロマトグラフィー(TLC)によるスポットの検出、ならびに当該スポットについての質量分析による分子量決定および核磁気共鳴(NMR)による構造決定によっても、異性体構造を同定し得る。しかし、TLCでは分離の精度や定量性に、NMRでは感度に難があるため、HPLC分析が好ましい。
【0020】
以下に示す改変型PLDは、1(3)型のPIを特異的に合成する能力を有し得、この改変型PLDは、
(A)配列番号2に示されるアミノ酸配列の187位のアミノ酸残基が任意のアミノ酸であり、191位のアミノ酸残基がチロシンであり、および385位のアミノ酸残基がアルギニンであるアミノ酸配列;または
(B)該(A)のアミノ酸配列において、該187位、191位、および385位に位置するアミノ酸残基とは異なる位置の少なくとも1個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を有し、かつ1(3)型のPIを特異的に合成する能力を有するポリペプチドのアミノ酸配列
を含む。
【0021】
本発明において、置換、欠失、挿入、および/または付加され得るアミノ酸残基の数は、所望の酵素活性を有する酵素となる限り、任意の数である。例えば、下記で説明する配列同一性を有する配列となるような任意の数であり得る。通常250以下、例えば150以下、100以下、あるいは50以下、好ましくは30以下、より好ましくは20以下、さらに好ましくは16以下、さらにより好ましくは5以下、さらにより好ましくは0〜3アミノ酸残基である。当業者であれば、例えば、部位特異的変異導入法などを用いて、適宜置換、欠失、挿入、および/または付加変異を導入することにより、タンパク質の構造を改変することができる。また、アミノ酸の変異は自然界において生じることもあるので、人工的にアミノ酸を変異した酵素のみならず、自然界においてアミノ酸が変異した酵素も、所望の酵素活性を有する限り、意図されるPLDに含まれる。所望の酵素活性の有無を決定する方法および手段は、当業者に周知であり、例えば、以下に説明する方法に基づいて実施され得る。
【0022】
1つの実施態様では、1(3)型PI特異的合成改変型PLDは、
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の187位のアミノ酸残基がアスパラギン酸、メチオニン、またはアラニンのいずれかであり、191位のアミノ酸残基がチロシンであり、および385位のアミノ酸残基がアルギニンであるアミノ酸配列;または
(b)該(a)のアミノ酸配列において、該187位、191位、および385位に位置するアミノ酸残基とは異なる位置の少なくとも1個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を有し、かつ1(3)型のPIを特異的に合成する能力を有するポリペプチドのアミノ酸配列
を含む、改変型PLDである。
【0023】
上記1(3)型PI特異的合成改変型PLDは、例えば、当業者が通常用いる部位特異的変異導入方法を用いて、未改変型PLDから製造することができる。より詳細には、未改変型PLDのアミノ酸配列を含有するPLDをコードする核酸において、上述の置換を生じさせるための変異導入を行ない、核酸構築物を得る工程;得られた核酸構築物を宿主に導入し、形質転換体を得る工程;および得られた形質転換体を培養して、核酸構築物の発現産物として上記1(3)型PI特異的合成改変型PLDを得る工程を含む手順により製造され得る。
【0024】
未改変型PLDとして、配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列を含有するPLDが挙げられる。このアミノ酸配列は、ストレプトマイセス・アンチビオティカス(Streptomyces antibioticus)株由来PLDのアミノ酸配列である。また、本発明においては、PLD活性を呈するものである限り、配列番号2に示されるアミノ酸配列と異なる配列を有し得る。上記異なる配列は、配列番号2に示されるアミノ酸配列における187位のトリプトファン残基、191位のチロシン残基、および385位のチロシン残基以外のアミノ酸残基が異なる配列であり得る。例えば、上記未改変型PLDは、配列番号2に示されるアミノ酸配列に対して少なくとも50%の配列同一性を有し、かつPLD活性を示すポリペプチドのアミノ酸配列を含有するポリペプチドであり得る。上記未改変型PLDは、配列番号2に示されるアミノ酸配列において少なくとも1個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を有し(但し、合成能を獲得するPLDを得ることを目的とした置換を除く)、かつPLD活性を示すポリペプチドのアミノ酸配列を含有するポリペプチドでもあり得る。
【0025】
本明細書では、アミノ酸配列における「配列同一性」は、BLASTのblastpプログラム、GENETYXなどのプログラムを使用して算出される。その際の条件、例えば、期待値、Wordsize、Gapなどの設定は、当該技術分野で一般的な手法で行われ得る。本発明においては、上記配列同一性は、少なくとも50%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも79%、さらに好ましくは少なくとも90%、よりさらに好ましくは少なくとも95%である。
【0026】
PLDの活性は、加水分解活性および/またはホスファチジル基転移活性により評価され得る。上記加水分解活性は、例えば、95%卵黄製ホスファチジルコリンを基質とし、基質濃度0.16%の0.2M酢酸緩衝液(pH4.0、10mMのCaCl、1.3%のTriton X−100を含む)を37℃にて反応させた時に、1分間あたりのコリンの生成量を算出することにより評価され得る。ここで、PLDの加水分解活性の1単位は、1分間に1μmolのコリンを遊離する酵素量である。上記転移活性は、例えば、95%卵黄製ホスファチジルコリンおよびエタノールを基質とし、基質濃度0.16%の0.2M酢酸緩衝液(pH4.0、10mMのCaCl、1.3%のTriton X−100を含む)を37℃にて反応させた時に、1分間あたりのコリンの生成量を算出することにより評価され得る。ここで、PLDの転移活性の1単位は、1分間に1μmolのコリンを遊離する酵素量である。また、上記転移活性は、ホスファチジルパラニトロフェノールおよびエタノールを用いて転移反応を行い、遊離するパラニトロフェノールを測定することによっても評価できる(例えば、非特許文献5)。
【0027】
上記未改変型PLDとしては、放線菌、特に、ストレプトマイセス(Streptomyces)属、ストレプトベルチシリウム(Streptoverticillium)属、ミクロモノスポーラ(Micromonospora)属、ノカルディア(Nocardia)属、ノカルディオプシス(Nocardiopsis)属、アクチノマデューラ(Actinomadura)属などに属する微生物に由来するPLDが好ましく用いられる。より具体的には、ストレプトマイセス・アンチビオティカス(Streptomyces antibioticus)、ストレプトマイセス・アシドマイセティカス(Streptomyces acidomyceticus)、ストレプトマイセス・AA586種(Streptomyces sp. AA586)、ストレプトマイセス・PMF種(Streptomyces sp. PMF)、ストレプトベルチシリウム・シンナモネウム(Streptoverticillium cinnamoneum)、ストレプトマイセス・シンナモネウム(Streptomyces cinnamoneum IFO 12852)、ミクロモノスポラ・チヤルセア(Micromonospora chalcea ATCC 12452)、ノカルディア・メディテラーネイ(Nocardia mediterranei IFO 13142)、ノカルディオプシス・ダソンビレイ(Nocardiopsis dassonvillei IFO 13908)、アクチノマデューラ・リバノチカ(Actinomadura libanotica IFO 14095)などに由来するPLDが挙げられる。
【0028】
変異導入は、例えば、当業者が通常用いる部位特異的変異導入方法、具体的には、ギャップド・デュプレックス(gapped duplex)法、クンケル(Kunkel)法、PCRによる変異導入法などにより行われ得る。なお、アミノ酸残基の置換に用いられる核酸は、1(3)型PI特異的合成改変型PLDを発現させるための宿主のコドン使用頻度に合わせ、設計され得る。
【0029】
上記核酸構築物の作製には、使用する宿主に応じて、慣用のベクターを用い得る。ベクターとしては、例えば、宿主が、大腸菌の場合、pUC18およびその誘導体、pBR322及びその誘導体、pBluescript IIおよびその誘導体、pGEMおよびその誘導体などのプラスミドベクター、λZAPII、λgt11等のファージベクターが挙げられ、宿主が、酵母の場合、pYAC誘導体などが挙げられる。核酸構築物は、誘導可能なプロモーター、選択用マーカー遺伝子、ターミネーターなどの因子を含有してもよい。また、核酸構築物は、発現対象のポリペプチドの単離精製が容易になるように、発現対象のポリペプチドが、HisタグポリペプチドまたはGST融合ポリペプチドとして発現され得る配列を含有してもよい。
【0030】
アミノ酸の置換の位置および置換されるべきアミノ酸残基の種類は、上述の通りである。
【0031】
宿主への核酸構築物の導入は、当業者が通常用いる形質転換法、例えば、特に限定されないが、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE−デキストラン法などが用いられ得る。
【0032】
上記宿主としては、特に限定されないが、例えば、大腸菌、酵母、枯草菌、緑濃菌、サルモネラ菌、L細胞、COS細胞、CHO細胞、sf9細胞などが挙げられる。大腸菌としては、具体的には、HB101株、C600株、JM109株、DH5α株、BL21(DE3)株などが挙げられる。なかでも、発現制御の観点から、大腸菌BL21(DE3)株が好適である。
【0033】
形質転換体の培養条件は、使用する宿主、ベクターなどに応じて、適宜設定できる。培養に用いられる培地としては、Luria−Bertani(LB)培地、SOC培地、L培地などが挙げられる。上記培養条件としては、具体的には、宿主として大腸菌BL21(DE3)株を用い、ベクターとしてpETKmS1を用いる場合、下述の実施例2に記載の培地を用いて、形質転換体を30℃で8時間培養し、その後、イソプロピル1−チオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)(1mM)を培地に添加し、30℃で16時間培養する条件が挙げられる。
【0034】
核酸構築物の発現産物として得られる1(3)型PI特異的合成改変型PLDは、形質転換体の培養物から、一般的な精製方法によって単離精製され得る。精製方法としては、塩析、超遠心分離、イオン交換カラムクロマトグラフィー、吸着カラムクロマトグラフィー、疎水カラムクロマトグラフィー、アフィニティーカラムクロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0035】
上記の精製方法を、適宜組み合わせて、1(3)型PI特異的合成改変型PLDを精製し、各精製段階において、上記加水分解活性および/または転移活性の評価法によりPLD活性を測定し、かつ慣用のSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法および未変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により精製物の精製度を評価することにより、発現産物を得ることができる。得られた発現産物は、転移活性評価法(例えば、上記のホスファチジル基転移活性評価法)において基質としてイノシトールを用いてPIを生成し、以下の実施例5における5.3.項に記載のように、生成されたPIの異性体構造を決定することにより、所望の1(3)型PI特異的合成能を有するPLDであると確認することができる。
【0036】
当業者は、本願明細書に記載の情報に基づいて、1(3)型PI特異的合成改変型PLDをコードする遺伝子を得ることができる。1(3)型PI特異的合成改変型PLDをコードする遺伝子もまた、本発明に含まれる。本発明の遺伝子は、DNA、RNAなどの天然のポリヌクレオチドに加え、人工的なヌクレオチド誘導体を含む人工的な分子であり得る。また本発明の遺伝子は、DNA−RNAのキメラ分子であり得る。この遺伝子を用いて、例えば、上記で説明されるような組換え技術を用いて、1(3)型PI特異的合成改変型PLDを製造することができる。
【0037】
上記1(3)型PI特異的合成改変型PLDを用いれば、原料リン脂質から1(3)型のPIを効率的に製造できる。
【0038】
(1(3)型のホスファチジルイノシトールの製造方法)
本発明はまた、1(3)型のホスファチジルイノシトールまたはその誘導体を製造する方法を提供する。この方法は、原料リン脂質と、イノシトールまたはその誘導体と、1(3)型PI特異的合成改変型PLDとを反応させる工程を含む。それによって、それによって1(3)型のホスファチジルイノシトールまたはその誘導体が特異的に生成される。本発明の方法によれば、上記の1(3)型PI特異的合成改変型PLDの節で説明したように、1(3)型のPIが他の型のPIに比較して選択的に生成され、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらにより好ましくは99%以上、なおさらに好ましくは100%の選択性で1(3)型のPIが生成される。
【0039】
本発明の方法において使用する1(3)型PI特異的合成改変型PLDは、上記のいずれかの1(3)型PI特異的合成改変型PLDである。これは、上述のように、PLDを発現する微生物から調製され得る。
【0040】
本発明の方法で用いられる1(3)型PI特異的合成改変型PLDの使用量は、原料リン脂質1gに対し、10〜200単位の範囲で選択することができる。なお、酵素活性の1単位は、大豆レシチンを基質とし、基質濃度1%の0.01M Tris-maleate-NaOH緩衝液(pH5.5)を37℃にて反応させた時、1分間に1μmolのコリンを遊離する酵素量である。
【0041】
本発明の方法での原料リン脂質としては、PLDの基質となり得るものであれば、天然から抽出したもの、抽出後精製したもの、または合成したもののいずれでも使用できる。また、市販のもの、または公知の方法で調製したものを使用してもよい。例えば、大豆レシチン、脱脂大豆レシチン、菜種レシチン、ひまわりレシチンなどの植物由来のレシチン;卵黄レシチン、ヒツジ、ウシ由来レシチンなどの動物由来のレシチン;イカ、マグロのような水産物由来レシチン;酵母などの微生物由来のレシチンなどがあり得る。これらのレシチンの組成成分は、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、リゾレシチン、ホスファチジン酸などの単品またはそれらの混合物などが挙げられる。
【0042】
本発明の方法において、イノシトールまたはその誘導体がホスファチジル基転移反応の受容体として用いられる。受容体として用いられるイノシトールまたはその誘導体としては、イノシトール、イノシトールリン酸(例えば、一リン酸、ビスリン酸、またはポリリン酸)、イノシトールグリカン(例えば、イノシトールマンノシド)などが挙げられる。
【0043】
原料リン脂質とイノシトールまたはその誘導体とのモル比は、原料リン脂質の種類により適宜選択する必要がある。一般にPC1モルに対し、5〜50倍モルのイノシトールまたはその誘導体を用いるのが適切である。
【0044】
本発明の方法において使用される反応溶媒は、水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒を用いてもよく、水系溶媒を単独で用いてもよい。有機溶媒としては、n−ヘプタン、n−ヘキサン、石油エーテル等の脂肪族炭化水素;シクロペンタン、シクロヘキサン等の環状脂肪族炭化水素;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;四塩化炭素、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素類を挙げることができる。水系溶媒とは、水および水性の緩衝液をいう。水としては、イオン交換水、精製水、または蒸留水を用いることが好ましく、水道水も使用できる。水性の緩衝液としては、例えば、pH4〜6の酢酸緩衝液、pH7〜8のリン酸緩衝液などが好ましく用いられる。
【0045】
本発明の方法で使用する反応溶媒が水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒である場合、反応溶媒中の水系溶媒と有機溶媒との混合比は、使用する有機溶媒の種類に応じて適宜選択することができる。一般的には、水系溶媒:有機溶媒を容量比率で1:0.65〜1:100の範囲で混合して用いることができる。副反応である原料リン脂質のホスファチジル基の加水分解反応を抑制し、目的のホスファチジル基転移反応を効率的に行うためには、反応系内の水系溶媒の含量を10容量%以下で行うことが好ましい。また、有機溶媒の選択および混合比は任意に選択することができる。
【0046】
上記酵素反応に使用する反応溶媒中の有機溶媒の量は、原料として用いるリン脂質の重量の5〜500容量倍が好ましく、さらに好ましくは、10〜100容量倍である。有機溶媒量が5容量倍未満では、原料基質を溶解した溶液の粘度が高くなって反応効率の低下を招く。逆に500容量倍を超えるとホスファチジル基転移反応効率が悪くなる。
【0047】
本発明の方法における反応温度は、10〜60℃が好ましく、25〜45℃がより好ましい。反応の所要時間は、酵素量や反応温度により変動するが、概ね0.5〜48時間である。本発明の方法で使用する反応溶媒が水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒である場合は2相系となるので、水層と有機溶媒層とを十分に混合させるために、反応中に適宜撹拌、振とうなどの処理を施すことが好ましい。
【0048】
上記反応後、例えば、加熱などの処理でPLDを失活させ、静置処理、遠心分離法などにより水層を除去して有機溶媒層を得、有機溶媒を減圧下で除去することによって、目的の1(3)型のホスファチジルイノシトールを得ることができる。さらに、得られたアシルグリセロリン脂質を、溶剤分別、シリカゲル分画、高速液体クロマトグラフィーなどの処理に供して高純度に精製することも可能である。
【0049】
あるいは、上記反応後、静置処理や遠心分離法などにより、水層と有機溶媒層とを分別し、必要に応じて、水層にPLDや各種受容体アルコールを追加し、新たに原料リン脂質を溶解した有機溶媒に混合することによって、水層を繰り返してこの反応に使用することもできる。反応後分別された有機溶媒層から、上記と同様にして目的の1(3)型のホスファチジルイノシトールを得ることができる。
【実施例】
【0050】
以下に、実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されることはない。
【0051】
なお本実施例において、組換えベクターの構築、形質転換体の作製、形質転換細胞またはクローンからのプラスミドの調製などは、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野の当業者が通常用いる方法に準じて行った。
【0052】
(実施例1:ライブラリーの作成)
pPELB−PLD1(非特許文献6の記載に基づいて調製)を制限酵素XbaIおよびXhoIで消化し、リボゾーム結合部位、pET22b(Novagen)由来のpelBシグナルおよびストレプトマイセス・アンチビオティカス由来PLD遺伝子の全長(1530bp;塩基配列は配列表の配列番号1に示す通りである)を含む断片を回収し、予めXbaIおよびXhoIで消化しておいたpBluescriptII KS+(東洋紡製)に挿入し、pPELB-PLD-KSを作成した。これを制限酵素ApaIで消化し、該PLD遺伝子の終止コドン周囲の断片とともに該PLD遺伝子の下流の逆向き繰り返し配列を除去した。一方、pSA1(非特許文献7の記載に基づいて調製)を制限酵素BamHIおよびSalIで消化し、該PLD遺伝子の後半部分を含む断片を切り出し、予めBamHIおよびSalIで消化しておいたpBluescript II SK+(東洋紡製)に挿入し、pSA1-BSを得た。pSA1-BSを制限酵素ApaIで消化し、該PLD遺伝子の終止コドン周囲の断片を切り出した。この切り出された断片と、ApaI消化したpPELB-PLD-KSとを連結し、次いでKpnIおよびXbaIで切断し、pelBシグナルおよびPLD遺伝子の全長(1530bp)を含む断片を得た。この断片を、予めSalIおよびXbaIで切断しておいたpBluescript II KS+プラスミド(東洋紡製)と連結し、プラスミドpPELB-PLD-KS IIを得た。
【0053】
cat遺伝子を含むプラスミドpHSG399(宝酒造製)をプライマーCAT-F1(配列番号3)およびCAT-R1(配列番号4)を用いてPCR{反応液組成(各濃度は終濃度):10×LA Taqポリメラーゼ用緩衝液(宝酒造製、1/10容)、MgCl2(2.5mM)、dATP(0.2mM)、dGTP(0.2mM)、dCTP(0.2mM)、dTTP(0.2mM)、プラスミドpHSG399(10ng/μL)、プライマーCAT-F1(0.5μM)、プライマーCAT-R1(0.5μM)、LA TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造製、0.025Units/μL)/温度プログラム:94℃1分の後、94℃10秒−50℃10秒−72℃40秒を30サイクル、続いて72℃7分、4℃∞}により増幅し、BglIIで消化し、catを含む断片を得た。pETKmS1(非特許文献8の記載に基づいて調製)をBglIIで切断し、cat遺伝子断片を逆方向に連結し、プラスミドpETKmS1-CATを得た。次いで、このプラスミドをSacIおよびXbaIで切断して、cat逆方向配列およびT7-lacプロモーターを含む断片を切り出した。この断片を、予めSacIおよびXbaIで切断しておいたpPELB-PLD-KS IIに連結し、プラスミドpPELB-PLD-KS II-CAT(5581bp)を得た。このプラスミドpPELB-PLD-KS II-CATを、部位特異的ランダムアミノ酸置換導入のためのオーバーラッピングPCRの鋳型として使用した。
【0054】
pPELB-PLD-KS II-CATを鋳型にして、プライマーPL-F1(配列番号5)およびOL-R1(配列番号6)を用いてPCR{反応液組成(各濃度は終濃度):10×LA Taqポリメラーゼ用緩衝液(宝酒造製、1/10容)、MgCl2(2.5mM)、dATP(0.2mM)、dGTP(0.2mM)、dCTP(0.2mM)、dTTP(0.2mM)、pPELB-PLD-KSII-CAT(10ng/μL)、プライマーPL-F1(0.5μM)、プライマーOL-R1(0.5μM)、LA TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造製、0.025Units/μL)/温度プログラム:94℃2分の後、95℃10秒−60℃10秒−72℃1分10秒を30サイクル、72℃10分、4℃∞分}により増幅し、この鋳型プラスミドのcat遺伝子、T7-lacプロモーター、リボゾーム結合部位、pelBシグナル配列および成熟PLDの一部を含む増幅断片(フラグメント1)を得た。
【0055】
ストレプトマイセス・アンチビオティカス由来PLDの成熟タンパク質の全アミノ酸配列は、配列表の配列番号2に示す通りである。このストレプトマイセス・アンチビオティカス由来PLDの成熟アミノ酸のN末端から187番目のトリプトファン残基および191番目のチロシン残基が置換されるように、pPELB-PLD-KSII-CATを鋳型にして、プライマーOL-F1(配列番号7)およびOL-R2(配列番号8)を用いてPCR{反応液組成(各濃度は終濃度):10×LA Taqポリメラーゼ用緩衝液(宝酒造製、1/10容)、MgCl2(2.5mM)、dATP(0.2mM)、dGTP(0.2mM)、dCTP(0.2mM)、dTTP(0.2mM)、pPELB-PLD-KSII-CAT(10ng/μL)、プライマーOL-F1(0.5μM)、プライマーOL-R2(0.5μM)、LA TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造製、0.025Units/μL)/温度プログラム:94℃2分の後、95℃10秒−67℃10秒−72℃30秒を25サイクル、続いて72℃7分、4℃∞}により増幅し、2つのアミノ酸変異箇所で種々の塩基配列を有する断片(フラグメント2)を得た。
【0056】
また、この成熟アミノ酸のN末端から385番目のチロシン残基が置換されるように、pPELB-PLD-KSII-CATを鋳型にして、プライマー対OL-F2(配列番号9)およびPL-R1(配列番号10)を用いてPCR{反応液組成(各濃度は終濃度):10×LA Taqポリメラーゼ用緩衝液(宝酒造製、1/10容)、MgCl2(2.5mM)、dATP(0.2mM)、dGTP(0.2mM)、dCTP(0.2mM)、dTTP(0.2mM)、pPELB-PLD-KSII-CAT(10ng/μL)、プライマーOL-F2(0.5μM)、プライマーPL-R1(0.5μM)、LA TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造製、0.025Units/μL)/温度プログラム:94℃2分の後、95℃10秒−62℃10秒−72℃30秒を25サイクル、続いて72℃10分、4℃∞}により増幅し、1つのアミノ酸変異箇所で種々の塩基配列を有する断片(フラグメント3)を得た。
【0057】
次にフラグメント2とフラグメント3とを、それらのオーバーラップ部分を利用してハイブリダイズさせ、さらにプライマーOL-F1(配列番号7)およびPL-R1(配列番号10)を用いてPCR{反応液組成(各濃度は終濃度):10×LA Taqポリメラーゼ用緩衝液(宝酒造製、1/10容)、MgCl2(2.5mM)、dATP(0.2mM)、dGTP(0.2mM)、dCTP(0.2mM)、dTTP(0.2mM)、フラグメント2(10ng/μL)、フラグメント3(10ng/μL)、プライマーOL-F1(0.5μM)、プライマーPL-R1(0.5μM)、LA TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造製、0.025Units/μL)/温度プログラム:94℃2分の後、95℃10秒−62℃10秒−72℃45秒を25サイクル、続いて72℃10分、4℃∞}を行い、増幅断片(フラグメント4)を得た。
【0058】
続いてフラグメント1とフラグメント4とを、それらのオーバーラップ部分を利用してハイブリダイズさせ、プライマーを加えずにオーバーラップエクステンション反応{反応液組成(各濃度は終濃度):10×LA Taqポリメラーゼ用緩衝液(宝酒造製、1/10容)、MgCl2(2.5mM)、dATP(0.2mM)、dGTP(0.2mM)、dCTP(0.2mM)、dTTP(0.2mM)、フラグメント1(0.2ng/μL)、フラグメント4(0.2ng/μL)、LA TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造製、0.05Units/μL)/温度プログラム:94℃5分の後、98℃10秒−59℃10秒−72℃2分を20サイクル、続いて4℃∞}を行った。続いてこのオーバーラップエクステンション反応後の反応液を鋳型とし、プライマーPL-F1(配列番号5)およびPL-R1(配列番号10)を用いてPCR{反応液組成(各濃度は終濃度):オーバーラップエクステンション反応後の反応液1/2容、10×LA Taqポリメラーゼ用緩衝液(宝酒造製、1/20容)、MgCl2(2.5mM)、dATP(0.2mM)、dGTP(0.2mM)、dCTP(0.2mM)、dTTP(0.2mM)、フラグメント1(10ng/μL)、フラグメント4(10ng/μL)、プライマーPL-F1(0.5μM)、プライマーPL-R1(0.5μM)、LA TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造製、0.025Units/μL)/温度プログラム:94℃3分の後、98℃10秒−59℃10秒−72℃2分を30サイクル、続いて72℃10分、4℃∞}を行い、増幅断片を得た。このようにして、3つのアミノ酸変異箇所で種々の塩基配列を有する増幅断片を得た。
【0059】
この増幅断片を制限酵素SpeIおよびXhoIで切断し、予め制限酵素SpeIおよびSalIで切断しておいたpETKmS1-Termにライゲーションし、発現ベクターを得た。pETKmS1-Termは、上記pETKmS1-CATをBamHIで切断し、自己連結することにより作成した。この発現ベクターで大腸菌(E.coli)DH5αを形質転換した。この形質転換した大腸菌DH5αをLB寒天培地(50μg/mLカナマイシンおよび30μg/mLクロラムフェニコールを含む;10g/Lトリプトン(ディフコ製)、5g/L酵母エキス(ディフコ製)、10g/L NaCl、15g/L寒天(和光純薬製))に撒いて生育させ、コロニーを形成させた。寒天培地上のコロニーにLB液体培地(10g/Lトリプトン(ディフコ製)、5g/L酵母エキス(ディフコ製)、10g/L NaCl)をかけて、コロニーを掻き取った。得られた細胞からプラスミドを調製し、変異PLD遺伝子を含む混合物をプラスミドライブラリーとして得た。
【0060】
(実施例2:プラスミドライブラリーの発現)
上記のプラスミド混合物を発現用宿主である大腸菌BL21(DE3)に導入し、実施例1に記載と同じ組成のLB寒天培地上で37℃にて16時間生育させた。得られたコロニー上にニトロセルロース膜(Hybond C;アマシャム製)を置き、コロニーを転写した。次いで、合成培地(組成は以下の通り(1Lあたりの質量を示す):KHPO 5g、KHPO 5g、NaHPO 4.4g、(NHSO 3g、グルコース5g、MgSO・7HO 3g、FeSO・7HO 40mg、CaCl 40mg、MnSO・7HO 10mg、CoCl・6HO 2.9mg、CuSO・5HO 3mg、NaMoO・2HO 0.36mg、HBO 10mg、ZnSO・7HO 10mgに1.5%の寒天を添加したもの)上に膜を移して、30℃で8時間保温して膜上でコロニーを生育させた。LB寒天培地上のコロニーはマスタープレートとして、冷蔵庫に保管した。1mM IPTGを添加した上記合成培地上に膜を移し、30℃で16時間保温して、膜上でPLDの発現を誘導した。この発現系では、発現したPLDは細胞の外に放出され、膜上に吸着する。超音波洗浄機を用いて、この膜から菌体の残渣を洗い流した。
【0061】
(実施例3:PI合成改変型PLDの発現に関するクローンのスクリーニング)
上記の膜を基質液(10%大豆レシチン(SLP−PC70 ツルーレシチン工業製)、20%イノシトール、2%塩化カルシウム、および50mM酢酸緩衝液、pH5.6)中に30℃で14時間浸漬し、膜上で酵素反応を行った。この酵素反応により酸性リン脂質であるホスファチジルイノシトール(PI)が生成すると、これらは、共存するカルシウムイオンと水不溶性の塩を形成し、反応が生じた場所に沈着する。反応後、過剰の基質液を水で洗い流し、膜を10%過ヨウ素酸ナトリウム水溶液中に室温で10分間浸漬した。この過ヨウ素酸ナトリウム処理により、沈着しているPIのグリコール部分が酸化開裂し、アルデヒドに誘導される。過剰の過ヨウ素酸ナトリウム溶液を水で洗い流し、膜にNBD−ヒドラジン水溶液(0.05%NBD−H、10%DMSO)を塗布した。NBD−Hはアルデヒドと反応してNBD−ヒドラゾンとなり、強い蛍光を呈する。この蛍光を紫外線(365nm)照射下で観察し、明るいスポットを識別した。このスポットは、膜上のPIが存在していた場所に相当する。このスポットと一致するコロニーをマスタープレートから単離し、陽性クローンを得た。これらの陽性クローンからプラスミドを調製し、PLD遺伝子の変異内容をダイデオキシ法により決定した。
【0062】
(実施例4:改変型PLDによるPIの合成)
実施例2に記載と同じ組成の合成培地(但し、寒天およびグルコースを含まない)50mLに、Overnight Express Auto induction System1 (Novagen社)に付属のSolution 1を1mL、Solution 2を2.5mL、Solution 3を0.05mL、および5%(w/v)酵母エキス水溶液を0.1mL添加した培地を作製し、この培地を96穴深型ウェルプレートの各ウェルに0.5mLづつ分注した。実施例3で得られた陽性クローンをこの培地に植菌し、30℃にて72時間、振盪培養した。培養液を遠心分離により除菌して得られた上清をPLD粗酵素品として使用した。
【0063】
10mg/mLジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)の酢酸エチル溶液を0.1mL、飽和(37℃における)イノシトール溶液(50mM酢酸緩衝液(pH5.6)中で調製)を0.09mL、上記PLD粗酵素品を0.01mL混合し、37℃で混合しながら16時間反応させた。
【0064】
リン脂質の定性分析は、下記の条件の薄層クロマトグラフ法(TLC法)にて行った:
TLCプレート・・・シリカゲル60プレート(メルク社製)
展開溶媒・・・クロロホルム:メタノール:石油エーテル:酢酸=4:2:3:1(V/V/V/V)
展開時間・・・約20分
検出・・・展開後ディトマー試薬を噴霧し放置することで、リン脂質のスポットを検出した。その結果、陽性クローンから調製したPLDにおいて、イノシトールを基質として用いた場合に、ジオレオイルPIに相当する新たなスポットが検出された。
【0065】
(実施例5:HPLCによるPI異性体の分析)
改変型PLDによって生成されるPIの異性体をHPLCによって構造解析した。このためのPI異性体標品の調製およびHPLC分離条件の検討の詳細を以下に示す。
【0066】
(5.1. PI異性体標品の調製)
(5.1.1. 保護イノシトール類の合成)
(5.1.1.1. (DL)-1,2:3,4-ジシクロヘキシリデン-myo-イノシトール(DL-1)、および(DL)-1,2:4,5-ジシクロヘキシリデン-myo-イノシトール(DL-2)の合成)
非特許文献9、10、および11を参考にして、イノシトールをシクロヘキシリデン基で保護した。簡単に説明すると、myo-イノシトール15g、シクロヘキサノン150mL、乾燥ベンゼン50mL、およびp-トルエンスルホン酸ピリジニウム塩0.3gを300mL容のナス型フラスコにとり、ディーンスターク管を付けて42時間還流した。反応液を室温に冷却後、溶け残った未反応のイノシトールをろ過により除去した。ろ液を0.5Nアンモニア水200mLで3回洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、ベンゼンをエバポレータで除去した。得られたシロップ状の液体約75gにヘキサン1.5Lを加えて一晩放置した。生成した沈澱をろ過により回収し、約15gの固形物を得た。
【0067】
得られた固形物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供した。簡単には、試料約3gに対しWako gel C-300を100g使用し、試料約3gずつを数回に分けてクロマトグラフィーに供し、必要に応じて再度供した(溶出溶媒はクロロホルム/酢酸エチル=7/2(v/v)を用いた)。溶出画分をTLC(クロロホルム/ジエチルエーテル=1/1)で分析し、標題の二つの化合物を含む画分を回収し、溶媒を留去した。これらの画分では、Rf値は、(DL-1)が0.15および(DL-2)が0.46であった。
【0068】
得られた(DL-1)および(DL-2)をそれぞれアセトン−ヘキサンから再結晶し、(DL-1)を0.94g(融点:158-159℃、文献値157-158℃)および(DL-2)を1.51g(融点:170-172℃、文献値171-173℃)を得た。なお、各異性体の同定は、非特許文献9に記載の再結晶品の融点の値との比較および質量分析による分子量測定で行った。
【0069】
(5.1.1.2. (DL-2)の分割)
非特許文献9に記載の方法に従って、ラセミ体の(DL-2)をジアステレオマーである(-)カンファン酸ビスエステルに誘導してから分割した。簡単に説明すると、100mL容ナスフラスコに、(DL-2)を1g、(-)-カンファン酸塩化物を3.18g、ジメチルアミノピリジンを83mg、トリエチルアミンを5.8mL、およびジクロロメタンを33mL混合し、室温で24時間反応させた。反応後フラスコ内容物を同体積の水で2回、飽和食塩水で1回洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を除去し、固形物約2.4gを得た。この固形物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供し、簡単には、固形物1gに対しWakosil C-300を60g使用して、試料約1gずつを数回に分けてクロマトグラフィーに供し、必要に応じて再クロマトした(溶出溶媒はジクロロメタン/ジエチルエーテル=95/5(v/v)を用いた)。(D-2)および(L-2)のカンファン酸ビスエステル(D-3)および(L-3)を分離回収した。溶出画分をTLC(ジクロロメタン/ジエチルエーテル=9/1)で分析し、(D-3)(Rf=0.5)および(L-3)(Rf=0.43)を含む画分を回収した。収量は(D-3)が890mgおよび(L-3)が690mgであった。なお、D-3とL-3との区別は「極性の低い(less polar)ジアステレオマーがD-1,2:4,5保護体である」との非特許文献9の記載を参照した。
【0070】
得られた(D-3) 600mgを1.1g水酸化カリウムを含むエタノール200mLに加え、室温で16時間放置し、エステルを脱保護した。溶媒を留去後、酢酸エチル50mLに溶解し、等量の水で洗浄後、酢酸エチル相を回収した。水相を酢酸エチル50mLでさらに2回抽出し、前の酢酸エチル相と併せた。飽和食塩水100mLで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し後溶媒を除去し、(D-2)を266mg得た。同様に(L-3)も脱保護を行い、(L-2)を320mg得た。
【0071】
(D-2)および(L-2)の光学純度はキラルカラムHPLCで確認した。分析条件は以下の通り(カラムChiralcel OF 4.6mm×250mm、移動相ヘキサン/2-プロパノール=3/1、流速0.8mL/分、検出:荷電化粒子検出器CORONA ESA社製、(D-2)および(L-2)はそれぞれ33分および28分に溶出)。
【0072】
(5.1.1.3. D-1,6:3,4-ジ(テトライソプロピルジシロキサン-1,3-ジイル)-myo-イノシトール(4)の合成)
非特許文献12に記載の方法で、イノシトールの1,3,4,6位水酸基を保護した。簡単に説明すると、イノシトール 1g、1,3-ジクロロ-1,1,3,3-テトライソプロピルジシロキサン4.38g、および乾燥ピリジン20mLを混合し、24時間室温で反応させた。混合物に水2mLを加えた後、溶媒を留去した。残渣をエーテル30mLで抽出し、次いで水30mLおよび飽和食塩水30mLで順次洗浄し、溶媒を留去した。得られた固形物をエーテルから再結晶し標題化合物(4)を1.77g得た。
【0073】
(5.1.1.4. myo-イノシトール-1,3,5-オルトフォルメート-4,6-ジメトキシベンジル(7)の合成)
イノシトールの2位以外の水酸基を全て保護するため、まず非特許文献13に記載の方法でmyo-イノシトール-1,3,5-オルトフォルメート(6)を合成した。簡単に説明すると、イノシトール3g、トリエチルオルト蟻酸5mL、p-トルエンスルホン酸0.75g、および24mLジメチルホルムアミドを混合し、130℃で4.5時間反応させた。反応液を室温に戻した後、ろ過により、未反応のイノシトールを除去した。溶媒を留去した後、10mLの乾燥ピリジンおよび10mLの無水酢酸を加え、室温に16時間放置した。溶媒を留去した後、固形物を酢酸エチルから再結晶し、myo-イノシトール-1,3,5-オルトフォルメート-2,4,6-テトラアセテート(5)を単離した(収量3.6g)。化合物(5)の全量(3.6g)をメタノール20mLに加え、さらに2Mナトリウムメトキシドのメタノール溶液1.6mLを加え、湯浴上で加沸騰させ、脱アセチル化した。このまま加熱を続けメタノールを徐々に留去して濃縮し溶液がやや濁ったところで加熱を止め、溶質を再結晶し、化合物(6) 1.15gを得た。
【0074】
次に非特許文献14に記載の方法で、化合物(6)の4位および6位水酸基を保護した。簡単に説明すると、化合物(6) 1.1g、塩化p-メトキシベンジル1.8g、水素化ナトリウム278mg、および乾燥ジメチルホルムアミド12mLを混合し室温で4時間反応させた。混合物に水30mLおよびジエチルエーテル60mLを加えて混合後、エーテル層を回収し、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を留去し、固形物1.78gを得た。これをシリカゲルカラム(Wakogel C-300、30g、クロロホルムーエーテル=5/1)で精製し、標題の化合物(7)を約700mg得た。
【0075】
(5.1.2. 保護イノシトール類とホスファチジン酸との縮合)
非特許文献15の記載を参照して、保護イノシトール類とホスファチジン酸との縮合を行った。保護イノシトール類とホスファチジン酸との縮合の手順は以下により詳細に示す。
【0076】
(5.1.2.1. D-1,2:4,5-ジシクロヘキシリデン-3-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(8)、およびD-1,2:4,5-ジシクロヘキシリデン-6-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(9)の合成)
1,2-ジオレオイルホスファチジン酸(DOPA)140mg、(D-2) 136mg、塩化2,4,6-トリイソプロピルベンゼンスルホニル(TPS-Cl)182mgおよび乾燥ピリジン4mLを混合し、40℃で約16時間反応させた。反応混合物に水1mLを加えた後、溶媒を除去した。残渣をエーテル20mLで抽出し、飽和炭酸ナトリウムおよび飽和食塩水各20mLを用いて順次洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、溶媒を除去した。
【0077】
得られた脂質をシリカゲルカラム(Wakogel C-300, 30g)にのせ、クロロホルム/エーテル=1/1で溶出してリン脂質以外の不純物を流し出した後、クロロホルム/メタノール/28%アンモニア=9/1/0.1でリン脂質を溶出した。得られたリン脂質画分には標題化合物である(8)、(9)、および未反応のDOPA等が含まれるが、このまま次のステップに使用した。
【0078】
(5.1.2.2. D-2,3:5,6-ジシクロヘキシリデン-1-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(10)、およびD-2,3:5,6-ジシクロヘキシリデン-4-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(11)の合成)
上記5.1.2.1.と同様に(L-2)にDOPAを縮合、後処理を行い、化合物(10)および(11)を含む混合物を得た。
【0079】
(5.1.2.3. D-1,2:3,4-ジシクロヘキシリデン-5-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(12)、D-1,2:3,4-ジシクロヘキシリデン-6-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(13)、D-2,3:5,6-ジシクロヘキシリデン-4-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(14)、およびD-2,3:5,6-ジシクロヘキシリデン-5-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(15)の合成)
化合物(DL-1)を用い、上記5.1.2.1.と同様にDOPAと縮合させ、後処理を行い、化合物(12)、(13)、(14)、および(15)を含む混合物を得た。
【0080】
(5.1.2.4. D-1,6:3,4-ジ(テトライソプロピルジシロキシリデン-1,3-ジイル)-5-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(16)の合成)
DOPA 140mg、化合物(4) 265mg、TPS-Cl 182mg、および乾燥ピリジン3mLを混合し、40℃で約16時間反応させた。次いで、上記5.1.2.1.と同様に後処理を行い、標題化合物(16)を含む混合物を得た。
【0081】
(5.1.2.5. myo-イノシトール-1,3,5-オルトフォルメート-2-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-4,6-ジメトキシベンジル(17)の合成)
DOPA 140mg、化合物(7)、172mg、TPS-Cl 182mgおよび乾燥ピリジン3mLを混合し、室温で4時間反応させた。水1mLを加えた後、溶媒を留去し、エーテル20mLで抽出し、飽和炭酸ナトリウムで洗浄、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を留去し、標題化合物(17)を含む混合物を得た。
【0082】
(5.1.3. イノシトール部分の脱保護)
(5.1.3.1. D-3-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(3-PI, 19)、およびD-6-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(6-PI, 20)の合成)
イノシトール部分が保護されている化合物(8)および(9)を含む混合物約10mgを、クロロホルム0.6mL、メタノール0.3mL、水0.1mL、およびトリフルオロ酢酸0.11mLに溶解し、室温で2時間放置した。水1mLを加えて混合した後、クロロホルム層を回収した。この溶液を無水硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒留去後、クロロホルム/メタノール=2/1に再溶解した。この溶液を3-PI(19)および6-PI(20)の混合品として、以下の5.2.項のHPLC分析条件検討に使用した。
【0083】
(5.1.3.2. D-1-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(1-PI, 21)、およびD-4-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(4-PI, 22)の合成)
化合物(10)および(11)を含む混合物を上記5.1.3.1.と同様に脱保護し、1-PI(21)および4-PI(22)の混合品を得た。
【0084】
(5.1.3.3. D-5-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(5-PI, 23)、D-6-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(6-PI, 20)、およびD-4-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(4-PI, 22)の合成)
化合物(12)、(13)、(14)、および(15)を含む混合物を上記5.1.3.1.と同様に脱保護し、5-PI(23)、6-PI(20)、および4-PI(22)の混合標品として、以下の5.2.項のHPLC分析条件検討に使用した。
【0085】
(5.1.3.4. D-5-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(5-PI, 23)の合成)
化合物(16)を含む混合物10mgをエーテル0.2mLに溶解し、水0.1mLおよび48%フッ化水素酸0.2mLを加え、30℃で激しく混合しながら4時間反応させた。次いで、クロロホルム0.5mLおよび水0.5mLを加えて混合し、クロロホルム層を回収後、溶媒を留去した。これをクロロホルム/メタノール=2/1に再溶解した。この溶液を5-PI(23)の標品として、以下の5.2.項のHPLC分析条件検討に使用した。
【0086】
(5.1.3.5. D-2-(sn-1,2-ジオレオイル-ホスファチジル)-myo-イノシトール(2-PI, 24)の合成)
化合物(17)を含む混合物7mgをクロロホルム0.2mLに溶解し、トリフルオロ酢酸0.25mLおよび水0.05mLを加えて室温に4時間放置した。水0.5mLを混合後、クロロホルム層を回収し、溶媒留去後、クロロホルム/メタノール=2/1に再溶解した。この溶液を2-PI(24)の標品とて、以下の5.2.項のHPLC分析条件検討に使用した。
【0087】
(5.2. HPLC分離条件の検討)
上記5.1.項にて合成したPI標品を使って、各異性体の溶出位置を確認した。HPLCのランニング条件は以下の通りであり、非特許文献16の記載を参考にした:
HPLCシステム:島津プロミネンス・バイナリーグラジエントシステム
カラム:順相シリカゲルカラム(4.6×150mm、粒子径3μm、Phenomenex社製)
流速:0.5mL/分
溶媒A:[クロロホルム/メタノール/0.97M ギ酸-トリエチルアミン緩衝液(pH 3.0)=87.5/12/0.5]
溶媒B:[クロロホルム/メタノール/0.97M ギ酸-トリエチルアミン緩衝液(pH 3.0)=28/60/12]
グラジエントプログラム:0%溶媒B(0分時)→40%溶媒B(16分時)→0%溶媒B(17時)→0%溶媒B(21分まで)
検出:荷電化粒子検出器(Charged aerosol detector, CORONATM ESA社製)
ただし、標品の溶出位置確認の際は高速液体クロマトグラフィー/大気圧化学イオン化質量分析計(LC-APCI-MS)を使用(ネガティブモードで測定)。
【0088】
合成した標品のいくつかは2種以上の異性体の混合物であり、PI以外の不純物も含まれている。そこで、まずLC-APCI-MSを使って各異性体のピーク位置の確認を行った(図1)。
【0089】
図1のAは、1-PIおよび4-PIの混合物のクロマトグラムである。トータルイオンクロマトグラム(TIC)では幾つかのピークが検出されたが、m/z=861 (M-H)-(DOPIの分子量は862)におけるマスクロマトグラムでは15.9分および17.7分に二つのピークが確認された。この標品はPI異性体としては1-PIおよび4-PIのみを含むので、二つのピークのどちらかが1-PIであり、他方が4-PIである。一方、改変型PLDの1つであるFRY酵素を用いてDOPCからPIを酵素合成した際に生じる二つのPI異性体のNMR分析の結果から、15.9分のピークが4-PIおよび6-PI、17.7分のピークが1-PIおよび3-PIであることが確認されているので、図1のAの15.9分のピークは4-PI、そして17.7分のピークは1-PIであると結論した。
【0090】
図1のBは、3-PIおよび6-PIの混合物のクロマトグラムであり、上記と同様な理由から、15.9分のピークは6-PIであり、そして17.7分のピークは3-PIである。1-PIと3-PIとは、または4-PIと6-PIとは、この条件では相互分離は(構造の対称性のため)困難であった。厳密にはPIのグリセロール部分のsn-2位に不斉炭素が存在するので、1-PIと3-PIとは、または4-PIと6-PIとは、ジアステレオマーの関係にある。しかし、sn-2炭素とホスファチジル基とが結合しているイノシトール環上の不斉炭素の距離が離れすぎているためにジアステレオマーとしての相互分離は困難であった。
【0091】
図1のCは、4-PI、5-PI、および6-PIの混合物のクロマトグラムである。4-PIと6-PIとは相互分離出来ないので、m/z=861のピークは二つであり、先に溶出するピークが4-PIおよび6-PIの混合ピーク、他方が5-PIであることがわかる。5-PIの溶出位置は、図1のEからも明らかである。図1のEは、化合物(4)経由で合成した標品のクロマトグラムである。化合物(4)はイノシトールの2位および5位の水酸基がフリーなため、当初は2-PIおよび5-PIの混合物が生成されると考えられたが、実際には5-PIしか生成されなかった。
【0092】
図1のDは、2-PIのクロマトグラムである。この標品はイノシトールの2位以外の水酸基を全て保護した化合物(7)から合成しているので他のPI異性体は生じない。
【0093】
図1の最下段のクロマトグラムは、6種のPI異性体の混合物の分離パターンである。図に示されるように4つのピークが確認され、その溶出順序は、4(6)-PI→2-PI→5-PI→1(3)-PIであった。
【0094】
(5.3. 改変型PLDにより合成したPI異性体組成の分析)
実施例4に記載のように改変型PLDによって生成されたジオレオイルPIの異性体構造を、上記5.2項に記載の条件下でHPLCに供し、クロマトグラムを作成した。検出には荷電化粒子検出器(Charged aerosol detector, CORONATM ESA社製)を用いた。クロマトグラムのピーク面積比をそのまま異性体比と見なして算出して、生成されたPIの異性体構造を決定した。
【0095】
以下に示す改変型PLDで、1(3)-PIのみが生成されたこと(すなわち、生成されたPI中、1(3)-PIの割合が100%)が確認された:(187位のアミノ酸残基:191位のアミノ酸残基:385位のアミノ酸残基)=(アスパラギン酸:チロシン:アルギニン)、(メチオニン:チロシン:アルギニン)、および(アラニン:チロシン:アルギニン)。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明によれば、天然型と同等の構造を有する1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に製造することができる。本発明によれば、天然には入手しにくいホスファチジルイノシトールが、酵素反応によって原料リン脂質から、天然型と同等の異性体構造である1(3)型として、より確実かつ効率的に得られ得る。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】種々のホスファチジルイノシトール標品のクロマトグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1(3)型のホスファチジルイノシトールまたはその誘導体を製造する方法であって、原料リン脂質と、イノシトールまたはその誘導体と、改変型ホスホリパーゼDとを反応させる工程を含み、
該改変型ホスホリパーゼDが、
(A)配列番号2に示されるアミノ酸配列の187位のアミノ酸残基が任意のアミノ酸であり、191位のアミノ酸残基がチロシンであり、および385位のアミノ酸残基がアルギニンであるアミノ酸配列;または
(B)該(A)のアミノ酸配列において、該187位、191位、および385位に位置するアミノ酸残基とは異なる位置の少なくとも1個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を有し、かつ1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有するポリペプチドのアミノ酸配列
を含む酵素であり、
それによって1(3)型のホスファチジルイノシトールまたはその誘導体が特異的に生成される、
方法。
【請求項2】
前記187位のアミノ酸残基が、アスパラギン酸、メチオニン、またはアラニンのいずれかである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有する改変型ホスホリパーゼDであって、
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の187位のアミノ酸残基がアスパラギン酸、メチオニン、またはアラニンのいずれかであり、191位のアミノ酸残基がチロシンであり、および385位のアミノ酸残基がアルギニンであるアミノ酸配列;または
(b)該(a)のアミノ酸配列において、該187位、191位、および385位に位置するアミノ酸残基とは異なる位置の少なくとも1個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を有し、かつ1(3)型のホスファチジルイノシトールを特異的に合成する能力を有するポリペプチドのアミノ酸配列
を含む、改変型ホスホリパーゼD。

【図1】
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【公開番号】特開2009−72152(P2009−72152A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−245751(P2007−245751)
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係わる特許出願(平成18年度生物系特定産業技術研究支援センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」、産業活力再生特別措置法第30条の適用をうけるもの)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】