説明

子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法およびその判定装置

【課題】子宮頸癌のリンパ節転移の有無をより高い精度で判定することができる子宮頸癌のリンパ節転移の検査方法、子宮頸癌のリンパ節転移判定装置およびコンピュータプログラムを提供する。
【解決手段】子宮頸癌患者から採取された、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織を用いて調製された測定試料に含まれるSERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得し、取得したmRNAの発現量に関する情報に基づいて、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法、子宮頸癌のリンパ節転移判定装置およびコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
癌患者の体内では、癌細胞が、血液またはリンパ液の流れに乗って原発巣から移動して他の部位で増殖すること(転移)が知られている。特に、癌細胞がリンパ液の流れによりリンパ節にたどり着き、そこで癌細胞が増殖した状態をリンパ節転移という。
子宮頸癌において、リンパ節は高い確率で癌が転移しやすい組織である。それゆえ、子宮頸癌の手術では、癌だけではなくリンパ節も取り除くことが一般的である。
しかしながら、リンパ節の切除により、手術後にリンパ浮腫などの後遺症が発生することが多い。また、リンパ節を切除する際に自律神経を切断してしまうことがあるので、手術後に排尿・排便障害のような深刻な後遺症が生じる可能性があることも問題となっている。
【0003】
近年、リンパ節中の癌細胞を検出するリンパ節転移診断の研究がなされている。例えば、癌細胞が原発巣から最初に到達するリンパ節であるセンチネルリンパ節(SLN)に癌細胞が存在するか否かを調べることにより、子宮頸癌のリンパ節転移を診断することが検討されている。そのような診断によって子宮頸癌のリンパ節への転移が認められなければ、リンパ節の切除は不要であるので、手術後の患者のQOL向上につながる。
このように、子宮頸癌の診断において、リンパ節転移の有無は、手術における切除範囲などの治療方針の決定に有益な情報となる。また、子宮頸癌のリンパ節転移診断は癌の進行度(ステージ)の正確な決定にも利用できるので、その重要性が高まりつつある。
【0004】
現在、多くの医療機関などでは、リンパ節転移の有無の検査として、リンパ節組織から作製された切片を顕微鏡で観察する組織診が行なわれている。
しかしながら、組織診では、リンパ節組織中に癌細胞が実際に存在していても、癌細胞を含まない切断面で作製された切片が用いられた場合やリンパ節転移が微小転移であった場合、正確な診断結果を得ることができないことがある。また、組織診は、診断する病理医の熟練度によって、その診断結果にばらつきが生じることがある。
【0005】
そこで、分子マーカーの発現に基づいて子宮頸癌のリンパ節転移を判定する方法が提案されている。例えば、Wang H.Y.らの論文(非特許文献1)およびSamouelian V.らの論文(非特許文献2)には、子宮頸癌のリンパ節転移の分子マーカーが報告されている。具体的には、非特許文献1には、SLNのRT-PCRや免疫組織化学(IHC)解析により、CK19が微小転移の同定に有用な分子マーカーであることが記載されている。また、非特許文献2には、子宮頸癌組織と転移陰性リンパ節のRT-PCRの結果から、CK19およびMUC1などが有用な分子マーカーとして記載されている。
【0006】
上述のように、子宮頸癌のリンパ節転移を診断は、患者のQOLに大きな影響を与える、手術における切除範囲の決定に利用されるので、その診断結果には高い正確性が要求される。分子マーカーを用いたリンパ節転移の診断においては、当然ながら、対象となる分子マーカーの数が増えるほど、その診断結果の正確性は向上する。例えば、既知の分子マーカーであるCK19およびMUC1を用いた診断結果が擬陽性や擬陰性の場合、他の分子マーカーの結果を参照することで、より適正な治療方針の決定が可能となる。そのため、子宮頸癌のリンパ節転移の診断に有用な新たな分子マーカーの開発が望まれていた。
【0007】
セルピンペプチダーゼインヒビター・クレードB・メンバー5(serpin peptidase inhibitor, clade B, member 5:SERPINB5)、サイトケラチン15(cytokeratin 15:CK15)、サイトケラチン4(cytokeratin 4:CK4)、ペプチダーゼインヒビター3(peptidase inhibitor 3:PI3)およびアネキシン8(annexin A8:ANXA8)の5つの遺伝子について、種々の癌との関連が報告されている。
【0008】
Domann F.E.らの論文(非特許文献3)には、マスピン(maspin:SERPINB5の別名)が、乳癌においてダウンレギュレーションされている癌抑制遺伝子であることが報告されている。さらに、特表2008−528024号公報(特許文献1)およびUS2006/0078941公報(特許文献2)には、マスピンが、正常組織よりも肺癌や卵巣癌の一種である漿液性乳頭状腺癌において高発現することが示されている。また、Karanjawala, Z.E.らの論文(非特許文献4)には、ANXA8が浸潤性の膵管腺癌に発現することが報告されている。また、特開2007−175021号公報(特許文献3)には、大腸癌のリンパ節転移陽性および陰性の組織におけるANXA8の発現を調べた結果、陽性と陰性との間で発現量の差が小さいことが開示されている。しかしながら、これらの論文には、そもそも子宮頸癌について全く記載が無い。当然ながら、子宮頸癌の転移陽性リンパ節と、SERPINB5及びANXA8の発現量との関係について、全く記載も示唆も無い。
【0009】
Pyeon D.らの論文(非特許文献5)には、KRT4(CK4の別名)、KRT15(CK15の別名)などの遺伝子発現が、正常組織に比べて子宮頸癌の原発巣においてダウンレギュレーションしていることが報告されている。また、Clauss A.らの論文(非特許文献6)には、具体的なデータは示されていないが、エラフィン(elafin:PI3の別名)が子宮頸癌細胞株Helaに発現することが記載されている。ここで、当該技術においては、株化細胞と実際に患者から採取した癌細胞とでは、遺伝子の発現パターンなど細胞の性質が異なる場合が多いことが知られている。しかし、いずれの論文にも、子宮頸癌の転移陽性リンパ節とCK4、CK15およびPI3の発現量との関係については、記載も示唆も全くされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2008−528024号公報
【特許文献2】US2006/0078941公報
【特許文献3】特開2007−175021号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Wang H.Y.ら, Int J Gynecol Cancer, vol.16, p.643-648 (2006)
【非特許文献2】Samouelian V.ら, Int J Bio Markers, vol.23, p.74-82 (2008)
【非特許文献3】Domann F.E.ら, Int. J. Cancer, vol.85, p.805-810 (2000)
【非特許文献4】Karanjawala, Z.E.ら, Am J Surg Pathol., vol.32, p.188-196 (2008)
【非特許文献5】Pyeon D., Cancer Res, vol.67, p.4605-4619 (2007)
【非特許文献6】Clauss A.ら, Neoplasia, vol.12, p.161-172 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のとおり、子宮頸癌のリンパ節転移に関する分子マーカーの報告はまだ少ない。そのため、子宮頸癌のリンパ節転移の判定に有用な新規分子マーカーや、そのようなマーカーを用いたリンパ節転移の判定方法のさらなる開発が望まれている。
そこで、本発明は、子宮頸癌のリンパ節転移を判定可能な新規分子マーカーを用いて、子宮頸癌のリンパ節転移を判定する方法を提供することを目的とする。また、本発明は、子宮頸癌のリンパ節転移判定装置およびコンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、子宮頸癌の転移が組織学的に認められたリンパ節(以下、「転移陽性リンパ節」ともいう)および子宮頸癌の転移が組織学的に認められないリンパ節(以下、「転移陰性リンパ節」ともいう)におけるmRNAの発現プロファイルをそれぞれ調べた。
その結果、本発明者らは、セルピンペプチダーゼインヒビター・クレードB・メンバー5(SERPINB5)、サイトケラチン15(CK15)、サイトケラチン4(CK4)、ペプチダーゼインヒビター3(PI3)およびアネキシン8(ANXA8)のmRNA発現量の解析結果に基づいて、転移陽性リンパ節と転移陰性リンパ節とを高精度に区別できることを見出して、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明によれば、子宮頸癌患者から採取された、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織から調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得し、
取得したmRNAの発現量に関する情報に基づいて、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する、子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法が提供される。
【0015】
また、本発明によれば、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織を用いて調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得する測定部と、
該測定部で取得したmRNAの発現量に関する情報に基づいて、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する判定部と、
該判定部で得られた判定結果を出力する出力部と
を備える、子宮頸癌のリンパ節転移判定装置が提供される。
【0016】
さらに、本発明によれば、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織を用いて調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を受け取る受領ステップと、
該受領ステップで受け取ったmRNAの発現量に関する情報に基づいて、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する判定ステップと、
該判定ステップで得られた判定結果を出力する出力ステップとを、
コンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法、子宮頸癌のリンパ節転移判定装置およびコンピュータプログラムによれば、子宮頸癌のリンパ節転移の有無をより高い精度に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】子宮頸癌のリンパ節転移の判定を実行する判定装置の一実施形態である。
【図2】子宮頸癌のリンパ節転移判定の一例を示すフローチャートである。
【図3】各遺伝子についての、リンパ節転移の有無とPCRサイクル数との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[1.子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法]
本発明の子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法(以下、単に「判定方法」ともいう)は、子宮頸癌患者から採取された、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織から調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得し、取得したmRNAの発現量に関する情報に基づいて、上記の患者のリンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定することを特徴としている。
【0020】
上記の各遺伝子のmRNAの塩基配列は、米国生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information)により提供されているデータベースGenBankから知ることができる。各遺伝子のGenBankアクセッション番号は、以下の表1に示すとおりである。なお、これらのGenBankアクセッション番号は、2010年10月12日時点での最新の番号である。
【0021】
【表1】

【0022】
[1−1.mRNAの発現量に関する情報の取得]
本発明の判定方法では、まず、子宮頸癌患者から採取された、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織から調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得する。
なお、mRNAの発現量に関する情報が取得される遺伝子は、上記の5つの遺伝子のうち1つであってもよいが、続く判定工程での判定精度を向上させるために、複数の遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得することが好ましい。
【0023】
上記のリンパ節組織は、骨盤内に存在するリンパ節を含む組織であれば特に限定されない。そのようなリンパ節としては、例えば総腸骨リンパ節、外腸骨リンパ節、内腸骨リンパ節、中直腸動脈根リンパ節および閉鎖リンパ節などが挙げられる。これらのリンパ節は、本実施形態に係る判定方法の適用対象となる患者の状態などに応じて、適宜選択することができる。
【0024】
本発明の方法に用いられる測定試料は、上記の5つの遺伝子のmRNAが含まれている試料であれば特に限定されない。そのような測定試料の調製は、当該技術において公知の方法により行うことができる。例えば、リンパ節組織を適切な前処理液中で物理的処理(撹拌、ホモジナイズ、超音波破砕など)を施して、該組織中の細胞に含まれるRNAを溶液中に遊離させることによって、RNAを含む測定試料を得ることができる。なお、測定試料の調製は、簡便かつ短時間で測定試料を調製できることから、前処理液を用いる方法により行なうことが好ましい。
上記のようにして得られた測定試料は、必要に応じて、当該技術において公知の方法、例えば遠心分離、フィルター濾過、カラムクロマトグラフィーなどにより、組織や細胞の残渣を除去してもよい。また、測定試料に含まれるRNAを精製してもよい。例えば、細胞から遊離させたRNAを含む溶液(測定試料)を遠心分離して上清を回収し、この上清をフェノール/クロロホルム抽出することにより、測定試料中のRNAを精製できる。
リンパ節組織からの測定試料の調製およびRNAの精製は、市販のRNA抽出・精製キットなどを用いて行うこともできる。
【0025】
測定試料の調製に用いられる前処理液は、リンパ節組織に含まれる細胞からのmRNAの抽出に用いることができる溶液であれば特に限定されない。該前処理液は、RNAの分解を避けるために、酸性pHであることが好ましい。そのようなpHは、pH2.5〜pH5.0が好ましく、pH3.0〜pH4.0がより好ましい。また、該前処理液としては、例えばグリシン−塩酸緩衝液などの緩衝液を含む溶液が挙げられる。なお、該前処理液中の緩衝液の濃度は、前処理液のpHを酸性に保つことができる範囲内で適宜設定できる。
【0026】
また、上記の前処理液は、リンパ節組織に含まれる細胞からmRNAを効率よく抽出させるために、界面活性剤をさらに含むことが好ましい。界面活性剤は、リンパ節組織に含まれる細胞の細胞膜および核膜を損傷させ、該細胞中の核酸を溶液中に遊離させることができる界面活性剤であれば特に限定されない。そのような界面活性剤としては、例えば非イオン性界面活性剤などが挙げられる。非イオン性界面活性剤は、好ましくはポリオキシエチレン系非イオン性界面活性剤、より好ましくは次式(I):
【0027】
1−R2−(CH2CH2O)n−H (I)
【0028】
(式中、R1は炭素数10〜22のアルキル基、炭素数10〜22のアルケニル基、炭素数10〜22のアルキニル基または炭素数10〜22のイソオクチル基を示し、R2は、酸素原子またはフェニレンオキシ基を示し、nは8〜120の整数を示す)
で表されるポリオキシエチレン系非イオン性界面活性剤である。
そのようなポリオキシエチレン系非イオン性界面活性剤は特に限定されないが、例えば、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンセチルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンミリスチリルエーテル、ポリオキシエチレンステアリルエーテル、ポリオキシエチレンノ二ルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンイソオクテルフェニルエーテルなどが挙げられる。それらの中でも、ポリオキシエチレン系非イオン性界面活性剤として、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(オキシエチレン基の付加モル数23)(シグマ−アルドリッチ社製、商品名:Brij(登録商標)35)などを好適に用いることができる。
なお、前処理液中の界面活性剤の濃度は、リンパ節組織に含まれる細胞からmRNAを十分に抽出させる観点から、好ましくは0.1〜6体積%、より好ましくは1〜5体積%である。
【0029】
なお、前記遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を後述する核酸増幅法によって取得する場合、前処理液はジメチルスルホキシド(DMSO)を含むことが好ましい。これにより、核酸増幅法に用いられる核酸合成酵素の活性の低下を抑制することができる。さらに、該核酸合成酵素の反応を阻害する物質(阻害物質)がリンパ節組織中に含まれている場合であっても、この阻害物質の影響を効果的に低減させることができる。なお、前処理液中のDMSOの濃度は、そのような効果を十分に発揮させる観点から、1〜50体積%が好ましく、5〜30体積%がより好ましく、10〜25体積%がさらに好ましい。
【0030】
測定試料の調製に用いる前処理液の量は、前処理液の種類などに応じて適宜設定することできるが、通常、リンパ節組織1mgあたり6〜80μLである。リンパ節組織に含まれる細胞と前処理液との混合は、例えば、室温でリンパ節組織に含まれる細胞と前処理液とを撹拌させることにより行なうことができる。
【0031】
本発明の判定方法において、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各遺伝子のmRNAの発現量に関する情報は、当該技術において公知の方法、例えば核酸増幅法などによって取得することができる。また、該mRNAの発現量に関する情報は、上記の各遺伝子の塩基配列に相補的な核酸プローブが配置されたマイクロアレイを用いたマイクロアレイハイブリダイゼーション法によっても取得できる。それらの中でも、mRNAの発現量に関する情報は、後述する核酸増幅法によって取得されることが好ましい。
【0032】
本明細書において「遺伝子のmRNAの発現量に関する情報」は、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各遺伝子のmRNAの発現量を示すデータであれば特に制限されない。
そのようなデータを核酸増幅法によって取得する場合、該データとしては、例えば、増幅後の反応液の光学的測定値(蛍光強度、濁度、吸光度など)が挙げられる。さらに、mRNAの発現量を示すデータには、核酸増幅法において該光学的測定値が所定の基準値に達したときのサイクル数(または時間)、該光学的測定値の変化量が所定の基準値に達したときのサイクル数(または時間)、該光学的測定値(またはサイクル数)と検量線とから取得されるmRNAの定量値なども含まれる。
なお、所定の基準値は、上記のデータの種類に応じて適宜設定することができる。例えば、該データがサイクル数である場合、所定の基準値として、核酸増幅反応が対数増殖を示すときの蛍光強度の変化量を設定できる。
【0033】
上記の各遺伝子のmRNAの発現量を示すデータを、マイクロアレイを用いる方法によって取得する場合、上記のデータの一例として、マイクロアレイ上の核酸プローブと、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各遺伝子のmRNAまたは該mRNAに由来する核酸(cDNA、cRNAなど)とのハイブリダイゼーションに由来するシグナル強度(蛍光強度、発色強度、電流量の変化など)が挙げられる。さらに、上記のデータには、該シグナル強度と検量線とから取得されるmRNAの定量値も含まれる。
【0034】
核酸増幅法は、調製した測定試料と、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8から選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAまたは該mRNAに由来する核酸(cDNA、cRNAなど)を増幅するためのプライマーと、核酸合成酵素とを含む反応液を、適切な反応条件下に維持することにより行なうことができる。
【0035】
本発明の判定方法に適する核酸増幅法としては、例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法、鎖置換反応法、リガーゼ連鎖反応法、転写増幅法などが挙げられる。これらの核酸増幅法自体は、いずれも当該技術において公知の方法である。
PCR法としては、例えばリアルタイムRT-PCR(Reverse Transcription PCR)法などが挙げられる。鎖置換反応法としては、例えばリアルタイムRT-LAMP(Reverse Transcription LAMP)法(例えば、米国特許6410278号明細書を参照されたい)などが挙げられる。転写増幅法としては、例えばTAS法などが挙げられる。これらの方法の中でも、上記のデータの取得が容易であることから、リアルタイムRT-PCR法およびリアルタイムRT-LAMP法が好ましい。
【0036】
リアルタイムRT-PCR法としては、例えばTaqMan法(「TaqMan」はロシュモレキュラーシステムス社の登録商標)、SYBR Green(モレキュラー・プローブ・インク社)などのインターカレーターを用いるインターカレーター法などが挙げられる。リアルタイムRT-PCR法では、核酸の増幅に伴って反応液の光学的状態(蛍光強度、発色強度など)が変化するので、該反応液の光学的測定値またはこの値が所定の基準値に達するまでのサイクル数に基づいて、上記遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得することができる。
【0037】
リアルタイムRT-LAMP法では、mRNAに由来するcDNAの増幅に伴って、副産物として不溶性のピロリン酸マグネシウムが生成される。このピロリン酸マグネシウムが増加するにつれ、反応液は白濁する。したがって、リアルタイムRT-LAMP法では、反応液の濁度もしくは吸光度の測定値、またはこれらの値が所定の基準値に達するまでの時間に基づいて、上記の遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得することができる。
【0038】
上記の核酸増幅法に用いられるプライマーは、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各遺伝子のmRNAまたは該mRNAに由来するcDNAを増幅できるものであれば、特に限定されない。そのようなプライマーは、上記の各遺伝子のmRNAまたは該mRNAに由来するcDNAの塩基配列に基づいて設計できる。また、プライマーは、核酸増幅法の種類に応じて設計されることが好ましい。プライマーの長さは、通常5〜50ヌクレオチド、好ましくは10〜40ヌクレオチドである。プライマー自体は、当該技術において公知の核酸合成方法により製造することができる。
上記のプライマーは、上記の各遺伝子のmRNAもしくは該mRNAに由来するcDNAを増幅できるプライマー対またはプライマーセットとして用いることができる。
【0039】
上記のプライマーは、当該技術において通常用いられる技術により修飾されていてもよい。プライマーの標識は、放射活性元素または非放射活性分子を用いて行うことができる。放射活性同位体としては、32P、33P、35S、3Hおよび125Iが挙げられる。非放射活性物質としては、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジンまたはジゴキシゲニンのようなリガンド、ハプテン、色素、および化学発光性、生物発光性、蛍光またはリン光性の試薬のような発光性試薬が挙げられる。
【0040】
核酸合成酵素は、核酸増幅法の種類に応じた酵素を用いればよい。そのような核酸合成酵素としては、例えば逆転写酵素、DNAポリメラーゼ、鎖置換型DNAポリメラーゼ、リガーゼなどが挙げられる。核酸増幅法がリアルタイムRT-PCR法である場合、核酸合成酵素としては逆転写酵素およびDNAポリメラーゼが用いられる。
逆転写酵素としては、例えばAMV(Avian Myeloblastosis Virus)逆転写酵素、M-MLV (Molony Murine Leukemia Virus)逆転写酵素などが挙げられる。また、DNAポリメラーゼとしては、Taq DNAポリメラーゼ、Pfu DNAポリメラーゼ、T4 DNAポリメラーゼ、Bst DNAポリメラーゼなどが挙げられる。なお、リアルタイムRT-PCR法では、逆転写活性およびDNA合成活性の両方を有する酵素を用いてもよい。
【0041】
核酸増幅法の反応条件は、核酸増幅法の種類、プライマーの配列などによって異なるが、例えばMolecular Cloning: A Laboratory Manual(第2版)(Sambrook, J.ら、Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York (1989))などに記載の方法を参照して、適宜設定することができる。
【0042】
[1−2.子宮頸癌のリンパ節転移の判定]
本発明の判定方法では、取得した上記の各遺伝子のmRNAの発現量に関する情報に基づいて、子宮頸癌患者から採取された、転移が疑われるリンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する。
【0043】
上記のとおり、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各遺伝子のmRNAの発現量は転移陰性リンパ節よりも転移陽性リンパ節に多いことが、本発明者らにより見出されている。したがって、該mRNAの発現量が過剰である場合に、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移していると判定することができる。例えば、mRNAの発現量に関する情報が、核酸増幅法において核酸の増幅に十分な反応時間を経た反応液の光学的測定値(蛍光強度、濁度、吸光度など)である場合、その値が大きいときに、子宮頸癌患者から採取されたリンパ節組織に子宮頸癌が転移していると判定することができる。反対に、上記の測定値が小さいときに、該リンパ節組織に子宮頸癌が転移していないと判定することができる。
【0044】
このような測定値自体によるリンパ節転移の判定はデータの蓄積により経験的に行うことができる。しかし、微小転移の場合などでは、より高い精度の判定が求められることもある。その場合、上記の各遺伝子のmRNAの発現量が過剰であるか否かは、該発現量に関するデータと、そのデータの種類に応じた閾値とを比較し、その比較結果から決定することが好ましい。例えば、前記データが、核酸増幅後の反応液の光学的測定値(蛍光強度、濁度、吸光度など)の変化量が所定の基準値に達したときのサイクル数(または時間)である場合、該サイクル数(または時間)が所定の閾値以下のときに、取得したmRNAの発現量は過剰であると決定できる。したがって、この場合は、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移していると判定することができる。
さらに、該サイクル数(または時間)が所定の閾値よりも大きいとき、取得したmRNAの発現量は過剰ではないと決定できる。したがって、この場合は、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移していないと判定することができる。
【0045】
上記の各遺伝子のmRNAの発現量に関する情報が該mRNAの定量値である場合、該定量値が所定の閾値以上のときに、取得したmRNAの発現量は過剰であると決定できる。したがって、この場合は、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移していると判定することができる。
さらに、mRNAの定量値が所定の閾値よりも小さいとき、取得したmRNAの発現量は過剰ではないと決定できる。したがって、この場合は、上記のリンパ節組織に子宮頸癌が転移していないと判定することができる。
【0046】
本発明の判定方法に用いられる「所定の閾値」は、上記の発現量に関するデータの種類に応じて適宜設定することができる。すなわち、該閾値は、子宮頸癌の転移が認められるリンパ節の群と転移が認められないリンパ節の群とを明確に区別できる、特定の発現量を示す値として経験的に設定することができる。より具体的には、発現量に関するデータがサイクル数である場合、子宮頸癌の転移が組織学的に認められた複数のリンパ節、および子宮頸癌の転移が組織学的に認められない複数のリンパ節のそれぞれについてサイクル数を取得し、リンパ節転移が認められたリンパ節の群とリンパ節転移が認められないリンパ節の群とを明確に区別できるサイクル数を所定の閾値として設定することができる。
【0047】
[2.子宮頸癌のリンパ節転移判定装置]
つぎに、本発明の実施形態に係る子宮頸癌のリンパ節転移判定装置(以下、単に「判定装置」ともいう)について、図面を参照して説明する。
本実施形態に係る判定装置は、本発明の実施形態に係る判定方法を実施するのに好適な装置の一例である。なお、本実施の形態に係る判定装置は、上記のmRNAの発現量に関する情報として、蛍光強度の変化量が所定の基準値に達したときのサイクル数を採用し、該サイクル数とサイクル数についての閾値とを比較して判定を行なう装置である。
【0048】
[2−1.判定装置の構成]
図1は、本発明の一実施の形態に係る判定装置1の全体構成を示すブロック図である。
本実施の形態に係る判定装置1は、核酸増幅測定装置100(以下、「測定部100」ともいう)と、これと接続された情報処理装置200(以下、「コンピュータ200」ともいう)とから構成されている。
測定部100は、リアルタイムRT-PCR法などの核酸増幅法を実行可能なPCR装置からなる。測定部100は、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各mRNAを鋳型として核酸増幅するとともに、増幅産物に基づく蛍光強度およびサイクル数を測定する装置である。
測定部100には、コンピュータ200が接続されている。コンピュータ200は、測定部100の動作を制御するとともに、測定部100で測定された上記の蛍光強度のデータおよびサイクル数のデータに基づいて、リンパ節転移が陽性であるか否かを判定する。
【0049】
コンピュータ200は、情報処理装置本体210(以下、「判定部210」ともいう)と、必要なデータを判定部210に入力する入力デバイス230と、入出力データなどを表示する表示部(出力部)220とを備えている。コンピュータ200には、必要に応じて、外部記録媒体240が含まれる。
【0050】
コンピュータ200は、判定部210と、表示部220と、入力デバイス230とから主として構成されている。判定部210は、CPU210aと、ROM210bと、RAM210cと、ハードディスク210dと、読出装置210eと、入出力インタフェース210fおよび画像出力インタフェース210hは、バス210iによって互いにデータ通信可能に接続されている。
判定部210は、CPU210aと、ROM210bと、RAM210cと、ハードディスク210dと、読出装置210eと、入出力インタフェース210fと、画像出力インタフェース210hと、バス210iとを備えている。
判定部210内において、CPU210a、ROM210b、RAM210c、ハードディスク210d、読出装置210e、入出力インタフェース210fおよび画像出力インタフェース210hは、それぞれバス210iによって、データの送受信が可能に接続されている。
【0051】
CPU210aは、ROM210bに記憶されているコンピュータプログラムおよびRAM210cにロードされたコンピュータプログラムを実行することができる。ROM210bには、CPU210aによって実行されるコンピュータプログラムおよびCPU210aがコンピュータプログラムを実行するためのデータなどが記録されている。RAM210cは、ROM210bおよびハードディスク210dに記録されているコンピュータプログラムの読み出しに用いられる。また、RAM210cは、これらのコンピュータプログラムを実行するときに、CPU210aの作業領域として利用される。
ハードディスク210dには、オペレーティングシステム(OS)、アプリケーションプログラムなど、CPU210aに実行させるための種々のコンピュータプログラムおよびそのコンピュータプログラムの実行に用いられるデータがインストールされている。
ハードディスク210dにインストールされているプログラムには、子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法を実現するためのアプリケーションプログラム240aおよび測定部100を制御するプログラムが含まれている。また、ハードディスク210dには、子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法を実現するためのプログラムの実行に用いられるデータとして、閾値などが記憶されている。
【0052】
読出装置210eは、フレキシブルディスクドライブ、CD-ROMドライブ、DVD-ROMドライブなどによって構成されており、外部記録媒体240に記録されたコンピュータプログラムまたはデータを読み出すことができる。なお、アプリケーションプログラム240aは、外部記録媒体240に記録されていてもよく、情報処理装置本体210内に設けられたROM210bまたはRAM210cに保存されていてもよい。
また、CPU210aが外部記録媒体240から当該アプリケーションプログラム240aを読み出し、アプリケーションプログラム240aをハードディスク210dにインストールすることも可能である。
【0053】
また、ハードディスク210dには、例えば米国マイクロソフト社が製造販売するWindows(登録商標)などのグラフィカルユーザインタフェース環境を提供するオペレーションシステムがインストールされている。以下の説明においては、上述した判定に係るアプリケーションプログラム240aは、該オペレーティングシステム上で動作するものとしている。
【0054】
入出力インタフェース210fは、例えばUSB、IEEE1394、RS−232Cなどのシリアルインタフェース、SCSI、IDE、IEEE1284などのパラレルインタフェースおよびD/A変換器、A/D変換器などからなるアナログインタフェースなどから構成されている。入出力インタフェース210fには、キーボードやマウスなどの入力デバイス230が接続されている。また、入出力インタフェース210fには測定部100が接続されている。これにより、判定部210は、入出力インタフェース210fを介して測定部100とデータの送受信が可能である。
【0055】
画像出力インタフェース210hは、LCDまたはCRTなどで構成された表示部220に接続されており、CPU210aから与えられた画像データに応じた映像信号を表示部220に出力する。表示部220は、入力された映像信号にしたがって、画像(画面)を表示する。また、表示部220は、後述するCPU210aから与えられた判定結果を出力する。
【0056】
ここで、上記の測定装置1において実行されるアプリケーションプログラム240aの動作フローの一例について、図2を参照して説明する。
【0057】
まず、判定部100から入出力インタフェース210fを介して、核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量のデータおよびサイクル数のデータが受領される(ステップS1)。
【0058】
次いで、ステップS2において、CPU210aは、核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量のデータおよびサイクル数のデータに基づき、核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量が各遺伝子についての基準値に達したときのサイクル数(サイクル数A)を算出する。なお、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各遺伝子のmRNAを増幅する場合における蛍光強度の変化量の基準値は、それぞれ0.04、0.02、0.05、0.02および0.03である。
【0059】
ステップS3において、CPU210aは、アプリケーションプログラム240aのデータとしてハードディスク210dに予め記憶させたサイクル数の閾値のデータと、上記のサイクル数Aのデータとを比較する。このステップS3では、該サイクル数Aがサイクル数の閾値以下であるか否かについて比較判断される。
サイクル数Aが閾値以下の場合(Yes)、ステップS4−1に処理を進める。反対に、サイクル数Aが閾値よりも小さくない場合(No)、ステップS4−2に処理を進める。なお、各遺伝子についての閾値は、表2に示すとおりである。なお、表2に示す閾値は、8例の陰性検体における各遺伝子のCt値(後述の基準値に達したときのサイクル数)の平均値を求め、その平均値から3SD(標準偏差の3倍)を引くことで取得した。
【0060】
【表2】

【0061】
ステップS4−1において、CPU210aは、リンパ節組織に子宮頸癌が転移している(リンパ節転移陽性)と判定する。あるいは、ステップS4−2において、CPU210aは、リンパ節組織に子宮頸癌が転移していない(リンパ節転移陰性)と判定する。
【0062】
ステップS5において、CPU210aは、上記の判定結果を、RAM210cに格納するとともに、画像出力インタフェース210hを介して表示部220に出力する。
【0063】
なお、本実施形態において、核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量のデータおよびサイクル数のデータは、コンピュータ200から入出力インタフェース210fを介して取得されるが、これに限定されるものではない。ユーザーが核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量のデータおよびサイクル数のデータを入力デバイス230により入力し、CPU210aが、これら入力された値から、核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量が基準値に達したときのサイクル数(サイクル数A)を算出して取得してもよい。
また、本実施形態において、CPU210aは、該サイクル数Aを、核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量のデータおよびサイクル数のデータから算出して取得しているが、これに限定されるものではない。ユーザーが該サイクル数Aを入力デバイス230により入力し、CPU210aがこれを取得してもよい。
【0064】
なお、本実施形態において、CPU210aは、核酸増幅反応時の蛍光強度の変化量のデータおよびサイクル数のデータに基づき、上記のサイクル数Aを算出しているが、これに限定されるものではない。蛍光強度やサイクル数などと検量線とから各遺伝子のmRNAの定量値を算出してもよい。この場合、ステップS3において、該定量値が所定の閾値よりも大きい場合にステップS4−1に処理を進め、該定量値が所定の閾値よりも小さい場合にステップS4−2に処理を進めることができる。
【実施例】
【0065】
以下に、実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0066】
(調製例1)
子宮頸癌の転移が組織学的に認められた6個のリンパ節〔陽性検体(うち、腺癌転移陽性リンパ節:2個、扁平上皮癌転移陽性リンパ節:4個)〕および子宮頸癌の転移が組織学的に認められない8個のリンパ節〔陰性検体(うち、腺癌転移陽性リンパ節:4個、扁平上皮癌転移陽性リンパ節:4個)〕を用いて、下記のようにして測定試料を調製した。
【0067】
まず、前記リンパ節(約30〜370 mg/個)に前処理液[組成:200 mMグリシン−塩酸(pH3.4)、5体積%ポリオキシエチレンラウリルエーテル(オキシエチレン基の付加モル数23)(シグマ−アルドリッチ社製、商品名:Brij(登録商標)35)、20体積%ジメチルスルホキシドおよび0.05体積%消泡剤〔信越化学工業(株)製、商品名:KS-538〕]4mLを添加した。つぎに、ブレンダーで前記リンパ節をホモジナイズした。得られたホモジネートを、室温で10000×g、1分間遠心分離し、上清を得た。その後、RNA抽出・精製用キット(キアゲン社製、商品名:RNeasy Miniキット、カタログ番号74014)を用いて、前記上清400μLからRNAを抽出・精製してRNA溶液60μLを得た。得られた各RNA溶液について、波長260 nmにおける吸光度を測定した。得られたRNA溶液を測定試料として用いた。
【0068】
(試験例1)
調製例1で得られた各測定試料と、SERPIN5B (Maspin) 用プライマー対と、定量RT-PCRキット(キアゲン社製、商品名:Quanti Tect SYBR Green RT-PCRキット、カタログ番号204245)とを用い、リアルタイムPCR装置(アプライドバイオシステムズ社製、商品名:ABI Prism 7500)でリアルタイムRT-PCR法を行ない、各測定試料について、増幅産物に基づく蛍光強度の変化量が基準値に達したときのPCRサイクル数を決定した。得られたPCRサイクル数を、測定試料におけるmRNAの発現量に関する情報として用いた(実施例1)。
【0069】
また、SERPINB5用プライマー対の代わりに、CK15用プライマー対(実施例2)、ANXA8用プライマー対(実施例3)、PI3(実施例4)またはCK4(実施例5)を用いたことを除き、前記と同様に操作を行ない、各測定試料について、増幅産物に基づく蛍光強度の変化量が基準値に達したときのPCRサイクル数を決定した。
【0070】
なお、CK19用プライマー対(比較例)またはβ−アクチン用プライマー対(対照)を用いたことを除き、前記と同様に操作を行ない、各測定試料について、増幅産物に基づく蛍光強度の変化量が基準値に達したときのPCRサイクル数を決定した。ここで、CK19は、子宮頸癌のリンパ節転移に対する既知の分子マーカーである。また、β−アクチンは、ハウスキーピング遺伝子として知られる分子マーカーである。
【0071】
SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8の各遺伝子mRNAを増幅する場合における蛍光強度の変化量の基準値は、以下の表3に示すとおりである。なお、これらの基準値は、SERPINB5、CK15、CK4、PI3、ANXA8およびCK19の各遺伝子のmRNAについての核酸増幅反応が対数増殖期にあるときの蛍光強度の変化量である。また、これら基準値は、単位鎖長あたりの蛍光強度の変化量に換算したとき、ほぼ同じ値になるように設定している。
【0072】
【表3】

【0073】
リアルタイムRT-PCR法で用いた各プライマーの配列および反応液の組成を、それぞれ表4および表5に示す。
【0074】
【表4】

【0075】
【表5】

【0076】
また、リアルタイムRT-PCR法におけるサーマルプロファイルは、50℃で30分間の保温および95℃で10分間の保温と、それに続く、94℃で15秒間の変性と53℃で30秒間のアニーリングと72℃で30秒間の伸長とを1サイクルとする40サイクルの反応である。
【0077】
試験例1の結果より得られた、各遺伝子についてのリンパ節転移の有無とPCRサイクル数との関係を図3に示す。図中、「PCRサイクル数」は、陽性検体の測定試料または陰性検体の測定試料を用いたリアルタイムRT-PCR法において、増幅産物に由来する蛍光強度の変化量が上記の各基準値に達したときのサイクル数である。また、「+」は陽性検体の測定試料を用いたときのPCRサイクル数、「−」は陰性検体の測定試料を用いたときのPCRサイクル数を示す。
【0078】
図3から、CK19(比較例)、SERPINB5(実施例1)、CK15(実施例2)、ANXA8(実施例3)、PI3(実施例4)およびCK4(実施例5)は、陽性検体と陰性検体と間のPCRサイクル数に、明らかに差があることが分かる。より具体的には、陽性検体のPCRサイクル数は、陽性検体のPCRサイクル数よりも少ないことが分かる。すなわち、子宮頸癌が転移しているリンパ節組織では、子宮頸癌が転移していないリンパ節組織よりも、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8のmRNAの発現量が高いことが分かる。これに対して、ハウスキーピング遺伝子であるβ−アクチンについては、陽性検体と陰性検体と間のPCRサイクル数にほとんど差がない。すなわち、β−アクチンのmRNAの発現量は、陽性検体と陰性検体でほとんど差がないことが分かる。このことから、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8から選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に基づいて、リンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定できることが明らかとなった。
【0079】
また、図3から、腺癌および扁平上皮癌のいずれの子宮頸癌の場合でも、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8は、陽性検体と陰性検体と間のPCRサイクル数に明らかに差があることが分かる。より具体的には、PCRサイクル数の閾値として、それぞれ、SERPINB5は32.9、CK15は32.0、CK4は37.7、PI3は31.9およびANXA8は31.4に設定することで、陽性検体と陰性検体とを区別可能であることが分かる。このことから、子宮頸癌の組織型に関わらず、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8のmRNAの発現量に基づいて、リンパ節組織への転移が判定できることが分かる。
【0080】
さらに、図3から、SERPINB5(実施例1)およびCK15(実施例2)の陽性検体と陰性検体と間のPCRサイクル数の差は、CK19(比較例)と同等であることが分かる。このことから、特に、SERPINB5またはCK15の遺伝子のmRNAの発現量を用いることで、リンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを高い精度で判定できることが分かる。
【符号の説明】
【0081】
100 核酸増幅測定装置(測定部)
200 情報処理装置(コンピュータ)
210 情報処理装置本体(判定部)
220 表示部(出力部)
230 入力デバイス
240 外部記録媒体
210a CPU
210b ROM
210c RAM
210d ハードディスク
210e 読出装置
210f 入出力インタフェース
210h 画像出力インタフェース
210i バス
240a アプリケーションプログラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
子宮頸癌患者から採取された、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織から調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得し、
取得したmRNAの発現量に関する情報に基づいて、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する、
子宮頸癌のリンパ節転移の判定方法。
【請求項2】
前記mRNAの発現量に関する情報からmRNAの発現量が過剰であると判断された場合に、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移していると判定する、請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
前記mRNAの発現量に関する情報が核酸増幅法によって取得される、請求項1または2に記載の判定方法。
【請求項4】
前記核酸増幅法が、ポリメラーゼ連鎖反応法、鎖置換反応法、リガーゼ連鎖反応法または転写増幅法である、請求項3に記載の判定方法。
【請求項5】
前記mRNAの発現量に関する情報が、核酸増幅法における核酸増幅反応のサイクル数に基づく値である、請求項3または4に記載の判定方法。
【請求項6】
前記核酸増幅反応のサイクル数と所定の閾値とを比較し、サイクル数が所定の閾値以下の場合に、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移していると判定する、請求項5に記載の判定方法。
【請求項7】
前記核酸増幅反応のサイクル数が所定の閾値より大きい場合に、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移していないとさらに判定する、請求項6に記載の判定方法。
【請求項8】
前記mRNAの発現量に関する情報が、核酸増幅法によって取得されるmRNAの定量値である、請求項3に記載の判定方法。
【請求項9】
前記mRNAの定量値と所定の閾値とを比較し、定量値が所定の閾値以上の場合に、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移していると判定する、請求項8に記載の判定方法。
【請求項10】
前記mRNAの定量値が所定の閾値より小さい場合に、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移していないとさらに判定する、請求項9に記載の判定方法。
【請求項11】
前記リンパ節組織が、骨盤内リンパ節を含む組織である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項12】
前記骨盤内リンパ節が、総腸骨リンパ節、外腸骨リンパ節、内腸骨リンパ節、中直腸動脈根リンパ節および閉鎖リンパ節からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項11に記載の判定方法。
【請求項13】
前記リンパ節組織から調製された測定試料が、子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織を前処理液中でホモジナイズすることにより得ることができる試料である、請求項1〜12のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項14】
前記前処理液のpHが2.5〜5.0である、請求項13に記載の判定方法。
【請求項15】
前記前処理液が緩衝液を含む、請求項13または14に記載の判定方法。
【請求項16】
前記前処理液が界面活性剤を含む、請求項13〜15のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項17】
子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織を用いて調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を取得する測定部と、
前記測定部で取得したmRNAの発現量に関する情報に基づいて、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する判定部と、
前記判定部で得られた判定結果を出力する出力部と
を備える、子宮頸癌のリンパ節転移判定装置。
【請求項18】
コンピュータに、
子宮頸癌の転移が疑われるリンパ節組織を用いて調製された測定試料に含まれる、SERPINB5、CK15、CK4、PI3およびANXA8からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAの発現量に関する情報を受け取る受領ステップと、
前記受領ステップで受け取ったmRNAの発現量に関する情報に基づいて、前記リンパ節組織に子宮頸癌が転移しているか否かを判定する判定ステップと、
前記判定ステップで得られた判定結果を出力する出力ステップと
を実行させるためのコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−80847(P2012−80847A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231689(P2010−231689)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】