説明

密封装置

【課題】摺動トルクを低く抑えつつ、流体圧力が低い状態においても封止機能を発揮させることのできる密封装置を提供する。
【解決手段】第1シールリップ12及び第2シールリップ13の外周面12a,13aは、いずれも軸線方向の外側に向かって拡径するテーパ面によって構成され、かつリップ先端12b,13bの外径は、外力が作用していない状態においてハウジング300における軸200が挿通される軸孔301の内径よりも大きく構成されており、シールリング10が環状溝210内に装着され、かつ流体圧力が作用していない状態においては、第1シールリップ12及び第2シールリップ13はいずれも軸線方向の内側に傾いた状態となり、これら第1シールリップ12及び第2シールリップ13の各リップ先端12b,13bが、いずれも軸孔301の内周面に線接触するように構成されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸とハウジングの軸孔との間の環状隙間を封止する密封装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用のATやCVTにおいては、油圧を保持させるために、相対的に回転する軸とハウジングとの間の環状隙間を封止するシールリングが設けられている。一般的なシールリングの場合、軸の外周に設けられた環状溝に装着され、軸が挿通されるハウジングの軸孔の内周面と環状溝の側面のそれぞれに摺動自在に接触することで、軸とハウジングの軸孔との間の環状隙間を封止するように構成される。
【0003】
上記のような用途で用いられるシールリングにおいては、摺動トルクを十分に低くすることが要求される。そのため、従来、自動車のエンジンがかかり油圧が高くなっている状態においては、シールリングが軸孔の内周面と環状溝の側面に密着して十分に油圧を保持する機能を発揮し、エンジンの停止により油圧がかからない状態においてはシールリングが軸孔の内周面や環状溝の側面から離れた状態となるように構成されている。
【0004】
しかしながら、上記のように構成されたシールリングの場合、油圧がかからない状態ではシール機能を発揮しないため、ATやCVTのように油圧ポンプによって圧送される油により変速制御が行われる構成においては、油圧ポンプが停止した無負荷状態(例えば、アイドリングストップ時)では、シールリングがシールしていた油がシールされずにオイルパンに戻って、シールリング近傍の油がなくなってしまう。従って、この状態からエンジンを始動(再始動)させると、シールリングの近傍には油がなく潤滑のない状態で作動が開始されるので、応答性や作動性が悪いという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−265937号公報
【特許文献2】特許第4143786号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、摺動トルクを低く抑えつつ、流体圧力が低い状態においても封止機能を発揮させることのできる密封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために以下の手段を採用した。
【0008】
すなわち、本発明の密封装置は、
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持する密封装置において、
前記環状溝内に装着される樹脂製のシールリングを備え、
該シールリングは、
前記環状溝の溝底外周面に密着する円筒部と、
該円筒部の一端部から外側に向かって伸びる第1シールリップと、
該円筒部の他端部から外側に向かって伸びる第2シールリップと、
を備え、
第1シールリップ及び第2シールリップの外周面は、いずれも軸線方向の外側に向かって拡径するテーパ面によって構成され、かつ軸線方向の外側の端縁の外径は、外力が作用していない状態において前記ハウジングにおける前記軸が挿通される軸孔の内径よりも大きく構成されており、
前記シールリングが前記環状溝内に装着され、かつ流体圧力が作用していない状態においては、第1シールリップ及び第2シールリップはいずれも軸線方向の内側に傾いた状態となり、これら第1シールリップ及び第2シールリップの各外周面における軸線方向の外側の端縁が、いずれも前記軸孔の内周面に線接触するように構成されることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、シール対象領域の流体圧力が作用していない状態においても、第1シールリップ及び第2シールリップのリップ先端(軸線方向の外側の端縁)が軸孔の内周面に線接触した状態となり、封止機能を発揮させることができる。従って、シール対象領域の流体圧力が高まりだした直後から流体圧力を保持させることができる。また、リップ先端が線接触した状態であることと、軸線方向のいずれかの方向から流体圧力が作用すると、流体圧力が作用する側のシールリップは内側に倒れるように変形して軸孔の内周面に接触しない(または接触圧力が低下する)こととが相俟って、摺動トルクを効果的に低減させることが可能となる。
【0010】
前記円筒部の外周側に装着されて、該円筒部の内周面を前記環状溝の溝底に向かって押圧させる押圧部材を備えるとよい。
【0011】
これにより、シールリングを軸に対して、より確実に相対的に回転させないようにすることができる。
【0012】
前記シールリングは、PTFE製の環状の素材に対してヒートプレスによる折り曲げ加工を施すことによって得られるものであり、前記素材の両端面が、それぞれ第1シールリップ及び第2シールリップの外周面となるとよい。
【0013】
これにより、シールリングの製造を容易にすることができる。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明によれば、摺動トルクを低く抑えつつ、流体圧力が低い状態においても封止機能を発揮させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施例に係る密封装置の一部破断断面図である。
【図2】本発明の実施例に係るシールリングの製造前の素材(中間製品)を示す模式的断面図である。
【図3】本発明の実施例に係る密封装置の装着状態(流体圧力が作用していない状態)を示す模式的断面図である。
【図4】本発明の実施例に係る密封装置の装着状態(流体圧力が作用している状態)を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。なお、本実施例に係る密封装置は、自動車用のATやCVTな
どの変速機において、油圧を保持させるために、相対的に回転する軸とハウジングとの間の環状隙間を封止する用途に用いられるものである。
【0017】
(実施例)
図1〜図4を参照して、本発明の実施例に係る密封装置について説明する。
【0018】
<密封装置の構成>
特に、図1及び図3を参照して、本発明の実施例に係る密封装置の構成について説明する。本実施例に係る密封装置100は、軸200の外周に設けられた環状溝210に装着され、相対的に回転する軸200とハウジング300との間の環状隙間を封止する。これにより、密封装置100は、流体圧力(本実施例では油圧)が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持する。ここで、本実施例においては、図3中左右の両側の流体圧力が変化するように構成されている。なお、自動車のエンジンが停止した状態においては、シール対象領域の流体圧力は低く、無負荷の状態となっており、エンジンをかけるとシール対象領域の流体圧力は高くなる。
【0019】
そして、本実施例に係る密封装置100は、樹脂(より具体的にはPTFE(ポリテトラフルオロエチレン))製のシールリング10と、押圧部材としてのゴム製のOリング20とから構成される。
【0020】
シールリング10は、環状溝210の溝底211の外周面に密着する円筒部11と、この円筒部11の一端部から外側に向かって伸びる第1シールリップ12と、円筒部11の他端部から外側に向かって伸びる第2シールリップ13とを備えている。
【0021】
第1シールリップ12の外周面12aは、軸線方向の外側に向かって拡径するテーパ面によって構成されている。また、第1シールリップ12のリップ先端12b(外周面12aにおける軸線方向の外側の端縁)の外径は、外力が作用していない状態においてハウジング300における軸200が挿通される軸孔301の内径よりも大きく構成されている。また、第2シールリップ13の外周面13aも、同様に、軸線方向の外側に向かって拡径するテーパ面によって構成されており、リップ先端13bの外径は、外力が作用していない状態において軸孔301の内径よりも大きく構成されている。
【0022】
そして、シールリング10が環状溝210内に装着され、かつ流体圧力が作用していない状態においては、第1シールリップ12及び第2シールリップ13はいずれも軸線方向の内側に傾いた状態となるように構成されている(図3参照)。また、このとき、これら第1シールリップ12及び第2シールリップ13のリップ先端12b,13bは、いずれも軸孔301の内周面に線接触するように構成されている。なお、本実施例においては、装着前の状態では、図1に示すように、第1シールリップ12及び第2シールリップ13はいずれも軸線方向の内側には傾いておらず、装着時に軸孔301の内周面から力を受けることで内側に傾くように構成されている。ただし、装着前の状態において、第1シールリップ12及び第2シールリップ13が、予めいずれも軸線方向の内側にある程度傾いている構成を採用することもできる。
【0023】
Oリング20は、円筒部11の外周側に装着される。このOリング20の弾性復元力によって、円筒部11は外周側から締め付けられて、円筒部11の内周面11aは、環状溝210の溝底211に向かって押圧された状態となる。
【0024】
<シールリングの製造方法>
本実施例に係るシールリング10の製造方法について、特に図2を参照して説明する。本実施例においては、成形材料としてPTFEを用い、一般的に知られた金型成形技術に
よって、図2に示すように、環状の素材10X(中間製品)を成形する。そして、ヒートプレスによる曲げ加工を施すことで、この素材10Xの両側を図中A方向及びB方向に曲げた状態とする。これにより、図1に示すシールリング10を得ることができる。ここで、素材10Xにおける両端面は、図2に示すように、先端に向かって縮径するテーパ面で構成されている。これにより、素材10Xの両側を曲げることで、上記の通り、第1シールリップ12及び第2シールリップ13の外周面12a,13aをテーパ面とすることができる。
【0025】
<密封装置の使用時のメカニズム>
特に、図4を参照して、本発明の実施例に係る密封装置の使用時のメカニズムについて説明する。本実施例においては、図4中左右の両側の流体圧力が変化するように構成されている。図4(a)は右側から流体圧力Pが作用した状態(左側よりも右側の方が流体圧力が高い状態)を示しており、同図(b)は左側から流体圧力Pが作用した状態(右側よりも左側の方が流体圧力が高い状態)を示している。
【0026】
上記の通り、本実施例においては、シールリング10が環状溝210内に装着され、かつ流体圧力が作用していない状態においては、第1シールリップ12及び第2シールリップ13はいずれも軸線方向の内側に傾いた状態となるように構成されている。そのため、流体圧力が作用すると、流体圧力が作用する側のシールリップは内側に倒れるように変形して軸孔301の内周面に接触しないか、接触していたとしても接触圧力が低下する。すなわち、図4(a)に示すように右側から流体圧力Pが作用した場合には、第2シールリップ13が内側に倒れるように変形し、リップ先端13bは軸孔301の内周面から離れた状態となる(または接触圧力が低下する)。これに対して、流体圧力Pが作用する側とは反対側の第1シールリップ12は、軸線方向の外側に向かう力を受けるため、そのリップ先端12bは、軸孔301の内周面に対して接触した状態が安定的に維持される。また、同図(b)に示すように左側から流体圧力Pが作用した場合には、第1シールリップ12が内側に倒れるように変形し、リップ先端12bは軸孔301の内周面から離れた状態となる(または接触圧力が低下する)。そして、流体圧力Pが作用する側とは反対側の第2シールリップ13は、軸線方向の外側に向かう力を受けるため、そのリップ先端13bは、軸孔301の内周面に対して接触した状態が安定的に維持される。
【0027】
<本実施例に係る密封装置の優れた点>
本実施例に係る密封装置100によれば、シール対象領域の流体圧力が作用していない状態においても、第1シールリップ12及び第2シールリップ13のリップ先端12b,13bが軸孔301の内周面に線接触した状態となり、封止機能を発揮させることができる。これにより、シール対象領域の流体圧力が高まりだした直後から流体圧力を保持させることができる。従って、エンジンが停止した状態からアクセルが踏み込まれることでエンジンが始動することによって、シール対象領域の油圧が高まりだした直後から油圧を保持させることができる。
【0028】
また、リップ先端12b,13bが線接触した状態であることと、軸線方向のいずれかの方向から流体圧力が作用すると、流体圧力が作用する側のシールリップは内側に倒れるように変形して軸孔301の内周面に接触しない(または接触圧力が低下する)こととが相俟って、摺動トルクを効果的に低減させることが可能となる。これに伴って、摺動による発熱を抑制し、高温高圧環境下においても好適に用いることが可能となる。
【0029】
また、本実施例においては、シールリング10における円筒部11の外周側に装着されて、円筒部11の内周面11aを環状溝210の溝底211に向かって押圧させるOリング20を備える構成を採用している。これにより、シールリング10を軸200に対して、より確実に相対的に回転させないようにすることができる。より具体的には、軸200
が回転すると、軸200と共に密封装置100も回転し、軸200と密封装置100との間では相対的な回転はなく、摺動する部分も生じない。従って、摺動部分を第1シールリップ12及び第2シールリップ13のリップ先端12b,13bと軸孔301の内周面のみにすることが可能となり、摺動トルクを効果的に低減させることができる。
【0030】
更に、シールリング10は、PTFE製の環状の素材10Xに対してヒートプレスによる折り曲げ加工を施すことによって得られるので、シールリング10の製造は容易である。
【0031】
(その他)
上記実施例におけるシールリング10において、周方向の1か所に切断部(合口)を設ける構成を採用してもよい。そのような構成を採用することで、シールリング10の装着性を高めることができる。なお、切断部を設けた場合であっても、シールリング10は、Oリング20によって内周側に締め付けられるので、品質性の低下を十分に抑制可能である。また、切断部の構造については、適宜、公知技術を適用できる。一例として、ストレートカット及びバイアスカットを挙げることができる。
【0032】
上記実施例においては、押圧部材として、ゴム製のOリング20の場合を例に挙げたが、これに限られるものではない。すなわち、押圧部材としては、シールリング10における円筒部11の内周面11aを、環状溝210の溝底211に向かって押圧可能であれば、他のものを採用してもよい。例えば、ゴム製の角リング(断面形状が矩形のリング)や金属製の環状スプリング(ガータスプリング)などを用いることもできる。
【0033】
また、上記実施例においては、シールリング10における円筒部11の内周面11aを環状溝210の溝底211に密着させ、かつ押圧部材(Oリング)を設けることによって、シールリング10を軸200に対して相対的に回転させないようにする構成を示した。しかしながら、使用環境等により、押圧部材を設けなくても、円筒部11の密着力のみで、軸200に対して相対的に回転させないようにすることが可能であれば、押圧部材(Oリング)を設けなくても良い。ただし、この場合には、シールリングには切断部(合口)を設けずに、エンドレス形状にする必要がある。
【0034】
また、上記実施例においては、シールリング10は、環状の素材10Xに対して、ヒートプレスによる曲げ加工を施すことにより製造される場合を説明したが、切削加工によりシールリング10を製造するようにすることもできる。
【0035】
更に、上記実施例においては、図3及び図4中左右の両側の流体圧力が変化するように構成される場合を示したが、いずれか一方の側のみの流体圧力が変化する場合でも、上記密封装置100を適用することが可能である。
【符号の説明】
【0036】
10 シールリング
10X 素材
11 円筒部
11a 内周面
12 第1シールリップ
13 第2シールリップ
12a,13a 外周面
12b,13b リップ先端
20 Oリング
100 密封装置
200 軸
210 環状溝
211 溝底
300 ハウジング
301 軸孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成されたシール対象領域の流体圧力を保持する密封装置において、
前記環状溝内に装着される樹脂製のシールリングを備え、
該シールリングは、
前記環状溝の溝底外周面に密着する円筒部と、
該円筒部の一端部から外側に向かって伸びる第1シールリップと、
該円筒部の他端部から外側に向かって伸びる第2シールリップと、
を備え、
第1シールリップ及び第2シールリップの外周面は、いずれも軸線方向の外側に向かって拡径するテーパ面によって構成され、かつ軸線方向の外側の端縁の外径は、外力が作用していない状態において前記ハウジングにおける前記軸が挿通される軸孔の内径よりも大きく構成されており、
前記シールリングが前記環状溝内に装着され、かつ流体圧力が作用していない状態においては、第1シールリップ及び第2シールリップはいずれも軸線方向の内側に傾いた状態となり、これら第1シールリップ及び第2シールリップの各外周面における軸線方向の外側の端縁が、いずれも前記軸孔の内周面に線接触するように構成されることを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記円筒部の外周側に装着されて、該円筒部の内周面を前記環状溝の溝底に向かって押圧させる押圧部材を備えることを特徴とする請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記シールリングは、PTFE製の環状の素材に対してヒートプレスによる折り曲げ加工を施すことによって得られるものであり、前記素材の両端面が、それぞれ第1シールリップ及び第2シールリップの外周面となることを特徴とする請求項1または2に記載の密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−72472(P2013−72472A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210999(P2011−210999)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】