説明

尿素存在下のラジカル異性化によるE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法

【課題】脂肪族共役ジエン化合物のE,E体以外の幾何異性体又はそれらの混合物から、E,E−脂肪族共役ジエン化合物への異性化率を向上させる。
【解決手段】炭素数6〜20のZ,Z−脂肪族共役ジエン化合物、Z,E−脂肪族共役ジエン化合物、E,Z−脂肪族共役ジエン化合物又はこれらの混合物を溶媒及び尿素存在下、ラジカル反応により異性化させるステップを少なくとも含むE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、E,Z−脂肪族共役ジエン化合物又はZ,E−脂肪族共役ジエン化合物又はZ,Z−脂肪族共役ジエン化合物又はそれらの混合物を効率的にE,E−脂肪族共役ジエン化合物に異性化するE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
共役ジエン化合物には、4種類の幾何異性体(E,E体、E,Z体、Z,E体、Z,Z体)共役ジエン化合物が存在するため、E,E−共役ジエン化合物を選択的に合成することが困難なことが多い。E,E体以外の異性体が選択的に得られたり、複数の異性体の混合物が得られたりする。また、製造方法によっては、E,E体以外の幾何異性体の方が容易に製造される場合や、E,E体以外の幾何異性体のみが市販されている場合もある。このような場合には共役ジエン化合物のE,E体以外の幾何異性体又はそれらの混合物をE,E体に異性化させる方法が重要となる。
【0003】
異性化法としては、光異性化やラジカル異性化などが知られているが、基質によってはE,E体への異性化が十分に進行しないものもある。
例えば、C.A.Henrickらは非特許文献1において、3,7,11−トリメチル−11−メトキシ−Z2,E4−ドデカジエン酸をベンゼンチオールを用いてE2,E4体に異性化させているが、E2,E4体はE2,E4:Z2,E4=65:35の混合物としてしか得られていない。
【0004】
また、上記のように幾何異性体混合物が得られた場合に、尿素による包接を利用してE, E体を分離する方法が知られている。この方法はE,E体が他の幾何異性体に比べて尿素の結晶に包接され易いことを利用しているが、その選択性は必ずしも高くなく、E,E体の母液への流出、包接結晶への他の幾何異性体の混入が見られる。そのため包接操作を複数回行う必要があり、収率も低下してしまう。
例えば、N.Ragoussisらは非特許文献2において、尿素による包接を利用して、(3E, 5E)−オクタジエン酸エチル、(2E,4E)−オクタジエン酸エチルを(3E,5Z)−オクタジエン酸エチルから分離しようと試みている。しかし、(E,E)−オクタジエン酸エチルの包接選択性が低いため、4回包接操作を行っても(3E,5Z)−オクタジエン酸エチルは幾何異性体純度60%でしか得られていない。
このように、幾何異性体の異性化や尿素による包接を利用した分離といった方法よりも簡便に、且つ高純度でE,E−共役ジエン化合物が得られる方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J.Org.Chem.40(1),1(1975)
【非特許文献2】J.Agric.Food Chem.52(16),5047(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、脂肪族共役ジエン化合物のE,E体以外の幾何異性体又はそれらの混合物から、E,E−脂肪族共役ジエン化合物への異性化率を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題の解決のため鋭意検討した結果、溶媒及び尿素存在下でラジカル異性化を行うことが、前記課題の解決に有用であることを見出し、本発明をなすに至ったものである。
本発明は、炭素数6〜20のZ,Z−脂肪族共役ジエン化合物、Z,E−脂肪族共役ジエン化合物、E,Z−脂肪族共役ジエン化合物又はこれらの混合物を溶媒及び尿素存在下、ラジカル反応により異性化させるステップを少なくとも含むE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、例えばZ9,E11−テトラデカジエニルアセテートのようにE,E体への異性化が進行しにくい脂肪族共役ジエン化合物でさえも、高い異性化率でE,E体に異性化させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明について、以下に詳細に説明する。
本発明のE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法は、炭素数6〜20のZ,Z−脂肪族共役ジエン化合物、Z,E−脂肪族共役ジエン化合物、E,Z−脂肪族共役ジエン化合物又はこれらの混合物を尿素存在下、ラジカル反応により異性化させることを特徴とするE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法である。上記混合物には、E,E−脂肪族共役ジエン化合物が含まれていてもよい。
【0010】
本発明のZ,Z体、Z,E体、E,Z体又はこれらの混合物の炭素数6〜20の脂肪族共役ジエン化合物としては、置換又は非置換の炭素数6〜20の炭化水素が挙げられる。ここで、炭素数6〜20の炭化水素としては、例えば1,3−ヘキサジエン、2,4−ヘキサジエン、1,3−ヘプタジエン、2,4−ヘプタジエン、1,3−オクタジエン、2,4−オクタジエン、3,5−オクタジエン、1,3−ノナジエン、2,4−ノナジエン、3,5−ノナジエン、1,3−デカジエン、2,4−デカジエン、3,5−デカジエン、4,6−デカジエン、1,3−ウンデカジエン、2,4−ウンデカジエン、3,5−ウンデカジエン、4,6−ウンデカジエン、1,3−ドデカジエン、2,4−ドデカジエン、3,5−ドデカジエン、4,6−ドデカジエン、5,7−ドデカジエン、1,3−トリデカジエン、2,4−トリデカジエン、3,5−トリデカジエン、4,6−トリデカジエン、5,7−トリデカジエン、1,3−テトラデカジエン、2,4−テトラデカジエン、3,5−テトラデカジエン、4,6−テトラデカジエン、5,7−テトラデカジエン、6,8−テトラデカジエン、1,3−ペンタデカジエン、2,4−ペンタデカジエン、3,5−ペンタデカジエン、4,6−ペンタデカジエン、5,7−ペンタデカジエン、6,8−ペンタデカジエン、1,3−ヘキサデカジエン、2,4−ヘキサデカジエン、3,5−ヘキサデカジエン、4,6−ヘキサデカジエン、5,7−ヘキサデカジエン、6,8−ヘキサデカジエン、7,9−ヘキサデカジエン、1,3−ヘプタデカジエン、2,4−ヘプタデカジエン、3,5−ヘプタデカジエン、4,6−ヘプタデカジエン、5,7−ヘプタデカジエン、6,8−ヘプタデカジエン、7,9−ヘプタデカジエン、1,3−オクタデカジエン、2,4−オクタデカジエン、3,5−オクタデカジエン、4,6−オクタデカジエン、5,7−オクタデカジエン、6,8−オクタデカジエン、7,9−オクタデカジエン、8,10−オクタデカジエン、1,3−ノナデカジエン、2,4−ノナデカジエン、3,5−ノナデカジエン、4,6−ノナデカジエン、5,7−ノナデカジエン、6,8−ノナデカジエン、7,9−ノナデカジエン、8,10−ノナデカジエン、1,3−イコサジエン、2,4−イコサジエン、3,5−イコサジエン、4,6−イコサジエン、5,7−イコサジエン、6,8−イコサジエン、7,9−イコサジエン、8,10−イコサジエン、9,11−イコサジエン等が挙げられる。
これらの炭化水素に置換されてもよい置換基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基等の炭素数1〜4のアルキル基、水酸基、炭素数1〜6のアルコキシ基、炭素数1〜6(カルボニル基の炭素を含む)のアシルオキシ基、ホルミル基、カルボニル基、カルボキシル基、炭素数1〜7(カルボニル基の炭素を含む)のアルコキシカルボニル基、エポキシ基等が挙げられる。
【0011】
尿素の使用量は、脂肪族共役ジエン化合物100質量部に対して、好ましくは10〜1000質量部、特に好ましくは50〜300質量部である。
【0012】
溶媒としては、Z,Z−脂肪族共役ジエン化合物、Z,E−脂肪族共役ジエン化合物、E,Z−脂肪族共役ジエン化合物、尿素、後述するラジカル媒体及びラジカル開始剤を溶解できるものが好ましく、例えばメタノール、エタノール等のアルコールが好ましく、その使用量は、脂肪族共役ジエン化合物100質量部に対して、好ましくは10〜1000質量部、特に好ましくは50〜1000質量部である。
【0013】
ラジカル媒介物質としては、例えばベンゼンチオール、ジフェニルジスルフィド等が挙げられ、その使用量は、脂肪族共役ジエン化合物1molに対し、好ましくは0.00001〜0.1mol、特に好ましくは0.0001〜0.05molである。
また、ラジカル開始剤としては、例えば2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)、2, 2’−アゾビス(2−メチルプロピオン酸メチル)、2,2’−アゾビス[2−(2−イミダゾリン−2−イル)プロパン]二塩酸塩等が挙げられ、その使用量は、脂肪族共役ジエン化合物1molに対し、好ましくは0.0001〜0.5mol、特に好ましくは0.001〜0.1molである。
【0014】
E,E−脂肪族共役ジエン化合物は、脂肪族共役ジエン化合物、溶媒、尿素、ラジカル媒介物質、及びラジカル開始剤の混合物を、好ましくは25〜150℃で異性化させて得ることができる。
好ましい態様の一つは、脂肪族共役ジエン化合物、溶媒、尿素、及びラジカル媒介物質の混合物を還流しながら、ラジカル開始剤の溶液を適下する。この態様は、ラジカル開始剤の滴下中は異性化反応が停止することを防ぐことができる点で好ましい。ラジカル開始剤の滴下には、0.5〜10時間かけるのが好ましく、滴下終了後、0.5〜30時間還流を継続することが好ましい。
【0015】
E,E−脂肪族共役ジエン化合物を得るために、好ましくは、異性化させるステップの後、得られた反応液を水和してE,E−脂肪族共役ジエン化合物を尿素から分離するステップをさらに含む。すなわち、異性化反応させるステップの終了後、尿素を水和させることにより、E,E−脂肪族共役ジエンを分離することができる。
水和は、例えば、必要に応じて溶媒の一部を留去し、反応液に水を加えることによって行われる。尿素は水に溶解するため、有機相を取り出して、蒸留、カラムクロマトグラフィー等の公知の方法により、E,E−脂肪族共役ジエン化合物を得ることができる。尿素の結晶の構造は、小分子が入るのに丁度良い大きさの空孔を有しており、様々な化合物と包接化合物を作ることができる。異性化反応により得られたE,E−脂肪族共役ジエン化合物が尿素に包接されているが、尿素が水和することにより、E,E−脂肪族共役ジエン化合物が放出されると考えられる。なお、尿素は、Z,Z−脂肪族共役ジエン化合物、Z,E−脂肪族共役ジエン化合物及びE,Z−脂肪族共役ジエン化合物に比べ、E,E−脂肪族共役ジエン化合物と包接化合物を形成し易い。
【0016】
得られた反応液を水和してE,E−脂肪族共役ジエン化合物を尿素から分離するステップは、好ましくは、異性化させるステップの後、尿素を水和させずに、得られた反応液を冷却して尿素を析出する段階と、冷却された反応液をろ過して尿素含有物を分離する段階と、分離された尿素含有物を水和することにより、E,E−脂肪族共役ジエン化合物を取り出す段階とを少なくとも含む。すなわち、尿素を水和させずに反応液をそのまま冷却して尿素を析出させた後に、ろ過した尿素を水和させることにより高純度のE,E−脂肪族共役ジエンが得られる。
得られた反応液を冷却して尿素を析出する段階において、冷却温度は、好ましくは−30〜25℃、特に好ましくは−10〜10℃である。また、ろ過により分離された尿素含有物の水和は、例えば、分離された尿素含有物に水を加えることによって行われる。尿素は水に溶解するため、有機相を取り出して、蒸留、カラムクロマトグラフィー等の公知の方法により、E,E−脂肪族共役ジエン化合物を得ることができる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
<実施例1>
エタノール224.2gに尿素336.3g、ジフェニルジスルフィド0.37g(0.0017mol)を加え、加熱還流させた後、Z9,E11−テトラデカジエニルアセテート224.2g(Z,E体の純度81.8%、幾何異性体合計の純度96.2%、0.855mol、)を加えて再び還流させた。その後、2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオン酸メチル)1.97g(0.00855mol)のエタノール29.6g溶液を2時間かけて滴下し、18時間還流した。続いて徐々に360mmHgまで減圧してエタノール110gを留去した。
食塩水で2回洗浄した後、減圧下濃縮し、E9,E11−テトラデカジエニルアセテートの粗生成物232.6g(E,E体の純度70.2%、幾何異性体合計の純度92.4%、0.852mol)を得た。
蒸留により、主留(132〜139℃/5mm)は209.47g(E,E体の純度73.0%、幾何異性体合計の純度96.5%、0.801mol)、前留4.52g(E,E体の純度56.1%、幾何異性体合計の純度78.3%、0.0140mol)が得られた。反応全体の収率は95.3%であった。
【0018】
<実施例2>
エタノール224.2gに尿素336.3g、ジフェニルジスルフィド0.37g(0.0017mol)を加え、加熱還流させた後、Z9, E11−テトラデカジエニルアセテート224.2g(Z,E体の純度81.8%、幾何異性体合計の純度96.2%、0.855mol)を加えて再び還流させた。その後、実施例1と同様のラジカル開始剤1.97g(0.00855mol)のエタノール29.6g溶液を2時間かけて滴下し、18時間還流した。
得られた反応液をゆっくり5℃まで冷却した後、5℃で一晩放置して尿素を析出させた。尿素をろ別し、温水で洗浄後、蒸留することによりE9,E11−テトラデカジエニルアセテート100.0g(E,E体の純度84.5%、幾何異性体合計の純度98.3%、0.389mol)を得た。また、母液を減圧濃縮、蒸留することによりE9,E11−テトラデカジエニルアセテート111.1g(E,E体純度63.0%、幾何異性体合計の純度96.8%、0.426mol)が得られた。反応全体の収率は95.3%であった。
【0019】
<比較例1>
エタノール224.2gにジフェニルジスルフィド0.37g(0.0017mol)を加え、加熱還流させた後、Z9,E11−テトラデカジエニルアセテート224.2 g(Z,E体の純度81.8%、幾何異性体合計の純度96.2%、0.855mol)を加えて再び還流させた。その後、実施例1と同様のラジカル開始剤1.97g(0.00855mol)のエタノール29.6g溶液を2時間かけて滴下し、18時間還流した。得られた反応液を減圧下濃縮してE9,E11−テトラデカジエニルアセテートの粗生成物215.8g(E,E体の純度60.5%、幾何異性体合計の純度96.0%、0.821mol)を得た。
蒸留により主留(132〜139℃/5mm)186.1g(E,E体の純度62.0%、幾何異性体合計の純度96.8%、0.714mol)、前留23.7g(E,E体純度55.4%、幾何異性体合計の純度90.9%、0.085mol)が得られた。反応全体の収率は93.5%であった。
【0020】
<比較例2>
メタノール189.8gに尿素138.0gを加え、加熱還流させた後、Z9, E11−テトラデカジエニルアセテート224.2g(Z, E体の純度81.8%、幾何異性体合計の純度96.2%、0.855mol)を加えて再び還流させた。
得られた反応液をゆっくり5℃まで冷却した後、5℃で一晩放置して尿素を析出させた。尿素をろ別し、温水で洗浄することによりE9, E11−テトラデカジエニルアセテートが58.6g(E,E体の純度53.8%、幾何異性体合計の純度96.0%、0.223mol)得られた。
これを尿素73.3gの熱メタノール110.0g溶液に加え、加熱還流させた後、ゆっくり5℃まで冷却し、5℃で一晩放置して尿素を析出させた。尿素をろ別し、温水で洗浄することにより、E9,E11−テトラデカジエニルアセテートが33.0 g(E, E体の純度84.5%、幾何異性体合計の純度98.0%、0.128mol)得られた。尿素をろ別した際の母液2回分からはZ9,E11−テトラデカジエニルアセテートが183.1g(Z,E体の純度88.5%、幾何異性体合計の純度93.2%、0.676mol)得られた。反応全体の収率は94.0%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数6〜20のZ,Z−脂肪族共役ジエン化合物、Z,E−脂肪族共役ジエン化合物、E,Z−脂肪族共役ジエン化合物又はこれらの混合物を溶媒及び尿素存在下、ラジカル反応により異性化させるステップを少なくとも含むE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法。
【請求項2】
上記異性化させるステップの後、得られた反応液を水和してE,E−脂肪族共役ジエン化合物を尿素から分離するステップをさらに含む請求項1に記載のE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法。
【請求項3】
上記水和によりE,E−脂肪族共役ジエン化合物を尿素から分離するステップが、
上記得られた反応液を冷却して尿素を析出する段階と、
上記冷却された反応液をろ過して尿素含有物を分離する段階と、
上記分離された尿素含有物を水和することにより、E,E−脂肪族共役ジエン化合物を取り出す段階と
を少なくとも含む請求項2に記載のE,E−脂肪族共役ジエン化合物の製造方法。

【公開番号】特開2012−17263(P2012−17263A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−153718(P2010−153718)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】