説明

局所冷却カテーテルおよびそれを用いた局所冷却デバイス

【課題】脊髄疾患の治療、脳損傷や食道損傷の治療などに用いる局所冷却するためのカテーテルを提供する。
【解決手段】外部との交通孔を有しないカテーテル5、熱冷却媒体を蓄えるためのリザーバー6、液体、ガスなどの熱冷却媒体を送るためのポンプ8、熱冷却媒体冷却用熱交換器7、を含む4つのユニットが直列関係に配置される。それらの間を結ぶパイプ状の管と4つのユニットの中を、熱冷却媒体となる、蒸留水などの液体あるいは二酸化炭素などのガスが、循環することにより、脊髄または脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に、あるいは食道腔内などに留置されたカテーテル5の表面を通して、脊髄3、脳、食道などから熱が奪われ、持続的な局所冷却が実現される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトを含む哺乳動物の臓器もしくは組織を持続的に局所冷却するための局所冷却カテーテルおよび該カテーテルを用いた局所冷却デバイスに関する。更に詳細には、脊髄もしくは脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内へあるいは食道腔内へ経口的または経鼻的に挿入されて留置されて用いられるカテーテルであって、その内腔に熱冷却媒体を循環させて脊髄、脳もしくは食道を選択的かつ持続的に局所冷却するための局所冷却カテーテルおよび該カテーテルを用いた局所冷却デバイスに関する。更には、熱伝導率の高い材料からなり、カテーテルとしての吸熱部、断熱部および放熱部から構成される局所冷却デバイスであって、ヒトを含む哺乳動物の臓器もしくは組織内にカテーテルとしての吸熱部が挿入されて留置され、熱冷却媒体を循環させることなく、その吸熱部から熱を吸収し断熱部を経て放熱部より熱を放散することにより選択的かつ持続的に局所冷却するための冷却デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
対麻痺は、胸腹部大動脈瘤手術の際、脊髄の栄養血管である脊髄根動脈の血行障害により、手術症例の5-20 % に発生すると考えられている深刻な合併症である。常温で胸部大動脈を遮断した場合、約1時間で脊髄神経の不可逆的な障害が起こると考えられている(非特許文献1)。しかし、手術中に多数の肋間動脈のなかから、脊髄根動脈を特定することは非常に困難であり、その再建に時間を要することも多い。
【0003】
手術中、人工心肺で中心冷却し全身を低体温にすることが脊髄保護に有用であることは、過去の臨床および実験で検証されている(非特許文献2)。しかし、全身を低体温にすることによる凝固異常や長時間の体外循環のため呼吸器障害を惹起するなどのデメリットもある。現在、胸腹部大動脈瘤手術に伴う対麻痺の発生については、完全に回避できる方法がないのが現状である。
【0004】
今までに報告された脊髄の局所冷却法としては、クモ膜下腔(脊髄腔内)に、冷却水を注入する注入用のカテーテルと冷却水をドレナージする排液用のカテーテルの 2 本を別々に挿入して脊髄を潅流しながら局所冷却する方法が報告されている(非特許文献3)。しかし、この方法では冷却水のドレナージが悪くなると、髄腔内圧が上昇しすぎるため脳ヘルニアなど重大な合併症をおこす危険性があり、臨床的には適応が困難であった。また、Harvard大学のCambriaらは、胸腹部大動脈瘤手術に経皮的にカテーテルを挿入し、そこから冷却水を硬膜外腔に持続的に注入し、一回の手術中に約 1400 ml の生理的食塩水をドレナージなしに注入して冷却水をドレナージせずそのまま自然に拡散することにまかせる方法を報告している(非特許文献4及び非特許文献5)。しかし、この方法では注入された冷却水のため、髄腔内圧が過剰に上昇をきたし注入後、髄腔内圧が通常髄腔圧の約 2 倍になるとされており、脳ヘルニアや潅流圧の低下による虚血障害などの危険性があるため他施設ではあまり採用されていない。また、実験的には、bolusで冷却水を硬膜外腔に注入する方法が報告されているが、この方法では持続的に長時間脊髄を冷却することは困難である。この 2 つの方法とも、手術室内での脊髄冷却用に開発されたものであり、髄腔内圧が過剰に上昇しないように髄腔内圧と髄腔温をモニターしながら、冷却水を硬膜外腔に持続的に注入する必要があり、管理が大変であり、硬膜外腔に注入できる量にも限度があるため、集中治療室や一般病棟で長時間、持続的に連続して冷却することには向いていない。
【0005】
他方、外傷性脳挫傷は、交通外傷や事故の結果生じ、当事者の Mortality および Morbidity に大きな影響を及ぼす意味で社会的にも大きな問題となっている病態である。外傷性脳挫傷に対する低体温療法は、障害を受けた神経細胞、とくに不可逆的な損傷を受けた神経細胞の周囲に存在する回復の可能性を残した境界領域 (Penumbra) ともいえる中等度の可逆的な傷害をうけた神経細胞を、低体温のもつ神経保護効果によって保護することにより、患者の予後および QOL を改善しようというコンセプトをもつ治療法である。すでにその有用性は認知され、ブランケットで全身を32℃ 前後の中等度低体温に表面冷却する形で、臨床にも導入されている(非特許文献6)。しかし、全身を低体温にすることでもたらされる免疫能低下とその結果生じる感染症や不整脈、凝固異常などのデメリットもある。とくに、患者が高齢者の場合には、全身を低体温にすることでもたらされる感染症などのデメリットが強く影響して合併症を惹き起こし、全体としての生存率を改善しなくなってしまうという問題点が指摘されている。また、全身を低体温にすることで生じる感染症、不整脈、凝固異常などのデメリットを克服するためには、集中治療室での複雑な全身管理が必要となり、人手やコストがかかってしまうという経済的な問題もある。特にその治療が長期間に及ぶ場合、全身を低体温にする脳低体温療法は、多大な人的、経済的コストを要求することになる。
また、心房細動の治療として行われる心房の電気的焼灼術(radiofrequency ablation)の際に合併症として起こりうる食道損傷を予防する手段として、食道を局所冷却する装置の開発も望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Svensson LG, Crawford ES, Hess KR, Coselli JS, SafiHJ. Experience with 1509 patients undergoing thoracoabdominal aortic operations. J Vasc Surg 1993; 17: pp357-70.
【非特許文献2】Kouchoukos NT, Wareing TH, Izumoto H, et al. Elective hypothermic cardiopulmonary bypass and circulatory arrest for spinal protection during operations on the thoracoabdominal aorta. J Thorac Cardiovasc Surg 1990; 99: pp659-64.
【非特許文献3】Paul A, Spinal cord protection during thoracoabdominal aneurysm resection. J Thorac Cardiovasc Surg 1995; 109: pp1244-6.
【非特許文献4】Cambria RP, Davison JK, Zannetti S, et al. Clinical experience with epidural cooling for spinal cord protection during thoracic and thoracoabdominal aneurysm repair. J Vasc Surg 1997;25: pp234-43.
【非特許文献5】Cambria RP, Davison JK. Regional Hypothermia for Prevention of Spinal Cord Ischemia complications after thoracoabdominal aortic surgery: Experience with epidural cooling. Seminars in Thoracic and Cardiovascular Surgery, Vol 10 No1(Jan.),1998: pp61-65.
【非特許文献6】Jiang J, Yu M, Zhu C. Effect of long-term mild hypothermia therapy in patients with severe traumatic brain injury: 1-year follow-up review of 87 cases. J Neurosurg 2000;93(4): pp546-9.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に一切液体を注入しないで脊髄髄腔内圧を上昇させることなく安全に脊髄を選択的かつ持続的に冷却して、脊髄を虚血障害などの危険性から回避でき、胸部大動脈瘤手術の術後発生する対麻痺などを抑えることができ、また、長期間に亘って脊髄の選択的かつ持続的冷却が可能であり管理も簡単である、硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に適用して脊髄を持続的に冷却するためのカテーテルおよびそれに用いた脊髄を選択的かつ持続的に冷却するためのデバイスを提供することにある。
【0008】
また、本発明の目的は、全身を低体温にすることなく、常温に維持したまま、脳だけを選択的かつ持続的に冷却することが可能であり、脳低体温療法の脳保護効果を維持したまま、全身を低体温にするデメリットを克服し、より高い生存率と意識障害の程度を改善することが可能な、脳を持続的に局所的に冷却するためのカテーテルおよびそれに用いた冷却デバイスを提供することにある。
【0009】
更に、本発明の目的は、全身体温を変化させることなく、選択的に食道を局所冷却することが可能であり、臨床でも心房細動の治療として行われる心房の電気的焼灼術(radiofrequency ablation)の際に起こりうる食道損傷を予防する手段として合併症を軽減することが可能な、食道を持続的に局所的に冷却するためのカテーテルおよびそれに用いた冷却デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従って、本発明は、熱冷却媒体を循環させるための内腔を有し外部との交通孔を有せず熱伝導率の高い材料からなるカテーテルであって、ヒトを含む哺乳動物の臓器もしくは組織内に挿入されて留置され臓器もしくは組織を選択的かつ持続的に局所冷却するための局所冷却カテーテルである。好ましくは、脊髄もしくは脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内へ経皮的に挿入されて留置され脊髄もしくは脳を選択的かつ持続的に局所冷却するための冷却カテーテル、あるいは食道腔内へ経口的または経鼻的に挿入されて留置され食道を選択的かつ持続的に局所冷却するための局所冷却カテーテルである。
また、本発明は、熱冷却媒体を蓄えるためのリザーバー、熱冷却媒体を送るためのポンプ、熱冷却媒体冷却用熱交換器および上記のカテーテルからなるデバイスであって、これらが熱冷却媒体が循環するためのパイプ状の管によって直列関係に連結配置された局所冷却デバイスである。
【0011】
更に、本発明は、熱伝導率の高い材料からなり、カテーテルとしての吸熱部、断熱部および放熱部から構成されるデバイスであって、カテーテルとしての吸熱部をヒトを含む哺乳動物の臓器もしくは組織内に挿入されて留置され、その吸熱部から熱を吸収し断熱部を経て放熱部より熱を放散することにより臓器もしくは組織を選択的かつ持続的に局所冷却するための局所冷却デバイスである。好ましくは、脊髄もしくは脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内へ、カテーテルとしての吸熱部が経皮的に挿入されて留置され脊髄もしくは脳を選択的かつ持続的に局所冷却するための冷却デバイス、あるいは食道腔内へ、カテーテルとしての吸熱部が経口的または経鼻的に挿入されて留置され食道を選択的かつ持続的に局所冷却するための局所冷却デバイスである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させるカテーテルおよびそれを含む本発明のデバイスを脊髄に適用した場合を示す図である。1は大動脈、2は脊椎、3は脊髄、4は棘突起、5は硬膜外腔に留置されたカテーテル、6はリザーバー、7は熱交換器、8はポンプである。
【図2】本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させる各種のカテーテルを脊髄に適用した場合を示す図である。Aはクモ膜下腔内に挿入されたカテーテル、Bは入口と出口が別々になるように硬膜外腔内に挿入されたカテーテル、Cは入口と出口が別々になるように硬膜外腔内に挿入されジグザクに折り返されたカテーテルである。
【図3】本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させる各種のカテーテルを脊髄に適用した場合を示す図である。Aは入口と出口とが1箇所で硬膜外腔内に挿入されジグザクに折り返されたカテーテル、3は脊髄、4は棘突起、Bは入口と出口が1箇所で横にジグザクに折り返されたカテーテル、Cは2組のカテーテルを並列に並べて硬膜外腔内に挿入されたカテーテルである。
【図4】脳の冷却に用いる各種カテーテルを示す。図中に示された矢印が勿論逆方向であってもよい。
【図5】食道の冷却に用いる各種カテーテルを示す。図中に示された矢印が勿論逆方向であってもよい。
【図6】本発明の熱冷却媒体を循環させないカテーテルを含むデバイスを脊髄に適用した場合を示す図である。3は脊髄、4は棘突起、5は冷却カテーテル、9は馬尾、10は吸熱部、11は断熱部、12は放熱部、13は冷却装置、14は皮膚、15は皮下放熱部、16は体外冷却装置である。破線の矢印は熱の流れを示す。
【図7】本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させるカテーテルを含むデバイスによる脊髄冷却効果を示すグラフである。
【図8】本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させるカテーテルを含むデバイスによる髄腔内圧の変動を示すグラフである。
【図9】本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させるカテーテルを含むデバイスによる脳冷却効果を示すグラフである。
【図10】本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させるカテーテルを含むデバイスによる食道冷却効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の局所冷却カテーテルおよびそれを用いたデバイスは、外部とは全く交通孔を持たないカテーテルを、ヒトを含む哺乳動物の臓器もしくは組織内に挿入されて留置して、このカテーテルに冷却水などの熱冷却媒体を循環させ臓器もしくは組織の局所から熱を奪うことにより選択的かつ持続的に局所冷却するものである。また、本発明の局所冷却デバイスは、カテーテルとしての吸熱部、断熱部および放熱部から構成され、カテーテルである吸熱部を臓器もしくは組織内に挿入して留置して、冷却水などの熱冷却媒体を循環させることなく、そのカテーテルである吸熱部から熱を吸収し断熱部を経て放熱部より熱を放散することにより、選択的かつ持続的に局所冷却するものである。
【0014】
以下に、本発明の熱冷却媒体を循環させて局所を冷却するカテーテルおよびそれを用いたデバイス、並びに熱冷却媒体を循環させることなく局所を冷却するデバイスについて詳細に説明する。
【実施例】
【0015】
先ず、本発明の熱冷却媒体を循環させて局所を冷却するカテーテルおよびそれを用いたデバイスについて説明する。
本発明の熱冷却媒体を循環させて局所を冷却するカテーテルは、通常体外から椎弓切除あるいは穿刺針をつかった硬膜外腔、硬膜下腔内またはクモ膜下腔穿刺、あるいはこの二つの組み合わせによって経皮的に脊髄もしくは脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に挿入させる。脊髄および脳の硬膜外腔または硬膜下口腔は、通常厚さが 1 から 2 mm、幅が 7 から 9 mm 程度の狭い腔であるが、硬膜、黄靭帯という滑らかな繊維性結合組織で囲まれているため、カテーテルが挿入できるのである。また、脊髄および脳のクモ膜下の場合には、第 2 腰椎以下の空間に挿入できる。食道を局所冷却するには、カテーテルを経口的または経鼻的に食道腔内に挿入する。
【0016】
本発明のカテーテルは、基本的に熱伝導率の高い材料、例えば、ステンレス、チタン、アルミニウム、金、銀、銅などの金属で作られた細い管であり、熱冷却媒体となる、例えば蒸留水などの液体あるいは二酸化炭素などのガスが循環できるような内腔を持っていなければならない。通常、その内径は 0.5 から 0.8 mm程度であり、外径は 0.8 から 1.2 mm 程度である。そして、カテーテルの両端は、回路を形成出来るようにパイプ状の管と接続できる接続部を持っている。カテーテルは、1 または 2 個所の椎弓切除あるいは穿刺部位から、脊髄もしくは脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に、あるいは食道腔内に挿入される。1 個所の場合は、カテーテルは折り返されたU字型を形成しているのが好ましく、U字型に折り返された頂点から挿入されることになる。2 個所の場合は、入り口と出口が別に成る形であり、その間がジグザグに折り返されていてもよい。また、2組のカテーテルを並列に並べて硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に挿入して留置してもよい。脳を冷却する場合には、円盤状、渦巻き状などのカテーテルが好ましい。
【0017】
図1に本発明のU字型のカテーテルが脊髄の硬膜外腔内に挿入されて留置されている時の状態が示されている。図2の上には脊髄のクモ膜下腔内に挿入されたU字型のカテーテル、中央には入口と出口が別々になるように脊髄の硬膜外腔内に挿入されたカテーテル、下には入口と出口が別々になるように脊髄の硬膜外腔内に挿入されジグザクに折り返されたカテーテルが示されている。図3の上には入口と出口が1個所で脊髄の硬膜外腔内に挿入されたジクザクに折り返されたカテーテル、中央には入口と出口が1個所で横にジグザクに折り返されたカテーテル、下には2組のカテーテルが並列に並べて脊髄の硬膜外腔内に挿入されたカテーテルが示されている。図4には、脳の冷却に用いる各種カテーテル、図5には、食道の冷却に用いる各種カテーテルが示されている。図5に示すカテーテルは、脊髄を冷却するカテーテルとしても用いることができる。
【0018】
本発明のカテーテルには、外部と通じるような交通孔は全く空いていない。従って、硬膜外腔内、硬膜下腔内、クモ膜下腔内、食道腔内などに冷却水などを注入するためのカテーテルではなく、硬膜に接したカテーテルの表面から、またはクモ膜下腔内、食道腔内などに留置されたカテーテルの表面から熱を吸収することにより、硬膜越しにあるいは直接脊髄、脳、食道などを冷却するのである。カテーテルは細いため、ただ留置されているだけでは、すぐに脊髄などと同じ温度になってしまうが、本発明のカテーテルは、その内腔に熱冷却媒体が循環されるため常に低温に保つことができ、従って脊髄、脳、食道などを持続的に低温に保ち保護することが可能となる。更に本発明のカテーテルは熱伝導率の高い材料から作られているため、カテーテルそのものの熱伝導による体外への放熱効果も期待でき、脊髄、脳、食道など効率よく持続的に冷却できる。もし、ポリウレタンやシリコンなどの熱伝導率の低い素材からつくられたカテーテルでは、脊髄、脳、食道などから効率良く熱を吸収することが困難であるが、この場合、カテーテルの厚みを薄くすることにより熱伝導率を高めて本発明のカテーテルに用いることができる。
本発明のカテーテルのひとつの変形として、おり返されたU字型などのカテーテルの間に、熱伝導率の高い材料、例えば金箔、銀箔、アルミ箔などから作られた膜を張ったカテーテルでもよい。更には硬膜の反対側に相当する部分に断熱膜を張ったカテーテルでもよい。このような断熱膜を付けたカテーテルは、カテーテルと硬膜または脊髄膜との接触面積が増加するため脊髄をより効率的に冷却することができる。また、冷却できる薄い半導体、例えばペルチェ素子などをU字型のカテーテルの間にはり、冷却効率を上げることも可能である。
【0019】
本発明の局所冷却デバイスは、上記した本発明のカテーテルを含む 4 つのユニットとそれらの間をむすぶパイプ状の管からなる。図1に示すように、4 つのユニットは、熱冷却媒体を蓄えるためのリザーバー6、液体、ガスなどの熱冷却媒体を送るためのポンプ8、熱冷却媒体冷却用熱交換器7、および上記したカテーテル5であり、この 4 つが直列関係に配置される。それらの間を結ぶパイプ状の管と 4 つのユニットの中を、熱冷却媒体となる、例えば蒸留水などの液体あるいは例えば二酸化炭素などのガスが、循環することにより、脊髄または脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に、あるいは食道腔内などに留置されたカテーテル5の表面を通して、脊髄3、脳、食道などから熱が奪われ、持続的な局所冷却が実現されるのである。
【0020】
各々のユニットについて、次に順に説明する。まず、リザーバー6には、熱冷却媒体となる、例えば蒸留水などの液体、あるいは例えば二酸化炭素などのガスが、一定量蓄えられる。これは、回路の中を循環する媒体を一定量蓄えておくことにより、時間経過に伴う流量の変動にある程度対応出来るようにしておくためである。また、万一、回路にリークができた場合でも、循環型にしてあるため、リザーバー6に蓄えられた媒体以上には媒体がリークする心配がなく、一種の安全装置の役目も果たしている。
【0021】
次に、液体またはガスなどの熱冷却媒体を送るためのポンプ8であるが、これは、熱冷却媒体となる液体あるいはガスなどを送り出し、回路内を循環させる装置である。カテーテル5は、通常、細径であるため、ポンプ8は高圧に耐えられるもの、例えばシリンジポンプ、高圧ローラーポンプなどが好ましい。また、熱冷却媒体がガスであれば、高圧ボンベのようなものにおきかえることも出来る。ポンプの流量としては、例えば、熱冷却媒体が蒸留水の場合には 20 - 30 ml/min 程度になる。
【0022】
冷却用熱交換器7は、このユニットを熱冷却媒体が通過する間に、その媒体を低温にする装置である。例えば、金属のらせん状の回路の外側を砕いた氷で冷却する冷却器などが例として挙げられる。このほかにも、例えばペルチェ素子などの半導体、冷却ガスを用いたものなど冷却できれば如何なるものであってもよい。
【0023】
以上に説明した、4 つのユニット、即ちリザーバー6、ポンプ8、冷却用熱交換器7およびカテーテル5からなるデバイス内に熱冷却媒体が循環することにより、硬膜外腔内、硬膜下腔内、クモ膜下腔内、食道腔内などに冷却水などを一切注入することなく、従って髄腔内圧などを上昇させることなく、脊髄、脳、食道などを局所的に持続的に長時間に亘って連続して冷却することが可能となるのである。
【0024】
次ぎに、熱冷却媒体を循環させることなく脊髄、脳、食道などを冷却する本発明のデバイスについて説明する。
【0025】
熱冷却媒体を循環させることなく脊髄、脳、食道などを冷却する本発明の冷却デバイスは、熱伝導率の高い材料からなり、カテーテルとしての吸熱部、断熱部および放熱部から構成され、カテーテルとしての吸熱部が経皮的に脊髄もしくは脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内、クモ膜下腔内、食道腔内などへ挿入されて留置され、そのカテーテルとしての吸熱部から熱を吸収し断熱部を経て放熱部より熱を放散することにより脊髄、脳、食道などを選択的かつ持続的に局所冷却するものである。
【0026】
このようなデバイスを脊髄に適用した場合の例が図6に示されている。このようなデバイスのカテーテルの形状については、上記した熱冷却媒体を循環させるカテーテルと同様でよいが、例えば、その全体的な形状は、パイプ状、棒状、板状、円盤状、渦巻き状のものが好ましい。パイプ状および棒状の場合には、通常、外径は 0.5 - 2.0 mm で、長さは 10 - 50 cm 程度が好ましく、板状の場合には、通常、厚さが 0.1 - 2.0 mm 、幅 2 - 8 mm 、長さ 3 - 30 cm 程度が好ましい。円盤状の場合には、通常、直径 4 - 10 cm、厚さ 1 - 2 mm 程度が好ましい。本発明の冷却デバイスは、図6にも示したように、カテーテル5としての吸熱部10、断熱部11および放熱部12から構成される。カテーテルとしての吸熱部10は、脊髄もしくは脳の硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内、食道腔内などに挿入され、留置されて、硬膜越しあるいは直接脊髄、脳、食道などに接して、脊髄、脳、食道などの熱を吸収する部分である。カテーテルとしての吸熱部の形状は、通常、パイプ状、棒状、板状、円盤状、渦巻き状である。吸熱部は熱伝導率の高い材料からなり、このような材料としては、例えば、金、銀、銅、アルミニウム合金、チタンなどが好ましく挙げられる。吸熱部が板状の場合、脊髄、脳、食道などに面する反対側の面だけは、脊髄、脳、食道など以外の組織から熱が逃げないように断熱加工してあることが望ましい。その理由は、脊髄など以外の周囲の組織と無駄な熱交換をしないようにするためである。断熱加工するための材料は、具体的には、例えば、シリコン、ポリウレタン、ゴムなどが挙げられる。
【0027】
断熱部11は、脊髄、脳、食道などとは接していない冷却デバイスの中間の部分であり、中心部は熱伝導率の高い材料、例えば、金、銀、銅、アルミニウム合金、チタンなどで作られているのが好ましい。形状については、吸熱部と同様であるが、その長さは吸熱部と放熱部との距離に依存する。断熱部は接する組織と無駄な熱交換をしないように、中心部を包むようにその外側は断熱加工が施されているのが望ましい。断熱加工するための材料は、具体的には、例えば、シリコン、ポリウレタン、ゴムなどが好ましく挙げられる。断熱部は、吸熱部と放熱部の温度格差に依存して、吸熱部から放熱部に熱を輸送する部分である。
【0028】
放熱部12は、カテーテルの吸熱部から伝導してきた熱を強制的に放散する部分であり表面積を大きくしてあるものが好ましい。例えば、図6に示したように、放熱部12を板状とし、この板状の片方の面を断熱加工されていない放熱面とするのが好ましい。このような板状の放熱部の例えば放熱面などを氷や冷却ガスで冷却する冷却装置13で冷却してもよいし、熱交換器に接続して冷却してもよく、あるいは空気を強く吹き付けることで強制空冷してもよい。また、ペルチェ素子などの冷却面を有する冷却装置により強制的にその面を冷却してもよい。放熱部は、図6に示すように体外または皮下に置くことができる。放熱部の大きさや形に特に制限はないが、例えば、5 × 5 cm から 10 × 10 cm ぐらいの正方形が好ましい。皮下に置かれる場合は、なるべく真皮直下に放熱面がくるように移植され、体外に置かれた氷、冷却ガス、ペルチェ素子などによる冷却装置の冷却面と真皮をはさんで、皮下の冷却面から、体外に置かれた、氷や冷却ガスなどによる冷却装置に向かって熱が放散される。この場合、皮膚を通して、カテーテルが体外に出ていないため、感染などの危険が軽減されるという長所がある。皮下に置かれる場合、真皮と反対側の面については、周囲の組織と無駄な熱交換をしないように、やはり断熱加工されているのが好ましい。断熱加工のための材料は、具体的には、例えば、シリコン、ポリウレタン、ゴムなどが好ましく挙げられる。
【0029】
以上に述べたように、本発明のデバイスでは、脊髄、脳、食道などから吸熱部で吸収された熱が、断熱部を通って体外または皮下の放熱部に伝導し、そこから、冷却装置あるいは熱交換器により、または周囲の空気などにより、その熱が持続的に奪われることにより、結果として、脊髄、脳、食道などが持続的かつ選択的に冷却できるのである。また、硬膜外腔、硬膜下腔内またはクモ膜下腔、あるいは食道腔内などには冷却水などはまったく注入しないので、髄腔内圧などを上昇させる心配もないのである。
【0030】
このようなデバイスのカテーテルは、熱冷却媒体をその内腔に循環させるカテーテルと同様に、通常、体外から椎弓切除あるいは穿刺針をつかった硬膜外腔、硬膜下腔内またはクモ膜下腔穿刺などにより、あるいはこの二つの組み合わせになどによって経皮的に硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内、あるいは経口的または経鼻的に食道腔内などに挿入させ留置させて、脊髄、脳、食道などを冷却することができる。
【0031】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0032】
実施例1
本発明のカテーテルおよびデバイスを用いた脊髄の冷却およびその効果
ブタ生存モデルに本発明のデバイスを適用して本発明のデバイスの脊髄保護効果を調べた。即ち、遮断鉗子で 30 分間ブタ生存モデルの下行大動脈を遮断した状態で本発明のデバイスを用いてカテーテルを硬膜外腔内に留置して蒸留水をカテーテル内に循環させて、脊髄を局所冷却し、ブタ生存モデルに対する本発明のデバイスの脊髄保護効果を神経学的スコアにより評価した。実験中、Somatosensory evoked potential (SSEP) の経時的変化をモニターし、本発明のデバイスの脊髄保護効果を評価した。SSEP は脊髄誘発電位と呼ばれる電気生理学的な脊髄神経の検査であり、具体的には、刺激用SSEP 電極による刺激が、脊髄の感覚神経により中枢側(大脳の方向)に伝わったものを導出用 SSEP 電極で拾い出して、脊髄の感覚神経の機能を見る検査である。
【0033】
1.実験方法
実験動物としては、体重 30 kg 前後のブタを用いた。ケタミン 15 mg/kg 筋注後、marginal ear vein に静脈ラインを確保した。気管切開を行い、気管チューブを挿入後、レスピレーターにて調節呼吸とした。麻酔の維持は、笑気、ハロセンで麻酔深度を調節した。右腋窩動脈に動脈ラインを確保し、心電図を持続的にモニターした。温度センサーにより脊髄温、鼻咽頭温および直腸温をモニターした。
【0034】
ブタを側臥位の体位にして、背部を剃毛した。第 3 腰椎および第7胸椎の高さで、laminectomy を行い、図1に示す本発明のデバイスの局所冷却用のカテーテルを穿刺針を使った硬膜外穿刺によって経皮的に硬膜外腔内に挿入した。また硬膜外腔留置用の刺激用および導出用 SSEP 電極を挿入した。SSEP の波形が、再現性をもって検出できることを確認後、体位を仰臥位にした。正中線にて開腹後、横隔膜の大動脈裂孔部に孔をあけ、胸部下行大動脈をテーピングした。
60 分間、本発明の局所冷却用のカテーテルに蒸留水を循環させ、脊髄を冷却したのちヘパリン 5 ml 静注後、胸部下行大動脈を左鎖骨下動脈の遠位において血管鉗子で遮断した。
SSEP を測定しながら、30 分間、胸部下行大動脈を左鎖骨下動脈の遠位で遮断し、脊髄を虚血状態にして、変化を測定した。遮断解除後、胸郭を二層に閉胸した。
冷却用のカテーテルおよび SSEP 電極を抜去後、創を閉じ、麻酔から覚醒した後、気管チューブを抜去し、術後 48 時間まで下肢の神経学的 status を Tarlov score に従って評価した。
同様の実験を、本発明のデバイスの局所冷却用のカテーテルに蒸留水を循環させずに、脊髄を虚血状態にして SSEP および神経学的 status を評価した。
次いでペントバルビタールおよび KCl 溶液の大量静注により、ブタを安楽死させた。
【0035】
2.実験結果
1)大動脈遮断下における本発明のデバイスの与える SSEP の変化と効果
まず、laminectomy 部位から硬膜外留置用の SSEP 電極を刺激用および導出用ともおくことにより、すべての動物で再現性の高い安定した SSEP を検出することができた。
本発明のデバイスで、脊髄局所冷却を行った実験群では、7 例中 4 例で SSEPの遮断 30 分後でも波高の変化はおこらなかった。 3 例で、胸部下行大動脈と腹部大動脈の遮断後 20 から 25 分後に SSEP の波高の減少が始まったが、遮断30 分後でも波高の消失はおこらなかった。大動脈遮断解除後の SSEP の amplitude は、遮断前と比較して、89±7 %の回復を示した。大動脈を遮断しない状態で PCEC で pre-cooling した 20 分間には、SSEP には、有意な amplitude の変化は認められなかった。
硬膜外腔に留置した本発明の局所冷却用のカテーテルに蒸留水を循環させなかった対照群では、7 例中、全例で胸部下行大動脈と腹部大動脈の遮断後、10 分後ぐらいから波高の減少や二相化などの変化が起こり、15 分から 20 分後に SSEP が消失した。対照群では、大動脈遮断解除後の SSEP の amplitude は、遮断前と比較して、55±6 %の回復にとどまった。
【0036】
2)脊髄虚血侵襲後の神経学的 status の評価
実験動物であるブタの手術後の神経学的所見を、Tarlov のスコアを用いて下肢の運動機能を評価した。結果を表1に示した。
【表1】


Tarlovのスコアは、 5 が完全回復を示し、0 が完全対麻痺を示し、その間を段階的に評価するための確立された下肢の運動機能の評価法である。表1の結果から明らかな通り、本発明のデバイスで脊髄局所冷却を行った実験群では、7 例中、5 例が完全回復(Tarlov score 5)、2 例は Tarlov score 4 の回復を示した。カテーテルに蒸留水を循環させなかった対照群では、7 例中、4 例で完全対麻痺(Tarlov score 0)、2 例で不完全対麻痺(Tarlov score 1)となった。統計学的に本発明デバイスによる実験群では、対照群より有意に良好な神経学的スコアが得られた(p<0.05)。従って、本発明のデバイスの脊髄虚血障害に対する保護効果が証明された。
【0037】
3)本発明のデバイスによる脊髄冷却効果
本発明のデバイスにより脊髄を冷却した時の、脊髄温度、直腸温度および鼻咽頭温度の経時的変化を図7のグラフに示した。図7のグラフから判るように、本発明のデバイスによる冷却で、約 10 分間経過後に脊髄温度だけが約 5℃ 低下した。これに対して、直腸温度および鼻咽頭温度は変化しなかった。次に、大動脈遮断により脊髄への血流量が低下するために脊髄温度は直腸温度と比較した 7℃ 低下した。この間も、直腸温度および鼻咽頭温度は変化しなかった。次に大動脈の遮断解除により脊髄温度は約 2℃ 上昇し、冷却中止後、約 5 分で脊髄温度は直腸温度および鼻咽頭温度と同じ温度になった。これらの結果から、本発明のデバイスにより、脊髄が選択的に冷却されることが証明された。
【0038】
4)本発明のデバイスによる脊髄髄腔内圧の変動
本発明のデバイスで脊髄冷却期間中の脊髄髄腔内圧、脈拍、収縮期血圧および拡張期血圧の経時的変化を図8に示した。図8のグラフから判るように、本発明のデバイスは硬膜外腔には一切冷却水が注入されないため、冷却しても脊髄髄腔内圧は全く変化しなかった。また、胸部下行大動脈の遮断により収縮期血圧および拡張期血圧は上昇し、脈拍数はやや低下した。大動脈の遮断の解除により収縮期血圧および拡張期血圧は元に戻った。
【0039】
3.考察
上記した実験で次の 2 点が明らかになった。
第一は、本発明のデバイスによる脊髄冷却効果により、ブタにおいて、30 分間の下行大動脈遮断による対麻痺を回避できたことで、生存モデルで本発明のデバイスが脊髄保護効果を持つことが証明された。表1に示したように、対照群では、7 例中、6 例で対麻痺あるいは不全麻痺であったのに対し、本発明のデバイスで冷却した実験群では、全例麻酔覚醒後の自力による起立が可能であった。このことは、本発明のデバイスによる脊髄冷却が、臨床において胸腹部大動脈瘤手術に合併する対麻痺を回避する手段として、有望であることを示している。即ち、他の臓器は常温に維持したままで脊髄だけを選択的に冷却し、大動脈遮断中、より多くの肋間動脈を人工血管に吻合し再建する時間を確保できると期待される。
【0040】
SSEP の変化は大動脈を遮断した状態でさらに増し、体温より 7℃ 低い 30.5 ℃ まで脊髄を冷却できることが証明できた。この結果は、以下のように説明される。即ち、通常の状態で、本発明のデバイスによる脊髄冷却を実行した場合、脊髄組織温は、血液により上昇させられる方向に、冷却カテーテルにより下降させられる方向に動かされると考えられる。大動脈を遮断した状態では、脊髄組織に対する血流が減少し、組織温を上昇させる力が減少したため冷却カテーテルによる冷却効果が遮断時のほうが上がったと推測される。脊髄をより低温にすることで神経細胞の代謝はさらに抑制され、より強力な保護効果が期待できるはずである。臨床的には、他の臓器は常温に維持したままで大動脈遮断中、より多くの肋間動脈を人工血管に吻合し再建する時間を確保できると期待される。
【0041】
第二は、対照群では、大動脈遮断により、SSEP の波高の減少と消失、解除後の不完全な回復を示したのに対し、本発明のデバイスによる脊髄冷却群では、硬膜外電極刺激―硬膜外電極導出による SSEP は消失せず、30 分の遮断解除後殆ど完全に回復するということである。まず、興味深いのは、大動脈遮断をする前の本発明のデバイスによる脊髄冷却だけでは、SSEP の変化はあまり起こらないという点である。これは、臨床では、脊髄根動脈の再建が十分か判断するために、冷却中も SSEP を使えることも意味しているため、都合が良いとも言える。
【0042】
また、冷却している場合、大動脈を遮断しても、約 20 分間は、SSEP が変化しないという結果は、大変興味深い。この結果はおそらく、次のように説明できるであろう。すなわち、大動脈を遮断によって、脊髄への酸素およびエネルギーの供給は減少したが、一方、局所冷却により脊髄の代謝が抑制され、脊髄組織の酸素およびエネルギーの需要も抑制されたため、バランスがとれ代謝不全がないためと考えられ得る。つまり、moderate hypothermia の環境下では、SSEP は脊髄の組織血流量をしめす指標というより、むしろ代謝のバランスシートを示す指標として、使用できると考えられる。
【0043】
上記した実験で、最も重要な問題である本発明のデバイスによる脊髄冷却が実際に虚血による障害から脊髄を保護できることが証明できた。SSEP を硬膜外電極刺激―硬膜外電極導出にすることで、きわめて感度の高い、信頼性と再現力をもつ指標とすることができた。また、生存モデルを用いて、神経学的にも保護作用をもつことが証明できた。
【0044】
実施例2
本発明のカテーテルおよびデバイスを用いた脳の冷却およびその効果
開頭減圧手術時に、脳の硬膜外腔に、硬膜外腔とは全く交通孔をもたない渦巻き状にしたカテーテルを留置して、このカテーテルに冷却水を循環させ、硬膜越しに脳表から熱を奪うことにより脳を選択的かつ持続的に局所冷却する実験を行った。
【0045】
1.実験方法
実験動物としては、体重 35 - 40 kg 前後のブタを用いた。ケタミン 15 mg/kg 筋注後、marginal ear vein に静脈ラインを確保した。気管チューブを挿管後、レスピレーターにて調節呼吸とした。麻酔の維持は、笑気、イソフルレンで麻酔深度を調節した。右腋窩動脈に動脈ラインを確保し血圧をモニターした。心電図を持続的にモニターし、温度センサーにより直腸温、鼻咽頭温をモニターした。
【0046】
右側臥位の体位にして、頭部を剃毛し、頭皮および皮下組織を切開して、頭蓋骨を露出させた。直径約 4 cm の円形に前頭部の頭蓋骨を削り、前頭葉から頭頂葉の硬膜を露出させた。露出させた硬膜に、カテーテルを渦巻き状にすることにより作られた円盤状の冷却面を接触させた。硬膜下腔内に髄腔内圧測定用の脳圧センサーと温度センサーを留置して、脳圧と脳温を測定した。
10 分間、局所冷却用のカテーテルに冷却水を循環させ、脳圧と脳温を測定しながら、脳を局所冷却した。冷却水の循環を中止して、脳温が上昇するか確認した。冷却用のカテーテルおよび脳圧センサーを抜去後、創を閉じ、ペントバルビタールおよび KCl 溶液の大量静注により、動物を安楽死させた。
【0047】
2.実験結果
本発明のデバイスによる脳の冷却効果の結果を図9に示した。図9から判るように、冷却開始後、約 5 分間で 39.7℃ から 31.2℃ に低下し、脳温のほうが、直腸温より、約 8.5 度の温度低下が認められた。この間、脳温の低下に関わらず、直腸温は変化しなかった。本発明のデバイスによる冷却中は、脳温は直腸温より、約 8.5 度の温度低下が保たれた。本発明のデバイスによる冷却中止後、約 3 分間でもとの脳温に復帰した。
【0048】
3.考察
以上の実験から、本発明によるデバイスによる冷却効果により、他の臓器は常温に維持したままで損傷した脳組織だけを選択的に冷却することができると期待される。体温より 7℃ 低い 30℃ 以下までカテーテル付近の脳組織を冷却できることが証明できた。
【0049】
実施例3
本発明のカテーテルおよびデバイスを用いた食道の冷却およびその効果
経口的に食道内腔とは全く交通孔をもたないU字形カテーテルを食道内に留置して、このカテーテルに冷却水を循環させ、食道粘膜から熱を奪うことにより食道を選択的かつ持続的に局所冷却する実験を行った。
【0050】
1.実験方法
実験動物としては、体重 35 - 40 kg 前後のブタを用いた。ケタミン 15 mg/kg 筋注後、marginal ear vein に静脈ラインを確保した。気管チューブを挿管後、レスピレーターにて調節呼吸とした。麻酔の維持は、笑気、イソフルレンで麻酔深度を調節した。右腋窩動脈に動脈ラインを確保し血圧をモニターした。心電図を持続的にモニターし、温度センサーにより直腸温、鼻咽頭温をモニターした。
【0051】
右側臥位の体位にして、右後側方開胸で肋間開胸後、食道を露出させた。経口的に食道内腔とは全く交通孔をもたないU字形カテーテルを食道内に留置して、このカテーテル内に冷却水を循環させ、食道粘膜から熱を奪うことにより食道を選択的かつ持続的に局所冷却した。食道に右胸腔から針型の温度センサーを食道に穿刺して、食道温を測定した。
20 分間、局所冷却用のカテーテルに冷却水を循環させ、食道温を測定しながら、食道を局所冷却した。冷却水の循環を中止して、食道温が上昇するか確認した。冷却用のカテーテルおよび温度センサーを抜去後、創を閉じ、ペントバルビタールおよび KCl 溶液の大量静注により、動物を安楽死させた。
【0052】
2.実験結果
本発明のデバイスによる食道の冷却効果の結果を図10に示した。図10から判るように、冷却開始後、約20 分間で 39.7℃ から 28.1℃ に低下し、食道温のほうが、直腸温より、約 11.6 度の温度低下が認められた。この間、食道温の低下に関わらず、直腸温は変化しなかった。本発明のデバイスによる冷却中は、脳温は直腸温より、約 11 度の温度低下が保たれた。本発明のデバイスによる冷却中止後、約 8 分間でもとの食道温に復帰した。
【0053】
以上に詳細に説明した通り、本発明のカテーテルおよびデバイスは、次のような長所を備えており、産業上の利用性の極めて高いものである。
【0054】
まず、第一に、なにより、他の硬膜外冷却法と最も異なる点は、硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に一切、液体を注入しないため、長時間冷却を続けても脊髄髄腔内圧あるいは脳圧を上昇させることがなく、脊髄あるいは損傷部の大脳を選択的に局所冷却することができる。
【0055】
第二に、手術室の外においても、時間的な制約なしに、また全身温度を変化させることなく、持続的に、選択的に脊髄あるいは損傷部の大脳を冷却できるデバイスであるという点である。硬膜外腔内、硬膜下腔内またはクモ膜下腔内に一切液体を注入しないため、冷却を続けても脊髄髄腔内圧あるいは脳圧を上昇させることがなく、熱冷却媒体を回路内で循環させるだけで、理論的には何日でも何週間でも冷却を継続することが可能となった。
【0056】
第三に、脊髄温度あるいは損傷部位の脳温をコントロールすることが可能であるということである。いわゆる、全身の低体温療法が脳に対する外傷に有効であることは、すでに知られているが、そのときに、低温から常温に体温を復帰させる“再加温”のときが、脳障害を防ぐときに重要と考えられている。本発明の熱冷却媒体をその内腔に循環させるカテーテルおよびそれを用いたデバイスは、熱交換器による冷却の度合を変化させること、もうひとつは、循環させる熱冷却媒体の流量を変化させることで脊髄あるいは脳の冷却の程度を変化させることが可能であり、急激ではなく、ゆっくりと再加温できるメリットが存在する。また、熱冷却媒体を循環させないカテーテルの場合も、カテーテルの放熱部に接する冷却装置、熱交換器を調節することにより、あるいは周囲の空気の温度を調節することにより、脊髄、脳、食道などの冷却の程度を変化させることができる。
【0057】
第四に、非常にアクセスが簡単で、管理が楽であるという点である。緊急を要する場合でも、硬膜外腔、硬膜下腔またはクモ膜下腔への穿刺針による穿刺からでも、また、限局椎弓切除からでも冷却用のカテーテルを挿入することが可能であり、あとは循環冷却ユニットに接続するだけで、あるいは冷却装置、熱交換機等に接続するだけで自動的に持続的に脊髄、脳、食道などの温度をコントロールしながら冷却できるのである。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のカテーテルおよびデバイスによる脊髄保護は、臨床でも胸部大動脈瘤手術における対麻痺予防を含む脊髄疾患の治療に貢献できる。また、脊髄外傷による脊髄損傷、脊髄の圧迫や狭窄による障害、腫瘍による障害、脊髄の変性疾患(具体的には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など)にも効果を持つ可能性が期待される。また、本発明のカテーテルおよびデバイスは、全身体温を変化させることなく、選択的に脳を局所冷却するのに有用であり、臨床でも外傷による脳損傷の患者の生命予後を改善し、意識障害や麻痺、失語症などの障害を軽減することが期待できる。また、全身体温を変化させることなく、選択的に食道を局所冷却するのにも有用であり、臨床でも心房細動の治療として行われる心房の電気的焼灼術(radiofrequency ablation)の際に起こりうる食道損傷を予防する手段として合併症を軽減することが期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱冷却媒体として冷却水を循環させるための内腔を有し外部との交通孔を有せず熱伝導率の高い材料からなるカテーテルであって、ヒトを含む哺乳動物の脊髄の硬膜外腔内又は硬膜下腔内へ経皮的に挿入されて留置され脊髄を選択的かつ持続的に局所冷却して、対麻痺を回避するための局所カテーテル。
【請求項2】
硬膜の反対側に相当する部分に断熱膜が張られた、請求項1記載の局所カテーテル。
【請求項3】
熱冷却媒体を蓄えるためのリザーバー、熱冷却媒体としての冷却水を送るためのポンプ、熱冷却媒体冷却用熱交換器および請求項1又は2の局所カテーテルからなるデバイスであって、これらが熱冷却媒体として冷却水が循環するためのパイプ状の管によって直列関係に連結配置された局所冷却デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−88914(P2010−88914A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−277130(P2009−277130)
【出願日】平成21年12月7日(2009.12.7)
【分割の表示】特願2004−512647(P2004−512647)の分割
【原出願日】平成15年6月16日(2003.6.16)
【出願人】(596147736)
【Fターム(参考)】