説明

巨大分子複合体の製造及び精製方法

本発明は、親和性タグ標識された巨大分子複合体(例えば、リボソーム)の製造及び精製方法に関する。さらに詳しくは、本方法は親和性タグ及び選択マーカーに対して特異的なヌクレオチド配列のフレーム内融合を含んでなり、該融合はマルチコピータンパク質をエンコードする遺伝子の染色体部位にあり、巨大分子複合体は前記親和性タグの多重コピーを含んで発現される。本発明はまた、親和性タグ標識リボソーム、かかる親和性タグ標識リボソームを含む細胞、及びそれの様々な使用にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親和性タグ標識された巨大分子複合体(例えば、リボソーム)の製造及び精製方法に関する。好ましい実施形態では、本発明は、染色体レベルでタグを挿入することで親和性タグ標識リボソームを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常70Sリボソームといわれる細菌リボソームは、50Sといわれる大サブユニット及び30Sといわれる小サブユニットからなっている。ここで、Sは沈降速度の尺度であるスベドベリ(Svedberg)を表す。リボソームは50種以上のタンパク質及び3種のRNA(5S、16S及び23S)を含み、細菌細胞の最大の巨大分子アセンブリである。リボソームを主成分とする、カスタムタンパク質及びペプチドのインビトロ合成のための最適化系に対する関心が高まりつつある。これらの方法の大部分は、細菌タンパク質合成に関する基礎研究のために広く使用されている細菌細胞(さらに具体的には大腸菌(Escherichia coli))からの活性リボソーム及びリボソームサブユニットの精製に依存している。大腸菌リボソームの通常の精製方法は、特殊な機器構成を必要とすると共に、複数の超遠心分離及び/又はカラムクロマトグラフィー段階を含み、したがって時間、労力、設備及び試薬の点から見てかなり高価である。様々なグループにより、活性リボソームの精製のための一層簡単なプロトコルを開発する試みがいくつか行われたが、大きな成功は収めなかった。
【0003】
親和性タグに基づく精製方法が、タンパク質精製分野に革命を起こした。最近、親和性タグを用いて細菌、植物及び酵母のリボソームを精製する試みが発表された(Gan et al.,2002;Inada et al.,2002;Leonov et al.,2003;Youngman and Green,2005;Zanetti et al.,2005)。これらの方法の2つでは、プラスミド上のrRNAオペロンと融合したストレプトアビジン結合アプタマータグ(Leonov et al.,2003)及びMS2コートタンパク質結合タグ(Youngman and Green,2005)がそれぞれ使用された。これら2つの方法は、主としてrRNA中に突然変異を有する大腸菌リボソームの精製を目指していた。他の方法は、プラスミドから過剰発現された、それぞれ出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)及びシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)からのある種のリボソームタンパク質に対するFlag−His6タグ(Inada et al.,2002;Zanetti et al.,2005)又はS−ペプチドタグ(Gan et al.,2002)の融合を含んでいた。
【0004】
特開2005−261313号には、大腸菌で過剰発現されるプラスミド上の小サブユニットタンパク質(S16、S10、S9、S8又はS6)の配列にHisタグを付加することによって得られる親和性タグ標識リボソームが記載されている。
【0005】
これらの従来方法のすべては親和性タグと融合したリボソーム成分のプラスミドに基づく過剰発現を使用しているので、これらの方法の成否は過剰発現レベルに依存すると共に、リボソーム上への過剰発現された標識成分の優先的組込みにも依存する。もう1つの避けがたい結果はリボソームによる標識成分の汚染であり、したがってさらなる精製段階が必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
国際公開第2006/085954号パンフレット
【発明の概要】
【0007】
本発明は、細胞中に存在する任意の巨大分子複合体を親和性タグに基づいて精製するための一般的方法を提供することで従来方法の欠点を解決する。原則として、親和性タグをエンコードする任意のヌクレオチド配列を遺伝子の染色体部位とフレーム内で融合することができる。遺伝子は、複合体中に多重コピーとして存在し、好ましくは十分に露出した末端を有する巨大分子複合体の正規成分をエンコードすべきである。このような遺伝子操作の結果として、巨大分子複合体はその表面上に親和性タグを担持しており、これをそれの精製のために使用できる。
【0008】
かくして第1の態様では、本発明は、親和性タグ標識された巨大分子複合体を製造するための組換え方法であって、親和性タグ及び選択マーカーに対して特異的なヌクレオチド配列のフレーム内融合を含んでなり、該融合がマルチコピータンパク質(即ち、巨大分子複合体中に多重コピーとして存在するタンパク質)をエンコードする遺伝子の染色体部位にある方法に関する。したがって、巨大分子複合体は前記親和性タグの多重コピーを含んで発現される。好ましくは、マルチコピータンパク質は巨大分子複合体の表面に露出している。これは、親和性タグが単離/精製目的のため容易にアクセス可能であることを意味する。
【0009】
巨大分子複合体は、好ましくは複製複合体、転写複合体、翻訳複合体、リボソーム、及び多量体機能分子を含む任意の複合体から選択される。
【0010】
好ましくは、巨大分子複合体はリボソームであり、遺伝子は配列番号1に開示されたヌクレオチド配列を含むrplL又は遺伝暗号の縮重性のためにrplLをエンコードするその他任意の配列である。
【0011】
この配列は、原核マルチコピータンパク質L12(大腸菌ではL7/L12(L7はL12タンパク質のN末端アセチル化形態である)とも呼ばれる)をエンコードする。本発明はまた、細菌におけるその相同体、或いは真核生物におけるその機能的又は組成的類似体(例えば、P1/P2タンパク質)にも関する。L12タンパク質の詳細な説明は、http://www.expasy.org/uniprot/P0A7K4に見出すことができる。
【0012】
好ましい実施形態では、フレーム内融合は遺伝子の染色体部位の3’末端にあり、組換えによる線状配列のフレーム内融合によって達成される。
【0013】
選択目的のためには、好ましくは線状配列はマーカー遺伝子をも含む。マーカー遺伝子は、例えば、kan耐性又はamp耐性又はtet耐性又はcam耐性カセットのような耐薬剤性遺伝子、或いはlacZ、或いは細菌系及び真核生物系に適した他の常用マーカーであり得る。
【0014】
親和性タグは、好ましくはリボソームタンパク質に関する遺伝子中の停止コドンの直前挿入されるが、巨大分子複合体上におけるマルチコピータンパク質の構造及び位置に応じて他の位置を有していてもよい。
【0015】
本発明に従えば、それが十分に小さくて巨大分子複合体の全体的な構造及び機能を妨害しない限り、任意の親和性タグが使用できる。親和性タグの例は、Hisタグ、FLAGタグ、Argタグ、T7タグ、Strepタグ、Sタグ、アプタマータグ及びこれらのタグの任意の組合せである。好ましくは、親和性タグはHis6タグである。
【0016】
親和性タグは、リボソームのような巨大分子複合体の親和性精製のために使用される。好ましくは、巨大分子複合体はHisタグ標識リボソームであり、親和性精製方法はアフィニティークロマトグラフィーを使用する。Hisタグ複合体を得るためには、アフィニティークロマトグラフィーは好ましくは固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(IMAC)である。
【0017】
本発明の方法は、インタクトな活性70Sリボソームの精製ばかりでなく、インタクトなリボソームサブユニットの精製を可能にする。本方法は、野生型株及び突然変異株からのリボソームを精製するために使用できる。
【0018】
好ましい実施形態では、本発明は、親和性タグ標識リボソーム(好ましくは、大腸菌からのテトラ−(His)6タグ標識リボソーム)の高スループット一段階親和性精製方法に関する。本発明の方法は、非常に高い収率のインタクトな活性70Sリボソームを与える迅速で簡単な精製方法である。
【0019】
第2の態様では、本発明は、いずれもが親和性タグ標識されたL12タンパク質又はその相同体の4コピーを含んでなる親和性タグ標識リボソームに関する。好ましくは、タグ標識リボソームは2以上のHis残基で親和性標識されている。
【0020】
第3の態様では、本発明は上述した親和性タグ標識リボソームを含んでなる株又は細胞系に関する。株又は細胞系は、細菌、酵母又は植物由来のものであり得る。
【0021】
第4の態様では、本発明は上述した親和性タグ標識リボソームのインビトロでの使用に関する。好ましい使用はタンパク質のインビトロ合成である。別の使用は、翻訳複合体の単離/精製のための使用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、A)線状DNAカセットを設計するための戦略、B)染色体部位への線状カセットの挿入、及びC)電気泳動による線状カセット挿入の検証を表している。
【図2】図2は、LB、37℃中におけるMG1655株とJE28株との間の増殖速度の比較を表している。
【図3】図3は、A260によってモニターしたHisトラップカラム上でのHis6タグ標識リボソームの精製を表している。
【図4】図4は、下記のA)〜C)によるHis6タグ標識リボソームの特性決定を表している。A)ショ糖勾配分析であって、灰色の線は本発明を表し、黒色の線は先行技術を表している。B)2Dゲル分析であって、L7/L12タンパク質は白色の矢印でマークされている。参照タンパク質L10は灰色でマークされていて、ゲル上でのL12の位置の変化を示している。C)ジペプチド形成におけるリボソーム活性アッセイである。
【図5】図5は、A)Hisトラップカラム上でのサブユニット分離を示すイミダゾール溶出プロファイル、及びB)上図で得られたピークのショ糖勾配分析を表している。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、若干の非限定的な実施例に関連して本発明を説明しよう。
【実施例1】
【0024】
実施例1:λレッドリコンビニアリングのための線状DNAカセットの調製
標準的なPCR条件の使用により、テンプレートとしてのpET24bプラスミド(Novagen社)及び2種の特別に設計されたプライマーを用いてカナマイシン耐性カセット(kan)を増幅した(図1A)。順方向プライマーは、停止コドンを除く大腸菌のrplL遺伝子の3’末端と相同の43のヌクレオチドを含み、次いで6個のヒスチジンをコードする6つのCACの反復を含み、次いで停止コドンTAA及びNovagen社のpET24bプラスミド上のkanカセットの始まりと相同の25のヌクレオチドを含む配列(5´−GAAAAAAGCTCTGGAAGAAGCTGGCGCTGAAGTTGAAGTTAAACACCACCACCACCACCACTAAAAACAGTAATACAAGGGGTGTTATG−3´)(配列番号2)を有していた。逆方向プライマー(5´−ATCAGCCTGATTTCTCAGGCTGCAACCGGAAGGGTTGGCTTAGAAAAACTCATCGAGCATCAAATGAAA−3´)(配列番号3)は、rplL遺伝子の直後に位置する39のヌクレオチドに対して逆相補性の配列を含み、次いでpET24bのkanカセットの最後の30のヌクレオチドに対する逆相補性配列を含んでいた。プライマー中、大腸菌のrplL遺伝子の3’末端と相同の配列及びrplL遺伝子の下流領域に対して逆相補性の配列の長さは30〜55の範囲内で変化し得るが、最適長さは約40ヌクレオチドであることに注意すべきである。これら2つの配列は、DNA組換え部位(又はさらに厳密にはλレッドリコンビニアリング部位)を構成する。同様に、薬剤カセット(kanカセット)に関するアニーリングのためプライマー中に使用される配列の長さは10以上であり得るが、プライマーの全長に応じて広域側に変化し得る。両プライマーは、カスタム合成されかつPAGE精製された状態でNovagen社から購入した。市販キット(Qiagen社)を用いてPCR生成物をアガロースゲルから精製し、λレッドリコンビニアリング用の線状DNAカセットとして使用した。
【実施例2】
【0025】
実施例2:大腸菌株の構築
大腸菌HME6株からJE5株を構築した(Costantino and Court,2003;Ellis et al.,2001)。この場合、λレッドリコンビニアリング系(Lee et al.,2001;Yu et al.,2000)を用いて、(リボソームタンパク質L12をコードする)rplL遺伝子の停止コドンを、6個のヒスチジン、TAA停止コドン、次いでカナマイシン耐性カセットをエンコードする線状PCR生成物で置換した(図1B)。HME6細胞を電気穿孔適格性にし、100μlの電気穿孔適格性HME6細胞に1〜2μlの高品質PCR生成物(200〜400μg/μl)を添加し、1.2kV、25μF及び200Ωで電気穿孔にかけた。電気穿孔細胞を通気しながら1mlのLB中において30℃で一晩インキュベートした。成功した染色体組換えコロニーをカナマイシンプレート上で選択し、標的部位のフランキング領域と相同のプライマーを用いたPCRによって確認した(図1C)。さらに、若干の組換えコロニーからのrplL遺伝子のC末端を配列決定することで、L12のC末端におけるhis6タグの正しい挿入を撹拌した。所望の挿入を有するものをJE5と名付けた。さらに、標準プロトコルを用いて、バクテリオファージP1での普遍形質導入によってhisタグ標識rplL遺伝子をJE5から野生型lab株MG1655に移入し、新しい安定な大腸菌JE28株を生み出した。JE28株はカナマイシン耐性を有しており、それからのrplL遺伝子のC末端の配列決定により、L12のC末端におけるhisタグの内因性挿入を確認した。本発明で使用した株の遺伝子型を下記表1に示す。
【0026】
【表1】

JE28の増殖速度を親株MG1655と比較するため、両株を37℃のLB中で増殖させ、600nmでの吸光度をモニターした(図2)。JE28に関しては、カナマイシン(50μg/ml)の存在下でアッセイを繰り返したが、これはその増殖速度にほとんど影響を及ぼさなかった。
【実施例3】
【0027】
実施例3:hisタグ標識リボソームの精製
テトラ−His6タグ標識リボソームを精製するため、JE28を37℃のLB中で約1.0のA600まで増殖させ、4℃に徐冷してランオフリボソームを得、ペレット化した。細胞をリゾチーム(0.5mg/ml)及びDNアーゼI(10μg/ml)と共に細胞溶解緩衝液(20mMトリス−HCl,pH7.6、10mM MgCl2、150mM KCl、30mM NH4Cl及び200μl/l PMSFプロテアーゼインヒビター)中に再懸濁し、フレンチプレス又は(<2〜3gの小さい細胞ペレットに関しては)超音波処理器を用いて溶解した。溶解物を4℃で18000rpmで20分間遠心することによって2回清澄化した。
【0028】
溶解物を二等分し、一方の半分から通常の方法(A、下記)で70Sリボソームを精製すると共に、他方の半分については親和性精製方法(B、下記)を使用した。並行して、比較のために親株MG1655からのリボソームも通常の方法で精製した。
【0029】
A:通常の方法
JE28リボソームを通常の方法で精製するためには、清澄な溶解物を緩衝液(20mMトリス−HCl,pH7.6、500mM NH4Cl、10.5mM酢酸Mg、0.5mM EDTA及び7mM 2−メルカプトエタノール)中に作製された等容の30%w/vショ糖クッション上に積層し、4℃で100000gで16時間遠心した。この段階を2回繰り返し、その間にペレットを同じ緩衝液で穏やかに洗浄した。貯蔵又はショ糖勾配分析のためには、最終リボソームペレットを親和性精製リボソームと同様に処理した。並行して、MG1655の70Sリボソームも通常の方法で調製した。
【0030】
B:本発明に係る親和性精製
親和性精製のためには、HisTrap(商標)HPカラム(Ni2+セファロース予備充填、5ml、GE Healthcare Biosciences AB)をAKTAプライムクロマトグラフィーシステムに連結し、細胞溶解緩衝液で平衡させた。溶解物(2ml/分)をロードした後、カラムをカラム体積の数倍にわたって細胞溶解緩衝液中5mMイミダゾールで洗浄し、A260が基線に達するまで続けた。次いで、Hisタグ標識リボソームを150mMイミダゾール含有細胞溶解緩衝液で溶出させ、直ちにプールし、250mlの細胞溶解緩衝液中で4×10分間透析した。透析後、4℃で150000gで2時間遠心することでリボソームを濃縮し、5mM塩化アンモニウム、95mM塩化カリウム、0.5mM塩化カルシウム、8mMプトレッシン、1mMスペルミジン、5mMリン酸カリウム及び1mMジチオエリトリトールを含む1×ポリミックス緩衝液中に再懸濁し、貯蔵のため液体窒素中でショック凍結するか、或いはショ糖勾配分析のためオーバーレイ緩衝液(20mMトリス−HCl,pH7.6、60mM NH4Cl、5.25mM酢酸Mg、0.25mM EDTA及び3mM 2−メルカプトエタノール)中に溶解した。対照系として、野生型大腸菌MG1655株からの溶解物を同じカラムに適用し、上記に準じて処理したが、溶出液中にリボソームは全く見られなかった。
【実施例4】
【0031】
実施例4:リボソームのショ糖勾配分析
親和性方法で精製したJE28からのhisタグ標識リボソームのサブユニット組成をショ糖勾配分析によって評価した。20mMトリス−HCl,pH7.6、300mM NH4Cl、5mM酢酸Mg、0.5mM EDTA及び7mM 2−メルカプトエタノールを含む緩衝液中に調製した20〜50%ショ糖密度勾配(18ml)上に3000pmolのリボソームを配置し、4℃で100000gで16時間遠心した。比較のため、通常の方法で調製したJE28リボソームも並行して分析した。通常の方法で調製した大腸菌MG1655のリボソーム及びサブユニットを標準として使用した。精製リボソームの二次元ゲル分析を、本発明に従って調製したリボソーム及び通常の方法で調製したリボソームに関して実施した。
【実施例5】
【0032】
実施例5:ジペプチド形成アッセイにおける精製リボソームの活性
ジペプチドfMet−Pheに関してAntoun et al.により記載されたプロトコル(Antoun et al.,006)に従いながら、ジペプチドfMet−Leuの形成のために必要な修正を施すことでジペプチドアッセイを設計した。このアッセイの修正のために特に必要な成分としては、Antoun et al.が使用したfMet−Phe−Thr−Ile−stop mRNA、PheRS、tRNAPhe及びアミノ酸Pheの代わりに、fMet−Leu−StopをコードするmRNA、tRNAアミノアシルシンテターゼLeuRS、tRNALeu及びアミノ酸Leuをそれぞれ使用した。Antoun et al.が使用したLS緩衝液の代わりに、本アッセイは上述した1×ポリミックス緩衝液中で実施した。
【実施例6】
【0033】
実施例6:JE28リボソームからのリボソームサブユニットの精製
親和性方法を用いてリボソームサブユニットを精製するためには、20mMトリス−HCl,pH7.6、1mM MgCl2、150mM KCl及び30mM NH4Clを含む低Mg緩衝液中でhis6タグ標識リボソームを透析又は希釈し、同じ緩衝液で平衡させたHisTrap(商標)HPカラム上にロードした。his6タグは50Sサブユニット上にあるので、30Sサブユニットはカラム上に保持されず、フロースルー画分中に集められた。his6タグ標識50Sサブユニットをカラムから溶出させ、his6タグ標識70Sリボソームに関して上述したものと同じ手順に従ってサブユニットを濃縮した。
【0034】
通常の方法でリボソームサブユニットを分離するためには、20mMトリス−HCl,pH7.6、300mM NH4Cl、3mM酢酸Mg、0.5mM EDTA及び7mM 2−メルカプトエタノールを含む低Mg緩衝液中で70Sリボソームを透析し、同じ緩衝液中に調製した20〜50%ショ糖密度勾配(18ml)上での超遠心(4℃で85000gで16時間)によって分離した。260nmでの吸光度をモニターしながら、勾配を分画した。50S及び30Sに関するそれぞれのピーク画分をプールし、4℃で150000gで2時間の遠心によって濃縮し、1×ポリミックス緩衝液中に再懸濁し、70Sリボソームに関して上述したようにして貯蔵した。
【0035】
結果
大腸菌JE28株では、(リボソームタンパク質L12をコードする)単一コピーrplL遺伝子の染色体部位においてその3’末端にヘキサ−ヒスチジン親和性タグをエンコードするヌクレオチド配列がフレーム内融合されており、次いでkanカセット(約800ヌクレオチド)が選択マーカーとして挿入されている。挿入配列の全長は約850ヌクレオチドであった。挿入配列の安定性をそのカナマイシン耐性によって確認すると共に、rplL遺伝子のフランキングプライマーを用いたPCRによってチェックした場合(図1Cl)、JE28はkan−LBプレート上での数世代にわたる増殖に成功した。MG1655と比較した場合、それはカナマイシンの存在にもかかわらず液体培地(LB)中で本質的に同じ増殖速度を示した(図2)(データは示さず)。このような結果によって以下のことが確認される。第一に、染色体部位における標的化挿入は安定であり、同じオペロン上においてさらに下流に位置する遺伝子(例えば、RNAポリメラーゼのβサブユニットをコードするrpoB)の発現に影響を及ぼさなかった(図1B)。第二に、リボソームの50Sサブユニット上においてL12タンパク質のC末端に挿入されたhis6タグはインビボでのリボソーム機能を妨害せず、さらに詳しくはリボソーム「stalk」タンパク質L12の機能を妨害しなかった。これはさらにインビトロで試験された。
【0036】
大腸菌JE28のリボソームの大サブユニット上においてL12タンパク質のC末端に挿入されたhis6タグを利用する、大腸菌リボソームを精製するための新規な親和性タグに基づく方法が開発された。図3は、260nmでの吸光度の関数としてモニターしたHisTrap(商標)HPカラム(GE Healthcare Biosciences AB)からの溶出プロファイルを示している。150mMイミダゾールで溶出させたピーク画分は1.9のA260/A280比を示したが、これはリボソームに関する典型的な値であった。これらの画分をプールし、濃縮し、ショ糖密度勾配遠心、2Dゲル、及びジペプチド結合形成における活性アッセイによる追加の分析に供した。MG1655からの溶解物に関する対照実験では、HisTrap(商標)HPカラムから大きなピークは溶出せず、プールしたピーク画分は核酸に特異的な260nmでの吸光度を示さなかった(データは示さず)。
【0037】
親和性方法及び通常の方法で精製したJE28リボソームをショ糖密度勾配遠心分析に供した。上述した緩衝液条件下では、親和性精製リボソームは70Sリボソームのみを含んでいたのに対し、通常の方法で精製したリボソームは70Sと共に50S及び30Sサブユニットを含んでいた(図4A)。親和性精製リボソームにおける純粋な70Sリボソームの収率は、通常の精製方法に比べてずっと高かった。これは、親和性精製方法では一段階のHisTrap(商標)HPカラム溶出から純粋な70Sリボソームが直接に得られたのに対し、通常の方法では70Sリボソームの精製のために追加のショ糖密度勾配超遠心が必要とされたことに原因している。
【0038】
HisTrap(商標)HPカラム上で精製したhis6タグ標識JE28 70Sリボソームを2Dゲル上で特性決定した(図4B)。並行して、比較のためにMG1655からの70Sリボソームも2Dゲルに供した(図4B、挿入図)。両試料において、52のリボソームタンパク質のすべてがゲル上の同一位置で同定された。例外は(図4B中に白色の矢印で示される)L12(L7/L12)タンパク質であって、これらはhis6タグの挿入のために元の位置から移動した。このことは、その位置を(図4B中に灰色の矢印で示される)別のリボソームタンパク質L10と比較した場合にはっきりと認められる。L12は高酸性のタンパク質(pI4.6)であり、L7はL12のN末端アセチル化形態である。L12への6個の塩基性ヒスチジン残基の付加は、該タンパク質のpIの変化(5.2)をもたらし、2Dゲル上での位置の変化を引き起こした。
【0039】
ペプチド結合形成は、リボソーム機能の中心である。大腸菌からの精製成分からなる無細胞翻訳系では、親和性方法で精製したテトラ−(his)6タグ標識JE28リボソーム(図4C中のJE28カラム)は、通常の方法で精製したJE28リボソーム及びMG1655リボソーム(図4C中にそれぞれJE28超遠心及びMG1655として示す)に比べて速いジペプチド(fMet−Leu)形成速度を示した。このような結果により、L12タンパク質のC末端へのテトラ−(his)6タグの染色体挿入は翻訳因子に関連するペプチド結合形成におけるリボソームの機能に悪影響を及ぼさないことが確認された。ジペプチド形成における高い活性は、親和性方法で精製された70Sリボソームの高い均質性に原因する可能性があった。超遠心による通常の方法で精製されたリボソームは、ショ糖勾配分析(図4A)で証明された通り、70Sと共に若干の遊離50S及び30Sサブユニットを含んでいた。
【0040】
テトラ−(his)6タグが50Sサブユニット上のみに存在し、30Sサブユニット上には存在しないことは、低Mg+2緩衝液中でHisTrap(商標)HPカラムを用いてリボソームサブユニットを精製する方法の開発を可能にした。図5Aは、2つの相異なるピークを有するカラムの溶出プロファイルを表している。第1のピーク(フロースルー画分)をプールしてショ糖勾配分析で分析したところ、これは30Sサブユニットのみを示し、150mMイミダゾールで溶出させた第2のピークは50Sサブユニットとして同定された(図5B)。
【0041】
本発明に係るタグ標識リボソームの用途
テトラ−his6タグ標識リボソームは、mRNA、tRNA、翻訳因子、新生タンパク質鎖及び/又はリボソーム関連タンパク質(例えば、チャペロン)と結合した機能性翻訳複合体を単離することができる。細菌リボソームの構造及び機能は分子的な細部まで知られているので、様々な機能段階で捕捉されるリボソーム複合体の低温EM又はX線結晶学による構造研究に対する要求が高まっている。リボソーム上の親和性タグ及び適当な生理的緩衝液条件を使用すれば、リボソーム上に付着した因子と共に機能性複合体を直接に単離することができる。
【0042】
リボソームRNA又はタンパク質遺伝子中の突然変異を有する大腸菌株は、しばしば細胞中に少量のリボソームを含み、したがって通常の方法によって良好な収率で精製するのが困難である。これらの突然変異株からリボソームを精製するためには、バクテリオファージP1を用いた普遍形質導入によって親和性タグを薬剤マーカーと共にJE28からそれぞれの突然変異株に移動させ、次いでJE28リボソームの親和性精製方法に従えばよい。
【0043】
親和性精製されたリボソームを「細胞溶解物」に基づくインビトロタンパク質合成系に添加することで、これらの系からのタンパク質生産効率を高めることができる。
【参考文献】
【0044】
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
親和性タグ標識された巨大分子複合体の製造方法であって、親和性タグ及び選択マーカーを含むヌクレオチド配列のフレーム内融合を含んでなり、該融合がマルチコピータンパク質をエンコードする遺伝子の染色体部位にある、方法。
【請求項2】
マルチコピータンパク質が巨大分子複合体の表面に露出している、請求項1記載の方法。
【請求項3】
巨大分子複合体が、複製複合体、転写複合体、翻訳複合体、リボソーム、及び多量体機能分子を含む任意の複合体から選択される、請求項1又は請求項2記載の方法。
【請求項4】
巨大分子複合体がリボソームであり、マルチコピータンパク質が原核L12又はその相同体である、請求項1、請求項2又は請求項3記載の方法。
【請求項5】
フレーム内融合が遺伝子の染色体部位の3’末端にあり、組換えによる線状配列のフレーム内融合によって達成される、請求項4記載の方法。
【請求項6】
選択マーカー遺伝子が耐薬剤性遺伝子である、上記請求項の1以上に記載の方法。
【請求項7】
親和性タグがマルチコピータンパク質をエンコードする遺伝子中の停止コドンの直前又は近傍に挿入され、該遺伝子はその機能を保持する、上記請求項の1以上に記載の方法。
【請求項8】
親和性タグが、Hisタグ、Flagタグ、Argタグ、T7タグ、Strepタグ、Sタグ、アプタマータグ及びこれらのタグの任意の組合せから選択される、上記請求項の1以上に記載の方法。
【請求項9】
親和性タグがHis6タグである、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記親和性タグを用いてリボソームのような巨大分子複合体の親和性精製を行うことを含む、上記請求項の1以上に記載の方法。
【請求項11】
リボソームがHisタグで標識され、親和性精製方法がアフィニティークロマトグラフィーである、請求項10記載の方法。
【請求項12】
アフィニティークロマトグラフィーが固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(IMAC)である、請求項11記載の方法。
【請求項13】
インタクトな活性70Sリボソームが精製される、上記請求項の1以上に記載の方法。
【請求項14】
インタクトなリボソームサブユニットが精製される、請求項1乃至請求項12の1以上に記載の方法。
【請求項15】
いずれもが親和性タグ標識された原核L12タンパク質又はその相同体の多重コピーを含んでなる、親和性タグ標識リボソーム。
【請求項16】
2以上のHis残基で親和性タグ標識された、請求項15記載の親和性タグ標識リボソーム。
【請求項17】
請求項15又は請求項16記載の親和性タグ標識リボソームを含んでなる細胞。
【請求項18】
細胞がそのリボソーム遺伝子中に1以上の突然変異を有する、請求項17記載の細胞。
【請求項19】
請求項15又は請求項16記載の親和性タグ標識リボソームのインビトロでの使用。
【請求項20】
タンパク質のインビトロ合成のための、請求項19記載の使用。
【請求項21】
翻訳複合体及び/又はこれらに結合された成分の単離のための、請求項19記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2011−503176(P2011−503176A)
【公表日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−533991(P2010−533991)
【出願日】平成20年11月18日(2008.11.18)
【国際出願番号】PCT/SE2008/000645
【国際公開番号】WO2009/067068
【国際公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(597064713)ジーイー・ヘルスケア・バイオサイエンス・アクチボラグ (109)
【Fターム(参考)】