希少糖を含む二糖類の生産方法
【課題】 少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法の提供。
【解決手段】 原料(基質)として二糖類を用い、該二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応により、希少糖を含む二糖類を生成させることを特徴とする少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。上記の該二糖類のままで構成糖である単糖の希少糖への変換は、3ケト二糖類を経由する反応である。3ケト二糖類を経由する反応は、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する。3ケト二糖類を経由する反応は、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である。上記の微生物反応は、3ケト二糖類を作る性質を有するアグロバクテリウム属微生物に由来する酸化酵素を作用させる酸化反応である。上記の微生物は、アグロバクテリウム ツメファシエンスである。
【解決手段】 原料(基質)として二糖類を用い、該二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応により、希少糖を含む二糖類を生成させることを特徴とする少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。上記の該二糖類のままで構成糖である単糖の希少糖への変換は、3ケト二糖類を経由する反応である。3ケト二糖類を経由する反応は、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する。3ケト二糖類を経由する反応は、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である。上記の微生物反応は、3ケト二糖類を作る性質を有するアグロバクテリウム属微生物に由来する酸化酵素を作用させる酸化反応である。上記の微生物は、アグロバクテリウム ツメファシエンスである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の二糖類の製造方法は、工業的に用いられている方法としては、主に以下の二つがあるといえる。第一に、多糖を加水分解酵素を用いて分解することで二糖を作る方法であり、これはデンプンを、βーアミラーゼを用いて分解し、マルトースを作る方法に代表される。同様の方法でセルロースからセロビオースを生産可能である。第二に、糖加水分解酵素の転移活性を用いての製造である。これは各種のオリゴ糖の生産に広く用いられている。例えば、ガラクトースまたはガラクトースを含む物質にα−ガラクトシダーゼを作用させて得られたα−ガラクトシル基を含むオリゴ糖中の還元糖の分解、分離操作からなるα−ガラクトシル基を含む非還元性二糖の製造方法、およびガラクトースとグルコースを含む物質に前記と同様にして得られるα−ガラクトシル基を含むオリゴ糖中に混在するGal1α−1βGalの加水分解、還元糖の分解、分離操作からなるα−ガラクトシル基を含む非還元性二糖の製造方法が示されている(特許文献1)。
【0003】
一方、希少糖を含む二糖類の生産法として、上記二つの方法が使用できるかどうかについては以下のように考えられる。第一の方法、すなわち多糖を分解することでの、二糖類の生産法は用いることはできない。これは希少糖を構成糖とした多糖が存在しないからである。第二の方法は、希少糖を受容体として用いることで、希少糖を含む二糖を生産することは可能である。例えば、キシラナーゼを用いてキシランのD−キシロースを希少糖へ転移する反応は、既に実施されている(特許文献2)。
第一および第二の方法以外の方法として、既に特許出願をしているものとして、シュークロース・フォスフォリラーゼの逆反応を用いる方法で、シュークロースのD−フラクトースをD−プシコースにした二糖類の製造に成功している(特許文献3)。
【0004】
【特許文献1】特開2003−160594号公報
【特許文献2】特開2006−169124号公報
【特許文献3】特開2007−91667号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の(1)ないし(12)に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法を要旨としている。
(1)原料(基質)として二糖類を用い、該二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応により、希少糖を含む二糖類を生成させることを特徴とする少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(2)上記の該二糖類のままで構成糖である単糖の希少糖への変換が、3ケト二糖類を経由する反応である(1)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(3)3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する(2)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(4)3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である(3)または(4)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(5)上記の微生物反応が、3ケト二糖類を作る性質を有するアグロバクテリウム属微生物に由来する酸化酵素を作用させる酸化反応である(3)または(4)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(6)上記の微生物が、アグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)である(3)、(4)または(5)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(7)3ケト二糖類を還元する反応が有機化学的な還元反応による(4)、(5)または(6)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(8)3ケト二糖類が、ラクチトールまたはラクトースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−グロースを構成単糖とするものである(4)ないし(7)のいずれかに記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(9)3ケト二糖類が、トレハロースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−アロースを構成単糖とするものである(4)ないし(7)のいずれかに記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(10)さらに反応混合物から希少糖を含む二糖類を分離する(1)ないし(9)のいずれかに記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
[本発明の特徴]
希少糖を含有する二糖類の生産法として、背景技術の項に記載の方法以外新規方法を開発した。すなわち、これまでの方法は単糖である希少糖をアクセプター(受容体)して使用する方法である。従って、まず、遊離の単糖としての希少糖を製造し、それに他の単糖を各種の方法で結合させるものであった。本発明の新規方法は以下の特徴の全く新しい発想によるものである。
本発明の新規方法では、原料として二糖類を用いること、そして、二糖類を加水分解することなく、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換するという方法である。この方法では、希少糖を生産してから結合するということがないため、希少糖を含む二糖の生産に有効な方法である。
【0009】
[新規方法の原理]
原料(基質)として二糖類を用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応による本発明の新規方法の原理を図1ないし図3に示す。
3ケト二糖類を経由する反応であり、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する。より具体的には原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である。原料(基質)としてラクチトール、ラクトース、トレハロースの酸化と還元反応をそれぞれ図1ないし図3に示す。
化1はラクチトールの場合の反応を示している。非還元側のD−ガラクトースの3位を酸化して(ii)、3―ケト・ラクチトールを生産することが可能である。すなわち、3ケト二糖類が、ラクチトールまたはラクトースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−グロースを構成単糖とするものである。二糖類ラクチトールは、そのままで構成糖である単糖が希少糖D−グロースへ変換するが、3ケト二糖類3−ケト−ラクチトールを経由する反応である(図1参照)。
【化1】
【0010】
二糖類の非還元側の単糖の3位を酸化して、3ケト二糖類を作る性質がアグロバクテリウム属微生物には存在する。アグロバクテリウム属微生物は、ラクチトールの場合、非還元側のD−ガラクトースの3位を酸化して(ii)、3―ケト・ラクチトールを生産する。
本発明の新規方法は、この3ケトの二糖類を還元することによって、ラクチトールの場合は、D−グロシルーD−ソルビトールを生産する方法である。この還元は不斉的には反応は進行する方法は現在のところ存在しないので、反応後の溶液中にはラクチトールも存在することになる。
【0011】
[原料(基質)として二糖類]
この基本的原理は微生物の3位を酸化する二糖類であれば、どのような二糖類にも適用が可能である。すなわち、本発明によって希少糖を含む二糖類は、非還元側の単糖の3位が酸化されるものであれば各種の二糖類が利用できる。
ラクチトール、ラクトース、シュークロース、マルトース、マルチトール、トレハロース、などはその例である。それぞれの二糖類から、酸化される単糖の3位がエピ化した希少糖と結合した二糖類を生産することが可能である。
化2ではトレハロースの場合を示している。この場合は酸化する場所が二箇所存在することとなり、一つ酸化したものである3−ケトトレハロース、両方が酸化された3−ジケトトレハロースが得られることとなる。この酸化3ケトトレハロースを還元することにより、三種の二糖類が得られることとなる。すなわち、D−グルコースが二つ結合した原料であるトレハロース、一つのD−グルコースがD−アロースに還元されたD−アロースとD−グルコースとの結合した二糖類、さらに、D−アロースとD−アロースが結合した二糖類が生産されることとなる(図3参照)。
【化2】
【0012】
本発明の方法は、反応混合物から希少糖を含む二糖類を分離する工程を包含する。
反応終了後、必要に応じて希少糖を含む二糖類を既知の方法により分離することができる。その後、所望により、ゲル濾過クロマトグラフィー、活性炭カラムクロマトグラフィー等の精製手段を適用することにより希少糖を含む二糖類を精製することができる。
【0013】
[微生物]
本発明で使用する3ケト二糖類を作る性質を有する微生物はアグロバクテリウム属に属する微生物である。
二糖類を酸化して非還元側の糖の3位を酸化する微生物の分離について以下に記述する。
分離場所:香川大学農学部内の土壌
株名:M31
菌種同定:アグロバクテリウム・ツメファシエンス(英名 Agrobacterium tumefaciens)(寄託番号NITE AP−489)
すなわち、菌株 Agrobacterium tumefaciens M31 は、日本国独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)に2008年2月15日に国内寄託している(寄託番号NITE AP−489)
【0014】
[培養条件]
M31株の単離のために、2%(w/w)の ラクチトール(D-ガラクトシルーD-ソルビトール)を単一炭素源として含む無機塩液体培地(表1)を用い30℃で微生物の分離を行った。この条件で生育し、なおかつ二糖の状態で酸化し、その酸化物を培養上精に蓄積する能力を持つ菌株を分離した。微生物の単離や保存に用いる寒天培地は、表2に示す2%のTSB(トリプティック ソイ ブロース)寒天培地を用いた。
【0015】
【表1】
【0016】
【表2】
【0017】
分離した菌株についてその酵素生産能力や、酵素生産条件を検討した。その結果、ラクチトールより安価な炭素源であるスクロースを添加することにより、目的の酵素が安定して誘導され産出できることを見出した。すなわち、2%TSBにD-リキソースを少量(0.1%〜3%、望ましい濃度は1%)添加した液体培地で酵素を大量に生産することを見出した。これよりもより安価な0.5%酵母エキス、0.5%ポリペプトン、0.5%塩化ナトリウム、1%スクロースにおいても安定に酵素が産出されることも確認している。他の二糖でも活性が生じるが、スクロース添加が最も効果が高かった。培養炭素源の影響を図4に示す。
【0018】
M31株の2%ラクチトール無機塩培地における3-ケト‐ラクチトールの生産量は、培養後24時間後が最も適した条件であった。また図5に1%ラクチトールを用いた洗浄菌体反応の結果を示した(A)。40時間でほぼ100%3−ケトーラクチトールに変換されているが、目的産物以外にもピークが生じているが、現時点では不明である(B)。なお、洗浄菌体反応の条件は、50mMリン酸カリウム(pH7.0)、30度である。
【0019】
次に、表3にM31の同定結果、および表4に培養炭素源によるケトース生産量の結果を示した。
なお、ケトース量は、システインカルバゾール法にて測定した。酵素活性は先と同様に実施した。
【0020】
【表3】
【0021】
【表4】
【0022】
洗浄菌体反応によって、3ケト二糖類を生産する活性(グルコシド3−デハイドロゲナーゼ)の性質。
1)pH
pH6〜9で活性を示すが、7〜8が望ましい。
2)金属イオン
特に活性を増加させる金属イオンはなく、二価の銅イオンで大きく阻害を受ける。
3)酸素の影響
窒素条件下では、ほとんど酸化されないが、空気条件下で撹拌するだけで十分に酸化される。
【0023】
[二糖類の転換反応(培養MSM-スクロース):ケトース生産量の推移(図6)]
図6に示されるように、
マルトース:すべて消費されてなくなる。
ラクトース:5時間後で反応が終了(100%)、32時間後にはプロダクト以外にピークが生じる。
マルチトール:5時間後で反応が終了(21min、100%)、32時間後では21minはなくなり、28minのピークが主となる。
ラクチトール:5時間後で反応が終了(18min、100%)、32時間後もほぼ安定、29minにピークが生じる。
【0024】
[固定化微生物での一例]
スクロース培養菌体3.0g(w/w)、50mM Tris−HCl(pH7.0) 5mlにて懸濁、同量の4%アルギン酸ナトリウム水溶液と混合した。0.2MCaCl2溶液中に滴下し2時間放置。50mM Tris−HCl(pH7.0)で洗浄した。
反応(図7):1%ラクチトール、10mM Tris−HCl(pH7.0)
初速度はフリーの1/3〜1/2に低下するが、最終的に100%転換される。
【0025】
本発明の詳細を実施例で説明する。本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
ラクチトールを用いた希少糖含有二糖類の生産の実施例を下記に記す。
[培養]
2%TSBに1%スクロースを添加した3mlの培地で30度、10時間、前培養した。全量を同組成の3Lの培地にて培養した。培養装置は5L、有効容積3Lのジャーファーメンターで通気量3L/min、400rpmの撹拌で行った。なお信越シリコーン製の消泡剤を3ml添加した。30度で15時間培養した。15時間後の菌体濃度はOD660=6.74であった。
【0027】
[1]洗浄菌体反応(図8)
菌体を9000rpmで遠心分離後、10mMのリン酸緩衝液(pH7.5)で洗浄した。これをOD660=30、終濃度2%ラクチトールとなるように調製した。この条件だと今回は約630mlとなり、十分に通気させるために500ml用のバッフル付三角フラスコで約100ml入れ振とう培養機にて洗浄菌体反応を実施した。約27時間後に100%ラクチトールが3ケトーラクチトールに変換されていた。
【0028】
この後、遠心分離機にて菌体および反応液を分離後、再度同条件にて反応を開始させた。およそ20時間後には100%3-ケトーラクチトールに変換されていた。同様にこれらの作業を計8回続けることが可能であった。計96gのラクチトールを100%の3-ケトーラクチトールを含む液に変換することができた。さらに洗浄菌体反応を続けることも可能であったが今回は8回(期間は1週間)で終了とした。これほど長期間反応が可能となった理由は、M31株はゆっくりラクチトールを代謝して栄養源を得ていたことであると推測している。実際希少糖を生産する場合にも洗浄菌体反応はよく使用される手段であるが、これほど長期間酵素活性を維持する例はこれまでにない。実際反応終了後の糖の回収率は65%の63gであった。図5に洗浄菌体反応の結果をHPLC分析結果で示す。
【0029】
[2]洗浄菌体反応後の精製(図9)
反応後の糖液には多くのタンパク質や菌体残渣が混在しているため、中空糸フィルターによる精製を実施した。旭化成製のマイクロモジュールSLP-1053(分画<分子量3000)を用いてタンパク質を除去した。この時点で相当する糖量は60g。
【0030】
精製後の3-ケトーラクチトール 30gを含有した液を500ml(6% w/v)に調製し、ラネーニッケル水素添加法によって3-ケトーラクチトールを還元させた。耐圧硝子工業株式会社製のTEM-1000Mを用いて50度で加温しつつ水素圧1.2Mpa(ゲージ圧)で700rpmに攪拌速度を保ち6時間反応を行った。ラネーニッケルの活性化は、以下のように実施した。50%ラネーニッケル(ナカライテスク(株)製)10gに対し、20%NaOH水溶液を100g添加した。添加後80℃、8時間の加温を行った。気泡の発生が止まったことを確認した後、デカンテーションにより蒸留水で触媒を洗浄した。洗浄は、洗浄液がpH9.2になるまで行った。図9に洗浄菌体反応後の精製の結果をHPLC分析結果で示す。
【0031】
(理論上、もとのラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールが1:1で生じるが、17.46分(ラクチトールのRT)のみで、構造が非常に類似するために、二者はこのカラムでは分離できないものと考えられる。26.39分はD-ソルビトール。3-ケトーラクチトールもしくはD-グルシル-D-ソルビトールが不安定なのか分解されているものと推定される。)
ラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールは脱塩樹脂によって異性化、もしくは二糖間の結合が切断される現象が見られた。これについての理由は明らかにしていないが、糖によっては脱塩処理を長時間処理した場合、異性化などの変化を受けてしまうことが一般的に知られている。本発明の3-ケトーラクチトール、D-グルシル-D-ソルビトールは新規物質であり、その性質については未知な部分が多い。しかし、この原因の解明は本発明の主眼とははずれるため実施しなかった。次のステップの支障となるためにD-ソルビトールの除去を実施した。ワンパス方式クロマト分離装置(日進機械(株)製 NK-26)を用いて上記した糖混合液27g相当を分離した。表5に分離条件および図10に分離後のHPLCの結果を以下に示す。
【0032】
【表5】
【0033】
上記の20画分のうちNo.6〜No.10までをラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールの100%画分として回収した。
【0034】
回収量は9.6gであった。27gのうち約1/3がソルビトールであったため残り18gがラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールであるので回収率は約53%であった。
【0035】
[4] ラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールの組成確認
前記の[3]で得られた糖がどのような糖から構成されているかを調べた。希塩酸を用いて酸加水分解を実施した。糖液を2%(w/v)濃度の480mlとし1Nの塩酸を等量混合させ、80度で6時間処理した。処理後、中和脱塩したのちHPLCで組成を分析した。その分析結果を図11に示す。
図11に示すように、
10分あたりのピークは除去しきれなかった塩
17.53分のピーク:D-ガラクトース
21.27分のピーク:D-グロース
26.45分のピーク:D-ソルビトール
これらの構成比はD-ガラクトース:D-グロース:D-ソルビトール=3.7:1.3:5であった。このことから得られた3-ケトーラクチトールから水素添加した際に生じる糖はラクチトール75%、D-グルシル-D-ソルビトール25%であることがわかった。
【0036】
理論上、もとのラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールが1:1で生じるはずであるが、実際の組成はおよそ3:1であった。この原因についてはさらに検討する必要がある。
【0037】
[5]D-グロースのNMRによる確認
前記の[4]で得られた酸加水分解液を回収・濃縮して約8.5g相当の糖液を得た。上記のワンパス方式クロマト分離装置を用いてD-グロースを精製した。条件と結果を表6に示す。
【0038】
【表6】
【0039】
98%以上の純度の画分(No.10およびNo.11)を回収した。収量は0.42gであった。図12に13C NMR(Authentic,Product)の分析結果を示す。
【0040】
この加水分解物からD−グロースが確認されたことは、本発明の基本的構想が正しいことを示している。すなわち二糖類であるラクチトールの非還元末端のD−ガラクトースの3位を酸化し、3ケトラクチトールとする。それを還元することで、希少糖D−グロースを含む二糖が生産されていることを確実に示している。
【産業上の利用可能性】
【0041】
希少糖の生産法に関しては、微生物反応や酵素反応を利用した研究が進められ全希少糖の生産戦略であるイズモリングを設計図として種々の研究が進められている。これらの単糖である各種希少糖は、量的にも多く生産できているため産業的な利用面での研究が進んでいる。
一方、希少糖を含む二糖に関する研究は、多糖の加水分解酵素の糖転移反応を用いた方法、シュークロースフォスフォリラーゼの逆反応を利用した方法などが開発されているが、何れも希少糖を作り、それを受容体として他の単糖を結合させるという方法である。そのため生産量も少なく、希少糖を原料として用いるためコストも高くなる欠点がある。本発明においては二糖類を原料として用いて、二糖に結合したまま構成糖である単糖を希少糖へ変換するという方法のため大量に生産が可能となる。
希少糖を含む二糖はこれまで十分量を得ることができなかったため、殆ど生理活性などの研究が行われていない。本発明によって量的に大量の生産が可能となる方法を確立できたことによって、今後、全く新しい糖質として、食品などへの用途の開発が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】ラクチトールを用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する酸化と還元反応を説明する化学式を示す図面である。
【図2】ラクトースを用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する酸化と還元反応を説明する化学式を示す図面である。
【図3】トレハロースを用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する酸化と還元反応を説明する化学式を示す図面である。
【図4】分離した菌株について培養炭素源の影響を示す図面である。
【図5】M31株の1%ラクチトールを用いた洗浄菌体反応の結果を示す図面である。
【図6】二糖類の転換反応(培養MSM-スクロース):ケトース生産量の推移を示す図面である。
【図7】固定化微生物での相対活性の推移を示す図面である。
【図8】実施例1の洗浄菌体反応の結果をHPLC分析結果で示す図面である。
【図9】洗浄菌体反応後の精製の結果をHPLC分析結果で示す図面である。
【図10】分離後のHPLC分析結果を示す図面である。
【図11】ラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールの組成確認HPLC分析結果を示す図面である。
【図12】NMR(Authentic,Product)分析結果を示す図面である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の二糖類の製造方法は、工業的に用いられている方法としては、主に以下の二つがあるといえる。第一に、多糖を加水分解酵素を用いて分解することで二糖を作る方法であり、これはデンプンを、βーアミラーゼを用いて分解し、マルトースを作る方法に代表される。同様の方法でセルロースからセロビオースを生産可能である。第二に、糖加水分解酵素の転移活性を用いての製造である。これは各種のオリゴ糖の生産に広く用いられている。例えば、ガラクトースまたはガラクトースを含む物質にα−ガラクトシダーゼを作用させて得られたα−ガラクトシル基を含むオリゴ糖中の還元糖の分解、分離操作からなるα−ガラクトシル基を含む非還元性二糖の製造方法、およびガラクトースとグルコースを含む物質に前記と同様にして得られるα−ガラクトシル基を含むオリゴ糖中に混在するGal1α−1βGalの加水分解、還元糖の分解、分離操作からなるα−ガラクトシル基を含む非還元性二糖の製造方法が示されている(特許文献1)。
【0003】
一方、希少糖を含む二糖類の生産法として、上記二つの方法が使用できるかどうかについては以下のように考えられる。第一の方法、すなわち多糖を分解することでの、二糖類の生産法は用いることはできない。これは希少糖を構成糖とした多糖が存在しないからである。第二の方法は、希少糖を受容体として用いることで、希少糖を含む二糖を生産することは可能である。例えば、キシラナーゼを用いてキシランのD−キシロースを希少糖へ転移する反応は、既に実施されている(特許文献2)。
第一および第二の方法以外の方法として、既に特許出願をしているものとして、シュークロース・フォスフォリラーゼの逆反応を用いる方法で、シュークロースのD−フラクトースをD−プシコースにした二糖類の製造に成功している(特許文献3)。
【0004】
【特許文献1】特開2003−160594号公報
【特許文献2】特開2006−169124号公報
【特許文献3】特開2007−91667号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の(1)ないし(12)に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法を要旨としている。
(1)原料(基質)として二糖類を用い、該二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応により、希少糖を含む二糖類を生成させることを特徴とする少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(2)上記の該二糖類のままで構成糖である単糖の希少糖への変換が、3ケト二糖類を経由する反応である(1)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(3)3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する(2)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(4)3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である(3)または(4)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(5)上記の微生物反応が、3ケト二糖類を作る性質を有するアグロバクテリウム属微生物に由来する酸化酵素を作用させる酸化反応である(3)または(4)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(6)上記の微生物が、アグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)である(3)、(4)または(5)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(7)3ケト二糖類を還元する反応が有機化学的な還元反応による(4)、(5)または(6)記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(8)3ケト二糖類が、ラクチトールまたはラクトースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−グロースを構成単糖とするものである(4)ないし(7)のいずれかに記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(9)3ケト二糖類が、トレハロースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−アロースを構成単糖とするものである(4)ないし(7)のいずれかに記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
(10)さらに反応混合物から希少糖を含む二糖類を分離する(1)ないし(9)のいずれかに記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
[本発明の特徴]
希少糖を含有する二糖類の生産法として、背景技術の項に記載の方法以外新規方法を開発した。すなわち、これまでの方法は単糖である希少糖をアクセプター(受容体)して使用する方法である。従って、まず、遊離の単糖としての希少糖を製造し、それに他の単糖を各種の方法で結合させるものであった。本発明の新規方法は以下の特徴の全く新しい発想によるものである。
本発明の新規方法では、原料として二糖類を用いること、そして、二糖類を加水分解することなく、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換するという方法である。この方法では、希少糖を生産してから結合するということがないため、希少糖を含む二糖の生産に有効な方法である。
【0009】
[新規方法の原理]
原料(基質)として二糖類を用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応による本発明の新規方法の原理を図1ないし図3に示す。
3ケト二糖類を経由する反応であり、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する。より具体的には原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である。原料(基質)としてラクチトール、ラクトース、トレハロースの酸化と還元反応をそれぞれ図1ないし図3に示す。
化1はラクチトールの場合の反応を示している。非還元側のD−ガラクトースの3位を酸化して(ii)、3―ケト・ラクチトールを生産することが可能である。すなわち、3ケト二糖類が、ラクチトールまたはラクトースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−グロースを構成単糖とするものである。二糖類ラクチトールは、そのままで構成糖である単糖が希少糖D−グロースへ変換するが、3ケト二糖類3−ケト−ラクチトールを経由する反応である(図1参照)。
【化1】
【0010】
二糖類の非還元側の単糖の3位を酸化して、3ケト二糖類を作る性質がアグロバクテリウム属微生物には存在する。アグロバクテリウム属微生物は、ラクチトールの場合、非還元側のD−ガラクトースの3位を酸化して(ii)、3―ケト・ラクチトールを生産する。
本発明の新規方法は、この3ケトの二糖類を還元することによって、ラクチトールの場合は、D−グロシルーD−ソルビトールを生産する方法である。この還元は不斉的には反応は進行する方法は現在のところ存在しないので、反応後の溶液中にはラクチトールも存在することになる。
【0011】
[原料(基質)として二糖類]
この基本的原理は微生物の3位を酸化する二糖類であれば、どのような二糖類にも適用が可能である。すなわち、本発明によって希少糖を含む二糖類は、非還元側の単糖の3位が酸化されるものであれば各種の二糖類が利用できる。
ラクチトール、ラクトース、シュークロース、マルトース、マルチトール、トレハロース、などはその例である。それぞれの二糖類から、酸化される単糖の3位がエピ化した希少糖と結合した二糖類を生産することが可能である。
化2ではトレハロースの場合を示している。この場合は酸化する場所が二箇所存在することとなり、一つ酸化したものである3−ケトトレハロース、両方が酸化された3−ジケトトレハロースが得られることとなる。この酸化3ケトトレハロースを還元することにより、三種の二糖類が得られることとなる。すなわち、D−グルコースが二つ結合した原料であるトレハロース、一つのD−グルコースがD−アロースに還元されたD−アロースとD−グルコースとの結合した二糖類、さらに、D−アロースとD−アロースが結合した二糖類が生産されることとなる(図3参照)。
【化2】
【0012】
本発明の方法は、反応混合物から希少糖を含む二糖類を分離する工程を包含する。
反応終了後、必要に応じて希少糖を含む二糖類を既知の方法により分離することができる。その後、所望により、ゲル濾過クロマトグラフィー、活性炭カラムクロマトグラフィー等の精製手段を適用することにより希少糖を含む二糖類を精製することができる。
【0013】
[微生物]
本発明で使用する3ケト二糖類を作る性質を有する微生物はアグロバクテリウム属に属する微生物である。
二糖類を酸化して非還元側の糖の3位を酸化する微生物の分離について以下に記述する。
分離場所:香川大学農学部内の土壌
株名:M31
菌種同定:アグロバクテリウム・ツメファシエンス(英名 Agrobacterium tumefaciens)(寄託番号NITE AP−489)
すなわち、菌株 Agrobacterium tumefaciens M31 は、日本国独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)に2008年2月15日に国内寄託している(寄託番号NITE AP−489)
【0014】
[培養条件]
M31株の単離のために、2%(w/w)の ラクチトール(D-ガラクトシルーD-ソルビトール)を単一炭素源として含む無機塩液体培地(表1)を用い30℃で微生物の分離を行った。この条件で生育し、なおかつ二糖の状態で酸化し、その酸化物を培養上精に蓄積する能力を持つ菌株を分離した。微生物の単離や保存に用いる寒天培地は、表2に示す2%のTSB(トリプティック ソイ ブロース)寒天培地を用いた。
【0015】
【表1】
【0016】
【表2】
【0017】
分離した菌株についてその酵素生産能力や、酵素生産条件を検討した。その結果、ラクチトールより安価な炭素源であるスクロースを添加することにより、目的の酵素が安定して誘導され産出できることを見出した。すなわち、2%TSBにD-リキソースを少量(0.1%〜3%、望ましい濃度は1%)添加した液体培地で酵素を大量に生産することを見出した。これよりもより安価な0.5%酵母エキス、0.5%ポリペプトン、0.5%塩化ナトリウム、1%スクロースにおいても安定に酵素が産出されることも確認している。他の二糖でも活性が生じるが、スクロース添加が最も効果が高かった。培養炭素源の影響を図4に示す。
【0018】
M31株の2%ラクチトール無機塩培地における3-ケト‐ラクチトールの生産量は、培養後24時間後が最も適した条件であった。また図5に1%ラクチトールを用いた洗浄菌体反応の結果を示した(A)。40時間でほぼ100%3−ケトーラクチトールに変換されているが、目的産物以外にもピークが生じているが、現時点では不明である(B)。なお、洗浄菌体反応の条件は、50mMリン酸カリウム(pH7.0)、30度である。
【0019】
次に、表3にM31の同定結果、および表4に培養炭素源によるケトース生産量の結果を示した。
なお、ケトース量は、システインカルバゾール法にて測定した。酵素活性は先と同様に実施した。
【0020】
【表3】
【0021】
【表4】
【0022】
洗浄菌体反応によって、3ケト二糖類を生産する活性(グルコシド3−デハイドロゲナーゼ)の性質。
1)pH
pH6〜9で活性を示すが、7〜8が望ましい。
2)金属イオン
特に活性を増加させる金属イオンはなく、二価の銅イオンで大きく阻害を受ける。
3)酸素の影響
窒素条件下では、ほとんど酸化されないが、空気条件下で撹拌するだけで十分に酸化される。
【0023】
[二糖類の転換反応(培養MSM-スクロース):ケトース生産量の推移(図6)]
図6に示されるように、
マルトース:すべて消費されてなくなる。
ラクトース:5時間後で反応が終了(100%)、32時間後にはプロダクト以外にピークが生じる。
マルチトール:5時間後で反応が終了(21min、100%)、32時間後では21minはなくなり、28minのピークが主となる。
ラクチトール:5時間後で反応が終了(18min、100%)、32時間後もほぼ安定、29minにピークが生じる。
【0024】
[固定化微生物での一例]
スクロース培養菌体3.0g(w/w)、50mM Tris−HCl(pH7.0) 5mlにて懸濁、同量の4%アルギン酸ナトリウム水溶液と混合した。0.2MCaCl2溶液中に滴下し2時間放置。50mM Tris−HCl(pH7.0)で洗浄した。
反応(図7):1%ラクチトール、10mM Tris−HCl(pH7.0)
初速度はフリーの1/3〜1/2に低下するが、最終的に100%転換される。
【0025】
本発明の詳細を実施例で説明する。本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
ラクチトールを用いた希少糖含有二糖類の生産の実施例を下記に記す。
[培養]
2%TSBに1%スクロースを添加した3mlの培地で30度、10時間、前培養した。全量を同組成の3Lの培地にて培養した。培養装置は5L、有効容積3Lのジャーファーメンターで通気量3L/min、400rpmの撹拌で行った。なお信越シリコーン製の消泡剤を3ml添加した。30度で15時間培養した。15時間後の菌体濃度はOD660=6.74であった。
【0027】
[1]洗浄菌体反応(図8)
菌体を9000rpmで遠心分離後、10mMのリン酸緩衝液(pH7.5)で洗浄した。これをOD660=30、終濃度2%ラクチトールとなるように調製した。この条件だと今回は約630mlとなり、十分に通気させるために500ml用のバッフル付三角フラスコで約100ml入れ振とう培養機にて洗浄菌体反応を実施した。約27時間後に100%ラクチトールが3ケトーラクチトールに変換されていた。
【0028】
この後、遠心分離機にて菌体および反応液を分離後、再度同条件にて反応を開始させた。およそ20時間後には100%3-ケトーラクチトールに変換されていた。同様にこれらの作業を計8回続けることが可能であった。計96gのラクチトールを100%の3-ケトーラクチトールを含む液に変換することができた。さらに洗浄菌体反応を続けることも可能であったが今回は8回(期間は1週間)で終了とした。これほど長期間反応が可能となった理由は、M31株はゆっくりラクチトールを代謝して栄養源を得ていたことであると推測している。実際希少糖を生産する場合にも洗浄菌体反応はよく使用される手段であるが、これほど長期間酵素活性を維持する例はこれまでにない。実際反応終了後の糖の回収率は65%の63gであった。図5に洗浄菌体反応の結果をHPLC分析結果で示す。
【0029】
[2]洗浄菌体反応後の精製(図9)
反応後の糖液には多くのタンパク質や菌体残渣が混在しているため、中空糸フィルターによる精製を実施した。旭化成製のマイクロモジュールSLP-1053(分画<分子量3000)を用いてタンパク質を除去した。この時点で相当する糖量は60g。
【0030】
精製後の3-ケトーラクチトール 30gを含有した液を500ml(6% w/v)に調製し、ラネーニッケル水素添加法によって3-ケトーラクチトールを還元させた。耐圧硝子工業株式会社製のTEM-1000Mを用いて50度で加温しつつ水素圧1.2Mpa(ゲージ圧)で700rpmに攪拌速度を保ち6時間反応を行った。ラネーニッケルの活性化は、以下のように実施した。50%ラネーニッケル(ナカライテスク(株)製)10gに対し、20%NaOH水溶液を100g添加した。添加後80℃、8時間の加温を行った。気泡の発生が止まったことを確認した後、デカンテーションにより蒸留水で触媒を洗浄した。洗浄は、洗浄液がpH9.2になるまで行った。図9に洗浄菌体反応後の精製の結果をHPLC分析結果で示す。
【0031】
(理論上、もとのラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールが1:1で生じるが、17.46分(ラクチトールのRT)のみで、構造が非常に類似するために、二者はこのカラムでは分離できないものと考えられる。26.39分はD-ソルビトール。3-ケトーラクチトールもしくはD-グルシル-D-ソルビトールが不安定なのか分解されているものと推定される。)
ラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールは脱塩樹脂によって異性化、もしくは二糖間の結合が切断される現象が見られた。これについての理由は明らかにしていないが、糖によっては脱塩処理を長時間処理した場合、異性化などの変化を受けてしまうことが一般的に知られている。本発明の3-ケトーラクチトール、D-グルシル-D-ソルビトールは新規物質であり、その性質については未知な部分が多い。しかし、この原因の解明は本発明の主眼とははずれるため実施しなかった。次のステップの支障となるためにD-ソルビトールの除去を実施した。ワンパス方式クロマト分離装置(日進機械(株)製 NK-26)を用いて上記した糖混合液27g相当を分離した。表5に分離条件および図10に分離後のHPLCの結果を以下に示す。
【0032】
【表5】
【0033】
上記の20画分のうちNo.6〜No.10までをラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールの100%画分として回収した。
【0034】
回収量は9.6gであった。27gのうち約1/3がソルビトールであったため残り18gがラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールであるので回収率は約53%であった。
【0035】
[4] ラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールの組成確認
前記の[3]で得られた糖がどのような糖から構成されているかを調べた。希塩酸を用いて酸加水分解を実施した。糖液を2%(w/v)濃度の480mlとし1Nの塩酸を等量混合させ、80度で6時間処理した。処理後、中和脱塩したのちHPLCで組成を分析した。その分析結果を図11に示す。
図11に示すように、
10分あたりのピークは除去しきれなかった塩
17.53分のピーク:D-ガラクトース
21.27分のピーク:D-グロース
26.45分のピーク:D-ソルビトール
これらの構成比はD-ガラクトース:D-グロース:D-ソルビトール=3.7:1.3:5であった。このことから得られた3-ケトーラクチトールから水素添加した際に生じる糖はラクチトール75%、D-グルシル-D-ソルビトール25%であることがわかった。
【0036】
理論上、もとのラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールが1:1で生じるはずであるが、実際の組成はおよそ3:1であった。この原因についてはさらに検討する必要がある。
【0037】
[5]D-グロースのNMRによる確認
前記の[4]で得られた酸加水分解液を回収・濃縮して約8.5g相当の糖液を得た。上記のワンパス方式クロマト分離装置を用いてD-グロースを精製した。条件と結果を表6に示す。
【0038】
【表6】
【0039】
98%以上の純度の画分(No.10およびNo.11)を回収した。収量は0.42gであった。図12に13C NMR(Authentic,Product)の分析結果を示す。
【0040】
この加水分解物からD−グロースが確認されたことは、本発明の基本的構想が正しいことを示している。すなわち二糖類であるラクチトールの非還元末端のD−ガラクトースの3位を酸化し、3ケトラクチトールとする。それを還元することで、希少糖D−グロースを含む二糖が生産されていることを確実に示している。
【産業上の利用可能性】
【0041】
希少糖の生産法に関しては、微生物反応や酵素反応を利用した研究が進められ全希少糖の生産戦略であるイズモリングを設計図として種々の研究が進められている。これらの単糖である各種希少糖は、量的にも多く生産できているため産業的な利用面での研究が進んでいる。
一方、希少糖を含む二糖に関する研究は、多糖の加水分解酵素の糖転移反応を用いた方法、シュークロースフォスフォリラーゼの逆反応を利用した方法などが開発されているが、何れも希少糖を作り、それを受容体として他の単糖を結合させるという方法である。そのため生産量も少なく、希少糖を原料として用いるためコストも高くなる欠点がある。本発明においては二糖類を原料として用いて、二糖に結合したまま構成糖である単糖を希少糖へ変換するという方法のため大量に生産が可能となる。
希少糖を含む二糖はこれまで十分量を得ることができなかったため、殆ど生理活性などの研究が行われていない。本発明によって量的に大量の生産が可能となる方法を確立できたことによって、今後、全く新しい糖質として、食品などへの用途の開発が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】ラクチトールを用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する酸化と還元反応を説明する化学式を示す図面である。
【図2】ラクトースを用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する酸化と還元反応を説明する化学式を示す図面である。
【図3】トレハロースを用い、二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する酸化と還元反応を説明する化学式を示す図面である。
【図4】分離した菌株について培養炭素源の影響を示す図面である。
【図5】M31株の1%ラクチトールを用いた洗浄菌体反応の結果を示す図面である。
【図6】二糖類の転換反応(培養MSM-スクロース):ケトース生産量の推移を示す図面である。
【図7】固定化微生物での相対活性の推移を示す図面である。
【図8】実施例1の洗浄菌体反応の結果をHPLC分析結果で示す図面である。
【図9】洗浄菌体反応後の精製の結果をHPLC分析結果で示す図面である。
【図10】分離後のHPLC分析結果を示す図面である。
【図11】ラクチトールとD-グルシル-D-ソルビトールの組成確認HPLC分析結果を示す図面である。
【図12】NMR(Authentic,Product)分析結果を示す図面である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料(基質)として二糖類を用い、該二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応により、希少糖を含む二糖類を生成させることを特徴とする少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項2】
上記の該二糖類のままで構成糖である単糖の希少糖への変換が、3ケト二糖類を経由する反応である請求項1に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項3】
3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する請求項2に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項4】
3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である請求項3または4に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項5】
上記の微生物反応が、3ケト二糖類を作る性質を有するアグロバクテリウム属微生物に由来する酸化酵素を作用させる酸化反応である請求項3または4に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項6】
上記の微生物が、アグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens、寄託番号NITE AP−489)である請求項3、4または5に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項7】
3ケト二糖類を還元する反応が有機化学的な還元反応による請求項4、5または6に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項8】
3ケト二糖類が、ラクチトールまたはラクトースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−グロースを構成単糖とするものである請求項4ないし7のいずれか一項に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項9】
3ケト二糖類が、トレハロースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−アロースを構成単糖とするものである請求項4ないし7のいずれか一項に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項10】
さらに反応混合物から希少糖を含む二糖類を分離する請求項1ないし9のいずれか一項に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項1】
原料(基質)として二糖類を用い、該二糖類のままで構成糖である単糖を希少糖へ変換する反応により、希少糖を含む二糖類を生成させることを特徴とする少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項2】
上記の該二糖類のままで構成糖である単糖の希少糖への変換が、3ケト二糖類を経由する反応である請求項1に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項3】
3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させる反応を包含する請求項2に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項4】
3ケト二糖類を経由する反応が、原料(基質)である二糖類の3位を微生物反応で酸化して3ケト二糖類を生成させ、これをさらに還元する反応である請求項3または4に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項5】
上記の微生物反応が、3ケト二糖類を作る性質を有するアグロバクテリウム属微生物に由来する酸化酵素を作用させる酸化反応である請求項3または4に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項6】
上記の微生物が、アグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens、寄託番号NITE AP−489)である請求項3、4または5に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項7】
3ケト二糖類を還元する反応が有機化学的な還元反応による請求項4、5または6に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項8】
3ケト二糖類が、ラクチトールまたはラクトースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−グロースを構成単糖とするものである請求項4ないし7のいずれか一項に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項9】
3ケト二糖類が、トレハロースを微生物酸化して得られたものであり、希少糖結合二糖が、希少糖D−アロースを構成単糖とするものである請求項4ないし7のいずれか一項に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【請求項10】
さらに反応混合物から希少糖を含む二糖類を分離する請求項1ないし9のいずれか一項に記載の少なくとも一の希少糖を構成単糖とする希少糖結合二糖の生産方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−225727(P2009−225727A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−75680(P2008−75680)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(506388060)合同会社希少糖生産技術研究所 (18)
【出願人】(000004569)日本たばこ産業株式会社 (406)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(506388060)合同会社希少糖生産技術研究所 (18)
【出願人】(000004569)日本たばこ産業株式会社 (406)
【Fターム(参考)】
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