説明

平繊繊維束の製造方法

【課題】マルチフィラメントを構成する繊維を損傷させることなく充分に開繊された帯状の繊維束(平繊繊維束)を得ることが可能であるとともに、開繊された後の繊維が元に戻ってしまうことがなく、しかも設備の小型化と設備コストの削減を図ることができる平繊繊維束の製造方法を提供すること。
【解決手段】複数本の繊維からなるマルチフィラメントを平らに拡げて帯状の平繊繊維束を製造する方法であって、前記マルチフィラメントを負の酸化還元電位を有する還元水に浸漬することにより平繊繊維束を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は平繊繊維束の製造方法に関し、より詳しくは、複数本の繊維からなるマルチフィラメントを還元水中に浸漬することによって平らに拡げて帯状の平繊繊維束を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数本の繊維からなるマルチフィラメントを帯状に開繊するための方法としては、例えば以下のような方法が公知である。
(1)マルチフィラメントに静電気を作用させて反発力を生じさせて開繊する静電開繊法
(2)マルチフィラメントに空気流や水流を当てて衝撃力により開繊するジェット開繊法
(3)マルチフィラメントを回転するプレスロールの間に通して押し潰すことにより開繊するプレス開繊法
(4)水中に浸漬したマルチフィラメントに超音波振動を与えて開繊する超音波開繊法(例えば、下記特許文献1乃至3参照)。
【0003】
しかしながら、上記したような従来の方法は、いずれもマルチフィラメントに対して物理的外力を作用させることにより開繊させる方法であるため、マルチフィラメントを構成する繊維が損傷してしまうおそれがあった。
繊維の損傷を防ぐためには、マルチフィラメントに作用させる物理的外力を小さくすればよいが、そうすると開繊が充分に行われない可能性があり、しかも開繊された後の繊維が時間の経過に伴って元に戻ってしまう場合があった。
更に、マルチフィラメントに対して物理的外力を作用させるための装置(例えば、ジェット流発生装置や超音波発生装置など)を必要とするから、設備の大型化や設備コストの増加を招いていた。
【0004】
【特許文献1】特公平4−70420号公報
【特許文献2】特開平7−145556号公報
【特許文献3】特許第3382603号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記したような従来技術の問題点に鑑みてなされたものであって、マルチフィラメントを構成する繊維を損傷させることなく充分に開繊された帯状の繊維束(平繊繊維束)を得ることが可能であるとともに、開繊された後の繊維が時間の経過に伴って元に戻ってしまうことがなく、しかも設備の小型化と設備コストの削減を図ることができる平繊繊維束の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に係る発明は、複数本の繊維からなるマルチフィラメントを平らに拡げて帯状の平繊繊維束を製造する方法であって、前記マルチフィラメントを負の酸化還元電位を有する還元水に浸漬することを特徴とする平繊繊維束の製造方法に関する。
【0007】
請求項2に係る発明は、前記還元水の酸化還元電位が−800mV以下であることを特徴とする請求項1記載の平繊繊維束の製造方法に関する。
【0008】
請求項3に係る発明は、マルチフィラメントを還元水に浸漬して平らに拡げた後、接着剤を含む液中に浸漬し、更に乾燥させることを特徴とする請求項1又は2記載の平繊繊維束の製造方法に関する。
【0009】
請求項4に係る発明は、前記繊維が炭素繊維であることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の平繊繊維束の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
請求項1に係る発明によれば、複数本の繊維からなるマルチフィラメントを負の酸化還元電位を有する還元水に浸漬することにより、超音波等の物理的外力を作用させることなく、繊維を平らに拡げて帯状の平繊繊維束を製造することができるため、マルチフィラメントを構成する繊維を損傷させることなく充分に開繊された帯状の繊維束(平繊繊維束)を得ることが可能である。また、物理的外力を作用させるための装置を必要としないから、設備の小型化と設備コストの削減を図ることができる。
【0011】
請求項2に係る発明によれば、還元水の酸化還元電位が−800mV以下であるため、繊維を短時間で確実に平らに拡げて帯状の平繊繊維束を得ることができるとともに、得られた平繊繊維束は元に戻りにくい。
【0012】
請求項3に係る発明によれば、マルチフィラメントを還元水に浸漬して平らに拡げた後、接着剤を含む液中に浸漬し、更に乾燥させることにより、平らに拡がった繊維が接着剤によって固められるため、時間が経過しても元に戻ることがなく、しかも高い機械的強度を有する平繊繊維束が得られる。
【0013】
請求項4に係る発明によれば、折れ易い炭素繊維からなるマルチフィラメントについて、繊維を損傷させることなく充分に開繊された帯状の繊維束を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る平繊繊維束の製造方法の好適な実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
本発明に係る平繊繊維束の製造方法は、複数本の繊維からなるマルチフィラメントを平らに拡げて帯状の平繊繊維束を製造する方法であって、図1は本発明に係る製造方法の一例を概略的に示すフロー図である。
【0015】
本発明に係る製造方法が適用されるマルチフィラメントとしては、代表的な例として、無撚炭素繊維の3K(3000本束)、6K(6000本束)、12K(12000本束)等を例示することができる。炭素繊維としては、アクリル系、ピッチ系のいずれであっても適用可能である。
【0016】
但し、本発明に係る製造方法は、炭素繊維以外の他の種類の繊維(例えば、ガラス繊維、セラミック繊維、アロマチック・ポリアミド繊維など)からなるマルチフィラメントに対しても適用することが可能である。
【0017】
図1に示すように、本発明に係る製造方法においては、マルチフィラメント(F)は、給糸ローラ(1)から連続的に繰り出されて、水槽(2)内に貯留された水中に所定時間浸漬される。
【0018】
本発明において、水槽(2)内に貯留された水は、負の酸化還元電位を有する還元水とされている。
普通の水は正の酸化還元電位(水道水の場合:+400〜+600mV程度)を有しているが、還元水は負の酸化還元電位を有しており、水分子クラスターが小さく、優れた浸透力を有している。
マルチフィラメント(F)は、このような還元水中に浸漬されることによって、超音波等の物理的外力を作用させることなく自然に拡がる。
【0019】
本発明において用いられる還元水は、酸化還元電位が−800mV以下のものとすることが好ましい。
このような酸化還元電位が低い還元水を用いることにより、マルチフィラメントを構成する繊維を短時間で確実に平らに拡げて帯状の平繊繊維束を得ることが可能となる。また、得られた平繊繊維束が元に戻りにくいものとなる。
【0020】
本発明において用いられる還元水の製法は特に限定されるものではないが、例えば以下の方法を例示することができる。
<1.ガスバブリング法>
窒素ガス又は水素ガスのバブリングにより、水中の酸素濃度を低下させ、酸化還元電位を低下させる。
<2.ヒドラジンの添加による方法>
ヒドラジンを添加することにより、水中の酸素濃度を低下させ、酸化還元電位を低下させる。
<3.電気分解による方法>
(a)正負の波高値及び/又はデューティー比が非対称な高周波電圧を印加して水の電気分解を行い、酸化還元電位を低下させる。
(b)電極を1枚のグランド電極(カソード極)と、アノード極とカソード極が交互に変化する2枚のPtとTiからなる特殊形状電極(菱形網状電極又は六角形網状電極)から構成し、高周波電圧を印加して水の電気分解を行い、酸化還元電位を低下させる。
【0021】
本発明においては、上記した方法のうち、特に「3(b)」の方法により得られた還元水を用いることが好ましい。
これは、「3(b)」の方法によれば、他の方法に比べて、より容易且つ確実に酸化還元電位が低く(−800mV以下)、負の酸化還元電位を長時間にわたって維持できる還元水が得られるためである。
尚、「3(b)」の方法を実施するための装置については、本願出願人が特開2000−239456号公報において開示しており、この開示内容に基づいて実施することが可能である。
【0022】
本発明においては、マルチフィラメント(F)を、上記したような還元水中に浸漬させることによって物理的外力を作用させることなく自然に拡げる(開繊する)ことができるが、この開繊作用を補助するために、図2に示すような構成を採用してもよい。
【0023】
図2(a)は、水槽(2)中においてマルチフィラメント(F)を支持して搬送させる2つの搬送ローラ(3)のうち、2番目のローラ(31)に開繊作用をもたせたものである。
具体的には、2番目のローラ(31)の断面(回転軸に沿った断面)形状を、図中に引き出された矢印の先に示しているように、両端から中央に向けて膨らんだ形状とすることにより、ローラ(31)の表面に沿って繊維が拡がり易くしたものである。
【0024】
図2(b)は、水槽(2)中に搬送ローラ(3)を3つ以上(図では3つ)設けることにより、マルチフィラメントを屈曲させながら搬送するように構成し、2番目以降のローラ(図では2番目のローラ)(32)に開繊作用をもたせたものである。
具体的には、ローラ(32)を図2(a)の場合と同様の断面形状とすることにより、ローラ(32)の表面に沿って繊維が拡がり易くしたものである。
【0025】
図2(c)は、水槽(2)中においてマルチフィラメント(F)を支持して搬送させる搬送ローラ(3)の間に平板(4)を設け、マルチフィラメントがこの平板(4)の表面に沿って搬送されることにより、繊維が平らに拡がり易くしたものである。
【0026】
図2(d)は、水槽(2)中においてマルチフィラメント(F)を支持して搬送させる搬送ローラ(3)に平ベルト(5)を巻回し、マルチフィラメントがこの平ベルト(5)の表面に沿って搬送されることにより、繊維が平らに拡がり易くしたものである。
【0027】
水槽(2)を通って還元水に浸漬されることにより平らに拡げられた繊維(平繊繊維束)は、水槽(2)から取り出された後、引き続いて第2の水槽(6)内に連続的に導入される。
第2の水槽(6)内には、接着剤を含む液が収容されており、還元水に浸漬されることにより得られた平繊繊維束は、第2の水槽(6)内において接着剤を含む液に浸漬される。
接着剤としては、洗濯糊のような水溶性の糊、PVA(ポリビニルアルコール)、フェノール樹脂、PTFEディスパージョン、エポキシ樹脂、黒鉛ナノディスパージョン、シリコン樹脂、グリコール、水溶性粘土ディスパージョン、その他有機又は無機材含有分散溶液が好適に用いられる。
【0028】
このように、平繊繊維束が接着剤を含む液内に浸漬されることにより、拡がった繊維と繊維の間に接着剤が浸透する。
図3は、これまでの工程を模式的に示す図であり、複数本の繊維からなるマルチフィラメント(F)は、還元水に浸漬されることによって繊維(F1)が平らに拡がった平繊繊維束(H)となり、この平繊繊維束(H)が接着剤を含む液内に浸漬されることにより繊維(F1)の間に接着剤(S)が浸透する。
【0029】
本発明においては、接着剤を溶かす溶媒として上述した還元水を用いてもよく、このようにすると、接着剤の浸透力を高めることができる。
また、本発明においては、第2の水槽(6)を設けずに、還元水に浸漬されることにより平らに拡げられた繊維(平繊繊維束)に対して、接着剤を含む液を霧状にして吹き付ける方法を採用してもよい。
【0030】
接着剤を含む液内に浸漬された後の平繊繊維束は、第2の水槽(6)から取り出された後、乾燥装置(7)に供給されて乾燥処理が施される。
乾燥装置(7)の種類は特に限定されず、ヒーター加熱装置でもよいし、温風加熱装置でもよいし、遠赤外線を利用した加熱装置でもよい。但し、本発明に係る方法においては、必ずしも乾燥装置(7)を設ける必要はなく、自然乾燥を行ってもよい。
【0031】
接着剤を含む液内に浸漬された後の平繊繊維束が乾燥することによって、拡がった繊維と繊維の間に浸透した接着剤が固化する。
このように、繊維が平らに拡がった状態で接着剤により固められることにより、時間が経過しても元に戻ることがなく、しかも高い機械的強度を有する平繊繊維束が得られる。
【0032】
乾燥装置(6)を通過して接着剤が固化された後の平繊繊維束は、巻き取りローラ(8)に巻き取られ、これにより平繊繊維束の製造が完了する。
【0033】
以上説明したように、本発明に係る方法によれば、物理的外力を作用させることなく、繊維を平らに拡げて帯状の平繊繊維束を製造することができる。
但し、本発明においては、物理的外力を作用させることを完全に排除するものではなく、本発明に係る方法と従来の物理的外力を作用させる方法を組み合わせてもよい。
【0034】
例えば、上記した水槽(2)中に超音波発生装置を設置し、還元水中に浸漬されたマルチフィラメントに対して超音波を当てる方法を採用することも可能である。
この場合、還元水の開繊作用によって、超音波の出力を弱くしても充分な開繊が得られるため、繊維の損傷を確実に防ぎつつ、充分に拡がった帯状の平繊繊維束を効率良く製造することができるという効果が奏される。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、複数本の繊維からなるマルチフィラメントから帯状の平繊繊維束を製造するために利用される。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係る製造方法の一例を概略的に示すフロー図である。
【図2】開繊作用を補助するための構成の例を示す図である。
【図3】本発明に係る製造方法におけるマルチフィラメントの形態の遷移を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0037】
1 給糸ローラ
2 水槽
3 搬送ローラ
4 平板
5 平ベルト
6 第2の水槽
7 乾燥装置
8 巻き取りローラ
F マルチフィラメント
F1 マルチフィラメントを構成する繊維
H 平繊繊維束

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数本の繊維からなるマルチフィラメントを平らに拡げて帯状の平繊繊維束を製造する方法であって、前記マルチフィラメントを負の酸化還元電位を有する還元水に浸漬することを特徴とする平繊繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記還元水の酸化還元電位が−800mV以下であることを特徴とする請求項1記載の平繊繊維束の製造方法。
【請求項3】
マルチフィラメントを還元水に浸漬して平らに拡げた後、接着剤を含む液中に浸漬し、更に乾燥させることにより前記接着剤を固化させることを特徴とする請求項1又は2記載の平繊繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記繊維が炭素繊維であることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の平繊繊維束の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−270360(P2007−270360A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−93687(P2006−93687)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(390015679)ジャパンマテックス株式会社 (19)
【Fターム(参考)】