説明

平面パッチクランプ用支持体の製造方法

【課題】均一な形状の孔を有する平面パッチクランプ用支持部材の製造方法を提供し、安定した測定に寄与することを目的とする。
【解決手段】凹条部を有する第1基材を作成する第1ステップと、
前記第1基材の前記凹条部を覆うように前記第1基材に第2基材を当着して、中空部を有する複合基材を作成する第2ステップと、
前記中空部の軸線と交わる面で前記複合基材をスライスする第3ステップと、
からなる平面パッチクランプ用支持体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平面パッチクランプ用の支持体の作成方法に関する。また、高アスペクトレシオの細孔を有するプレートの作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、医学、生物学の分野でパッチクランプ法を用いた研究が行われている。パッチクランプ法によれば、生体膜が有するイオンチャネルの電気生理学的特性を調べることができる。通常、パッチクランプ法では、先端の開口部が直径数100nmという微小のピペットを使用して、その先端と生体膜とを密着させてギガシールを形成して測定を行う。しかし、ギガシールの形成には熟練が要され、熟練者であっても作業に時間がかかる。そこで、ギガシールの形成が容易な方法として、ピペットの代わりに微小な孔を有する平板状の支持体を使用する平面(プラナー)パッチクランプ法が提案されている。たとえば、特許文献1には、成形型によって形成された孔を有するPDMS製平板を、生体膜とギガシールを形成する支持体として用いる平面パッチクランプ法が開示されている。
【0003】
【特許文献1】米国特許出願番号10/698,936
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の支持体の孔は、シリコン製の鋳型によりPDMS製樹脂に錐状の凹部を形状した後、当該凹部の底部の一部を切り取ることにより形成される。かかる方法では、孔の形状にバラつきが生じやすく、均一な孔を作成することが困難であった。このような支持体を使用すれば、安定した測定を行うことが困難であった。
そこで本発明は、均一な形状の孔を有する平面パッチクランプ用支持部材の製造方法を提供し、安定した測定に寄与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の目的を達成するため本発明の平面パッチクランプ用支持体の製造方法は以下のステップからなる。即ち、
凹条部を有する第1基材を作成する第1ステップと、
前記第1基材の前記凹条部を覆うように前記第1基材に第2基材を当着して、中空部を有する複合基材を作成する第2ステップと、
前記中空部の軸線と交わる面で前記複合基材をスライスする第3ステップと、
からなる平面パッチクランプ用支持体の製造方法である。
【発明の効果】
【0006】
本発明の平面パッチクランプ用支持体の製造方法では、中空部の軸線に交わる面で複合基材をスライスして平面パッチクランプ用支持体が作製される。これにより、平面パッチクランプ用支持体は複合基材の中空部に由来する孔を備える。この製造方法によれば、均一な形状の孔を備える平面パッチクランプ用支持体を複数作成することが容易となる。かかる均一な孔を備える平面パッチクランプ用支持体によれば、安定した測定を行うことができる。さらに、複合部材を所望の厚さでスライスすることにより所望の厚さの平面パッチクランプ用支持体を作成することができるが、かかる厚みを大きくしても孔の形状は厚み方向に一定とすることができる。これにより、孔の奥行きに比べて孔の開口部の幅が十分小さい(高アスペクトレシオな)孔を有する平面パッチクランプ用支持体を作成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に本発明の平面パッチクランプ用支持体の製造方法について詳細に説明する。
本発明の平面パッチクランプ用支持体の製造方法における第1ステップでは、凹条部を有する第1基材を作成する。凹条部を作成する方法は、鋳造、エッチング、切削などを公知の方法を採用することができる。鋳造により行う場合は、凸条部を有する鋳型部材を使用する。このとき鋳型部材はシリコンウェハーであることが好ましい。シリコンウェハーはリソグラフィやプラズマ照射などのシリコン微細加工技術により、高精度の微細加工を施すことができるため、高精度の鋳型とすることができるからである。また、直線状の切込みにより凹条部を形成することもできる。この方法によれば、簡易に凹条部を作成することができる。凹条部の形状は、任意の形状を採用することができる。例えば、その横断面において、四角形、三角形、円形、楕円形、又はこれらを組み合わせた形状、或いはこれらの一部の形状とすることができる。凹条部はそれが連続する方向に一定の形状であってもよいし、その一部の領域の断面形状が他の領域の断面形状と異なっていてもよい。凹条部の大きさは特に限定されないが、単一チャネルのコンダクタンスを測定することを考慮すれば、0.05〜50μm、好ましくは0.05〜10μm、さらに好ましくは0.05〜5μmとする。なお、第1基材は複数の凹条部を備えていても良い。
【0008】
第2ステップでは、第1基材の凹条部を覆うように第2基材を当着して、中空部を有する複合基材を作成する。当着する方法としては、接着剤による接着、熱、プラズマもしくは高周波による溶融接着など公知の方法を採用できる。第2基材の形状は、第1基材の凹条部を覆って中空部が形成される形状であれば、特に限定されない。例えば、平板状とすることができる。第2基材の形状を第1基材の形状と同一の形状としてもよい。このとき第1基材の凹条部と第2基材の凹条部が対向するように第1基材に第2基材を当着してもよい。
【0009】
第3ステップでは、複合基材をその中空部の軸線と交わる面でスライスして、平面パッチクランプ用支持体を作成する。ここでいう中空部の軸線とは、中空部の中心を通り、中空部が連続する方向に平行な仮想線を指す。かかる軸線と交わる面で複合基材をスライスすれば、そのスライス面には中空部に由来する孔が存在することとなる。スライスする角度は特に限定されない。例えば、スライス面と中空部の軸線とが垂直となるようにスライスしてもよいし、スライス面が中空部の軸線に対して傾斜するようにスライスしてもよい。スライスする幅(厚さ)は任意に設定することができる。例えば、スライスする幅を10〜500μm、好ましくは50〜250μm、より好ましくは100〜200μmである。なお、生体膜の孔へのギガシール形成を促進する目的で、平面パッチクランプ用支持体表面全域又は孔付近に、生体膜と親和性の高い材料をコーティングするなどの表面処理を行っても良い。表面処理としては、フィブロネクチン処理、プラズマ放電、コロナ放電など公知の表面処理を採用することができる。もちろん、表面処理を施さなくとも、陰圧をかけて生体膜を孔へ密着させてギガシールを形成させても良い。
【0010】
第1基材及び第2基材の材質は特に限定されない。例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)などのシリコンエラストマー、熱硬化樹脂、光硬化樹脂などを採用できる。中でも、PDMSを第1基材及び第2基材の材質として採用することが好ましい。PDMSは成形性、安定性が高いことに加え、形状弾性を有する。PDMS製の平面パッチクランプ用支持体とすれば、その形状弾性を利用して、支持体に引張力又は圧縮力をかけることにより、孔を変形させることができる。生体膜がギガシールされている孔を変形させれば、その生体膜自体に引張力又は圧縮力をかけることができる。ギガシールされた生体膜内に機械受容チャネル(メカノセンシティブチャネル)が存在すれば、かかる支持体に引張力又は圧縮力をかけることにより、そのチャネル活性の変化を観測することができる。さらに、従来のピペットを使用するパッチクランプ法では、ピペット内に陰圧を加えることでギガシールされた生体膜に引張力をかけることはできるが、実際に生体膜にかかる引張力を定量的に記録することが極めて困難であった。一方、本発明の支持体によれば、支持体にかけた引張力又は圧縮力から、生体膜にかかる引張力又は圧縮力を定量的に記録することが可能となる。これにより、機械受容チャネルのチャネル活性をより詳細に測定することができる。
【実施例】
【0011】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。図1に本発明の一の実施例である平面パッチクランプ用支持体の製造方法のフロー図を示す。図1に示すように本実施例の製造方法はステップS1〜3を備える。図1に示すように、凹条部を有する第1基材を作成する(ステップS1)。次に、第1基材の凹条部を覆うように第2基材を第1基材に当着して、中空部を有する複合基材を作成する(ステップS2)。その後、中空部の軸線と交わる面で複合基材をスライスする(ステップ3)。各ステップにおける詳細は以下の通りである。
ステップS1において、第1基材11は鋳型12を使用して成型する。第1基材11と鋳型12の模式図を図2に示す。第1基材11の材質はPDMSである。鋳型12はシリコンウェハー製である。鋳型12の上面には凸条部12aが一般的なエッチングプロセスによって成形されている。凸条部12aは幅800nm、高さ800nmである。第1基材11の成形は、未重合のPDMSを鋳型12の上に流し込み65℃に加熱して重合を促進させて固化させる。このとき、鋳型12の周囲には第1基材11の側壁を規定するケース(図示せず)が設けられているも者とする。これにより、鋳型12を鋳型として凹条部11aを有する第1基材11が形成される。
ステップS2において使用する第2基材13の材質は、第1基材11と同様にPDMSである。第1基材11と第2基材の模式図を図3に示す。第1基材11と第2基材13との対向面にはそれぞれプラズマ処理され、汎用的な接着材で接着される。これにより複合基材14が作成される。図4に複合基材14の模式図を示す。第2基材13の第1基材11側の面13aは平面となっており、これと凹条部11aとにより複合基材14の中空部14aが形成される。
ステップS3において、複合基材14は、中空部14の軸線14c(図4において破線で示す)に垂直な方向に、200μmの厚さにスライスされ、平面パッチクランプ用支持体15が作成される。平面パッチクランプ用支持体15(以下、「支持体15」ともいう)は、中空部14に由来する孔15aを備える。図7に孔15aの顕微鏡写真を示す。孔15aの形状は、約800nm四方の正方形で、深さが200μmである。孔15aの断面形状は、深さ(奥行き)にかかわらず約800nm四方の正方形で一定であって、そのアスペクトレシオは250である。
【0012】
本製造方法によれば、均一な形状の孔15aを有する平面パッチクランプ用支持体15を作成することができる。かかる支持体15を使用すれば、安定した測定を行うことができる。さらに、孔15aは高いアスペクトレシオを有する。即ち、孔15aは約800nm四方の正方形という微小な開口の形状に対して、200μmという大きな深さを有する。この深さは、ステップS3においてスライスする際の厚みであり、厚みは実質的に任意の値とすることができる。即ち、より高いアスペクトレシオを有する孔を作成することも可能である。即ち、本発明の製造方法によれば、従来は難しかったμmオーダーでの高アスペクトレシオの孔15aを作成することができる。さらに、本発明の製造方法によれば、一定形状の孔15aを作成することができ、かつその形状を正確にコントロールすることができる。正確にコントロールされた一定形状の孔15aを有する支持体15を使用すれば、支持体15に引張力(ストレッチ)をかけて孔15aを変形させたときの変形量を定量的に計測することができる。
【0013】
本実施例の平面パッチクランプ用支持体の製造方法によって作成された支持体15の使用形態を以下に説明する。図8に使用形態の模式図を示す。所定のパッチクランプ用溶液に静置した支持体15の孔15a上に試料細胞16を滴下する。その後、孔15aの下方から陰圧をかけて孔15aへ、試料細胞16の生体膜を密着させてギガシールを形成させる。ここで、孔15aの大きさは、試料細胞16の大きさに比べて十分小さいため、ギガシールされた生体膜上には1〜数分子のイオンチャネル17が存在することとなる。かかるイオンチャネル17は、平面パッチクランプの常法により、そのシングルチャネルレコーディングが可能となる。
イオンチャネル17が機械受容イオンチャネルであれば、そのチャネル活性の変化を詳細に測定することができる。支持体15に引張力(ストレッチ)をかけると、これに伴って生体膜にストレッチがかかる。これにより、イオンチャネル17のチャネル活性が変化する。これをパッチクランプにより電気生理学的に測定することができる。図9に孔15a付近の拡大模式図を示す。支持体15に引張力がかかると、孔15aは例えば、図9の紙面左右方向(矢印で示した方向)に広がることとなる。これにより、ギガシールを形成している生体膜16aへも同様に引張力がかかる。この引張力はイオンチャネル17に連結されたアクチンフィラメント18により、シグナルとしてイオンチャネル17に伝えられる。かかるシグナルを受けたイオンチャネル17はそのチャネル活性が変化し、例えば、そのチャネルポアが開き特定のイオンが取り込まれることとなる。なお、本実施例では、測定対象として機械受容イオンチャネルを挙げたが、これに限定されず、様々イオンチャネルを測定対象とすることができる。
【0014】
以上、平面パッチクランプ用支持体の製造方法について述べたが、本発明の他の局面では、以下のように展開することもできる。即ち、
凹条部を有する第1基材を作成する第1ステップと、
前記第1基材の前記凹条部を覆うように前記第1基材に第2基材を当着して、50μm以下の径の中空部を有する複合基材を作成する第2ステップと、
前記中空部の軸線と交わる面で前記複合基材を、前記中空部の径の10倍以上の幅でスライスする第3ステップと、
からなる高アスペクトレシオの細孔を有するプレートの製造方法である。
【0015】
上記プレートの製造方法の第2ステップにおいて、中空部の径は、50μm以下、好ましくは10μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。また、第3ステップにおいてスライスする幅は中空部の径の10倍以上であり、例えば、50μm以上、好ましくは100μm以上、さらに好ましくは500μm以上である。かかる製造法によれば、孔の奥行き(即ちプレートの幅)に比べて、孔の開口部の幅が十分小さい(高アスペクトレシオな)孔を有するプレートを作成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明は、医療又は生物分野における、試験、研究、開発にその利用が図られる。より詳しくは、薬剤等のスクリーニング、薬剤耐性試験等にその利用が図られる。
【0017】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一の実施例である平面パッチクランプ用支持体の製造方法のフロー図である。
【図2】ステップS1における第1基材11と鋳型12の模式図である。
【図3】ステップS2における第1基材11と第2基材の模式図である。
【図4】ステップS2における複合基材14の模式図である。
【図5】ステップS3における支持体15の模式図である。
【図6】ステップS3における支持体15の模式図である。
【図7】支持体15の孔15aの電子顕微鏡写真である。
【図8】支持体15の使用形態を示す模式図である。
【図9】イオンチャネル17のシングルチャネルレコーディングの模式図である。
【符号の説明】
【0019】
11 第1基材
11a 凹条部
12 鋳型
12a 凸条部
13 第2基材
14 複合基材
14a 中空部
15 平面パッチクランプ用支持体
15a 孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹条部を有する第1基材を作成する第1ステップと、
前記第1基材の前記凹条部を覆うように前記第1基材に第2基材を当着して、中空部を有する複合基材を作成する第2ステップと、
前記中空部の軸線と交わる面で前記複合基材をスライスする第3ステップと、
からなる平面パッチクランプ用支持体の製造方法。
【請求項2】
前記第1基材及び前記第2基材が、ポリジメチルシロキサン(PDMS)からなる、請求項1に記載の平面パッチクランプ用支持体の製造方法。
【請求項3】
前記第1ステップにおいて、前記第1基材の前記凹条部は、凸条部を有する鋳型部材を鋳型として作成する、請求項1に記載の平面パッチクランプ用支持体の製造方法。
【請求項4】
前記鋳型部材はシリコンウェハーからなる、請求項3に記載の平面パッチクランプ用支持体の製造方法。
【請求項5】
凹条部を有する第1基材を作成する第1ステップと、
前記第1基材の前記凹条部を覆うように前記第1基材に第2基材を当着して、50μm以下の径の中空部を有する複合基材を作成する第2ステップと、
前記中空部の軸線と交わる面で前記複合基材を、前記中空部の径の10倍以上の厚さでスライスする第3ステップと、
からなる高アスペクトレシオの細孔を有するプレートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−300866(P2007−300866A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−133193(P2006−133193)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】