説明

幹細胞の分化能の評価方法

【課題】幹細胞が生体内で奇形腫等の腫瘍を形成する細胞であるか、或いは生体内で腫瘍形成なく種々の細胞に分化し、正常な組織構成に寄与し得る細胞であるかを簡便に検定する方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、以下の工程を含む、幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得る可能性を評価する方法を提供する:
(1)評価対象の幹細胞を非ヒト哺乳動物の所望の組織の原基中に移植すること、
(2)該組織原基をインビトロで培養すること、
(3)培養した該組織原基における移植された幹細胞由来の細胞の分散の程度を指標に、該幹細胞が生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性を判定すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否か評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の幹細胞研究の進歩により多分化能を示す種々の幹細胞が樹立されている。臨床レベルでこれらの幹細胞を用いて臓器や組織を適切に再生するためには、使用する幹細胞が、目的臓器に適切に分化し、且つ正常な組織形態を構築し得ることを予め確認しておくことが重要である。
【0003】
現在までに樹立された幹細胞のうちES細胞やiPS細胞は、きわめて効率よく増殖し、種々の細胞へと分化し得る能力を有しているものの(非特許文献1)、これをそのまま生体内へ移植すると、多くの場合正常な組織構築へ寄与することが出来ずに、奇形腫を形成してしまう(非特許文献2)。一方、間葉系幹細胞(MSC)などの体性幹細胞は、インビトロでの継代培養においてはしばしば増殖停止(replicative senescence)を起すが、生体内へ移植すると腫瘍形成なく種々の細胞に分化し、正常な組織構築へ寄与する(非特許文献3)。しかし、上記2つの性質のうち、幹細胞がいずれの性質を有しているかを確認するためには、多くの反復培養や分化誘導試験を行わなければならないため、多くの時間を費やしてしまう。従って、組織や臓器へ確実に分化する幹細胞を迅速に開発するため、種々の幹細胞が上述のいずれの性質を有するか、そして幹細胞が奇形腫形成を起こさないように改良されているかを簡便にスクリーニングする方法の確立が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nagata M. et al., J. Gene Med., vol. 5; p. 921, 2003
【非特許文献2】Asano T. et al., Methods Mol. Bio., vol. 329; p. 459, 2006
【非特許文献3】Hara M. et al., J. Autoimmun., vol. 30; p. 163, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、幹細胞が生体内で奇形腫等の腫瘍を形成する細胞であるか、或いは生体内で腫瘍形成なく種々の細胞に分化し、正常な組織構成に寄与し得る細胞であるかを簡便に検定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、幹細胞を蛍光遺伝子の導入等により蛍光標識し、哺乳動物の胎児腎臓原基に打ち込んで得られる蛍光イメージにおける細胞の分散の程度に基づき、幹細胞の腫瘍形成能の有無を容易に判定し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]以下の工程を含む、幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否か評価する方法:
(1)評価対象の幹細胞を非ヒト哺乳動物の所望の組織の原基中に移植すること、
(2)該組織原基をインビトロで培養すること、
(3)培養した該組織原基における移植された幹細胞由来の細胞の分散の程度を指標に、該幹細胞が生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性を判定すること。
[2]評価対象の幹細胞が、移植される組織原基の細胞と識別し得るように標識されている、[1]記載の方法。
[3]標識が蛍光標識である、[2]記載の方法。
[4]組織が腎臓である、[1]記載の方法。
[5]幹細胞が間葉系幹細胞である、[1]記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法を用いれば、幹細胞が生体内で奇形腫等の腫瘍を形成する細胞であるか、或いは生体内で腫瘍形成なく種々の細胞に分化し、正常な組織形成に寄与し得る細胞であるかを簡便に検定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】サルES細胞を移入したメタネフロンの蛍光イメージの経時的変化を示す。
【図2】サルES細胞を移入したメタネフロンの可視光イメージを示す。奇形腫が形成され、3つの胚葉系への分化が認められた。
【図3】ブタMSCを移入したメタネフロンの蛍光イメージの経時的変化を示す。
【図4】マウスiPS細胞を移入したメタネフロンの蛍光イメージの経時的変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、以下の工程を含む、幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否か評価する方法を提供するものである:
(1)評価対象の幹細胞を非ヒト哺乳動物の所望の組織の原基中に移植すること、
(2)該組織原基をインビトロで培養すること、
(3)培養した該組織原基における移植された幹細胞由来の細胞の分散の程度を指標に、該幹細胞が生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性を判定すること。
【0011】
本明細書中、「幹細胞」とは、自己複製能及び分化・増殖能を有する未熟な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、それ自体では個体になることが出来ないが、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。
【0012】
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、EG細胞、iPS細胞等を挙げることが出来る。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上で培養することにより製造することが出来る。EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る(Cell, 70: 841-847, 1992)。iPS細胞は、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞等)にOct3/4、Sox2及びKlf4(必要に応じて更にc−Myc又はn−Myc)を導入することにより製造することが出来る(Cell, 126: p. 663-676, 2006;Nature, 448: p. 313-317, 2007;Nat Biotechnol, 26: p. 101-106, 2008;Cell 131: 861-872, 2007)。体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した幹細胞も、多能性幹細胞としてまた好ましい(Nature, 385, 810 (1997);Science, 280, 1256 (1998);Nature Biotechnology, 17, 456 (1999);Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999))、Rideout IIIら (Nature Genetics, 24, 109 (2000))。
【0013】
複能性幹細胞としては、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞等の体性幹細胞等を挙げることが出来る。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞である。間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞等の全て又はいくつかへの分化が可能な幹細胞又はその前駆細胞の集団を広義に意味する。間葉系幹細胞は腎臓のエリスロポエチン産生細胞への分化能を有し得る(Transplantation 85: 1654-1658, 2008)。複能性幹細胞は、自体公知の方法により、生体から単離することが出来る。例えば、間葉系幹細胞は、哺乳動物の骨髄液、末梢血、臍帯血等から公知の一般的な方法で採取することが出来る。例えば、骨髄穿刺後の造血幹細胞等の培養、継代によりヒト間葉系幹細胞を単離することができる(Journal of Autoimmunity, 30 (2008) 163-171)。複能性幹細胞は、上述の多能性幹細胞を適切な誘導条件下で培養することによっても得ることが出来る。
【0014】
評価の対象となる幹細胞は、好ましくは、ES細胞、EG細胞、iPS細胞、複能性幹細胞(例えば間葉系幹細胞)等である。
【0015】
本発明において用いられる幹細胞が由来する哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等を挙げることが出来る。樹立された幹細胞の癌原性は、マウス等では見られなくてもイヌやサルなどの大型哺乳動物の幹細胞で認められるケースが報告されている(Xiao-Bing Zhang, et al. JCI 118;1502,2008)こと等の理由から、本発明の方法は、有蹄目、ネコ目及び霊長類の幹細胞の評価に有利である。
【0016】
本発明の方法は、例えば、幹細胞による特定の組織の再生医療を行うに先立って、その幹細胞が所望の組織を構成する細胞へ適切に分化し得るか否かを評価する目的で実施される。従って、評価対象となる幹細胞は、所望の組織(例えば腎臓)を構成する細胞へ生体内で分化することが期待される幹細胞である。
【0017】
「生体内での所望の組織を構成する細胞への分化」とは、幹細胞を生体内の当該所望の組織またはその組織の原基内へ移植した場合に、幹細胞が当該組織を構成する細胞へ分化することを意味する。例えば多能性幹細胞等については、本来的には全ての組織や細胞へ分化する能力を有しているにも関わらず、生体内の組織へ移植すると当該組織を構成する細胞へ分化せずに奇形腫を生じてしまう場合があることが知られている。本発明の方法を用いれば、幹細胞を生体内へ移植したときに、このように奇形腫等の腫瘍を形成せずに適切に所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否かを簡便に評価することが出来る。
【0018】
「組織」の種類は、特に限定されるものではないが、例えば、腎臓、脳、脊髄、胃、膵臓、肝臓、甲状腺、骨髄、皮膚、筋肉、肺、消化管(例: 大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、末梢血、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、骨格筋等を挙げることが出来る。
【0019】
「組織の原基」とは、哺乳動物の胎仔における当該組織の発生相当部位をいう。例えば、腎臓の原基であるメタネフロンを例示することが出来る。メタネフロンは、哺乳動物胎仔の尿管芽発芽部位の周囲、より詳しくは体節と側板の間に位置する。メタネフロンは、好ましくは、後腎形成中胚葉である。
【0020】
本発明において用いられる組織の原基は、通常、評価対象の幹細胞が分化することが期待されている組織の原基である。例えば、評価対象の幹細胞が腎臓を構成する細胞(例えば、エリスロポエチン産生細胞)へ分化することが期待されている場合には、該幹細胞を腎臓の原基へ移植する。組織の原基が由来する哺乳動物としては、上述のものを挙げることが出来る。評価対象の幹細胞の動物種と組織の原基の動物種は同一であっても異なっていてもよい。例えば、ヒトの幹細胞を評価するために、該幹細胞をブタやラット等の非ヒト哺乳動物の組織の原基中へ移植することが出来る。
【0021】
組織の原基は哺乳動物の胎仔から生体外に摘出される。後腎組織はラットでは通常E11.5、マウスではE9.5から形成され始めるので、組織の原基としてメタネフロンを使用する場合には、前記ステージ以降の胎仔が通常使用される。好ましくはラットでE14以降、マウスでE12以降、より好ましくはラットでE14〜16、マウスでE12〜14である。その他の哺乳動物においても、同様のステージの胎仔が好適に使用できる。しかし、その前後のステージも、条件を選定することによって適用可能である。胎仔からの組織の原基の摘出は、実体顕微鏡等を用いて、行うことが可能である。
【0022】
組織原基中への幹細胞の移植は、実体顕微鏡下でマニピュレーターやマイクロピペット等を用いて行われる。移植する細胞の数は組織原基の大きさ等に基づき適宜設定することができるが、例えばラットの腎臓原基を使用する場合には、通常約1000〜10000個の幹細胞が注入される。尚、幹細胞は、通常、生体外に摘出された組織原基中へ移植されるが、幹細胞を、哺乳動物の胎仔内にある組織原基中へ移植し、その後、該幹細胞を含有する組織原基を胎仔から生体外へ摘出してもよい。腎臓原基への幹細胞の注入については、Yokoo T, et al. J Am Soc Nephrol 17;1026,2006等を参照のこと。
【0023】
移植する幹細胞は、好ましくは単離精製されたものである。「単離精製」とは、目的とする幹細胞以外の細胞を除去する操作がなされていることを意味する。幹細胞の純度は、本発明の方法により評価を行うことができる限り特に限定されないが、通常10%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上(例えば実質的に100%)である。
【0024】
評価対象の幹細胞は、移植される組織原基の細胞と識別し得るように標識されていることが好ましい。標識の種類としては、蛍光標識、発光標識、放射線同位体標識等を挙げることが出来るが、測定が簡便であり、詳細な解析が可能であることから、蛍光標識又は発光標識が好ましく、蛍光標識が最も好ましい。蛍光又は発光による幹細胞の標識は、幹細胞へ蛍光標識遺伝子又は発光標識遺伝子を導入することにより行うことが出来る。蛍光又は発光標識遺伝子には、蛍光又は発光を有するタンパク質をコードする遺伝子、及び対応する蛍光基質又は発光基質と混合することにより蛍光又は発光を生じる酵素をコードする遺伝子が含まれる。前者としては、GFP、RFP、YFP、CFP、EGFP、クサビラオレンジ等の蛍光タンパク質をコードする遺伝子を挙げることができる。後者としては、ルシフェラーゼ、β−ガラクトシダーゼ、ペルオキシダーゼ等の酵素をコードする遺伝子を挙げることが出来る。ルシフェラーゼの基質(発光)としてはルシフェリン(及び必要に応じてATP)等を挙げることができる。β−ガラクトシダーゼの基質(発光)としては、ルシフェリンガラクトシド基質(6−O−β−ガラクトピラノシルルシフェリン)等を挙げることができる。ペルオキシダーゼの基質としては、ルミノール(及び必要に応じて過酸化水素)等を挙げることができる。
【0025】
幹細胞への発光又は蛍光標識遺伝子の導入は、自体公知の遺伝子工学的手法を用いて行うことができる。例えば、目的とする細胞内で機能可能なプロモーターの下流に機能的に上記標識遺伝子が連結されたコンストラクト(発現ベクター)により、幹細胞をインビトロでトランスフェクトし、該細胞を適当な培地中で培養することによって、該標識遺伝子を幹細胞内に導入することができる。
【0026】
トランスフェクションの方法としては、生物学的方法、物理的方法、化学的方法などを示すことができる。生物学的方法としては、例えば、ウイルスベクターを使用する方法、特異的受容体を利用する方法、細胞融合法(HVJ(センダイウイルス)、ポリエチレングリコール(PEG)、電気的細胞融合法、微少核融合法(染色体移入))が挙げられる。また、物理的方法としては、顕微注入(マイクロインジェクション)法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、遺伝子銃(パーティクルガン)法を用いる方法が挙げられる。化学的方法としては、リン酸カルシウム沈殿法、リポフェクション法、DEAE−デキストラン法、プロトプラスト法、赤血球ゴースト法、赤血球膜ゴースト法、マイクロカプセル法が挙げられる。
【0027】
発現ベクターとしては、プラスミドベクター、PAC、BAC、YAC、ウイルスベクター、レトロウイルスベクター等が挙げられ、適宜選択することが出来る。
【0028】
プロモーターの種類は、標識遺伝子が導入された細胞内で、該標識遺伝子の発現を誘導又は促進できるものであれば特に限定されない。該プロモーターとしては、SRαプロモーター、CMVプロモーター、PGKプロモーター、SV40プロモーター、ROSA26等を挙げることができる。
【0029】
上記発現ベクターは、目的とするmRNAの転写を終結する配列(ポリA、一般にターミネーターと呼ばれる)を有していることが好ましい。その他、標識遺伝子をさらに高発現させる目的で、スプライシングシグナル、エンハンサー領域、真核遺伝子のイントロンの一部を、プロモーター領域の5'上流、プロモーター領域と翻訳領域間あるいは翻訳領域の3'下流に連結することも可能である。また、上記発現ベクターは、導入された標識遺伝子が安定に組み込まれたクローンを選択するための選択マーカー遺伝子(例:ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性などの薬剤耐性遺伝子)をさらに含み得る。
【0030】
また、発光又は蛍光標識遺伝子が導入された哺乳動物から摘出された幹細胞を用いてもよい。該哺乳動物は、自体公知の遺伝子工学的手法を用いて製造することができる。例えば、哺乳動物の受精卵や、未受精卵、精子及びその前駆細胞などの生殖細胞に、リン酸カルシウム共沈殿法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、リポフェクション法、凝集法、顕微注入(マイクロインジェクション)法、遺伝子銃(パーティクルガン)法、DEAE−デキストラン法などの遺伝子導入法によって、発光又は蛍光標識遺伝子を導入し、その生殖細胞に由来する子孫動物を得ることにより、発光又は蛍光標識遺伝子が導入された哺乳動物を製造することができる。
【0031】
生殖細胞への遺伝子導入にあたっては、目的とする標識遺伝子を、対象となる哺乳動物の細胞内で機能可能なプロモーターの下流に連結したコンストラクト(発現ベクター)を用いるのが一般的に有利である。
【0032】
具体的には、対象となる哺乳動物の細胞内で機能可能なプロモーターの下流に、標識遺伝子を含むポリヌクレオチドを連結した発現ベクターを、対象となる哺乳動物の受精卵等へマイクロインジェクションし、その受精卵を偽妊娠動物の子宮内に移植することによって、標識遺伝子を高発現する遺伝子導入哺乳動物を作出できる。
【0033】
発現ベクターとしては、プラスミドベクター、PAC、BAC、YAC、ウイルスベクター、レトロウイルスベクター等が挙げられ、適宜選択することが出来る。
【0034】
プロモーターの種類は、標識遺伝子が導入された哺乳動物内で、該標識遺伝子の発現を誘導又は促進できるものであれば特に限定されない。プロモーターとして、組織非特異的なものを用いることにより、発光又は蛍光標識遺伝子を偏在的に発現する哺乳動物を製造することができる。この哺乳動物から摘出された組織を用いれば、一回の試験で多数の種類の組織の保存効果を同時に評価することが可能である。組織非特異的なプロモーターとしては、SRαプロモーター、CMVプロモーター、PGKプロモーター、SV40プロモーター、ROSA26、βアクチンプロモーター等を挙げることができる。また、組織特異的プロモーターを用いれば、発光又は蛍光標識遺伝子を目的とする組織に特異的に発現する哺乳動物を製造することができる。例えばα1ATプロモーターを用いれば肝臓特異的に、βアクチンプロモーターを用いれば骨格筋特異的に、エノラーゼプロモーターを用いれば神経特異的にそれぞれ標識遺伝子を発現させることができる。
【0035】
上記発現ベクターは、目的とするmRNAの転写を終結する配列(ポリA、一般にターミネーターと呼ばれる)を有していることが好ましい。その他、標識遺伝子をさらに高発現させる目的で、スプライシングシグナル、エンハンサー領域、真核遺伝子のイントロンの一部を、プロモーター領域の5’上流、プロモーター領域と翻訳領域間あるいは翻訳領域の3’下流に連結することも可能である。また、上記発現ベクターは、導入された標識遺伝子が安定に組み込まれたクローンを選択するための選択マーカー遺伝子(例:ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性などの薬剤耐性遺伝子)をさらに含み得る。
【0036】
次に、幹細胞が移植された組織原基をインビトロで培養する。組織原基の培養は、通常の器官培養の手法を用いて行うことが出来る。例えば、ディッシュに適切な培地を加え、その上へフィルターを浮かべ、フィルターを介して培地が組織原基に供給される様にフィルター上に組織原基を配置し、ディッシュをインキュベーター内に静置することにより、組織原基の培養を行うことができる。培養条件は、組織培養技術において通常用いられている培養条件を用いることができる。例えば、培養温度は通常約30〜40℃の範囲であり、好ましくは約37℃が例示される。CO濃度は通常約1〜10%の範囲であり、好ましくは約5%が例示される。湿度は通常約70〜100%の範囲であり、好ましくは約95〜100%が例示される。培養期間は、評価に十分な長さである限り、特に限定されることなく適宜設定することが出来るが、ラットの腎臓原基を用いた場合には、通常7〜14日間程度である。
【0037】
そして、培養した該組織原基における移植された幹細胞由来の細胞の分散の程度を指標に、該幹細胞が生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性が判定される。移植された幹細胞由来の細胞の分散の程度は、顕微鏡や、適切なイメージング装置を用いて行うことが出来る。蛍光等により幹細胞が標識されている場合には、該標識を検出可能な顕微鏡や、適切なイメージング装置が用いられる。後述の実施例に示すように、生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る幹細胞は、増殖とともに組織原基内で分散し、当該組織を構成する細胞へ分化する。幹細胞が蛍光等で標識されている場合には、当該標識の分散として、細胞の分散を容易に検出することが出来る。一方、生体内で当該組織を構成する細胞に分化することが出来ず、奇形腫等の腫瘍を形成してしまう幹細胞は、組織原基内で分散せずに、細胞塊の態様を呈し、奇形腫等の腫瘍を形成する。細胞の増殖とともに、細胞塊の大きさが大きくなる。幹細胞が蛍光等で標識されている場合には、当該標識の塊として、細胞塊を容易に検出することが出来る。上記判定は、組織原基における移植された幹細胞由来の細胞の分散の程度(又は有無)と幹細胞が生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性との間のこのような正の相関に基づき行われる。
【0038】
即ち、培養後の組織原基内で、移植した幹細胞由来の細胞が増殖とともに分散する場合には、当該幹細胞は生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性が高いと判定することが出来る。一方、培養後の組織原基内で、移植した幹細胞由来の細胞が分散せずに、細胞塊の態様を呈した場合には、当該幹細胞は生体内で当該組織を構成する細胞に分化することが出来ず、奇形腫等の腫瘍を形成してしまう可能性が高いと判定することが出来る。
【0039】
本発明の方法を用いれば、例えば、幹細胞による特定の組織の再生医療を行うに先立って、その幹細胞が所望の組織を構成する細胞へ適切に分化し得るか否かを評価することが出来るので、幹細胞の品質コントロールに有用である。また、本発明の方法を用いれば、多能性幹細胞からインビトロで分化させた複能性幹細胞や単能性幹細胞を用いて再生医療を行う場合に、十分に分化しておらず、奇形腫等の腫瘍形成能を有する細胞が混入していないか、容易に評価することが出来る。更に、本発明の方法を用いれば、iPS細胞が、所定の組織を構成する細胞へ分化し得るか、或いは未分化な状態に初期化されており奇形腫形成能を有しているかを評価することが出来る。
【0040】
また、本発明は、幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否か評価するためのキットを提供する。該キットには、本発明の方法において用いられる、生体外へ分離された所望の組織の原基(例えば、メタネフロン等)が含まれる。組織の原基は、適切な組織保存液(例えば、ET−Kyoto液等)中で凍結されていてもよい。
【0041】
本発明のキットは、更に、本発明の方法において評価対象の幹細胞を移植される組織原基の細胞と識別し得るように標識するための試薬を含むことができる。該試薬としては、蛍光標識試薬、発光標識試薬、放射線同位体標識試薬等が挙げられる。該試薬としては、例えば、上述の蛍光タンパク質を発現し得る発現ベクターや、酵素を発現し得る発現ベクターと、該酵素に対応する蛍光基質又は発光基質との組み合わせ等を挙げる。また、本発明のキットは、上述の方法により発現ベクターを幹細胞へトランスフェクトするための試薬を更に含むこともできる。
【0042】
本発明のキットは、更に、本発明の方法において使用される種々の試薬やツール(例えば、組織原基中へ幹細胞を移植するためのツール(マニピュレーター、マイクロピペット等)、組織原基をインビトロで培養するためのディッシュ、フィルター、培地、上記本発明の方法が記載された指示書、標識を検出可能な顕微鏡や適切なイメージング装置等)を含むことが出来る。
【0043】
本発明のキットを用いることにより、本発明の方法により容易に幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否か評価することができる。
【0044】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
(実施例1)
iPSを代表とする幹細胞は種々の遺伝子を導入することにより樹立されるが、樹立された幹細胞の癌原性は、マウス等では見られなくてもイヌやサルなどの大型動物の幹細胞で認められるケースが報告されている(Xiao-Bing Zhang, et al. JCI 118;1502,2008)。そこで本試験においては、緑色蛍光タンパク(GFP)で標識したサルES細胞(Nagata M, et al. J Gene Med 5;921,2003)、及び赤色蛍光タンパクであるクサビラオレンジが導入されたブタ(Matsunari H, et al. Cloning Stem Cells 10;313,2008)から樹立されたMSCを用いた。
当該サルES細胞は、生体内へ移植すると奇形腫を形成すること、及び当該ブタMSCは、腎臓原基内へ移植すると腎臓を構成するエリスロポエチン産生細胞へ分化し得ることが知られている(Transplantation 85: 1654-1658, 2008)。
テストする幹細胞のラット胎児腎臓原基への注入は既報に沿った(Yokoo T, et al. J Am Soc Nephrol 17;1026,2006)。具体的には、100〜10000個の細胞(サルES細胞又はブタMSC)を実体顕微鏡下でマウスピペットを用いてラット胎児腎原基中へ注入した。注入後の腎原基を定法によりフィルターつき2重培養皿上で10〜14日間、器官培養を行った。培養後の腎原基を蛍光顕微鏡下で観察した。
【0046】
その結果、サルES細胞を移入した場合には、移入した細胞が1つの塊となり、奇形腫を形成する様子が蛍光イメージにより確認された(図1)。奇形腫の形成は、光学顕微鏡においても確認された(図2)。一方、ブタMSCは、腫瘍を形成することなく腎臓原基中に分散し、腎臓へ分化した(図3)。
【0047】
(実施例2)
妊娠ラットより15日齢の胎仔ラットを分離し、実体顕微鏡下にて胎仔ラットから腎臓原基を摘出し、フィルターつき二重培養皿のフィルター上に静置した。一方、既報の方法 (Takahashi K, et al. Nature Protocols 12;2, 2007) にて樹立されたマウスiPS細胞を1000〜10000個の細胞懸濁液とし、実体顕微鏡下にてマウスピペットを用いて、上記ラット腎臓原基中へ注入した。細胞注入後のラット腎臓原基は、定法により14日間、器官培養を行った。培養後の腎臓原基を蛍光顕微鏡下にて観察した。
その結果、ES細胞と同様に、マウスiPS細胞を移入した場合には、移入した細胞が一つの塊となり、奇形腫を形成する様子が蛍光イメージにより確認された(図4)。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の方法を用いれば、幹細胞が生体内で奇形腫等の腫瘍を形成する細胞であるか、或いは生体内で腫瘍形成なく種々の細胞に分化し、正常な組織形成に寄与し得る細胞であるかを簡便に検定することができる。
本出願は国際出願 PCT/JP2008/073849(出願日:2008年12月26日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否か評価する方法:
(1)評価対象の幹細胞を非ヒト哺乳動物の所望の組織の原基中に移植すること、
(2)該組織原基をインビトロで培養すること、
(3)培養した該組織原基における移植された幹細胞由来の細胞の分散の程度を指標に、該幹細胞が生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性を判定すること。
【請求項2】
評価対象の幹細胞が、移植される組織原基の細胞と識別し得るように標識されている、請求項1記載の方法。
【請求項3】
標識が蛍光標識である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
組織が腎臓である、請求項1記載の方法。
【請求項5】
幹細胞が間葉系幹細胞である、請求項1記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−19690(P2012−19690A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−155943(P2009−155943)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年7月1日 株式会社 日本経済新聞社発行の「日経産業新聞 2008年7月1日付」に発表
【出願人】(000149435)株式会社大塚製薬工場 (154)
【出願人】(505246789)学校法人自治医科大学 (49)
【Fターム(参考)】