説明

建設機械のピンおよびこれを備えた建設機械、その製造方法

【課題】ピン給脂タイプのピン構造を採用した場合でも、ピンの強度低下を抑制することが可能な建設機械のピン構造を提供する。
【解決手段】支持ピン20は、側面からの給脂を可能とするピン給脂タイプの構造を備えており、給脂穴21aと、枝穴21bと、表面硬化層31と、素地部32と、塑性変形部33と、を備えている。給脂穴21aは、支持ピン20の軸方向に沿って中心部分に形成されており、外周面から径方向に沿って形成された枝穴21bと連通する。塑性変形部33は、枝穴21bの内壁面における表面硬化層31と素地部32との境界Pを含むように形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧ショベルやブルドーザ等の建設機械に使用されている支持ピンや連結ピン等のピンおよびこれを備えた建設機械、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、油圧ショベルのバケット等の可動部に使用される支持ピンには、支持ピンの外周部に配置されるボスに形成された給脂用の穴から給脂を行う場合(ボス給脂)と、支持ピン自体に給脂用の穴を形成して給脂を行う場合(ピン給脂)とがある。
このような給脂方法のうち、ボス給脂は、可動状態によって給脂を行うボスに形成された給脂口がボスの回転に伴って移動するために給脂用の配管の接続が困難であるという問題を有している。一方、ピン給脂では、ピンの側面に形成された給脂口から給脂を行うため、可動状態に関わらず給脂口の位置は一定であることから、給脂用の配管の接続を容易に行うことができる。
【0003】
例えば、特許文献1には、ピンの軸方向に沿って形成された中心孔に対して給脂を行うピン給脂が可能な支持軸の構造が開示されている。そして、この特許文献1には、ピン給脂を行う構造の支持軸の表面(外周面)に、高周波熱処理によって表面硬化層を形成することについても開示されている。これにより、中心孔からの分岐孔の開口部周縁部等のように、強度が低下し易い部分を有する構造であっても、重大な損傷が発生しにくい支持軸を形成している。
【特許文献1】特開2006−292026号公報(平成18年10月26日公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の支持軸の構造では、以下に示すような問題点を有している。
すなわち、上記支持軸の構造では、高周波加熱処理によって表面硬化層を設けることにより、分岐孔周辺における強度を向上させているが、支持軸には表面硬化処理時に付与された熱による熱応力が残存する。このとき、表面硬化層とその深部に隣接する素地部との境界部分では、圧縮応力から引張り応力に反転した状態となっており、支持軸に対して外部から応力が掛かると、この境界部分から亀裂が入って支持軸の強度を低下させてしまうおそれがある。
【0005】
本発明の課題は、ピン給脂タイプのピンを採用した場合でも、ピンの強度低下を抑制することが可能な建設機械のピンおよびこれを備えた建設機械、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明に係る建設機械のピンは、建設機械の可動部に使用されており、表面強化処理が施された略円柱状のピンであって、給脂穴と、枝穴と、表面硬化層と、素地部と、塑性変形部と、を備えている。給脂穴は、ピンの軸方向に沿ってピンの中心付近に形成されている。枝穴は、ピンの外周面と給脂穴とを連通させるように、略円柱状のピンの略半径方向に沿って形成されている。表面硬化層は、ピンの表面から所定の深さまで表面強化処理が施されている。素地部は、表面硬化層に対して内側に隣接する位置にあり、表面強化処理が施されていない。塑性変形部は、枝穴内において表面硬化層と素地部との境界部分を含むように形成されている。
【0007】
ここでは、油圧ショベル等の建設機械の駆動部に用いられる作業機ピンやブルドーザ等の履帯用のピン等において、ピン給脂を行うために形成された給脂穴に連通する枝穴が形成された略半径方向における表面硬化層と素地部との境界部分を含むように塑性変形部を形成している。
ここで、塑性変形部が形成される枝穴は、ピンの軸方向に沿って形成された給脂用の給脂穴とピンの外周面とを連通させるために半径方向に沿って形成された1本あるいは複数本の貫通穴であって、給脂穴に注入された潤滑剤(油)をピンの外周面へと誘導する。
【0008】
通常、表面強化処理が施された略円柱状のピンの半径方向に沿って給脂穴に連通する枝穴が形成されたピンでは、給脂口の位置が変わるボス給脂と比較して給脂用の配管接続が容易になるものの、以下のような問題を有している。すなわち、本願発明のようなピン給脂タイプでは、ピンの表面強化処理時に付与された熱の影響によってピンの内部に応力が発生し、特に、ピンの軸方向における表面硬化層と素地部との境界部分において圧縮応力が引張り応力に反転する。このため、ピンに外力が付与されると、枝穴の形成自体による強度低下に加えて、その表面硬化層と素地部との境界部分から割れが入りやすくなり、ピンの強度を低下させてしまうおそれがある。
【0009】
本発明の建設機械のピンでは、このような表面強化処理が施されたピンの枝穴内における、表面硬化層と素地部との境界部分を含むように塑性変形部を形成している。
これにより、ピン給脂を行う構造を採用したピンの外部から応力がかかった場合でも、表面硬化層と素地部との境界部分に形成された塑性変形部によって、割れの発生を抑制することができる。この結果、給脂穴に連通する枝穴を有する構造を採用して、給脂するための配管接続を容易化するとともに、強度的にも優れたピンを提供することができる。
【0010】
第2の発明に係る建設機械のピンは、第1の発明に係る建設機械のピンであって、塑性変形部は、ピンの表層から境界部分にかけて形成されている。
ここでは、塑性変形部が、ピンの外周面(表層)から表面硬化層と素地部との境界部分にかけて形成されている。
これにより、ピンの表層側から加工工具等を挿入して、上記境界部分を含む位置まで塑性変形させることで、塑性変形部の形成を容易化するとともに、容易に所望の強度を有するピンを形成することができる。また、枝穴内における表層から上記境界部分までの円周部分を塑性変形させることで、塑性変形部の面積を増大させて、枝穴の形成によって低下しやすいピンの強度をさらに向上させることができる。
【0011】
第3の発明に係る建設機械は、第1または第2の発明に係る建設機械のピンを備えている。
これにより、上述したように、ピン給脂を行うことが可能な構造を採用した場合でも、強度面で優れたピンを使用することができるため、使用するピンを細くすることができる、建設機械に含まれる可動部における信頼性を向上させることができる、といった効果を得ることができる。
【0012】
第4の発明に係る建設機械のピンの製造方法は、建設機械の可動部に使用されており、表面強化処理が施された略円柱状のピンの製造方法であって、第1から第3のステップを備えている。第1のステップは、ピンの外周面とピンの軸方向に沿って形成された給脂穴とを略円柱状の半径方向に沿って連通させる枝穴を形成する。第2のステップは、ピンの表面に対して表面強化処理により表面硬化層を形成する。第3のステップは、枝穴内における表面硬化層とその内側の素地部との境界部分を含むように塑性変形部を形成する。
【0013】
ここでは、例えば、油圧ショベル等の建設機械の駆動部に用いられる作業機ピンや履帯用のピン等において、給脂用に形成されている給脂穴に連通するように枝穴を形成した後、高周波加熱等の表面強化処理を施す。そして、この枝穴における略半径方向における表面硬化層と素地部との境界部分を含むように塑性変形部を形成する。
ここで、塑性変形部が形成される枝穴は、ピンの軸方向に沿って形成された給脂用の給脂穴とピンの外周面とを連通させるために略半径方向に沿って形成される1本あるいは複数本の貫通穴であって、給脂穴に注入された潤滑剤(油)をピンの外周面へと誘導する。
【0014】
通常、表面強化処理が施された略円柱状のピンの半径方向に沿って給脂穴に連通する枝穴が形成されたピンでは、ボス給脂と比較して給脂用の配管接続が容易になるものの、以下のような問題を有している。すなわち、本願発明で製造されるピン給脂タイプのピンでは、ピンの表面強化処理時に付与された熱の影響によってピンの内部に応力が発生し、特に、ピンの軸方向における表面硬化層と素地部との境界部分において圧縮応力が引張り応力に反転している。このため、ピンに外力が付与されると、枝穴の形成自体による強度低下に加えて、その表面硬化層と素地部との境界部分から割れが入りやすくなり、ピンの強度を低下させてしまうおそれがある。
【0015】
本発明の建設機械のピンの製造方法では、このような表面強化処理が施されたピンの枝穴内における、表面硬化層と素地部との境界部分を含むように塑性変形部を形成している。
これにより、ピン給脂を行う構造を採用したピンの外部から応力がかかった場合でも、表面硬化層と素地部との境界部分に形成された塑性変形部によって、割れの発生を抑制することができる。この結果、給脂穴に連通する枝穴を有する構造を採用して、給脂するための配管接続を容易化するとともに、強度的にも優れたピンを提供することができる。
【0016】
第5の発明に係る建設機械のピンの製造方法は、第4の発明に係る建設機械のピンの製造方法であって、第2のステップでは、高周波焼入れによって表面硬化層を形成する。
ここでは、ピンの表面強化処理を行う方法として、高周波焼入れを採用している。
これにより、比較的安価な方法により、ピンの表層から所定の深さまでの強度を向上させることができる。
【0017】
第6の発明に係る建設機械のピンの製造方法は、第4または第5の発明に係る建設機械のピンの製造方法であって、第3のステップでは、ピンの表層から表面硬化層と素地部との境界部分を含む位置まで塑性変形部を形成する。
ここでは、ピンの表層から、枝穴内における割れ等が発生し易い表面硬化層と素地部との境界部分までに渡って、塑性変形部を形成している。
【0018】
これにより、例えば、バニシング加工工具等を用いて枝穴内に塑性変形部を形成する場合でも、表層部分の表面硬化層から素地部の境界部分まで塑性変形させることができる。この結果、切削加工時に形成された枝穴の表面粗さを解消しつつ、表層から上記境界部分までに渡って強化部分を形成して、ピンの強度低下をより効果的に防止することができる。
【0019】
第7の発明に係る建設機械のピンの製造方法は、第4から第6の発明のいずれか1つに係る建設機械のピンの製造方法であって、第3のステップでは、バニシング加工によって、枝穴における所定の位置に塑性変形部を形成する。
ここでは、少なくとも表面硬化層と素地部との境界部分を含むように形成される塑性変形部を、バニシング加工によって形成している。
【0020】
これにより、バニシング加工工具を、枝穴内へ挿入してバニシングローラ等によって接触した部分を塑性変形させることで、塑性変形部を比較的容易に形成することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る建設機械のピンによれば、ピン給脂を行う構造を有するピンにおいて、ピンの外部から応力がかかった場合でも、表面硬化層と素地部との境界部分における割れの発生を抑制しつつ、給脂するための配管接続を容易化するとともに、強度的にも優れたピンを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の一実施形態に係る建設機械の支持ピン(建設機械のピン)20を採用した油圧ショベル1およびその製造方法について、図1〜図13を用いて説明すれば以下の通りである。
[油圧ショベル1全体の構成]
本実施形態に係る油圧ショベル1は、図1に示すように、下部走行体2と、旋回台3と、作業機4と、カウンタウェイト5と、エンジン6と、機器室9と、キャブ10と、を備えている。
【0023】
下部走行体2は、進行方向左右両端部分に巻き掛けられた履帯Pを回転させることで、油圧ショベル1を前進、後進させるとともに、上面側に旋回台3を旋回可能な状態で搭載している。
旋回台3は、下部走行体2上において、任意の方向に旋回可能であって、上面に作業機4と、カウンタウェイト5と、エンジン6と、キャブ10とを搭載している。
【0024】
作業機4は、ブーム11と、ブーム11の先端に取り付けられたアーム12と、アーム12の先端に取り付けられたバケット13とを含むように構成されている。そして、作業機4は、図示しない油圧回路に含まれる各油圧シリンダ11a,12a,13a等によって、ブーム11やアーム12、バケット13等を上下に移動させながら、土木工事の現場において土砂や砂礫等の掘削作業を行う。さらに、作業機4に含まれるバケット13は、バケット13を駆動するためのバケットリンク機構16(図2等参照)の中に、後述する支持ピン20を採用している。なお、このバケットリンク機構16および支持ピン20については、後段にて詳述する。
【0025】
カウンタウェイト5は、例えば、鋼板を組み立てて形成した箱の中に屑鉄やコンクリート等を入れて固めたものであって、採掘時等において車体のバランスをとるために旋回台3の後部に設けられている。
エンジン6は、下部走行体2や作業機4を駆動するための駆動源であって、カウンタウェイト5に隣接する位置に配置されている。
【0026】
機器室9は、作業機4の後方に配置されており、図示しない燃料タンク、作動油タンクおよび操作弁等を収容する。
キャブ10は、油圧ショベル1のオペレータが乗降する運転室であって、作業機4の先端部を見通せるように、旋回台3上における作業機4の側方となる左側前部に配置されている。
【0027】
[バケット13のバケットリンク機構16]
本実施形態に係る油圧ショベル1は、図2および図3に示すように、バケット13を駆動するためのバケットリンク機構16を備えている。
バケットリンク機構16は、上述したバケット13を駆動する油圧シリンダ13aと連結されており、第1リンク部材16a、第2リンク部材16b等を含むように構成されている。
【0028】
第1リンク部材16aは、一方の端部がアーム12の先端部付近に、他方の端部が第2リンク部材16bに、それぞれ回動可能な状態で連結されている。そして、第1リンク部材16aと第2リンク部材16bとの連結部分には、油圧シリンダ13aの先端が接続されている。このため、バケット13を駆動する際には、油圧シリンダ13aを伸縮させることで、第1・第2リンク部材16a,16bの連結位置を変更してバケット13の向きを切り換える。
【0029】
第2リンク部材16bは、一方の端部が第1リンク部材16aに、他方の端部がバケット13の連結部13bに、それぞれ回動可能な状態で連結されている。
また、バケット13は、支持部25を介してアーム12の先端部と連結されており、支持部25を中心として回動する。
本実施形態では、特に、図2および図3に示すように、上記第1リンク部材16aとアーム12との連結部分の回動中心となる支持ピン20(図4および図5参照)に対して、本発明を採用している。
【0030】
(支持ピン20)
支持ピン20は、図4に示すように、給脂装置30を用いて側面に形成された給脂口21cから給脂を行う、いわゆるピン給脂を可能とするために、以下のような構成を有している。
すなわち、支持ピン20は、図4〜図7に示すように、給脂通路(給脂穴21a、枝穴21b)と、表層に形成された表面硬化層31(図6参照)と、その深部の素地部32(図6参照)と、枝穴21b内に形成された塑性変形部33(図7参照)と、を含むように構成されている。
【0031】
また、支持ピン20は、材質がSNCM(ニッケルクロムモリブデン銅)447の鋼材によって構成されており、ピン径が140mm、長さが600mmの略円柱状の部材である。このように、鋼材の中にニッケルを混入することで、後述する高周波加熱処理(高周波焼入れ処理)によって、通常の深さ(約3.0mm程度)よりも支持ピン20の深部(約20mm程度)まで表面硬化層31を形成することができる。
【0032】
給脂穴21aは、図5に示すように、略円柱状の支持ピン20の側面に形成された給脂用の通路であって、図6(a)および図6(b)に示すように、支持ピン20の断面円の中心を通るように、支持ピン20の軸方向に沿って形成されている。また、給脂穴21aは、図6(b)に示すように、支持ピン20における一方の端部に形成された給脂口21cから軸方向におけるほぼ中心部分にかけて、支持ピン20の長さの約半分の長さで形成されている。
【0033】
枝穴21bは、図5に示すように、支持ピン20の外周面において、軸方向におけるほぼ中央部分に形成された給脂用の通路である。そして、枝穴21bは、図6(a)および図6(b)に示すように、支持ピン20内部まで形成された給脂穴21aの端部と連通するように、支持ピン20の外周面から支持ピン20の断面円の半径方向に沿って形成されている。
【0034】
給脂口21cは、図5等に示すように、給脂穴21aの入り口部分として、支持ピン20の側面に形成されている。また、給脂口21cは、給脂穴21aの断面積よりも径が大きい略円錐形状になるように形成されている。このため、径が大きくなる支持ピン20の端部にセットされる給脂装置30(図4参照)の注入口を給脂口21cに対して容易に挿入することができる。
【0035】
以上の構成により、給脂装置30によって給脂口21cから注入される潤滑剤は、給脂穴21aを通って支持ピン20の中央部まで進み、枝穴21bへと進入していく。そして、枝穴21bを通って支持ピン20の外周面へ達した潤滑剤は、図4に示す支持ピン20の外周面と、その外周面を覆うように取り付けられたボス22との間の隙間22aに流れ込む。この結果、支持ピン20の側面からピン給脂によって給脂装置30によって自動的に注入された潤滑剤を、支持ピン20の外周面とボス22の内周面との間の隙間22aに充填することができる。
【0036】
表面硬化層31は、後述する支持ピン20の製造方法において、高周波加熱処理によって支持ピン20の外周面に対して焼入れされた硬度の高い層である。そして、表面硬化層31は、図6(b)および図7に示すように、支持ピン20の表層から約20mm程度の深部まで形成されている。
素地部32は、図6(b)および図7に示すように、支持ピン20における表面硬化層31との境界Xよりも深部にあり、表面硬化層31よりも表面硬度が低い層である。つまり、素地部32は、支持ピン20における上述した高周波加熱処理によって硬度アップしていない部分であって、素材としてのSNCM447の持つ硬度とほぼ同程度の硬度を有している。
【0037】
塑性変形部33は、後述する製造方法において加工装置50のバニシング加工工具53(図12および図13参照)によって枝穴21bの表層部分を塑性変形させた部分である。また、塑性変形部33は、図7に示すように、枝穴21b内における、支持ピン20の表層から表面硬化層31と素地部32との境界Xの部分を越える位置までの領域に形成されている。さらに、この塑性変形部33は、後述するバニシング加工工具53によって、バニシング量が0.014mmに設定されて形成される。なお、このバニシング量の設定値は、支持ピン20の強度を確保するために、枝穴21b内の表面粗さ、想定される外部応力に基づいて、必要な変形(へこみ)量を算出することで得ることができる。
【0038】
通常、このような枝穴21bは切削加工によって形成される(図10および図11参照)ことから、枝穴21bの表面には細かい凹凸が形成される。このため、この塑性変形部33を、枝穴21bの切削加工後に枝穴21bに沿って形成することで、枝穴21b内の表面における表面粗さを低減して、枝穴21bを形成したことによるピン強度の低下を防止することができる。
【0039】
ここで、このような支持ピン20においては、支持ピン20の表層から深部にかけて、ピン強度(HRC硬度)、支持ピン20の曲げ応力、熱応力(本発明適用前、適用後)が、図8に示すグラフのように分布している。なお、各グラフの説明について具体的に説明すれば以下の通りである。
ピン強度は、HRC硬度を示す指標であって、図8に示すように、高周波加熱によって硬化処理された表層から約20mmの深さまでが硬度が高くなっている。つまり、図8のグラフでは、表層から約20mmの深さまでが表面硬化層31であって、約20mmよりも深部が素地部32であることが分かる。
【0040】
曲げ応力は、支持ピン20に対して外力を付与した場合の曲げ応力を、支持ピン20の表層からの距離による強度の変化を示したものである。つまり、図8のグラフでは、表層付近が曲げ応力が最も大きく、表層から深くなるに従って、曲げ強度が低下しているのが分かる。
熱応力(本発明適用前)は、高周波加熱処理時に支持ピン20に対して付与された熱によって支持ピン20の内部に生じた応力であって、支持ピン20の表層から約20〜30mmの範囲において応力が最大となる。また、この熱応力は、曲げ応力と合成されることにより、表層から約20mmの深さ位置において圧縮応力が引張り応力に反転する。この表層から約20mmの深さ位置は、上述した表面硬化層31と素地部32との境界X(図7参照)と一致する。そして、この境界Xでは、図8のグラフに示すように、ピン強度が低下する領域である。このため、支持ピン20の外部から応力が付与されると、この境界Xにおいてクラックが入り易いという問題があった。特に、本実施形態のように、支持ピン20の材質としてニッケルモリブデン銅(SNCM)を採用した場合には、後述する高周波加熱処理によって約20mm程度の深い位置まで表面硬化層31を形成できる一方で、支持ピン20内に残留する熱応力は従来の材質のピンよりも大きくなってしまう。
【0041】
熱応力(本発明適用後)は、上述した高周波加熱後に、支持ピン20に形成された枝穴21b内における支持ピン20の表層から境界Xを越える位置までバニシング加工工具53を用いて塑性変形させたことにより、上述した熱応力(本発明適用前)よりも支持ピン20内に残留する応力が減少したことを示している。このように、高周波加熱によって支持ピン20内に生じた応力を、バニシング加工工具53を用いた塑性変形部33の形成によって除去することで、表面硬化層31と素地部32との境界Xの部分におけるクラックの発生を防止することができる。
【0042】
<支持ピン20の製造方法>
本実施形態の支持ピン20は、上述したような構成を備えており、以下のような製造方法によって製造される。
すなわち、本実施形態の支持ピン20の製造方法は、図9のフローチャートに従って行われる。
【0043】
ステップS1では、図10および図11に示すように、固定用治具51に支持ピン20を固定し、表面強化処理された支持ピン20の表層から半径方向に沿って給脂穴21aに連通するまで、枝穴21bを形成する。このとき、枝穴21bの加工には、切削加工工具52が使用される。
ステップS2では、支持ピン20の外周面に対して、高周波加熱による表面強化処理が施される。
【0044】
ステップS3では、図12に示すように、切削加工によって形成された枝穴21b内に、バニシング加工工具53を挿入する。
ステップS4では、枝穴21bの径よりも若干大きいバニシングローラ53a(図13参照)を先端に有するバニシング加工工具53を用いて、図13に示すように、枝穴21bの内壁部分に沿って境界Xよりも深部(約30mm付近)までバニシング加工工具53を挿入して、塑性変形部33を形成する。
【0045】
ステップS5では、バニシング加工工具53を枝穴21bから抜き取って、製造工程を終了する。
本実施形態では、以上のように、高周波加熱による表面硬化処理を施した支持ピン20に対して、外周面から給脂穴21aに連通するまで切削加工工具52によって枝穴21bを形成する。そして、その枝穴21bの内壁面を強化するために、バニシング加工工具53を用いて、枝穴21b内における表層から境界Xを越える深さまで、塑性変形部33を形成する。
【0046】
これにより、ピン給脂を行うために必要な枝穴21bを有する支持ピン20であっても、枝穴21bを設けたことによる支持ピン20の強度低下を防止することができる。この結果、油圧ショベル1等の建設機械に使用されるピン給脂タイプの支持ピン20の太さを、従来よりも細化することができる。
[本支持ピン20の特徴]
(1)
本実施形態の支持ピン20は、その側面からの給脂を可能とするピン給脂タイプの支持ピン20であって、図6(b)および図7に示すように、給脂穴21aと、枝穴21bと、表面硬化層31と、素地部32と、塑性変形部33と、を備えている。給脂穴21aは、支持ピン20の軸方向に沿って中心部分に形成されており、外周面から径方向に沿って形成された枝穴21bと連通する。塑性変形部33は、枝穴21bの内壁面における表面硬化層31と素地部32との境界Xを含むように形成されている。
【0047】
これにより、ピン給脂を可能とする支持ピン20を採用した場合でも、枝穴21bを形成したことによる支持ピン20の強度低下を防止することができる。よって、従来のボス給脂を行うピンと比較して、給脂口21cの向きが不変であるため、支持ピン20への給脂を自動化することが容易になる。また、ピン給脂タイプの支持ピン20の強度を従来よりも向上させることができるため、同じ強度が必要な部位には従来よりも細いピンを使用することができる。
【0048】
さらに、本実施形態のように、深部まで表面硬化層31を形成することができる一方で内部に残留応力が残り易い材質の支持ピン20を用いた場合でも、枝穴21b内における適切な位置に塑性変形部33を形成することで、残留応力を効果的に低減することができる。
(2)
本実施形態の油圧ショベル1の支持ピン20では、図7に示すように、塑性変形部33を、支持ピン20の表層から表面硬化層31と素地部32との境界Xを越える深さ位置まで形成している。
【0049】
これにより、枝穴21bにおける塑性変形部33の形成領域を増やすことで、支持ピン20に枝穴21bを設けたことによる支持ピン20の強度低下を抑制し、枝穴21b内壁面の強度をさらに向上させることができる。また、切削加工による枝穴21bの表面粗さを改善することもできるため、外部応力が付与された際の枝穴21b内におけるクラックの発生をより効果的に防止することができる。
【0050】
(3)
本実施形態の油圧ショベル1では、図1に示すように、上述した支持ピン20を備えている。
これにより、支持ピン20の強度を確保しつつ、ピン給脂タイプの支持ピン20を用いて、ピン給脂を自動化することが可能な油圧ショベル1を提供することができる。
【0051】
(4)
本実施形態の支持ピン20の製造方法は、図9に示すように、略円柱状の支持ピン20の円の中心に沿って形成された給脂穴21aを外周面へ連通させる枝穴21bを切削加工によって形成するステップ(ステップS1)と、支持ピン20の表面に表面硬化層31を形成するステップ(ステップS2)と、枝穴21b内における表面硬化層31と素地部32との境界X部分を含むように、塑性変形部33を形成するステップ(ステップS5)とを、備えている。
【0052】
これにより、ピン給脂を可能とする支持ピン20を採用した場合でも、枝穴21bを形成したことによる強度低下を防止したピンを製造することができる。よって、従来のボス給脂を行うピンと比較して、給脂口21cの向きが不変であるため、支持ピン20への給脂を自動化することが容易な支持ピン20を提供できる。また、製造したピン給脂タイプの支持ピン20の強度を従来よりも向上させることができるため、従来よりも細いピンを使用することができる。
【0053】
(5)
本実施形態の支持ピン20の製造方法では、図9に示すように、支持ピン20の表層に表面硬化層31を形成するステップS2では、高周波加熱による表面強化処理を採用している。
これにより、比較的容易かつ安価に、支持ピン20の表層に、硬度が高い層を形成することができる。また、本実施形態のように、支持ピン20の材質としてニッケルモリブデン銅を用いた場合には、高周波加熱処理によって約20mm程度の深さまで表面硬化層31を形成することができる。
【0054】
(6)
本実施形態の支持ピン20の製造方法では、図7に示すように、ステップS5における塑性変形部33の形成時には、支持ピン20の表層から表面硬化層31と素地部32との境界Xを越える深さ位置まで塑性変形部33を形成する。
これにより、枝穴21b周辺の強度をさらに向上させて、ピン給脂タイプの支持ピン20を採用した場合でも、ピン強度が低下してしまうことをさらに効果的に抑制することができる。
【0055】
(7)
本実施形態の支持ピン20の製造方法では、図9のステップS5における塑性変形部33の形成には、図12および図13に示すように、バニシング加工工具53を用いる。
これにより、バニシング加工工具53の先端のバニシングローラ53aの径を枝穴21bの径よりも若干大きめに調整することで、枝穴21bに沿って塑性変形部33を容易に形成することが可能になる。
【0056】
[他の実施形態]
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
(A)
上記実施形態では、本発明に係る支持ピン20を、枝穴21bにおける表層から表面硬化層31、素地部32の境界Xの部分を越える位置まで塑性変形部33を形成することにより実現した例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0057】
例えば、塑性変形部は、表層から形成されている必要はなく、少なくとも表面硬化層と素地部との境界部分を含むように形成されていればよい。
この場合でも、表面硬化層と素地部との境界部分における割れ等の発生を防止することで、ピン給脂が可能なピンであってもピン強度の低下を防止することができるという、上記と同様の効果を得ることができる。
【0058】
ただし、上述したバニシング加工工具53のように、ピンの表層側から枝穴に挿入されて塑性変形部を形成する場合には、表層部付近を塑性変形させずに上記境界部分だけを塑性変形させることは困難であることから、塑性変形部の加工性および枝穴全体の強度低下防止という観点では、上記実施形態のように枝穴におけるピンの表層から上記境界部を越える位置まで塑性変形部を形成することがより好ましい。
【0059】
(B)
上記実施形態では、本発明に係る支持ピン20を、枝穴21bに対してバニシング加工工具を挿入して塑性変形部33を形成することにより実現した例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、枝穴内に塑性変形部を形成する手段としては、バニシング加工工具に限定されるものではなく、他の工具等を使用して塑性変形部を形成してもよい。
【0060】
(C)
上記実施形態では、枝穴21bが支持ピン20の軸方向におけるほぼ中央に形成されている例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、支持ピンの軸方向において左右対称になるように形成された2本の枝穴を有するピンであってもよい。
【0061】
この場合でも、ピンに対して枝穴を形成してピン給脂が可能な構造を採用した場合でも、枝穴内に塑性変形部を形成することで、ピン強度の低下を防止することができる等といった、上記と同様の効果を得ることができる。
(D)
上記実施形態では、支持ピン20の表面強化処理として、高周波焼入れ処理を採用した例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではなく、高周波焼入れ以外の表面強化処理を行ってもよい。
【0062】
(E)
上記実施形態では、本発明の支持ピン20として、ピン径140mm、長さ600mm、材質がSNCM鋼材を用いたものを例として挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、他の大きさ、材質によって構成されるピンに対しても、同様に本発明の適用は可能である。
【0063】
なお、上記実施形態のように、ニッケルクロムモリブデン鋼(SNCM鋼材)からなるピンでは、ニッケルを混入させることで、通常(約2.0〜3.0mm)よりもピンの深層(約20mm程度)まで表面強化処理を行うことができる一方で、ピンの内部に熱歪みが生じ易くなってしまう。このため、ピンの内部に残った熱歪みを除去して強度低下を防止できるという点で、本発明のピンを採用することがより好ましい。
【0064】
(F)
上記実施形態では、本発明に係る支持ピン20を、油圧ショベル1のバケット13を駆動するバケットリンク機構16に含まれる第1リンク部材16aとアーム12との連結部分に使用される支持ピン20に対して適用した例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0065】
例えば、バケットリンク機構16における他の連結部分に使用される支持ピンに対しても同様に適用可能である。
バケットリンク機構16に含まれる全ての支持ピンに本願発明の支持ピン20を採用した場合には、全ての連結部におけるピン給脂を自動的に行うことが可能となる。
(G)
上記実施形態では、本発明に係る支持ピン20を、油圧ショベル1のバケット13を駆動するバケットリンク機構16に含まれる支持ピン20に適用した例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0066】
例えば、ブルドーザ等のような履帯を支持する履帯連結ピン等に対しても、同様に適用が可能である。
(H)
上記実施形態では、本発明に係る支持ピンを、油圧ショベル1に対して適用した例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0067】
例えば、油圧クレーン車やホイルローダ等のような他の建設機械の可動部に対しても、同様に適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の建設機械のピンは、ピン給脂を行う構造を有するピンにおいて、ピンの外部から応力がかかった場合でも、表面硬化層と素地部との境界部分における割れの発生を抑制しつつ、給脂するための配管接続を容易化するとともに、強度的にも優れたピンを提供することができるという効果を奏することから、油圧ショベルやブルドーザ等の建設機械に限らず、他の機器に含まれる可動部に使用されるピンに対して広く適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の一実施形態に係る建設機械の支持ピンを採用した油圧ショベル全体の構成を示す全体斜視図。
【図2】図1の油圧ショベルに搭載された支持ピンを採用したバケット周辺の構成を示す側面拡大図。
【図3】図2のA−A線矢視断面図。
【図4】図2の支持ピンに含まれるピンおよびボス周辺の構成を示す断面図。
【図5】図2の支持ピンに含まれる支持ピン全体の構成を示す斜視図。
【図6】(a),(b)は、図4の支持ピンの構成を示す側面図および内部断面図。
【図7】図6(b)のB部分を示す拡大図。
【図8】図5等の支持ピンの深さ方向における応力、硬度等の分布を示すグラフ。
【図9】本発明の一実施形態に係る支持ピンの製造方法の流れを示すフローチャート。
【図10】図9のフローチャートに沿って支持ピンを製造する製造装置とその製造過程を示す斜視図。
【図11】図9のフローチャートに沿って支持ピンを製造する製造装置とその製造過程を示す斜視図。
【図12】図9のフローチャートに沿って支持ピンを製造する製造装置とその製造過程を示す斜視図。
【図13】図9のフローチャートに沿って支持ピンを製造する製造装置とその製造過程を示す斜視図。
【符号の説明】
【0070】
1 油圧ショベル
2 下部走行体
3 旋回台
4 作業機
5 カウンタウェイト
6 エンジン
9 機器室
10 キャブ
11 ブーム
11a 油圧シリンダ
12 アーム
12a 油圧シリンダ
13 バケット
13a 油圧シリンダ
13b 連結部
16 バケットリンク機構
16a 第1リンク部材
16b 第2リンク部材
20 支持ピン(建設機械のピン)
21a 給脂穴
21b 枝穴
21c 給脂口
22 ボス
22a 隙間
25 支持部
30 給脂装置
31 表面硬化層
32 素地部
33 塑性変形部
50 加工装置
51 固定用治具
52 切削加工工具
53 バニシング加工工具
53a バニシングローラ
P 履帯
X 境界

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建設機械の可動部に使用されており、表面強化処理が施された略円柱状のピンであって、
前記ピンの軸方向に沿って前記ピンの中心付近に形成されている給脂穴と、
前記ピンの外周面と前記給脂穴とを連通させるように、前記略円柱状の前記ピンの略半径方向に沿って形成された枝穴と、
前記ピンの表面から所定の深さまで前記表面強化処理が施された表面硬化層と、
前記表面硬化層に対して内側に隣接する位置にあり、前記表面強化処理が施されていない素地部と、
前記枝穴内において前記表面硬化層と前記素地部との境界部分を含むように形成された塑性変形部と、
を備えている建設機械のピン。
【請求項2】
前記塑性変形部は、前記ピンの表層から前記境界部分にかけて形成されている、
請求項1に記載の建設機械のピン。
【請求項3】
請求項1または2に記載の建設機械のピンを備えた、建設機械。
【請求項4】
建設機械の可動部に使用されており、表面強化処理が施された略円柱状のピンの製造方法であって、
前記ピンの外周面と前記ピンの軸方向に沿って形成された給脂穴とを前記略円柱状の半径方向に沿って連通させる枝穴を形成する第1のステップと、
前記ピンの表面に対して前記表面強化処理により表面硬化層を形成する第2のステップと、
前記枝穴内における前記表面硬化層とその内側の素地部との境界部分を含むように塑性変形部を形成する第3のステップと、
を備えている、
建設機械のピンの製造方法。
【請求項5】
前記第2のステップでは、高周波焼入れによって前記表面硬化層を形成する、
請求項4に記載の建設機械のピンの製造方法。
【請求項6】
前記第3のステップでは、前記ピンの表層から前記表面硬化層と前記素地部との境界部分を含む位置まで前記塑性変形部を形成する、
請求項4または5に記載の建設機械のピンの製造方法。
【請求項7】
前記第3のステップでは、バニシング加工によって、前記枝穴における所定の位置に前記塑性変形部を形成する、
請求項4から6のいずれか1項に記載の建設機械のピンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−163973(P2008−163973A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−351450(P2006−351450)
【出願日】平成18年12月27日(2006.12.27)
【出願人】(000001236)株式会社小松製作所 (1,686)
【Fターム(参考)】