説明

張力測定方法

【課題】応力磁気効果を利用した張力測定方法において、測定開始時の計測精度を向上させる。
【解決手段】磁性体の張力測定を開始する前に、磁性体にその飽和漸近磁化範囲の磁界下で使用荷重領域の上限値以上の荷重を負荷する工程を1回以上実施して、その磁化状態を理想磁化曲線に近づけておき、測定開始時に計測誤差の主因となる非可逆磁化変化が生じないようにすることにより、測定開始時から精度よく張力測定を行えるようにしたのである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長尺の磁性体に作用する張力を、その磁性体の応力磁気効果を利用して測定する張力測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
吊り構造物のケーブルやグラウンドアンカーの引張部材等、長尺の鋼製部材にかかっている張力を長期間にわたって精度よく測定する装置としては、中心に鋼製部材を通す孔のあいたロードセルが用いられることが多い(例えば、特許文献1参照)。しかし、このようなセンターホール型のロードセルは、測定対象材を通した状態で固定物に固定される固定具と対象材端末部に取り付けられる定着具との間に介装されるので、対象材を架設する際に設置しておく必要があり、既設部材の張力測定への適用は困難である。
【0003】
これに対して、本出願人は、鋼等の磁性体に現れる応力磁気効果(応力によって磁化が変化する現象)を利用した張力測定装置を提案した(特願2008−117010号)。この張力測定装置は、測定対象材となる磁性体の一部を長手方向に飽和漸近磁化範囲(磁化特性のヒステリシス環線が閉じた領域、磁性物理学の用語では「回転磁化領域」)まで直流磁化し、磁化された部位の表面近傍の空間磁界強度を検出して、その検出値から磁性体に作用する張力を測定するものである。この張力測定装置を用いれば、既設の長尺鋼製部材の任意の位置で精度よく張力測定を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−207230号公報(図9)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特願2008−117010号で提案した張力測定装置では、測定開始時に限って、低荷重領域で通常求められる計測精度(計測誤差が使用領域の最大荷重の±5%以内)を得られないという難点があることがわかった。
【0006】
そこで、本発明は、応力磁気効果を利用した張力測定方法において、測定開始時の計測精度を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明は、磁性体の一部を長手方向に飽和漸近磁化範囲まで直流磁化して、前記磁性体の磁化区間の長手方向中央部の表面近傍の空間磁界強度を検出し、その検出値に基づいて磁性体に作用する張力を測定する張力測定方法において、前記磁性体の張力測定を開始する前に、前記磁性体にその飽和漸近磁化範囲の磁界下で使用荷重領域の上限値以上の荷重を負荷する工程を1回以上実施しておくようにした。
【0008】
ここで、上記のように張力測定開始前に磁性体に負荷をかけておく理由は、下記の通りである。
【0009】
応力磁気効果の研究分野では、一定磁界下における磁性体の応力による磁化の変化は可逆磁化変化と非可逆磁化変化とに分離でき、飽和漸近磁化範囲においては、その非可逆磁化変化は初期(または初回)の応力変化時にのみ生じることが明らかとなっており、一定磁界下において磁性体に繰り返し応力変化を与えると、2回目以降の応力変化による磁化の変化は可逆的でほぼ線形な関係(理想的な応力と磁化の関係、以下これを理想磁化曲線と呼ぶ)に近づくといった実験結果がある。これらのことから、前述した従来の張力測定装置における測定開始時の計測誤差は、主として上記の非可逆磁化変化に起因していると考えられる。すなわち、測定開始前(荷重が負荷される前)の磁化の状態が理想磁化曲線から外れているために、理想磁化曲線を用いて測定開始時(初めて荷重が負荷される時)の空間磁界強度の検出値から張力を求めると、その計測値が実際の張力と大きくずれてしまうと推定される。従って、測定開始前の磁性体に使用状態と同等の条件で負荷をかけて、その磁化状態を理想磁化曲線に近づけておき、測定開始時に非可逆磁化変化が生じないようにすることにより、計測誤差を縮小できることになる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の張力測定方法は、上述したように、測定開始前の磁性体に使用状態と同等の条件で負荷をかけておき、測定開始時に計測誤差の主因となる非可逆磁化変化が生じないようにしたものであるから、測定開始時の計測精度を大幅に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施形態の張力測定方法に用いる張力測定装置の概略を示す縦断正面図
【図2】実施形態の張力測定方法における測定開始前負荷工程の説明図
【図3】図2の負荷工程での作用を説明するグラフ
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を説明する。この実施形態の張力測定方法に用いる張力測定装置1は、図1に示すように、長尺の磁性体Aの一部を囲むように配される筒状の磁化器2と、この磁化器2と磁性体Aとの間に挿入されるスペーサ3と、磁性体A表面近傍の空間磁界強度を検出する磁気センサとしてのホール素子4と、ホール素子4の出力を増幅する増幅器5とで基本的に構成されている。その磁化器2およびスペーサ3は周方向に2分割され、装置全体が既設部材の任意の位置に取り付けられるようになっている。
【0013】
前記磁化器2は、円筒形の鋼製ヨーク6の内周両端部に、円筒の一部をなす形状の4個の永久磁石7をそれぞれ接着剤で固定し、各永久磁石7の外側端面を覆うカバー8をヨーク6の両端面に取り付けたものである。永久磁石7は、上下一対ずつ磁性体Aの長手方向に間隔をおいて互いに異なる磁極で対向する姿勢で配されており、磁性体Aを長手方向に短い範囲で飽和漸近磁化範囲まで直流磁化するものとなっている。
【0014】
前記スペーサ3は、非磁性のポリエチレン製で、各永久磁石7の内周側に接着固定されて、永久磁石7と磁性体Aとの接触を防止している。そして、その外周面のヨーク6内周面と対向する位置に、前記ホール素子4および増幅器5が複数取り付けられている。
【0015】
前記ホール素子4は、磁化器2内周側の一対の永久磁石7の中間点、すなわち磁性体Aの磁化区間の長手方向中央部の近傍に、周方向に等間隔で配されている。そして、各ホール素子4の出力を増幅器5で増幅してデータ処理装置(図示省略)に送り、その平均値として得られる磁性体A表面近傍の空間磁界強度に基づいて、磁性体Aに作用する張力を測定するようになっている。
【0016】
この実施形態の張力測定方法は、上述した張力測定装置1と、この張力測定装置1を取り付けられる長尺の測定対象材や測定対象材に接続される短尺の測定用磁性体(複数の鋼線を撚り合わせた撚り線構造を有するものや鋼棒など)を用いて、測定対象材に作用する張力を測定するものである。測定用磁性体を用いた具体例を示すと、まず、図2に示すように、工場において、測定用磁性体11を、縦型引張試験機12にセットされた2本の試験用ケーブル13の間に接続部品14で接続して、その長手方向中央部に上記構成の張力測定装置1を取り付け、張力測定装置1の各永久磁石7により測定用磁性体11の長手方向中央部を飽和漸近磁化範囲まで直流磁化する。この状態で、測定用磁性体11に使用荷重領域の上限値以上の荷重を繰り返し負荷する。
【0017】
ここで用いられる測定用磁性体11は、複数の鋼線を撚り合わせたPC鋼撚り線(直径15.2mm)にエポキシ樹脂を被覆したエポキシストランドであり、その最大許容荷重は200kN(降伏荷重の90%)、使用荷重領域の上限値は160kNに設定されている。そこで、この実施形態では、予め工場で測定用磁性体11に負荷する荷重を200kNとしている。また、張力測定装置1は、測定用磁性体11内部を50kA/m以上に磁化するようになっている。
【0018】
そして、図示は省略するが、上記のように工場で予め負荷をかけた測定用磁性体11を、張力測定装置1を取り付けた状態で工事現場へ納入し、測定対象材となる架設中の長尺のケーブル(測定用磁性体11と同じ構造のエポキシストランド)に接続部品14で接続して、接続後のケーブル全体にかかる張力を測定できるようにする。
【0019】
また、この実施形態では、工場で測定用磁性体11に負荷をかける際に、図2に示したように、引張試験機12のロードセル15および張力測定装置1の出力をデータレコーダ16を介してコンピュータ17に取り込み、荷重と測定用磁性体11表面近傍の空間磁界強度との関係の変化を調べた。その結果を図3に示す。この図3における黒点は、張力測定装置1取り付け時の状態を示している。
【0020】
図3から明らかなように、初回負荷時の磁界強度の挙動は、特に低荷重領域で2回目以降の負荷に対する磁界強度の再現性のある挙動と異なっている。また、2回目以降の負荷と磁界強度との関係は、若干のヒステリシスはあるもののほぼ線形であり、そのヒステリシスによるばらつきは最大±5%程度である。このことから、2回目以降の負荷と磁界強度との関係に基づいて磁界強度の検出値から荷重(張力)を求めようとすれば、初回負荷時の低荷重領域では大きな計測誤差が生じること、2回目以降の負荷ではほぼ実用に耐える計測精度が得られることが確認された。
【0021】
従って、この実施形態のように測定開始前の測定用磁性体11に使用状態と同等の条件で負荷をかけることにより、測定開始時から精度よく張力測定を行うことができる。
【0022】
ここで、工場で予め負荷をかける磁性体は、上述した実施形態のように張力測定の対象材と同じものとする必要はなく、例えば、鋼棒を用いることもできる。また、予め磁性体に負荷をかける工程は、1回実施するだけでもよいが、2回目以降も理想磁化曲線に近づいていくという実験結果もあることから、2回以上繰り返すことが望ましい。
【0023】
さらに、測定対象の磁性体に予め負荷をかける方法としては、架設が完了した測定対象材に対して測定開始前に油圧機器で直接負荷をかけるようにすることもできる。ただし、この方法では、測定対象材が長い場合に、油圧機器のストロークを数回繰り返す必要があり手間がかかるし、測定対象材がエポキシ塗装鋼材である場合は、油圧機器で把持された部分や、外ケーブルの場合は偏向部のエポキシ塗装が剥がれて防食性が低下するおそれもある。従って、使用状況によっては、上述した実施形態のように、工場で負荷をかけた測定用磁性体を工事現場で架設中の測定対象材に接続する方法を採ることが好ましい場合もある。
【0024】
一方、実施形態のような測定用磁性体を用いる場合は、測定対象材からその測定用磁性体に張力が伝達されることが必要なだけであるから、測定対象材自体は非磁性であってもよい。
【0025】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した意味ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0026】
1 張力測定装置
2 磁化器
3 スペーサ
4 ホール素子
5 増幅器
6 ヨーク
7 永久磁石
11 測定用磁性体
12 引張試験機
13 試験用ケーブル
14 接続部品
15 ロードセル
A 磁性体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体の一部を長手方向に飽和漸近磁化範囲まで直流磁化して、前記磁性体の磁化区間の長手方向中央部の表面近傍の空間磁界強度を検出し、その検出値に基づいて磁性体に作用する張力を測定する張力測定方法において、前記磁性体の張力測定を開始する前に、前記磁性体にその飽和漸近磁化範囲の磁界下で使用荷重領域の上限値以上の荷重を負荷する工程を1回以上実施しておくことを特徴とする張力測定方法。
【請求項2】
前記磁性体が複数の鋼線を撚り合わせた撚り線構造を有するものであることを特徴とする請求項1に記載の張力測定方法。
【請求項3】
前記磁性体が鋼棒であることを特徴とする請求項1に記載の張力測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−95033(P2011−95033A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−247647(P2009−247647)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【Fターム(参考)】