説明

強磁場による鋼材の材質制御方法

【課題】フェライト鋼材中の炭素の拡散速度を交流磁場を用いて抑制して材質制御を行なう。
【解決手段】侵入型の固溶元素を含むフェライト鋼材の材質を制御する方法において、該フェライト鋼材に、0.1〜1T未満の交流磁場中で、交流強磁場を印加し、侵入型元素の拡散により引き起こされる時効現象、炭化物の球状化、脱炭、炭化物又は窒化物の析出を抑制しながら、熱処理又は加工を施すことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の磁場を利用する機械的性質の制御に関するものである。詳しくは、鋼の磁場を利用して、高炭素鋼線の伸線加工時、又は、伸線加工後の時効硬化を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、鋼の組織制御を通じて機械的性質を調整する方法が幾つか提案されている。例えば、特許文献1には、高炭素鋼線の伸線加工時の発熱により、延性劣化を抑制する技術が提案されている。この技術によれば、伸線加工中に発熱した鋼線を、直ちに、水冷すると、鋼線の延性が向上する。
【0003】
鋼中の侵入型元素の拡散を制御することは、鋼材の機械的性質に大きく影響する。上記技術は、鋼中の侵入型元素の拡散現象を、温度を下げることにより制御し、優れた延性を得る技術である。
【0004】
しかし、鋼線を、直接、水冷する方法を用いても、スチールコードのような、0.15〜0.4mm径の3.0GPa以上のワイヤーにおいては、伸線加工中の熱による時効硬化を、十分に抑制することができないという問題があり、新たな制御技術が求められていた。
【0005】
また、Si量が多い高炭素鋼を熱間圧延で線材圧延する際においては、熱間圧延の過程で、鋼材の温度がA3線以下の温度になると、フェライトが生成し、フェライト中の炭素の拡散速度が大きいため、脱炭が促進するという問題があった。
【0006】
このような問題に対して、特許文献2には、アンチモンを添加して、Fe酸化物より緻密なSb酸化物を形成し、鋼の表面から炭素が抜け出すのを防止する方法が提案されている。この方法においては、アンチモンなどの環境負荷が大きい元素を用いるので、実用に際しては制限が多く、一般的に用いることができないという問題があった。
【0007】
特許文献3には、強磁場を鋼材の組織制御に利用する方法が提案されている。この方法においては、炭素を0.01〜2.0質量%含有する固相間変態を行う鋼材を熱処理する際、キュリー点以下の温度にて、絶対値で0.1T/cm以上10T/cm以下の勾配のある磁場中で変態を起こさせる。
【0008】
この方法は、磁場勾配を利用し、変態の際に、組織の微細化を達成するものであり、鋼材の組織を効果的に微細化し、それに伴い、力学的特性が効果的に向上する。
【0009】
特許文献4には、磁場強度1T以上を付与することで、鋼中の炭素の拡散を制御して時効硬化、脱炭、侵炭を制御する方法が開示されている。しかし、1T以上の強磁場を利用するには、大きな電力を必要とするので、よりエネルギー効率のよい制御方法の開発が望まれている。
【0010】
このように、加工技術、鋼材成分などの工夫を行なっても、鋼の侵入型元素の拡散によって生じる材料特性の低下を十分に抑制することは難しい。このため、侵入型元素の拡散を制御することができ、かつ、簡便な方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭62−284044号公報
【特許文献2】特開平01−319650号公報
【特許文献3】特開平10−287921号公報
【特許文献4】特開2009−228122号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記要望に鑑み、鉄、鋼などの鋼材の機械的性質に影響を与える炭素、窒素、水素などの侵入型元素の拡散を制御する方法で、よりエネルギー効率のよい方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、強磁場を利用する、フェライト中の炭素の拡散速度の制御を、より簡便・容易に行うことができるように鋭意研究を行った。その結果、本発明者らは、交流磁場に着目して、本発明をなすに至った。本発明の要旨は、以下の通りである。
【0014】
(1)侵入型の固溶元素を含むフェライト鋼材の材質を制御する方法において、該フェライト鋼材に、0.1〜1T未満の交流磁場中で、交流強磁場を印加し、侵入型元素の拡散により引き起こされる時効現象、炭化物の球状化、脱炭、炭化物又は窒化物の析出を抑制しながら、熱処理又は加工を施すことを特徴とする強磁場による鋼材の材質制御方法。
【0015】
(2)侵入型の固溶元素を含むフェライト鋼材の材質を制御する方法において、フェライト鋼材が連続的に移動する経路に、0.1〜1T未満の永久磁石の磁場方向を交互に配置して、交流磁場に相当する磁束密度の変化を、該フェライト鋼材に印加し、侵入型元素の拡散により引き起こされる時効現象、炭化物の球状化、脱炭、炭化物又は窒化物の析出を抑制しながら、熱処理又は加工を施すことを特徴とする強磁場による鋼材の材質制御方法。
【0016】
(3)前記加工において、炭素量0.4%以上の鋼材に、真ひずみ2以上の伸線加工を施し、伸線加工後に、0.1〜1T未満の交流磁場、又は、永久磁石で形成した交流磁場相当の磁束密度の変化を印加しながら冷却することを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の強磁場による鋼材の材質制御方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、交流磁場を用いて、鉄中の炭素等の侵入型元素の拡散速度を抑制することが可能であるので、鋼に合金元素を添加することなく、従来得られなかった材質特性を得ることができる。例えば、スチールコード、ベルトコード、ゴムホース用ワイヤー、ロープ用ワイヤーなどの細引き用のピアノ線材、硬鋼線材などに用いる高炭素鋼線材において、加工や熱処理中の炭素の拡散を抑制することにより、時効硬化、脱炭、侵炭、炭化物の球状化を抑制して、従来得られなかった材質特性を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】交流磁場による炭素の拡散係数の変化を示す図である。
【図2】交流磁場と直流磁場の効果の比較を示す図である。
【図3】直流磁場の強度が炭素の拡散係数に及ぼす影響を示す図である。
【図4】実験装置(磁場印加の態様)の概略を示す図である。(a)は、線材に、交流磁場を印加する態様を示し、(b)は、線材に、永久磁石で形成した交流磁場相当の磁束密度の変化を印加する態様を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、侵入型の固溶元素を含むフェライト鋼材の材質を制御する方法において、
(a1)フェライト鋼材に、0.1〜1T未満の交流磁場中で、交流強磁場を印加し、
又は、
(a2)フェライト鋼材が連続的に移動する経路に、0.1〜1T未満の永久磁石の磁場方向を交互に配置して、交流磁場に相当する磁束密度の変化を、該フェライト鋼材に印加し、
(b)侵入型元素の拡散により引き起こされる時効現象、炭化物の球状化、脱炭、炭化物又は窒化物の析出を抑制しながら、熱処理又は加工を施すことを特徴とする。
【0020】
以下、本発明について、図面に基づいて説明する。
【0021】
図1に、本発明者らが、交流磁場を用いて測定した強磁場中の炭素の拡散速度を示す。図1に示すように(図中、黒四角、参照)、0.3テスラの交流磁場を印加することにより、鉄中の炭素の拡散係数は、交流磁場がない場合(図中、◇、参照)に比較して、小さくなっている。
【0022】
この効果を、直流磁場の場合と比較して示したのが図2である。同じ磁場強度0.3Tで、直流磁場(図中、●、参照)と交流磁場(図中、黒四角、参照)の拡散係数の変化を比較すると、直流磁場では、−3.2%と、ほとんど拡散係数が変化しないのに対し、交流磁場では、−30%と、拡散係数が顕著に小さくなっている。
【0023】
また、図3に示すように、直流磁場の場合、磁場強度の上昇とともに、拡散係数が小さくなり、交流磁場が0.3Tの場合、拡散係数が30%減となるので、直流磁場のほぼ2Tに相当することが解る。
【0024】
それ故、交流磁場を用いれば、エネルギー効率良く、炭素の拡散速度を抑制することが可能となる。また、永久磁石を用いて、交流磁場相当の磁束密度の変化を与えても、炭素の拡散を抑制することが可能となる。
【0025】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、フェライト鋼材に印加する磁場強度は、0.1〜1T未満とする。
【0026】
交流磁場を印加して得られる効果、即ち、侵入型元素の拡散により引き起こされる時効現象、炭化物の球状化、脱炭、炭化物又は窒化物の析出を抑制する効果は、0.1T以上で発現する。磁場強度を1T以上とすると、強磁場を形成するための設備コストが増大するので、磁場強度は、0.1〜1T未満とする。好ましくは、0.4〜1T未満である。
【0027】
本発明では、フェライト鋼材が連続的に移動する経路に、0.1〜1T未満の永久磁石の磁場方向を交互に配置しても、上記効果を得ることができる。
【0028】
炭素量0.4%以上の鋼材に、真ひずみ2以上の伸線加工を施し、伸線加工後に、0.1〜1T未満の交流磁場、又は、永久磁石で形成した交流磁場相当の磁束密度の変化を印加しながら冷却すると、本発明の効果が顕著に発現する。
【0029】
図4に、磁場を印加する態様を示す。図4(a)に、線材に、交流磁場を印加する態様を示し、図4(b)に、線材に、永久磁石で形成した交流磁場相当の磁束密度の変化を印加する態様を示す。
【0030】
図4(a)においては、ダイス4で伸線された線材1に、交流電磁石2で、交流磁場が印加されている。図4(b)においては、ダイス4で伸線された線材1に、永久磁石で形成した交流磁場相当の磁束密度の変化が印加されている。
【実施例】
【0031】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0032】
(実施例)
実炉で、JIS SWRS72A、SWRS82A相当の鋼を溶製し、熱間圧延で、5.5mm径の線材から、1.5〜1.7mm径のワイヤーを製造した。その後、950℃でオーステナイト化を行い、575℃の鉛浴に浸漬する鉛パテンティング処理を施した。さらに、湿式の連続伸線機を用いた伸線加工で、0.23mm径のワイヤーにした。
【0033】
これらのワイヤーを用いて、150℃で10分保持する試験を、図4(a)に示す態様で、交流磁場を伸線ワイヤーに垂直に印加した場合と、印加しない場合での機械的性質の変化を測定した。結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1から、本発明の交流磁場を印加した場合には、炭素の拡散速度が抑制され、0.2%耐力の上昇が抑制されていることが解る。伸線加工の場合に、ダイスの出側で、交流磁場相当の強磁場を付与しながら冷却を行うことにより、結果的に、冷却効果を高めることが可能となっている。
【0036】
伸線加工を行いながら磁場を与えた場合の結果を、表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
表2から、交流磁場、又は、永久磁石で交流磁場相当の強磁場を与えた方が、降伏強度が低いことが解る。また、ダイスを出てからの時効が抑制されて、冷却を強化したのと同じ効果が得られていることが解る。
【0039】
さらに、図4(b)に示す永久磁石の配置で、線材に、交流磁場相当の磁束密度の変化を伸線中に与えて、同様の効果が得られることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0040】
前述したように、本発明によれば、交流磁場を用いて、侵入型元素の拡散を抑制することが可能であるので、合金元素を添加することなく、従来得られなかった鋼材質特性を得ることができる。よって、本発明は、鉄鋼産業において利用可能性が高いものである。
【符号の説明】
【0041】
1 線材
2 交流電磁石
3 永久磁石
4 ダイス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
侵入型の固溶元素を含むフェライト鋼材の材質を制御する方法において、該フェライト鋼材に、0.1〜1T未満の交流磁場中で、交流強磁場を印加し、侵入型元素の拡散により引き起こされる時効現象、炭化物の球状化、脱炭、炭化物又は窒化物の析出を抑制しながら、熱処理又は加工を施すことを特徴とする強磁場による鋼材の材質制御方法。
【請求項2】
侵入型の固溶元素を含むフェライト鋼材の材質を制御する方法において、フェライト鋼材が連続的に移動する経路に、0.1〜1T未満の永久磁石の磁場方向を交互に配置して、交流磁場に相当する磁束密度の変化を、該フェライト鋼材に印加し、侵入型元素の拡散により引き起こされる時効現象、炭化物の球状化、脱炭、炭化物又は窒化物の析出を抑制しながら、熱処理又は加工を施すことを特徴とする強磁場による鋼材の材質制御方法。
【請求項3】
前記加工にて、炭素量0.4%以上の鋼材に、真ひずみ2以上の伸線加工を施し、伸線加工後に、0.1〜1T未満の交流磁場、又は、永久磁石で形成した交流磁場相当の磁束密度の変化を印加しながら冷却することを特徴とする請求項1又は2に記載の強磁場による鋼材の材質制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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